日常のなかの特別

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「んじゃあな、柊」
「またね、柊ちゃん」

日下部と峰岸に手を振り私も帰り支度を始める。
しかしすっかり人がいなくなったものだ。そんなに長いこと雑談していたわけでもないのに。
これも受験生の自覚ってやつかな。最上級生に進級してから放課後の教室は寂しくなった。
まぁ私だって早く帰りたかったんだけどね、日下部が離してくれなかったし。
全くあいつの相手するのは疲れるわ。
昼休みもたいてい隣のクラスに行っちゃうからとか言ってたけど、相手してやったらしてやったで怖いだのヒスチックだの言ってくるし。
どことなくこなたっぽいとこもあるけどあいつの場合は単なるバカキャラだからな。なにが楽しくて私に近寄ってくるのかよくわからん。
とりあえず日下部は子供なんだと結論づけてさっさと教室を出る。
先に帰ったかなと思いつつもなんとなく隣のクラスを覗いて見ると青髪の少女が残っていた。

「まだ帰ってなかったんだ」
「あ、かがみ。つかさとみゆきさんは先に帰っちゃった」
「そっか。で、あんたは何してたの?」
「うーんと、黒井先生に呼び出されて……」
「なんで?」

この時期は進路相談とかでたいして珍しい話でもないんだけど。
でもこいつは黒井先生と仲良いからなぁ。ネトゲとかいろいろゲームの話してるし。
って、別になんでもいいわよね。
「ちょっとね」
と、こなたにしては歯切れの悪い物言いだったが深く追求するのはやめておく。
続けてかがみは?と聞かれたので日下部に捕まってたと答えておいた。

時間こそたいして経っていないものの静かになった廊下を並んで歩く。
しかし考えてみると私は一人で帰るなんてあまりなかったかもしれない。
つかさがいるのは普通だけど、よくこなたの寄り道に付き合わされ(好き好んでではない)、途中までとはいえ同じ方面ということで一緒に帰ることが多い。
もっとも何か部活をしてれば違った光景があったかもしれないが、決してこいつと帰ることが不快なものではない(むしろ楽しい)のでこれで良かったと思う。
思えば私の高校生活はいつもこなたと一緒だった。

「雨、降ってるね」
靴を履き替え外へ踏み出すと結構な強さで雨が降っていた。
しょうがない、持ってきた傘でしのぎながら帰るとしよう。
太陽の見えない曇り空と同じく鬱になりそうな心を鼓舞しながら黒色の丈夫な傘を握りしめた。
「どうしたの?」
恨めしそうに前方を見つめるこなた。
その手には鞄しか握られておらず、おそらく傘を忘れてきたのだろう。ったく、予報ぐらい見たらどうだ。

「いやぁ、今日はあいにく傘を持ってきてないんだよね」
「あんたいつも忘れてきてない?」
「うっ。朝降ってなかったらなんとかなる気がしてね。いざとなったら走って帰るし」
「もうちょっと女としての自覚を持ちなさいよ」
「そうは言われても体型的に見て楽しめるもんでもないからねぇ。その点かがみは……」
「セクハラはやめろ」
「へいへい。そんじゃ今日はここで」
「はっ?」

どうやって帰るのよ。まさか濡れて帰るつもりじゃないだろうな?
いや、私は傘持ってるから入れてあげないこともないわよ。
困っている人を助けるため、とわけのわからない言い訳を心の中でしながら言うと、こなたは「いいの?」と問うてきた。
「一人傘差して帰るなんて気分悪いじゃない」
だいたいいつものこなたなら相合い傘とか言って無理やり入ってくるんじゃないか、と思ったことを口にした。
すると薄幸の少女のような切ない顔をしていたこなたがイタズラ好きのいつもの猫口に戻る。

「へぇー、かがみは私と相合い傘したかったんだ?」
「そっ、そんなわけないじゃない。なんで私があんたとなんか……」
やや焦りつつもその手には乗らないように返答する。尚も追撃が来ると思ったら、
「まぁどっちだっていいけど。かがみがいいって言うんなら喜んで入れてもらうよ」
と、言って私に身を寄せてきた。
「くっつきすぎよ」
「えー、でも傘なんてそんな大きくないんだし」
「とりあえず傘開かせなさい。場所取りはそのあと」

少しこなたが距離を取ったあと傘を開く。丈夫な大人用のそれは結構な大きさがあると思う。
先に地面に一歩踏み出してこなたを招いた。
「ほら」
傘を持っていないほうの手を体に対して垂直に開く。それを見てこなたは少しきょとんとした。
どうしたのか問おうとする間もなく飛びついてくるこなた。ちょっとよろけそうになったけど衝撃はたいしたものではなかった。
傘から体をはみ出さないよう肩に手を回して身を寄せた。
「なによ?」
またしてもきょとんとした顔をして私を見上げるこなたに問いかける。その頬が少し赤みを帯びてい見えたのは気のせいだろうか。
「かがみがこんな風にしてくるとは思わなかった」
こんな風って何に対して言ってるんだろう。もしかして肩に手をやったことか?
「別に。こうした方が濡れずに済むと思ったから」
「むぅ。かがみはきっとたらしだよ」
ありのままを伝えたら不快な台詞が聞こえた気がする。
考えてみればこうして肩を抱くなんてことしたの初めてかも。身長的にちょうどいいかなって思ったんだけど。
よくよく自分の行動を振り返ってみるとなんだか恥ずかしくなってきて、「……み……かい」とのこなたの呟きを聞くことはできなかった。
ただ今さら気にするのも癪なのでそのまま歩き出す。
……が、やはり恥ずかしさが勝ってすぐに離してしまった。

降りしきる雨の中を二人は歩く。会話のない二人の間に雨音だけが響いていた。
なんてこなたと私で何があるって言うのよ。だいたい私たちにそんな空気が似合うはずもなく、
「最近は勉強勉強って忙しいよね」
「それは真面目に勉強しているやつが言う台詞だ。あんたはアニメやゲーム三昧でしょうが」
「そうはいっても結構アニメが増えてきて全部チェックするのも大変なんだよ。いい時代だ~」
「うっさい」
と、いつもの会話を繰り広げるのみ。
まぁこういう会話もこなたの楽しそうな身振り手振りが見てて飽きないので嫌いじゃない。

「でもさ、時間の流れには逆らえないわけで」
「当然だろ。それにしてもいくら時間があっても足りないくらいだわ」
「そうだね。今年で最後だし」
一応気にかけてたんだ。受験とかも考えてあと半年くらいしかないのか。
そういえば進級して間もないころそんな話もしたわね。最後はやっぱりこなたに茶化されたけど。
「あんたたちはいいわよね、三年間ずっと一緒なんだから」
逆に私はこなたやみゆきと一緒になるどころか、つかさとも一度も同じクラスになれないまま高校卒業だし。
「ん~それはそうなんだけど、私だってかがみと同じクラスになりたかったよ?」
「ほ、ホントに?」
「うん。だからさ、もうすぐ卒業だって思うとね」
あっさりと言いやがった。あのときは別のクラスでないととか言ってたくせに。あれ結構効いたのよ?
というかさ、なんかいつものこなたらしさがないし、変な物でも食べたのかしら。
「たまには私だってセンチメンタルな気分になりますよぉ」
むぅーと膨れっ面をするこなた。相変わらず子どもだな、可愛いからいいけど。

「今日黒井先生に言われたんだよ。このままだとやばいって」
こいつなりに危機感があったんだろう。黒井先生の言葉が重くのしかかったらしい。
私的には遅いと言ってやりたいところだけど、ここで追い討ちをかけても悪い方にしか働かないだろうな。
「そう言われてもやっぱり目標がないから勉強なんて身になんないし。かがみはさ、法学系目指してんでしょ」
一応ね。そこそこ勉強ができたからそれに合ったとこって感じだけど。
夢らしい夢なんて……弁護士あたりになれるといいなぁってくらいだし。どうしてもなりたいものなんて、ない。
「つかさもみゆきさんも、みんな目標に向かって進んでるじゃん。私だけなにしてんだろって」
つかさは本当に好きなことだからやると決めたら途中で投げ出したりしないだろう。みゆきはしっかりしてるからそんな中途半端な気持ちで進路は決めないはずだ。
「だからなんだか寂しくなっちゃって。寂しがりやのウサちゃんと言ったらかがみなのにね」
こら。どうしてそこでふざけるかな。
だいたい私はそんなに人恋しく思ったりしないわよ。あまり。
止まない雨に私の声にならない言葉はかき消されていく。
淡々と語るこなたの表情はややうつむき加減で見えなくて、あり得ない話だけど泣いてるんじゃないかと思った。
万が一にもそうだとしたら、私は何をしてやれるだろうか。

「時間がないって言うけどね、まだ半年もあるじゃない」
「そうかな……」
「そうよ。まだ夏休みもある。今日だって明日だって一日中悩んだっていいじゃない。答えを急ぐ必要なんてないわ」
もしかしたら私だってこれから別の道を選ぶかもしれない。
悩み相談してちゃんと出した結論なら残った時間に全力を注げばいい。
「私がいるから。みゆきやつかさも力を貸してくれるわよ」
そう。自分の道を見つけたからって私たちは離ればなれになったりしない。
将来のことはわからないけど、その時がくるまでずっと一緒にいよう、それまでの時間を何よりも輝いたものにしよう。
「夏休みに一回くらいはみんなで思い出作りしたいし、修学旅行とか文化祭だってある」
もしクラスが一緒だったらそれこそ素敵なものになっただろうけど、同じ学校に通うもの同士、思い出なんて作ろうと思えばいくらでもできる。
でもね、そのためには、
「誰かが欠けてしまったらダメなのよ。みんなが笑っていられなきゃ思い出は楽しいものにはならないのよ」

ちょっと語りすぎちゃったかな。私にしては恥ずかしい台詞をよく言えたものだ。
まだ雨は降っている。道行く人は皆傘を差して寂しく歩いている。
たまにはこういうことをしてもいいじゃない。誰かに見られるわけでもないんだから。
「か、かがみぃ……?」
驚きのせいか、弱々しく声を私の名前を呼ぶこなたを左手でしっかりと抱き寄せた。
ほんの数十秒だけど、歩みを止めて抱き合う私たち。
やっぱり泣いてるなんてことなかったけど、こなたは嫌がることなく身を寄せていた。

「もう大丈夫?」
「うん……」
「何かあったらすぐに言いなさいよね。私たちは親友なんだから」
「でも、迷惑じゃないかな」
「今さら何言ってんのよ。だいたい困ってる友達を助けるのに誰が迷惑するって言うの」
「ありがと。かがみは優しいね」
「ば、ばかっ。これくらい当然でしょ」
「ふふ、やっぱりかがみはツンデレだ」
「またあんたは……」

いつの間にか憎たらしい笑みを浮かべて、いつもの調子に戻っていたけど。
それがこなたらしさであり、友達として時を過ごしてきた笑顔であり、私が私としていられた場所だから。
別れ際にもう一度ありがとうの言葉とともに見せた笑顔は、一番見たかったものだから。
この日、雨の中を一緒に歩いたことは大切な思い出として私の心にずっと残っていくことだろう。


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  • ・・・もうすぐ訪れる『卒業』という当然の様に一緒に居る日常生活からの離別。
    ちょっぴりせつない2人の気持ちがつたわってくる様でした・・GJ -- kk (2009-06-07 01:31:17)


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