すたーとすぷりんぐす

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「歩きながら寝るとは器用な。……怪我するわよ」

いつぞやのコミックマーケットほどではないがこの時間帯は人が多い。
意識があるかなきかのつかさの手を取って歩いた。
思えば二年も前からこの人波を経験しているわけだけど、どうも慣れた感じはしない。
毎朝のようにこの子を起こすのと一緒だ。面倒だと思わないでもないが、避けられないこと。
同じ格好をした学生の列に並ぶ。まだバスが来る時間には結構あるけど。
早めに並ばないと一本、二本は乗り損ねるし。
家で過ごす早朝の時間と今ここで学校へ向かうバスを待つ時間とは絶対流れる早さが違うと思う。
できれば参考書だったりラノベを読んでいたいところだけどそうもいかず、適当に視線を泳がせる。
大半は眠たげな学生ばかりだけど、真新しい制服の子たちの姿も目立っていた。
この時期は一年の経過をより強く意識させる。

「かがみ、つかさ、おはよう」

もう最終学年ということと、先日の出来事を思い返していたら、聞き慣れた声が私を呼んだ。
周りの雑音をもかき消して届いてきた、気がする。
振り向くと新一年生よりも小さな泉こなたがそこにいた。

「おはようこなた、それとゆたかちゃん」
「おはようございます、かがみ先輩、つかさ先輩」

そしてこの春から同じ陵桜の生徒になったゆたかちゃんも一緒だった。
挨拶一つとってもこなたにはない純粋さとか、初々しい感じが愛らしい。
先輩の威厳の欠片もない横で寝ぼけている子を肘でつつく。

「はぅ。あ、こなちゃんとゆたかちゃん、おはよ」
「はは、つかさは相変わらず朝弱いね」
「始業式の日まで三日連続で徹夜していたやつが言う台詞か」

この二年間で二人とも全く成長していない。
いや、でももしかすると。

「今度から朝はゆたかちゃんと登校するの?」
「ま、慣れないうちは、だけどね。ゆーちゃんが大丈夫って言っても心配だし」
「こなちゃん、お姉ちゃんみたい」
「そりゃ従姉妹だし、本当の妹みたいなもんだもん」

春先から泉家で暮らすようになったゆたかちゃんは、そうでなくても守ってあげなきゃって気にさせるし。
以前話に聞いていた感じからはいろいろと不安なものがあったけど、たぶん大丈夫なんだと思う。
ちょっとだけ、こなたがそういう自覚を持っているのがその、何か。
眩しいとは言わないし、頼りないんじゃないかと思うけど、今まで見てきたこなたとは違う気がした。
バスが来て四人並んで乗った。
最後尾以外は二人席と一人席だけだから、必然的に私とつかさ、こなたとゆたかちゃんということになる。
つかさはゆらゆらと船を漕ぎだし、外を眺めながら私は仲の良い二人の会話に耳を澄ませていた。

ぼんやりと授業を聞いていた。
四月になってから、途端に受験生と言う言葉を先生たちがよくするようになった。
そんなことはよくわかっている。自分で言うのもなんだけど、そういう心構えなどはきちんとできるほうだ。
だから勉強そのものに関して特別何かを思うことがあるわけじゃない。
受験まであと十ヶ月ほどしかないことよりも、卒業まで一年を切ったことへの思いのほうが強い。
日下部のほうをちらりと見た。机に突っ伏していた。
峰岸はと言うと、さすがは黒板へと真っすぐ視線が向けられていた。
あの二人とは五年連続でクラスが同じだったんだっけ。
珍しいことだと思う。でもそのことに気づけなかった私もどうかしてると思う。
三時限目の終わりを告げていた。
早いのか遅いのかはわからないけど、あと一時間。
昼休みにと言った手前、合間の休み時間には会いに行きづらいというのは確か。
でも早くその時が来てほしいと望んでいる私は結局何も変わっていないんだなと思った。

昼休みになると慌ただしく教室を出ていく者がいる。
彼らはおそらく混雑する食堂、購買へと急いでいるのであり、食への必死さとも言えようか。
何でもないような足取りで隣のクラスを目指すことにした。

「柊、またあっちに行くのか?」
「あー、悪い、また今度ね。ごめん」
「いや、謝ってほしかったんじゃないけど。だいたいそんな顔してるやつを無理に止めたりしたくないし」

ただそれだけ言って日下部は去ってしまった。
たまには一緒に食べようとかじゃなくて、いつもにやけててだらしないぞ、と注意してくれたのだろうか。
……正直に言って全く自覚がなかった。
日下部を視線で追っていくと峰岸と目があった。なぜか笑顔で手を振ってきた。
ありがとうと言うべきか、ごめんと謝るべきか、さっぱりわからなくて小さく手を上げて応えることにする。
なんだろう、いつの間にか私がB組に行くのはデフォになっていた、みたいだ。

「おっす、お昼にしましょ」

とはいえ心がこっちのほうがいいって言ってるんだから仕方ない。
つかさ、こなた、みゆきの三人が私を待っていたかのように笑いかけてきた。
用意されていた椅子に腰を下ろす。
決して広くはないスペースに弁当箱が四つ広げられた。

「あれ、こなたも今日は弁当なんだ?」
「別に作れないわけじゃないしね」
「どういう意味だ」
「特に深い意味は。いやね、ゆーちゃんにあんな目で見つめられるとさぁ」

ほら、わかるでしょ的な顔をしてきたのではっきり「わからん」と答えてやった。
つかさのためと考えることはあるが、見栄を張ろうと思ったことはない。

「というかあんたは普段がだらしなさすぎるだけだ。ゆたかちゃんがいるいない関係なしにダメだろ」
「そんなこと言われても、アニメはゴールデンタイムに入ってくれないし」
「アニメよりまず勉強しなさいよ。受験生なのよ」

たまに言ってて嫌になることがある。私自身言われたくないことだったり。
でもこなたには誰かが常に言わないといけない、そんな気がするから。

「今は勉強よりもゲームとかのが大事だし楽しいじゃん。ね、つかさ」
「ふぇ、わたし? あ、うん。勉強してるよりお菓子作ってるほうが好きだな」
「論点ずれてるわよ」

みゆきを仰ぎ見た、けど聖人みたいな微笑みを湛えているだけだった。
この手の話は一番頭の良い人が諭してくれるのが最も効果的なのだけど。
私は苦笑するしかなかった。
あと一年しかないみんなと過ごす時間を、勉強ばかりに費やすわけにはいかない。

「というわけでかがみ様、数学の宿題を見せてください」
「はぁ、あんたは言ったそばから何を」
「次の授業だから時間ないんだよね、お願い」

にまにまと笑っていた表情から懇願へと変わる。
私が無視すればこなたは課題をやってこなかったことに何かしら罰を受けることだろう。
当然だ、高校三年生にもなってそんなこともきちんとできないほうが悪い。と、わかっているのに。
気持ち涙目に見えるのもやたらと凝った演技だと、頭では理解しているのに。

「しょうがないわね、今回だけよ」
「やたー、ありがとかがみ、大好き」

この二年間で全然成長してないな、こなたも、私も。
この笑顔を見る度にあと何回私は『今回だけ』を繰り返すのだろう。
答えの出ない計算だと、わかっている。





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