らすとしーずん

このページを編集する    
インターホンを押してからの数秒間、こんなほんのちょっとの間ですら待ち遠しい。
眼前の建物で暮らす三人をもちろん私は知っている。
「はい、泉です」と答えてくれる三種類の声。
いつものように眠たげで舌っ足らずな声が耳に届いてくる、それだけでなんだか嬉しくなる。

──おっす、遊びに来たわよ

と訪問の目的を伝えたら、その向こうにいるあいつのことを思い浮かべたりとか。
とてとてと近づいてくる足音。
ぴたっと止んだかと思ったら、深呼吸。
待ちわびた私にどんな言葉をかけてからかおうか、顔がにやけちゃってさ。
嘘。分厚い壁越しの様子なんてわかるはずない。
でも、声を聞いてから実際に会えるまでちょっぴりドキドキ。

「いらっしゃい、かがみ」

流れるように、いや、滑らせ過ぎて『かがみん』って聞こえそうな、私に向けられた言葉。
いつかのようにだらしがなくて、みっともなくて、無防備で寝不足で何もかも面倒くさいって感じのこなた。
そうじゃない顔いっぱいに広がった笑み、ドアを開けてくれた時に起きた小さな風が長い髪をさらさらと揺らす。
いつも通り PANDA なんだけどね。
灰色ってくらい感じがするのに、ねずみ色って言うと妙に暖かみが出てくるから不思議。
聴覚から、視覚から、刺激が勝手に作用して顔の筋肉を動かしているに違いないと思う。
っていうかまだ玄関先に招き入れてもらっただけじゃない。
いらっしゃいという歓迎の言葉にはそれに相応しい反応の台詞があるように。
まずは、笑顔で迎えてくれたその子の名前を呼んであげなくちゃね。

「お邪魔します、こなた」

泉家に足を踏み入れてすぐにこなたの部屋に入れてもらう。
ま、一番手前にあるわけだし。

「お飲み物はいかがなさいますか」
「……別に、なんでもいいわよ」

唐突に始まる小芝居。
理由はどうせよく知らないアニメだったりするし、わざわざつっこむ気になれなかった。
乗ってくれなくて少しだけ視線を下げるこなた。
じゃあアールグレイティーでも、って言ったら用意してくれるのかしら。
些細な一つ一つにも反応してしまう私。

「かしこまりました。体の芯からあたたまるよいものをご用意させていただきます。それと……」
「なによ」
「ご一緒に、糖分控えめなお菓子をお持ちしますね」

気を遣わなくて結構よ。
そんな返しの言葉も丁寧に閉められたドアがパタンと音を立ててかき消した
ちらっと舌を出して見せたたあの小憎らしい表情。
すぅー、はぁ。
何がおかしいって、やっぱり隠しきれてない私の緩んだ顔だと思う。
どんなものを持ってくるか知らないけどそうしてくれるだけでも十分。
羽織っていたコートはハンガーを借りて、なんとなくぐるっと周囲を見回した後。
こなたのいない部屋で私はベッドに腰掛けてその主を待つ。

「かがみ、ちょっと開けてくれないかな」
「はいよ」

言われてドアを開けたら予想通りにお盆を両手で持ったこなたがいた。

「いやあ、お鍋かけてたら案外時間がかかっちゃったよ」
「なべ?」
「うん。ちょっとひと工夫してみました」

小さなテーブルの上にマグカップとクッキーとチョコが盛られた小皿。
それらを置き終えたら「んしょ」とかわいらしく座った。

「見た目は普通の牛乳、よね」
「まぁね。でもただ温めただけじゃないよ」

そう言って口元を緩めつつじっと見つめてくるこなた。
飲んでみればわかるってわけね。
冷たい手で少し我慢しつつ湯気まで出してる飲み物を一口。
ちょ、ちょっと熱いかな。でも、

「後味が引いたりはしないんだけど、喉から体の中まで浸透するっていうか」

本当にこれ一つで体がぽかぽかってなるくらい。
それに、甘い。甘ったるさは全然なくてほんのり甘い。

「気づいた? はちみつをちょーっと足したんだよね」

電子レンジでチン、じゃなくてさ、ゆっくりゆっくりかき混ぜながら火にかけたりしてさ。
嬉しそうにこの飲み物について語るこなた。
にこにこと笑顔を向けられたらこっちだって嬉しく感じちゃうわよ。
知らなかった。ホットミルクって言うんだって。

「単純なんだけどさ、それでも結構変われちゃうもんだよ」
「ふーん。ならあんたにもう少し勉強しようって意識を持ってほしいものね」
「人の心は比べられないものですヨ」

どうしてだろう、楽しいんだけど楽しすぎてくすぐったくなってしまう。
さらっとかわしたこなたはもう一口、ホットミルクを口にした。

「というわけで勉強するわよ」
「えぇー」

体が温まってきたところで時間は有効に使わないと。

「えーって、受験まで日がないんだしいつまでも遊んでられないでしょ」
「まだ十月じゃん」
「もう十月なのよ」

あれだけ暑かった毎日も今じゃ風が吹く度に身を縮こまらせてしまうほど。
大丈夫だと、根拠もないのにずっとそうこなたは繰り返し続ける。
こいつ自身の人生だと、泣き目を見るのはこなただけってわかってるけど放っておくわけにはいかない。
私の精神衛生上よろしくないというか、少しだけいらつくっていうか。
クラスで遊び呆けているやつは終わったなって鼻で笑うんだけど。

「かがみはやりたいことがあって頑張ってるわけじゃん。別に私は、ねえ」
「私は、なんなのよ。どうなったっていいやって? 面倒だから逃げてるだけじゃない」
「いや、そういうわけでもないんだけど」
「ならどういうわけなのよ」

私は私。あんたはあんたで違うって言うの。
目標の在る無し、模範的な優等生と自堕落な一生徒、しっかり者の姉とわがままな一人っ子。
そんなもの、関係ないに決まってる。
私たちの前には大きなおおきな壁がある。
それを乗り越えるためにつかさもみゆきも、私も日々一生懸命になって。

「あのさかがみ、別に私だって何にもしないわけじゃないよ? ま、かがみやみゆきさんみたいにはいかないけどさ」

私なりに努力してますって、そのにへら笑いに納得がいくはずなかった。

「私とは違うから、だから構うなって?」
「そ、そんなんじゃないよ!」
「『そう』なんじゃない。勉強ベンキョウって口やかましい私が鬱陶しいわけなんでしょ」
「かがみっ!」

気がついたら私はこなたの部屋から出ていこうとしていた。
手もつけられていないお菓子と、ほんのちょっとだけ残してあったホットミルク。
心残りでもダイエットと思えばいい。
壁に掛けてあった上着をひったくって帰ろうとする私と、大声を出して腕を掴んでくるこなた。

「なんでそうなるのさ……。私、かがみに感謝することはあっても迷惑なんて思うわけないじゃん」

思いの外強い引きとめる力、対照的に小さく告げられる言葉。
待って、と言われてそこに踏みとどまって考える。
私が言いたいことを考える。伝えたい気持ちを見つけ出す。

「ごめん」
「どうしてかがみが謝るの」

向き合って見つめた瞳はあの輝きの欠片もなくて。

「ううん。私が勝手にそう思い込んでしまったせいだから」

受験だ勉強しろって誰もが言うけれど、実際にその大変さは周囲の声すら届かなくなってしまう。
こんなにも疲れているのは私だけなのだろうかって。
そんなのどこかの悲劇のヒロイン気取り、自己満足でしかないのに。
こなたはどんな時でも楽しているように見えた。
でもそんなの間違いだったんだ。
私たちの誰か一人でも笑顔を見せることで私たち全員が元気になれる。

──あ、あいつも結構頑張ってるのね

こなたを待っていた時、私は机の上に勉強道具が広げられているのを見つけた。
それをどんな風にからかってやろうかと考えていて、結局どうでもよくなっちゃったんだっけ。
意外な正答率の高さにちょっと嫉妬してしまったのかもしれない。
私の前では隠し続けているのが少し気に入らなかったのかもしれない。
勉強しようと言ったら機嫌を損ねてしまったこなたの、子どもっぽさにあてられたのかもしれない。
原因なんて、今はなんだっていい。

「たぶん私は一緒になって頑張る仲間がほしかっただけなのよ」

認めたくなかっただけなのかもね、私とこなたが同じ平面上にいないことが。
もっと言えばこの子の隣にいるのはいつまでも私であってほしかったから、かな。

「ねぇかがみ」
「んー?」
「二人きりの勉強会でもしようか」

なんだか言い方がすごく変だし、勉強という単語をそんな笑顔で言うこなたを見たくなかった気もしたけど。
休日の午後、こなたの家で二人。お菓子があって美味しい飲み物もおかわり自由。
頭を使えば甘いものだってほしくなるのは当然でしょ。
これから過ごす時間はきっと受験生とは思えないくらい楽しいものになるに違いない。




コメントフォーム

名前:
コメント:
  • ラブラブだけど、ちゅっちゅは!? -- ぷにゃねこ (2013-01-25 16:43:23)
  • ↓黙らっしゃいww -- 名無しさん (2012-12-26 18:12:37)
  • おいしい飲み物と言うとこなたのあれかと。 -- かがみんラブ (2012-09-17 17:37:37)


投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください)


|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|
  



★Counter

TOTAL: -
TODAY: -
YESTERDAY: -

★更新履歴

取得中です。