こなた×かがみSS保管庫

魔法使いには、なれない 後編

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匿名ユーザー

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 絶望に心を閉ざすと、悪意は強い風のように隙間に入り込み、精神を蝕む。
 今、こなたは学校の中で誰とも関わりがなく孤独で、悪意に囲まれていた。校舎は牢獄のように固く冷たく、歩くと床までもがこなたを厳しく拒絶し、強く反発するようだった。
 周囲の奇異の視線と嘲りの中を、こなたは見世物のように歩かねばならず、誰と話す事もない。
 中学の時も同じような事はあった。でもあの時は、死んでしまった彼女がいた。
 今はもう、誰もいない。
「帰ってゲームしなきゃ」
 ななこ先生がいるから、オンラインゲームはしなくなった。誰かと話すのが苦痛だった。一人で出来る静かなゲームだけがこなたの楽しみで、本当はもう学校にも来たくなかった。
「引きこもりにでもなるかな……」
 そう呟いた言葉が想像以上の現実感を伴って、強くこなたに訴えかけてきた。全く唐突に、恐ろしいほど切実に、引きこもりになりたいとこなたは思って、実際に明日からでも学校に行かない方法を考え始める自分を止められない。
 自分はもう、学校に来ないだろう、とこなたは思った。
 ああ、こうやって孤立していって、彼女は死んだのか。誰からもその存在価値を否定されて、死ねって思われて、それで、それで本当に死んでしまった。
 かがみと話さなくなったからといって、特にこなたがレズだという噂が無くなった訳でもなく、人々の悪意はとどまるところを知らず……。
 何のために、自分は……。
 こなたが学校に来なくなったのは、翌日の事だった。







 噂を避けるためにこなたと話さなくなったのに、人々は噂を手放さない。
 こなたが学校に来なくなって三日になる。
 かがみは峰岸や日下部を避けるようになり、教室は気まずく、隣のクラスに行く事がなくなり、かがみもまた、学校では誰とも話す事がないくらい孤立していた。
 峰岸や日下部は時々何か言いたそうにするが、かがみは二人にまでレズかどうか詮索されるのが嫌い彼女達を避けた。かつての親友達まで教室の悪意と同じだと確認するのは、辛すぎる事だから。
  そして家でもつかさが何か言いたそうな顔をする度に、両親を心配させたくない事もあってかがみはつかさを避けるのだった。教室の悪意を家にまで持ち込まないために。
 そして教室では、時々人々は奇異な目でかがみを見て、それでも噂するのも飽きたのかその声は小さくなったけれど、決して噂は無くなりはしない。黙っていたって噂はなくならないのだという事をかがみは知り、そして結局孤立してしまうなら、こなたと一緒に居た方が良かったのか、それとも周囲に迷惑がかかるから駄目なのか、じゃあ結局どうすれば良かったのか、もうかがみには分からなかった。
 くすくすと遠い嘲笑と、異物を見る教室の視線。
 噂は悪意ある方へ悪意ある方へと姿を変えていく。
 たとえば、こなたが学校に来なくなったのはかがみのせいだという噂がある。
 かがみと別れたから学校に来なくなったのだ、と。
 遂に人々は自分達の悪意の結果までかがみに被せようというのだろうか。余りの悪意の攻撃にかがみが無感覚になりぼんやりと座っていると、不意に幼い声が聞こえた。
「かがみ先輩、いますか」
 かがみは声の主の方へ振り返る。 教室の入り口には声と同じく幼く小さい容姿の、愛らしい少女が立っていた。
「ゆたかちゃん……」
 彼女はその容姿に不似合いな厳しい表情で、かがみの方を見ている。どこか、思いつめているみたいに。
「少し、お時間頂いてよろしいでしょうか?」
 彼女はじっと、かがみの目を見てきた。
 断る理由はない。
 かがみは頷いて、ゆたかに連れられ廊下を歩き、目立たない階段の踊り場で立ち止まった。
 立ち止まるとゆたかちゃんは息を吸い込み、覚悟を決めたようにかがみをキッと見つめた。
「お姉ちゃんが、部屋から出てこないんです」
 とだけ言って口をつぐむ。
「そう……」
 私と話さなくなったんだから元気にやっている、そう信じたい気持ちはあった。こなたがどうしているのか、気にはなっていたけど確認しようがなく、都合の良いように想像して不安を殺していた。だけどもう無理だ、最初から分かっていたんだ、そんな訳ないって。今ゆたかちゃんの口から聞かされて、こなたが追い詰められているのは、かがみにとっても避けられない現実となった。
「三日前からお父さんが用事で出張していて、その日から今日まで、一歩も部屋から出ないんです」
 緊張し強張っていたゆたかの声が、どんどん涙声になっていくのを、奇妙なほどに冷静な気持ちでかがみは聞いていた。
 こなたは追い詰められて、私は孤立して、ほんと、私たち、どうすればよかったんだろうね?
「どうして私に?」
 かがみの疑問に、泣いていたゆたかちゃんが顔をあげる。その余りにも幼い顔が悲しみに彩られ涙に濡れている様子は、見ている者まで哀しい気持ちにさせた。
「失礼……だとは思いますけど、もしみんなが言うみたいに、かがみ先輩が原因なら……力を貸して欲しいんです」
 そう言われて一瞬、かがみは噂を鵜呑みにするゆたかを不快に思い、しかし、と思い直した。
 彼女にとって今の状況は確かに、例え失礼になるとしても、かがみに縋らざるを得ない状況なのだ、と。
 それに実際、自分がその原因に全く関係がないとも思えない。
「でもね、ゆたかちゃん……」
 かがみは、試すようにゆたかに言った。
「もし噂通りなら、私はレズで、こなたと別れたって事になるんだけど……そんな人にこなたが引きこもったからって泣きつくのは、デリカシー無いんじゃない?」
 かがみの意地悪な言葉にも、ゆたかはめげず、まっすぐにこっちを見てくる。
「私は、噂には嘘が混じってると思います。でもかがみ先輩なら、本当の事を知ってると思います。本当の事を知ってるかがみ先輩だけが、お姉ちゃんを助けられると思うんです」
「本当の事?」

 本当の事って、なに?

 一体何が本当で、何が嘘なのか。

 不意にかがみは、噂は全部本当なのかも、とさえ、思った。

「噂が、全部本当だったらどうする?」
「それは……」
「ゆたかちゃんだって、レズとか気持ち悪いんじゃないの?大事なお姉ちゃんがそういう人でも平気なの?ううん、それだけじゃないわ、ゆたかちゃん自身だって、レズだって噂が流れるかもね」
 自分がどんどん意地悪くなっていくのを、かがみも意識しないではいられない。他人からの悪意にさらされ続けていま、自分は嫌な子になってるな、と思う。それでも言わずにはいられない。
 ゆたかちゃんはもう泣いておらず、かがみの言葉にまっすぐ答えた。
「お姉ちゃんが幸せなら、何でも構いません。みんな、みんな本当はそういう気持ちの筈です。レズだとか、レズじゃないとか……関係ないです!」
 ゆたかちゃんの眼に、強くまっすぐな光が宿り、その純粋さにかがみは気おされるような気さえした。
「私はお姉ちゃんがまた元気でいてくれたら、それでいいんです!たとえそのせいで私にどんな噂が流れたって構いません!だって本当のことは、私自身は、何も変わらないから……!」
 不意にかがみはゆたかが幼すぎると思い、彼女のその決断のせいで、みなみがレズだという噂が流れたらどうするのだろう、と意地悪く思った。
 しかし一方で、ゆたかとみなみならただ互いをまっすぐに想い合うのかも知れない、とも思うのだ。だからかがみは不意の哀しみに襲われて言った。
「遅いよ。ゆたかちゃん」
「え?」
 かがみはどうしようもない諦観に襲われ、呟くように言った。
「私たちは、手遅れなんだよ」

















 部屋の中が暗い。
 この三日、一歩も部屋から出なかった。
 それなのに、お腹も空かない。
 コントローラーを握った手は、汗もかいていなかった。
「もうすぐクリア……」
 随分レベルアップしたし、すいすい進んで楽しい。隠しアイテムも全部とったし、あとはラスボスに向かって進むだけだ。もう不安要素は何もないし、本当に楽しい。
 この部屋の中には、不安はない。
 色々あった嫌な事も全て過ぎ去り、私はただただ楽しいだけの世界に居る。だから大丈夫だ。この部屋の中に居る限り、私の世界には何の問題もない。
 画面の中の勇者達は何の問題もなく魔王を倒し、世界には平和が訪れた。私の過ごした三日間の成果、感動的なエンディングとスタッフロールに心を震わせ、そして全てが終わったあと、ふと、私はただ一人で暗い部屋に残された。
「新しいゲーム……始めなきゃ」
 ゲームをやっていないと駄目だ。駄目なんだ。不安や、恐ろしいものが心の中に忍び込んでくるから。
 ふと視界の端に、彼女の遺書が入った封筒が写って私は恐怖に襲われる。また不安が私の中に入ってくる。とうとう自分の部屋から一歩も出ない場所にまで逃げ込んだというのに、どうして不安はどこまでも追ってくるのだろう?
 どこへ行っても、安息の場所が見つからない。自分の部屋に閉じこもっても、どこまで逃げ出しても、結局は自分自身からは逃げられない。
 そして。
 どうして私は遺書を開けてみないのだろう。たとえばあの中には、どうなっているかまるで知らない遺族と学校との争いで、遺族が有利になるような事が書かれているかも知れないじゃないか。私は彼女の遺族がどういう風に振舞っているか知らないけれど、もし裁判なんて事になっていたら、あの遺書もまた証拠の一つなんじゃないのか。
 でも。
 私には、どうしてもあの遺書を開ける事が出来ない。
 そして気づけば私は何か暗く恐ろしいものに、がっちりと体を掴まれている。教室の侮蔑の視線、汚らわしいものを見る人々の目、聞こえよがしな中傷達、それらが私の記憶の中で何度も何度も再生され、だから私は狂ったように部屋を歩き回るしかないのだ。
「ゲーム、ゲームしなきゃ」
 歩き出そうとして転び、私は手を何かで切って、流れる赤い血にふと安堵を覚える。私の手を切ったのは図工で使った彫刻刀で、それは雑然とした私の部屋の中で赤く血で濡れていた。
 どうして、傷ついて血が流れて安心するんだろう?
 ゲーム、ゲーム……。
 しかし殆どのゲームはクリアしてしまっていて、今すぐやる気を起こさせないものばかりで……。
 ああ、やるべきゲームが見つからない。それなのに、血が赤くて、不安で、私は……。
 本当に、完全に安心したいのなら、どうすべきなのか私は知っていた。

 魔法使いになりたい。

 もし魔法が使えたら、きっといろんな苦しい事や哀しい事も魔法で乗り越えられて……魔法って奇跡があるだけで、この世界の見え方だってきっと変わる。
 でも、魔法なんてない。
 そして魔法使いになりたいと言った人間の末路を、私は悲しいくらいに知りすぎていた。

 私は彫刻刀をしっかりと握った。

 魔法使いにはなれない。
 私は彼女と同じくらい苦しんだだろうか。
 それとも、まだまだ足りないのだろうか。
 彫刻刀は不気味な光を暗い部屋の中で発している。
 この世界が悪意に満ち、私が問題を抱えているのなら。
 解決方は。
 解決方は一つだけ。
 彫刻刀を持つ手が震え、お父さん、お母さん、ゆたかちゃん、みんなの事を思う。でもどうしても、不安を乗り越える事が出来ない。どうしても、どうしても出来ない。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 こなたは心の中でみんなに謝り、震えながら彫刻刀を手首にあてた。
 そして、まっすぐに引く。
 あふれ出す血を見ながら、こなたは呟いた。

 「やっぱり、私たち、生きていちゃいけなかったね」

















































              「こなた!!」









































 不意の叫びが、開け放たれたドアと共に淀んだ部屋の中に響いた。闇の中から見えるドアの向こうの世界は光に満ちて、その光を背負って侵入者は立っている。
「救急車!それと包帯!早く!」
 叫ぶその声が、たった数日会ってないだけなのに懐かしく、激痛を伴うほどに胸に迫った。手首の痛みよりも遥かに大きく、彼女の声はこなたの胸を締め付ける。
「なんで、なんでよ?!元はと言えば、あんたが離れたいって言ったからなのに。なんでこうなるのよ!」
 ああ、彼女が泣いている……彼女は泣きながら素早くこなたに近づくと、包帯を受け取り物凄い速さで手当てを始めた。そしてようやく、これが夢でも幻でもない現実なのだと、こなたは悟った。
「かがみ……どうして」
「三日も欠席してたら、そりゃ、普通心配するでしょ!?まあ、ゆたかちゃんに言われたのもあるけどさ。なんで、なんでこんな事するのよ……!」
「……生きてちゃ、いけないから……」
 かがみは頬を打たれたように一瞬だけ驚いた顔をすると、その顔を怒りで真っ赤にした。
「そんな訳ないでしょ!?」
 かがみはこなたを強く抱きしめ、そして自分が、驚くほどシンプルな結論を得たのを知った。何故、こんな簡単な事にたどり着くのに、これほど回り道をしたのだろうか。私は馬鹿だ。ゆたかちゃんの言う通りだ。噂がどうとか、他人がどうとか、最初から関係が無かったのだ。
「私には問題があるんだよ、だから」
「黙って」
 こなたの中にある闇は深く、暗く、普通では取り除けない。母は死に、友は死に、校内全てが敵に回ったように感じているだろう。人間不信に陥り、被害妄想で全てを憎んでいるかも知れない。しかし。
「いい、一度しか言わないからよく聞きなさいよ」
 こなたが生きてなきゃいけない理由、私にはあるから。
 かがみは遂に、自分以外の全てを敵にする覚悟でその思いを告げた。張り裂けそうに胸は鼓動を打ち、顔は真っ赤で、とてもまっすぐこなたを見ていられない。それでも、言う。





  「私は、こなたの事が、好きなの!」





 もう後は勢いに任せて、まくしたてるしか無かった。
「仲間とか友達とか親友とかじゃなくて、一人の女の子としてこなたが好きなの!こなたを抱きしめたいとかキスしたいとか思うのよ!毎日毎日こなたの事を思って眠れない日もあったわ!あの路地裏でキスした場面なんて、脳裏に焼きついて一万回は脳内再生しちゃったんだから!ええ、レズだって言うなら言えばいいわよ、だって、だって」
 かがみが叫ぶ。



  「私は、こなたの事が好きなんだもん……!」



 そのままかがみが泣き崩れて、かがみの言葉でかかっていた呪いが解けたみたいにこなたはその体を起こし、ずっと自分にまとわりついていた暗い何かが振り払われたように思った。
「一度しか言わないって言ったのに、好きって二回言ったよね?」
「馬鹿!」
 こなたが笑顔を見せる。
「私は何度でも言うよ。何千回でも何万回でも。でも今から言う一回は特別だから」
 出血で意識が遠くなる。それなのに不思議な幸福感があった。こなたはかがみを見据えて、その腕の中ではっきりと告げた。
「私も好き!かがみが大好き!」
 そして言うが早いか、そのままこなたはかがみに長く長く口づけた。
 このまま時間が止まればいいのに、と思うほど甘い時間が流れて、唇を離すと同時に、こなたは意識を失った。






     ★ ☆ ★






 問題は解決していない。
 こなたはまだ手首の傷も生々しいまま、とりあえずのところ傷が塞がったので退院という運びになった。そうじろうは出張先から飛んで帰り、こなたから事のあらましを全て聞き、愕然とするほど心を痛めた。
「あのな、こなた……頼むからお父さんに相談してくれ。まあ、俺が頼りないのが悪いんだろうけど。俺には……こなたしかいないんだ」
 そう言う父は、少し泣いていた。
 こなたもまた父を傷つけた事で胸が痛み、それに、かがみを愛する道に入ったことで父の苦しみが増したのではないかと心苦しかった。罪悪感に苛まれるこなたに、そうじろうは言う。
「こなたがかがみちゃんを愛しても、俺はそれは構わないよ。父さんはオタクで小説家だから、百合も同性愛も父さんの領域の問題なんだ。人間の愛の自由を認められないのなら、おたくも小説家も出来はしないよ。だからお前は、お前の好きなようにしていいんだ」
 父の示してくれた理解にこなたは、涙が出そうなほどの感謝の気持ちを抱き、自分が周囲の誰かに支えられて生きているのだと、再び実感した。
「なあ、こなた」
 そして父は、こなたにふと、思いついたように助言した。
「背を丸め、頭を下げる人間が打たれるんだ。人間の世界っていうのは理不尽なもんで、偉そうに胸を張って大声出す奴は簡単には叩かれない。怖いからな。だから最後の最後で一番憎まれるのは、卑屈な奴なんだ。誰がそいつを叩いても、無害だとわかっているからね」
 まるで獣のルールだ、と思う。でも、そういうものなのかも知れない。
 こなたは、それを聞いて思いついた事があった。





 退院後、初の登校のために家を出ると、玄関ではかがみとつかさとみゆきが、みんな揃って待っていた。
「みんな、どうして……」
 つかさは、こなたを見るとこぼれそうになった涙を指で拭って言った。
「友達だもん……当然だよ」
「つかさ……」
 かがみは、つかさに言ったのだろうか?私たちの事を。
 仮に言っていないなら、自分が言うしかない。もう、私たちの事を誤魔化すことは出来ないから。
「つかさ、みゆきさん。私……かがみの事が好きなんだ。友達として、とかじゃないよ。本気で、かがみが世界で一番好きなんだ」
 つかさはその言葉に笑顔を返す。
「うん、お姉ちゃんから聞いたよ。私、二人のこと応援する!どんなにいろんな人が怒っても、絶対絶対、私は二人の味方だよ!」
 つかさが微笑んでいる。それは翳りのない、いつもの優しい笑顔だった。
「どうして……?つかさは、気持ち悪くないの?」
「気持ち悪い訳ないよ!こなちゃんもお姉ちゃんも大事な人だもん……でも、ごめんね。噂のせいでゆきちゃんとか嫌なこと一杯言われて、私、どうしていいか分からなくて……お姉ちゃんもこなちゃんも様子がおかしくて、どんな顔して話せばいいのか、分からなくなっちゃって……」
 状況だけ見れば、二人に同性愛の噂が流れたからつかさが距離を置いた、みたいに見えていた。でも実際には違う。こなたもかがみも、噂をきっぱりと否定しなかった。いつまでも、はっきりした態度をとらなかった。
 だからこそ、周りもどうしていいのか分からなかったのだ。
 二人が進んで肯定すれば、助けてくれる仲間はいた。
 みゆきは言う。
「私は周囲にどう言われても構わないのですが……お二人の事はとても心配でした。お二人が愛し合っておられるなら、偏見と戦うのに私も微力ながらお手伝い致しますし……違うのならば、周囲の悪意と戦わなければいけません。ただお二人は、その、余り打ち明けてはくれなかったので、待っている間にこんな事になってしまいまして、申し訳ありません……」
 みゆきが本当に申し訳なさそうに小さくなるのに、こなたは首を振った。
「ううん、こっちこそ心配かけて、ごめん。これから、私とかがみの事で、一杯迷惑かけるかも、それも、ごめん」
「そんなの、水くさいよ、こなちゃん」
「ええ、友達ですもの、構いません」
 そういって二人が笑顔を見せるのに、こなたの胸はどうしようもなく熱くなり、ぎゅっと二人の手を握った。自分はこんなにいい友達がいたのに、どうして周りが見えなくなっていたのだろう?
 そしてその様子をじっと見ている、少し照れたような様子のかがみと目が合った。
「おはよう、かがみ」
 こなたがそう言って微笑むと、かがみは眼をそらした。
「ほら、もう行こ。遅れちゃうわ」
 二人の前でのこなたの告白が照れくさかったらしく、足早に歩き出すかがみを、小走りで追いかけてこなたはその横に並んだ。
「つかさに、私の事が好きだって言ったんだ?」
 にやにやと笑うこなたに、かがみはますます顔を赤くした。
「それどころか、家族みんな知ってるわよ」
「マジで!?」
「つかさだけに打ち明けようと思ったんだけど、たまたまそうなっちゃって……それでね、お父さんが言ってたの」
 こなたが緊張した声で問い返す。
「何て?」
 かがみが笑顔をみせた。
「大変な道だろうが、応援する、って。娘の選んだ道なら、俺はどこまでも力になる……って」
 また、こなたの胸が熱くなる。
 いろんな人が、自分達を支えてくれている。これほど、心強い事があるだろうか。
「……今度、かがみの家に行ったら、お父さんに挨拶させてね」
 かがみは大きく頷いた。
「……うん!」




 そしてこなたは、いろんな人に支えられて、かつて悪意の砦に見えたその場所に戻ってくる。陰険で敵意に満ちて見えた校舎は、今見ればただのさえない灰色の建物だった。
 四人一緒にこうして校舎を歩くのが久しぶりに思え、周囲にはやはり奇異の視線を向ける人たちがいて、でもかがみが隣にいるだけで、ずっとずっと、何万倍も心強かった。
 だから、迷わず歩いていける。
 こなたが教室に入ると、無遠慮な視線が一斉にこなたの包帯が巻かれた手首と隣に居たかがみに向けられ、陰湿な空気が教室の中に生まれた。それでも四人はいつものように和気藹々と会話を始める事が出来た。もう、他人の視線は関係がないから。
 しかしその瞬間、誰かの心無い声が響く。
「お、レズだ」
 その声に表情を曇らせながらも、四人が会話を続けようとすると、唐突にその男子の声に怒声が被せられた。
「誰がレズだって?」
 そう言ったのは隣のクラスから来た日下部で、峰岸も一緒だ。教室のドアからまっすぐに入ってきた日下部は、既に中傷を言った男子の胸倉を掴んでいる。
「誰がレズだって?」
 体育会系らしく、日下部は凄み始めると迫力があり、鍛えた腕がしっかりとその男子の襟首を掴んでいる。男子はよろけて、日下部の腕を振りほどきながら言った。
「ひ、柊と泉だよ、レズなんだろ?!」
 男子は言いながら、こなたとかがみの方を見た。こなたは不意に、たった一人で誰からも助けられる事なく死んでいった彼女の事を思い出し……全てに決着をつけよう、と覚悟を決めた。 

 だから クラスに向かって。

 世界の全てに向かって。

 はっきりと告げる。


 問題があるっていわれても。
 何もかもが敵に回るとしても。
 それでも、言う。









                「私は、かがみが好き」











 もう、どこへも逃げる気は無かった。
「だから、レズって言うなら言えばいいよ。でもそれであんたに迷惑かけた?」
 かつて格闘技をやっていた時の、闘争する気持ちがこなたに戻ってくる。つかさを問い詰めていた外国人を打ち倒すくらいには、こなたの格闘技は身についている。
「こそこそ陰でうるさく言う人たちもさ。私がレズだったら何だっていう訳?あんたらに迷惑かかんの?私はかがみが好きだけど、つかさやみゆきさんは普通に男子が好きな子達だよ、それでも私たちのこと分かってくれた。友達だからね。でもあんたらは狭い常識にとらわれて、器が小さいからレズなんて居るだけで耐えられないのかも知れないけどさ、ほっといてよ。あんたらに関係ないでしょう?」
 背を丸め、頭を下げるものが打たれるのだ。
 もちろん、顔をあげ、戦うものも打たれるだろう。だがそれは、一方的に打たれるのではない。戦って生きるしかないなら、戦うほかないのだ。
「いいこと言うじゃん、ちびっこ。私もさー、ひいらぎは友達だからさ。ひいらぎがちびっこ好きでも文句ねーよ。それでも友達だよ。なあ、あやの?」
「ええ、もちろん」
 日下部と峰岸が、かがみを見て微笑んだ。二人もまた、噂を前にはっきりした態度をとらないかがみに、どう接してよいか分からなかったのだ。そして全てが明らかになったいま……明らかになったからこそ、彼女達も覚悟を決めた。
 かがみを守る、と。
 そしてそこへ、更なる応援の声が加わった。
「ほんまやで。ええか、お前ら。ほんまは教師がこう言うのに口出すんもあかんのやろうけどな。誰だれがレズやで~とか、そんであいつらはレズの友達やからあいつらもレズや~とか……アホか!!お前らどんだけ器がちっちゃいねん!若い時からしょーもないこだわり持ち腐って!ええやんけ、何があかんねん!同性愛の友達がいて、それを受け入れることが出来へんとか、お前ら人間腐ってんちゃうか!?アホかお前ら!」
「く、黒井先生!?」
 いつの間に聞いていたのか、黒井先生まで話に乱入してきている。黒井先生はこなたに向かって笑ってみせた。
「まあ、教師に相談できへん気持ちもわかるけどやなあ。ちょっとは大人にも相談せんかい、泉。ネットにもあがりよらへんしほんまに、どんだけ心配させる気や!」
 黒井先生がそう言って豪快に笑う。最初にレズだと言い出した男子生徒は、すっかり小さくなってきまり悪そうにしていた。
「まあ、道徳の実地教育みたいなもんや。狭い世界にとらわれんと、いろんな人間を受け入れられんと、ろくな大人にならんで、ほんまに。そんじゃ、授業を始める」
 黒井先生は言うだけ言って、教室のざわめきを断ち切った。
 こなたは思う。黒井先生は大人の力を使って、このクラスでこなたやかがみの事を守ろうとしてくれたんだ、と。
 たぶんかがみのクラスの方でも、桜庭先生がフォローをしてくれているだろう。
 多分これから、こなたとかがみがレズだという事は公式の情報となって陵桜を駆け巡って、そこから生まれる偏見から黒井先生は、友達の側だけじゃなく、大人の側からも守ってくれようとしているんだ、とこなたは思った。
「人間には、自由に恋愛をする権利がある!」
 と、黒井先生が叫んだ。
 心の底から、賛成です、黒井先生。





    ★ ☆ ★





 色んな意味で『公認』にカップルとなったかがみとこなたに、奇異の視線を向ける人間も減っていった。結局、うやむやに噂を放置していたから人々は面白がるのであって、本当に恋人同士だと判明してしまえば、ただの風景であり、噂話も盛り上がりようがなかった。
 それでも奇異の視線が全くなくなる訳でもなければ、中傷が無くなる訳でもなく、通りすがりに、あ、レズの子だ、といわれたりする事はあった。
 でも、私たちはもう一人ではない。
 打たれるために、頭を下げ続けもしない。
 敵ばかりだと思っていたクラスにも、気づけばかがみやこなたを応援してくれる人たちが増えていた。もちろん、いつまでも受け入れられない人もいる。でもこうして立場をハッキリさせれば、味方してくれる人の方がずっと多かった。
「ごめんね、泉さん」
 とこなたは殆ど話した事もないようなクラスメイトに言われ、立ち止まる。
「え、何が?」
「私、面白がって、柊さんとのこと、噂してたから……」
 そう言って彼女は、あれからつけるようになった、こなたの手首のリストバンドを見た。
 こなたは言う。
「でも今はもう、私に学校来るなとか、そんな風に思ってる訳じゃないんでしょ?」
「それは、もちろん」
「だったらいいよ。謝るような事じゃないし。噂するのは、個人の自由じゃん?」
「ありがとう」
 そう言うと彼女は心の重荷を下ろしたらしく、爽やかな笑顔で去っていく。背を丸め、頭を下げる人間が打たれる。こなたが暗いままなら、彼女は今でも噂を続けていただろう。そしてそれを否定することは、人間を否定することに等しい。
「こなた!帰ろ!」
 振り返るとかがみが、こなたの大好きな笑顔と共に立っていた。
 愛しい恋人と、並んでこなたは帰りだす。男子生徒が「今日も仲いいな、お二人さん」と悪意なくひやかし、「当然でしょ」とこなたは笑顔を返す。
 もう随分、慣れたものだ。
 まだかがみはちょっと、照れるみたいだけどね。
「あんた、すっかり慣れたわね……」
「何が?」
「この、公認、みたいな空気……」
「そりゃそうだよー。だって嬉しいもん。みんなが、かがみは私のものって認めてくれてるんだよ?かがみも、もっと喜んでいいんだよ?」
「恥ずかしいっつの!」
 そうやって二人で幸せを噛み締めながら歩いていると、ふと中庭で、一人の男子生徒がホースで水をかけられているのが見えた。よく見ればそれはかつてかがみに廊下でいきなり、「あんたレズなんだろ」などと言い出した生徒で、彼が周囲の男子生徒にとてつもなく嫌われているのが、その光景だけでも分かった。

 一瞬、かがみは立ち止まる。

 だがその腕を、こなたが引いた。

「帰ろ」

 背を丸め、頭を下げるものが打たれる。


 私たちはもう、子供ではなかった。








 遠く遠くと駆けていく子供たちの姿を自室の窓から見おろしながら、こなたはゆっくりと遺書を手にとった。
 窓の下を駆ける子供達は、まだ鬼ごっこやかくれんぼの世界の中に確かに眩しく存在して、世界の残酷さと無縁に、はしゃいだ声をあげながら走り去っていく。
 自分はもう、彼らとは完全に違う世界の人間だ、とこなたは思った。鏡で見る自分の顔は、三日の断食とその後の入院のせいか丸みがなくなり、鋭く精悍に痩せ、大人に近づいてきている。
 私が子供の世界に戻ることは、もう無い。
 こなたは遺書を手に持つと眼を閉じ、やがて一滴の涙が大人になりつつあるその頬を流れ落ち、ゆっくりと封筒が破られ中の遺書が取り出された。
 外からは子供達の歓声が聞こえる。
 時間や社会は私たちから純粋さを奪い去り、世界はすぐにでも残酷になれと私たちを急かし、毀れ落ちたものをすぐさまにでも殺していく。それでも私たちは必死に生きて、打算や愛情や欲望に塗れながら、日々を生きていくしかない。子供達は輝く純粋な世界の中を走り回り、大人たちは残酷な世界でひたすらに打算を続け、弱い者の言葉につまずく事が悪徳となっていく。
 こなたは遺書の中身を全く見ず、彼女との思い出に痛む胸を押さえながら、この痛みが消える時、自分は真の意味で大人になるだろう、と思った。
 いつの間にか無条件の優しさは愚かさに変わり、現実を見ない理想は敵意を生み、周囲に合わせる事とずるくなる事だけが最も正しい事になっていく。かつて彼女の純粋さをどうしようもなく愛していた筈のこなたは、もうそれを美徳として認める事が出来ず、自分が少し残酷になった事を知った。
 私たちは、もう子供ではない。
 時間は残酷なほどに容赦なく流れていき、死んだ彼女は忘れ去られ、人々の悪意は止まず、今日もまたどこかで忘れ去られるべき誰かは死んでいき、日々は流れ……。









 こなたは、遺書をゴミ箱に破り捨てた。











 そして私たちは



 魔法使いには、なれない。           





                             了





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  • 何がとは言い難いけど、ある意味本能で人間の性なんだろうな
    GJ!!(≧∀≦)b
    あ、最後に遺書を破り捨てた本当の意味が知りたいですね -- 名無しさん (2023-10-14 09:30:27)
  • 場とキャラの心情の表現力がとてもすきです。とても好きになりました -- 名無しさん (2010-05-15 02:39:06)
  • 週刊こな☆かが買えなかったからここで読めるのは嬉しい限りです
    手紙になんて書いてあったか気になる所ですね -- 名無しさん (2010-04-26 22:57:54)
  • 道徳的な話だったけど…遺書を捨てるのはどうかと思った(・ω・`)自殺した親友が自分1人に向けて書いてくれた最期の言葉を疎かにするのは…どうなんだろうか? -- 名無しさん (2010-04-12 01:57:18)
  • いいお話でした。きれい☆ -- 名無しさん (2010-04-10 14:17:26)
  • とりあえずコーヒーでものむ -- 名無しさん (2010-04-10 14:16:29)
  • この気持ちをなんて表現したら・・・
    とりあえずGJ! -- 白夜 (2010-04-08 23:30:42)
  • 面白かったけど、最後は嫌い。


    死者の気持ちに向き合わないまま、それが大人になる事だって?


    その考えは子供のものだと思う。 -- 名無しさん (2010-04-08 13:29:26)

  • 多くの同性愛者が抱える現実をリアルに感じる作品でした。
    でも、作中のそうじろうの言葉にもあった『背を丸め、頭を下げるものが打たれる』には胸うたれました。
    人を愛する気持ちに嘘は無い、顔を上げ堂々と進め! 
    そう言われた気がします。って言ってるか。GJ×2 -- kk (2010-04-08 00:40:09)
  • 綺麗事だけでは済まない
    なんと言うか深い作品ですね
    感情移入しまくって泣きました -- 名無しさん (2010-04-07 20:18:13)
  • つかさやみゆきやみさお、あやの、それにゆたか、
    黒井先生、そうじろうなど、
    支えてくれて味方になってくれる人がいるのはいいですよね。
    すごく感動しました。 -- 京汰 (2010-04-07 17:44:45)


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