前略 母上様(完結)(独自設定 注意)

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明けて翌日。


「おーっす、こなた」
「いらっしゃあい、かがみ。どーだった?お見送り」


その日の夕刻、かがみはこなたの家を訪れます。
少年が機上の人となったのは、その日の昼過ぎのことでした。


「まー、素っ気ないったらありゃしないわ。振り向きもしないで行っちゃうんだから。
 まったく、育て甲斐がないわね、男の子って」
「そりゃまー、男の子だからね。“男は~涙を~見せぬもの~見せぬもの~”ってね」
「涙、ね。そんな、しおらしいタマじゃないわよ、あいつ。
 それよりさ、こなみちゃんは大丈夫なの?」
「うん、どうにかネ・・・・・・・
 前々から覚悟はしてたみたいだけど、そんな素振りも見せなくてね。
 昨日なんか、柄にもなく強がっちゃって、オトコになるまで帰ってくんな~とか言って。
 それが見てて痛々しくってサ。
 案の定、今朝起きたら目のまわりボコボコに泣き腫らしてたヨ」


身長といい趣味といい母には似ず、むしろ昔、かなたが望んだ“普通”に育ってくれたと、
祖父そうじろうを喜ばせた娘です。
しかしこういう時に、周りに気を使わせまいとジタバタ演技するあたり、
イタイところはしっかり似てしまったと、母こなたは目を細めるばかりでした。


「あのバカ、まったく、罪作りなヤツだわ。わたしからも謝っとくから」
「大丈夫。こなみは私なんかより、ずっとシッカリ者だからね。
 でも、かがみが話し相手になってくれれば、きっと喜ぶと思うよ」
「そうさせてもらうわ。なんといっても、ウチのかわいい嫁だからね」
「あのコは幸せ者だヨ。やさしい姑がいてくれて」
「シュウトメいうな!」


他愛もない会話が光り輝く、二十数年を経て、まるで変わらないものが其処にあります。
こなたとこうした時間を過ごすことで、
かがみはいつでも、あの時に戻れるような気がするのです。


「でもさ、私らの身内が宇宙へ行くような時代が来たんだね~、何だかビックリだヨ」
「そのうち、火星に日帰りで出張とか、行かされる時代がくるのかしらね」
「・・・・・・相変わらず夢がないね、かがみんは。宇宙世紀0079が近づいてるっていうのに」
「あれって、地球人類の半数が消滅するって話じゃなかったっけ?やめなよ、縁起でもない」
「そーやって発想が後ろ向きになるのは、歳とった証拠だヨ。もっと前見て歩かなきゃ」
「あんたはホント昔と変わらないわ。あ~やだやだ、私ばっかり年寄りになってくわ」


こなたはいつの頃からか、歳をとるのをやめてしまったようにさえ見えます。
頬が少し痩せて、童顔ではなくなったものの、それが却って中性的な美しさを際立たせ、
一見、老若男女どれとも判じ難い、何とも正体不明な、妖しげな魅力さえ漂わせています。
癖のある長い髪も艶やかなままで、こうして向き合っていると、
かがみは、ともすれば二十数年の経過を忘れてしまいそうになります。


「それにしても、偉いよねあの子。
 宇宙飛行士になるんだって、高校へ行ってもず~っと言い続けてたんだから。
 普通、あの年頃でみんな、夢に言い訳を始めるんだけどさ、
 あの子、一度も夢にウソつかなかったんだよ。
 かがみが弁護士目指した頃を思い出すよ。そっくりだネ、頑張り屋さんで、真っ直ぐなトコ」

「バカなのよ、要するに。ひとつ覚えで、それしか頭にないんだから。
 私としてはね、その頑張りを他の道で活かしてもらいたかったわけよ。
 法律だったら、私がいくらだって、教えてあげられるのに。

 だいたい、宇宙飛行士養成学校なんて、世界中の秀才が集まってくるところだよ。
 努力してるのは認めるけど、陵桜の優等生レベルで、どこまで通用するのかしら・・・」

その上、この十六ヶ国共同の宇宙飛行士養成プロジェクトそのものが、宇宙開発における
大国同士の抜け駆け防止の側面があり、発足当初から拠出金を巡って調整が難航し、
将来も円滑な運営が危ぶまれる有様でした。
おまけにここ数年で人工知能の研究が進み、有人宇宙船の需要を脅かしそうな雲行きです。
したり顔の評論家からは早速、税金の無駄遣い云々の批判が挙がっていたのです。

息子がこれから宇宙飛行士になるにしても、なった後にしても、
とても夢ばかりを語っていられる状況ではないのです。
ところが、ここ半年の彼というものは、そんなことは意にも介さず、
同じ夢を語れる仲間が出来たことを、素直に喜んでいました。
これまでになく溌剌としていた彼を見て、かがみには引き留める事が出来ませんでした


「大学の学位取れるったって、宇宙物理学やら天文学やら、ツブシの利かないのばかりだし、
 ドロップアウトしてこの道を諦めることになったら、今までの努力は何も残らないんだ。
 あいつ、プライドだけは無駄に高いから、そうなったらもう立ち直れないよ・・・

 ホント、バカで、見栄っぱりで、意地っ張りで、ダメなとこばっかり私に似て・・・」


かがみの傍らに腰を下ろし、小刻みに震えだしたその肩をそっと抱くと、
こなたは囁くように言いました。


「私たち、ひとりで泣くの、禁止だからね?」


もう限界でした。
堰が切れたように大粒の涙をこぼし、そのまま崩れ落ちそうになったかがみを、
こなたがしっかりと支えました。


「こなた、ごめん・・・」
「いいんだよ」


そのまま縋るように抱き締めれば、その温もりと匂いは遠い日の記憶を呼び覚まし、
小さな肩に頬を預ければ、かつての懐かしい、自分の居場所が其処にありました。


「こなた、私ね」
「うん」
「あの子が生まれたときね、本当に、嬉しかったんだ・・・」
「・・・・・・・・・・」
「もう、ね、この子のためなら何だってできる、何だってしてあげたいって、
 たとえ私が死んでも、この子のためなら、全然惜しくないって思ったの」
「・・・・・・・・・・」
「なのにね、あの子が夢を叶えようと頑張っている時に、私、何もしてやれないんだ・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「応援してあげなきゃ・・・ いけないのに・・・
 何もしてやれないから、憎まれ口ばっかり利いて・・・ ひどいこと言って・・・
 くやしいよぉ・・・・・ かなしいよぉ・・・・・ なさけないよぉ・・・・・
 こんな私じゃ、あの子、もう・・・ 戻って来てくれないよ・・・ 」


尽くしてやれなかった。理解してやれなかった。愛し足りなかった。
それはまるで、与えることでしか救われない魂が、救いを求めて慟哭するようでした。


「・・・なんで、遠くへ行っちゃうの?・・・・・・・・・・
 なんで・・・ずっと私の子でいてくれないの?・・・ 淋しい、さびしいよぉ・・・・・ 」


我が子を守ると誓った、心の張りがにわかに失われると、強い母親の像は砕け散り、
其処にはただ子供のように泣きじゃくる、素顔のままのかがみがいました。
ここは彼女にとって唯一、それが許される場所だったからです。
そんなかがみを、こなたはしっかりと抱きしめ、揺るぎもしませんでした。


「私もね、こなみが悲しんでいるのに、何もしてやれなかったんだ。ダメな母親だよね」
「うっ・・・ぅうっ・・・ ぐすっ・・・ 」
「でもね。私は信じているよ。こなみは強いコだよ。こんな事じゃヘコたれない。
 今度のことだって、必ず乗り越えてくれる。だからさ、かがみも信じてあげなきゃ」
「え・・・ ?」

「あの子なら大丈夫。絶対、宇宙へ行ける。立派になって必ず帰ってくるよ。
 私は信じてるからね。だって、かがみの子だもん」
「こなた・・・・・・」
「私にはわかるよ。かがみの愛が、あの子の中にしっかり生きてるよ。
 何もしてやれなかったなんて、そんなコトないよ。
 かがみは精一杯、あの子を愛してあげたんだから」


昨夜かがみは息子に、実家、鷹宮神社のお守り袋を渡しました。
いくら大酉様でも秒速7.9kmじゃ飛べないだろ、衛星軌道までついて来てくれるのか?
いつもにように理屈をこねた息子でしたが、
今日の旅立ちの時、大事にしまった懐を、時々撫でているように見えました。

「・・・そうね、信じてあげないとね。私・・・・・・・あいつの母親だもん。
 たとえこの世で誰一人、あいつを信じなくたって、私が信じてあげなきゃ」
「そうだよ。かがみが信じてあげれば、あの子は勇気をもらえるよ。
 私もね、かがみのお陰で、勇気をもらえたんだから」


息子と過ごした十八年間は、かがみにとっては大切な、それはかけがえのない日々でした。
しかし、たとえ血を分けた親子でも、別れの日は、必ずやって来るのです。

母を失った孤独。こなたは幼いころからずっと悲しんできました。
そして、それを救ってくれたのは、かがみだったのです。

卒業しても、就職しても、結婚しても、腐れ縁と照れつつ、ずっと傍に居てくれました。
キツく叱るにせよ、辛辣にクサすにせよ、
最後には何もかも丸ごと抱きしめて、優しく背中を叩いてくれました。
どんな時も、全身全力で味方でいてくれました。

失敗したっていい。泣いたっていい。いつもかがみは傍に居てくれるから。
いつも問答無用で、丸ごとすっぽりと包み込んでくれる、大きな愛。
愛された記憶が、外の現実に向き合うたび、こなたに勇気と力をくれました。

そうしてこれまで、かがみと共に歩んできたことで、
母を失った孤独を、今では立派に克服できたという自信が、こなたにはあったのです。

なればこそ、こなたはこの日、親子の別れに悲しむかがみを、
誰よりもしっかりと支えていることが出来たのです。


「大切な人が増えると、つらい別れも必ずあるんだ。
 それでも、人を愛して、大切な人が増えていったら、それは幸せだよね。
 だから、いつか別れなきゃいけなくても、人を愛することだけは、やめられないんだ。

 けど、淋しさだったら、ふたり一緒なら、必ず乗り越えられる。
 これからも、ふたりでもっともっと人を愛して、幸せになろう。
 またふたりで頑張ろうよ。
 大丈夫だよ。今までだってずっと、そうしてきたんだから」


孤独に震えて、ただ泣いていた少女は、もう其処にはいません。
其処にいるのは、かがみを支える覚悟なら、いつでも出来ているこなたでした。


「ありがとう、こなた・・・・・・・
 私、強くならなきゃ。またみんなを支えなきゃ。
 でも、ごめん。今日だけは・・・・」
「いいよ。いつものかがみに戻るまで、ずっとこうしていていいんだよ。
 大丈夫、これからも私は、かがみと一緒にいるからね」


☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★


この日を去ること、さらに十年後。

以前よりも時はゆったりと流れるようになり、
かがみもこのごろは、星空を見上げて過ごすことが多くなりました。

そんな彼女のもとに、その夜、一通のメールが届いたのです。

___________________________________________

母上様

前略 先刻のご芳翰、有難く拝読いたしました。

本日、無事出産とのこと、
妻こなみにつきましては、初産で双子ということで、何かとご心配をおかけいたしました。
いまは母子ともに順調の由、安堵しております。

折角生まれてきてくれたわが娘たちを、直接この手に抱くことが出来ないのは残念ですが、
わが命を未来につなぐことの出来たこの慶びは、他に譬えようもありません。
二十八年前、あなたもこんな感慨に浸ったのでしょうか。

さて、愚息も晴れて人の親となってみて、いつかあなたが教えてくれた、愛の意味が、
少しだけ分かるようになった気がします。

思えばこの素晴らしい世界に、こうして産んでくれた、あなたの大きな愛。
これには、たとえ一生かかっても、報いることは出来ません。

ならばせめて、精一杯わが家族を愛し、隣人を愛し、仕事を愛し、
力の限り生き続けることで、その替わりとするつもりです。
かつてあなたが、そうしてくれたように。

どうか何時までも、この愚息を見守っていてください。

願わくば、わが娘たちが、あなたのような、
優しさの中に凛々しさを備えた、立派な女性に成長してくれるよう、祈るのみです。


あと一ヶ月ほどで、太陽光発電衛星が稼働し、今の仕事にも漸く一区切りが付きます。
その時は、まとまった休暇を取って、陸に降りるつもりです。
お会いできる日のこと、今から楽しみにしております。

それまでは、どうかお体を大切に、
健康のため、間食はお控えくださいますように。

                                    草々

国際宇宙ステーションISS-3にて

                                  息子より

___________________________________________



(おしまい)



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  • 流石に作者様!納得です。


    言われてみれば、『自分の未来を愛する』なんて理解するより
    がむしゃらに頑張り抜いて『幸せだった』と振り返る方がかがみらしいですね♪


    そして、そんな姿が周りに幸せを届けた………うん。凄く良いです!!


    -- ♪ (2010-06-28 23:20:49)
  • (↓の続きです)
    そして、いざ我が子を抱いてみれば「この子に未来を見せてあげたい」と、仕事に家事に
    頑張って頑張って頑張り抜いて、息子が自分の未来に向かって走り出す年頃になったころに、
    ようやく自分の未来も愛することが出来るようになったんじゃないかと、そう思います。


    それまでかがみが不幸だったというのではなくて、50近くになって人生を振り返って、
    「いろいろ大変だったけど、ま、幸せだったんじゃない?」と、事後的に実感できるように
    なったというか。
    そして周りの人には、いろいろなものを背負い込んで抱え込んでドタバタしているかがみが、
    (本人は実感できないにしても)充実して幸せそうに見えたんじゃないかと思います。
    だからこそこなたは、自分の幸せが他者にとっての不幸ではなく、幸せにつながるということを、
    素直に信じられるようになったと、そう思います。


    少し長くなりましたが、作品の補足を兼ねて。 -- 別館107号 (2010-06-28 23:08:20)
  • >自分の未来を愛する事……。
    >それも、全てを愛する一つなんだと。
    >だって、かがみが幸せじゃなければ、周りも幸せになれないもんね。


    目からウロコでした。確かにそうです。
    自己犠牲でボロボロになったかがみでは、きっとこなたを幸せには出来ないでしょう。
    こなたは母親の死を、自分の誕生と結び付けて考えている可能性があるから、
    自分のせいで誰かを不幸にすると知れば、たとえ何であっても拒絶するでしょう。
    こなたと二人っきりの世界がたちまち行き詰ったのは、多分これが原因なんでしょう。
    ただし、僭越ながらあえて一筆加えるとすれば、かがみは幸せ探しが下手で、自分がどうしたら
    幸せになるのかがわからなくて、周りの幸せな笑顔に囲まれて初めて、自分の幸せを実感する人
    だから、子供を産む決心をしたのも、こなたとの過去やら、今も消えない未練やら面倒なことを
    何も言わずに引き受けてくれた、旦那様に未来を見せてあげたかった、そんな理由のような
    気がします。 -- 別館107号 (2010-06-28 23:07:01)
  • かのと君を産んだかがみの気持ちは、多分、作中で語られている以上に深い想いがあったと思う。


    それは簡単に言葉には顕せない、かがみにしか解らない想いだと思う。


    でも、敢えて想像してみるなら


    きっとかがみは、自分を愛する事も大事だと知ったんだと思う。


    自分の未来を愛する事……。
    それも、全てを愛する一つなんだと。


    だって、かがみが幸せじゃなければ、周りも幸せになれないもんね。


    そして、こなたはそれを誰よりも知っていたからこそ
    お互いに結婚や出産をしても、全力でかがみの愛に答えられたんだと思う。


    ……こなただけじゃないね、
    みんな、かがみの妥協の無い愛し方を理解しているんだと思う。


    『結局はこなたにだけ収束してる愛』ではなくて
    かがみが本心から、人生を賭けて全うしようとしている愛が、『総てを愛する』事だと理解しているんだろーね。


    息子をスーパーロマンチストだと言うけど、自分の理想を追い続けて実現させたかがみんは、究極のロマンチストだね♪
    -- 名無しさん (2010-06-27 13:34:10)
  • スケールの大きい、素晴らしい話でした。


    こんな慈愛に満ちた人間になる為には、
    逃げる選択をしない強い意志と、深い愛情がなければ到達できないでしょうね。


    その素晴らしい二人の魂が、これからも受け継がれて行く……
    かがみとこなたの人生が受け継がれていく


    そう思うと、嬉しくて涙が出ます。


    素晴らしい作品でした作者様!
    ありがとうございました。
    -- 名無しさん (2010-04-27 03:06:45)
  • >>18-236様
    お返事が遅れまして申し訳ございません。
    素晴らしいご感想、心より感謝します。
    こなたとかがみの二人なら、たとえ恋愛も結婚も実らなくとも、
    固い絆で結ばれて、そして二人の強い絆が本人たちだけでなく、
    周りの人たちをも幸せに導いてくれるだろう、そう願って
    この作品を書き上げました。
    ふたりの絆よ、来世の、そのまた来世まで! -- 別館107号 (2009-08-11 01:19:48)
  • 親子に渡って受け継がれる物語のスケールの大きさがすごい。
    愛というものの大きさ・深さについて考えさせられました。
    こなたとかがみが直接的に結ばれることは無いけれど、
    二人の間にある絶対的な信頼・利己的な愛を超えた、
    包み込むような大きな愛が決して切れることの無い強い絆として
    二人を永遠に結び続けることでしょう。
    大きな感動をありがとうございました。 -- 18-236 (2009-03-20 15:44:01)


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