You Know You're Right -Cherry Brandy Mix-(2)

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「あんたの不調は、あんただけの問題じゃない。」

 半開きの上瞼を更に歪めるこなたの顔面に、桜一輪を投げつけ、腕を組む。 花はこなたの唇に軽く当たり、その掌に収まる。
 さて、本来の自分の本位を見失っているこの子に、お誂え向けの言葉、とは…

「周りに居る人間も、少しは自己主張してもいいだろうに?
 … あんたの迷惑にならない程度に、ってのは、心掛けてるつもりだけど。」

 これ位、かな? 模擬裁判の時も迷うが、相手を尊重した言葉遣い、ってのは、意識し過ぎると逆に判り辛く、ぎこちなくなる。

 それでも、こなたには通じたらしい。 百万語を応酬しあうも良し。 無言の内に言い包めるのも良し。 ―それが、私達だ。



「ごめん。」

「いつもの事だ。」


 ― にっ。


 両者の次元が一致したことの合図。 取り敢えず、同じ地上に立たなければ、成る程会話は成立しにくい。

 つまり、ここからが本番だ。 この子からどれだけの言葉―“意思”を引き出せるか。 こなたの専門家として、腕が鳴る所だ。


 ――――


 まず知りたいのは、先刻のトラウマについて、だよな。 【桜の話は禁則事項】 …ねぇ。
 只の外出拒否の言い訳にしては、相当酢が入ってる感じがしたし… よし、『事情聴取型』でいくか。

「あのそうじろうさんが、何でまたあんたに手なんぞ上げたのか。 ―その辺から話してみ?」

「私もよくは判んないんだけどさ… 何しろ、野郎はブラックホールだからねぇ。」

 とりあえず、何考えてんのか知ったこっちゃないから、『あ… ありのまま起こったことを話すぜ』 …だそうだ。
 … この子は、あれだな、父親嫌いとはいっても、受けた影響は疑いなく利用するタイプだ。 肝心な所を早々に見落としてる。

「あいつ、私の声で、『母さん』に『桜』って単語が立て続いた瞬間、無意識に手ぇ動かしてたらしくて、
 自分で何をしてんのか、とか、状況がさっぱり呑み込めてなかったみたいで。
 私だって、訳分かんなかった。 その頃は骨法の道場通ってて痛みには慣れてたから、衝撃はどうってことなかったけど。
 酷いのが、殴ったあっちも同じように唖然としてんの。 自分が暴力に訴え出たってのに馬鹿面晒してるのがなんか悔しくってさ。
 試しに泣き出してみせたら、あっちまでつられて大泣き始めてんの。『ごめんな、ごめんな』って。」

 成る程、そりゃ只のイタい大人だ。形だけ親(or大人)、と言い換えてもいい。雑魚だ。
 端から矛盾した感情を自己完結させておいて、現象を契機に発現させて、更にその現象すら自己完結させようとして失敗してる。
 この世に自分しか見えていない、駄目な大人のいい例だ。 彼が作家って道(感情の整理が可)を選んでくれて本当に良かった。
 (因みにこれ、男親にはありがちな心性だったりする。只の種付け係の分際で、父親って立場に祀り上げられるとこんなザマだ)

「昔っから、ホントに自分の感情最優先でオナニストで。
 『桜みたいな薄幸美人を手篭めにした』っていう自分に酔ってんだよ、あのロクデナシは。
 多分、自分の種が、あの人を殺した、って事にも気付いてない。 ヲタ相応に、『運命』っていう形のないものを呪っただけだ。
 もっと丈夫な相方見初めてたら、生まれてきた私なんざ、即刻生ゴミの日に袋詰めー、だったろうけどね。」

 随分と過激な単語が並ぶが、そこまで未完成な方ならありえなくもない… 等と考えてしまう私は麻痺しかけてんのかな?
 以前、そうじろうさんの作品を読んだ際も、文節の端々にどこか浮ついた印象が見え隠れしていたが、その理由が漸く判った。
 しかし、人倫に則れば、実の親を全くの下位に見下す、等という状況は余りに不健康だ。 少々フォローを入れておく。

「待て、その言いようはないんじゃないか? あんたの怒りはよく判る。でも、半分はその人の血を引いてんだぞ? もう少s」


「自分が、何に支えられてたか。」 


 と、こなたの言葉が私のそれを遮ってきた。 …随分、俊敏に。 過敏ですらある。
 … あ、『半分はその人の血を云々』が良くなかったか。


「何を、あの人から吸い上げてたのか。 ―そんな事も自覚できない外道だとは思ってなかった。」


 ――

 吸い上げてた、と。


 『桜の下の屍体』の話か? …この場合、そうじろうさんが「樹」、かなたさんが「屍体」、という事になる。

 つまり、そうじろうさんは樹液=創作活動の糧として、かなたさんを― 恐らく、彼女との蜜月期間の経験を『利用していた』。
 驚いた事に、今のこなたに対する仕打ちと全く同じことを、既にお墓の下のかなたさんに対しても行っていた、という事になる。

 彼女とのかけがえのない『思い出』を、自分の『経験』のレベルに貶めて、ベストセラーを何冊も書き上げた、そういう事に!

 … …

 一瞬で、冷めた。 もう、あのおべんちゃらには目を通すまい。

 自分自身の最良の経験を美化して財を築き、一人悦に入る― 只のオナニスト、じゃないか、それじゃ正に。


「高校ぐらいの頃はさ、少しは尊敬もしてたし、親近感もあったんだよ? “オタクでロリコンのダメオヤジ”、って。」

 一方で、あの人が只のナルではない事… つまり、今のこなたの精神性の基盤となるものを、確かに持っていたことも思い出す。
 それは、先出の『信頼』と『思い遣り』、『労り』。 こなたの成功に― 基、こなたの健全な生涯にとって、不可欠の要素だ。
 そして、その各要素を縫合し、こなたの原型を手塩にかけて整えたのは、他でもない、あの人じゃないか。 ―その事実も。

 それにさっきの樹と屍体の例だって、私の妄想補完が多分に働いている。 一方的にレッテル押し付けるのもはた迷惑な話だ。
 第一こなた程の深淵を輩出する人だ。表面的な捉え方では判らないような、裏のメッセージをあの本に込めた可能性だってある。

 何より、この子の永遠の憧憬の的、かなたさんが心から愛した(これは、こなたの言葉からも疑いない)人、とくれば。


 ― だが、これは、私に向けて語られた言葉。 例え片鱗、薄墨の類であっても、こなたの本心の、発露。

 だったら、私の回答として、私の価値観での『受け取り方』として、あんたに返さなければならない言葉がある。


 ――――


「私なら…」


 突風が、薄桃色の枝を薙ぐ。

 サァッ… という嬌声と共に、桜の蕊は、それまで一心に繋ぎ止めていた花弁を、掌を返したかのように、盛大にばら撒く。

 舞い落ちる光の指は、周辺の空気中に散乱する様々な分子を、慎ましやかに、それでいて我が物顔で、自分色に染め上げてゆく。 
 『儚さ』という、裸の猿が一方的に己に認めた最大の特徴を、盾に― 否、武器にして。

 ― 結局、美しい木花開耶姫のみを選んだ瓊瓊杵尊のように、人間は頭より目を信じる。 他力より自力を信じる。
 そして、醜い磐長姫を眼中にすら入れなかった報いを、「己の血統の短命」という宿命の形で、受けるのだ。


「その『屍体』の側に身を置く。」


 どんな、違いがある。 あんたの悩みと。 現世に蔓延る、あらゆる問題と。


「… かがみ?」

「あんたが、花を付けてくれんなら、ね。」


 全ては、明らかに繋がっている。

 『周りに迷惑かけなきゃいい』とでも思ってんのか。 親を槍玉に上げられる立場か。 この、真性ナルシストめ。
 社会と全く同じ。 自分が受けてるのと同じように、他人に『信頼』を向けることだって、共同生活には必要なんだぞ。


「私は、そういう“覚悟”で、あんたを受け容れた。」


 ―今ん処、そんなこと言える立場にはないけどね、と付け足す。 現状は、取り敢えずのレベルでなら、見えてるつもりだ。

 どうなんだ。 私は、半ヲタのあんたが、信用できない程不甲斐ないのか。 そういう恥知らずとして、認識されているのか。


 こなたは、私から視線を外す。 そして、背後のガードレールに腰掛け、最近の癖である、「物思いに耽る」仕草を見せる。

 … だから、不健康なんだって。 感覚の位相の話を、理性的に捉えようとするのは。


「あんたと一緒に、花を付けるの。 ―「作家としての成功」って花を。」

 私はこなたの動きに併せて、先刻かなたさんの幻影の見えた位置の隣… 真性寺の門柱に寄り掛かり、腕を組む。

「多分、今あんたの根っこに巻き取られてるのは、見栄っ張りだった頃の、『ツンデレ』分全開だった頃の、私。
 私の本質は、あんたの養分として樹液になって、あんたの枝葉を駆け巡ってる。 そうやって、生きてられるなら、充分だ。」

 そして、この子のホームグラウンド― 作家界では、『無粋』とされ、ページ数削減の為に真っ先に切り捨てられているような、
 「状況説明」に程近い、自分の発言の本意なんぞを、わざわざ馬鹿丁寧に言葉を並べ立て説明する。

「それに、そういう絵空事でなくても。 『相互扶助』って形で、それはいい事なんじゃないかな。 『同棲』っていうのはさ。」

 勿論、これは当てつけだ。 言葉の裏の裏を読み、奇異な表現を個性として珍重するあんたには、安直過ぎる手法かも判らないが。
 『こんなことすら伝わらないのか、読み取れないのか』と、眼前に振り翳してやる。 いっぱしの文書きには屈辱だろう。

「一応、役には立ててるし。 その、『吸い上げたもの』とやらの代わりに、貰うモンは貰ってるしね。 あんたの悦び、って形で。」

 理由は簡単。 この子の、感覚の位相の鍛錬。 ―今のこの子は、世の中の全てを理屈で綺麗にまとめようと躍起になっている。
 その泥沼から、解き放ってやろう、という事だ。 ここに浸り続けている限り、作家の職業病―『孤独』から逃れる事はできない。
 人間という、欲望の迷い子になど端から不可能な事柄に、挑みかかっては挫折… を繰り返す。
 そんな、シーシュフォスの罰みたいな無益なサイクルに人生を賭けられる程、あんたは安っぽい生き方しちゃいない筈だ。


 本意は、こなたに通じたらしい。 少々むっとした印象で眉を顰め、ガードレールから尻を浮かせる。

 そして、何かを思い出す際の仕草(右手を口元に、左手を右肘に)を暫く続けた後、ニヤリと頬を上げ、私の眼前に立ちはだかる。


「この間、何亭だっけか… ネタ揃えの名目で、いっぱしの落語家に取材に行った時にさ ―馬鹿にされたんだよ。遠回しに。」

「へぇ、文筆家に向かって命知らずな。 思い上がりか? それとも伝統芸能の御家にありがちな、思春期から成長できて… 」

「『判んねっすか。 いえいえお構いなく、ブンヤさんですもんね。』 …って。 これ、どういう意味だか分かる?」

 所謂、感情をチラッと覗かせる皮肉、という奴だな。 それが現代人臭さなのか、江戸っ子情緒なのかは判らんが。
 兎に角、面は上を向いて、眼球だけ下を向けている感じの発言だな。 ナルチズムにも関わる。

「実戦経験値のない、所詮はデスクワーカーだ、って事。 現実を肌身で、第一人称の立場で感じてない、って。」

 その『伝統芸能』っていう狭義の世界の中の事しか『知らない』自分が何を言う。 これだから論理家気取りは。

「文書きっていうのは、その経験の不足を文章力とか書き方の衒いで補ってる …つまりは、『誤魔化し』でメシを食ってる。
 そういう連中、ばかりでもないけどね。 でも、余程コネ結び上手くない限り、想像に頼らざるを得ない部分は多くなる。」

 … 成る程。  この子が何に悩んでいたか、その実態が判ったような気がする。
 つまり、自分の筆捌きの、土台が貧弱な事。 地固めが不十分な事。
 それを、性格や生まれ持ったものに由来すると考えるから、壁にぶち当たるのだ。 

 ― 解消法は、実はお約束通り、身近に提示されている、のだが。


「… 親父と同類になっちゃったな、って。 身も心も。」

 首の裏の吹出物を弄りながら、こなたは唇を下に曲げる。

「日本のマスコミがマスゴミ化されて久しいけど、それと何も変わらない。 最近の小説家の根底にあるのは、自己顕示欲だけ。
 耳学問だけで知ったように書き散らす。内容の誇張、捏造お構いなし。話題性さえあれば直ぐさまベストセラーだ。
 出版社側もその定理を見抜いてて、今やチェックはザルだ。 チト次元は違うけど、『佐藤某によろしく』、ってな具合にさ。」

 そして、私を抱き寄せると、突然左肘の急所(丁度頂上辺りの窪み)を引っ張り、プリマ宜しく右に一回転させる。
 慌てて向き直ると、こなたは、いつの間にやら私から剥いでいた革ジャケを被り、「ぬく~いv」等と黄色い声を上げている。
 … 油断も隙もあったもんじゃない。 勿論、『目に見える次元』に限った話だが。

「梶井なんたらの短編初めて読んだ時、第一印象で、あのうさんくさいナル面が思い浮かんだんだ。 目尻に目糞ひっ付けた。
 未だに、母さんの屍体から自分の根っこを抜いてない。 そういう、作風を維持している。
 自分の恋愛経験を下地にシナリオ書いてる辺り、どんな違いもない。

 その欲望の過程で、私っていう疫病神の化身が、あの汚い種に乗って胎内に宿って…
 結果、あの人をファンタジー化しちゃった。 ―だから、これは“近親憎悪”なんだよ。 どんな意味でも。」

 ぼんやりと、その縁を背後の漆黒に溶け込ませている満月を見上げ、皮ジャケに腕を通しながら、こなたは細く息を吹き出す。

 それが、自分の背負った『業』だとでも言わんばかりに。


「私もそれと全く同じ事を、まだ生きてる検事候補の柊かがみを使って現出してた、って訳。」

 … そして。

「そっちの都合なんかお構いなしに。 勝手に押し掛けて、その気にさせて、既成事実作って、言い訳の効かない状況に追込んだ。
 かがみが、法曹っていう… スキャンダルとは無縁の清廉潔白でなきゃならない、っていう弱味に付け込んでさ。
 自分のブンヤっていう権威を盾にして、こういう汚ぇ支配欲満たす為だけn 」


 それは、自分の宿命なのだと。  逃れられない、ジンクスなのだと。


「黙れ!」

 不思議と、時間帯やら近所迷惑やらは気にならなかった。 文字通り、『恥も外聞もなく』って奴か。
 久しく発していなかった私の怒鳴り声に、こなたは大きく身を震わせ、瞳孔を小さく固めた。

「… ふざけるな。 愚痴を言うのはいい。 本音をぶつけ合うのも、パートナーシップには不可欠なイベントだ。
 だが、私の前で割腹までしてみせて何になる。 介錯でもしろっていうのか? ブチまけたものの処理、押し付けるつもりか?
 自分がどんなに汚いかアピールしてみせて― その程度の『懺悔』で、許されるとでも思ってんのか? よく見ろ。 私は何だ!」

 どうも最近の私は、まくし立てると強いらしい。 そして、逆にこなたの方は、まくし立てられると、黙り込むようになった。
 しかし、『聞き流している』という雰囲気ではない。 実際、一字一句を残らず鸚鵡返しにされ、反論の要にされた事すらある。

「汚いから何だ? この世に汚くない奴が― 物を食わない奴がいるか? 誰かの死を糧にするのは罪悪か? 死人が汚いものか?
 あのマザー・テレサだって、自分の偉業を偉業とは思わず、『無私の愛』やら… 『概念』になんぞ端から目もくれずに、
 死を待つ人々を支えた時の、『互いの内面に受けるもの』の為に世に尽くした。 ―有り体に言えば、互いの『充実感』の為に。
 つまりは、無償奉仕じゃない、相互扶助だった、そう明言してる。 『神の愛』っていうやり甲斐の元での。
 ― 社会心理学専攻の分際で、そんな事すら知らないのか? 倫理学の演習で、一体何を学んてきた?」

 汚い側面を知って、即ちその人物の本質を捉えた、なんぞと早計できるのは、それこそ『2ちゃんねらー(笑)』程度のものだ。
 赤の他人に感動を与えられる位の文章を生み出せる直木賞作家が、この程度の空言に手足を捕られてる場合か。


「ちなみに、私は一般人だ。 見ての通り、充分に汚い。 人間界の天敵、“恥”を致死量まで上塗りしときながら ―

 … あんたを慰み物にして、踏み台にして、何食わぬ顔で『司法』の断崖登ろうってんだからな!」


 こなたの、目頭が痙攣する。
                   ― もう一押し。


「後世の法曹志願者は口揃えて言うだろうよ。 検事柊かがみは、相方の犠牲のもとに今の地位を手に入れた極悪人だ、ってね。
 ― 売り出し中の作家に取り入って、日常生活に必要な何もかもを横領した。 希望のない未来と、子供の産めない体をo」


「違う!」


 そして、叫び出す。 体面もなく、眉間に皺を刻んで、辺りに唾液の滴を撒き散らして。

 …自然の摂理に従えば、同性カップルの間に子供が出来る筈はない。 異端式の交際は、私は兎も角、この子には不具を強いた。
 この子の義姉、成美ゆいさんのもとに初子が産まれた時、こなたは長いこと新生児室の赤ん坊達に愛しげな眼差しを注いでいた。
 その横顔に、特定の誰とは言わず、産まれてくる生命そのものへの憧れを見出す事は、例え私にだって、容易だ。

「そんな訳あるか。 ―かがみは、かがみなんだよ。 自分の欲望とかには正直だけど、きちんと… 」


「何が違う。」

 図星を指摘されかけた為か、僅かにこなたの語気が弱まる。
 その隙を逃さず、私は畳み掛ける。 …私とて、今日は本気だ。 こんな機会は滅多にない。
 ありったけの、ありのままの、自分を、ぶつける。


「あんたの自己犠牲精神のパラサイト。 他に何か形容のし様があるか。 現状の。」

 どんな正当化も余地もない。 これは、真実であり、そこから生じた本音だ。 弱味にもなり兼ねない。
 だが、だからこそ… “弱味になるからこそ”、こなたの前に有り体に晒す。 私の、構成要素の一として。

「― 何もないだろうが、私である必然性なんぞ。 それとも、痴態の塊って事で、観察対象位にはなるかな? 過去に引き続き。」

 ― ある意味では、『餌』として。 ―


「… これで、判っただろ。 私も、只のホモ・サピエンスだ。 しかも、あんたっていうリキュールにベロベロに泥酔させられた、ね。
 お蔭で、将来への展望も、同性愛者の烙印の重さも、何も感じ取れないような不感症に成り下がって!」

 これは、運命の選択― 自分のその後の人生を決める、法規とは次元を異にした、不可避のギャンブルだ。
 こなたには悪いが、私だって自分は可愛い。 ナルチズムは大脳辺縁系から脳幹を通じて、私の全身の要素要素に組入っている。
 その事実を、正当化する訳ではない。 全てが他人任せで他人のせい、等という恥知らずには、流石になれない。
 但し、現在を、そして「思い出」を超克する為の起爆剤として、これを利用する為に― 手元から、あえて我が身に、受け入れる。

 あんたと出会ってからは、今までに何度だって、同様の綱渡りに挑んできた。 確実性とは無縁の界隈を、現実に鑑みながら。
 だが、今回ばかりはヤマがデカ過ぎる。 そちら側の選択を信じる以外に、出来る事はない。

 チップは、私の命。 ディーラーは、あんたの自尊心。

「吸い取れるだけ吸い上げる貪欲で恥知らずな桜の樹ってのは、どっちの事だったんだ! どう考えたって、養分過多なのは… 」

「かがみッ!」

           ― ここだ!

「私は!」


 すかさず、会話に断絶を設ける。


 … さぁ、柊かがみ。 役は揃った。 機も熟した。 ― 総てを、手放す準備だ。

 固執、常識、良識、前提、知識、俯瞰視点、平準化視点、絶対。 一切を、土で穢せ。
 自分の舌の残骸の隣に、一つ一つ並べ立て、悉皆に、順番に釘を打ちつけろ。


 ― 深呼吸 ―


「もう … あんたなしじゃ、生きてられないんだ … どんなに、欲張りだって言われても 。

 あんたが、私を… 必要としてくれなきゃ … どんな形であれ、あんたに、頼られなきゃ … 」

 視界を滲ませる、氷点下に限りなく近く、今にも端から凍り付かんばかりの洪水を 必死に、下瞼の裏に、押し留めて。


「それが、癪だってんなら… 私は…」


 お約束通りのgdgd振り。

 だが、これでいい。 これが、いざという時の“私らしさ”。

 徒手の私の、総てだ。


 ―― 








「かがみ。」


 “ chu.”


「また、教えて貰った。」

 こなたが、私の唇に、軽く、ほんの軽く、息を注ぐ。

 … よく、こういう行為には出るんだ、この子は。 私の、頭に籠もった熱を、発散させる為に。 
 その手には乗るか― なんぞと、場の空気を転換する、軽口の類で返してやろうと身構えた私は。

 途端に、居住いを正す際の気分に襲われた。


「私、だって。」

 その、双方の翡翠色が、油でも注がれたかのように、物憂げに、煌いていたから。


「かがみが居なきゃ、今頃司法解剖にでも廻されてる… かがみから、樹液… 違う、血ぃ、貰ってなきゃ… その事。」

 この子は進学に2度失敗しているが、成美さんから聞いた話、その際の劣等感や孤独により、
 一時は精神的に相当危ない段階にまで至っていたらしい。 それこそ、第三者視点からは、想像もできない程に。
 見かねた成美さんが、『受験期間中の気分転換』の名目で薦めた、自動車免許の取得を軽くこなした後も、
 「もう少しこのデカブツ(=車)が古かったら…」等と、排ガス自殺を連想させるような発言を繰り返していたという。

 いずれにせよ、あんたがここまで立ち直れたのは、進学という一大契機を迎えられた為だ。 私が血を流した覚えはない。

「同じ。 全く同じだ。 私の場合も、かがみは、私の中に居る。 そのくせ、私の構造とか全容を、外から見たように見てる。
 … ペルリマンだよ。かがみは、私のペルリマンだ。 私の次元の理論とは全然違う方向から、私を証明し切ってる。
 反証上手で、学生時代から性格が一変した、っていうのも、ある意味では一致してるし。」

 ― 物知らずめ。 世界最高の集中力で「流れ」を創った偉人と、法学という既成の流れに漸う縋った小娘を同列に並べるとは。
 ものの見方は、確かにあんたとは正反対の位相のものだ。 ―とも、これはあんたへの意識の過集中が生んだ変化かも知れない。
 彼の場合でいう、理論とキノコではないが、私も、あんた以外は畢竟目に入らない。 私の行為のあらゆる理由が、あんただ。

「… 何で? 何でそんなに知ってるの? 私の宇宙が、私だけのものじゃなくなってる。 ― 実際、相当凄い事だよ、コレ。
 もっと柔軟だった餓鬼の頃、今の国際親善大使ゴトちゃんすら解きほぐせなかった私に、ATフィールド張る隙すら与えなかった。
 『天才には敵わない』って、幼心に、あのクソ脳から耳が腐る程繰り返し聞かされたセンテンスが、漸く意味持った。」

 国際親善大使、というのは、比喩だ。 …まぁ、斑鳩さんもその一族も、いい年こいて『永劫回帰』とか言ってんだからな。
 それにしても、既に幼少時に娘の価値観を狭小な方向へ追い込んでいたとは、あの人の展望のなさには改めて閉口させられる。

「だから、自分のこと、『屍体』だなんて、言わないでよ。 私、昔のかがみの痴態からヒント得る、なんて書き方してないよ?
 第一、かがみが痴態晒した覚えなんか、一つもない。 失敗とか不器用さとか、全部、かがみの魅力だった。萌え要素だった。

 それに… そういう昔のかがみだって、ちゃんと今のその身体に生きてるから、好きでいるんだよ? 私は。
 “変えられない部分”と“変わってる部分”の両方が折り合わさってる、そういう、今のかがみが好きなんだよ。」

 そして、自分自身にも。  ―この子が好きになってくれたのは他でもない、私の恥じている高校時代に積み上げた、基盤部分。
 つまり、この子が最も求めていたものを見失い、一人マインドゲームに勤しんでいた。 『自分の次元』という閉鎖空間に篭って。

 … 認めたくはないが、『自分の事しか眼中になかった』。 未だ日本を巣食う、ヒキヲタ共の観念と同レベルの『罪』。

「だから… だから、『人は“恥”が原因で死んでいく』なんて、現役武士みたいな… プッチ神父みたいな観念論やめてよ…
 『後悔で死んだ人は沢山居る』とか、だから何なんだよ? かがみが生きてんのは、現実世界だろ? 私の居る現実だろ?」

 そこまでは言ってないがな。 ―だが、そう捉えられても仕方ない。
 過去を恥じる事で、今を『活かす』んだもんな。 これについては、あんたの出任せ― 基、直感に、真理の座を譲る。

 しかし、『覚悟』っていうのh …


「その辺の本屋の新書スペースで叩き売られてる、580円の、私の ― オナニーショーの中、じゃなくてさ!」



「そんなものに― 頭ぁ巣食ってる妄想なんかに構ってられる程、検事って仕事は暇な訳? んな訳ゃないじゃん…
 … いいんだよ、それはそれで。 私の悩みも、私の経験のうちの一つなんだからさ。
 勝手に、共有した気になって、消すのに躍起になられても、正直困るんだよ。 私は私で、かがみの『モノ』じゃないんだから!」


 ― 今日は、特に勘が鈍い。 この子は、判っていたのだ。 自分が、父親のコネで作家となる事が、どんな結果を招くか。

 『親の七光』― この子はそうする事で、自分が一生涯、そのレッテルから逃れられない事を、初めから悟っていた。


「私は、一生、あの人の呪いからは逃れられない。それは受け容れる。

 どんなに正当化しようと、あの人を― 母さんを殺したのは、私だから。」


 だというのに、『私との生活』という、二人の悲願を直ぐにでも実現したいが為に、あえてその道を選んだのだ。

 ― 己の独自性の喪失をも招きかねない、致命的な弱味を、事もあろうに、最大の軽蔑の対象である、父親に握らせてまで。

 この発言の通り、出生時に既に染み付いていた、余りに根深い『業』の意識を、更に何重にも上塗りして、まで。


「でも、だからこそ。 私は、誰よりも幸せに生きなきゃならない。― 一番大事な人を …かがみを、利用してでも。」


 だが、それは私とて同じ事。 私は、確かに、自分の進出の為に、あんたの力を『借りている』。

 日本学生支援機構奨学金と同じ。 この準備期間の終了後から、返済を始めなければならない― 言葉は悪いが、負債だ。

「これは誇張でも自虐でもなんでもない。 事実だ。 私の一生は私自身のもの。

 かがみには、言ってみれば、『ついで』に生きて貰ってるだけ。 私の側で、『事故の保険』みたいに。」


 だったら、私は― 自分の一生をこの子に捧げる事でしか、この恩を完済できない。

 この世に生まれた事を、心の底から感謝できる状況。 ―それを、創り出してくれたのは。 そこに、導いてくれたのは。

 … 最早、言うまでもないだろう。


「そんな偽善者に… そんな手前勝手に、そんな御都合主義者に! かがみは、付いてくんのか? ―そう訊いてるんだ!

 棲む世界は違う、感じ方も、処理の方向性も、人間性の時点で真逆。 それに、気付いてないとは言わせないからね。」


 そう。 どんなに自ら否定してみせた処で、あんたの本位は、本質は、隠せはしない。

 そして私は、その、地球規模の希少価値を、『恥』に貶めさせたりはしない。


 その、無窮の ― 隣人の挫折や絶望をも、優しく受け入れる、“包容力” を。


「私は、私の事しか考えてない!私の都合しか! 全部、誰かの― かがみの為に尽くそうとして… とか、キモい妄想すんな!」


 飴色の、滝。



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