桜の刹那

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夕暮れの帰り道、今日もまた一人ぼっち。

一緒に帰れば良かった。
意地なんか張らないで、素直にそう言えば良かった。
つまらないプライド、まるで誰かさんにそっくりだね。
私は…それを誰にも気付かれないように隠しているけれど。

微かな音色だったんだ。
それはほんの小さな音の雫。

誰かが呼んでいた。
春の穏やかな風と共に、小さな歌声が聞こえてきた。
遥か遠い、ここよりもっと向こうの方からだ。
誰かに届いて欲しいと思う気持ちに乗せられて、私の元に辿り着いた歌。
向こう、きっとあそこで誰かが待っている。

待って、今行くよ。
一人で歌わなくていい。
誰かを思って、一人哀しまないで。
あなたの歌は、私に届いたから。


………♪~………♪………♪♪……………♪♪……


こっち。もっと強く聞こえる方へ。
タッ、タッ、と私の駆ける足音が地面を馳せる。
夕焼けに長い姿を延ばして、私の黒い影が颯爽と走り抜けて。
古い建物、高い住宅地、河川敷、色々な街の姿を抜き去っていく。
夢中で、息切れする事も忘れてしまったかのように。

傾いた太陽が沈みかけている。
走り続ける私に、赤い色彩図を届けに来たのか。
追い風が吹いて、私の身体をグンと軽くした。
どんどんと走る速度が加速されていくんだ。

目が捉える先に、やがて見えて来たのは桜の森。
ここは迷いの園。見渡す限りの桜の木が広がり続ける場所。
踏み込めば迷いの彼方に引き摺られてしまう場所。
辺り一面、桜色の花びらの匂いが拡がる。
桃色に地面を描き、空もまた、華色に染まる。

花びらが舞い散る。
ひらり、ひらりと、その風に揺りと乗って。
右も左もわからない。後ろも前も、桜の花ばかりだ。

………♪~………♪♪……♪♪……………♪♪……

歌が聞こえる、きっとこっちだ。
歌声を頼りに、花の迷宮を進み抜けてゆく。
ゆらり、ゆらりと舞い散る桜の刹那を追い越して。
泡沫の弾ける一瞬の、一筋の道のように駆け抜ける光が見える。
広がる視界、やがて見えて来た一本の大きな木。
見つけた…!その木の下で、歌声を上げている人がいた。

そこにいた、その人は――…


「――かがみ…?」

そこにいたのは、私の良く知っている人。
いつも怒りんぼで、生真面目な性格で‥でも本当はとても優しくて。
いつも私の淵を埋めてくれてる、誰よりも暖かな人。

桜の花が舞い散っていた。
刹那を彩るように、ひらひらと、踊るように。
視界が花びらに覆われ、その一瞬を優しい薄紫の瞳が鋭く射抜く。
その姿…夕焼けの緩やかな光が紅色にも煌めかせる。

私は知っている。かがみが美少女なんて事は。
だけど、今目の前にいるかがみは――…
まるで花の精霊のよう。

………♪~………♪♪……♪♪…………♪♪♪……


その場に座り込んで、その膝の上に腕と頭を重ねた。
なんて綺麗な歌声なんだろう…透き通るように染み渡る。
かがみの声は、こんなにも華やかで美しいものだったのか。
その姿、魅取れてしまう。歌声に吸い込まれてしまう。

かがみは…何を思って歌っているのだろう?
いつも凛然としていて、華のように美しく綺麗な人。
その影では日々を積み重ねている事を知っている。
本当は弱さを隠してて、時に無理をしてて…とても寂しがりでもある人。


―『教科書借りられるし、別に違うクラスでも良かったジャン?』
―『ばかっ!こなたのバカーッ!!』

…思えば、間抜けな事をしたものだ。
かがみがどれほどそれを望んでいたか、私は知っていたはずなのに。
私もまた、それを強く望んでいたというのに。
隠して、何でもないかのように振る舞うような事ばかり。

………♪♪………♪♪……♪♪……………♪♪……

桜の木を見つめる。花びらの儚さに、その人を重ねてしまう。
かがみのそれは、きっと誰にも汚せない。
この世界がたとえ神様の作り物だったとしても、
今こうして歌っている姿は誰にも侵せない、かがみだけの想域。
この声は、誰かを想って歌っている…?

彼女には、大切な物がたくさんあるのだろう。
家族だったり、つかさやみゆきさん、他にもいっぱい。
みんなみんな、彼女の守りたいものなのだろう。
その中で、誰を想って…

それは、幻聴かと思ったんだ…。

歌声が朧げな追憶を次々と覚ましていった。
一緒に過ごした時間。出会い、手を取り合って共に過ごした日々を。
海に行って、花火を見た。一緒の部屋で寝た事もあった。
時には泣いて、慰め合い、励まし合う日もあった。
これは…みんなみんな、私とかがみの思い出‥?

一際…強い風が吹き抜けた。
桜の花が上空まで舞い上がり、視界を一切隠してしまう。

私は立ち上がった。
歌声から、伝わってくるんだ。
『強く、深く、共に過ごす時間は宝石みたいな日々だね。
大切で、愛おしくて。こなたは、何よりもかけがえのない人だよ…』
たくさんの歌声が押し寄せて来て、私の胸がどんどん熱くなっていった。
かがみは、私の事をこんなにも大事に、大事に想ってくれていたの‥?
私は…今まで、それなのに一体何をしていたというのだろう。

花びらが嵐のように舞っていて、行く手を阻むように視界が遮っていた。
それでも、桜の風が乱れ狂う中、荒々しい花びらを縫って近付いていった。
もう迷わないんだ、私はかがみに言わなくちゃいけないことがある。
歩みを重ねて、かがみに近付き、目の前に来た。その時…嵐の花々は、一気に飛び散り上がった。

「…こなた?!」
「…かがみっ!!」

一瞬の、静寂が訪れた。
歌声は止み、嵐は無音の彼方へ過ぎ去って消えた。
静かな一枚の絵画の中、針までもが止まってしまったのか。

…言わなくちゃいけない。
つまらない意地なんか張らないで、私の素直な気持ち。
一人よがりなプライドは、もう必要ない。

「私も……」

1枚、2枚と、桜の花がひらひらと舞い落ちてきた。
静かに、小さく、止まった一枚絵の中に、ゆっくりと。
大丈夫、今なら本当の私でいられるから‥。

「‥私も、かがみと同じクラスになりたかったんだよ…」

「こなた……」


………♪♪♪……♪♪……♪♪…………♪♪♪……


それから、歌い続けた。
かがみと共に、二人で一緒にずっと、ずっと。
太陽が沈み、黒が空を包んでも、私達の歌は終わらない。
夕焼けの朱彩から、月夜の深淵へと景観が移り変わってゆく。
星空が闇夜に瞬き、月明かりが辺り一面、薄暗く導き始めても。

無数の瞬きは夜空の星座を数え切れない程描いた。
花びらは月明かりを透かし、星屑と共に零れ落ちる。

星明かりはかがみの麗らかな髪を薄紫から輝く銀色へと変貌させる。
静かに舞い散る欠片の中、刹那の闇夜に煌めく銀色が靡く。
眩さを咲かせた一輪のその姿、貴方の美しさは華々をも超えた。

………♪♪………♪♪……♪♪………♪……♪……

星の歌を歌い続ける。
桜の木の下で、手を繋ぎ合って。
私はかがみの歌を大切にするだろう…どんな楽譜よりも大切な歌。

――こなた。私ね、あんたにお願いがあるの‥‥。

「何‥?かがみ‥」

かがみは一人、哀しく切なく、儚い歌声を上げていた。
何を想い、何を感じたのか…私はそれを埋めてあげたい。
私はそのために此処にやってきた。
私はかがみの望みなら、何だって聞き入れるだろう。

「…私達がこうして生きていられるのも、一瞬かもしれない。
 長い人生の中で、私達4人もいつか離れ離れになる日が来るかもしれない。
 出会い、別れて、そして一瞬一瞬が過ぎ去っていくんだと思う‥」

かがみの言ってる事…私にはよく分かる。
こうして、私達が此処に居られる事も、人生の中で一瞬の出来事なのかもしれない。
いつか、淡い思い出となって、懐かしむように過ぎ去っていくのかもしれない…。

「‥それでも、私は…こなたと一緒にいたい!ずっと、ずっと!」

それは…なんて、重たい言葉なのだろうか。
これからの人生、何十年とも続く時の中を、ずっと傍にいてほしいと言われたのだ。
輝く花の精霊に、私はそこまでの言葉を言わせてしまった。

「一緒に、ずっと…かがみ‥」

でも、そう‥私は抗うわけが無かったのだ。
あなたの美しさに、私はとっくの昔に魅入られていたのだから。

季節は巡り、また桜が咲く時が来るだろう。
その時に私達は再びお互いを確かめ合い、それを延々と繰り返していくのだ。

桜の花々が私達の想いを証明してくれる。
私はあなたに、同じ答えを出し続けるだろう。
『いつまでも、傍に』と、永遠に――。


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  • 心にしみるいい文章だなあ。GJ!! -- 名無しさん (2009-03-29 00:46:25)
  • 綺麗だ -- 名無しさん (2009-03-21 02:19:55)


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