高校生の頃の親友――泉こなたという存在――に、結局私は
最後まで振り回されっぱなしだった。
 そりゃあ、あいつの側にいたいって必死に取り繕っていた私にも責任はあるんだろうけど。
 卒業式の時以来、アイツには直接会っていない。髪型も変えた。
 吹っ切れたハズなのに……まさか、こんな形でまたこなたの名前を見ることになるなんて。

 意識が、ひどく濁っている。
 別に、寝不足であるわけでもないし、さっきまで講義を受けていた大学で
嫌なことがあったわけでもない。ただ、心当たりがあるとすれば。

 私は、大学用の手提げ鞄の中に手を入れると、一枚の封筒を取り出した。
 “柊かがみ様”と書かれた、こなたからの手紙。
 一週間前、高校生の頃に私が使っていた下駄箱の中から発見されたそれを、
私は封をあけることさえ出来ずにいた。



 手紙から視線を外すと、目の前には夕日に照らされた駅のホームが広がっていた。
 既に人の姿は無く、車内からの視界に収まったのは、どこからともなく飛ばされて
きた、木の枝の欠片だけだった。

まずい、またやっちゃった。

 慌てて状況を確認しようとしたものの、甲高い音を残して、閉まっていくドア。
 手遅れになったことを認識してから、持ちかけた荷物を再び膝の上に置き、
深く息を吐きながら背もたれに寄りかかる。
 既に電車は終着駅から折り返した後で、車内には私一人しかいない。貸し切り状態だ。

 大学生活を始めてから迎える、初めての五月。
 最近、この手紙を見ながら考え込むことが多くなったような気がする。
 特に、帰りの電車の中で一人になった時は、ますますだ。

 昔なら、放課後の帰り道をこなたにくっついて歩いていた頃だろう。
 昇降口からバス停までの道のりさえ、永久に続いて欲しいと思っていたあの頃。

 もう戻ってはこない日々を回想しながら、流れていく景色だけを見ていた。
 片手で握りしめた手摺りの冷たさすら、忘れてしまうくらいに。

 幸い、私が乗り過ごした区間は時間にするとほんの十分位の距離だった。
 三つ先の糖武動物公園駅に着けば、すぐに乗り換えられるし、
これなら夕御飯までには帰れそうね。
 手紙を鞄の中に閉まって、何とはなしに三人掛けシートの一番端の席に移動する。

 窓の外は、黄昏。

 過ぎ去っていく山々を背にして、すぐに電車は次の駅へとブレーキ音を響かせながら滑り込んだ。
 ドアが開くと、幾つかの人影が私の乗っている車両以外の場所で揺らめいているのが見えた。
 さほど興味もなく、ただ漠然と人の流れを遠巻きに眺める。
 けれど、ある程度乗降が一段落して、電車のドアが閉まろうとした直前。

「間に合ったぁ」

 息も切れ切れに、誰かが車内に乗り込んできた。
 灰色の床を中心に広がっていく波紋の源にいる、蒼く瞬く髪に、私は覚えがあった。

 ――こなた。

 左目の下のホクロ。膝元まである長い髪。間違いない、あれはこなただ。
 格好は、なぜか高校生の頃の制服を着ている。
 留年した訳でもないのに、なんて格好してるのよ、あいつは。
 さては、バイト先で需要がある~とかパトリシアさんにそそのかされて、
最初から着たまま出勤しようとしてるのかしら。
 面倒くさがり屋のこなたなら、やりかねないわね。

 こなたは、私に気付くことなく斜め向かいにある七人掛けシートの真ん中に腰を降ろすと。

「今日で、何日目だったかな」

 意味深なため息を吐きながら、こう呟いた。同時に、電車は走りだし、一路次の駅を目指していく。
 約二十メートルの空間の中に居るのは、私とこなただけ。
 こなたの言葉の意味も分からないままに、つられるように私もため息。

 ……気まずい。

 ある意味、私が今一番“会いたくない”相手だった。だってそうじゃない。
 あんな、いつ差し出されたのかも分からないラブレターみたいなのをよこした張本人が
目の前にいるのよ。

 仮に、これが去年の修学旅行の時みたいに私の勘違いで済んでくれるのならいいけど。
 でも、何かが違う。こなたは、凄く強い意思を込めてこの手紙を書いてくれた様な。
 違和感があるくらいに丁寧に書かれた文字から見ても、それは明らかだった。
 だからこそ、私は怖じ気づいた。前に進むのが怖くて足踏みを繰り返す……電車の中って、
こんなに広かったっけ。

 一言声をかけるだけなのに。いつもみたいにおどけていればいいハズなのに。
 それすら出来ず、折り返した電車が三つ目の駅に着いた時。
 私はこなたに見つからない様に、物音をたてず電車から降りてしまっていた。
 独りシートにもたれる、彼女を残して。



 こなたを乗せた電車が過ぎ去った後。私は幾分冷静さを取り戻した。
 他の車両から降りた人たちが居なくなったのを確認してから、円形に張っていた
水たまりを避けるようにして、錆付いた柱に身体を寄せる。と同時に。
 私は、制服を着ていたこなたの存在に矛盾を突き付ける、重要な証言を思い出していた。

『こなたなら、まだ帰って来てないよ。なんでも、アルバイトを休職してでも
 やり遂げたいことがあるみたいでね』

 昨日の晩。
 携帯に出ないことに業を煮やした私が、こなたの家に電話したときに聞いたおじさんの言葉。
 どうして、仕舞い込んでしまっていたのだろう。
 車内にいた時のこなたの仕草、表情――赤みがかった瞳に気がついていた自分すらも。

 後悔にかられた私の脳裏をかすめたのは、まだ開いてもいない、こなたからの手紙。
 そうよ、きっとこの中。さっきのこなたの行動の理由も、はっきりとわかるハズ。

 柱から離れ、鞄の中から再び手紙を取り出す。
 今度は、迷いなんて無かった。

 性格柄、やや乱雑に封筒を破り、三つ折りにされていた中身を取り出す。
 緊張が全身を走る。血液の循環がはっきりと自覚できるくらいに。

「ここまで来たら、読むしかないじゃない」

 震えが止まらない中。覚悟を決めて、A4サイズの紙に書かれていた本文に目を通す。
 するとそこには。

「――うそ」

 答えが載っていた。
 どうしてこなたが制服を来ていたのか。
 緑色の瞳が濡れていたのか……そして、あの独り言の意味が。

 アイツ、ずっと私を待ってるんだ。
 直接気持ちを伝えられないくらい、不器用な癖に。
 そうよ。私、行かなくちゃ――こなたのところへ。

 謝らなくちゃ。
 伝えなくちゃ。
 私から、こなたに。

『放課後に、校舎裏で待ってるから』本文は、これだけだった。



 決めた後は。すぐに次の電車に乗りこみ、糟日部駅へ。
 そこからは、全速力で走って、走って、走りぬいて……。
 着いた時には、周りに差す夕陽はほんの僅かだった。

 駅前から、遊歩道を越えて少し離れた場所にある、陵桜学園。
 三年間過ごした思い出の場所に、私は帰ってきた。
 校門をくぐり、敷地の中へ。既に生徒たちの姿もまばらで、
見知った先生たちに会うこともなく、私は校舎裏へと急ぐ。

 脚は、全速力で走った代償に悲鳴をあげていた。
 あともう少しだから、と自分に言い聞かせて力を振り絞ってスピードをあげる。
 そして、最後の角を曲がった時、私は。

「――かがみ?」
 草むらの中で空を見上げていた、こなたに再会した。

「遅いよ、かがみ。罰金だよ、罰金」
 こなたは、驚いたのやら悲しんでいるのかよく分からない表情をしていた。
 まるで、喜怒哀楽四つの感情をいっぺんに出しているみたい。

「アンタは……」
 最初にきりだしたのは、私だった。
 速い呼吸を繰り返しながら、こなたににじり寄る。
「待っていてくれてたんでしょ! 風の日も、雨の日も。私が来てくれることを信じて、
 ずっとこの場所で!」

 一昨日、強風が吹いた。昨日は大雨。
 こなたのセーラー服には皺が刻まれていたし、スカートの裾にも、目立たない程度では
あるものの、乾いた泥がくっついていた。

「――そうだよ。放課後になる時間を見計らってね。平日は毎日こうしてたけど、
 土日は教習所に行かなくちゃいけなかったから無理だった。
 けどね、それだけが理由じゃないんだ……」

 こなたの頬が、朱色に染まっていく。

「放課後、じゃないしさ。やっぱり手紙に書いた通りにしてみたかったんだ。
 意地っぱりだからね、私」

 口に手を当てて、くふふと笑うこなた。きっと照れ笑いだろう。

「バカッ!」
 そんなこなたに対して、私は謝るどころか、逆の言葉が口をついていた。

「バカバカバカバカバカッ。そんなことして、体壊したらどうするつもりだったのよ。
 もし大学の単位や免許が取れなかったら、将来にだって響くのよ。大バカよ、アンタはっ!」

 塗り固められた激情が、私の心を飲み込んでいく。
 涙が止まらない。こなたを傷つけるつもりなんて、ないのに。

「バカよ、アンタは。私なんかの為に、なんでそこまで」
「わからない? かがみ」

 こなたが、草を踏みしめながら、私の目の前まで歩いてきた。
 服の袖が、風にめくれてばたついている。

「伝えたいことがあったからだよ。かがみに、かがみだけに知っていてもらいたい、
 初めて会った時と、今では全然違う私の気持ちを」

 こなたは、あっけにとられている私を気にすることなく、尚も言葉を紡いでいく。

「ハルヒのライブの時のこと、覚えてるでしょ。あの時、前が見えなくて困っていた私を見て、
 かがみは席を替わってくれたよね。そのあとからなんだ。
 かがみと話す度に、胸の辺りがチクチクしてきて。
 もちろん、その手紙を書いている時だって、締め付けられるくらい痛かった」

 ビデオの早送りの様に、まくし立てていくこなた。
 けれど、私はその一言一句を、鮮明に記憶していた。

「ここでかがみを待つようになってからも、ずっとそんな感じなんだ。
 今だって色んなところが爆発しそうだし」
「こなた、アンタは……」
「おっと、それ以上の詮索は無用だよ、かがみん。じゃないと、言いにくくなるからね」

 頭一つ分小さな彼女が見あげた瞳の先には、私がいた。春の日射しは既に無くなり、
カタチの存在しない風だけが目の前を通り過ぎていく。

「あのね、私。かがみのことが――」

 ざわめく木々の中で、私は確かにこなたの声を聞いていたハズなのに。
 気がつくと私は、こなたの身体を抱き締め『待たせちゃって、ごめんね』と彼女の鼓動を
感じながら、精一杯の謝罪をした。



「ねぇ、かがみ。二つだけ聞いてもいいかな」
「答えられる範囲でなら、いいわよ」

 藍色に染められた空の下。ひた走る電車の中に響く私たちの声。二人しかいない車内で
身を寄せあいながら、私はしっかりとこなたの声に応えつつ、次の言葉を促した。

「髪型、変えたんだね。さっきは暗かったから全然気付かなかったよ」
「うん、二つ分けなのは変わらないけど。別に深い意味なんてないから、
 勘違いしちゃ駄目だからね」
「ざ~んねん。ツインテールはツンデレの基本だったのにさ……まあいいや。
 じゃあ、二つ目の質問」

 そう言うとこなたは、私の持つ封筒を指さしながら、眉をしかめた。

「中身も見てないのに、どうしてこれが私からの手紙だってわかったのさ?」
「とぼけないでよ。封筒の裏にちゃんと名前が書いてあったじゃない」
「ええっ。私、そんなところに名前なんて書いてないヨ」
「まじっすか、こなたさん。それじゃあこれは一体誰が……」
「容疑者が多くて絞りきれないような……これは明日から緊急捜査だネ」

 虫眼鏡を持ったフリをしながら、探偵きどりな動きをするこなた。
 そんな彼女を横目に、握り締めていた手紙にこっそりと目を通す。
 確かに、封筒の表側と裏側には『柊かがみ様――Konata・Izumi――』と、
こなた本人が書いたとは思えない程に見易い文字で綴られていた。

 二文字目の“o”だけ、修正してある様にも見えたが、気のせいだろう。
 それにしても綺麗な書き方と色ツヤ。まるで、天使のインクでも使ったみたい。
 と、私が物思いにふけっていると。肩に何か柔らかい物が何回も
触れる感触……こなたの頬だった。どうやら、放っておかれていると思われたらしい。
 無視してた訳じゃないわよ、と封筒を見せながら、時間をかけて拗ねた子供を
あやす様に説明する。するとこなたは、電車の振動で揺れた髪を片手間にいじりながら。

「もう一回聞きたいな、さっきのかがみの返事」
 反則的に可愛げのある仕草で私の理性を狂わせてきた。
 返事というのは、さっき校舎裏でこなたに謝った後に私が言い放った、
一世一代の告白をしてくれた相手に対するなけなしの反撃。
 だけど、もの凄く恥ずかしかったから。

「ほんっとに、一度しか言わないからね」
 こなたは、わざとらしく反応を見せない。じらされてるのか、私は。
 いいわよ、そっちがそういう態度をとるのなら、やってわるわよ。

「私も、こなたのことが――」

 開け放っていた窓から、風がそよいできた。
 きっと、そのせいだろう。
 窓の外にも、私の目元にも。
 哀しみを秘めた水たまりは、姿を消していた。 

「大好きよ。世界中の、誰よりもね」

 一枚の手紙の辿った軌跡から始まった今日の出来事。私は、きっと忘れない。
 一生記憶に残る一日。校舎裏でのこなたの告白にオーケーを出した、二人だけの記念日を。

『おめでとう。これからも娘をよろしくね』

 窓越しに見える空の彼方からも祝福されたような……そんな気がした。








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  • かなたさんやさし〜!名前を自分に間違えたみたいだけど -- かがみんラブ (2012-09-16 22:25:04)
  • かなた様ッスか!?kanata様ッスかぁ! -- 名無しさん (2010-08-13 23:57:21)
  • 内容をほんの一部修正致しました。
    こちらの方が大元の原案に近い内容になっています。
    改めてお読み頂ければ幸いです。 -- 1-166 (2009-09-03 00:35:46)
  • 名前はもしかしなくても・・・かなたさん? -- 名無しさん (2009-09-01 20:48:01)
  • なんて健気なこなた……
    ってか名前書いたのは…? -- 名無しさん (2009-05-23 06:31:39)
  • あなたの作品はどれもGJとしか言えません。大好きです。 -- kk (2009-05-22 23:21:37)


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