You Know You're Right -Cherry Brandy Mix-

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【管理人注】保管にあたって、作者さんの前書きを引用させていただきます。
『今作は「そうじろう」「かなた」の解釈or位置づけが、(読み方によっては)不快感を覚える可能性のあるものになっております。
が、以降の拙作内(この時系列の末尾作辺りで―何年後になるかは判りませんが;;)でその真意を明かすつもりですので、何卒ご理解の程を宜しくお願い致します。』




  あだばな 【▽徒花】

 (1) 咲いても実を結ばない花。外見ははなやかでも実質を伴わないもののたとえにもいう。
 (2) 季節はずれに咲く花。狂い咲き。
 (3) 祝儀として渡す紙纏頭(かみばな)で、あとで現金にかえるつもりのないもの。
 (4) 咲いてすぐ散る、はかない花。 特に、桜の花。



 “ヒョイ”


 全身を、輪投げの軸にでもされたように。 どこかから、緑と枯れ色の蔓で編まれた冠を投げつけられる。
 冠は、旋毛の下で一纏めにしたポニーテールをものともせず、私の耳の上に乗り、刹那、一斉に収縮し、頭を締め付けた。


 ― 走る激痛。


 蔓は、野薔薇― ノイバラだった。 鋭い棘が、額に、こめかみに、後頭部に食い込み、ポニーテールをぐにゃりと曲げる。
 棘はびっしりと、過剰な程に蔓面に並列しており、額に真一文字の穴列を創る。 流れ落ちる血が、私の視界を遮る。

 眼が、悲鳴を上げる。 水晶体が、涙で滲む。 世界が、朱に染まってゆく。


 無意識に伸ばした右手は、茨の傍らに咲き誇る小さな花弁を捉えた。
 ノイバラなら、可憐な白い花を付ける筈。 ― 摘んで確かめると、しかしそれは真紅。 背景の朱の中でも、尚際立つ深い紅。


 途端に、指が。


 花を摘んでいた右手が、手首が、指々が、突然私の意志とは無関係に、不自然に蠢き出す。
 ハンチントン舞踏病もかくや、という具合に。

 ノイバラの紅と同色のベルベットを、幾筋もその全体に纏い、狂ったように演舞を続ける。
 さながら、大地の裂け目から伸びてきた手。 

 すると、生命線がぱっくり割れ、冷徹な漆黒と、縁に並んだ白い歯牙を煌かせ、私を― 朱に毒された、私の額に向け声高に罵る。


『染まったのだ』。
『染めたのだ』。
『貴様が、紅く染めたのだ』。

『神がその芯髄に与えた、無垢で清らかな純白を』
『貴様が、毒に犯したのだ』。


 不気味な程淡々と、冷酷に、浴びせられる声。
 それは次々と実体化し、一度地上に滴り落ちる。 すると、その跡から土塊の人形が現れ、白い皮を纏い、全身に血色を帯び始める。

 気が付くと、見覚えのない風体の西洋人らに、私は取り囲まれていた。 夫々が得物を手に、感情の籠もらない瞳で私を見下ろす。


『未来永劫、呪われよ。』
『異端め、売女め、魔女め、悪魔め』。
『ケルビムの剣に祓われよ』。

『天意に背く者に、しかるべき報いを』。


 何故か。

 私は必死に、手にした小さな十字架を振り翳し、抗議の、抵抗の呻きを挙げる。
 腹の底から締め出したそれは、しかし言葉にはならず、打ち下ろされる無数の棍棒の隙間を空しく抜ける。
 見ると、私の足元には、真っ赤な軟体が釘打たれている。 口腔の空隙に指を入れ、それが自分の舌だと直感する。

 首を巡らすと、そこには3本の木製の十字架が立ち並んでおり、中央のもの以外には、既に人が架けられている。
 両掌に釘を打たれ、首に、悪魔の名入りの首輪を嵌められて。 ―この、空きに、私が架かるのか。

 止む事のない暴力の嵐。 ― だが、不思議な事に。
 どんなに苦痛を与えられ、地上に血溜りを作り、身体が只の肉塊に近付いてゆこうと、
 私の利き手は、決して掌中の錫製の十字架を、手放そうとしない。

 溢れる鮮血の中、薄れゆく意識の片隅で。
 その左手は、ひとつの神の教えのシンボルの表面に架けられた、何かしらの似姿を、
 凶打から、若しくは自分の血の穢れから、守り抜こうと必死だった … “らしい”、ことに気が付く。

 その銀色の偶像の面には、異邦の神が ― 神社の娘には明らかに不吊り合いな、髭面の半裸体が、浮き彫りにされていた。



  ― 『 You Know You're Right 』 ―


「え、桜?」

「隣の地蔵通り商店街の辺り、夜桜が綺麗なんだって。 一昨日、上野公園には行けなかったんだし、ちょっと出てみない?」

「んー …」

 ― 変わってここは、至って平穏な21世紀。 東京都文京区千石2‐MN-KK、安普請のアパートの角部屋の、こなたの部屋。
 因みに、誤解があると面倒だから一応付け加えておくと、ここは私、柊かがみの自宅だ。…住民票にもそうあるから間違いない。

 この子が押し掛けてきてからというもの、同棲を巡って様々な変動が相次いだが(この部屋はその一例。元はリビングだった)、
 今ではそれらにも慣れ親しみ出せていて、W大大学院法務研究科の3年生(進学手続きはまだ)で検察官志望という立場の私は、
 高校時代からの親友で今や売れっ子作家のこの子― 泉こなたの収入や生活の知恵に、何とか支えられながら日々を生きている。

 明け方頃に見た、極めて寝覚めの悪い夢のせいで、今日は一日を無駄に過ごした気分だ。
 派遣先(←バイトの)での失敗(呆けている、等という粘着質な注意を2,3度受ける)や、愛用のカップを散らばせたのに始まり、
 日課である刑法の暗誦すら、定期的に脳波に纏わり付いてくる妄想の為に、思うように進まなかった。 ―全く、気分が悪い。

 こんな調子で明日以降も予定を掻き乱されてはたまったもんではない。 しかも、今晩も同様の夢を見る可能性だってある。
 そこで、寝る前に爽快感を覚えられるような体験を― という事で、丁度東京で見頃(8部咲き)の、夜桜の観賞を思い立ったのだ。
 勿論、23時直前の今から夜食を抱えて遠出をする… つもりなどなく、ちょっと隣の区まで散歩を、といった程度のものだ。
 また、最近新作の構想一辺倒のこなたにも隣を歩…基、桜並木の下で鋭気を養って貰えれば、等と口実を作り声を掛けたのだが…

「… 悪いけど、パス。」

 こなたは、つれない返事。 ― 無理もない。
 先月、第5作目となる『【畜群】道のすゝめ』を発表し、全国書店の統計で、5週連続売り上げNo.1の記録を打ち立てたばかり。
 だというのに、もう次作の企画を受けている有様で。 ― まだ疲労も充分に抜けきっていないだろうに。

「何でまた。 学生時代よろしく、尻に根でも生えてきたか?」

 分かり易い形で囃してやると、しかしこなたは、その先月辺りからめっきり変化の乏しくなった表情を矢張り揺るがさず、
 すっかり冷め切った焙じ茶の残りを、傍らの寿司ネタ茶碗から喉に流し込み、鼻から深く息をつく。
 その仕草から軽微な苛立ちを直感し、これ以上の刺激は避けようと、「別に強制はしない」等と言い訳がましく付け加えると、
 丁度それを遮るタイミングで、こなたが、誰に伝える風でもなく、ぶっきらぼうに、口走った。


「… 母さん、思い出すから。」


 ― その言葉に、後頭葉の辺りに、痺れ… というか、余り心地良くない、もっと言えば、「窮屈」な『ざわつき』感を覚えた。


「特に、最近は。 あのクソ脳が私の直木賞受賞に乗じて出した暴露本のせいで、どうにもあの人の顔が頭から離れなくてさ…
 ― 何が“泉こなたの正体”だ、ふざけやがって。 『娘一匹で最大の獲物が釣れたわ!』かよ、片手で剛掌波でも撃ってろ。」

 あぁ、『神ではなく私に祈るのだ!』か。 …全く、この子の影響で少年誌に慣れたはいいが、この後遺症、随分長引くな。
 言うまでもないが、『クソ脳』っていうのは『脳味噌がクソで出来てる某』の略。 この子が、自分の父親を指す際の代名詞だ。

 多分、『獲物』ってのはサト… 基、そうじろうさん自身の「名声」とか「威厳」を指してるんだろう。 勿論、直接的なものではない。
 自分の量産する古典的な恋愛モノを世間から飽きられていた処に、スパートし出した娘。
 血縁を頼りにお零れを… っていう、こういう姿勢は、界隈の先輩として、何より父親として、情けないっちゃあ情けない、か。

 兎に角、最近のこの子の父親への憎しみは、増加、深化の一途を辿っている。

 処女作で逃した同賞を、3年後に、前作、『打ち違えた【yod】』で見事正式に取得してからというもの、
 この子には報道、出版業界を中心に、各方面から仕事のオファーが殺到する事となり、
 あれから1年、比較的安定してきた(らしい)現在でも、傍からは幾つの仕事を掛け持っているか判らない程。

 この、こなたに嬉しい(ばかりではないのだが)悲鳴を上げさせている境遇にちょっかいを出してきたのが、
 他ならぬ、こなたの作家デビューの(総合的に見て)切欠となった、同じ直木賞作家の父親・泉そうじろうさんなのだ。

「これこれ、仮にも切欠くれた恩人だろうが。 しかも実の父親になら、もう少し言いようもあるだろ?」

「だからこそ、だよ。 その一方で、『跡を継がせるつもりはなかった』とか書いてんだよ? だったらどうしてヲタにした?ってゆー。
 … しかもあの野郎、私のみならず、母さんの人生まで餌にしやがって… 死んでも許せないよ、あれだけは。」

 大御所としてこの子に更なる切欠=試練を与えたいのか、はたまた娘の急激かつ過剰な進出に嫉妬したのか、
 兎も角その手法は、作家として以前の― 人間としてどうか、というレベルの問題を孕む、かなり汚いものだった。

 即ち、世間に名の知れてきたこの子の過去を、実父という信憑性を武器に洗いざらい書き出し、世に公表する、というもので、
 その手口として、彼は我が物顔で愛娘である筈のこの子の聖墳を暴き、出土したものを彼自身の名誉と利益の為に『利用』した。
 この、自分の愛したものへの最低ラインの敬意すら見失ったような蛮行に、この子は遂にぶち切れたのだ。

 それは、こなたの亡き母親への想い… この子を己の命と引き換えにこの世に残した、という、
 どこぞの聖人相応の高潔な人間性への、純粋な憧憬と敬愛を踏み躙り、
 少なくとも学生時代には揺らぐ事のなかった、この子の他者への『信頼』や不器用な『労り』という本質を、酷く不安定にさせた。

 作家界がどんなものかは知らない。 だが、人間の多様性の主張の為に、他の人格を否定する、等という矛盾が罷り通る程、
 社会性からかけ離れた界隈ではない筈だし、『表現の自由』という法の項目を誤解している共同体だとも思えない。
 また、我が子を崖下へ突き落とす獅子のような孤高の精神が、かの着流しをまとった自称ハイエナ氏にあるとも到底思えない。
 取材と称しては変質者紛いの行為に及んでいる辺りに、その実態は見て取れる。 人は見た目が9割。言行不一致=害獣、なのだ。


「… 確かに、あんたの作品でのそうじろうさん批判に対抗して、って含意もあったんだろうけど、あの書き様は酷かったわね。
 『かなたへの崇敬に基く妄想が、娘の唯一の生き甲斐』だとか。 幾ら近しい縁でも、だからこその礼儀は必要だろうし。
 文面では『久遠の、無窮の慕情』とか書いてても、自分の矜持とか誇りとかいう、些事にかけては必死。 所詮は男、ってか。」

「全く。 あれだけベタベタ擦り寄ってきてたのが、ここへ来て『モノ』扱い、だよ。 エゴイストん中でも群抜いてるね、あれは。」

 高校時代、この子の自宅で出くわした、そうじろうさんの娘への溺愛ぶりは、傍から見ていて気の毒さすら覚える程だった。
 一説によると、愛と憎しみは表裏一体と言える程性質的には近い感情であり、些細な事柄で逆転してしまいがち、だとの事。
 これを前提に鑑みれば、同じことがこなた自身にも言えてくる。 そのこころは、『子は親のかがみ』。お後がよろしいようで。

「どうもあの人は若いうちに亡くなっちゃったから、あの花とダブるんだよ。 誕生日は晩夏だってのに。」

 愛用のVAIOに向き直ったこなたは、ウィンドウ一杯の文字列(ワードの)を畳み、画面左端のスタートをクリックし、ネスケを開く。
 … 確か、8月20日だっけか。 コスモスが綺麗な時期だ。 そういえばこの子の実家はよくコスモスを花瓶に挿していた。

 ― む、漢字にすると、「秋桜」。 その由来は、花弁の形が似ているから、らしい。(byみwiki) この子は気付いてんのかな?


「実はね、ほんの餓鬼だった頃、あのクソ脳に、一度その直感打ち明けたらね …」

 メールの確認作業と併行する形で、照れ笑いのように、鼻先で吐息を弾ませながら、こなたは続ける。
 流行や、政治家の失態を蔑む際に見られる、この子の文を借りれば、『呆れ返り感を漂わせ』。

「何だって? 月並み過ぎるけど、『お前、作家の素質あるぞ!』… とか?」

 これで、いつも通りの会話に戻ったかな… 等と、不本意ながら油断していた処。


「初めて、手ぇ上げられた。 つまりは、殴られた。」

 ― そうも言ってられない空気を、吹き入れてしまっていた。

「…ってのは大仰かな。 でも少なくとも、ビンタは張られたよ。 それ以来、桜は私の無意識の中ではご法度になった。」

 流石にみんなの前では、んな事悟らせる訳には行かなかったけどね。 と、クシャッと破顔してみせるこなた。

 ― 訳が分からない。 娘の天性を摘むような真似をして何が楽しい。 あんたは作家だろうが。


「そんな経験の上にさ、大学時代に梶井基次郎の短編なんて読んだらもう、あの物憂げな潔さが偽善にしか見えなくなった訳。」

 さて、誰の事だったっけか。 ―進学後、正しい文章力を養うべく、ラノベに限らず様々な本を乱読してきた私ではあるが、
 タイトルや内容は兎も角、著者名となると、途端に記憶が追い付かなくなる。
 私の読書スタイルとして、まず内容に重きを置いており、著者のステータスにまで気が回らないのだ。


「『桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。』」


 ― ―

 あぁ、その話の事か。 …何かしら、厭な記憶を掘り起こされたような気分だ。


「どんな美しさの裏にも、人の生き血が流れてる。
 外面に顕れてる『綺麗さ』の土台を、見るに耐えないものが支えてる、ってね。

 こう考えちゃうと、儚さっていうのも、『演出の一環』に映るから不思議だよね。」

 … そして、成る程、この子の心の手足の、自由闊達な動きを妨害している、何かしらの『意志』の存在が明らかになった。
 それは、その体温の記憶と共に常世に逝った、この子の母親についての、恐らくはこの子自身が創り出した、妄想に近いもの。

「こんな奴と一緒に花見しても、つまんないでしょ。 2ちゃんねらー(笑)相応の現世否定派なんかと。」

 つまり、彼女が後世に綺麗に語り継がれる=名を残す為に、わざわざ自殺紛いの選択を… 等という、ドス黒い妄想に憑かれている。
 親の心子知らず、とはいえ、幾らなんでもこれはあんまりだ。 日々VAIOに向かって、どれだけ心に汚泥を注いでいるのか。

 昔の私ならこの上一喝して、高らかに人道を語るような真似に出たんだろうが、流石に今となってはそんな恥を晒せる余裕はない。


「… あんた、疲れてるわね。 ― でも、そりゃそっか、新作発売からまだひと月とちょっと。
 こんな時期にいきなり次作の骨組み仕上げたー、とか、最近ちょっと根詰め過ぎじゃない?」

 すると、妙にねちっこい剣幕で、こなたが言を返してくる。

「甘い甘い甘い、シロップ注いだシンデレラよか甘いぞかがみん!
 新米作家ってのは、立て続けに名作繰り出すー位の意欲とか勤勉さとか、世間にちゃんと誇示しとかなきゃ、すぐ忘れられる。
 作品がどんなに売れててもね。 積極的に働きかけとかないと、あの高尚な『御頭脳様』方の領域に留めといて貰えないんだよ。
 『自分の人生の役に立たないもの、世風に乗ってないものは、端から忘れられる』 …現代ってのは、そういう時代だから。」

 ― ん? 『忘れられる』…? 作家なら恐れても致し方ない次元の話だが、先の言葉とは違和感g… 違う、私の早とちりだ。
 つまり、この子はどの作家― 否、どの人間とも同じように、「忘れられる事」を「恐れている」。Dr.ヒルルクの名言然り。
 だったら、例え物心つく前の事だったとしても、母が子である己に、揺るぎない愛を残してくれた事を、忘れるられる筈がない。

 そうか… 前言撤回、この子が母親に関して抱えている妄想は、性質が逆― 即ち、「敬意」方向のものだ。


「兎も角さ。 …自信ないんだよ。」

 そして、この子は同時に、全く異質で別方向からのベクトルをも、その身に受けている。
 恐らく、背後から。 『場の空気』のような、認知できない存在を文化の圏外に追放する類の、抜き身の懐刀を突き出した概念に。

「今の私に、まっすぐあの花を見る自信が。 直感の位相で、『綺麗だな~』って、素直に捉えられるような自信が、ね。」

 つまりは、極端に言えば、「脅迫されている」。 こうあらねばならない、という、社会に渦巻く固定観念に基いた、『何か』に。

「あんたの斜に構えっぷりとか理屈っぽさやらには、高校時代から慣らされてきたつもりだけど?
 卒論は、哲学とか社会心理学寄りだったんだっけ? そういう大学生活もあってか、最近ちょっと傾向は変わってきてるけど。
 でも、こうやってすぐ傍で付き合ってきてんのに、今更何よ。 そりゃ四六時中ってのは勘弁だけど、たまになら付き合… 」

 妙な警戒心を持たせても後々言い訳に手を焼く。 あくまで日常レベルの言葉で、この子の内奥への接近を試みた… のだが。


「… から。」

「えっ?」

 こなたが、口を挟む。
 一層トーンを落として、囁く… 否、公衆の面前で聞き分けのない我が子をあやす際の、怒気を含んだ耳打ちのように潜めた声で。

 … いや、まだ違う。 学生時代の悪癖よろしく、冷静さと牽制の意を言葉の盾にしているせいか、
 その背後に隠れているものを一際読み取り難い。 職業柄(互いに)素直になった最近は、久しく聞いていなかった。 これは…?


「その、すぐ傍に居てくれるのが、もう、かがみしかいないなら。 … 私には。」

 ― 『寂しさ』。


「… …」

「自業自得もいいとこ、なんだけど。」


 『ファンの代わりに、友達は減った。』

 この子が、栄光の日々を過去に追い遣り切った際― 5作目発表の日の朝、私に洩らした本音の一。

 色んな意味で、この子はギリギリなのだろう。
 普段己が身に纏っているものを、逐一手に取り言葉に変えてゆく作業の労苦、私には想像すらできない。 基、する権利もない。

 しかし、最近のこなたの様子は、どうにも目に余る。

 かつて並居る友人達の前で、軽佻浮薄にひけらかしていた自分の世界の上っ面とは、明らかに次元の異なるもの―
 つまりは、自分の真心までを真摯に観察し直さなければ、幾ら小説とはいえ、『大衆に買って貰う文』という城壁を
 突破できるような文章は生み出せない ― 近日のこの子の発言からは、こういった固定観念の類に囚われている事が伺える。

 そしてそれは、自分の視界から入ってきた情報をその端緒から曲解する、被害妄想、という、最悪質な要素を引き連れてくる。

 そういえば、街中で一人の時はもとより、家の中でも最近はちょくちょく黙り込み、思索に耽るこなたの姿をよく見かける。 
 何とか発散の機会を設けようとこちらから働き掛けもするのだが、その度誤魔化されてしまう。 これでは、逆にストレスだろう。
 だが、この子はそれすら堪えようと、最近では食事と就寝以外の時間は私と居合わせることを避けている気配すらあるのだ。

 … あんた、この侭じゃ壊れちゃうよ …


「ごめん、丁度切れてたから、気分転換がてらお茶買ってくるよ。 リプトンのレモンでいいよね?」

 ― VAIOがシャットダウンされる。
 私のしかめ面に居心地の悪さを覚えたのか、こなたはそう言い残し、着の身着のまま、真夜中の千石に踏み出していった。

 創作期間中の深夜外出はよくある事。 ― なのだが。 矢張り、見送る背中と纏う気配に、心身の不健康さは滲み出ている。
 日毎失せてゆく生気と共に、何か、重大なものを衰弱させている気配を感じる。 …それが何か、具体的には示せないけど。
 さては… 信じたくない事だが、愈々飽きられてきたとか。 かといって、何が原因だろう? 最近就寝時間がずれてる事、か?

 等と、古典的で地に足の付かない疑心暗鬼に駆られながら、ふと、ベランダに目をやると ―

 そこには、見るに耐えないものが打ち捨ててあった。 ― 所謂、あの子の、心の襞のようなものが。


 3年前、この子を受け入れる際の条件として、やめて貰った筈の煙草の吸殻が、床一面に散乱していたのだ。
 その大半が、この子の趣味である鉢植えの脇に巧妙に隠された、鈍銀製の灰皿にも収まらず、こぼれ出ている。

 窓を開け、ベランダの一角を覆う、薄汚いながらも、白黒両極端を示す色彩の灰を眺める。
 ― そこには、この子がその作品内で毒と共に撒き散らす、暖色や慰めのようなものは、欠片も見当たらない。 

 更には、そのすぐ側の排水溝には、今さっき流し込まれた(吐き出された?)ばかりの、水の跡が斑を打っている。


 … リアリティ、か。 これが。



 ――――


「いたいた。 ―分かり易い奴っちゃ。」

 こなたが気晴らしに出て1時間、最寄のコンビニまで10分も掛からない筈が、一向に戻ってくる気配がない。
 メールを入れると、返事は「眠かったら先寝てて」とだけ。 ― ここで、こなたの現在の居場所と、戻らない理由が直感できた。

 なにしろ、今さっき桜の話をしたばかりだ。

 … 私も舐められたもんだな。 同じ生活3年も続けといて、不調時のあんたのパターンなんぞが判らいでか。
 しかも、誘い出し方まで台本通り。ツンデレ師範代(or私への当て付けとすれば天性の天邪鬼)の称号、あんたにこそ相応しい。

 とはいえ、ここから徒歩で30分は掛かる距離だ。
 履き慣れた紐靴をつっかけ、愛用の皮ジャケに腕を通しつつ、誠に世話の焼けるうちの姫君のお出迎えに上がる事にした。

 今頃、巣鴨駅周辺の、この時期は深夜もライトアップされている辺りで、呆けてる筈だ。


 ― こんな感じで、『やってきました豊島区巣鴨』。

 同駅前の、ファストフード店や(巣鴨名物の)薬局が立ち並ぶ ―9割はシャッターを下ろしているが― アーケードを進み、
 左手にマクドナルドが見えてきた辺りで、私は、アーチに切れ目を入れている十字路の向こう側に、
 竜胆色の馬鹿毛をちょこんと立てた、くだけた服装の少女(外見のみ)が立っているのを見つけた。

 この間整備の終わった巨大地蔵のいる、『真性寺』の前だな。 あの境内から外界に枝を出す桜に、見入っているのかな。

 断りもせず寄り道した罰だ、少し驚かしてやるかw ― 等と思い立ち、足音を潜めて未だ営業中のラーメン屋を横目に歩き出す。


 すると。


 真性寺の正門前、丁度比丘尼さんが、祝日以外の日に托鉢に立っている辺り…
 つまり、こなたが見遣っている樹の、(門柱と塀がなければ) 丁度根元辺りに。
 その間抜け面の向かう先― あの子の今の焦点の、丁度真下辺りに。

 瓜二つの、小柄な翳が見える。


 外套のように、踵近くまで伸ばしきった紺碧の髪を、優雅に風にはためかせ、遠くを眺めるような両の眼を空に彷徨わせる。
 しかし、この紺碧は、いつものそれ― 竜胆色、とは明らかに異なる色彩だった。 慎ましやかな気品を纏う、いわば『桔梗』。

 また、馬鹿毛や黒子の有無、目つき等の仔細な違いはもとより、
 私の見慣れた、すぐ傍でアホの子を演じている個体(←目下の翳に気付いてもいない)との決定的な差異は、身辺に放つ、空気。
 攻撃性を完全に内奥に収めた、純日本美人風の佇まい。 鍔広の帽子とスカートが、一層その慎ましさを引き立てる。

 見覚えが、ない筈がない。 この子の生を己の寿命と引き換えにし、20代で彼岸に旅立った、この子の、永遠の目標。


 … 泉 かなた、さん。


 夢か、現か― 等という、チープな定型句の指示する情景とは、確実に一線を隔した現象。
 恐らく、第三者視点を以ってしても(無論見えることを前提に)、明らかな、地に足の着いた現実として、
 私の実在至上主義的視点を、この信念と共に、大きく惑わかす。


 そして、不思議な事に。

 実際には(当然)面識のなかったこの人を、三次元界で初めて目にした今、刹那、私の胸中に去来したのは …

 ― 何ともはや、軽微とはいえ、『憎悪』に近いものだった。


 何故なのか。 院や家庭での― 理性を主軸に活動している(筈の)私には、全く判らない。
 この人は、墜ろせば自分の命は助かる筈だったこの子を、肉体への負荷を承知で産み落とした偉人 …だと聞いている。
 常識や倫理に鑑みれば、歴史上の人物と同様に、私が直接的な負の思念を彼女に叩き付けるような由縁はない。

 だが、ひとたび自分の感情的な側面に目を向けると ― その理論や常識の影に追い遣られた、穢れた品々が見えてくる。
 『この子の負い目の原因が、今更何をしに来た。』、『死人に用はない。』、『これ以上この子を引き回すな。』、『自縛霊め。』 …
 先程こなたの部屋(兼リビング)のベランダで目にした灰の色(主に黒)と同様に、極端に寄った思念が次々と浮上してくる。


 そして、理解した。 私は、今や彼岸の存在であるこの人に、「嫉妬」に近い感情を、抱いている ―

 しかし、そのベクトルの先端 ―つまり、この人の“何に対する”嫉妬なのか― については、全く思い当たる節がない。
 第一、この人についての正確な知識、認識など欠片も持たない身で、何を妬くというのやら。

「何の …」

 御用ですか。 ―前頭葉に生じたままの言葉を口にし掛けた処で、はた、とこなたがこちらに気付き、反射的に首を巡らせてくる。

 刹那、その子の母親を象った翳は雲散霧消し、彼女が立っていた位置で脳の齎す錯覚が、逆にそこが無人である事を主張する。

                                                  ウツシヨ
 … 白昼夢? いや、昼じゃないんだしな。 春の暖気や花蔭やらが折り重なって、現世に醸し出した幻影、だろうか。

 そういえば、今宵は満月だ。 季節柄の上に、この不気味で心地良い光まで加わったら、確かに、何が起こるかは判らない。
 しかし、そんな『この世の原理』レベルの再確認は、フィジカルな次元の情報だけで充分だ。
 丁度来月からは、模擬裁判が重なる学期。 “人の間”に現出する宇宙の多様性故か、全く、世の中は信じられない事ばかりだ。
 だったら、己の視覚からの情報に捕われる事自体、安易な妄想に違いない。


 「あ…」 という、こなたの呟きが、私を完全に現実に回帰させる。


「『熱心な学生さんね。』」

 サガフロだっけか。 5作目発表後、ニコ動にこのネタの動画を投下していたこの子位にしか通じない、レトロな台詞だ。

 こなたはこのヲタ性にすぐさま反応し、お得意の、眉根に皺を寄せ上目遣いにこちらを見るスタンスを取る。

「すいませェん、大統領。 散歩がてら商店街に入ったら、この枝の前でクラフトワークを喰らってしまい…」

「コンビ二なんぞ間に幾つもあったろうに。 そこ(駅の隣)には24HのSEIYUもあるし。」

 徒歩に要した時間から考えて、この子は初めからここに向かうつもりで、地味な室内着のまま夜の街に出てきたのだ。
 横断歩道を渡り、こなたの真ん前へ。 目を細め、睨みつけるような視線を送ると、こなたはわざとらしく肩を竦めてみせる。

「… 可愛い奴。 息からタールっぽさ消すのにうがいまでして。 あんたの性質なんざ、とっくにお見通しだってのに。」

「分かんないかな、沽券ってやつだよ。 かがみを、私の傍にふん縛っておく為の、さ。」

「あぁそうッスか。 縄廻されてんのはどっちなのやら。」

 しかもあんたは、私がその全身に絡めた縄を、自らサディスティックに引き締めている。 その柔肌から、血が滲み出る程に。
 幾ら私が攻受自在といっても、自傷SMはお門違いだ。 ―今のあんたには、そういう抜き差しならなさすら見え隠れしている。

 しかし、その一方では、しっかりと『相変わらず』だ。

 こんな深夜に一人行き先も告げずに出歩いておきながら、悪びれもしない辺り。 ―こういう付き合いには確かに慣れ切っている。
 が、この子の専攻した社会心理学に不可欠な「共同体倫理」には明らかに反している。 罰として ―その整った鼻を摘んでやる。

 ほん、げげへ… なんぞと再現し難い声を上げ、おどけてみせるこなた。 ―そう、それくらいの方が、あんたは魅力的だよ。
 同時に、自分の目尻から力が抜けてゆくのを感じる。 『人を感動させるもの』 …あんたはまだ判らないのか。

「話しなよ。」

「えっ。」

 鼻から手を離し、息が噴出すの確認してから、私は本題を切り出す。
 対してこなたは、厄介事に直面した際のリアクション。

「少しでも、あんたの役に立っとかなきゃ、私がこんなにあんたと密着してる意義はない訳だし?」

 だから、言ってやった。 学生時代のあんたにも― 基、あんただからこそ伝わるようなニュアンスで。 

「『弱みを握ってやろう』とか、私とて、そこまで性悪じゃない。
 検察志望で実習中の身にはあるけど、よもや模擬的にだって、起訴する訳でもないんだし。」

 ふざけ半分とはいえ、私の攻撃性を最初に正面きって指摘してくれたのは、この子だった。
 だったら、わざわざそれに則った言い回しで、それとは逆の印象を与えてやるのも面白い。

 しかし、今の全身蒼尽くめのこなたに、その本意は通じず、

「― 好意は、受け取っとくよ。勿論。」

 と、受け流されてしまう。

「でもさ、これは『踏み越えちゃならない一線』って奴だよ、かがみん。
 野生の動物と同じ。 人にはさ、一人で乗り越えなきゃならない問題だってあるんだ。
 コレ、ヲタ時代には既に、自分の常識の範疇、だった。」

 … 何だか、普段の私の有様を改めて提示されている―“鏡”に映し出されているようだ。 合わせ鏡で悪魔でも呼ぶ、ってか?
 常識やら固定観念やらに、凝り固まった思考群。 私そのものだ。 …無論、普段のこなたの柔軟性からはかけ離れている。
 しかしここで「いつものあんたじゃない」等と切出すのは、人類が月面基地を完成させている現代に天動説を説く位の恥曝しだ。
 自分が隣人に望む状態を作り出すには、当の自分が働き掛けなければどうにもなるまい。 

 私は、溜息にならないよう僅かに気を張った上で、鼻から静かに息をつきながら、首を上げる。


「この下に、『屍体』、か。」

 目前の、巨木の枝先に可憐に咲く桜は、時折吹き付ける生暖かい風にその身を委ね、上下に、或いは左右に、所在なく揺らめく。
 霧を撒く花、という話を小耳に挟んだ事がある。 まさに、こんな感じか。 この雰囲気が、先刻の幻覚を齎したのなら、納得いく。
 枝に咲き誇る桜の一塊一塊が、否、一輪一輪、一片一片が、霊気のようなものを纏っている気配を、確かに感じさせる。
 ― これが、その屍体の御霊だとすれば… 成る程、小学生辺りにトラウマレベルの怪談『は』出来上がりそうだ。

「罰当たりな事言うよ。 国花にさ。」

 突風に吹き落とされたのか、その一輪が丸々コンクリートの上に落ちている。 私はそれを摘み上げ、目の高さに持ってゆく。
 … 丁度、今朝方見たあの不愉快な夢の中で、ノイバラの花を摘んだのと同様に。 ― そういえば、桜もバラ科だっけか。
 目の前の寺院は、あの時手にしていた錫の塊とは無縁の、真言宗系のお寺。 …何だか、色々と象徴的だなぁ。

「著者の生涯を知らない身から言わせて貰えば、如何にも日本人らしい、奇衒い感とか必死さ、嫉妬深さしか伝わってこない。
 西洋近代思想界でいう、ニーチェとかサルトルとかを気取ってるんだろうけど、『だから何だ』としか、感想は出ないな。
 判官贔屓というか、個性至上主義というか… 院の弁護士にも厭な奴居るんだよ、冤罪は死より重いー、とか言って。」

 無論、その短編に目を通した事はある。

 だが実を言うと、今から己が繰り広げる殺人に猟奇性を吹入れようと、或いは己の殺人衝動を正当化しようと躍起な『俺』に、
 そして筆者に対する憤懣から、図書館のものである筈の同書を投げ捨て、壁に叩き付け― 等という暴挙に及んでしまった。
 … 私は、こうした「狂気」を追求するような文章は完全に著者の自慰行為の一環である事を確信している性質で、
 こなたの文章にも再三忠告(の皮を被った価値観の押し付け)をくれている。 今までオシャカにしてきたラノべも数知れない。

 ― 「何様だ?」等と訊かれても、「人間様だ。」としか返せないが。


「… どーせ心配になってわざわざ呼びに来てくれたんだろうけど、その上何? 私にとどめ刺してやろう、って?」

 等と言いつつ、口端は充分ににやけている。 ―この程度、私にだって読める空気だ。

 つまりは『誘ってる』。 この子がわざと誤解を招くような表現を文中に含める時は、9割が「発言を求められている時」、だ。



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