Fields of Gold (後編)

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「投げ出してくれていい、とは流石に言えないけど… 無理強いはしたくないから。
 だって、私はあんたの喜んでる姿を見たくて、一緒に居る訳でさ。 ― あんたが私を厭になれば、それは身を引くしかない。

 … 勿論私だって、あんたの事は好きだし、さっきみたいに、あんたをものにする事だけで頭がいっぱいになる時だってある」

行為中のかがみは、高校時代、ラノベを熟読している際の有様に勝るとも劣らない集中力で、文字通り私に没入してくれる。
それは、私の反応が即ち自分の生き甲斐になるからだ、と、かがみは真顔で、恥じらいもせず語っていた。
だとして。 欠損部の塊でしかない今の私から、どんな価値をひねくり出すんだと。

「でも、自分の欲望の追求が、100%隣人を幸せにするとも限らない。 その逆も然り。
 100%が、この世にある? 未来の事は誰にも分からない。 『今』だって、すぐ未来になる。

 だったら、可能性が多い方がいいじゃない? ― だから、私はあんたに賭けたの。 自分の人生をはたいて」

それはきっと、かがみの信念みたいなもの。 『選択肢の多い方が、幸福には繋がり易い』。
だから、数多の選択肢を招き寄せることの出来る… その要素を持つ人間に、私は惹かれる。 …多分、そういう事だと思う。
単なる思い込みだ、とは(自分の不確定要素の多さからも)言い切れない。 でも、勿論明確な根拠のある論法でもない。

だけど、それが『確信』されているとしたら… 例え一人でも、“頭から”信じている人間がこの世に居たとしたら…


「楽しすぎるもん、あんたは。 今の社会に、見えてないものが見えてる。 それでいて、誰より“素直”。

 …理由なんてこれだけ。 でも、絶対揺るがない。 ちょっとやそっとで諦められる程、あんたのインパクトは小さくないから」


それは、力を持つ。 ― 力を“持っていい”概念になる。 本人にとっても、その対象である、他の誰かにとっても。


続く、丸みを帯びた白い光の陣形が、かがみの背後に、後光のように広がる。

…私は、「愛」というものを勘違いしてたんじゃないか。 そんな思いが、胸中の効率の虫を食い潰していく。
それとも、この人の要求額がバカ高いのか、はたまた恋人の間ではそれが常識なんだろうか。


「信じられない? じゃあ…」


私の曖昧な表情に業を煮やしたのか、かがみはベッドに膝を乗せ、眼前に蹲っていた私の肩を徐に抱いて…

「  ―― んむっ」

不意打ちにしては場違いな、湿潤系の口付けをくれた。



… … ふぅ。  なんちゃって。 大体ニコ動では萌え絵とかきわどいシーンとかへの返礼だよね。

かがみの唇、今日はいつになく美味しい。

知ってるかな? キスって、少女漫画とか一世代前のラノベの類がよく言うように、実際に甘いんだ。 いや、これは本当に。
しっかり、“甘味”がする。 そりゃかがみの好きなポッキーとか嫌いなダイドーのコーヒーとかと比べれば遥かに分かり辛いし、
糖度幾つとか、科学的な検証やら無粋な真似に出れば、すぐさま否定されるのが世相なんだろうけど。
(でも、活力になるもの=美味しいものを「甘い」って感じるのは生物学的にも所以があるんだよね? 北大路某よろしく)

「…ろ。 くふ… ん… むぬ…ちゅふ」

この甘さはもうちょっと原始的。 つまり、乾燥した地域で雨乞いとかして雨が降ってくると、人はそれを「慈雨」って呼ぶでしょ?
あれと同じ。「自分の命を助けてくれる」「魂を吹き込んでくれる」、そういう甘さ。 つまり、「生きる為に必要な」…私の栄養分。
汗かいてカラカラの口腔や喉に、かがみの唾液がスポンジに触れた水みたいな勢いで染み込んで、全身の細胞を蘇らせてくれる。
それに精神的にも、「他人と違う事をしてる」、っていう後ろめたさを押し流して、私を心根から癒してくれる。
… 本当に、なくてはならないもの。 私の人生のカンフル剤だね、これは。 ―今のところは、無料で手に入るけど。お蔭様で。

「はむ… ん…ぴちゅ… む、ん… んんっ、う…  んはっ!」

長いこと、舌で私の歯の裏をまさぐっていたかがみは、ちゅぽっ、てな感じで唇を離し、てらてらした糸を互いの下唇に引っ掛ける。
そして、満面の笑み。 … あぅ、まただ。 肺が頭から押し潰される。 心臓が、急縮して、涙が滲む。 私にとっての殺人技。
堪らず、笑い返す。 …こういう時、本当にどうすれば良いか分からなくなる。 笑気ガスでも吸わされたような感じ。
かがみのストレートな感情表現の中の、更にシンプルな思い。 それが、眼から小脳、反射して気道までを一直線に刺し貫く。

表情を、躁化せざるを得ない。 但しこの現象が面倒なのは、ガス中と違って自分の感情までもが沸立つような高揚感を覚える事。

どうして、かがみはここまで強欲なんだろ。 私の、どこまでを… 結局は、私の「何が」欲しいんだろ…?


… と。


<パシャ!>


かがみが構えていたのは、私の携帯。

よだれ塗れで恍惚感の中にいた私の肩から手を離さず、かがみは自分の笑顔ごと、この表情を写メに撮った。


『私の携帯』で。



… …



「はい」

「え… …」


どう考えてもプライベートな… 社会的とは思えない状況を、自分の所業として半永久機関に保存して。

「いざって時の、強迫用にでも使いなさい。 …何なら、知人に送り付ければ? 『攻略完了!』とか付けて。 あ、逆かw」

その写真の所有権、使用権を、当事者の好きにさせる。

― 一瞬、かがみが『踏み外した』事を直観し、背筋に悪寒が走る。  …つまり、“ヤンデレ”の入口だ。


「そ、そんな… かがみ、違うよこんなの、おかしいって!」
「何が? それとも、送れない理由が他にあるの? 羞恥心以外に」
「や、それは …」

漫画やアニメで大流行してる、あんな『形だけの』狂気なんか、身の周りに置きたくない。 そんなものは、二次元だけで充二分。
私がかがみに求めているものは、現実の似姿じゃない。体のいい言い訳でも慰めでもなくて… かがみ、それ自身なんだから。


「私には、ないけどな」


けれど、その眼は。 よくある、瞳孔が点になるような、ぼやけた瞳になるような無粋な表現はせず。 ―生気に、満ち充ちていた。
遠くを見るような面差しは揺るがず、眉間の辺りが穏やかに弛緩している。山なりに結んだ口は、その端を僅かに持ち上げていた。

瞬く赤や緑の光をその海色のレンズに染み込ませ、僅かに目尻を引き伸ばしたかがみは、その流れで、くすぐったそうに吹き出す。

「あんたを裏切れる要素は、極力削っておいた方がいい。 …自分の為にね」

― 身体に圧し掛かる安堵感。 私を、からかっているのか。 …でも、それもいい。 かがみのユーモアは、いつだって控えめだ。


次に昇ったのは、金色一色の光だった。 漆黒の宙に、華美なたんぽぽの花を咲かせる。
その光の、何が気に食わなかったのか。 直後、かがみは少し片眉を顰めると、溜息と共に頭を振る。

何だろう、とかがみに向き直ると、この人はばつが悪そうに下唇を曲げて…

「― や、ごめん… 違った。 また私大きく見せてる。 … 前言撤回、というか言うまでもなかった。 私は、とっくに… 」

そして、後ろを振り返らないように、言葉を感情の板切れに乗せて、一気に押し流す。


「あげちゃってるもんね、あんたに。 私の、一生分。  …なのに、まだ不安なのよ、多分」



― この部屋に、初めて玩具を持ち込んだ夜。


かがみは、下腹部からの赤い涙と一緒に、両眼から透明な涙を滝のように流して、私を罵り続けた。

「私じゃ、できない」、って。 それだけを、只管に繰り返して。


「つかさには、あの後にもきちんと話してある。 私達は、もう ― 離れられない関係になってる、って。
 異端とも異常者とも、何と呼んでくれても構わない。だから、認めてほしい、って。 私達を、私達として」

その時のかがみの本意は、未だに分からない。 怒りなのか、憎しみなのか… 悔しさなのか。
でも、対する私の汚い涙で台無しになったその一晩が、同衾の床の元で明けた朝―
かがみは、昨夜の事など微塵も感じさせない悪戯な笑みと、舌を咥える濃厚なキスで、私の眠気=逃避傾向を消し飛ばしてくれた。

「頷いてた。 あの子なりに、色々思うところはあったんだろうけど、最終的には“私達らしさ”を、尊重してくれた。

 それは、あんたにも判るでしょ? 里帰りする度に柊家に居候できる、そういう立場の隣人として…“受け入れられた”んなら」

かがみとの仲を公にしても、私への子飼い意識から脱却できなかった父親との縁を断ち切り、柊家の人々に受け容れて貰った時、
私が、その一員として生活する条件として、彼女達に提示されたのは…  思いを、形にすること。

『身内と関りのある同性愛者として』ではなく、あくまで対等な隣人として、共に暮らす仲間として、自分に嘘を吐かない生き方を。
それが、みきさんとただおさんの総意だった。 その為には、普段引き摺っているものを隣人に担って貰えるような「信頼」が必要で。
私が、興味本位にその道に踏み出したのではない事の証を、二方は私の行動から、確認しようとしている…んだろうと思う。



「過保護だった。 それは、自覚してる」

その意味で、つかさは私の先輩だった。 何の躊躇も、何の柵もなく、直線的に過ぎる軌道で、かがみの喉元に組み付ける立場。
私が見習うべき要素は山程あった。だからこそ嫉妬の対象として、最初に名前が挙がったんだと思う。 憎しみとは違う、焦燥感。

一時期は、そんなつかさになくて自分にはある、どうしても自分だけの快楽の追求に向かいがちなオタク性が邪魔で仕方なくなり、
持ち込んでいたコミックのコレクションや同人誌… 思い詰めた時にはノーパソすら、処分し兼ねない、不健康な心境にあった。
あの頃は、かがみを得られるならそれでもよかった。 いつつかさに裏切り返されるか、その恐怖だけが心中に渦巻いていたから。

「あの家族、いや、いつぞやまでの社会の中で、唯一私より弱い存在だったから。 小さい頃から私の蔭に隠れてばっかで。
 けどこれ、逆だったのよね、今思うと。 私は、自分の存在理由を確立する為に、あの子に、行き過ぎな程世話を焼いていた」

けれど、かがみが好きでいてくれたのは、私の“あるがまま”だった。 生まれ育ったままの在りようだった。

オタクの道しか知らずに、変わらない事に引き篭もってばかりで、
その癖、どんな大事も自分の価値観を以って易々と断罪するナニサマ性。 
― この私の3要素の全てを認めて受容し、数年がかりの観察と分析を無意識の上で続けていてくれたからこそ。
夫々の向きを少し変えてやることで、「ひとつの分野への集中力」,「時々省みる習慣」,「色んなものへの広い興味」,といった、
全く質の違う…有用な能力を、私の混沌から『発掘して』、更には育て上げてくれた。

これこそ、つかさにはなくて、私にはあるもの。…いつの間にか覚えていた親友へのルサンチマンが、自分の誇りに成り変わった。
他ならぬ、その目標とする人物の働き掛けで。 ―お蔭で、他人と比較する事自体を、馬鹿らしく思えるようにもなった。

「つまりは、自分の為に。 あの子に、自分の存在価値を… うーん、『保証して』貰ってた? って事。
 あんたが、そうじろうさんによく使う… 『ナルシスト』、だっけ? あの代名詞と、どんな違いもない」

『こなちゃんは、お姉ちゃんの「妹」じゃないでしょ?』 …つかさはきちんと、かがみと私の間を『絶対性』で結んでくれていた。
私にしかできない事がある。それは、かがみに選ばれたのが、他ならぬ私だから。 つかさの微笑みは、私に確かな後楯をくれた。


それで全てが片付いた訳では、勿論なかったけど。
私達が異端者としてこの社会で生き抜く為の、最初の関門が… それまでの親友達からの、「裏切り」を糾弾する声だった。


「そういう態度が、あんたを… それに、あの子自身をも誤解させた。 結果的に、みゆきに愛想尽かされたように、ね」

例えば、つかさを… いや、結果的には、私達の関係の全てを護る為、薦んで悪役の皮を被ったみゆきさん。
『誰にも、「変わった事」を責める権利はありません』 …そういう言葉で、私達を散々になじってくれた。
それが含んだ毒気にすぐさま反応したかがみが食ってかかると、みゆきさんは、如何にも不思議そうな顔で首を傾げ、
右親指の第一関節の裏側(爪の下)で眼鏡の蔓を持ち上げつつ、かがみに“止め”を刺した。

『自分が良ければそれでいいんですよ。 誰にも、受け入れる余裕はない。 皆、自分の身の回りのことだけで、精一杯なんです』

恋人が居る身で、お前は、そんなことすら学んでこなかったのか、と。
現物主義で、目先の事しか頭にない人種… (一般認識上の)『オタク』が、誰よりも傍に居る環境に在りながら。

それはきっと、つかさやみゆきさん自身の立場を代言する意図で出てきた言葉なんだと思う。
でも、同性愛へのアンビバレントな思いに囚われていた、当時のかがみにとっては…


これ以上… 何なんだ、私は…

これ以上、最愛の人を… 沢山の愛する人を傷付けて… 


「そんな、違うってば!  さっきも言ったように、私はさ、只、甘え方を …」


狙いは、何?



「― でも、あの子は予想外に芯の強い子でさ」

私の過剰反応を横目に、かがみは小慣れた口振りで話を続ける。

「『今、お姉ちゃんを… お姉ちゃん「が」必要なのは、私じゃない』、って。 蹴り上げてくれたわ。 この、重たいケツを」

私にとっては、またとない台詞。 だけど、妹からのこの一行を受け入れるのに、かがみはどれだけの時間を要したんだろう。
結果がどうあれ、壊したのは、私。 ― 柊姉妹の絆を滅茶苦茶に切り裂いて再起不能にしたのは、私の介入だ。
最愛の人の『安心』に、無粋な楔を、打ち込んでしまった。


「お蔭で、目が覚めた。 忠実に、生きればよかったのよ。 自分の、信念に。 自分が、一番のめり込んでいたものに」

だというのに。 かがみはそれについて、一切私を咎めない。 むしろあっけらかんと、いい契機だった、とまで嘯く始末。
それがあの姉妹の間の、強靭な信頼関係故なのかは判らない。 その程度で崩れる絆じゃない、っていう、頼もしくも複雑な返信。

だけど、まさにその口調に、もっと直接的な『救い』が見えたのは、私の幻聴… ではないらしい。

「誰に、公表してくれてもいい。 その結果、後ろ指差され続けても、ドン底に堕ちてもいい。 …あんたが、それを望むなら」

つまりかがみは、私にも、同じ感情を… 同じだけの信頼を覚えている、という事。 …覚えてくれている、という事。
いっぱしの人間としては、不適合要素の多過ぎる… 他人の、基、隣人の気持ちも汲めない、裸の侭の、私に。


「もう、あんたしか見えない。 この世に、あんたしか。 …病気、ね。 所謂」


人間は、そこまでになってしまう。 “恋”は、時と場合を選ばない。 そして、一方的でない“恋”などない。

… この人の、魔力。 それが、世間的にはどんなに拙いものだったとしても。 どんなに巧妙な詐欺の手口だったとしても。


「幸せな病気。 あんたのこと以外、何も考えられない… 考えなくていい、っていう」


私にとっては、ひとつの奇跡なんだ。



 ― ちゅっ ―


ほっぺに。 ゆっくり唇を、押し付けて。 皮膚に、吐息の残り香が移る位のスピードで。 名残惜しげに、離す。
舌は出さずに、頬肉をついばむだけのアクト。 前歯の形すら窺わせない、ほんの上辺への ―厚情の、キスだ。


愛情の、基礎。一歩手前。 でも少し違う。 もう少し… 私に、近い感じ。
何というか… 十数年を居合わせた家族、というか… 例えば電話で身内(父除く)の声を聞いたとき感じる、あの特別な感覚と…

どころか。


この顔は… 実家に居るうちは見慣れていた、酷く懐かしい気分に落込ませる、あの表情。 優しい、眼。
私にとって、最も縁遠い存在。 身体性的にも、経験的にも… 体感的にも。

オーラル・シーズンの未完。口唇期固着。 この人は私のそれを、思考や行動のパターンから無意識的に見抜いていたのか。
中学時代まで抜けなかった指しゃぶり(今も親指にタコが残る)。 伸ばし続けている髪。 言い訳癖を含む、全般的な逃避傾向。
それは、前に歩を進める際の恐怖とは別の、後ろ楯のない事に由来する、漠然としているが故に、大き過ぎる不安。
何より。 私は、かがみの豊満な胸に埋まっている時に… 腕に抱かれている瞬間に。 一番、幸福を実感できているんだから。


― そう。 そうだ。 欲しがってるのは、かがみじゃない。 私の方だ。

かがみはあえて傲慢に振舞ってみせる事で、私の負い目…
つまり、『二度と戻れない獣道へかがみを追い込んだ』事実から、私の眼を逸らしてくれている。

もう、そんな事で思い悩まなくていい、って。 時間は、前に進んでるんだ、って。


… 私は幸せなんだ、って。



「ほーら、また泣く。 いつからそんな弱虫になったっての?」
「私の…せいじゃあ… グスッ… 狙いすぎなんだよ、いつもかがみが… ひっ… 」
「高校時代のツケが今になって廻ってきた訳だ。 因果応報、って奴? ざまァないわね。
 … あの面子の中で、素を出す機会は幾らでもあったのに。 “ツンデレ”、って言葉は、自分にも向かってた、って事か…」

反射的に溢れ出した私の涙を拭いつつ、かがみは遠くを見るような眼で、かつての私の再分析をはじめた。
そう考えれば、私の欠点の大半は、正当化されてしまう事になる。 ― 正当化、とは言わないか。 でも、理由のある事にはなる。
かがみはけれど、この未熟な部分を、いとおしげに包み込む。 高校時代には真正面から糾弾したであろう、私の不甲斐なさを。

これもまた、かがみの変化。 勿論、私しか知らない。


「分かった。 一緒に泣こ?」

「… え?」

そして、思わぬことを口走る。 ― 私は兎も角、どうしてかがみが泣かなきゃならないのか。

「あんたは― 思うに、共感される事が少なかったんだと思う。 だから、仲のいい友達に文字通り没入して…」

私の頬に据えた掌を離さずに、その親指で、私の下睫毛の毛並みを整えながら、かがみが続ける。
それは、ゴトちゃんにも、小中学の先生にも、勿論黒井先生にも、高校以降の友達にも指摘されなかったようなニュアンスで。

「結果、引かれちゃう。 …相手からの信頼を得る前に。 そんなパターンが、中学時代終盤までの15年間、長々と続いた」


一歩、踏み込んだ視点で。内側から省みた立場で。 
肉体という牢獄の中で、尚“他”の範疇にある私に近付こうと戦ってきた、その如何にも無駄な努力の結果が、果たして…

「でも、高校時代にはこれが逆転した。 …何故なら、あんた自身が、構えていた盾を取っ払ったから。
 自分以外の“他人”に興味を示し出したから。 人間関係の… 『与えること』の面白さに気付いたから。
 お蔭で、関係における“丁度いい”程度が… 『さじ加減』が見えてきた。 それは、自分にとっても心地いい具合なんだって」

それは、『私』の齎したものなんだと、“感謝”にも似た意志すら纏わせて。
本来、私が何より早く、この人に向けるべきだった筈の感情。 私には余りに不釣り合いだが、兎も角―

「それでも、振り払えずに自分の中に溜め込んで、その場をやり過ごしてきたものは沢山あるでしょ?
 『思いが通じない』ことのフラストレーション。 現実に、自分が受け入れられない事からどうしても覚える、劣等感」

―それが、あるがままの『私』だった。 否定なんかじゃない。何の偏見も無しに直観した結果がこうなんだ、と、その眼が語る。
見てもいない部分を事実みたいに語れるのは、つまりは、私の身体性から容易に想像ができた、ということ。

私から、常に眼を逸らさずにいた。 ―その事実が、前提になっている、言い草。


「こういう涙が、その証。 綺麗だけど、不純物で光る。 あんたの、本音」

再び零れ落ちた涙を、いつの間にか近付けていた唇で受け、「しょっぱw」という台詞に続けて、
かがみは、自分の行動の所以を… その姿勢を。 露にする。

「全部、受け止めさせて。 義務とか、そんなんじゃなくって… 私自身の為に」

全てを。 私の総てを受け入れようとしてくれる。 私の、望むペースで。 私の、人間性の侭に。

… そして、その行動原理の表明として。


「私は、その為に生まれてきた。 ―そういう、人間でありたい。 あんたにとっての」


私の趣味は、あんたなんだ、と、繰り返す。



「… すっかり …ッふ… デレ界のっ… 大物、だねェ… っ」
「何とでも言え」


何も、言えない。 言葉が出てこない。
こんな場違いな台詞でさえ、身体に染み付いたものの領域を無理矢理掘り起こして、漸く出てきたものなんだから。
気付かないうちにこの人自身に投影していた、自分の中のツンデレシスの、ずっと奥深くの地層から。


大切な人の前で身に刻まれた罪悪感が、『再び滲む視界』、という形で、上塗りされる。

だけど、そういう意識すらも。 この人は、溢れる慰めと励ましを以って、私の、手元に見出してくれた。

まるで、自分のもののように。


私の、堤防が決壊する、その直前に。

かがみは、私の頭を抱きかかえた侭、嗚咽の一つも洩らさずに―  私の髪に、暖かい滴を落としはじめた。


この人には、無縁だとばかり思っていた表現技法、「落涙」。
体重が増えたー、とかの話題に乗せて、冗談半分に泣いてみせる事はあったけど、よもやこうして、本気で体現してくれるとは。

隣人の感性を滅多切りにしておいて、更に息の根を引っ掴んで締め上げる。 現象の齎す、こうした暴力的な作用とは裏腹に。
静かに、優しく、等間隔に濡れる髪。 私の代わりに、この世に生きる上での、全ての苦しみを引き受けてくれているかのように。


だから、私は。 そのかがみが手ごまねきつつ偽造した(であろう)状況に甘えて。
その形のいい双丘の谷間に、自分の全身に巣食う不純な輝きの、全てを、落とした。

丁度〆の連発を始めた花火の、やかましい光を全身に受けながら、その轟音に、近所迷惑の種の全てを託して。

泣き喚く私の髪を、海の成分で洗い清めつつ、かがみは口元の私の頭を、空気も読めずにおっ立った馬鹿毛ごと、労わってくれる。
そのひと撫でひと撫でが、私の世界を、少しずつ少しずつ、削ってゆく。 …それは、非合理な快を伴う、喪失感。

人間の、人間性を確認できる、数少ない、感覚。  成長できて良かった、っていう。


対照的な、貧相な体躯と、未熟な人間性と、か細い精神を世に晒しつつ。 偽りの花の咲き乱れる、黒い天蓋に背を向けて。

私は確かに、彼女の世界の中心に居た。



彼女が育て上げ、私が引き当てた、『運命』の。

同じものは二つとない、私の… 『生きる意味』の。



 ――――



 ありがとう、おかあさん。  この世に遺してくれて、ありがとう。

 私は、あなたと同じものを、ここに、見つけることが、出来たみたい。

 それに抱き包まれることが、善い事なのかどうかは判らないけど。


 私は、この人の隣で… 中で、生きたい。 ―  この人に、近付きたい。

 例えその願望が、滅びの下り道にしか、繋がっていなかろうと。



 We'll walk in the fields of gold ...



 Reference Songs : Fields of Gold/Eva Cassidy, And I Love You/Toni Braxton, Pillow Talk/Sylvia,
             She Believes in Me/Brad Bayley, Thank you for Lovin' Me/Bon Jovi




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