脅迫ゲーム

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脅迫ゲーム

わからなかったんだ
ふりまわされてたんだ
気づけなかったんだ
言い訳になっちゃうけど
ほんとはそんなつもりじゃなくて
ただ
あなたのことを
――
したくて
それで私は
柔らかい鎖を用意したんだ
だから
そんな顔しないで
もっと
笑っていて
お願いだから

1
 12月に入ってすぐの第一日曜日。今にも雪の降りそうな、暗い曇り空のある日。私はその計画を実行に移すことにした。この日のために、どれだけ考えただろう。どれだけタイミングを窺っただろう。どうして自分がこんなことをしようとしているのかは、はっきりとはわからない。ただ、そうしなきゃいけないっていう、すごく強い思いはあった。そうしないとダメなんだよ…って、ずっと誰かに言われ続けていた気がする。思い返せば、チャンス自体は前からあった。けど、あのことに気づいたのはだいたい3ヶ月前くらい。それからじゃないと実行には移せなかった。桜藤祭も終わり、あと残すイベントは受験くらい。今だから、いや、今じゃないとできないことだ。
 大丈夫。大丈夫だよね?ここまで準備したんだから。でも…どうしてこんなにどきどきするんだろう。身体が、少し、熱い。メールを打つ手が震える。こんなんじゃダメだ。落ち着かなきゃ。いつもどおりいつもどおり…。
 私はかがみを3-Bに呼び出した。かがみは今日呼び出された理由なんて夢にも思っていないだろう。今日までやってきたことを振り返る。…絶対に気づかれていない筈だ。念のため昨日電話したけど、私への態度は変わらなかった。なら今日になって気づかれているということは、多分ない。大丈夫…大丈夫…。
 何度も自分に言い聞かせる。そうでもしないと、私がこの場から逃げ出しそうだ。脚が勝手に動き出しそうになるのを必死に抑える。かがみ…はやく来てよ…。でないと、どうにかなっちゃうよ…私…。
 待ち合わせたのは午後一時。かがみはその10分前にやってきた。
 厚手のコートに制服姿のかがみをみて、私はいくぶんほっとする。
 よかった、来てくれて。私はその30分前には来てたけどね。
「おーっす、こなた。日曜日の学校で用事なんてどうしたの?…ていうか、あんたが私より先に来てるなんて初めてじゃない?」
 かがみがいつもの調子で話しかけてくれる。くらくらする頭を軽く振って、普段どおりの声を出す。
「おはよう、かがみ。今日はちょっと大事な用事があったんでね。…遅れられないと思ったんだよ」
「もうおはようって時間じゃないわよ。まだ冬休みには早いのに、もう休みボケか?」
 かがみが白い歯を見せて、にししと笑いながらからかってくる。
 大丈夫そうだ。かがみの様子は変わらない。
 よし…。いくよ?言うよ?
「それで、何?用事って。学校じゃなきゃダメなの?」
「うん…。人目が多いとやりにくくて…」
 私は、鞄の中を探ると、まず、それを手にした。
「これ、みてほしいんだけど…」


 こなたが鞄の中から教科書やノートを出すような感じで、それを差し出した。
 あまりになんでもない仕草だったので、それが何か頭が認識するまでに時間がかかった。
 でも、いったいなんなのかようやく理解できた瞬間、背中に氷柱を押し当てられたような気がした。
 まず目を疑った。
 これって…。
 たっぷり10秒はかけてそれが何だか確認する。
 いくら目をこらしても、それは確かにそれだった。
 なぜ…?こなたが、なぜこれを持っているの…?
 いや、偶然、だよね?何かの、偶然…。
 こなたの顔をちらりとみる。
 そこにあったのは、少なくとも表面上はいつものこなた。極端な表情の変化は見て取れない。ちょっとにやついていたけど、私の一番よくみるこなた。
 30秒ほど、沈黙が流れる。
 …いけない、何か喋らないと。
「…何よ、それ?それがどうかしたの?」
「んふふー…わかんない?そんな筈ないよねぇ…」
 こなたが意味ありげに口を歪める。
「わかるわけないでしょ!そんなもの、見たこともないわよ」
「そっかー…ほんとにわかんないならしょうがないなぁ…」
 こなたがにやにやしながらまた鞄をあさる。
 そして、数枚の紙を取り出した。
「こっちもみてほしいんだけど…」
 それが目に入った瞬間、心臓が飛び上がった。
 両目が大きく見開かれる。
「…これってさ、かがみの、だよね?」
 嘘でしょ…?全部、ばれてる…?
 血の気が引く音が聞こえる。
 天井が暗い。床が波打っている。
 …いや、待て、こっちの反応をみているだけかもしれない。
 一縷の望みに賭けて、言ってみる。
「なに言ってんの。どこから持ってきたのか知らないけど、私のじゃないわよ」
 こなたが首を振る。
「いやいや…この3枚目の赤丸のところ見てみて。ここにはっきり書いてあるよね?kagamiって」
 間違いない。嘘やはったりじゃない。こいつ…全部わかってる。
 世界が足元から崩れていくような感覚。
 視界から光が失われていく。
 唇が震える。
「偶然でしょ?でなきゃ、あんたがつくったか」
「ほんとにそう思う?なんなら、今からかがみの家に行って、みせてもらってもいいんだよー?隠す時間なんてないよねー?」
 …ダメだ。どうしようもない。
 知られてしまった…。
 それもこいつに…。
 もう…終わりだ…。


 かがみが顔を真っ赤にして俯かせてしまった。
 …ということは、認めたということだ。
 よし。ここまでは計画どおり。開き直られたらどうしようかと思っていたところだ。
 問題はここからだ。うまく言葉が出るかどうか。
「つまり、これはかがみのだっていうことだよね?」
「…そうよ。わかったわよ。その通りよ。…それで?何が言いたいの?」
 かがみが泣きそうな声で答える。
 胸が、熱い。
 頭がぐるぐるする。
 でも、言わなきゃ。ここまでやったんだから。
「そうだね…。取りあえず、これからかがみには私の言うこと何でもきいてもらいたいなー」
「なによそれ…」
 かがみが下を向いたまま、消え入りそうな声で言う。
「きいてくれなきゃかがみの家族も含めて皆にばらしちゃうよー?これも学校中にまいちゃう。皆どう思うかな?それでもかがみ生きていけるかな?」
「やめて…。お願いだから、何でもきくから、…やめて」
 かがみが、少し鼻声になる。
 胸が、熱い。
 かがみが、顔を上げた。
「何をすればいいの…?」
 きた。
 ここだ。このタイミングを逃したら…もう言えない気がする。
 心臓がすごい勢いで動いているのがわかる。
 かがみの、ちょっと濡れた瞳を見つめる。
「えっとね…まずは…」
 言わなきゃ…言わなきゃ!
「私と…」
 必死に声を絞り出す。
 私と…私と…えーとなんだっけ、その先!
「私と…ア、アニメショップ行って、私の指定するものを買うこと!」


 …え?
『アニメショップ行って、私の指定するものを買うこと』?
 こなたが早口でそうまくし立てた。
 私に聞き間違いがなければ、確かにそう聞こえた。
 てっきりお金やなんかをせびられるとか、もっと恥ずかしいことを強要されるのかと思ったんだけど…。
「…それでいいの…?」
 目をぱちぱちさせながら聞き返す。
 ちょっと拍子抜けだ。
「い、いいの!知らないの?ああいうお店にあるものって、下手なエロビデオなんかよりずっと恥ずかしいのだってあるんだよー?」
「買った後はどうすればいいの?」
「え?えっと…か、かがみのものにしていいよ…」
「何をどれくらい買えばいいの?」
「そ、それは、…その場で私が決めるから!」
「…でも、限度額はあるからね?何十万円分も買うのはさすがに無理よ?」
「わかってるよ!」
 さっきからこなたが目線を上に彷徨わせている。
 立ったり、机に腰掛けたり、窓際に寄りかかってみたり、落ち着きがない。
 なんだか様子がおかしい。
「とにかく!まずはそういうことだから!私にはいつでもばらせる用意があるってこと忘れないでね!じゃね!」
 それだけ怒鳴ると鞄を引っつかんで一目散に教室を後にしてしまった。
 私は呆気にとられてそれを見送った。
 なんだかよくわからないけど、今のところのこなたの要求は、学校の帰りの寄り道と大して変わらない。これで済むなら安いものだ。
 …あ、いつ行くのか聞いてない。今日の夜にでも電話するか。


 その日、私は、久しぶりに眠れなかった。

2
 次の日、月曜日。昨日の夜にかがみと打ち合わせたとおり、放課後に二人で寄り道することにした。
 …迂闊だった。失敗したのは二つ。一つ目は、時間指定をしなかったこと。もう一つは…肝心なこと。「二人だけで」を入れ忘れてた。かがみが電話してきてくれて本当に助かった。やっぱり、ぶっつけ本番はやるもんじゃないね。
 今日は、授業なんて全く耳に入らなかった。いや、いつも真面目に聞いてるとは言わないけれど、それでも。かがみと一緒の寄り道。いつものこと。それなのに、今日それができるんだって考えただけで、なぜか自然に頬が緩んでしまう。どうしてこんなにわくわくするんだろう。
 つかさとみゆきさんと別れ、二人でいつものお店まで向かう。かがみが隣にいてくれる。一緒に歩いている。…嬉しい。ただただ、それだけで胸がふんわりと埋まる。
「…なた!こなた!」
「えっ!?」
 急に呼ばれて思わず振り向く。
「な、何?」
「…あんた、どうかしたの?ぼーっとして」
 ずっと呼ばれてたらしい。全然気づかなかった。
 心臓がうるさいほどに脈打っているのがわかる。今ので、さっきよりワンランクアップした。
「…別に、なんでも…」
 ないわけじゃないんだけどね。
「そう…?ならいいけど…。でさ、私はなに買えばいいのか決めてきたの?」
 それは考えに考えた。私はもう慣れきってるけど、かがみならまず人目を気にする。だったら…。
「うん。一個だけだけど、すごーいの考えてきたよー…」


 こなたがまたあのいやらしい表情を浮かべながら答える。
 しかし、いくらなんでも年齢制限に引っかかるようなものは選ばないだろうし、そもそもそんなものはいつものあのお店にはない。それなら…多分、我慢できる。
 店に着いた。見慣れた入り口。いつもの二人。でも、今日はちょっと…違うよね。
「…で?何を買えばいいの?」
「こっちこっち…」
 こなたが跳ねるように店の奥に進んでいく。私も遅れて続く。
 こなたが入っていったのは、私が入ったことのないコーナー。私はこのお店にきても、せいぜい漫画やラノベを少しみる程度だ。こんな場所…初めてのぞく。
 物珍しくてきょろきょろしていた私に、こなたが声をかける。
「かがみに買ってほしいのはぁ…これ!」
 派手なエフェクトつきで指差された先のものを見て…私は絶句した。
 えっと…。
 …これ?
 ほんとにこれ買うの?
 これ持って帰るの?
 どうやって?
 人の目にさらされながら?
 持って帰った後どうするの?
 家族になんて思われる?
 どう言い訳すればいいの?
 …いっぺんに頭の中を疑問符が乱舞する。
「こ…なた…本気?」
「うん!もちろん!」
 こなたは非常にご満悦な様子だ。そうでしょうそうでしょうとも。
「え…でも、これ、高いんじゃ…」
「本体は私が出すよ。かがみはカバーの方を出して。お金はいくら持ってきた?」
「一応2万円…」
「じゃ大丈夫だ。ほらほらー固まってないで」
 そんなこと言われても…。
「ちょうどいいのが残っててよかったよー。私からもオススメできる作品のキャラのだしね。これならかがみも抵抗ないでしょ?」
 そんなわけあるか…。
 冷や汗を流しながら呆然とする私を横目で見ながら、こなたが顔を近づけてきた。
「いいのかな?そんな反抗的な態度とってると…」
 一気に我に返った。
「わかったわよ!買えばいいんでしょ買えば!」
「うんそう。私はちょっと遠くで記念撮影してるから」
 この期に及んでまだネタを増やす気か…。
 目の前が赤と黒のコントラストに彩られる。
「はい、本体分5250円。カバーの方は9450円だから」
 こなたが夏の太陽のような満面の笑みでお金を手渡してくる。私の方は丑三つ時以上の真っ暗闇だ。
 でももうどうしようもない。やるしかない。
 私は目の前のそれ――抱き枕を思いっきり睨みつけた後、鷲づかみにすると、レジに向かって突進した。


 かがみがあまりに勢いをつけてレジに向かったため、私は急いで後を追ったが、写真の方はブレまくったのが一枚、撮れただけだった。これでは何が写っているのかよくわからない。残念。でも、それは言わないことにしておいた。
 その帰り道。袋に入っているとはいえ、やはり自分の身長ほどもある大荷物を抱えているのは目立つ。駅に向かう途中も、電車に入ってからも、私たちは周囲の人の視線を集めた。私はそういう視線を浴びるのはむしろ好きなんだけど…かがみは顔を真っ赤にしてずっと下を向いたまま、一言も口をきかない。陵桜学園の生徒もまばらながらおり、…これは、明日かがみがどんな噂を立てられているか楽しみだ。
 …ああそうだ。忘れるとこだった。明日といえば。
「ちょいとかがみんや」
「…何よ」
 かがみが迷子になった子どものような声で答える。
 頭の中がスパークしそうになるのをこらえて、鞄の中をあさる。
「かがみに今週いっぱいこれ貸すから」
 そう言って手渡したのはiPod。少し前にお父さんとの賭けに勝って手に入れたものだ。
「…これがなんなのよ」
 かがみが空いた方の片手で受け取りながら、電車の走行音にかき消されそうな声できく。
「えっとね、この中に100曲くらい私の選んだ曲が入ってるから、どれでも好きな曲聴いて、土曜日までに覚えてきて。そんで、土曜日二人でカラオケ行こう」
 今度は大丈夫。ちゃんと言えた。
 かがみの顔にどんよりしたものが走る。
「まさか…」
「多分そのまさか。全部カラオケに入ってる曲だから、かがみに歌ってほしいなー」
 かがみが大きく息をはく。
 目元が完全に鬱状態だ。
「全部は無理だろうから、好きなのだけでいいよ。1曲平均5分として…15曲くらいかな?合間合間に私も歌うし」
「…どんなの入れたのよ…?」
「それは聴いてみてのお楽しみということで」
 かがみは目を伏せ、少しだけこっくりと頷く仕草をする。
「…わかったわよ…」
「ういー。じゃそんな感じでよろしく」
 それ以降、会話は途絶えた。かがみは下を向いたまま何も言わない。私もそんなかがみをみているだけ。でも、なぜか気まずい沈黙というふうには感じられなかった。
 にやつく私。列車の音。赤いかがみ。
 それだけの世界。流れる時間。
 かがみと二人でカラオケかー…。こんな機会、もうないかもしれない。すっごく楽しみだ。土曜日なんて待ちきれないかも。
 私はこの日、あやうく降りる駅を乗り過ごすところだった。


 どうにか家に帰ってこれた。周りから好奇の視線を浴び続け…何度本気で死にたくなったことか。手元に拳銃の一丁もあればこなたを道連れに頭を撃ち抜いていたかもしれない。涙がこぼれなかったのが奇跡に近い。
 家族に見つからないうちに全速力で自分の部屋に逃げ込み、さてどうしようと思案に暮れたが、よく考えてみればカバーを外せばいいだけのことだ。カバーなしならいくらか弁解の余地もある。このカバーは開かずの間に放り込むことにして…次の課題だ。iPod。これにこなたがどんな曲を入れたのか…。取りあえず聴いてみることにする。
 約一時間後。
 10曲目終了。
 この時点で私は人生についての目的論的な価値を見出せなくなっていた。
 これを歌えと…?こなたの前で…?
 どうせこなたのことだ、録音などして、また私の弱みを握ることだろう。なんで私がこんな目に…?私がいったい何をしたっていうの…?私…そんなに悪いことしたのかな…?…いや、観客がこなた一人なだけましと考えよう…。つかさやみゆきの前で、あまつさえ公衆の前で歌えなどと言われた日には、本当にどんな行動に出るか自分でもわからない。こなたはなんでこんなことを…。
 そこまで考えて、ふと思考が止まる。
 そういえば…なんでこなたはこんなことを?確かに私をみて面白がっているのもあるかもしれない。でも、だったらもっと恥ずかしいことなんていくらでも考えつく。実際、つかさやみゆきを巻き込んだ方が私はより恥ずかしい。今日も、どうして私とこなた、二人だけで買い物だったんだろう?
 …なんて、私に都合よく考えすぎだよね…。
 イヤホンからは、相変わらず聴くに耐えない音楽が流れ続けていた。

3
 土曜日。待ちに待った土曜日。体育祭?文化祭?そんなものと比べる方がどうかしている。全く比較にならないほどに、今日のこの日を待ちわびていた。例によって今日までの授業は右から左へ。宿題すら聞き逃しており、提出日だったらしい金曜日になってもまだ気づかず、先生にぶん殴られてようやく理解した次第。でも、その拳すらどうでもいいと思えるくらい、今日が待ち遠しかった。
 木枯らしのふく待ち合わせ場所に到着したのは1時間前。…あれ、私、なんだかエスカレートしていってる?このままいくと…かがみと待ち合わせると徹夜組になりかねないね。なんでだろ。ほんとに。なんでこんなに楽しみなんだろ。ちょっと…どっかがおかしくなってんのかな?金曜日の夜なんて、いつもはゲーム漬けなのに、昨日はそんな気になれなくて…ただ、明日がくるのをひたすら待っていた。時間が流れるのがとてもゆっくりだったけど、でもそんな気持ちでいられることがまたちょっと幸せで…。どうしちゃったんだろ、私。
 待ち合わせ時間10分前ぴったりにかがみが来た。ただ、足を引きずるように、手は重たげにぶらんと下げて、顔にはいつもの明るさがない。それはそうかもね。でも、私は普通に話しかける。口が勝手に滑り出す。
「おはよーかがみ。いやー、今日のこの日をどれだけ待ってたことか…」
 対するかがみは極端にローテンションだ。
「こなた…あんたね…」
 何か言いたげだが言葉になっていない。
 私はかがみの手をつかんでぶんぶん振りながら目的地へ向かう。私の手が冷えきっていたからか、かがみの体温が心地いい。
「かがみとカラオケなんて久々だよねー。2年のとき4人で行って以来かなー?」
「そうね…そうかもね…」
 一応返答はするものの、やっぱり影が抜けない。
「かがみ、何曲覚えてきたー?どんな美声を披露してくれるのか、今からすごーく楽しみだよー」
「…ょ」
「え?」
 かがみが小声で何か呟いた。
 よく聞こえなかったのできき返す。
「なに?かがみ?」
「全部覚えてきたわよ!98曲全部!」
「え…」
 さすがにちょっと驚いた。
「全部って…よくそんな時間あったね?」
「ここ数日睡眠時間1時間くらいで、今日は徹夜してきたのよ…」
 そこまでしなくてもいいのに…と言いかけてやめた。
「そっかそっか…。かがみもようやく我々の仲間になってくれたのかー…。感無量ですよ。そんなに気に入った曲ばっかだったのー?」
「違う…それだけは断じて違う…。『これ覚えてない』って言うと、あんたまたむちゃくちゃなこと言い出しそうだからね…。でも、どう?これなら文句ないでしょ?」
「はっはっは。それは実際に聞いてみてからですな」



 カラオケに来るのも久しぶりだが、もはやそんなことはどうでもいい。眠い。疲れた。横になりたい。眠い。とにかく眠い。
 だが、こなたの要求を聞かなければ、次に何が起きるか考えたくもない。今だけは全神経を集中させてまぶたを押し上げる。起きろ。しっかりしなきゃ。
「んじゃ、かがみ全部覚えてきたって言うのが本当なら、こっちからリクエストしてもいーよねー?」
「いいわよ。何でもきなさいよ」
 殆ど開き直りに近かった。
 だが、この発言はさすがに軽々しかった。思考力の大半が睡魔に奪われているのだから仕方ないのだが、それでも、こなたに任せるとどういうことになるか、くらいはわかっていた筈だ…。
「じゃあまずこれ!」
 こなたのリクエストしたのは…。
「いきなりこれかよ…」
 早くも後悔しはじめていた。もう遅い。
 イントロが流れ出す。こなたは目を輝かせてこっちをみている。後へは引けない。歌うしかないのか…。マイクを手にして心を決める。軽く息を吸って、できるだけこなたの方は見ないようにしながら…声を出す。
「あれれ おかしいな このドキドキは~♪君の腕の中で あふ~れ出す~♪」

 4分29秒後。
 途中のセリフまで全て言わされた私は赤を通り越して真っ白に、こなたは顔を紅潮させて大はしゃぎしていた。こなたの目は、面白いおもちゃを見つけた子どもというより、金銀財宝を手に入れた海賊のものに近かったような気がする。もうこの辺は恥ずかしさと眠さで頭がいっぱいで、なんだか記憶が曖昧だ。
「おおおおさすがかがみんだよ!バッチリ!すごいすごい!もうこれニコニコにうpしようよこれ!」
 当然のように私の歌の全てを録音していたこなたは空恐ろしいことを平気で口にする。
「やめて…なんでも歌うから、そういうのはほんとやめて…」
 私は哀願するしかない。
「『お願いします』はー?」
「お…お願いしますから…やめて下さい…」
「~~~~!!」
 こなたのテンションがおかしくなりつつある。十分私もおかしいのだが、さすがにテーブルに突っ伏してカタログをばんばん叩いたり、奇声を上げて飛び跳ねたりはしない。
「それじゃ次!これ!」
 またひどい曲名が表示される。しかし、「何でも」と言ってしまった以上、歌わないわけにはいかない。途中退室の可能性を考えられるだけ考えて、その全てに不可能の印が押されたのを確認し、私は再びマイクを手にした。もう…どうにでも…なってほしくはないけど…。
「ちょ~っとだけだよ~♪の~ぞかせたげ~る♪」
 カラオケはまだ、始まったばかりだ…。


 今日は本当に楽しかった。7時間が過ぎるのが全くわからなかった。最初の一曲で私の頭の中の線のどこかがちぎれてしまったらしく、かがみの恥ずかしそうに歌う姿と声が頭に焼き付いて離れない。おかげで自分が何を言っていたのか、何をしていたのか、後から思い返してみてもよくわからない有様だった。ちなみに、後で聞いてみたところ、録音機器もスイッチを押し間違えたようで、何もとれていなかった。惜しいことをした。
 帰り道。かがみはまた下を向いたまま真っ赤になって黙々と。私の方は熱に浮かされた、という状態なのだと思う。ぽーっとして何も考えられなかった。
 二人並んで、黙って歩く。
 日はとっくに沈んでおり、星がかすかに瞬いていた。
 不意に、かがみが口を開いた。
「あのさ…」
 ちょっと反応が遅れた。
 ワンテンポおいて、返事をする。
「え、何?」
「また、二人で、遊びたいね…」
 かがみが何を言っているのか、一瞬理解できなかった。
「…なに言ってんの?」
 ただ、鼓動が、ちょっと早くなった。
「…ははーん…かがみ、こういうプレイが好きだったのー?だったら何回でもやってあげるよー?」
 途端にかがみが顔を背ける。
「ち、違…そういうんじゃなくて…。むしろもうやめてほしいんだけど…」
「どっちなのー?してほしいのー?やめてほしいのー?まあどの道やっちゃうけどねー」
「お願い…やめて…」
 かがみのそういう声を聞くと、なんだか胸がじんじんする。
 かがみをそういうふうにさせてるのが自分だってわかってるけど、でもだからこそなのかもしれない。
 なんなんだろうね…このキモチ…。


 家に帰ってから気づいた。
iPod返し忘れてた。
 あまりに頭がいっぱいすぎて、他のことになんかとても考えが及ばなかった。
 でも…もうちょっと借りてて…いいよね…?
 今は眠ろう…。電波ソングでも聴きながら…。
 疲れたよ…。

4
 日曜日はぼーっとしたまま過ごしてしまい、月曜日になった。
 さて、今週は何をやろうか?まだなんも考えてないや。というか、土曜日のショックが強すぎたせいか、まだ私、かがみのことばっかり考えてる。どうもいつもの調子が戻らない。かがみをからかったり恥ずかしがらせたりして遊ぶのもいいんだけど…それとはまた違ったかがみに目がいくようになってる気がする。
 それは、いつものかがみ。あの日、かがみの弱みを握ってからはあんまり見せなくなったけど、それでも時折見える。私に笑いかけてくれるかがみ。私に呆れるかがみ。私に怒るかがみ。いつも隣にいてくれたかがみ。そういうかがみが、いつしか私の心を浸蝕していってる。気づくとかがみのこと考えてる。なんでだろ?かがみに会えるのがすごく嬉しい。かがみと一緒にいられるのが、とっても嬉しい。それは確かにそうなんだけど…もうちょっと別な気持ちもあるような…。でもこれ、気づいたらいけないのかも。何のためにかがみをわざわざあんなふうにしたのかわかんなくなっちゃう。
 私はかがみを恥ずかしがらせて遊ぶ。それだけでいいんだよ、きっと。この先は、知ったらいけないんだよ、きっと。
 校門のところで、かがみ、つかさと合流した。
「おはよー」
「おーっす、こなた」
「おはよう、こなちゃん」
 表面上はいつもどおり。これはあの日からも変わっていない、暗黙のルールだ。まあそれも当然で、気づかれたらつかさやみゆきさんは絶対かがみ側に回るだろうし、かがみもかがみで気づかれたくはないだろう。だから、何が起こっていても、いつも通りに過ごす。それがお互いにとってのベスト。

 放課後、かがみが3-Bに来て、私たちとお喋りしだした。
「昨日、家族でカラオケ行ったんだけどさー…」
 むむ、連チャンですか。やりおるな。
「へぇー」
 私は普通に頷いておく。
「ご家族でカラオケなんて、羨ましいですね…」
 みゆきさんは素直に羨ましがる。そういや、みゆきさん、2年のときも「こういう場所には滅多にこない」って言ってたなー…。勿体ない。アニソンの熱唱や電波ソングのトレースを体験できないなんて、人生の…そうだね、5分の1くらいは損してるよ。
「うん!楽しかったよー」
 つかさは一番何も考えずに楽しめるタイプかもね…。
「最近はゲームの主題歌なんかも普通にあるのねー…」
 お?かがみん?
「あー、前から超有名タイトルはあったけど、最近はマイナーなやつもあるんだよー」
「そうなんですか?」
 いや、みゆきさんじゃなくて。
「最近はマイナーなやつもあるんだよー、かがみ?」
 かがみがちょっとびくっとして、身を縮めたような気がした。
「へぇー…。何が言いたい?」
「うぉっと!そういえば今日も本屋に行かなくちゃ!」
「義務なのか?」
 この場はこれで満足しとこうか。
 これ以上やるとばれそうだし。


 さっきのは失言だった。危ないところだった。
 日曜日はつかさ並みにたっぷり寝たせいか、いまいち頭の回りがよくない。
 こなたにあのことを知られてからは、気をつけるようにはしてたんだけどなー…。

 4人で買い物をした帰り、携帯が震えた。見てみると、なんとこなたからのメールだ。こなた…すぐ隣にいるのになんでメールなんか…と思いながら中身を読むと、こう書いてある。
『今から私、一週間くらいかがみのこと「かがみさま」って呼ぶから。かがみは私のこと「こなちゃん」って呼んで』
 …何それ…。
 やっぱり…逆らえないんだろうなー…。
「ところでさ、かがみさま?」
 …さっそく始まった…。
 何と呼べばいいんだ…?
「かがみさまー?どしたのー?」
「え?ええと、なんでもないわよ?」
 つかさとみゆきの頭の上に疑問符が浮かびかけている。
 まずい、気づかれないうちに喋らないと!
「ね、ねぇ?こ…こなちゃん…」
「お姉ちゃん…?」
 って違う!喋るほど墓穴を掘ってるだけだ!
 かといって黙り込めばこなたが喋りかけてくるし…どうすればいいんだ…。
「かがみさまー、この人の名前はー?」
 こなたがみゆきを指差す。
「…みゆきだけど…」
「じゃこっちはー?」
「…つかさ」
「じゃ私はー?」
 何が何でも言わせる気か…。
「…泉…」
「な・ま・え・はー?」
 …どうすれば…。
「こ…こなちゃん…」
「よくできましたー」
 こなたは満足顔だが、つかさとみゆきには完全に何かあると思われただろう…。
「あの…お姉ちゃん…?なんでいきなりこなちゃんのこと、こなちゃんって…?」
「え?ええと…」
 頭を全力ではたらかせる。
 こなたはとみると、余裕の表情でこっちをにやつきながらみている。
「あ、あの!だから、…たまには呼び方変えてもいいんじゃないって思って…。ほら、あだ名で呼ぶのってつかさだけじゃない?だからちょっと…そういうのもいいかなって…」
「…そうなの?でも今までずっと普通に名前で通してきたのに…」
「うん、でも、あだ名で呼んだ方が、親しみがあるっていうか…友だちだもん、そういうことがあってもいい…かな…って…思ったんだけど…」
 こなたの顔が視界の端に映る。必死に何かをこらえている表情だ。
 何か言ってやりたいが、この場では、…いや、この場でなくても何もできない。
 つかさに目を戻すと、なんだかちょっとしょぼんとした顔になっている。
「うん…お姉ちゃんがそう思うんだったら…いいけど…」
「泉さんはどう思ってらっしゃるんですか?」
 みゆきがとりなすように割って入った。
「私?私は別に…何でもいーよー?かがみさまー?」
「…でも、私がこなちゃんって呼びたいの!だから、しばらくはこなちゃんでいいわね?」
 こう言っておかないと終わりそうにない。
「いーけどー?無理しなくていいんだよー?かがみさまー?」
「いいから!そういうことだから!」
 『こなちゃん』も気恥ずかしいが、執拗に繰り返される『かがみさま』もなんとかならないのか…。本当にこれを一週間続けるのか…。



 ぱっと思いついたアイディアだったので、今さら呼び方を変えるくらいどうかなー…とは思ったが、意外に効果的だったようだ。
 ノートを借りにいったりしたときに『かがみさまー!』と大声で言ってあげるとすごく恥ずかしがってる。私をどうしても呼ばないといけないように仕向けたりすると、なおいい。実は、かがみに一回『こなちゃん』って言わせてみたかったんだよねー。ゲームでキャラに『こなちゃん』とか呼ばせたりはしてたけど…かがみに実際に呼んでもらうのとでは全然違う。かがみが『こなちゃん』…あのかがみが、顔を背け、頬をちょっと染めて、でも目はちょっとだけこっちに向けて、小さい声で呟くように『…こなちゃん…』…とか言ってきたりするのを聞くと、もう…もう…どうしようもなくなる。
 はっきり言って、かわいい。すごく萌える。このかがみだけで当分は生きていける。

 しかし、同時にもう一つの気持ちの方も膨れ上がってきているのがはっきりとわかる。私、かがみにこんなことさせたかったの?かがみを恥ずかしがらせて楽しいの?私、何のためにこんなことしてるの?
 いつものかがみ…。私は…いつものかがみを、どう思ってたの?今のかがみをどう思ってるの?どっちがいいの?
 …いや、かがみはかがみだよ?それはそうなんだけど…。
 …いけない。また考えちゃいけないことを考えようとしてる気がする。

 金曜日になった。
 今日もかがみでさんざん遊んだ後、ようやく解放して帰宅した。かがみは相変わらず顔を真っ赤にして、俯いて帰っていった。
 その晩のこと。夕飯の後、お父さんが声をかけてきた。
「こなた…最近、どうだ?」
 変なことをきく。
「どうって?」
「いや、悩みごととかないかなってな」
 …ないといえばないけど。
「なんでそんなこときくの?」
「うーん…うまく言えないけど…最近のこなた、おかしくなかったか?夕飯の味付け思いっきり間違ってたり、何回呼んでも返事しないでぼーっとしてたり…。学校でなんかあったか?」
 …私、そんなにおかしかったかな…。
「父さんでよければ相談に乗るぞ?」
「…いや、別に何も」
 いつもと変わらない声を出したつもりだったけど、お父さんは黙り込んだ。
 が、やがて口を開いた。
「…そか。何もないならそれでいいさ。でも、本当に辛いことがあったら自分一人で抱え込むんじゃないぞ?父さんでもいいし、ゆーちゃんでもかがみちゃんでも誰でもいい。相談してみろよ?きっと、気は楽になるさ」
「…だから何もないってば」
「はは、そうだな。それが一番だ。あ、そうだ、それから酒を飲むって手もあるな。ぱーっと飲んじまえば、小さな悩みごとなんてどうでもよくなるもんさ」
「…私未成年なんだけど」
「それこそ小さな問題だ。ゆいちゃんも学生の頃はよく飲んでたって言ってたろ?」
「正真正銘のダメ親父だね、あなたは」
 この後、二言三言交わして私は部屋に戻ったけど、ちょっと考えていたことがある。
 なるほど…お酒か…。


 取りあえず、金曜日までは終わった…。呼び方の件はこれで終わりの筈だ。
 もういい加減なんとかなってほしいが、こなたが証拠品を持っている以上どうにもできない。ひょっとして、私、このまま一生こなたに弄ばれることになるんだろうか…。考えただけで背筋が寒くなる。
 本当は…こんな関係になるつもりじゃなかったのに…。
 そんなつもりで始めたんじゃなかったのに…。
 …そうか。そのことをまだ伝えていない。ダメ元で言い出してみようか…。いや、でも、どうせ失敗したらそれもまたネタにされるだけだ…。
 どうしよう…。



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