レイニー・デイ・ブルー

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その日も朝からしとしとと雨が降っていた。
際限なく降り続く雨は、木々や花を、道を、建物を、色とりどりに咲いた傘を。
ありとあらゆるものに足跡を残していく。
数日前から降り続けるこの雨に、何となく私の気持ちも沈みがちで。
この空はまるで、私の心情をそのまま具現化しているみたいだった。




『レイニー・デイ・ブルー』




5月は何となくやる気の出なくなる月の代表として、"5月病"なんてものがあるけれど。
6月は6月で、やる気の出ない要因がある。
"梅雨"。
この響きを聞くだけでも、じめじめして、暗いイメージをかもし出している気がして、
お世辞にもいい言葉とは言い難い。
私は雨が嫌いだ。
先程述べた事ももちろんあるけど。
嫌いな理由の最もたるものは、私の大好きな時間も、湿り気を帯びてしまう事かな。
いつものように、昼休みに4人で机を囲んで、それぞれ昼食を咀嚼しているのだけど、
春先に比べても、つかさもみゆきも何となく元気がなくて。
特に、蒼髪のアホ毛少女は元気がなく、自分の机に項垂れている。
本来なら、頭の上いっぱいに広がる青空が、暗い雲に覆われてしまっていて。
まるで青空のような髪を持つこなたは、今の空みたいに暗い雲に覆われているかのように、元気がない。
大好きな人の悲しかったり、辛そうな顔なんて、誰が見たいと思うだろうか。
はぁ、とこなたの口から吐かれた、小さいけど深い溜め息が、いつも以上に静かな教室に響く。
溜め息をつくと幸せが逃げるなんていうけど。
そんなこなたの様子を見て、つかさも、みゆきも、私も。
皆、少し困ったような表情が浮かぶ。
こなたが笑っていないだけで、周りの人の幸せも逃げていくみたいで。
こなたが私達に振り撒く笑顔が、どれほど幸せを運んでくれるかを実感する。
いやがおうでもブルーな気持ちにさせるこの時期が、早く過ぎ去って欲しい。
そう切に願いつつ、こなたに感化されたかのように、私も一つ、小さく溜め息をついた。



こういう日の時間というのは、何だかいつもよりゆっくり流れるような気がする。
ただでさえ鬱々真っ盛りなのに、授業なんかに集中出来るわけもない。
この時期ほど、4人が醸し出す幸せな時間を求めた事はないだろう。
ほとんど気力と惰性で1日の学生の課程をやり過ごした私は、脇目も振らずにB組へと向かう。
教室の中にいる分には、クラスの人達もいるし、皆、若干気持ちが下がり気味でも、まだ温かさがある。
けど、廊下に出た瞬間、クラスにある温かさは消えてしまう。
廊下は全く別の空間として切り離されている錯覚を覚える位に、じめじめして、暗くて、肌をじわじわ冷やしていく。
歩いて数歩の距離ではあるけど、この空間に1人でいるのがどうにも寂しくて、不安で。
1番の温もりを求めるべく、自然と早足になる。
すぐに辿り着いたB組の教室の扉に手をかけるけど。
寂しい空間と、温かい私の居場所とを隔てるこの一枚の扉は、
まるでこの雨に感化されたかのように重たい気がした。
それが何となく、私が今一歩踏み出せない、こなたとの距離という壁を連想させて。
そんな思いを払拭するために、ぎゅっと目を瞑り、ぶんぶんと顔を左右に振り、扉にかけた手にぐっと力を入れる。
すると、思いの外勢いよく開いた扉はがこんっ!と大きな音を立て、
B組の視線を私の方へ集める結果になってしまった。
すごく気まずい…
つかさやみゆきも例に漏れず、驚いた表情で私に視線を送っている。
今日はずっと沈みっぱなしのこなたでさえ、いつも眠そうな半開きの目を丸く開いている。
そして、「かがみ凶暴~」なんて、いつもの顔してからかってくるのだった。

何とかその場をやり過ごし、落ち着きを取り戻したB組の教室。
午後の授業で失ってしまった幸せ分を取り戻すかの如く、私達は雑談に花を咲かせた。
私達の間に流れる時間も今日はゆったりで。
いつもと同じやり取りなのに、時間の流れが違うだけで、何とも言えない違和感がある。
それが一体何なのかは、わからないし、わかりたいとも思わないけど。
時間の流れが如何なるものであっても、私にとってこの時間が幸せな事には変わりなかったから。
それでも、時間は流れていくもので。
ふと気付いて周りを見回してみれば、この教室には私達以外に誰もいなくなっていた。
私達だけしかいない教室。何となく見やった窓の外は、相変わらずざあざあと音を立てて、雲が涙を降らせている。
何で、泣いている…なんて思ったんだろう。
私の気のせいかな…?
考えても一向に答えなどが出るわけもなく。私は思考するのをやめて、再び雑談の輪に耳を傾けた。
「こなちゃんは、雨好きじゃないんだよね?」
「そだねー、じめじめしてるし、もう野球中継も中止になったりしないからねぇ」
「そっかー、それは嫌だね…」
この天気に違わず、話も雨関連の話しになっていた。
こなたも、雨が嫌いなのか…
好きな人と意見が同じなのは、何となく嬉しいと思ってしまう。
少し、ほんの少しだけど、その人に近づけた気がするから。
「そうね、髪も癖がついちゃうし、気温と湿度が両方上がるから、嫌な汗かいちゃうのよねー」
「そうですよね。朝の準備も大変ですし、汗のにおいも気になってしまいますね」
私の意見に、苦笑しながらみゆきは同意する。
そんなみゆきの言葉に反応したこなたの目が光る。
「ほほう…みゆきさん…」
また、何か良からぬ事を企んでいる目だ。
「どれ、恥ずかしがらずににほいを嗅がせてごらん」
「え…あ、あの…」
案の定、にまにま顔でおかしな事を言い出すこなたに、苦笑しながら、はっきり断れないみゆき。
思い描いていた構図、そのままだ。
みゆきは優しいから、強く言えないのよね…しょうがない。
「あんた、それはセクハラ発言だぞ?みゆきも困ってるでしょうが」
助け舟を出す事にした。
でも、こなたがこんな事位で止まる性格ではないのも百も承知なわけで。
「ほぉ、じゃあかがみが身代わりになってくれるのかな?」
「はぁ!?そんなわけないでしょうがっ」
更に目を光らせたこなたが、座っていた椅子から立ち上がり、獲物を狙うハイエナの如く、じりじりと近づいてくる。
「よいではないか、かがみんや。にほいの一つや二つ位、どってことないって!」
「十分あるわ!近寄るな、手ぇわきわきさせんな!」
同時に、軽くこなたの頭のてっぺん目掛けて、げんこつを一つ落としてやった。
鉄拳制裁を喰らったこなたは、「ふぉぉぉ…い、痛ひ…」と漏らしながら、しぶしぶ自席へと戻る。
そんな様子を見ていたつかさとみゆきは、相変わらず苦笑をしていた。
「まったく、あんたはいつもいつも…今のはただの変態行為じゃないのよ」
「うぅ…軽いスキンシップじゃ~ん」
「どこがだ…。嫌がってる相手に抱きつこうとするのはスキンシップとは言わんだろう」
私の言ってる事が正論だと取ったのだろうか、「む~…」とだけ言って反論はしてこなかった。
「においを嗅がれるのはちょっと困りますが、抱きつかれるだけなら大丈夫ですけどね」
やんわりと笑い、とんでもない事をさらっと言った気がする。
みゆき、それは危ない発言だって、自覚がないのかしら…?
「わぁ~、じゃあ抱きついてもいい?」
無邪気に笑って、つかさもとんでもない事を言い出した。
それに対して、みゆきが「ええ、どうぞ」なんて言うもんだから、つかさはみゆきの横に納まってしまった。
「あんた達、何の躊躇いもなくそんな事を…」
「え~、だってゆきちゃんってふんわりしてるから温かそうなんだもん。それに、友達同士なんだから、これ位だいじょうぶだよ~」
本当に温かそうに、幸せそうな顔してそう言うつかさ。
ぎゅっと腕を腰に回して抱きついてるつかさを優しく抱きしめるみゆきも、どこまでも慈愛に満ちていて、何となく二人が羨ましく思えてしまった。
確かに、つかさとみゆきの組み合わせを見ていると、何だか親子みたいな感じで、見てるこっちも温かい気持ちになるけれど。
じゃあ、私とこなただったら…?なんて、何を考えているんだろう、私は。
そんな私の願望が見え隠れしている中、ふと視線が注がれているのを感じて。
「か~がみ~ん、私達もやってみる?」
「やらねぇよ!」
先程、鉄拳制裁を加えたにも関わらず、水を得た魚の如く、にまにましながら私に問うて来るものだから、ぴしゃりと断ってやる。
「え~、かがみ冷たいよ~、かがみ分が足りないんだよぉ~」
何とでも言うがいい。ていうか、何だよその成分は…。
そもそも、そんな事が出来るわけないじゃない。
もし抱きつかれたりしたら、きっとすぐに顔は赤くなって、心臓はどきどきしちゃって。
それでいて、幸せだけど、苦しい思いをする事になるだろうから。
つかさは友達だからって言うけど、私はそんな風に割り切れないだろうし。
「…そうそう、さっきの話しの続きなんだけどね。私は、雨が結構好きなんだよ」
ようやくみゆきから名残惜しそうに離れたつかさが、私達ににっこりと笑いかけながら言葉を紡ぐ。
「色んな色の傘が、お花みたいに見えて綺麗でしょ。それから、木も花も元気になるでしょ。後は…えへへ、いっぱいありすぎて説明しきれないや」
つかさの屈託のない笑顔に、私達の誰もが温かい気分になる。
みゆきは温かいって言ってたけど、つかさも十分、そういう力があると思う。
「つかさらしいネ」
こなたも、つかさの温かい雰囲気にあてられたせいか、少し温かい雰囲気で。
みゆきもそれに賛同して、頬に手を添えながら柔らかい笑みを浮かべる。
それでも。
ふと窓の外の、まだ降り止まぬ雨を、雲に覆われた外を見るこなたの表情は少し哀しげで。
こなたが雨を嫌う理由が、私達のそれと本当に同じなのかな?と、何故か思えてしまった。





相変わらず、空から降り続ける大粒の雫は止まる事を知らなかった。
むしろ、昼間よりも勢いをまし、ざあざあ、という音がどこまでも続いていく。
すっかり話し込んでいたため、空も少し暗さを増していて。
時刻は既に17時半を過ぎ、最終下校時刻の放送に促されて、私達は急いで帰るために身支度をし始めたのが5分前。
一足先に下駄箱に着いた私は、未だやって来ない3人を今か今かと待っていた。
私は荷物を取りに一回自分の教室へ戻ったのだから、先に来てるかと思ったんだけど…
そう疑問に思いながら、ちらっと、出入口のすぐ上のかけてある時計を見る。
17時45分。そろそろ、ここに来てから10分は経つだろうか。
ずっと同じところに留まっていたため、体は徐々に冷え始めている。
昼間はあんなに暑かったのに、夜になるとそれなりに気温も下がる。私は思わず身震いをした。
一度、様子を見に戻ろうか。そう思ったタイミングで、3人らしき話し声が聞こえてきた。
「お姉ちゃんごめん、お待たせ~」
「遅かったじゃない、どうしたのよ?」
苦笑しながら謝るつかさに、当然の疑問を投げかける。
「いやぁ…それがねぇ…」
私の疑問に答えたのは、つかさではなく、こなただった。
ぽりぽりと頬をかきながら、少しだけ困った表情。
つられて、つかさとみゆきも困惑した表情になる。
「これ、見てよ」
こなたが手に持っていた、たたまれた傘を開いてみせる。
「うわ…何よこれ。骨が全部外れてるじゃない」
何をどうしたらこうなるのか、中の受け骨が見事に全て外れていて、とてもさせるような状態じゃなかった。
「うーん、いつの間にかこうなってたんだよネ…。今朝は平気だったんだけどな~…」
はぁ、とこなたは本日何度目かの溜め息を吐く。
とは言え、気持ちのいいものではないのは確かで。
何らかのはずみで壊れてしまったのか、それとも、心無い人が壊したのか。
誰が、何のために?と聞かれても困るけど。
「仕方ない…濡れて帰るしかないかなぁ…」
諦め気味に呟くこなたが、先程教室で見た哀しそうな表情を覗かせた気がした。
それが何だか居た堪れなくなった私は
「私のでよければ、入ってく?」
そう、言っていた。

「ほら、もうちょっとこっちに寄らないと濡れるでしょ?」
広げた傘に容赦なく降りつける雨の中。
ざあざあと、耳障りな音が私達の行く先まで広がっている。
運悪く、その時間のバスを逃してしまった私達は、仕方なく、歩いて駅に向かっていた。
次のバスが来るまでは時間がだいぶ空いてしまうためだ。
さすがに、この雨の中で30分もバス停の前で突っ立ってるわけにもいかないし。
周りは田んぼや畑ばかりで、このあたりには街頭もないので、暗くてよく見えなかったりする。
注意していないと、道路脇の水路に足を踏み外してしまいそう。
さて、成り行きで私の傘にこなたを入れてやる事になったわけだけど。
もともと、傘というのは1人で使用するために作られたようなものなのだから、
こなたの体が人より小さいからと言って、今さしている傘では若干キャリーオーバー気味だった。
柄にもなく気を遣っているのか、私の右側に納まっているこなたは私に譲るような感じで、右肩を濡らしている。
「いや~、入れてもらっておいてかがみが濡れちゃうのは、何かねぇ」
「あんたらしくもないから、遠慮なんてしなくていいわよ」
そっけなくそう言い放った私に、何を思ったか、また悪戯顔になったと思ったら。
いきなり、傘を持っている私の右腕に自分の手を絡めて来た。
どくん…
当然ながら、私の胸の鼓動が平常時よりも早くなる。
「ちょ…おま!?何よこれは!」
「だって、かがみがもっと近くに寄れって言ったんじゃ~ん。これ位近寄らないと濡れちゃうでしょ?」
「だからって、腕まで絡めることないだろ!」
「おや、かがみってば、自覚してるのかと思ったんだけどネ。私とかがみとの間に、確実にフラグ立ったよ!」
何故か高らかに声を上げ、瞳を輝かせながら、空いた手でガッツポーズまで決めて力説するこなた。
わけがわからず、「何が?」と聞こうとした所で、ようやく今の状況に気付いた。
1つの傘に2人、これはどう見ても…
「相合傘だね、かがみっ」
「い、言うなあぁぁ~!」
思わず声を大にして叫んでしまった。
幸い、あたりに人は歩いてなかったけど、数歩後ろを歩いていたつかさとみゆきにはしっかり見られていたみたいで。
2人の瞳が何だか温かく、優しく笑っているから、すごく恥ずかしい。
そんな2人の目から隠れるために、若干傘を背中側に下ろす。
「ふふん、自分で誘っておいて照れちゃうかがみ萌え♪」
「う、うっさい!」
いつもの軽口でからかってくるこなたに、私はぷいっと、そっぽを向く。
私の顔はきっと、この天気とは正反対に、赤くて、熱い。
顔を背けてるから、こなたの顔は見えないけど、「かがみは可愛いなぁ~」なんて言う声は嬉しそうで。
未だに絡ませているあいつの腕、密着している体からは、確かな温もりを感じる。
今までにこんなに密着した事なんて、きっとない。
そう思うと、更に体温が上昇した気がした。
それに耐えられなくなった私は、堪らずこなたに話しを振った。
「そもそも…友達同士なんだから、世間で言うそういう意味はないんじゃないの?」
そんな私の質問は愚問だと言わんばかりに、勝ち誇ったような表情で、ちっちっちと右人差し指を立てる。
「かがみ、そういうのは脳内補完でどうとでもなるのだよ!」
「それはお前みたいな一部の人間だけだろ!」
「それはどうだろうねぇ…今の世の中、わかんないよ~?」
そんな怖い事を言われたから、正直私も不安になってしまった。
この会話は冗談ではあるけど、世間的にはそう見えてるのかな…?
そういう目を向けられるのは、こなただって嫌じゃないのかな?
どんどん、マイナス方向へと思考が持っていかれる。
この降りしきる雨が、今の私の心情を具現化しているみたいで。
余計に気分が沈んでしまう。
こんなに近くにいるのに、伝えられないっていうのは、辛いなぁ…。
だから、雨は嫌いだ。私の幸せが流されてしまうようで。
「…かがみ?」
反応を示さない私を、不思議そうな顔で首を傾げて見つめているこなたが、私を見上げていて。
咄嗟に「なんでもないわ」と返していた。
しばらく私の事を見つめていたこなたの表情が、無邪気な笑みに変わった。
「そっか」
何でだろう。

こなたのその無邪気な笑顔を見ていたら、私の不安なんてどうでもよくなってくる気がする。
最初は耳障りだった、降りしきる雨の音も、今は気にならなくなっていた。
私の顔にも、自然と笑みが浮かぶ。お互いに微笑み合う。
私に笑顔をくれるこの子が本当に好きなんだと再認識すると同時に、こなたを哀しい表情にさせるものから、
私も守ってあげたい、この子に笑顔をあげたい。
そんな考えが浮かんで。
「ねぇ、こなた。こなたが雨を嫌いな理由って、本当は何なの?」
思わず、そんな風に聞いていた。
予想外の私の言葉に、目を丸くする。これも本日二度目。
「かがみ、気付いてたんだ」
何でそう思うの?とは聞いてこなかった。
少し嬉しそうな顔で、「かがみは優しいネ」とだけ。
しばしの間、沈黙が訪れる。
その間、こなたは人差し指を顎に添えて、考えるような表情をしていた。
けど、意を決したように私の方に顔を向ける。
「前に、言ったよね。私のお母さんはいないって」
「あ…うん」
以前、何の気なしにこなたにお母さんの話しを振った時に、そう言われた。
よく覚えてる。
こなたは、どれだけの想いを潜めて生きて来たんだろう、と何度考えた事か。
「小さい頃にね、お父さんに、お母さんはどこにいるの?って聞いたんだよ。
そしたらね、「お前のお母さんは、空からお前の事をちゃんと見守ってるんだぞ。
今は会えないけど、この空が晴れていれば、ちゃんと見てくれてるから」って」
ずきりと、胸が痛んだ。
こなたが少し哀しそうな顔をしているのもそうだけど。
おじさんも、どんな思いで、こなたにそう言い続けて来たんだろう。
そう考えただけでも、目頭が熱くなってくる。
「だから、私は空が晴れてる日は、いつもお母さんが見てくれてるんだって信じててネ。
ほら、お母さんの髪の色って、何だか青空みたいじゃん?
だから、青空が広がってると、ほんとにお母さんが見てくれてる気がしてさ。
それなのに、雨の日は暗い雲が空を隠しちゃう。お母さんを隠しちゃうみたいで、怖くてさ」
ふぅ、と私の隣の少女は溜め息を一つつく。
私の腕に絡んだ手が、ぎゅっと私の制服を掴んで、それがどうしようもなく切くて。
「さすがに私も、歳を重ねるにつれて、お母さんはもうこの世にいないって事位、分かったヨ。
それでも、未だにこの空の上から、お母さんは見てくれてるんじゃないかなって、そんな気がしてる。
同時に、こうして降る雨は、お母さんが泣いてるからじゃないかな…とも思うようになったんだ」
何でそう思うの?とは聞けなかった。
そんな質問は、こなたに失礼だと思ったから。
「何となく…何となくなんだけどね。お母さんが、お父さんと私を置いて先にいなくなっちゃったから、ごめんねって、泣いてるのかなって。
あ、先にいなくなっちゃったから、恨んでるとかそんな事はないよ、私もお父さんも」
だからね、とこなたは言った。
「雨が嫌いと言うか…哀しくなるんだ。お母さんは何も悪くなんてないのに、そんな風に思えちゃってさ…」
おもむろに傘の外に右手を差し出して、手に溜まった雨を眺めるこなた。
お母さんの涙…か。
一連の動作の後、話しを締めくくるかのように、またこなたは溜め息をついた。
聞き終えて、私は迷っていた。
本当にこの話は、私なんかが聞いてしまってもいい事だったんだろうか。
話しを終えて、下を向いてしまったこなたの表情は、前髪に隠れてしまっていて見えない。
どう、切り出せばいいんだろう…。
いつもの温かい沈黙ではなく、重たい沈黙が訪れてしまい、余計に躊躇っていた。
私の横を歩きながら、ずっと俯いているこなたは、泣いているように見えて。
私から声をかけるのも憚られてしまう。
「そんな感じだヨ。こんな事、誰にも言った事ないんだから、他の人には内緒にしといてよ?」
ふと顔を上げたこなたは、何事もなかったかのように、いつものこなたに戻っていて。
また、ずきりと胸が痛んだ。
何で、そんなに強がるの?
辛いなら、辛いって言ってもいいのに…。
だって、表情は元に戻ってても…
「かがみも、そんな話しされても困るでしょ?忘れて―――」
「嫌よ」

私の腕を掴む手は、さっきからずっとぎゅっと強く掴んだままなんだから。
立ち止まり、こなたの方に体を向けて、
こなたの言葉を遮るように、私は言葉を紡いだ。
「い、嫌って…かがみ、そんなところでツンと言うか、わがまま言われても…」
「わがままはどっちよ」
確かに、これはこなたの問題だ。
私はたまたま、それを聞く事が出来ただけに過ぎない。
でも、こういう時こそ…
「どれだけの付き合いだと思ってるのよ。信頼してくれてるなら、辛いって言いなさいよ。
私は、あんたの力になってあげたい。あんたが哀しい顔してるのなんて見たくない。だから、もっと頼ってよ…?
それとも、あんたにとっては信頼するに値しない存在?」
こういう時こそ、頼って欲しい。
その気持ちだけで、一気にまくしたてた。
息が切れて、白い煙が立ち上る。
私の勢いに圧されてしまったのか、ずっと目を見開いたまま、何も喋らないこなた。
まずい、さすがにこんな言い方はなかったかな…。
そう思い、口を開こうとした瞬間。
「ありがと、かがみ」
少し照れくさそうに微笑み、お礼の言葉を口にされた。
「信頼してないわけ、ないじゃん。私は、かがみの事大好きだヨ」
こんな時なのに、不謹慎ながらもどきっとしてしまった。
そういうつもりで言ったわけじゃないってわかってても、"好き"の言葉に反応してしまって。
「は、恥ずかしいこと言うな…」
結局、照れ隠しにそんな態度しか取れなくて。
「あは、ツンデレだね~」
そう言って、笑ってくれた。
それにつられて、私も自然と笑顔になる。
「今度からは、もう少し頼りなさいよね。あんたのお母さんの代わりになれるわけじゃないけど…」
私の言葉に、少し考える仕草をした後、
「うん、お母さんの代わりには、なれないネ。お母さんは、お母さんだけだから」
そう、言われてしまった。
しまった、調子に乗りすぎたかな…
こなたにはっきりそう言われて、少しショックだったのと共に、軽い感じで言ってしまった私にも腹が立って。
こなたの顔を直視出来なくて、思わず下を向く。
「あ…ごめん、私―――」
「――でもね」
こなたの、小さいけど、はっきりと透き通る声が、私の声を遮る。
「かがみは、かがみだけだよね。他の誰も代わりになんてなれない、大事な人だよ」
その言葉に驚いて、ゆっくりと顔を上げると。
そこには、いつぞやの柔らかい笑顔で。
「やっぱり、かがみは優しいよね。私の事、こんなに心配してくれるんだもん」
刹那、私の腰にぎゅっと手が回されて、顔は胸にぎゅっと押し付けられて。
思わず、私は手に持っていた傘を手放してしまった。
でも、降って来ると思っていたものは、一向に降って来なかった。
傘がぼとりと落ちる音だけがあたりに響く。
雨は、いつの間にか止んでいた。
でも、そんな事を考えられるほどには、正直余裕はなかった。
好きな人に急に抱きつかれて、どきっとしないわけがない。
「こ、こなた…?」
目の前にある蒼い髪を見下ろすけど、私の胸に顔を埋めたこなたの表情は見えなくて。
胸が高鳴る。
そんなに近づかれたら、私の気持ちがばれちゃう…
そう思うほどに、胸の鼓動は早くなるばかりで。
でも、無理やり引き剥がすわけにもいかなくて、為すがままになっていた。
何故なら、私に抱きつく直前のこなたの瞳は、揺れていた気がしたから。
その様子に、後ろを離れて歩いていた2人も駆け寄ってきて。
「お2人とも、どうされましたか?」
「あー、えっと…」
どう説明していいものか…
つかさとみゆきにこの状況を見られている事も手伝って、上手く言葉が出てこない。

その時、ぱっとこなたが顔を上げた。
そのこなたの顔は、いつもの悪戯顔。
「ふっふっふ、教室でつかさとみゆきさんが抱き合ってるのを見て、かがみが羨ましい~って言うもんだから、私もしてあげてたのだよ!」
「…はぁぁ!?」
いつ、どこで、だれがそんな事言ったんだ!?
こなたの言葉を受けて、心配そうに見ていたつかさもみゆきも、また柔らかい笑顔になる。
「あらあら、そうだったんですね」
「お姉ちゃんとこなちゃん、仲いいね~」
完全に勘違いされてしまった。
いや、勘違いしてもいいんだけど、それは困る事で…あー、何考えてるんだろう、私は。
弁解するのも面倒になってしまった私は、「そう言う事にしていいから離れろ」と、未だに抱きついているこなたを引き剥がした。
「ふふり、私の嫁という自覚が出てきたようだネ」
「断じてない!」
いつもの軽口に、私が突っ込む。それを見て、つかさとみゆきが笑ってて。
すっかり、いつもの調子に戻っていて、何だかさっきの話しが嘘みたいに感じてしまう。
「さぁ、どんどん暗くなって来ていますし、参りましょう」
そう言って、今度はつかさとみゆきが、ようやく目の前に見えてきた街の明かりへ向けて、私達の前を歩き出した。
「ほら、私達もいこ、かがみ」
いつの間に拾ったのか、たたまれた私の傘を手渡しながら、こなたは私を促す。
こなたから傘を受け取り、どちらともなく、隣に並び合って、前の2人に続く。
先程とは違い、気持ち温かい沈黙が降りる。
「雨、やんだね」
不意に声をかけられた。
「そうね」
「あ、かがみ見て!一番星かな?」
そう言われて、ふと顔を上げると、空を覆っていた雲の切れ間から、星が顔を覗かせていた。
この明かりのない田園風景を照らすには弱すぎる光だけど、何だかすごく輝いて見えて。
「…お母さんも、泣き止んでくれたのかな」
ぽつりと呟かれた言葉は、吹き出した風に消えてしまいそうな程小さい声だったけど。
私の耳には、しっかりと届いていた。
「きっと、そうよ」
「そっか…そだね」
空いていた右手に、突然温もりを感じて。
驚いてそちらを見ると、こなたの手がしっかりと握られていた。
「今だけだから…お願い」
「…うん」
今だけなんて言わず、ずっとだっていい。
さすがにそれは言えなかったけど。
嬉しそうに「ありがと」と言ってもらえただけでも、十分だしね。
「ねぇ、かがみ」
「んー?」
「明日は…お母さんに会えるかな?」
「…会えるわよ、きっと。あんたが、笑ってれば」
そう言って、笑って見せてやる。
こなたも、「そうだよね」と、そう言って貰えると確信していたように、にっこり笑った。
私にとっては、こなたが青空みたいなものなんだよ、とは今はまだ言わない。
今はこうして、笑い合えてるだけで十分だったから。
雨はいつか止む。
それは、私達の心にも言えるのかもしれない。
昼間は憂鬱な顔をしていたこなたも今は笑ってて。
私も、こなたとの距離が、少しは縮められた気がして。
そして、こなたのお母さんも、こなたが笑ってるから、きっと泣き止んだ。
そんな非現実的な事を考えてる自分が可笑しくて。
きっと、こなたに感化されてるのかな。
でも、それで皆が幸せになれるなら、それもいいかな、とも思う。
私達の心の雲を晴らせてくれたように、雲の切れ間に光る星は、きっと私達にとっての幸せの星。





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名前:
コメント:
  • かがみはやっぱ凄い -- 名無しさん (2009-03-06 02:22:49)
  • いい話だー -- 名無しさん (2009-03-05 16:00:50)


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