バトルガレッガ

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   僕達は、待っていたんだ





 誇り臭い古びたゲームセンターの片隅で、筐体のがなりたてる異常な煩さの中に、私は静寂を見つける。ここは筐体の煩さで人間の声が聞こえないから静かなんだ、きっと。
 古臭い骨董品みたいなシューティングゲームが最初に打ち出すスプライト、そこに映し出される文字、『僕達は、待っていたんだ』、そして自機は飛び出し、絶望的で孤独な戦いが、河原で石を積むみたいに開始される。十年以上も昔の、古い古いシューティング・ゲームだ。私の生まれた時に発売されていたかどうかだってあやしい。
 でも私はそれに何よりの懐かしさを覚える、古い古い、良い思い出しかない親友とも呼べない知り合いと道端で出会って挨拶するような感覚、挨拶だけして歩き去り始めてから、その貴重さに気付くような、そんな懐かしさ。私はこのゲームがリアルに稼動していた時、絶対にこのゲームには触れてはいなかったと断言できるのに。

 僕達は、待っていたんだ。

 いい始まり文句じゃないか?
 不思議なくらい共感できる。何を待っていたのか、誰が待っていたのか、それが訪れたらどうなるのか、私は知らない。それでも私は待っていたんだ。『何か』を。
 この日常が全部変わってしまうような『何か』。
 もちろん、それは結局は訪れないものなんだと私は知っている。現実ってやつ? つまらなくて無味乾燥で、灰色の味がするアレだ。日経平均株価、とかそんな単語を聞くと、丁度口の中でそんな味が広がる気がする。だから私は現実って奴が大嫌いだ。
 つまらなくて、押し付けがましくて、べたべたして、気持ち悪くて、とにかく退屈だ。
 アニメや漫画の主人公はみんな楽しい世界で何か嬉しいことをしている。でも現実はそれに比べれば何も無い。私が今、こう考えているような事を冒頭で言う主人公も居る。現実に飽き飽きして退屈している、と主張したそいつはしかし、私を置いてちゃんと楽しい世界に出会う。私は出会わない。
 泉こなた、高校一年生になった、何も変わらなかった。何も変わらないのは、何も変えようとしないからだって? じゃあ、何か変えようとして、どうにかなったのか? 学生運動はとっくの昔に終わったんだぜ、とハードボイルドを気取ってみる私、なんてね、とか。

 昔から、現実が、人付き合いが、苦手だった。楽しくないことは、どうしても苦手になる。

 女の子らしいおしゃべりとか、群れる感じとか、おしゃれとか、流行りものとか、派閥とかそういう一切合切がいやだった、気付けば一人でアニメやゲームや漫画に耽溺していた、別に困らなかった。強いて言うなら、アニメやゲームや漫画はこんなに楽しいのに、どうして現実はひたすらつまらないのだろう、と思って現実への興味を失ったくらいだ。でも別に困ってない。
 ただ、現実と『おつき合い』する時は本当につまらなくてうんざりする、というぐらいだ。いい加減、私も部室をのっとって宇宙人や未来人や超能力者が来るのを待つべきだろうか?
 滅多によらないゲームセンターから出る、騒音は遠くに消えた。
 秋葉原の町には色んなものがある、まさかバトルガレッガを置いているゲームセンターがあるとは思わなかった、収穫だ、女子高生の趣味ではないけれど。
「あーあ、永遠にゲームだけして暮らしていければいいのに」
 そうしたら、廃人と化してネトゲのレベルを上げ、現実世界が出稼ぎすら超越して、ネトゲの世界で生きている状態になるのに。
 うちのお父さんがそれに近いけど、あの人は結局は才能があったって事なんだ。残念ながら、私には小説の才能は無さそう。結局、才能の無い人間じゃ、この現実はつまらないって事なのかも知れない。


 僕達は、待っていたんだ。 


 何かが変わる切っ掛けを。
 閉塞感しかない現実を打ち破る何かを。
 でも私はそれが現実に存在するなんて、全く思っていなかった。

 最初の切っ掛け。
 それは、悲鳴みたいな声として訪れた。
「え、あ、あ、ええ~?! だ、だれか……」
 最初の驚き声だけ大きく、語尾はどんどん消え入るようになり、助けて、という単語を私は微かに聞き取って駆け出した。正義感とかではなかった、ただ、アニメみたいだな、と思っただけだ。
 路地裏で襲われている少女を格好良く助ける、そんな話は腐るほど転がっているじゃないか?
 だから私は、アニメみたいな事をしてみたかっただけなんだ。
 果たしてたどり着いた路地では慌てた様子の少女と、早口で少女に何かをまくし立てている大男がいた。問答無用だ。いつだって先制攻撃した方が有利に決まっている。RPGとかでも。
「その子から離れろ!」
 そんな、人生で一度は言ってみたい台詞を発しながら飛び蹴りを食らわせ、大男を一撃で私は沈めてみせた、っていうか、まさか気絶するとは思わなかった。幼少学んだ武道の心が生きてるね。なんでか知らないけど、昔から運動神経が異様にいい私なのでした。
「あ、ああー!?」
 少女は、男を蹴倒した私を見て、目を丸くしている。ふっ、ここは、格好つけなきゃね。
「大丈夫? 怪我はない?」
 ここで、貴方は? と聞かれたら、「ピンチを見かねて飛び出してきた王子様さ、生憎、白馬は風邪気味だけど」と答えるのが私のジャスティス。さあ、思う存分私が何者か訪ねるがいい!
 そして少女は、驚きの声で言うのだった。

「み、道を尋ねられただけだったのにー!」

 もちろん、私達は大急ぎで路地を逃げ出した。男の人の無事を確認しようとしたら、目を覚まそうとする気配を感じたので、脱兎の如く。

 現実って奴は、相変わらずつまらない事をしてくれる。

 でもこれが、柊つかさとの出会いだった。



 柊つかさのこと。
 柊つかさは、同じクラスな上に、凄い良い子だった。
 っていうか、助けた子がクラスメイトって、凄い奇跡っぽい、私が男なら完全にフラグが立ってるね。でも残念なことに私にそういう趣味はないし、つかさとラブラブになる可能性もなさそうだ。
「こなちゃ~ん」
 なんて言いながら、つかさはほわほわ笑っている。
 つかさはのんびり屋さんで天然ボケのなかなかの萌えキャラで、トゥーハートの神岸あかりにマジで似ている。あとバルサミコ酢。
「こなちゃん、あのね、今日私、お菓子の材料を買いに行くんだ~、こなちゃん、興味ない?」
「私が興味あるのは、来期のアニメとエストポリス伝記が完結するかどうかだけなのだよ、ふっ」
「やだ~、こなちゃん、なにそれ~」
 つかさは常人ならどん引きの台詞でも、全く気にしない。でもそれは耐性があるというより、あんまり細かい事を気にしないというか、ボケているというか……お察し下さい。
「まあ要は、私はお菓子つくりには興味ないよ、ってこと」
「え~、楽しいのに~」
 つかさはちょっと寂しそうだ。でも私は、そういう現実に何か作る事には興味がないのだ。ゲームの中で武器を錬金して強化する事や、ステータスの上がる料理をキャラクター相手に作り続ける事はする。でも現実のお菓子は作らない。それが私。

 それにまだ、あんまり他人とベタベタする気はなかった。

 そういうのは、疲れるから。
 中学の頃、女子は派閥が多くて、何だか表面ばかり華やかだけど内実はジメジメしていた。
 それがとにかく嫌で、結局私は、授業中に将来は魔法使いになりたいですとか言い出す、ちょっと空気が読めない子とだけ親しくしていた。当然、美しく麗しいジュニア・ハイ・スクールカーストで私は底辺に居て、それに抗議しようとも思わなかった。やりたい人間が派閥争いやら人間関係をすればいい、私達にはゲームとアニメと漫画があった。それで充分だった。
 もしかしたら将来、会社とかに入ったら結局、そういう美しく麗しい人間関係をしなければいけないのかも知れない。だから派閥争いも人間関係も現実で、間違っているのは私で、世の中はそういう風に回っているんだからスクールカースト争いに参加しなさい、と言うのが世間なのかも知れなかったが、それじゃあ何のために生きているのか私にはよく分からないのだ。結果、未だに私は他人と深く付き合うのを避けたままでいる。
 困った子供なのだ、私は。
 現実がどうしようもなくても、ただ黙って現実に適応することだけが正義なら、人間は何のために生きるのだろう。
 まあ、そんな哲学もどきはともかく、私にはそういう現実はつまらないから、別に要らない。

「ごめんね、つかさ」
「ほえ? なにが?」
 つかさは帰り道、一緒に遊ぼうと言って断られたのに、にこにこしている。全く気にしているように見えない。
「どしたの? こなちゃん?」
 私の知る限り、女子というのはこういう場合、あいつは誘っても来ないとか、付き合い悪くて空気読めないとか、そんな事を他の子に言いふらして自分のウサを晴らしつつ、相手の評判を下げるように動くものだったが、つかさはそういうタイプではないようだった。
 どんな人間にでも好かれて、どの派閥にもまあまあ好かれるタイプ、かな。
 とろい子が嫌いな人には嫌われる、そんな感じ。ちなみに私は、満遍なくあらゆる人に嫌われるタイプ、かな? ちょっと自虐だけど。
 冷静に見るなら、誰とも関わらないから印象に残らないタイプ、かも。
「つかさ、いい子だよね」
「えー? なんでいきなり?」
「ギャルゲーなら鉄板で幼馴染キャラ、毎朝起こしてくれて、お弁当作ってくれるタイプ。メインヒロイン確定だね」
「?? なにそれ~?」
 他の女子なら、あいつ、マジでキモい、と言い出す筈だが、つかさにそんな様子はなかった。
「こなちゃんは、ユニークだね」
「ユニークアイテム、こなた+3、多分、レアキャラなんだよ」
「れあきゃら?」
「変人ってこと」
「あ、私も、よく、つかさちゃんって変わってるね、って言われる。どうしてだろ~?」
 自虐も綺麗にスルーする、完璧な天然力、アルプスの天然水より天然力がある。天然力、単位・1はわわ~、マルチに敬意を表して。
「つかさは変わってるというより……天然?」
「あ! それもよく言われる! よくわかったね、こなちゃん!」
 心底驚いた表情をするつかさに、そりゃ、誰だってそう思うよ、と言いたいが言わなかった。
「私、そんなに天然なのかな~? 天然って、その、あれだよね、要するに奈良の名物みたいなことだよね?」
「大仏?」
「じゃなくて、ほら、その……馬とかなんとか……」
 捨てられた子犬のような目でつかさが私を見てくる。私が男子ならそれでクラっと来るかも知れないが、私をそんな目で見られても困るだけだ。そもそも何を訴えているんだ? この文脈で奈良の名物ってなんだよ?
「もう、天然って、ちょっとお馬鹿さんって事だよね……って、言いたくなかったのに……」
「それでなんで、奈良の名物になるの?」
「鹿?」
「いや、鹿は奈良の名物なのか疑問があるし、馬はどこへ行ったの!?」
「そこは、ほら、ニュアンスで……」
「やっぱり天然じゃん?!」
 発想の飛躍が激しすぎるよ。
「うぅ~、天然じゃないのにぃ~。あ、そうだ!」
 思いついた! という顔をするつかさは、気持ちの切り替えが早いというか、常人と違う思考をしているというか、一瞬で笑顔に変わって言った。
「今度、放課後、こなちゃんの用事につき合わせてよ!」
 唐突だなあ、さすが天然。
 でも、私がお菓子の材料の買い物断ったから、こう言ってくれてるんだろうな。
 そう思って、私はつかさにはっきりと言った。

「断る」

 だって、つかさをオタクショップにはつれて行けないじゃん?
 やれやれ。

 さて。
 そろそろ、本題に入ろうか。
 私は待っていた。
 何かが変わるのを。
 つかさは、私を少し変えた。
 でもそれは切っ掛けだった。
 より大きく変わる前の。

 そして私は、彼女に出会ったのだ。

 柊かがみと。






 その第一印象は、最悪だった。


 つかさと一緒にかがみの教室に行った時、かがみは何か細かい抗議を友達にしていて、口うるさい、どのような場所でも何故かいるお局的な人格だと思ってうんざりした。何故かどのような人間集団にも必ず、相手を見下し、説教したり馬鹿にした態度を取るのが大好きな女子がいる。口癖は、常識で考えれば分かるでしょ? だ。
 私はかつて出会ったそういう人々を連想しながら、穏便な態度をとらないと不味い事になりそうだ、と思い出来るだけ平静を装った。実は私は、よりによってつかさの姉から教科書を借りようなどと思っているのだから。
 元はといえば教科書を忘れたつかさが、かがみに教科書を借りるついでに、私も忘れた話をしたら「それなら、こなちゃんも一緒におねえちゃんに借りようよ」となったのだった。私は、つかさの姉という事で大して考えもせず賛成したが、つかさの姉がああいうタイプだと知っていれば、決して借りには来なかっただろう。
「お姉ちゃ~ん」
 と無邪気につかさが、尻尾を振る子犬みたいに姉へと近づいて行く、私もその後ろに続いた。
 姉は妹には甘いらしく、忘れちゃ駄目でしょ、などと叱りながら教科書を貸し与え、私の方を見た。
「あなたが泉さんね、つかさから聞いてる。こう見えて、つかさは良い子だからよろしくね」
 とかがみは笑顔を見せた。お局は親しい人間には優しい、そうやって、自分は誰にでも厳しい訳ではない、駄目な人間にだけ厳しいのだ、と自分を納得させている場合が大半なのだ。そして正当化を終えたお局達は止むことのない減点方式を続け、赤点を取った人間にはどこまでも残酷になる。
「こちらこそだよー、ついでで悪いんだけど、私もたまたま教科書忘れちゃって、貸してもらっていいかな?」
「もちろん」
 たまたま、とは到底言えないくらい、しょっちゅう宿題やら教科書を忘れる私なのだが、今はそれを明かす訳にはいかない、さっそく減点がスタートしてしまうから。
 私達は、表面上は笑顔で会見を終えた。

「つかさ」
 不意に呼び止められたつかさが、驚いて私を見た。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「いやちょっと……あの泉さんって子、大丈夫?」
「?? どういう意味?」
「いやその……髪とか伸ばし放題で、ちゃんと手入れしてるのかなー、とか……」
 つかさの話題に最近出てくる『こなちゃん』、実物をはじめてみた訳だが……。
 余りにも、オタク臭いというか、オタク臭いというか、オタク臭いよな? どう見ても……。
 妹を変な方向には絶対引き込んで欲しくないというか、偏見だと言われても色々心配なのよ、姉としては。
 だってつかさはほんと、心配な子というか、おおらかというか、分かるでしょ!? 壺とか買わされそうなタイプだもの!
「あー、こなちゃん、あんまり髪の手入れとかお化粧とかはしないタイプなんだよー」
 そりゃまあ、見たら分かるけども……背も凄い小さいし、素材は悪くないように思うのに、もっと色々ちゃんとすればいいのに、と偉そうに言えるほど、私が化粧とかに精通しているかと言えば微妙だけども。
 結局、第一印象が余り良くないのだ。
 伸ばし放題の髪とか、寝不足なのか眠そうな感じとか、どこかしらこう、マニアックというか、オタクっぽいというか、そういう部分が非常に非常に気にかかる。
「何かあったら、すぐ言うのよ? 変なものとか薦められても、ほいほいついて行っちゃ駄目だからね?」
「あははー、なにそれ、変なおねえちゃん。心配しすぎだよー」
 つかさは、ふわふわした笑顔を浮かべて去っていった。私はただその背中を見送る。
「…………心配だ」
 私は、どう行動すべきか、既に決めていた。





「つかさー、いるー?」
 昼休み。
 何故か、つかさ姉がクラスに乱入してきた。わざわざ別のクラスなのに、何故? と思う間もなく、かがみはつかさの横まで行くと、弁当の包みを見せた。
「一緒にお弁当食べようと思ってさー」
 笑顔ながら、なんだかぐいぐいと押してくるかがみの様子に、私なんかは少し気圧されてしまう。
 つかさは何も気にせず「お姉ちゃんと一緒なんだー、いいよー、えへへ」なんて言ってる。
「泉さんも、いいよね?」
 そう言うかがみの声には、有無を言わさぬ響きがあった。
「御意に」
 かがみは私の言語センスに若干嫌な顔をしたが、私達は四人で机を囲み、一緒にお弁当を食べる事になる。
 四人?
 私、つかさ、かがみ? あと一人?
 その四人目の人が、ガタン、と音を立てて立ち上がった。
「そう! そうです! 私が宝良みゆきです! あえて、あえてここでメタな事を言ってよろしいでしょうか!? 何故、何故つかささんやかがみさんとの出会いは描写しておきながら、私の扱いがこんな風に適当なのか、異議を申し立てずにはいられないです! 地の文で何事も無かったように四人になってるってどういう事でしょう?! そりゃあ、私はつかささんと委員会で一緒だった、とかそんな程度のエピソードですよ、でも掘り下げる事は出来た筈でしょう!? 慣れない委員会、緊張するつかささん、そこへふわりと笑みを浮かべた私が『ふふ、慣れない事で、緊張しますよね』とか言って(略)」
 さて、宝良みゆきさんは、つかさの友達で、紹介されて話している内に仲良くなった。
 善良でおしとやかで眼鏡で巨乳で賢くて優しい、という完璧超人だけど、出番と人気の話だけは勘弁な。
「もう、ゆきちゃんったらー、あはは」
「私とした事が、取り乱してすいません……」
 さて、みゆきさんも落ち着いたところで、楽しい団欒……とは行かなかった。

 なんだか、会話が固いのだ。
 ですます調の宮廷会話みたいに、迂遠で腹の探りあいみたいな微妙な会話が展開する。「今日はいい天気ですねー」「そうですねー」みたいなレベルの……。
 主に私とかがみの間に、うっすらと壁がある。
 私はかがみを、お局タイプじゃないか、と警戒しているし、かがみはかがみで、胡散臭いオタクじゃないかと私を警戒している。そんな状況で話が弾む訳がないのだ。
 つかさだけが、何も気にせず場を取り持とうとしている。
「夜、宿題やろうとすると、眠くなるんだよねー。なんでだろ?」
「それはやる気がないってだけだろ」
 というかがみの突っ込みは、慣れていないとキツく聞こえる。
「いやー、つかさ偉いねー。そもそも私にとって、夜はネトゲをする時間だよー。宿題は眠くなるのに、ゲームだと徹夜も平気だよ~」
 つかさをフォローするために、もっと酷い例(つまり私)を例示してみると、かがみが私を見た。きつそうな吊り眼。 
「あの、泉さん、徹夜でゲームとか、あんまり良くないんじゃない? 体とかに」
「いやー、こう見えても丈夫なのだよ、私は」
「いや、丈夫とか関係ない話じゃないかしら、宿題もきちんとしないと、自分のためにならないし」
「家に帰ったら自由時間なのだよー、自由に生きて、自由に死ぬ、海賊王に、俺はなる、だよ」
「意味がわからないんですけど」
 微妙に険悪な空気が漂う。
 宿題しろとか、親みたいな事を言われるのは少々鬱陶しかったし、徹夜するしないとか、そんな事で一々文句を言われたくは無かった。
 でも世の中には、他人のそういう自由に執拗に意見する人種がいて、私はかがみに悪印象を持つ。かがみはかがみで、いい加減で適当な私に悪印象を持っただろう。
「あとあと体調を崩したりして、困るのは自分だと思うんですよね」
「現実の体調よりも、パーティーのレベルの方が大事なのだよ~」
「そんなの、ゲームのレベルなんて上げても、意味ないじゃない」
「この世界に、そもそも意味などないのだよ、ワトスン君」
「なにそれ」
 適当にノリで言っただけの言葉だったが、問い詰めるかがみの視線は厳しかった。生半可な言葉じゃ許さない、いや、既に許さず、私を馬鹿にしているようにさえ見えた。私は不意にイラっとして、形にならないモヤモヤしたものが、自分の中から溢れるのを感じる。
「別に宿題やっても、体調管理しても、嬉しいことや楽しい事が待ってる訳じゃないじゃん。ゲームは、今、間違いなく楽しいんだよ~」
「体調が良くなきゃ、そもそもそのゲームだって出来ないでしょ。宿題も将来のためには大事だし、現実にも楽しい事は一杯あるわよ」
「ないよ」
 気付いたら、断言していた。

「現実に、ゲームやアニメ以上に楽しいことなんて、ない」

 だからゲームのせいで体調崩しても、全然構わない。他にやるべきことなんて、この世界に何も無いんだから。
 それはオタクとしての私の確信だったが、案の定、かがみは私の物言いが気に食わないようだった。
「何言ってんのよ。現実にも楽しい事はあるわよ」
 ない、と心の中で反論する。
 昼の楽しい時間は一気に気まずくなり、私達は沈黙した。慌てるつかさと、曖昧な笑顔を浮かべたみゆきさんが、印象に残る。
 かがみはじっと、私を睨んでいた。
 こうして、私達は最悪の第一印象を互いに確立させたのだった。

 つかさと一緒に帰りながら、私はどこかもやもやしたものを抱えていた。
 泉こなた──彼女が、現実に楽しい事なんてない、と言った時の表情、目、あれは、ふざけている様子のない、真に孤独な目だった。
「ねえ、つかさ」
「なあに、お姉ちゃん?」
「あの、こなたって子の事だけど──」
 私は不安だった。まっすぐじゃない、ひねくれて曲がった性格、つかさに悪影響を与えないだろうか、と。
 そしてそれ以上に、あのこなたという子の、孤独さのようなものが引っかかっていた。
「こなちゃんは、悪い子じゃないよ、お姉ちゃん」
「つかさ、何でそういいきれるの? あの子は──」
「こなちゃんはね、私を助けてくれたから。それに、話してれば分かるよ。時々私には分からない事も言うけど、本当は凄く優しいんだよ」
 つかさは、不思議と人を見る目がある。
 それに私は、こなたを悪人と思った訳ではなかったのかも知れない。
 彼女の歪みのようなものが、どうしても引っかかるだけで。
 それが何故かは、分からない。
「でも、現実に価値がないとか、極端よ。だって価値があるのはこの現実だけじゃない。私達は現実を生きてるんだから」
「うーん、私には、難しい事は分からないけど……こなちゃんは、お姉ちゃんとは違う考え方をしているだけじゃないかなあ」
「なによそれ」
「うーん、わかんない」
 妹は、時々何を考えているのか測りかねる。直感で生きているからだろうか。
「心配だから、これからもつかさの教室、行くかも知れないから」
「うん、こなちゃんと仲良くしてね」
 私は苦笑する。
 私はまだ、こなたへの悪印象を払拭できていないから。
 それでも私は、行動を起こす気で居た。





「みんなで、遊びに行かない?」
 昼休みにかがみがそう言ってきた時、私は嫌な予感に身構えた。
 かがみは嬉しそうな笑顔を見せるが、私にとってそれは胡散臭いばかりだ。
「放課後、一緒に」
 すぐさま私は言う。
「あ、私はちょっと用事が……」
「少しぐらい良いじゃない? 泉さん? 用事って何?」
 プライバシーに踏み込むかがみが心底不愉快だった。
 私がいかなる用事で誘いを断ろうが、私の自由ではないのか?
 それを聞く権利がお前にあるのか、と思わず私は噛み付きそうになるのを堪えて答えた。
「個人的用事だよ」
「少しぐらい、私達と遊べない用事なの?」
 緊張した空気が、四人の間に流れた。
 気まずい空気、つかさが可哀想だ。
 結局は、私が折れるしかないのだろう。
 社会はこういう風に回っている。将来就職すれば、ずけずけと踏み込んでくる上司や先輩に予定を聞かれ、どんなにやりたい事があっても嘘の笑顔を浮かべながら、用事なんかないですよ、と言わねばならなくなるのだ。私達はただ森を歩く象のように生きたいだけだが、社会はそれを許さない。
「分かったよー、じゃあ、少しだけご一緒する」
「決まりね!」
 と朗らかに笑うかがみを、私は内心で不愉快に思った。
 自己評価ではきっと、面倒見がよく、遊びを計画する自分、とか思っているのかも知れないが、それは無数の人間の忍耐によって成立している、と私は彼女を罵倒したい、とさえ思った。
 でも遊びさえも強制される、それが人間の社会なのかも知れない。
 ああ、とにかくゲームしたいな、と私は思った。

 放課後。
 私達四人は雑踏の中に居た。
 店屋の並ぶ繁華街に、ごった返す人、帰り道に遊びに寄る女子高生の姿も多い。
 私はそこにあるいかなるものにも興味が無かった。
 可愛い服も、化粧も、アクセサリーも、料理も、私とは無関係だ。
 この現実と、私はいかなる関係も持たない。
 かがみも、つかさも、みゆきも、それぞれ楽しむ事が出来ている。でもそれも、私には関係が無かった。
 ただ孤立と自分の思考の中に私は沈んでいる。
 華やかに笑う三人の女の子は、一応は私の友達の筈だが、今は本質的に私と無関係な人間に思えた。
 私はただただ、愛想笑いだけを浮かべている。
 どこか曖昧になってくる意識の中で、私はこの世界で唯一の私の居場所を視界に捉え、心臓が大きく鼓動を打つのを感じた。
 狂ったようにやかましいゲームセンター。
 でもそこは、この現実で唯一確実な私の居場所だった。
「ちょっと! どこ行くのよ!」
 無意識の内に歩き出した私の袖を誰かが掴んでいる。
 振り返れば、かがみが私を引き止めていた。何故、私を止める?
 できうるかぎり、私は端的にかがみの質問に答えた、私の行き先、私の居場所。
「ゲーセン」
「ここまで来てー? ちょっとは協調できないの? さっきからずっと上の空で……」
 私はその言葉に激昂しそうになる。協調できないのか、だと?
 まだかがみは何か言っているが、とても耳に入らない。
 私がどれだけ我慢してここに居て、どれだけの苦痛に耐えているか分からないのか?
 お前達はじゃあ、私に少しでも気を使って、少しでも私と協調しようと思ったのか?
 だが私はもうその言葉は述べなかった。
「いいよじゃあ、一人で行くから。そっちは勝手に遊んでて」
「ちょっと!」
 かがみが私を引きとめようとする。私はそれを無視してゲーセンの喧騒の中に入ろうとする。
 かがみはまだ私についてきて、私に恨み言までぶつけてきた。私は限界だった。
「なによもう! ちょっとは楽しもうとか思わない訳?」
 遂に、私はその言葉に切れてしまった。
「楽しもうと思わない訳、って? じゃあ、かがみさんは私が楽しめるように、少しでも配慮した訳? 私が、かがみさんが気持ち悪いと思っていらっしゃるだろうオタクである事は充分に分かっていて、私に、かがみたちが楽しいと思うことを押し付けただけじゃないの? 違う? ねえ、かがみさん、貴方は少しでも、私が何を楽しいと思い、何を望むか考慮して行動したの? 私はそれでも我慢に我慢を重ねて、そもそも誘いを断ろうとしたのに、少しだけといわれてここへ来たわ。もう、これ以上の譲歩は出来ない。ここへ来て、ゲームセンターに行くことさえ拒まれるならね!」
 私は真の憎しみを込めてかがみに私の気持ちをぶつけた。後戻りは出来なかった。
「そんな言い方……」
「なるほど、いつだって正しいかがみさんは私の喋り方が気に入らないとは思いますが、私だってそれに倍するぐらい、今日こうやって無理矢理につれて来られた上にゲーセンに入ることさえ空気読めないみたいに言われることが、心底気に入らないですね。ねえ、かがみさん、貴方は、私がただただ気に入らなくて、自分の望む人間にしようとして私を連れまわしてくれたんでしょうけど、それは普通、傲慢って言うんだと教えてあげますね。分かったら、私がゲームするのを邪魔しないで、私の視界から消えて」
 かがみは、泣きそうな顔をしていた。
 一瞬だけど、それは、気持ちがすっとする事だった。
「これだから、現実は嫌いなんだ」
 私は吐き捨てるようにそう言うと、そのままゲーセンの暗がりの奥へ進んだ。

 でも何故だろう、その後プレイしたゲームは、いつもみたいに楽しくは無かったのだ。



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