賢者の石

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『賢者の石』(『ふたりの卒アル』外伝)

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 私たちがいつものようにスクールバスを降りると、バス停のすぐ脇で弱々しい朝日に照らされ、木枯らしに震え上がりながら立ち竦んでいる泉ちゃんの姿が目に入った。それに気づいたみさちゃんが私より先に声をかける。
「うーす。なんだよ、今日はチビッ子ひとりか」
「悪いけど今日はみさきちはおよびじゃない。それとチビっていうな」
 硬い声でずいぶんとトゲのある返事が帰ってきた。たちまち傍らのみさちゃんが機嫌を損ねていくのがわかる。仕方がないので、私はつとめて平静を装いながら慎重に言葉を選んだ。
「『チビ』は好きになれない? じゃあ今度からは『エド』って呼ぼうかしら」
「それってどこの国家錬金術師?」
 試しにハガレン──『鋼の錬金術師』のネタを振ってみたら、すぐに泉ちゃんが食いついてくれたので、ピリピリした空気がわずかに和んだ。
「ところで、今日はあやのんにお願いがあるんだけど」
「あら、私に? めずらしいこともあるのね。何かしら」
 すると泉ちゃんは何も答えず、ちらりとみさちゃんの方を見る。どうやら今日の彼女はずいぶんと余裕がないらしい。いつもなら、ここまでわかり易い態度は出さないはずだから。
「悪いけどみさちゃん、先に行ってて。私は後からすぐ追いかけるから」
「あ……う、うん」
 おそらく山ほど言いたいことがあったはずなのに、その全てを飲み込むと彼女は生徒玄関に向かってダッシュで走り去っていった。

 ──ごめんね、みさちゃん。

 心の中で手を合わせると、改めて私は泉ちゃんに向き直った。

  ◇

 みさちゃんが玄関に姿を消したのを確認してから、泉ちゃんが口を開いた。
「それにしても、あやのんもアニメとか見るんだ。ちょっと意外かも」
「ハガレンのこと? 小さい頃だったし。それとコミックスも何冊か持ってるかな」
「そっか」と泉ちゃんは小さくうなずく。その表情にはまだ硬さが抜けていない。
「それで、私にどんな用事があるのかしら」
 予鈴が鳴るまであまり時間がないので、私は泉ちゃんを促した。
「実は、卒業アルバムの写真を譲って欲しいんだけど」
「アルバムの……写真?」内心の想いを押し隠しながら、私はいかにも当惑しているというポーズをとる。
「うん、特にかがみの写ってるのを。あやのんは卒アルの編集委員もやってるって聞いたから」
「確かに委員はしてるけど、だからといって泉ちゃんに便宜を図る理由はないと思う」
「そこをなんとか。お願いします」そう言って泉ちゃんは私に深々と頭を下げた。
「うーん、そういうのは困るんだけどなあ」
「自分でも無茶なことを言ってる自覚はあるよ。でも、どうしても欲しいんだ」
「聞かせてもらえるわよね、理由を」
「私とかがみの……私たちだけの卒アルを作りたいんだ」
 あーあ、今にも泣き出しそうな顔。これじゃ私、思い切り悪役じゃない。
 しかたない。あんまりイジメてもかわいそうか。
「はいこれ。泉ちゃんの欲しい物」
「え……これって」と目を丸くする泉ちゃん。
「見ての通りのマイクロSDカード。それとも賢者の石だとでも思った?」
「それって、どんなものでも練成してくれるのかな」
「どうかしら。アニメの『鋼の錬金術師』で、エドは最後に弟の身体まで練成してたけど」
「どれほど優れたアイテムもしょせんは道具。結局はどう使うかってことか」
「ありきたりだけど、そういう結論ね。あとは貴女の使い方にかかってると思う」
 そう言いながら、私はカードの入った半透明のケースを彼女の小さな手に握らせた。
「写真はざっと百枚くらい入ってる。これでも厳選したのよ?」
「でも、どうして。まるで、あらかじめ私が来ることがわかってたみたい」
「そうね。こんなこともあろうかと思って、とでもいうところかな」
 そう言うと、ようやく彼女の口元に小さな笑みが浮かんだ。
「あやのんって、時々怖いくらいに見てるよね」
「まあ十八年も女の子してれば、いろいろと。それに柊ちゃんとも付き合い長いし」
「ここまでしてもらっても、私はあやのんに何もお返しできないよ」
「もちろんこれは貸しよ。柊ちゃんのとびきりの笑顔で返してもらうことにする」
「うわっ、それってめっちゃハードル高い」
 しだいに笑いが大きくなる。でもここで私は念を押しておかなければいけない。
「泉ちゃん、柊ちゃんのこと、頼んでもいいのかな?」
「うん。絶対とは言えないけど、できる限りのことはするつもり」
 彼女は私の追求から逃げることなく、生真面目な表情で答えてくれた。
「誠実ね。だからこそ、なのかな。泉ちゃんのそういうところは嫌いじゃない」
「それって誉められてるのかな。判断に迷うんだけど」
「誉めているつもりよ、これでも」
 私たちは同時に小さな笑い声を上げる。
 その時、まるで会話をさえぎる様に予鈴が鳴り響いた。もうすぐホームルームが始まってしまう。
「そろそろ行かないと遅刻になっちゃう。じゃあ頑張ってね。ふたりの幸運を祈ってるわ」
「わかった。ありがとう」そう言うと、彼女は見たこともないまばゆい笑顔を浮かべる。
 おそらくこれが柊ちゃんの鋼の心をも溶かした秘法だ、と私は思った。

  ◇

 教室に足を踏み入れるかどうかというタイミングで、みさちゃんがまるでご主人さまを見つけた子犬みたいな勢いで飛んできた。
「なー、あやの。さっきチビッ子に何を渡してたんだ?」
 さて、どう答えたらいいものか。
「そうね……さしずめ賢者の石ってところかな」
「はあ? なんだそりゃ?」
 無数のクエスチョンマークを貼り付けるみさちゃん。そんな彼女を置いてきぼりにして、私は窓の向こうの遠い空を見つめる。
 もう事態は私の手を離れてしまった。だからせめて、この世のどこかに存在するかもしれない、超自然的な何かに願ってみたくなったのだ。どうか泉ちゃんが柊ちゃんの心を掴めますように……と。

  (Fin)


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