誰も居なくなった浜辺に

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 埼玉には海が無い。
 そんな土地柄のせいで、あまり海とは縁の無い人生を送ってきた私は、小学生の頃に家族で日本海へと旅行をしたのを最後に、海へと出向く機会は無くなった。

 それが昨年、私は家族とではなく、高校に入ってから知り合った友人達と海水浴へ出掛けた事で、私は海との想像を超える再会を果たす事になる。
 打ち寄せる波の音の大きさ。
 どこまでも続く水平線。
 そこで私は時の流れと共に自然と矮小化させていた海のイメージを改めさせられる事になったのだった。

 あの時から半年、私を取り巻く環境は大きく変化していた。

 今、私はあの時と同じ浜辺にひっそりと佇んでいる。
 あの夏の賑やかな海とは打って変わって、間もなく訪れる春を待つ海は、驚くぐらいに静かで、時折犬の散歩で砂浜を通り過ぎて行く地元民を除けば、そこには私一人しかいない。
 僅かな手荷物と、なけなしの貯金を持って家を飛び出した私が、行く当てもなく辿り着いたのがこの地だった。
 半ば感情的な家出であったと心からそう思う。
 だけど、目の前の現実と愛する人、全てに裏切られた私には、こんな行動を取ることでしか自分の意思を表明する事が出来なかったのだ。



 思えばあの頃から、私はこなたに恋心を抱き始めていた。
 勿論、それがどういう事であるのかは、私なりに理解していたつもりだ。
 それでもこの沸き上がるような感情を抑え切れなくなった私は、ある時、その思いの丈をこなたに告げた。

「私も好きだよ。かがみ」

 照れ臭そうな顔をしたこなたの口から、そんな言葉を聞いた時、私はこなたにもう一度恋をしたんだと思う。
 その後、私は生まれて初めてあいつの手を握って、家へと帰っていった。
 あの時の温もりを私は一生忘れないだろう。



 何気なく家から持って来た、虹色の季節外れなビニールシートを砂浜の上に重ねて、私はその場に腰掛ける。
 灰色の空は、今の私を取り巻く環境そのものであるかのように、あの夏の日とは違う暖かい日差しを阻み続ける。
 私は、何をするでもなく、ただ寂しげな海を見つめ続けていた。



 私達の関係が周囲に知れ渡った時、返って来た反応はどれも否定的なものだった。

 ――今は良くても、近い将来、絶対に苦労するから。

 ……それだけの理由で、何故私達は別れなければならないのだろう?
 当然、私は反発した。
 私はこれからどんな障害が訪れようとも、こなたと二人で乗り越えてみせる。
 そんな私の覚悟をいくら伝えても、誰も首を縦に振ろうとはしなかった。

 背後に人の気配がする。
 私はそれが誰かを目で確認する事もせず、その人物に語りかける。

「……どうしてここが分かったの?」
「女の勘……ってやつかな?」

 努めて感情を籠めず、淡々と話しかけた私に対して、その人物――こなたは普段と余り変わりのない、至ってマイペースな受け答えを返してきた。
 そのままこなたは私が敷いたビニールシートに黙って腰を下ろす。

「……誰も座って良いなんて言ってないわよ」

 私の冷えきった言葉に、こなたは思わず苦笑いを見せた。
 でも、それっきり、何も話せなくなった。

 二人だけに貸し切られた水平線。
 それなのに私達は一言の会話も交わさず、ただじっとそれを見つめ続けている。
 隣り合わせに座っているのに、私達の間に存在する深い溝はいつまで経っても埋まらないままだった。



 ――かがみ。もう、リセットしようよ。

 私達の関係を周囲に認めさせる為の“作戦会議”を行っていたいつもの喫茶店で、こなたの口からこの言葉を聞いた時、私は思わず自らの耳を疑った。

「……意味がわかんない」

 嘘だ。
 本当は、一瞬で言葉の意図を理解していたのに、私は敢えて自身の思考を停止させていた。

「元の関係に戻ろうって言ってるんだよ。“友達”だった頃の関係にさ……」

 それでもこなたは言い切った。
 顔を俯かせ、両手に持った冷めかけのミルクティーを見つめながら、それでもハッキリとそう言った。

「なんでよ、今までずっと二人で頑張ってきたじゃない?」
「でも、ちっとも状況は良くならないし。それに、私も……。将来のこととか考えたら……不安になってきて……」

 徐々に語気が衰えていくこなたの姿を見て、私はおじさんから言われた一言を思い出す。

 ――かがみちゃん。悪いけど、ウチのこなたにはかがみちゃんのような覚悟は持って無いよ。だから、俺も二人の事を考えたら賛成は出来ないよ。

「……こなた。アンタはそれで良いと思ってるわけ? 私への気持ちはその程度だったって言うの?」
「そ、そんな訳じゃないけど……。でも……」
「でも?」
「私は誰とも疎遠になったり、離れ離れになりたくないんだよ。このままずっと意地を張ってても、ますますお父さんや他のみんなと離れていくだけのような気しかしないから。だから――」

 私はその言葉に何も反論する事が出来なかった。

「このっ、意気地無しっ!」

 それでも私は、一方的なこなたを罵り、店を飛び出した。
 悔しかった。認めたくなかった。どうする事も出来なかった。

 ……そして、私はここに居る。

「かがみ」

 どのくらいの時間が経っただろうか、鉄格子のように重い沈黙を打ち破ったのはこなたの方からだった。

「ごめん」
「……」

 本当は私も分かってる。

 あの時、既に私達の関係は破綻していて、それを私が認めたく無かっただけのこと。
 こなたが悪いんじゃない。ましてやお父さんやお母さんが間違った事を言ってた訳でもない。
 一枚岩だと思っていた私達の想いが、いつの間にかボタンの掛け違いを起こしてしまっていた。
 ただそれだけのこと。

 分かっているのに、返事の一つも返せない自分が情けなくなる。

「やっぱり、怒ってるよね? でも、私――」
「ねぇ」

 私の無反応を怒りの表明であると誤解して、僅かに焦りだすこなたの姿を見て、ようやく私はその口を開くことが出来た。
 ……もはや、言葉無しでは意思の疎通も出来ないほど、私達の感情はすれ違っている。
 それが私にとっての決定打だったのかもしれない。

「……約束してくれる? これからもずっと離れないって」
「えっ?」

 ならばと私は、どうとでも取れる問い掛けを行う。
 驚いた表情で私の顔をチラリと見つめたこなたは、ややあって再び海に視線を戻して、

「……うん。約束するよ」

 と、穏やかでどこか哀しげな笑みを見せながらそれに答えた。
 ……どうやら意味は通じたらしい。
 それだけで充分だった。

「そう」

 私はその言葉を噛み締めるように、それに呼応した。

「かがみ」
「ん?」
「……帰ろっか」
「……そうね」

 お互いを支え合って、その場に立ち上がると、私はビニールシートにこびり付いた砂埃を叩き払って、鞄の中にしまい込む。

「一つだけ、頼みごとしていい?」
「何かな、かがみ?」
「……手を繋がせて、家に帰るまでで良いから……」

 家に着けば、私達は元の“親友”に戻る。
 だから、それまでに、私はこなたとの最後の思い出を――恋人としての最後の思い出を作っておきたかった。

「うん。……私もそう思ってた」

 それを聞いて、私達は思わず笑みを交わしあう。
 そして、誰が促すでもなく極自然に手を取り合った。



 誰も居なくなった砂浜には、そこに誰かが腰掛けていた事を証明する、二つの小さな窪みが残っている。
 その跡もいずれは風に荒らされ、波にさらわれ、消えてしまうのだろう。
 徐々に遠ざかっていく浜辺を、私はもう一度だけ振り返った。

 ――例え、私達の関係が元に戻ったとしても、私達はずっと離れない。いつまでも一緒だ――。

 ……せめて、そんな約束が今日この場所で交わされた事を、このどこまでも続く海だけは覚えていてほしい。
 私はそう願わずにはいられなかった。


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コメント:
  • そうじろうさんがまさか否定するなんて? -- かがみんラブ (2012-09-20 22:22:13)
  • 寂しくて泣けた -- 名無しさん (2010-11-19 22:25:33)
  • 本当の現実はこんなもんですよね…なんだか寂しいです -- 名無しさん (2010-04-07 23:49:13)
  • せっ切ないっすよ~
    甘いのがやっぱり一番好きですが、
    こういう話もいろいろ考えさせられていいですね。

    甘→甘→甘→辛→甘・・みたいに楽しみが深まります。
    良作に感謝感謝、ありがとうございました。 -- 名無しさん (2009-06-08 14:55:51)


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