私は卑怯者だ。
 私は誰も幸せに出来ない。
 自らの想いを伝える勇気も無く、好きな人の純情を踏みにじり、懺悔もせずに逃げ出した。
 それでも、自分にとって都合の良い日常を保とうとして、必死に立ち振る舞って――大切な友達の事まで傷つけてしまった。
 私は、一体何の為に生まれてきたのだろう?
 卑怯者の私に、一体何が出来るというのだろう――?


    「ふとしたことで~救済~」


 日に日にクリスマスムードが高まっていく中で、私にとって悪夢以外の何者でも無かった二学期は、本日の三者面談と、22日の終業式を以ってようやく終わりを告げる。

「――まぁ、泉の話に関してはそんなところです。あ、あと、冬休みはあっという間に終わるんで、徹夜でネトゲとかし過ぎて生活のリズムが狂い過ぎんよう、ご家庭の方でも指導の方よろしくお願いします」
「分かりました。こなたにもそう言い聞かせておきます」

 その三者面談も、私の成績の話と偏った生活習慣に対する指摘を経て、最後のまとめに入ろうとしていた。

「…泉も、今日はあんまり喋ってないけど、特に言う事は無いんか?」
「あ、はい、大丈夫です」
「そうか。それならええけど…。じゃあ、これで終わりです」

 黒井先生に軽く頭を下げるお父さんに合わせて、私も軽く会釈をして椅子から立ち上がる。
 こんな強制イベントは早く終わらせて、一刻も早く冬休みを――かがみの影に怯えるような自分自身の情けなさから逃避する事の出来る冬休みを迎えたい。
 それが今の私の率直な気持ちだった。

「あっ、せや、アレを言うのを忘れとった」

 唐突に先生が何かを思い出したかのように、手をポンと叩いた。

「まだ、こなたの事でなにか…?」
「いや、別に大した事やないんですけど、ここ最近、泉と柊姉の方が顔を合わせてるとこを見てないなぁ~思いまして」

 一番聞かれたくなかった話題が飛び出てきて、私は思わずその場で固まってしまった。

「そういえば、家でも最近かがみちゃんの話は聞いてないなぁ…。まぁ、その事はまた家の方で話をしておきます」

 お父さんがそう答えた後、ようやく面談は終わった。
 先生も最後の最後で余計な課題を押し付けて来なくても良かったのに…。

「…かがみちゃんと喧嘩でもしたのか?」

 帰りの車内、タイミングを見計らったかのようにお父さんがその話を切り出してきた。

「別にそんなんじゃ無いよ……」

 窓の外で流れる、曇り空で澱んだ街並みを眺めながら、私はポツリと言葉を零す。
 お父さんには、未だにかがみの事は何も話せずにいた。
 お母さんが居ない私にとって、お父さんは家族と呼べる唯一の存在だ。
 もしも、私が同性の親友に対して不埒な行為をし、あまつさえ私がその娘の事を好いているとお父さんが知ってしまったら――。考えただけでもゾッとする。
 だから、もうその事に関してはそっとしておいて欲しい…。

「家での会話の内容を遡ったら、もう一ヶ月以上になるな…。どっちにせよ、早く仲直りした方が良いんじゃないか? かがみちゃんも、こんな状態は望んでないと思うけどなぁ…」
「……」

 でも、そんな願いも空しく、その話題はお父さん主導でどんどん話が進められていく。
 お父さんは、何も知らないくせに…。
 そんな私のどす黒い感情が、心の奥深くから蠢き出す。

「なぁ、こな――」
「お父さんには関係無いじゃん」

 私がそう発した瞬間、車の中の空気が凍り付くのが分かった。
 言ってから、しまったと思った。
 恐らく、車を運転するお父さんの穏やかな表情も、瞬間凍結されたような状態になってるんだろう。
 だけど…、私は振り向いてそれを確認する事も出来ず、ずっと窓の外を見つめ続けていた。

 どうして私はこんなにも人を傷つけてしまうのだろう……。

 そこから家に着くまでの間、車内には鈍いエンジン音と、カーステレオから流れる場違いなアニメ主題歌だけが延々と鳴り続けていた。

§

「先日、かがみさんとつかささんが喧嘩をしました。…そして、今の時点でもまだ仲直り出来ないでいるそうです」

 数日前。みゆきさんに呼び出され、糟日部駅近くのあのカフェにやって来た私は、そう話を切り出された。

「…へぇ、そうなんだ」

 まさか、私が原因で、とかじゃないよね…?
 そんな不安を顔には出さず、あくまでも私は平静を装う。

「その喧嘩の原因なんですが…。どうやら、つかささんがこなたさんとかがみさんの仲を取り持とうと持ちかけた時に起こったそうなんです」
「そう…なんだ…」

 ああ、やっぱりそういう展開になってるのか…。
 悪い予感が当たってしまい、私は歯切れ悪く返事をする事で精一杯だった。
 そんな様子の私を前にして、みゆきさんは更に話を続ける。

「実は、今回の問題が起きた時、私もつかささんも、ここまで事が長引くとは思っていませんでした。ある程度すればお二人が自発的に和解するだろうと考えていましたので…。私もつかささんも、無理に仲裁せずに経過を見守ろうという事で見解を一致させていました。ですが、1ヶ月近く経っても、お二人の関係に何の進展も無い事につかささんが痺れを切らして、その話をかがみさんに持ちかけた……というのが全ての真相です」
「……」

 それを聞いて、私は自分自身の認識の甘さを恥じずにはいられなかった。
 ほんの少し前まで、私はかがみのいない日常でも、私が何もしなければ問題は無いんだと思い込んでいた。
 でも、その仮初めの日常も、つかさとみゆきさんが常に気配りをする事でようやく保つ事が出来ていたに過ぎなかったのだ……。

「こなたさん」

 そして、打ちひしがれる私に更に追い討ちを掛けるかのように、みゆきさんが私の顔を見据えながら、私の名前を呼ぶ。

「友達として、敢えて言わせて頂きます。……かがみさんと会って下さい。会って、話し合いをして下さい。私もつかささんも、今のお二人の不安定な関係を見続けるのはもう辛いんです…」

 その目尻に涙すらも漂わせて、みゆきさんが私に懇願している。
 それでも、私は自分の首を縦に振る事が出来ない。

「…ごめん、みゆきさん。今の私には、かがみと今までのような関係に戻れる自信が無いんだよ…。もう、かがみの事を“ただの友達”としては見られない。…だから、もう私はかがみと会わない方が――」
「それは違います」

 想定していなかったみゆきさんからの反論に、私は思わずビクリと体を震わせた。

「こなたさんは自分を誤魔化して逃げてるだけです。かがみさんからも、ご自身の大切な気持ちからも。…そんなの、絶対に間違ってます…」
「……」

 ……正論以外の何物でも無かった。
 結局、私はどこまで言っても臆病な人間で、誰も傷つけたくないと言いながら、本当は自分の保身しか考えてない卑怯者で――。

「…少し、考えさせて」

 だから、この前向きに見える発言も、実際はこの場から逃れる為の単なる出任せでしか無かったんだ…。

§

 太陽が沈み、限りない闇の世界が窓を通り抜けて私の部屋を侵食する。
 それでも私は、灯りの一つも付けないまま、部屋の片隅に蹲っていた。
 蹲り、後悔の念にひたすら駆られていた。

 どうして、私はかがみの事なんか好きになってしまったんだろう…。
 好きにならなければ、誰も辛い思いをせずに済んだ筈なのに。
 こんな感情、気付かなければずっと幸せのままでいられたのに…。

 涙が止めとなく溢れくる。
 いくら泣いたって、何も解決しないのに…。

 コンコン。

 突然のノック音。
 取り繕う暇も無く、お父さんが部屋に入ってきた。
 そして、私の様子を一目見て、思わず苦笑いの表情を見せた。

「何か辛い事や悲しい事があると、そうやって部屋の片隅で三角座りする所は、昔から変わってないな…」

 そう言うと、電気を点け、動かないままの私の隣に座り込んだ。
 そして、何も言わず、その大きな手で私の頭を優しく撫で続ける。
 私がこういう状態になっている事に気付いた時、いつもお父さんはこうして私が“それ”を話し出すのをじっと待つのだ。
 私が歳を重ねていくにつれて、そういう行為をする事も無くなっていったのだけれど、今でもこれは変わってないんだな……。
 そう思うと、もう耐え切れなかった。

「…おとう…さん…」
「ん?」
「わたし……。かがみのことが……かがみのことが……」

 言ってしまったら、もう後戻りは出来ないという恐怖が私を襲う。

「す…き」

 その恐怖に打ち克ち、しゃくり上げながらようやくそれだけを伝えた。

「そうか…」

 私のタブーな告白を聞いても、お父さんの穏やかな表情は曇る気配を見せなかった。

「…なぁ、こなた」

 お父さんの顔と私の顔が真正面で向かい合う。

「…お父さんはな、こなたが幸せで居られるのなら、他はなんにもいらないんだ。自分の子供の不幸を願う親なんて誰も居ないし、そんな親が居たらそいつは親として失格だと思ってる。だから、もう一人で全てを抱え込もうとしないでおくれ。例え、世界中の人間がお前の敵に回ったとしても、俺だけは――いや、お父さんとお母さんはいつまでもお前の味方だ」

 その言葉を聞いた瞬間、私の中で縛られていた全ての想いが解き放たれた。

「…う…うぐっ…」

 何かを伝えたいのに、それが嗚咽になってしまい、言葉として出てこない。
 そんな私をお父さんはそっと抱きしめた。
 そのお父さんの腕の中で、私はいつまでも涙を流し続けた。
 キスした事に対する自責の念も、自らの想いがかがみに拒絶されるのではないかという恐怖も、全てが涙として流れ落ちていくようだった。



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