この甘さに思いを込めて

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「ふぅ、こんなものかな」
 箒を片手に満足気にそう口にする夫に私は苦笑する。几帳面な性格のこの人が指揮を執
っているのだから、いままで一度も境内が汚れていたことはない。けれど今日はきっと今
までで一番掃除が行き届いているのではないだろうか。
「そうね。ちょっと頑張りすぎなくらい綺麗になったわ」
 いくら久しぶりに娘が帰ってくるとはいえ、少し浮かれすぎではないかと思う。けれど
いつもの私ならば、可愛い娘に美味しいもの食べさせたいと料理の下ごしらえに大忙しの
はずだから、あまり夫のことをどうこう言えないのかもしれない。
「そうかな? でも久しぶりにかがみが帰ってくるのだから、きちんとしておかないとね」
「まぁ、かがみだけはゴールデンウィークに帰ってこなかったから、気持ちはわかります
けど」
 私たちの可愛い4姉妹の3番目。かがみが今日我が家に帰ってくる。
大学の講義がぽっかり4日間空くから帰ってくると連絡を受けたのは1週間前。おかげ
でこの1週間、ずっと夫はこんな調子で指折り数えてこの日を待っていた。
 もちろん私も楽しみにしていた。電話での連絡は定期的にあるけれど、やはり元気な姿
を確認したい。
 家事の苦手なあの子のことだから、ついつい、「しっかりご飯を食べているだろうか?」
「コンビニの商品ばかり食べていないだろうか?」と心配になるのは母親として仕方のな
いことだろう。まぁ、家事が得意な友人のこなたちゃんと一緒に共同生活しているから、
大丈夫だとは思うけれど……。
「……あの、すみません……」
 早朝の境内には私たち夫婦しかいないはずなのに、不意に背中から声をかけられた。
「はい、なんでしょう?」
 振り返った私の後ろには、一人の女性が立っていた。
 ……そしてこの出会いが、私達が不思議な体験をするきっかけだった。


『この甘さに思いを込めて』


「かがみ、忘れ物はない?」
「大丈夫よ。私のことより、あんたこそしっかり講義を受けてくるのよ」
 駅の改札の前で、私とこなたはそんな会話を交わす。
 今日は朝一の講義がないからとわざわざ見送りに来てくれたこなたに、素直になれない
私は礼の言葉一つも言えなかった。まぁ、日ごろ私のことをツンデレ呼ばわりしているの
だから、こなたは私の本当の気持ちは分かってくれているだろうけど。
「あっ、そうだかがみ。これ、お弁当だよ。後で食べてよね」
 こなたはカバンから包みを取り出して、それを私に差し出した。
「なっ、あんた、いつの間にこんなの作ったのよ?」
 たしか今朝こなたは7時近くまで寝ていたはずなのに。
「いや、お弁当っていっても、昨日の夕食の残り物にちょっと手を加えてご飯を詰めただ
けだから、朝食を作るついでに作っておいたんだよ。でも、出来合いのお弁当なんかより
はずっと美味しいと思うよ。なんせ愛がたっぷり入っているからね」
「うん、その、ありがとう……」
 私は少し複雑な気持ちで礼を言う。
「いやいや礼には及ばないとも。料理下手な嫁の代わりに料理するのも夫の甲斐性だから
ね~」
 ニヤニヤと笑いながら言うその台詞に、カチンと来た。
「みっ、みてなさいよ、こなた! 絶対にあんたより美味しい料理を作れるようになって
見せるんだから!」
 ……自分で言っておいてなんだけど、負け犬の遠吠え以外のなにものでもない。
「はっはっはっ、せいぜい花嫁修業を頑張ってくるんだね、かがみんや」
 勝ち誇った笑みを浮かべるこなた。私は何も言い返せずに歯軋りするしかなかった。


 列車の窓からぼんやりと景色を見ながら、私はこれまでのことをふと思い出していた。
 私とこなたは高校からの付き合いだ。そしてお互い女の子だけど、一応恋人同士のつも
りである。
 私たちは無事に陵桜学園を卒業し、この春から大学生になった。そして今は少し広めの
アパートを借りて共同生活をしている。大学は別々だけど、お互いバスを使えば通学に支
障がない距離なので問題はない。
 初めての大学と親元を離れての生活。そしてなによりこなたと一緒の生活は思っていた
以上に大変で、そして楽しくて仕方がなかった。まぁ、好きな相手との生活なのだから楽
しくないはずはない。おかげでゴールデンウィークも帰省せずに二人で過ごしてしまった。
けれど、二人での生活を続けるうちに問題も出てきたわけで……。
 当初、私はこなたとの共同生活を始めるにあたってひとつ心配な事があった。それは、
今まで一生懸命だった分、大学合格を境にこなたがだらけきってしまうのではないか?
ということだった。
 高校3年生になってからは、私と離れたくないと言って大学合格のために一生懸命勉強
をしていたこなただけど、それ以前は教科書すべてを学校におきっぱなしでテストの前日
にしか持ち帰らないという暴挙を行っていたのだ。私が不安になるのも無理からぬことだ
ったと思う。
 けれどこなたは変わらなかった。
 もちろんネトゲはやるし、変なグッズを買ってくるし、怪しいゲームを私の目も気にせ
ずにやっている。けれど、こなた自身か私が翌日の朝一の授業が入っているときは早々に
切り上げるし、翌日が休日でも徹夜でゲームをしたりはしない。そして講義はまったく休
まない。……なんだかごく当たり前のことをしているだけな気もするけど、以前のこなた
を知っているだけに驚愕の変わりようとしか思えなかった。
 まぁ、その事自体はなんの問題もない。むしろ喜ばしいことだ。おかげで私との二人の
時間がしっかりとれるので素晴らしいのだけど……なんだか私の立場がなくなってきてい
る気がした。
 予定ではだらしないこなたを私が世話をやいて、家事が苦手な私をこなたが助けてくれ
ればいいかな、と思っていた。けれど、私が世話をやかなくてもこなたは何の問題もない。
となると、家事が苦手な私ばかりがこなたに依存する形になってしまう。
 もちろん、私だって努力を怠ったわけではない。インターネットで調べたり、料理本を
買ってきて勉強をしたりして簡単なおかずくらいは作れるようになろうと努力した。しか
し、やはり私の腕では上手に作ることができず、そればかりか無駄な食材を買ってきたた
めに食費を余計に支出する事になっただけだった。
「……まったく、このままだと私はただの駄目な奴じゃない……」
 思い出しているうちにため息が漏れた。
 高校時代なら私の方が勉強は得意だったけれど、私とこなたは大学に加えて学部も違う
から大した手助けはできそうにない。……本当にこのままだと私の立場がない。いや、そ
れ以上にこなたにばかり頑張らせていることが申し訳ない。
 そこで私はたまたま大学の講義の休講と開校記念日などが重なったのを好機と思い、実
家に帰って料理を勉強してこようと考えた。
その事をこなたに相談すると、こなたは私だけが帰省する事に強く反対した。
「かがみが居ないと寂しくて仕方がないよ! 私を独りぼっちにしないでよ!」
 と涙を浮かべて言ってくれたので、私は帰省するのをやめようかとも思ったんだけど、
「そもそも、かがみの料理下手が何日かでどうにかなるわけないよ。皮に実が付きすぎて、
ボコボコで形がいびつになるけど、手を切らずにりんごの皮を剥けるようになったんだか
らもう十分だよ。単細胞生物がミジンコになったくらいの大進歩だよ!」
 と続けられた言葉に、是が非でも腕を上げて、ぎゃふんと言わせてやると心に誓った。
 うん、誓ったんだけど……。
「悔しいけど、やっぱりこなたの料理は美味しい……」
 お昼にこなた特製のお弁当を食べて、さっそく私の誓いは音を立てて崩れてしまい
そうになっていた。

★ ☆ ★ ☆ ★ 

「ふぅ、一人だと時間が経つのが遅くて疲れるわね……」
 長時間列車に揺られてようやくなじみの駅に到着した私は、改札口の向こうで手を振っ
ているお父さんを見つけて苦笑した。
 私は改札を抜けてお父さんに駆け寄る。
「おかえり、かがみ。元気にしていたかい?」
 優しい笑顔で言うお父さんの声に、帰ってきたんだという感覚が私の中に広がった。
 3月の末から2ヵ月半ほど離れていただけなのに、ひどく懐かしく思える。まぁ、今ま
で家を長期間離れることなんてなかったからしかたがないけれど。
「ただいま、お父さん。でも手を振るのはやめてよ。恥ずかしいから」
 久しぶりに会えて嬉しいのに、私はついこんなことを言ってしまう。けれどお父さんは
「ごめん、ごめん」と笑顔を崩さない。
「あれっ、お母さんは?」
 てっきり二人で迎えに来てくれると思っていたのに、お母さんの姿が見えない。
「あっ、ああ、ちょっと準備に時間が掛かるから、お父さんだけで迎えに来たんだよ」
「準備? ああっ、料理の準備ね」
 料理を教えてほしいということは、事前にお母さんに伝えてある。きっとそのための準
備をしてくれているのだろう。……お父さんが少し困ったような顔をしたのが気になるけ
ど。
「立ち話もなんだから、車に乗るとしようか? かがみも早く家に帰ってゆっくりしたい
だろうしね」
 そう言ってお父さんは私の荷物を持ってくれた。
「うん。でも、あんまりゆっくりはしていられないのよ。しっかり料理を覚えないといけ
ないから」
 そう、料理を覚えることが今回の帰省の一番の目的だ。絶対にこなたを唸らせる料理を
作れるようになってみせる!
「……うん、そうだったね……」
 何故かお父さんはやっぱり少し困った顔をしていた。
……まぁ、その理由は家に帰ってすぐに分かったんだけど。


「ただいま~」
 と私が元気な声を響かせると、お母さんが茶の間から出てきた。
「お帰りなさい、かがみ。疲れたでしょう? とりあえず部屋に荷物を置いて手を洗って
きなさい。美味しいおやつがあるから」
 満面の笑みでお母さんは出迎えてくれた。
「うん、そうさせてもらう。でも、お母さん。一息ついたら早速始めたいんだけど」
 多少の疲れはあるけれど、私は料理を覚えるために帰ってきたんだ。すぐにでも料理の
勉強を始めたい。
「あらあら、せっかちね。……でもその方が都合がいいわね」
 何の都合がいいのかは分からないが、お母さんは一人で納得する。
「ただいま」
 と私に遅れてお父さんが玄関に入ってきた。
「お帰りなさい。ほら、あなたもすぐに手を洗ってきて。美味しいおやつがあるんだから。
温かいうちに食べないともったいないわ」
 お帰りの挨拶もそこそこに、お母さんはお父さんを急かす。
「あっ、その、一緒に作ったのかい?」
「ええ。とは言っても私は何もしていませんけど」
 二人が何を言っているのかは分からないが、とりあえず誰かがお母さんと一緒におやつ
を作ったということだけは分かった。
「……もしかして、つかさも帰って来ているの?」
 そんな話はまったく聞いていないけど、調理の専門学校に行っているつかさが帰ってき
ているのだろうか? 私はとりあえず一番ありそうなことを予想して口に出してみた。
「残念、はずれよ」
 お母さんは悪戯っぽい笑顔でそう言い、「あっ、そうそう」と話を続ける。
「ねぇ、かがみ。かがみは料理を覚えたいのよね? それなら料理を教えてくれるのは、
料理が上手なら私以外の人でもかまわないわよね?」
 突然の質問、というか決定事項の確認のような物言いに、私は慌てに慌てた。当然だ。
私はお母さんなら何でも分からないところは聞きやすいと思って料理を教えてくれるよう
に頼んでおいたんだ。それなのに、いきなり料理を教えてくれる人が代わるなんて……。
「ちょっ、ちょっと待ってよ、お母さん!」
「待つのはあなたの方よ、かがみ。とりあえずあなたに料理を教えてくれる人を呼ぶから、
少し話を聞いてあげて」
 私の抗議の声を抑え、お母さんは「どうぞ出てきてください」と茶の間にいるであろう
誰かに声をかけた。するとそこから出てきたのは……。
「こっ、こなた?!」
 私の驚きの声が玄関に響き渡った。
なんでこんなところにこなたがいるのだろう? ……いや、違う。ものすごく似ている
けれど目の前にいる人はこなたじゃない。だったらこの人は……。
 唖然とする私に、こなたによく似た女性はにっこりと微笑んで、
「はじめまして、かがみちゃん。泉かなたと申します」
 そう自己紹介をした。
「……えっ? ……えっ、ええええええええっ~~~!」
 私の叫び声は境内全部に響き渡った。

★ ☆ ★ ☆ ★ 

 別に友達の親同士が仲良くなることは珍しいことではないと思う。ましてや親元離れて
共同生活を始める子供の親同士がまったくお互いの家族のことを知らないわけにはいかな
いだろう。実際こなたのお父さん―――泉そうじろうさんも何度かうちに挨拶に来ている
し、逆にうちのお父さんとお母さんも挨拶に行っている。
 そう、だから別にこなたのお母さんであるかなたさんがうちに遊びに来ていても問題は
ない。……ただ一点、すでにかなたさんは亡くなっているはずだということを除いては。
死んだはずの人が目の前にいるという事態に戸惑いながらも、私はお母さん達と一緒に
台所近くの食卓に場所を移してかなたさんの話を聞くことにした。
「……と言うわけでして、何とかかがみちゃんにお願いできないかと……。どうかこのと
おりです」
 心底申し訳なさそうにかなたさんは言い、私に頭を下げた。
「そんな、顔を上げてください! 私なんかでよければ喜んで協力しますから」
 こんな話を聞いてしまったからには協力しないわけにはいかない。
 かなたさんの話はこういう事だった。
 かなたさんは娘と夫が心配で、事あるごとに二人の様子を見守っていた。けれど肉体を
持たないかなたさんはそれ以上に二人に何もしてあげられず、歯がゆい思いをしていたら
しい。特に最近は娘のこなたが夫の下を離れて生活をするようになり、何か少しでも娘の
ためにしてあげられることはないかと思っていた。そんな矢先に、こなたと共同生活をし
ている私が料理を勉強するために実家に帰ってくることを知り、いてもたってもいられず
にうちの神社を訪ねてきたらしい。
 そして、かなたさんはうちのお父さんとお母さんにお願いをした。どうか自分の料理を
娘さんに教えさせてもらえないかと。
 そうすれば間接的ではあるけれど自分の料理を娘に食べさせてあげられると考えたのだ
ろう……。
「でも、かなたさん。それなら直接こなたに教えたほうが早いんじゃないですか? こな
たも喜ぶと……ものすごく喜ぶと思います」
 もしもそれが叶うならどれほど素晴らしいだろう。こなたはずっとお母さんを知らずに
育った。だからこそお母さんに会いたいという気持ちは誰よりも強い。
 こなたにかなたさんを会わせてあげたい。私は心からそう思った。けれど、
「はい……。もしもそれができるのであれば、それほど嬉しいことはないのですが……」
 かなたさんは悲しげな笑みを浮かべた。
「それがね、かがみ。死んだ人にも守らなければならない決まりごとがあるらしくてね。
8月のお盆のとき以外は、肉親のところに戻れないらしいのよ。
 ……それに、お盆の時でもこんなふうにしっかりと生前の姿で人前に現れることも許さ
れないらしいの。ましてや、話をするなんてことなんて絶対に許されないらしいわ……」
 かなたさんに代わって、お母さんが諭すような口調で私に説明してくれた。
「そんな! こなたは、こなたはずっとかなたさんに会いたいって思っているのに! ど
うにか、どうにかならないんですか?」
 感情が先走ってしまった私をいさめるように、お父さんが私の肩にポンと手を置いた。
「かがみ、もしも死んでしまったはずの人がいつでも戻って何でもできるのであれば、こ
の世は大変なことになってしまうよ。そうならないための仕方のない決まりごとなのだと
お父さんは思うよ……」
「でも!」
 私は反論しようとしたけれど、お父さんは首を横に振った。
「それにね、これ以上かなたさんを悲しませては駄目だよ、かがみ。どうにかする方法が
あるのならば、かなたさんはとっくにその方法を実行しているはずだとは思わないかい?」
 お父さんの言葉が胸に突き刺さった。そのとおりだ。かなたさんだって娘に会いたいん
だ。料理を食べさせてあげたいんだ。でも、どんなにそう願っても叶わないから、私に頼
んでいるんだ。
「すみません、かなたさん。私、かなたさんの気持ちを全然考えていませんでした」
 無神経で考えなしな自分を引っ叩いてやりたくなった。けれど、かなたさんはにっこり
と微笑んだ。
「こなたは果報者ですね。こんなに自分のことを我がことのように思ってくれる人がいる
んですから」
 私はどういう顔をすればいいのか分からずに、気恥ずかしさと申し訳なさがいっぱいに
なって顔を俯けた。
「いいえ、うちの方こそ、こなたちゃんがしっかりしてくれているので助かっているんで
すよ。うちの娘はしっかりしているようでずぼらなところがありますから」
 お母さんはそう言いながらも私の頭を撫でた。
「それと、かがみちゃん。もうひとつお願いがあるんです。かがみちゃんが私の料理を覚
えても、それが私の料理だということをこなたには教えないで下さい」
 どうしてこんなことをかなたさんは言うのだろう? せめてかなたさんがこなたのため
に私に教えてくれたということぐらいは教えてあげたい。
 釈然としない思いが表情に出ていたのか、かなたさんは少し悲しげに微笑んだ。
「私が今この場にいて、こうしてお話できるのは特別なことなんです。おそらく最初で最
後の機会だと思います。そして、先ほどみきさんが話して下さったように、私はこなたと
会話することはできません。許されないんです……」
 ……どうして私はこうもバカなんだろう。かなたさんが私に料理を教えてくれたことを
知れば、こなたは自分もかなたさんに会いたいと、話をしたいと思うに決まっている。で
もそれが決して叶わないことなのなら、これほど残酷なことはない。
「ごめんなさい、かなたさん……」
 私は言葉を失い、気まずい雰囲気になってしまった。けれど、そんな雰囲気を変えよう
としたのだろう。お母さんが口を開いた
「それで、かなたさん。早速で申し訳ないんですが、うちの娘はすぐにでも料理を作りた
いと言っているんですが、よろしいですか?」
「はい、もちろんです。みきさんには及びませんが、料理の先生をさせて下さい」
 そういえば、かなたさんはうちのお母さんを名前で呼んでいる。出会ったのは今朝のは
ずだけど、すっかり仲良くなったみたいだ。
「そんな、謙遜しないでください。あっ、そうだったわ」
 お母さんは席を立ち、台所から何かを持ってきた。
「かがみ、口を開けて」
「えっ、なんなっ、って、あぷっ!」
 わずかに開いた私の口にお母さんは何かを投げ込んだ。
 私は慌てて口の中で位置を調整して咀嚼する。すると、ちょうどいい温かさと香ばしい
ゴマの香りと歯ごたえ、そして口いっぱいに甘いあんこの味が広がった。
「どう、美味しいでしょう? かなたさん特性のゴマ団子よ」
「おっ、美味しいけど、いきなり人の口に食べ物を放り込まないでよ!」
 私の抗議の声に、「あら、ごめんなさい」とさして悪いと思っていない口調でお母さんは
言い、
「これは市販のあんこだけど、かなたさんは時間があればあんこも作れるらしいわ。教わ
りがいが在りそうでしょう?」
 そう続けた。
 確かにすごそうだけど、正直私はあんこを作るのがどれだけ大変か知らない。けれど、
かなたさんが料理上手だということはなんとなく分かった。
「うん、そうね。でも、できれば私はおやつじゃなくて、惣菜の作り方を教えて欲しいん
だけど……」
「分かりました、惣菜ですね。なるべく簡単で応用が利く料理にしますね」
 お母さんに代わってかなたさんが答えた。
 こうして私は、お母さんではなくかなたさんから料理を習うことになったのだった。



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