この甘さに思いを込めて(完結)

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★ ☆ ★ ☆ ★ 

「まったく、かがみのバカ!」
 本日最後の講義が終わり、ここ数日間口を開くたびに出てくる言葉を口にしながら私は
誰も待っていない寂しいアパートに帰ろうとしていた。
「なにが料理を勉強して来るだよ! 料理は全部私に任せておけばいいじゃん!」
 私がかがみの料理下手をからかったのがきっかけなのはわかっている。私が原因だって
自覚はある。けれど、そう文句を言わずにはいられなかった。
 こっちに引っ越してきてからずっと一緒だったのに、急にいなくなるなんて酷い。かが
みは私が毎日どれだけ寂しい思いをしているのか分かっているのだろうか。
 三日前の昼過ぎに来た「無事に着いた」という内容のメールを最後に、かがみからの連
絡はまったくない。寂しがり屋のかがみの事だから、きっと毎日何度も私に電話なりメー
ルをしてくると思っていたのに……。
 なんだかこっちから連絡するのも癪だったので、向こうからの連絡が来るのをずっと待
っていたけど、帰宅予定の今日になってもまったく連絡がない。
「ああっ、もう。普段私が連絡しなかったら怒るくせに!」
 だんだん不安になって来た。本当にかがみは今日帰ってくるのだろうか?
 確か最終の列車で帰ってくるはずだから、もう列車には乗っているだろうけど……。
「とりあえず、少し早めに駅に行って待ってようかな」
 別に早く駅に行ったところで列車の到着時間が変わることがないのは分かっているけど、
なんだかじっとしていられない。
 とりあえず家に戻って準備をしようと、私は自分のアパートに向かって走り出した。
 バス停から私たちが住んでいるアパートまでは大した距離が離れているわけじゃない。
すぐに私の視界にアパートが見えてきた。そして、そこで気づいた。
「あれっ、電気がついている……」
 それが意味していることを悟り、私は一層足を速めて玄関のドアにたどり着いた。
「えっと、鍵、鍵は……」
 防犯のためにドアはいつも施錠している。私ははやる気持ちを抑えられずに慌てて鍵を
取り出した。
「ただいま、かがみ!」
 ドアを開けるのと同時に叫ぶ。するとすぐにかがみが居間から出てきた。
「おかえり、こなた」
 普段と変わらない笑顔のかがみを見て、わたしはほっとするのと同時に腹立たしい気持
ちがあふれてきた。
「もう、かがみ! なんで早く帰ってくるならメールでも入れておいてくれないのさ!
 全然連絡してこないから、私は心配していたんだよ!」
「あっ、ごめん。いろいろ向こうで思いがけない出来事があったんで、連絡するのをすっ
かり忘れてしまっていたのよ」
 むぅ、何があったのかは知らないけど、私への連絡を忘れる程の出来事って何さ?
「え~、え~、そうですか。かがみは私といるより、家族のみんなといるほうが楽しいん
だね」
「だから、ごめんって謝っているじゃない。それと、早く帰ってくる連絡をしなかったの
は、こなたに私の料理勉強の成果をみせて驚かせようと思ったからよ。
 そろそろお腹が空いてきたでしょう? もう料理は大体出来ているから、もう少し待っ
ていて。髪を乾かしたらすぐに晩御飯にするから、あんたも楽な格好に着替えてきたら?」
 言われてみるとかがみの髪は濡れている。お風呂に入っていたんだろう。
「ほほう、なんか自信満々だね。面白い、どこまで腕を上げたか見てあげようじゃないの」
 この数日でどれほどかがみが腕を上げたか、怖いような楽しみなような……。でも久し
ぶりの二人での食事だ。楽しみな気持ちのほうが大きいに決まっている。
「驚くわよ、きっと。あっ、言っておくけどつまみ食いは駄目だからね」
「嫌だな、かがみ。そんなことをするわけないじゃない」
 私だってそこまで命知らずじゃない。とりあえず楽な服装に着替えることにしよう。
「あっ、かがみ、胃薬は用意しといたほうがよさそうかな?」
「やかましい! いいからとっとと服を着替えて来い!」
 かがみの怒声に、私は自分の部屋に退散する。うんうん、やっぱりこの反応がないとね。
かがみが帰ってきたって感じがするよ。ああっ、なんだか自然と口元が緩む。
「さぁ~て、どんな料理が出てくるのかな~」
 久しぶりのかがみとの食事だ。多少焦げていたり、味に難があっても美味しく食べられ
るよ、きっと。……どうか美味しく食べられる範疇でありますように。
 着替えを終えた私は、意を決して居間に向かうことにした。


「……ねぇ、本当にこの料理全部をかがみが作ったの?」
 私がそう思うのは当然だと思う。何日か前までりんごの皮剥きも上手に出来なかったか
がみが、こんなに多くの料理を作ったなんて。
「当たり前でしょう。私以外のだれが作るって言うのよ」
 かがみはあっさりそう言い、私にご飯をよそってくれた。
「いや、それにしてはあまりにも……」
 サバの味噌煮込みに肉じゃがにほうれん草のおひたしと卵焼き、それに揚げ物がついて、
トドメの汁物はつみれ汁。どれもこれも見た目は非常に素晴らしかった。
「ふふん、驚いたでしょう? ほら、温かいうちに食べてよ」
 得意げな顔のかがみに促され、私はとりあえず手近の肉じゃがに箸を伸ばした。
 芋を適当な大きさに崩して口に運ぶ。
「……なっ……」
 いや、ちょっと待ってよ。何でこんなに美味しいのさ? 私が作る肉じゃがよりずっと
美味しいよ。
「どうかな?」
 かがみが味を尋ねているのは分かったけど、私はそれどころではなかった。次々と別の
料理に箸を伸ばして味を確認する。
「……どれもこれもみんな美味しい……」
 信じられなかった。かがみはどれだけ頑張ったんだろう? どの料理も私が作るものよ
りずっと美味しい。……あれっ、でも何でこんなにはっきり私の料理より美味しいって思
うんだろう? なんだか私の作る料理に味が少し似ている気がするからかな?
「本当? ねぇ、こなた。嘘じゃないよね?」
「嘘なんてつく理由がないよ。すごいよ、すご過ぎるよ!」
 不安そうなかがみに私は力強く答えた。
「そっか……。よかった」
 安堵の表情を浮かべるかがみ。そして安心したように自分も料理に箸を伸ばし始めた。
「ねぇかがみ、このつみれ、魚だよね? 包丁で叩いて作ったの?」
 つみれの食感は完全な滑らかなものではなく、魚の身の食感が残っている。フードプロ
セッサーを使うと滑らかにはなるんだけど、なんかいまひとつ物足りないんだよね。まぁ、
その分手間が掛かるんだけど。
「ええ、そうよ。その方が美味しいって教えてもらったから」
 かがみは嬉しそうに笑う。
「じゃあさあ、この鶏肉の竜田揚げは……」
「ああっ、それはね……」
 私は一つ一つの料理のことを尋ねながら食事を楽しむ。かがみも嬉しそうに丁寧に説明
してくれる。本当に美味しい料理だ。それにかがみの説明を聞いていると、どれだけ手間
隙をかけてくれているのかがよく分かって嬉しかった。
「うんうん。本当にどれもこれも美味しいよ。でも特にこの卵焼きが絶品だね。優しい甘
さで、食べるとなんだかほっとする感じだよ」
「……うん。私もこの卵焼きが大好きなの。頑張ったんだから……」
 かがみは笑顔で言ったけど……。どうしてかな? 少しだけその笑顔が憂いを含んでい
るように見えたのは。
「ふぅ~。ご馳走様。最高に美味しかったよ、かがみ」
 あまりの美味しさにご飯をお代わりしてしまった。
「うん。お粗末さま。綺麗に全部食べてくれて嬉しいわ。あっ、お茶、飲むでしょう?」
 かがみはそう言ってお茶を淹れてくれた。いや、至れり尽くせりとはこのことだね。
「あんがと、かがみ。それにしても美味しいだけじゃなくて、すっごく気持ちがこもって
いる料理だったよね。私への愛にあふれていたよ」
 冗談めかして言った私の言葉。きっとこう言えば、「ばっ、馬鹿! 恥ずかしい事言う
な!」とかなんとか、かがみが可愛い反応を見せてくれると思っていたんだけど……
「………ええ、そうよ。こなたへの愛情がたっぷり込められた料理だもの。それも二人分
の愛情がね……」
 かがみはやっぱり憂いを含んだ笑顔でそう言い、
「こなた、少し話を聞いて頂戴。信じられない話だと思うけど、どうしてもこなたに聞い
てもらいたいの」
 そう続けて、真剣な目で私を見つめた。
「かがみ……。……うん、話して」
 ただならぬかがみの表情に、私は姿勢を正す。
「うん、実はね……」
 そう切り出し、かがみは私に話してくれた。誰が今食べた料理をかがみに教えてくれた
のかを……。
「……………」
 かがみの話を全部聞いて、私は絶句するしかなかった。
 信じられない話だった。ううん、今も信じきれないでいる。もしもこんな話をかがみ以
外の誰かから聞いたのなら、私は絶対に信じなかったと思う。
 ……けど、かがみが私に話してくれたんだ。誰よりも優しくて思いやりのあるかがみが、
嘘や冗談で私が人に触れて欲しくないお母さんの事を言うはずがない。
「かなたさんには、こなたにこのことは言わないでって口止めされていたの。でも……で
もね、私はかなたさんの思いはこなたにしっかり伝えないと駄目だと思った。
 どれくらいかなたさんがこなたのことを思っているのか……愛してくれているのか、こ
なたに伝えなくちゃいけないと思ったのよ」
 かがみは少しだけ怖い顔をしていた。……真剣だからだ。痛いくらいかがみの気持ちが
伝わってきた
「……大丈夫だよ、かがみ」
 私は何とか笑顔を作る。
「お母さんは私がうんと小さいときに死んじゃったから、全然記憶ないからさ……。今更
話す事や見ることができないって言っても、今までと何も変わらないよ」
 うん、そうだよ。何も変わらない。今までだってそうだったんだから。お母さんの姿は
写真で知っている。お母さんの声は……声は覚えていないけれど……大丈夫、うん、大丈
夫だよ。もともと話せるわけないんだし……。だからさ、かがみ。その顔はもうやめてよ。
見ているこっちが痛々しすぎて涙がこらえきれなく……なるか…ら……。
 我慢は長く持たなかった。私の瞳から涙がぽろぽろ零れ落ち始めた。だけどせめて顔を
俯けてかがみには見えないようにして、嗚咽が漏れない様に歯を食いしばる。
「……こなた。もう一品だけ食べて欲しいものがあるの」
 かがみはそう言って冷蔵庫から何かを取り出し、私の前に置いた。
「……これって……」
 涙をぬぐってテーブルを見ると、皿に乗ったプリンとスプーンが置かれていた。
「食べてみて、こなた」
 かがみは少し怖い顔のままそれを食べるよう促す。
「……うん、美味しそうだね……」
 正直ものを食べられる気持ちじゃなかったけれど、私はそう言って一口だけ口に運ぶ。
「………甘い……」
 口いっぱいに広がるとろけるような甘さと舌触りに私は驚いた。こんなに美味しいプリ
ンを食べたことはない。
「その料理はかなたさんの料理じゃないの。私がいろいろ工夫して作った卵焼きよ」
「えっ、これが卵焼き?」
 見た目も味もプリンそのものなのに。
「ええ、そうよ。これも卵焼きよ。丁寧に卵をかき混ぜてからしばらく置いておいて、そ
れから炭火でじっくり焼くとこういう卵焼きが作れるのよ。まぁ、実際に作るのは言うほ
ど簡単じゃないけどね」
 簡単じゃない事は説明を聞いているだけでも分かる。炭で焼くと言っても家の中で焼け
るわけがない。わざわざ外で炭をおこして焼いたのだろう。
 ……そういえば、かがみはご飯を食べる前にお風呂に入っていたみたいだった。きっと
不器用なかがみのことだから、外で炭をおこすのに手間取って汚れてしまったんだろう。
 ……この卵焼き、どれほど手間が掛かっているんだろう。
「前にテレビで宮崎県の郷土料理として紹介されていたことがあってね。美味しそうだっ
たから、いつか挑戦してみようと思って作り方を調べておいたのよ。まぁ、良く分からな
いところがたくさんあって私だけじゃ上手く作れそうもなかったから、うちのお母さんに
手伝ってもらったんだけどね」
 そう言ってかがみはほんの少しだけ表情を緩めた。
「かなたさんが言っていたの。料理を作るときには、大切な人に喜んで欲しいって思いを
込めて作ることが一番大事なんだって。だから私はこなたのことを思って料理を作った。
こなたに喜んで欲しいって気持ちを込めてね。
 他の料理ももちろん気持ちを込めたけど、その卵焼きを作るときには特に気持ちを込め
たのよ。卵を混ぜているときも、焼いているときも、型を使って形を整えている時も、ず
っとね……」
「かがみ……」
 私は何と言えばいいのかわからなかった。
「……話をすることも、姿を見ることも出来ないのだとしても、かなたさんはこなたの事
を大切に思っている。こなたを愛している。その気持ちはこなたに分かって欲しいの。
 そして、こなたには私がいるから。かなたさんに負けないくらい私がこなたのことを大
切に思っている。こなたを……愛しているって事を分かって欲しいのよ……」
かがみはそこまで言うとにっこりと微笑んだ。
「ねぇ、こなた。私の卵焼きの味はどうかな? 私の料理の腕はかなたさんの足元にも及
ばないけれど、こなたを大切に思っている気持ちは……この気持ちだけは、かなたさんに
も負けていないよね?……」
 かがみの優しい笑顔に、私の心の中に生まれた悲しい気持ちが薄れていくのが分かった。
そして私はもう一口かがみの卵焼きを口に運んだ。
 ……うん、やっぱり美味しい。幸せな甘さが私の口に広がっていく。
さっき食べたお母さんの卵焼きは、優しくて心が癒されるような甘さだった。けれどか
がみの卵焼きは悲しい気持ちを幸せな気持ちに変えるような甘さだ。
この甘さがかがみの思いなんだろう。私への気持ちなんだろう。かがみは「悲しいこと
があっても私が居るからね」って思いを込めてくれているんだ、この甘さに。
「うん……。すごく美味しいよ、かがみ……。お母さんの卵焼きに負けてないよ」
「本当? よかった……」
 だからどうしてそんなに優しく微笑むのさ、かがみは。私はかがみがどれだけ私のため
に頑張ってくれているのかも知らずに文句ばかり言ってたんだよ……。なのに、それなの
にかがみは……。もう、また涙があふれてきたよ……。
 私はかがみになんといえばいいのだろう。 ごめんなさい? ありがとう? 違う。そ
んな言葉じゃ私のこの気持ちは伝えられない。だったら……。
「……でもね、かがみ。かがみの卵焼きは少し甘すぎるよ……」
 私は涙もぬぐわずに悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「えっ、嘘! 味見はちゃんとしたはず……」
「本当だよ。食べてみてよ」
 慌てるかがみに、私は卵焼きを一口分スプーンで取ってそれをかがみの口元に差し出す。
「そんなはずは……」
 かがみがそう言って私のスプーンから卵焼きを口にした次の瞬間、
「んっ、あっ!」
私は瞬く間にかがみの唇を奪った。
 ごめんなさい、ありがとう、大好き、そんな思いを全て込めて甘い甘いキスをする。か
がみが甘い卵焼きに思いを込めてくれたように、私もこの甘いキスに思いを込めて……。
「なっ、こなた……」
 長い口付けの後、顔を赤らめるかがみに私はにっこり微笑んで尋ねた。
「ねっ、甘いよね?……」



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コメント:
  • すごく甘すぎる! -- かがみんラブ (2012-09-23 15:18:31)
  • マックでボロ泣きして隣の人にひかれた・・・w


    GJです! -- 名無しさん (2010-08-13 16:34:02)
  • 良い話だ!大好き!! -- 名無しさん (2010-04-15 17:42:56)
  • 月並みなレスで申し訳ありませんが
    全俺が泣いた
    GJです -- 名無しさん (2010-01-08 02:09:04)
  • 本スレにも書いてみたけど、保管庫で見るとまた違った味があってコレがまた・・・
    ホントに何なんだろうなぁこの温かさ。
    くやしい! くやしいぞぉ! -- 名無しさん (2009-03-07 01:23:09)
  • あなたの作品心が温まります!大好きです(^O^)前作に続きまた泣かされました。 -- 名無しさん (2009-03-04 18:26:01)
  • いい話だ… 素晴らしい! -- 名無しさん (2009-03-04 11:42:48)


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