すたんどばい

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   控えめなノックが聞こえて丸くなっていた背中を伸ばした。ぽきぽきと鳴る音が気持ちよく、よく頑張った自分と褒めてやりたい。
  「あの、こなたお姉ちゃん」
   返事が遅れたからかゆーちゃんがドア越しに私を呼んだ。慌てて返事。
   ローラー付きの椅子ごと向きを変えるとおずおずといった足取りのゆーちゃんと目が合った。勉強中だったんだ、という顔をしていた。
   別に気にしないのに、と思いつつ勉強用の眼鏡は外す。昔なら全然違う意味で取り込み中だったことが多かったけど。
  「お姉ちゃんって眼鏡よく似合うよね」
  「そっかな。これで結構知的に見える?」
   中学受験時に使ってたやつで古い上に安物なそれを軽く振ってみる。ゆーちゃんは微笑みを浮かべて頷いた。
   案外私の眼鏡は好評みたいだ。お父さんは親バカとしてもゆーちゃんから、それにかがみから。
   集中力を高めるためなんて言ったら普段からかけてなさいよと。さすがに目が疲れるし、耳とか鼻とかむずむずすると言って断らせていただいた。
  「それであの、かがみ先輩から電話だよ」
   そこで私はゆーちゃんの持っていたコードレスに気づく。携帯はというと、そういえば何日も放置して電源切れてるのかもしれない。
  「最近お姉ちゃんとかがみ先輩、すごく仲良いよね」
  「うーん、たぶん夏休みだから時間の都合がつきやすいだけじゃない」
  「でも、つかさ先輩と一緒じゃなくて一人で遊びに来てることも多いと思うな」
  「確かに、まあ。って、そのかがみをあんまり待たせちゃ悪いし」
  「うん。はい、どうぞ」
   かがみ先輩といる時のお姉ちゃん、一番楽しそうだよ、と笑顔で告げて出ていったゆーちゃん。
   言われてみるとよく見ている気がするコードレスフォンを見つめる。何かよくわからない音楽を聞きながらかがみは待ってるのかな。少し保留を押すのに躊躇した。
  「もしもし、かがみ」
  「あ、こなた。もしかして取り込み中だった? 結構待たされた気がして」
  「あー、ごめんごめん」
   電話越しに耳馴染んだ声が届いてくる。さっき頭を悩ませていた問題のこともすっかりなくなっていた。
  「ちょっとね、勉強中」
  「そっか」
   短い呟きに安堵の色がにじみ出ていた。純粋に嬉しかった。
  「どう、どこかわからないとことかない?」
  「今のところ大丈夫。夏休み前にかがみがみっちり教えてくれたから、何をしたらいいとか、そんなことにならずに済んだよ」
  「順調そうでなによりだわ。でもあんまり根詰め過ぎないようにね」
  「そっちがね。私は不真面目だからね、たまに息抜きにゲームしたり漫画読んだりしてるよ。かがみは頑張らなきゃって、必要以上に頑張り過ぎそうだから心配」
  「そう。心配してくれてありがと」
   いくぶんか柔らかい会話が続く。いや、かがみと私の会話が刺々しかったわけじゃなくて、ただボケとツッコミの応酬に近いものになってしまうことがいつもだったから。
   そうならないのはきっと説教にも似たかがみのお節介を私が素直に受け取ってるからだと思う。友達を保護者的に思うのは失礼だけど、かがみに褒められるのは嬉しい。
   声を荒げていないかがみの言葉は優しさがすごく伝わってきて、この時間が心地良い。
   椅子から離れてベッドに寝転がった。たまに何かを咀嚼する音。かがみだってお菓子片手にくつろいでることだろう。
   毎週だって毎日だって、私たちのおしゃべりはいつまでも続く。

  ──今から遊びに行ってもいいかな?
   かがみが言ったのは約一時間前。電話がかかってきてから大分話しこんだ後のことだった。
   電話の理由はそれだったのかなと思った。でもそういう約束はたいてい前日までに決めるかがみらしくない。それからまず用件は最初に伝えるべきだと思う。
   私は二つ返事で頷いていた。時間がちょっと遅いとか、考えても仕方のないことだった。
   かがみを待つ間、ほんの少し掃除と整頓をして、朝から変わっていなかった服を着替える。
  「急なんだけど、もう少ししたらかがみが来るみたい」
  「うん、わかったよ」
   ジュースとお菓子を用意しているときにゆーちゃんと鉢合わせたのでそう告げた。
  「お姉ちゃん、嬉しそうだね」
   あの時と同じようににこにことしながら言われる。否定のしようがないから否定しないけど、素直に頷けるわけもなく。キープスマイルでリビングをあとにした。
   部屋に戻って小さなテーブルに置いて一息。外は日差し眩しい青空からほんのりとオレンジ色に変わり始めていた。
  「おそい」
   柊家からこっちまでだいたい二十分弱。電話のあとに支度を始めたとしても遅い。
   正直手持ち無沙汰だった。あれから勉強を再開する気なんて全く起きないし、ゲームもあんまり。万全の態勢を整えてしまったのだし。
   そして寒い。勉強モードなら暑さも気にならないけど、さきほどつけたばかりのクーラーがしっかりと働いて逆に冷える。紛らわすように黄色のクッションを抱きしめた。
   ピンポーン、と来客を告げる音が響き渡った。すぐに、と言っても部屋を出て数歩の玄関に向かう。
  「いらっしゃい、かがみ」
  「おっす、こなた」
   確認するまでもなく訪ねてきたのはかがみだった。うっすらと浮かんだ汗がなんだか色っぽい。
  「外は暑そうだね。あがってよ、部屋はクーラー利いてるから」
  「おー、お邪魔するわね」
   部屋に入ると涼しいわねー、と声を漏らし汗をハンカチで拭くかがみ。私はコップ一杯に注いだジュースを差し出す。
  「さんきゅ」
   よほど喉乾いていたらしくごくごく一気に飲み干していく。
  「ほんとうに外は暑かったみたいだね。何度あったのかな」
  「途中気温の表示があって33 度だったかな」
  「うへぇ」
  「それでも一応少し涼しくなったみたいで、最高気温は35以上あったらしいわ」
   ますますうへぇな。よく出かける気になるよね、と思う。コップに口をつけてゆっくりと嚥下。
  「ところで、今日は珍しくアポなしで、どうしたのさ」
  「アポなしって、ちゃんと電話したじゃない」
  「いやいやそれはたまたま都合がよかっただけで」
  「というかこなた、携帯に出なさいよ。いつも持ち歩いてる? 充電は?」
  「あー、それが数日前から存在を忘れてて。ただいま充電中」
   指差すとそちらを見つめながらかがみは「あんたの携帯はほんと意味ないわね」と呟いた。何度聞いたかわからないけど、別に家電があるからいいんじゃないかな。
  「って、携帯の話は置いといて。かがみ、今日は何の用?」
  「えっと、それはその」
  「電話して今から行くなんて、もし私が家にいなかったらどうするつもりだったのかな」
  「その……暇だったから、会いに来た」
  「……それだけ?」
  「そうよっ、わるい? なんかやることなくなって、会いたいなって思ったのよ」
   まくし立てるようにかがみが言う。すぐ顔に出ちゃうかがみの頬には赤みが差していて、ちょっとだけ体温が上昇した気がした。

   八月も終わりに近づいて陽が落ちるのも結構早くなった気がする。見どころのない葉っぱだらけの、今は若干黒く見える木々の下を歩いていた。
   散歩しよう、と言いだしたのはかがみだった。二時間余りおしゃべりしていてふと会話が途切れた時のことだった。
   少し暗くなってるじゃん、私は言った。今くらいなら気温もだいぶましになってるはずよ、とかがみは答えた。
   なんで急に、とは思った。でも言わなかった。暇だから会いに来たなんて言ってる時点で何かおかしくて、その普段と違うかがみが嫌じゃない自分がいたから。
   かすかに蝉の声が響いていた。夏真っ盛りの騒がしさは影を潜め、少し寂しい感がする。
  「ねえ、手つないでもいい?」
  「ふぇ、なんで?」
  「いいじゃない、何でも」
   なんだって、いいか。たまには。そっと差し出した手のひらをかがみがぎゅっと掴んだ。
  「こなたの手はあったかいわね。というかあんたの体温が高いだけかしら」
  「なんでそうなるのさ」
  「だってちっこいじゃない。子ども体温っていうか、小動物的っていうか」
  「うー」
   かがみの手は決して冷たいとは言わないけどひんやりとしていて心地良かった。
   田舎だしほとんど人影はない。時々歩みを止めながら、少し惜しむようにゆったりと歩く。
   前方も薄暗い空も、影の濃い風景も見るに値しない。それに静けさに耐えられずかがみの顔を見上げた。
   隣に並んで歩く速度を合わせてくれる、さり気ない優しさが好きだった。

  「もうすぐ夏休みも終わりねー」
  「あっ、うん。そうだね」
  「二学期になったら学校行事もいっぱいだし、受験勉強もしなくちゃいけないから大忙しよね」
   文化祭とか体育祭とか面倒くさいな。修学旅行だけは、ちょっと楽しみにしてるけど。
  「来年になってしまったらもう受験のこと以外考えている暇もないだろうし。そのままあっという間に卒業ね」
  「卒業、かぁ」
   実感が湧かなかった。でも、毎日のように一緒にいたみんなと、一緒にいられる時間はほとんどないんだよね。
   朝の眠い時間に待ち合わせに急ぐ私。笑顔の二人に会える瞬間。学校に着いてみゆきさんとつかさと同じクラスで過ごす時間。昼休みや放課後にはかがみも交えて。
   当り前のようだったそんな日常と、もうすぐ別れを告げる。
   不意にかがみが立ち止まった。考え込んでいた私は繋がれた手に引っ張られてこけそうになった。
  「ちょ、こなた」
   ぽふっ。予想外の柔らかな衝撃が私を包んだ。
  「もうっ、どうしたのよ、ぼーっとして」
   優しい声。すぐそばから耳に届いてくる。返事は言葉にならなかった。
  「どうしたの、こなた」
  「あっ、いや、べつに」
   後ろからかがみが私を抱きしめているこの状況。すっぽり収まってしまう小さい体が恨めしくて、でも離してってすぐ言えなくて。
  「もしかしてこなた、卒業するのが寂しいとか?」
  「なっ、そんなわけないじゃん」
   あるけど。かがみにだけは悔しいから絶対に寂しいなんて言いたくない。
   抱きしめてくる腕の力が強くなって体に力が入った。でも逃げられないってわかって身を任せた。
   空はますます暗くなっていた。目に映るものはほとんど黒、かがみだって見えなくて、いっそのこと目を閉じる。
   何もない暗闇だけど、かがみの体温とか包み込む優しさとかで安心できた。
  「いいじゃない、みんなと別れるんだから寂しくったって。正直に言うとね、私は寂しいよ、こなた」
  「えっ」
  「あんたはいつもからかってきたけどね、つかさたちと同じクラスになれなかったのは本当に悔しかったわよ」
   それから、と呟いてお腹の辺りに触れていた両手がほどかれる。ぎゅっと肩を掴まれて。
  「今しか言わないから聞いて、こなた。私はこなたと一緒にいる時が一番楽しかった。色々と振り回されっぱなしだったけど、たくさんの思い出ができた」
   暗がりの中で真っすぐに見つめてくるかがみの目が、少し潤んでいるように見えた。きっと、気のせいだ。
  「だから、卒業して、こなたと会えなくなるのが寂しい」
  「かがみ……」
  「なんてねっ。もう夏休みも終わりなんだし、一回くらいこういうこと言ってみたかったのよ」
   かがみの体温が離れていった。二つ分けの髪が風もないのに揺れている。
  「私も同じなんだよ、かがみ」
   今日、ゆーちゃんに指摘されたように。電話で話すだけでもそうだし、遊びに来るって思うと他のことに手がつかなくなる。
  「さっきさ、かがみが卒業って言った時、私はみんなと離ればなれになるのが嫌だなって思った。寂しくって考えるだけで苦しくなる」
  「なんだ、こなたのツンデレー」
  「ちょ、茶化さないでよ」
   というかツンデレ言うな。ツンデレはかがみの専売特許でしょ。
  「私は絶対ツンデレじゃない。認めん。むしろあんたのほうがそれっぽいわよ。天の邪鬼だし」
  「私だってツンデレじゃないよっ」
   断固として拒否する。そんな私の態度がおかしかったのかかがみが吹き出した。
   笑うなー、なんて言いつつ、私も一緒になって笑う。私たちにしんみりした会話は似合わないよね。
  「そろそろ戻ろっか」
   ひとしきり笑ったあと、私は言った。辺りはすっかり真っ暗で、でも差し出した手くらい見えるはず。
  「そうね」
   何も言わず手を取ってくれるかがみ。その手を離さないように強く握りしめた。




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コメント:
  • 久々に見に来たけどやっぱりこなかがはいいねえ -- 名無しさん (2010-09-26 03:13:47)
  • いいなあこの雰囲気…
    なんかジンと来ました -- 名無しさん (2010-08-31 03:05:10)
  • 新作きたーっ!!
    作中のこの季節、卒業までまだ時間はあると思いながらも、確実に残された時間は減っていくのが歯痒くて・・・
    そんな2人の心情が伝わって来る感じがします。
    続編を期待しながら、GJを送らせてもらいます。
    -- kk (2010-08-30 22:51:43)



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