いふ☆すた EpisodeⅤ~ココロに降る雨がその大地を潤す~

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――かん、かん、かん、と…

金属を叩くような音が、一定の調子であたりに響いていく。

空に向けて伸びる螺旋の階段の、どこまでも続いているような錯覚に、私は軽い絶望感さえ感じてしまう。

夜の深い漆黒や、人一人いないかのような静けさは、昼の明るさや喧騒といったものを知っている私にとっては、更なる不安を与える要素にほかならない。

…だがしかし、それは、今の私にとっては無用な感情なのだろう。

大切なことは
ただひとつだけでいい。

私は今だけ、それ以外の一切からココロを閉ざす。

それ以外のなにものにも、私が歩みを止めることはあってはならないのだから。

この階段の続く先。
未来へと続くその向こう。

私の『 答え 』は、もうすぐそこにある。



「いふ☆すた EpisodeⅤ~ココロに降る雨がその大地を潤す~」



一日目は、気のせいだと思っていた。

二日目には、何かがおかしいと感じていた。

三日目にして、やっと私の考えは確信に変わった。

…かがみが私を避けている。
三日前、デートをした、あの日から…

以前みたいに彼氏との用事とか、そんな理由も一切見せず。
それ以上に、明らかに私の存在は、かがみの目には映りこんでいない。
徹底的に無視をしているのだ。

やっぱり…

あの時のかがみの涙はこれだったんだ。
私がたぶん、何かとんでもない事を、あの時、彼女にしてしまったんだ。
無理やり休日につき合わせたことかな?
プレゼントが気に入らなかったとか?
それとも…あのことがバレたのかな…
考えられるだけ、並べられるだけの理由を自らの心のテーブルに置いていく。
でも、一番の不安は、常に私の中に存在していた。
それはいつも厳重に鍵をかけ、鎖を何重にも巻いて、出来るだけ私の目に触れないように奥の奥にしまいこんでいるはずなのに。
そっとそっと、恐れるように、テーブルの上にそれを並べた。

『かがみは実は私と一緒にいるのが嫌なんじゃ』

いつか、ありえないと語った私の不安。
それが現実に色を帯び、私のココロを駆り立てた。
とにかく、かがみに会わないと。会って話を聞かないと…
限りなく透明になってしまった私の存在は、もう、かがみには届かないかもしれない。
それでも、私は放課後の廊下を力いっぱい翔った。

「―ハァ…ハァ…ッ、かがみ…っ」

まるで溺れてしまっているかのように必死に口から呼吸をし、心臓は小動物のそれのように軽くて早い息継ぎをしながら全身に酸素を送り続けている。
喉の奥が熱い。
息が切れる。
手足が私の意志を無くし、喉が焼ききれ、声が枯れた。
それでもただ、私の愛する人の名前をココロの中で叫びながら走った。
まだ、彼女との道筋が、私と繋がっていることを信じて。
そして、私の本当の願いを込めて…

…私は叫んだ。

「――かがみっ!!」

階段を下り、下駄箱に向かう廊下にかがみの姿を見つけた私は、自分が持てるありったけの声量で、彼女の名前を叫んだ。
周りにいた生徒は、一斉に私のいる方向を振り向く。
でも…彼女には届かない。
予想はしていた。…していたはずなのに、ずくんと鈍い痛みが生まれる。

走る速度をゆるめずに、歩き去るかがみを追い抜き前に出て、両の手をいっぱいに広げ、まるで受け止めるように立つ私。

「ハァ…ハァ…んくっ…」

まだ、息が荒い。
枯れた喉が、私が彼女にぶつけようとしていたありったけの想いを塞き止める。
かがみは…そんな私を、ただただ無感情にも見える冷たい瞳で見下ろしていた。

「ごほっ…か、かがみ…」

目が合った。今まで見てもくれなかった目が。

「…こなた」

そして、私の名前を呼んでくれた。私を私と認めてくれた。

うん、そうだよかがみ。
私はここにいる。ここにいるよ?
私はかがみのそばにいる…!

無感情に発せられた音だったとしても…私はその時、切なくなるくらい嬉しかった。
私が無視をされたのは何かかがみにしちゃったから。どんなことなのかを聞いてそれを謝れば、きっと今まで通りにかがみのそばにいられる。
今までだって、些細なことで喧嘩もしたし、仲違いもしたよ?
でも…でも!
いつもお互いが許しあってさ。いつも…最後には笑っていられたよね。
些細なことじゃ終わらない。
そんな、強い信頼がかがみとの間にはあるって信じられてた…
信じていたから、私はかがみの前で自分を偽ることを、やめた。
私はアニメやゲームが好きで、重度のオタクで、めんどくさがりでだらしなくって…
空気が読めなかったり、素直じゃなかったり、かがみのことが大好きだったり…
かがみなら全部受け止めてくれる気がしてた。
許してくれる気がしてた。
だけど…

「かがみ、あのね? 私―― 」
「こなた、私もそろそろ言わなくちゃって思っていたのよ」

私の台詞をさえぎるように、かがみは静かにそう告げた。

「私ね?実はさ、ずっと…」

そんな私の幻想は、このあとに告げられるかがみの一言でボロボロに壊された。

「ずっと…こなたのこと…」

これはかがみから私に向けての想いの告白。
告白は「好きです」ってキモチを告げるためのものだって、勝手に解釈しちゃってた。
私は今日初めて、告白って言葉の意味を知る。
これは告白。
隠していたココロの中を、打ち明けること。
たとえ痛みを伴うものだって…

かがみは最後にこう告げる。

「…嫌い、だったの」

と、静かに焦らすように、ゆっくりと。 
私が大切にしまい込んでいた、箱の中に『 希望 』は…無い。

………………
………
……


「あ、いたいた~。もう、こなちゃんひどいよ~。突然走っておいていくんだもん。…あれ?あ、お姉ちゃん!」

パタパタと駆け音を響かせながらこちらに走り寄るつかさに、私は一瞬だけ意識を移し、そしてまた、思考の蚊帳の外に置いた。

「かがみ…? いま、なんて言ったの?」

「何回も言わせないでよ。聞こえてたでしょ」

帰ってくるのは感情のない返答。
その冷たく突き放すような言動には、以前、かがみから感じていた温もりの一切も感じ取ること出来なかった。

「?、こなちゃん…お姉ちゃん、どうしたの?」

不穏な空気をつかさにも感じ取ったのだろう。私の肩に置こうとした手がその直前で止まる。…私の肩は、震えていた。

「嫌い…?」

何かの冗談であって欲しかった。確認するように、さっき彼女が言った台詞の、一番重要な単語を切り抜いて、もう一度だけ聞き返す。

「そう、ずっとアンタが嫌いだった」

だけど、かがみから帰ってくるのは、私が一番、彼女から聞きたくなかった、あの一言。

「! お、お姉ちゃん!何を言って…!」
「ゴメン、つかさは少し黙ってて…」

割ってはいるつかさを制し、かがみは再び私に視線を戻すと、その冷ややかな瞳で私を見下ろす。感情の欠けたその表情には、私が知る彼女の面影はどこにもない。
突然のかがみの豹変に、私は、ただただ戸惑うしかなかった。
私の頭の中ではかがみが言った『 嫌い 』の一言が、ぐるぐると駆けめぐり、答えの出ない疑問符だけをあたりにまき散らしている。
三日前まであんなに一緒だったのに…どうして?

「……言いたいことは言ったから、もう行くわ」

「! まってよ、かがみ!」

私はとっさに、背を向けて去ろうとするかがみの肩をぐっと掴む。

「――触らないでっ!」

パンッ…と、やたらと軽い破裂音が廊下に響いた。

「あ…」

頬に何か、熱いものが生まれた。
それは次第にじんじんとした痛みとなって広がり、それがココロまで浸食していくようだった。
かがみに…叩かれたんだ。
赤くなりはじめた右の頬を押さえ、私は呆然と、かがみに視線を送る。
かがみは、まるで今にも泣き出してしまいそうな目で、真剣にこちらを見返していた。
あぁ、わかった。もう…終わりなんだね?
かがみの瞳が語っているようだった。
かがみは本気なんだ。
冗談でも、偽りでもなくて、私を本当に、『 嫌い 』なんだ。

「…いつから?」

「…最初から。初めて会ったその日から」

「…どう、して?」

「…理由なんて、無いわよ」

「…なんで今まで…言ってくれなかったの?」

「いままでずっと言えなかった。アンタはつかさの親友だしね」

私から生み出されるたくさんの質問を、かがみは血の通わない声のトーンで事務的に答える。
そっか、最初から…そっか…

「…念のため言っておくけどね。全部、私が思ってるだけのことだから。
だから、つかさは関係ない。
この子は友達が少ないし、私の代わりに面倒見てくれたら嬉しいわ。
でも、私はもう、アンタのそばにいるのは辛いの。
アンタのクラスにももう行かない。
だから、これでもう…」

かがみはぐっと自分の唇を噛むような動作を見せる。
そして…

「…さよならよ」

突き放すようにそう言った。

「…私、ひどいこと言ってるね。だからアンタは私を嫌いになってくれていいの。
さっきこなたをぶったのだって、お返しをしていいのよ? ううん…しなさいよ。アンタの気が済むまで、殴ってくれていい。
それだけのことはしたんだし、その方がお互い、きっぱりと別れられるしさ。
ほら、早く…」

かがみは少しだけかがむと、私に自分の顔を近づける。目は閉じられ、頬を差し出し、私が動くのを待った。
だけど、私は動かなかった。かがみが待ちくたびれて目を開ける。

「…早くなさいよ」

それでも、動かない。動けない。だって…

「…ごめん…」

私はぽつりとそう呟いた。

「こなた?」

「かがみ…ごめんね?」

「な、何、言ってんの…」

「ごめん、ごめん…ッ…ごめん…なさい…っ!」

「こなた、何で!? 何でアンタが謝るのよ!」

後悔と、懺悔が私の頬を伝い、静かに地面に向けてぽたぽたと落ちていく。

「…だって。…だって、だってっ!!
私、かがみが嫌がってるのも知らないでさ。ずっと…ずっと、迷惑かけてたんだ!
ずっと勘違いしてて… かがみに嫌な思い…ずっとさせてたんだよね?」

「ちが、違う、こなた、これは私がっ!」

違わないよ?かがみ。
だって、私、ホントは気付いてたんだもん。
かがみ、時々、私と一緒にいるときに、凄く辛そうな顔、してたよね?
気付いてた、なのにあの時私は怖くて聞けなかった。
かがみから、離れるのが嫌で、ずっとずっと、見なかったふりをして逃げていた。
かがみの気持ちも考えずに、私はかがみを傷つけてた…
これはその報いなんだ。

「ごめん、かがみ。…仕方ないよね。私が全部悪いんだ。
嫌われて…当然だよね」

だからかがみは悪くない。
そう、全部、私が…私が悪いんだ…っ!

奥歯をかみ締め、もれそうになる嗚咽を必死になって我慢した。
伝い落ちる涙を、腕を使って乱暴にぬぐいとり、彼女の最後の姿を見ようと焼け付くくらいに瞳を開いた。
もう、私から彼女にしてあげられることは、一刻も早くここからいなくなって、かがみに近付かないことぐらいしかないだろう。
でも…これで終わりになるのなら、

「かがみぃ、ごめん。でも…これが…最後になるなら…言わせてよ。
気持ち悪いとか思われるかも知れないけどさ…
もう、最後なら…私…言うね?」

伝えてない言葉があった。
かがみがどんなに私のことを嫌いでも、これだけは伝えておきたかった。
これは私の自己満足。
でも、今、言わないとこの先、一生後悔する。だから…ゴメン、言うね?

「私、かがみのことが好きだった。ずっとずっと、好きだった…っ!」

出合ったときから、なんとなくかがみに惹かれていた。
最初は厳しい人なのかなって、ちょっと怖くもあったけど、そんなのすぐになくなった。
頭がよくって、努力家で…でも実はすっごく不器用で、おっちょこちょいで、寂しがりで、甘えん坊で、時々、本当にやさしくって…
かがみがうちのクラスに遊びに来るようになって、よく遊ぶようにもなって、私は凄くうれしかった。
かがみがそばにいるだけで、私は幸せな気持ちになれた。
忘れることなんて出来ない。無かったことになんて出来ない。
たとえ勘違いからきたものでも、私の今、感じているこの気持ちだけは、嘘や偽りじゃなくて本物なんだ。
かがみのことを嫌いになるくらいなら、私は勘違いしたままでいい。
一生届かなくったって構わない。
だけど…

「かがみが…私のこと、嫌いでも…」

想うだけなら自由だから。

「私… 私… これからもずっと、かがみのこと大好き、だよ」

…私はありったけの想いを伝えた。
深い沈黙だけが、私と彼女の全てになった。

永い、永い、沈黙のあと、かがみは…泣いた。

「なんで…なんでよぉ…」

「…かがみ?」

さっきまでの私みたいに、ぽろぽろと雫を床にこぼす。
無感情でいたその表情はゆがみ、それを隠そうと、両手が彼女の顔を覆った。

「…なんで私を責めないのよ!急にあんなこと言われて!殴られて!
ひどいこと言ったのに…こなたから離れようって決心したのに…
何で…好き…なんて言うのよ? バカ…じゃないの!?」

堰を切ったようなかがみの叫びは、次第に消え入りそうなくらい小さく弱弱しいものになっていく。

「嫌いって言ってよ…私なんて大嫌いって…
好きなんて、言われたら… 私、私は…っ!」

さっきまでとは違った意味で、こんな弱いかがみは初めて見た。
俯き、まるまった彼女の姿が、ひどく、小さくて。抱きしめて守りたくなる衝動が、動かないで立ち尽くしている私をいつまでも激しく責め立てた。

「かがみ…だって!かがみのこと、私は…」

「! 近寄らないで! 触らないで…もう、もう…分からない…。
どうしたらいいの? どうやったらあんたは…」

「かがみぃ…」

「こな、た…私、私…っ!」

かがみが何かを求めるように、私の名前を呼びながら、両手を私に差し出した。
でも、途中でそれはぐっと握られ、かがみのもとに帰っていく。
そして、彼女は叫んだ。

「――嫌い、嫌いよ! こなたこと…っだいっきらい!!」

かがみの咆哮が、辺りの音のすべてをかき消した。
涙にぬれた瞳で、私の瞳を射抜いたあと、逃げ出すかのように、玄関へと続く廊下を走り去る。次第に小さくなっていく彼女の姿。

「あっ!お姉ちゃん!! こなちゃん、お姉ちゃんが行っちゃう。追いかけないと…ってこなちゃん、ねぇ行こう! こなちゃん!!」

「…ふぅ…ぅぅう…ぐすっ…かがみぃ…っ!」

つかさが私に呼びかける。でも、私は動かない。
泣きながら走って行くかがみの姿を見ても、その場でただただ涙を落としながらかがみの名前を呼ぶことしか、私には出来なかった。

私は、別離を受け入れた。


……………………
………


私は、じぃっと自室の天井を見つめていた。
いや、『見る』というのも少しおかしい。
今の私は目を開けながらにして、その瞳に光さえ、映しこんではいないのだから。

あれ?どうして私、ここにいるのかな。
さっきまで学校にいたんじゃなかったっけ…?

部屋のベッドの上で横になりながら、ただただ天井のほうを見つめている。
四肢はだらりと乱暴に投げ出され、散乱した本の山に埋もれていた。

つかさやみゆきさんと…分かれて…
そんで、私は廊下を走って…あれ?
なんで私、廊下なんか走ってたんだっけ?

そこから先の記憶がすっぽりと、まるでなかったもののように抜けている。
もしかして私、夢でも見ていたのかな?
…いや、服もセーラー服を着てるし鞄もそのままだ。
学校に行っていたのは間違いない。
家には、たぶん自力で帰ってきたのだろう。
…だめだ、頭が全然働かない。
記憶を一生懸命繋げようとする頭は、ある時点で回転し、ぐるぐると空回りをしている。
まるでそこに映る何かから、私を守るかのように。
なんだっけ…私は焦る。
ひどく重要なことだったはずなのに…思い出せない。

まぁ、いっか…大事なことだったらそのうち何かの拍子に思い出すよね。
明日、かがみにでも聞いてみよ。
かがみなら…
…うん? か、が、み?

…そう、かがみだ。
私はかがみを追いかけて、それで廊下を走ったんだ。
それで…

い、いやだ…
思い出したくない…っ!
ダメだ、そうだ、私はこれから逃げていたんだっ!
いや…いや…やめて…イヤだよっ!
一旦思い出したら歯止めがきかない。
大好きなかがみとの、大切な記憶がよみがえる。
白一色で塗り潰れようとしていた記憶が、鮮やかな薄紫色に染め上げられていく。
無色だった部屋と、私と、私の瞳に、光がよみがえっていく。
かがみがうれしそうに笑っている姿が…
かがみが最後に見せた涙の叫びが…

――私はすべて思い出した。

それと同時に…頬を伝って、何か熱いものが流れていくのを私は感じた。
それは、私の瞳からとめどなく、ひたすらに生み出され、頬を伝い、耳を濡らし、私の蒼く長い髪に融けていく。
泣き声は…あげない。
私は、ただただ静かに流れるままに、じっと開かれた瞳で天井を見つめ続けていた。

別れは、もっとゆるやかに来るものだと思っていた。
でも、別れは、私が想像していた速度をはるかに追い抜いて、唐突に私の前に現れた。
そう、これは今だけなんだ。
今はただ、それの対処の仕方に困っていて、色々混乱しているだけなんだ。

時がたてば、これも思い出にすることが出来るはず。
私が高校生だったときに、全力で好きになった人がいたってこと。
別れてからもずっと一番で居続ける人のこと。

私の…片思いの初恋が…時の数だけ美化されて…

だから、今だけなんだ。
こんなにも涙が流れ落ちるのは。
悲しみや寂しさで押しつぶされそうになるのは。
今、だけなんだ…

だから大丈夫。

…大丈夫。

…大丈夫。

…………

…………

……


「大丈夫……なわけないじゃん…」


つい、出てしまった言葉に、私は絶望した。

何が…『 大丈夫 』だよ。
時がたてば思い出に? ふざけないでっ!

私はかがみが大好きだ!

かがみとずっと一緒にいたかったんだ…っ!

他の誰かに取られるなんてイヤだ!!

離れるなんて…イヤだ!!

何が『 初恋 』だよ…
誤魔化せる程度の想いが恋なんだったら、今の私の想いはなんなんだよ。
苦しくて、苦しくて。どんなに強く両手で胸を押さえても、そこから生まれる胸の痛みは少しも癒えることはない。
これが…ホントの『 恋 』なんだ。
こんなにも愛おしくて、苦しくて、切なくて、焦がれて、求め続けて…
誤魔化しや嘘なんてもう出来ない。

私は今、初めてかがみに『 恋 』をしたんだ。
これが…私の『 初めての恋 』なんだ。

終わってから気付くなんて、私は…バカだ。
もう、私はかがみには会うことは出来ない。
肌に触れることも出来ない。
声も聞けない。
同じ場所に、いることさえもう…出来ないのに…っ!

私の手のひらは、自然と私の顔を覆い隠すように両側から押さえようとする。
顔は歪み、
そこからあふれる液体は、
その量をさらに増し、
そして…


「……ぅぅ…ひぐっ…ぅ…ううわぁあぁぁぁぁああん…っ!!」


私は初めて声をあげて泣いた。
ありったけの声量で。

「ががみぃ…ひっく…かがみぃ…かがみぃぃ!!」

もう、自分の感情を抑えなくていいんだ。
偽らなくてもいいんだ。
涙は雨のように、私の体とココロを濡らす。
今まで我慢してきた感情のすべてが私の瞳からあふれ出す。

「嫌だ…嫌だよぅ…ぅうっ…会いたいよ…声が聞きたいよっ!
…ぐすっ…嫌いだなんて…言わないで…ひぐ…
…嫌なところ教えてよ!…直すからっ!…かがみの為に変わるから…だから、だから…」


「…そばにいさせて、よ……かがみぃ…!」

あの時、あの廊下で、ホントに言いたかった言葉の数々。
謝って、自分が悪かったんだって諦めて…それで私は幸せだったの?
だけど、もう何もかも遅いんだ。
私の叫びは部屋の中いっぱいにに響き、そして澄んだ夜の空気を揺らし、融けていく。
どんなに名前を呼んだところで、彼女には届かない。
もう届かない。

それから、私は時間を忘れて、泣いた。
時には静かに、時には大声を上げ、ひたすらに泣いた。
もう…一生分は流れたんじゃないだろうか。
でも、瞳からあふれ出す想いは、涸れることなくいつまでもいつまでも私の頬を伝い流れ続けていた。


―Pi

ふいに電子音がなった。そして… 

♪ 誰、だれ、だれっが~ 誰、だれ、だっれぇに~… ♪

携帯の着メロが響いた。
この音…確か柊家で登録してる…っ!
瞬間に生まれる期待。
勢いよく起き上がり、床に落ちていた電話を拾い上げ…たところで私の手は止まる。

バカだな。かがみとは限らないじゃん。
ていうかその可能性のほうが薄いよ。
これは、きっと…つかさかな…

つかさには悪いけど、落胆は色濃く私の顔に影を落とした。
…電話に出る気分じゃない。
きっと今日のことを聞きたいだろう。
話すの…嫌だな。
でも、いっこうに鳴り止む気配のないそれを無視し続けるわけにはいかない。
重い気分で携帯を開いて、耳にあてると…

「もしもし、こなちゃん!?」

やはりつかさだ。

「ぐすっ…んん…なに、つかさ? 今、私…」
「こなちゃん! そっちにお姉ちゃん行ってない!?」

「……は?」

「お姉ちゃんだよ! こなちゃんちに行ってない?」

つかさはそう、繰り返すが、正直意味が分からない。
かがみが? なんで?
居るはずがない、というのがまず浮かんだ。
そして、どうしてそんな事を聞くのか、とも。
そもそも、あの廊下につかさもいたんだ。
来るはずないって…分かっているはずなのに…

「つかさ、どういうこと?かがみはどっか出掛けてるの?
そもそもうちにいるはずないじゃん。つかさも見てたよね。かがみは、もう…私のこと…っ!」

口から出すことで痛みが増す。癒えていない傷口を無理やり広げるよなものだ。

「こなちゃん、あのね。お姉ちゃん、あの後、家にも戻っていないみたいなの…。こなちゃんと喧嘩してたみたいだったから、もしかしたらこなちゃんのところに謝りに行ってるのかなって…」

「つかさ…」

「あぅぅ…どこ行っちゃったんだろ~。もう夜遅いから早くしないと電車が止まっちゃうよぅ」

「つかさ…っ」

「あ、ねぇ、こなちゃん。行きそうな場所、知らないかな?」

「聞いて…つかさ」

「一緒に探してくれるとうれしいんだけど…」

「つかさっ!! 人の話を聞いてよ!!」

つい怒気が出てしまった。携帯の向こう側で小さく「ひぅっ」と声があがる。

「な、なに? こなちゃん…」

「つかさ…私はもう、かがみのそばにはいられないんだ。聞いてなかったの!?
私はかがみに嫌われていた。ずっと…っずうっと嫌われていたんだよ? 
もう、かがみに関わることは出来ない。…資格がない」

「こなちゃん?」

「私がいないほうがかがみにとって幸せなんだ。だから、行けない。だから…」

そう言った私に携帯は無言で答えた。
しばらく続く音のない世界。
私が電話を切ろうかとした時、

「こなちゃん、バカだね…」

「は? つかさ、なんて今っ!」

怒りが向こう側に伝わる。だけど、

「バカだよ、こなちゃんは。私、こなちゃんなら気付いてるんだって思ってた」

つかさは私の怒気なんかお構いなしに冷静に続けた。

「あんなの嘘だよ。お姉ちゃんがそんなこと思ってるはずがないよ?」

「嘘…なんかじゃない…そんな嘘、つく意味がない」

再び沈黙が生まれた。
この…沈黙が辛い。
まるでつかさに私の言葉を肯定されているようだ。
長い長い沈黙の後、つかさはポツリとつぶやいた。

「ねえ、こなちゃんっていつもお姉ちゃんの事、何って呼んでたっけ?」

「…へ?」

唐突な質問。我ながら間抜けな返答をしてしまう。

「呼び方だよ。え~と、四文字でさ、私には意味がわからなくってこなちゃんに聞いたこともあるよね?
お姉ちゃんはその呼び方が嫌いで、いつも、そう言われるたびに『言うな!!』って叫んでたけど…何か分かるかな?」

「…うさちゃん?」

「それは五文字だよ~」

「…ツンデレ?」

「そぅ、それ!」

携帯電話の向こう側からうれしそうなつかさの声が聞こえる。
さっきまでのシリアスムードはどこに行ったのか…

「つかさ…今、そんな時じゃ無いんじゃないかな…」

半ば、あきれ気味につかさに問いかける。
つかさは何が言いたいんだろうか。

「じゃあさ、ツンデレってどういう意味だった?」

「はぁ? つかさ、いい加減に…」
「いいから答えて!」
「!」

突然、つかさの声のトーンが変わる。電話越しの彼女はホントにつかさなの?って思うくらいに低い声が響いた。つかさの声は、真剣だった。

「…人によって解釈は違うけど、かがみの場合は…素直になれないところ、かな。ホントはやりたいことなのに我慢したり、好きなのに嫌いって言っちゃったり…
ねぇ、つかさ。これがなんなの?なにが言いたいの?」

「こなちゃん。あの時、廊下でお姉ちゃんが言ったこと、思い出してよ。
…お姉ちゃんは素直になれない…好きなのに嫌いって言っちゃう… なら、あの時言った『 嫌い 』は全部逆なんだよ。 お姉ちゃんは、こなちゃんが…っ!」

「ちょ、つかさ! なに言って…っ!」

その時、電話越しにつかさのスンッっと鼻をすするような音が鳴った。
私の言葉が詰まる。

「…泣いてるの?」

「お願い、思い出してよぅ…
このままじゃ、お姉ちゃん…一人で全部抱え込んで…壊れちゃう。
…ぐすっ…大好きなお姉ちゃんが…いなく…なっちゃうよぉ!
…私じゃダメなの…ひぐっ…こなちゃんじゃなきゃダメなの…
お願い、こなちゃん…気付いて…あげて?」

「つかさ…っ」

「あの時の言葉。私も全部覚えてるよ。細かなところを省いたら…
『ずっとアンタが嫌いだった。最初から。初めて会ったその日から。理由なんて無い。こなたのこと大嫌い』…って、ことだよね。
これを全部、『 好き 』に変えたらどうなるかな?」

あの時の言葉の数々。思い出すだけで痛みが走る。でも…

『ずっとアンタが好きだった』
『最初から。初めて会ったその日から』
『理由なんて無い』
『こなたのこと大好き』

「これがお姉ちゃんの言いたかったホントの言葉。お姉ちゃん…こなちゃんの事、大好きなんだよ?」

「…でも、つかさ。こんなの、ただ台詞を変えただけじゃん…かがみの本心なら、あの時…」

「なんで、嫌いってほうを信じて、好きってほうを信じてくれないの?お姉ちゃんに言われてないから? 私が言ったんじゃホントじゃないから?」

「それは…」

「だったらこの話も信じられないかな?
こなちゃんがお姉ちゃんにプレゼントした、綺麗な宝石の付いたネックレス。覚えてる?」

「え?……あ、うん。かがみの誕生日プレゼント…。
あ、つかさの分もちゃんとあるよ。今日、渡そうかと思ってたから…」

「うん、ありがとぅ!
でもね…やっぱり、こなちゃんだったんだね。あのネックレスあげたの」

「へ? …かがみに聞いたんじゃ…?」

「お姉ちゃん…誰に貰ったのか言わなかった。
でも、言わないから誰にもらったか分かっちゃった。
彼氏からもらったんだったらそう言うもん。言わないのは言えないから。
こなちゃんから貰ったものならお姉ちゃんはそう言えない。だって…」

「お姉ちゃん、自分の部屋でね?すっごい愛おしそうにネックレスを眺めてたの。
私がそれを偶然見ちゃって、お姉ちゃんに『嬉しそうだね。誰に貰ったの?』って尋ねたの。
そしたらすっごいあわてちゃって」

そこまで言うと、その情景を思い出したのか、つかさは楽しそうにくすりと笑った。

「『誰でもないわよ』って叫ぶけど…全然ごまかせてなくて。お姉ちゃんもそれがわかったんだと思う…
少し寂しそうに笑ったあとに…『 一番大切な人 』から貰ったんだって」

「…かがみ…が?」

「そう、お姉ちゃんはそれでごまかせると思ったみたい。
彼氏がいるからその人かなって…普通だったら思うもんね。
…でも、私はこなちゃんのことを知ってたから。
お姉ちゃんの『 一番大切な人 』はこなちゃん以外にいないもん」

「 … 」

「お母さんでも、お父さんでも…もちろん私でもない。
こなちゃんなんだよ?お姉ちゃんの『 一番 』は。
ずっと…ずぅ~っと、こなちゃんのものなんだよ?」

「 … 」

「まだ、信じられない?なら、まだたくさんあるよ?
お姉ちゃんがこなちゃんのこと『 好き 』って証拠。
…ホントは、こなちゃんなら気付いてるって思ってた。気付いてないなら、私が言わないほうがいいって思ったけど…
でも、もうね…耐えられなかったよ。
お姉ちゃんがどんどん自分を傷つけて行こうとするのも。
こなちゃんが無理な作り笑いで、どんどん嘘を重ねていくのも…」

「私の…嘘?」

「気付かないほど、鈍くないよ?」

つかさは自慢気な声のトーンでそう言った。
さっきまで泣いていて、声が若干枯れている。
かがみが居ない不安に、ホントは一番、押しつぶされそうになっているはずなのに。

「………つかさのくせに…」

私はぼそりと電話口につぶやく。

「あぅ! ひどいよぅ~」

「…つかさにはかなわないネ」

「こなちゃん。信じてくれるの?」

「…色々わかんないとこだらけだけどね。今は、つかさの言葉を信じたい」

それが今の私に出来る精一杯の素直な気持ち。
否定する気持ちは、今もココロに残り火を抱き燻ってけど、でも、つかさが教えてくれた数々の想いは、私に歩かせてくれるだけの勇気をくれた。
だから、信じたい。それがかがみに繋がる道になるのなら。

「こなちゃん…ありがとう。
…でも、ホントにお姉ちゃんってどこに行ったのかな…」

つかさの声が不安に変わる。
かがみが行った場所はまだ分からない。
でも、私には確証はないが、心当たりだけあった。

「…たぶん、あそこだ…」

ポツリとそう呟く。
つかさが言ったかがみの想いがホンモノなら…っ!

「分かるの!? こなちゃん!!」

「うん、たぶん…ううん、絶対!」

不安がないわけじゃない。でも、あえて私は強い言葉を選んでつかさに伝えた。

「そっか、さすがこなちゃん」

「急がないといけないね。もう電車もなくなっちゃうし…
私、行くね。つかさはそこで待っててよ。見つけたら電話するからさ。
じゃ、ありがと、つかさ!!」

「あ、まって、こなちゃん!」

終話ボタンを押そうとしていた私の手は、つかさの静止によって動きを止める。

「あ、あのね、お願いがあるの… その…」

「お願い?」

「うん、前に学校の教室で言ったみたいに…言って欲しいんだ…
待ってるだけじゃ…不安なの。…こなちゃんにそう言ってもらったら、そんなの無くなっちゃうと思うから。
急いでるのにゴメン。でも…」

「…つかさ」

そうだよね。泣いちゃうぐらいに不安なのに。わたしのために無理して気を張ってくれてるんだもん。
つかさの心情を察した私は、数日前のあの日の情景を思い出す。
あの時、私はこう言ったんだ。

「…私、行ってくるね」

「うん…うん!こなちゃん、お願い!」

「うん、引っ張ってでも連れてくるよ~」

「―――うん…っ!」

出来るだけ明るい声のトーンでそう返す。
つかさも明るく返してくれた。
今度こそ、本当に電話を切って、すぐ、私は部屋を出た。
しわしわのセーラー服のまま、強引に携帯電話をポケットにねじ込むと、急いで洗面所に駆け込む。涙でめちゃくちゃになった顔だけ、濡れたタオルでゴシゴシとこすると、それを投げ捨て、玄関に向かった。
靴を履くのももどかしい。でも流石に裸足で駆けてくわけにはいかないネ。
足のかかとを指で強引に靴の中に押し込んで、玄関の扉をがらりと開ける。

それだけで、周囲は黒一色の世界に変わっていく。
寂しさや…
不安や…
焦りが…
私のココロに束になって襲ってくる。

でも、それらは無用の感情だ。
それらをすべて、一蹴するように、私は走る速度をさらに速めた。

今、本当に大切なことは、唯一つだけでいい。

私の中ではすでに、未来へと繋がる『 答え 』があるのだから。

それを胸に秘め、私は私が持てる、ありったけのスピードで、かがみに繋がる道を行く。

そして…一時間後…

私は螺旋の階段に足を…掛けた。



EpisodeⅤ  END           










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  • っ・・・続き!!!
    早く続きが見たいです!!! -- 名無しさん (2009-03-17 05:45:45)
  • このシリーズ大好きです!
    更新頑張って下さい!!
    -- 名無しさん (2009-03-17 05:34:51)


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