何気ない日々:梅雨の空と四人の気持ち

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何気ない日々:梅雨の空と四人の気持ち

 ジリリリリリリッ・・・カチッ。
ふぁぁぁぁっ・・・う~。眠たいよぅ。おまけに寒いしお布団から出たくないなぁ、出たくないなぁ。羊でもふもふのゆきちゃんが一人、二人、三人・・・くぅ~すぅ~。
 ジリリリリリリッ・・・カチッ。
う~、何でこんなに目覚ましが鳴るんだっけ。止めたのに・・・どうしてかなぁ?ウサギのお姉ちゃんが一人、もふもふのゆきちゃんが一人、狐のこなちゃんが一人・・・くぅ~すぅ~。
目覚まし時計に設定できる限りの回数分、何だか楽しい夢に揺られて寝ちゃってた、えへへ・・・。
「ふぁぁぁぁ、あふぅぁぅ」
私―柊 つかさは、眠い目を擦りながら、布団から抜け出した。今日は、お弁当の当番が私だから、がんばらなく・・・ふぁぁぁぁっ。
「ん~、まだ大丈夫だけど、ここで寝ちゃったらきっと今日は学食になっちゃうよね」
何とか気合を入れて目を開ける。洗顔を済ませても眠たいものは眠たいよ~。
 今日は、昨日の晩御飯の野菜炒めがあるから、カレーパウダーでちょっとアクセントを加えて、たまにはあま~い卵焼きにして、ほうれん草はお浸しにしようかな?ベーコンと炒めて、でも炒め物が二つになっちゃうから、お浸しにしよう。
 私が、唯一器用にできるのは、半分寝ながらお弁当を作っちゃえること。でも、自慢にはならないよね、えへへっ。ボーっとしてる間に手を動かして、お弁当、二人分ささっと作れちゃった。
「つかさ、そこで立ったまま寝ちゃわないのよ。お母さん、朝ご飯作れないから」
「うん~」
早く着替えて、学校に行く準備をしよう。こなちゃんがお姉ちゃんのことを好きって気持ちを、悩んでいることを相談してもらえたんだから、がんばらなくちゃ!
 でも、何をがんばったらいいんだろう。お姉ちゃんには聞けないし・・・そうだ!ゆきちゃんに聞こう。あ、でも、ゆきちゃんが、もしもこなちゃんが不安に思っているような反応をしちゃったらどうしよう・・・こなちゃんの話じゃないようにすれば大丈夫だよね。
 嘘は良くないけど、私だけじゃどうにもできないから。
「かがみが・・・ねぇ。お父さんに何て相談しようかしら」
お母さんが少し不安そうな声で、そう呟いた。
「お姉ちゃんがどうかしたの~?」
ようやく目が覚めた私は、気になって聞き返した。
「な、何でもないのよ、つかさ。ほら、さっさと着替えてらっしゃい。朝ご飯作っちゃうから」
答えはもらえなかった。お姉ちゃんにも何かあるのかな?力になりたいな。でも、お姉ちゃんはきっと、私の力を借りようとは思ってくれない。
 小さい頃から、お姉ちゃんは双子で同い年なのにお姉ちゃんだった。私がお気に入りのお人形を男の子に取られて泣いていた時も、ボールを取られて泣いていた時も、私の前には、お姉ちゃんの背中があった。
 それはとても力強くて、誇らしくて、でもただ守られていることが悲しかった。
 今度はお姉ちゃんの力になりたい。その為には、お姉ちゃんの悩みを知らなくちゃいけない。
 着替えて、学校へ行く準備をしてご飯を食べる前に、私はお姉ちゃんの部屋に入った。
「おはよ、つかさ。んー?何か、似合わない険しい顔をしているけど、どーしたの」
お姉ちゃんはどこか、寂しげな笑顔を浮かべていた。きっと、お姉ちゃんは普通に笑っているつもり何だと思うの。でも、普通じゃないんだ、最近のお姉ちゃんも、こなちゃんも。
「えっとね、お姉ちゃんてさ。悩んでるこ・・・」
「何も悩んでないわよ。それより、そろそろ朝ご飯食べないと、待ち合わせに遅れちゃうわね」
ピシャリと、強引に話を打ち切られた。まだそんなに遅い時間じゃない。まだご飯を食べなくても待ち合わせに遅れちゃう時間じゃない。だって、お姉ちゃんが学校に行く準備をしている時間なんだもん。
「ねぇ、お姉ちゃん、私、力になり・・・」
「あーあ、今日は雨が降ってるわね。早めに行かないと、バス混んじゃうわね。つかさ、ご飯食べよ」
もうこれ以上追求しないでほしい、お願いだから。そんな思いの篭った曖昧な笑顔。もう、聞けなかった。
「うん、そうだね~。お腹すいちゃった」
私もお姉ちゃんの言葉に合わせた。これ以上追求したら、お姉ちゃんを余計に困らせてしまう気がして。

 本当は知っている。私が見ていた力強い背中が、本当は勇気を振り絞ったものだという事を。
 本当は知っている。お姉ちゃんが私よりずっと強いわけじゃなくて、強い姉でいなければいけないという意思を私の所為で持たなければいけなかったことを。

そして、私はその背中にずっと甘えてきた愚かさを、知っている。だからこそ、力になりたいのに。もう遅いのかな?お姉ちゃん。

雨の日は、憂鬱だけど、お気に入りの傘を差して歩くのは、子どもっぽい発想だけど少し嬉しい。でもね、衣替えを済ませたばかりの、この梅雨の時期には、寒いのが少し苦手。
 お姉ちゃんは待ち合わせの場所に行くまでずっと、どこか暗い表情だった。それは、あの日こなちゃんが時折見せていた表情に良く似ていたんだ。
「オッス、こなたー」
「おはよう、こなちゃん」
「やふ~かがみんにつかさー。いやー衣替え済んだ後に梅雨が来るのはたまったもんじゃないねー、寒いったらありゃしないねぇ」
何でだろう、何でかな?いつもと空気が違うんだ。どこか、違和感。雨の日は、こなちゃんも学校までお姉ちゃんにくっ付いたりはしないけど。なんだか、違和感。
「おータイミング良くバスが来たもんだ。正に天の助けという奴だネ」
「さっさと乗らないと席があっという間に無くなりそうね」
「私、座れるかなぁ」
違和感。違和感が続いてる。それは、私がここにいたら邪魔とかそういうんじゃなくて、何だろう、わかんないけど、いつもと違うの。
 こなちゃんが良くわからないけど面白いことを言って、お姉ちゃんがそれに反論して、私はそれがおかしくって笑っちゃうんだ。
 でもね、そんな何時も通なのに、何でだろう。違和感を感じちゃうんだ、お姉ちゃんとこなちゃんは凄く近くにいるのに物凄く離れているみたいな感じがして・・・。
 どうしちゃったんだろう、お姉ちゃんとこなちゃん。


 いやー雨って憂鬱だよネ。はっきり言ってジメジメして蒸し暑いのも嫌だけど、ジメジメしていて追い討ちを掛けるように寒いのも嫌だよね。
 つかさは、味方でいてくれるって、私の味方でいてくれるって、言ってくれたんだ。お父さんもさ。
 だけど、かがみの気持ちがわからない。気持ちを伝えることで関係が壊れてしまうのは怖かったから、告白もできなくて。
 でも、胸にしまっておくには、特別な好きって感情って奴は大きく育ちすぎちゃってるんだ。私が男だったら、かがみに告白できるかな・・・なんて思ったけど、私が男だったら、つかさやみゆきさんやかがみと四人の関係だって無くて、好きになったかどうか、知り合えたかどうかわからない事に気がついて、自嘲気味に笑う。
「わぁーこなちゃん。朝より凄くなってるよ、雨」
「はぁー、雨ってヤだねぇ。昔は好きだったけどさって何でかは前に話したっけ」
「野球がなくなるからなんだよね。でも、今はドーム球場が増えちゃったから、あんまり好きじゃないんだよね」
「そーそー。ジメジメで寒くって堪んないヨ」
「梅雨ですから、仕方ありませんけど、私も雨が降ると寝癖を直すのが少し大変で困ってしまいます」
みゆきさんが困りますよね、というと、それわかるよ~とつかさが答えた。私はイエスともノーとも答えず、のべーっと机に突っ伏したままだった。
 つかさに口付けを内緒でしようとしてそれは出来ないというのはわかった。かがみには事故と自己満足に寝込みを襲った計二回してる。好きじゃないと出来ないって訳じゃないんだけど、今は、かがみだけが特別なんだろうなぁ。
「はぁ・・・憂鬱だねぇ」
「泉さん、今日は元気ないですね」
「まぁ、たまにはそんな日もあるサ」
「でも、こなちゃんらしくないよね、体調悪いのかな?」
私が沈んでいると二人も沈んでしまう、心配させてしまう、困ったもんだよ。だから、私は元気をどうにか掘り起こす。心の何処かに残った残量の少ない元気を掘り起こす。
「そだね!私らしくないよねー。こういう寒い時こそぉー、みゆきさんにダーイブ」
とりゃーっと掛け声つけてみゆきさんに軽くジャンプ。顔が埋められる程に胸が育ってる上に頭までいい、さらにメガネでドジッ娘の萌え属性付きなんて、貴女はやっぱり何処かズルイ。
 軽いジャンプなのに何で、みゆきさんの前で私は止まっているんだろ。
「い、泉さん、大丈夫ですか?」
いやーダイブしたはずなんだけどね、首が絞まっているというか、後ろから襟首を思いっきり掴まれているというか、とりあえずぐるじぃ。
「あんたは、全く限度とか場所とかそういうのを少しは考えなさい」
「かが・・・み・・・ん、お・・・ち・・・る」
あぁ、何かこう、意識が遠のいていくよ。
「あ、ごめんごめん」
かがみがそのまま手を離すもんだから、思いっきり床で鼻打ったよ。何これ、新手のイジメですかぃ。
「ちょいと、酷くはないかい?かがみんや」
「あんたにゃ丁度いい罰よ。全く、みゆきも避けるとかしたらいいのに」
「こなちゃん、大丈夫?」
「こなたなら、これくらい大丈夫よ」
「泉さん、鼻真っ赤ですよ。本当に大丈夫ですか?」
意見はそれぞれ。にしても・・・かがみってば、今日は来ないって朝言ってたけどさ、来てくれたんだなぁ・・・ちょっと嬉しい。
「みゆきさんでダメというなら仕方が無い!私にはまだ嫁という奥の手があるのだよ!」
せいやぁーっとかがみにしがみ付く。
「ちょ、あんたねぇ。腕が重いわよ」
「いやーかがみ程では」
ゴンッ、今のはマジで痛かったヨ・・・手加減無しかも?何時もの冗談なのに、何でだろ。
「鉄拳で制裁が必要かしら?」
「それは殴った後に言う言葉じゃないとおもうんですが、かがみ様」
「おー?もう一発欲しいとは、物好きねーこ・な・た」
「い、いえ、滅相もございません、私の頭はすでに黒井先生の拳で一杯です」
「だったら、離れなさいよー」
「んー、それは、嫌。もう、かがみ無しでは生きていけないのだよ」
ちょっと本音の入った言葉が出ちゃったけど、何時も通り。何時も通りのやり取りをしている、出来ている、そう思っていたのは、私だけみたいで、本当は違ったらしかったんだ。


「柊ちゃん、ちょっと」
「んー、峰岸、何―?え、桜庭先生が私を呼んでるって、ありがと」
そんなやり取りの後、かがみさんは、また放課後にね。そう告げて出て行かれました。
「そういえば、泉さんは、そのリストバンド気に入って頂けてますか?」
「うん、みゆきさん。私、すっごく気に入ってるよ」
「私があげたリボンはどうなってるのかなぁ?」
「あーネトゲするときに紙をまとめるのに使ってるよ、つかさとお揃いのリボン。あれも気に入ってるよー、二人ともありがとね!」
本当は、何かの映画のリストバンドを母が何となく買ったものだったのですが、グッズ系ですから、泉さんに喜んでいただけると思って誕生日にプレゼントしたのです。もちろんそれとは別に、私が選んだ、アロマテラピーの効果のあるシャンプーセットも。しかし、泉さん的には、リストバンドの方が嬉しかったようで、とても喜んでもらえて私も嬉しいです。私が選んだ、シャンプーセットの方も使ってくださっている頂いているようですし。
 あのシャンプーセットは、つかささんも欲しがっていましたので、今年のつかささんとかがみさんへのプレゼントは泉さんとは違う香りの物にしましょう。
 泉さんは傍目にはわかりづらいですが、とても気の利く方ですから、案外そんなに気に入ってはいなくても、身に着けて使ってくださっているのかもしれません。
 でも、そこまで考えると泉さんに失礼ですね。
「そういえば、丁度かがみさんが離れていた時期でしたから、かがみさんは、泉さんのお誕生を祝っていませんね」
私がそういうと泉さんから間髪いれずに言葉が返ってきました。
「いや、まぁ、そんな、かがみに祝って貰えなかったからってねだる歳でもないしねぇ」
その言葉と少し悲しみを含んだ表情が本当は一番祝って欲しかった相手だと、如実に語っています。
 私は、かがみさんの想いを知っています。きっと先程かがみさんが、泉さんに容赦ない対応をしたのも嫉妬に過ぎなかったのだと思います。恐らく泉さんも・・・かがみさんの事が好きなのではないかと予想しています。
「雨って本当に、憂鬱だよね・・・」
窓の外を見ているようでその目は別の何かを見ているようで胸が締め付けられます。
きっと、私やつかささんにしかわからない些細な変化に過ぎないのでしょう。その憂鬱という言葉には、先程のやり取りから思った、かがみさんに実は嫌われているのではないかという気持ちが含まれているに違いないのです。だから、そんな悲しそうな、今にも泣きそうな笑顔を浮かべていらっしゃるのではないですか?泉さん・・・。
「そうだね、憂鬱だね~こなちゃん」
つかささんが、泉さんに声を掛けて、優しく頭を撫でています。私もそうしようと思ったのですが、きっとつかささんだけがそうした方がいいのですよね。
 つかささんは、とてもほんわかしていて、ただいてくれるだけで幸せを分けてくれるような素敵な方です。泉さんから言えば、きっと私もそうなのかもしれません。
 でも、私はつかささんのように本当の自然体ではできませんから・・・。
「いやー、つかさの手は魔法の手だねー。これにみゆきさんの手が加われば、アレイズだって超えるヨ」
そうおっしゃったので私も、泉さんの頭を撫でます。痛みが和らぐというのはきっと嘘で、不安を払拭するのに何か手助けが必要なのですね。
 そうやって二人で泉さんの頭を撫でていると、空いている方の手に、つかささんからメモらしき紙がそっと渡されました。それからすぐにお昼休みが終わったので、私達は、自分の席に戻りました。
 最も、次の授業は自習でしたので、メモを読む時間は余りありませんでしたが、さっと目を通すと、ただ一言“放課後に時間があったら大事な話があります”とだけ、書かれていました。


 放課後、私はゆきちゃんを屋上の扉の前で待っていた。ここは人気も少ないし、それに私って、誰かに話を聞かれる心配が無さそうな所って、他に知らないし。
 こなちゃんには何て言おうか迷ったんだけど、どうも元気が無くて、「先に帰ってくれたまへー」って、手をパタパタ振ってた。
 そういえば、お姉ちゃんも桜庭先生の何だかわからないけど手伝いがあるみたいで、「先に帰ってていいからね。みゆきにもそう伝えといて。はぁ、全くどうして私が天原先生の代わりをしないといけないのかしら・・・」って言って、去って行った。
 それで、ゆきちゃんは黒井先生に課題のプリントを集めて持ってくるように言われてたからそれが済んだら、来てくれる事になってるんだけど・・・。
 どう切り出したらいいんだろう。どう話したら、わかってもらえるかな?
 とりあえず、こなちゃんがお姉ちゃんを好きな事はバレたらマズイんだから、誰の話にしよう。私の話にするのが良いのかな?そうなると私は誰を好きで困っていればいいんだろう?
 考えが纏まらない。私ってダメだなぁ・・・今、ゆきちゃんが来たら何で言えばいいのかわからない、どう説明すれば上手くいくのかわからない。どうして私は、こんなに頭が悪いんだろう。
 うーんと唸って頭を抱えて悩んでいると、
「お待たせしました、つかささん」
ゆきちゃんが来ちゃった。ど、ど、どうしよう。
「ううん、そんなに待ってないよ、ゆきちゃん。それより凄く大事な話があるの・・・その最後まで聞いてくれるかな?」
うーん、どう続けよう。そうだ、私がゆきちゃんを好きって事にしよう・・・あれ?でもそれって、でも、何か違うかな。どうしよう、どうしよう。
「それは、泉さんの事でしょうか?」
心臓が跳ねた気がした。いきなり図星を突かれて慌てふためいてしまう私。
「え、え、え、え、え、えっとね。そうじゃなくて、その、ゆきちゃんは、その・・・」
「泉さんの話ですね?」
「あの、えっと、うんと・・・」
あ~とか、う~とか、言葉じゃない言葉しか繋げられない。どうしよう、私の所為でこなちゃんがゆきちゃんに嫌われちゃったら。味方になるって、がんばるって思ったのに。
「つかささん、泉さんの事は薄々ですが、私、気がついているんです。それから、私はかがみさんの悩みを知っています。ですから、無理をして嘘を付かなくても、泉さんを嫌いになったりしませんよ」
そういうと、ゆきちゃんは、私の頭を撫でてくれた。なんだか少し落ち着いてくる。そうだ、どうがんばったらいいのか、ゆきちゃんに相談したかったんだ。でもそれは、こなちゃんの事を内緒にして・・・ってあれ?ゆきちゃん、こなちゃんの事知ってる???
「ゆ、ゆきちゃんは、こなちゃんのその悩みの事を知ってるの?」
「知っているわけではありません。ただ、泉さんの悩みは恐らく、かがみさんと同じものだと思っています。泉さんはかがみさんの事が好きなんですね?」
「う、うん。すごいな、ゆきちゃん。私なんて相談されるまで、こなちゃんがお姉ちゃんを好きだった何て気づけなかったよ」
そう言うと、ゆきちゃんの表情が曇る。どうしてだろう、どうして、そんな思いつめた表情をするんだろう。
「つかささんは、本当に受け入れられますか?かがみさんが、泉さんを好きな事を。そして、泉さんが、かがみさんを好きな事を」
え?ゆきちゃんは何を言ってるんだろう。私が、受け入れる?
「ゆきちゃんの言ってることがよくわからないよ。だって、お姉ちゃんとこなちゃんが好き同士なら、それはきっと凄く素敵な事だと思うよ・・・あれ?」
何でだろう、しょっぱい。本当に素敵な事だと思うのに、私の頬には涙が沢山流れてきて、顎を伝って雫がポトンポトンと、床に落ちる。私は、何で泣いているの?
「つかささん、貴女にとっては、かがみさんは大切なお姉さんです。そして、泉さんはとても大事な親友です。だから、受け入れるのは難しいと思います。でも、私も貴女の親友ですから」
ゆきちゃんに優しく抱きしめられて、私の涙は勢いを増す。でも、嗚咽とかそういうのは出なかったんだ。ただ、蛇口を捻った様に溢れて来るだけ。
「私は、こなちゃんがお姉ちゃんを好きな事を応援したいの、それでね、こなちゃんの想いがお姉ちゃんに届く様にがんばらなくちゃって思って。でも、どうして私泣いてるのかな?ゆきちゃん、私はこなちゃんの味方でいたいのにどうして泣いちゃってるのかな」
ゆきちゃんは、私の疑問には一切答えをくれなかった。優しく抱きしめてくれるだけ。
 何時しか何かに堪え切れなくなって、私は声を上げて泣いた。子どものように、恥ずかしげもなく大きな声に嗚咽が混じって苦しい位に。

 大切なお姉ちゃんをこなちゃんが奪って行ってしまう恐怖がそうさせるのか
 大切な親友のこなちゃんをお姉ちゃんが奪って行ってしまう恐怖がそうさせるのか
                                           ―わからなかった。

 私が泣き終えたのは随分と時間がたった後の様な気がした。ゆきちゃんの制服がぬれちゃった、えへへ、謝らなくちゃ。でも、まだ言葉が出なくて、ゆきちゃんにしがみ付いただけの、そんな自分が情けなくて、涙がまた溢れて来たんだ。
 ここまで涙を流して、私はやっと自分の気持ちに気が付いたの。大好きなお姉ちゃんが、大好きなこなちゃんが仲良くなってお付き合いすることになったら、私やゆきちゃんから離れて行ってしまうんじゃないかって。そうしたら、ゆきちゃんも離れて行ってしまうんじゃないかって。
 私には何の力も無いの。がんばるって言っても何をがんばればいいのか、本当はわからない。ゆきちゃんが言ってた、受け入れるって事はたぶんお姉ちゃんやこなちゃんが何時しか離れて行ってしまう事を受け入れられるかって事なんだよね?
 きっと今の私には無理だと思うんだ。でも、がんばれば、そう・・・我慢する事をがんばれば、二人の味方としてどこかで繋がっていられるんじゃないかなって思うんだけど、それは凄く寂しい場所からしか、見ていることしか出来ない場所からだっていることも、理解しなくちゃいけなくて。
 私にはそのすべてを受け入れて、我慢して、味方でいて、見ているだけの存在になれるのかな?
 頭の中はぐちゃぐちゃだった。考えなくちゃいけないのは、こなちゃん達の事だけじゃなくて、私やゆきちゃんの事もなんだ。
「つかささん。落ち着くまで、ゆっくりでいいですから、泣いていても構いませんよ」
その言葉に、甘えていいのかな?私は、ゆきちゃんから体を離して顔をゴシゴシと服の袖で擦って、涙を止めた。
「ゆきちゃん、私・・・こなちゃんやお姉ちゃんの味方でいたい。でも、二人とずっと親友でいたいよ、一緒にいたいよ、どうしたらいいのかな?どうすればいいのかな?」
また、不安と恐怖で流れそうになる涙をグッと堪えて、私はゆきちゃんに答えを求めた。本当は自分で見つけなくちゃいけないのかもしれないけど、私には、わからなかったから。
「つかささん、そんなに心配なさらなくても、お二人が付き合ったとしても私達を蔑ろにしたりするような方達ではありませんよ。でなければ、こういうデリケートな問題を相談していただけるはずがありませんから」
あれ?ゆきちゃんが受け入れられるのか聞いたのはそういう事じゃないのかな?
「つかささんは、もう受け入れているようですね。私が心配だったのは実の姉が、女性を好きになってしまった事を受け入れられるのかという事だったんですが、言い方が悪かったみたいですね。別の不安をつかささんに与えてしまって、ごめんなさい」
「えっと、お姉ちゃんがこなちゃんを好きなのと、こなちゃんがお姉ちゃんを好きなのって・・・そ、そんなに変なことなのかな?」
「ふふっ。そういう風に考えられるなら、大丈夫です、つかささん。」
またぎゅっと抱きしめられた。お母さんとは違うんだけど、安心して体の力が少し抜けちゃうよ。こなちゃんはゆきちゃんの事を牛さんだって言ったけど、やっぱり私は温くて優しい羊さんだと思うんだ。
 あれ、何で、私、顔赤くなってるんだろう。それに、何だかドキドキするよ?風邪ひいちゃったかな。ゆきちゃんに感染っちゃったらどうしよう。
 でも、もう少しだけこのままで。
「私達二人では非力かも知れませんが、泉さんやかがみさんの味方でいましょう。それが私達に出来ることだと思いますから」
「うん。ゆきちゃん、私がんばるから・・・何にも出来ないかもしれないけど、がんばるから」
私はぼーっとした頭の中で、がんばるからを繰り返していた。
「つかささんは、何も出来ないなんてことはありませんよ」
そのゆきちゃんの言葉が、純粋に嬉しくて、少し閉じかけた瞼から涙がまた一筋零れてきちゃったんだ。
 ゆきちゃんの言葉は続く。

 かがみさんや泉さんが耐えられない程の冷たい風が吹いたら、つかささんと私で壁になりましょう。

 それは誓いの言葉で、私はその言葉を胸に刻みつけた。決意っていうのはこういう事なんだよね。でも、私の中に生まれたこの感情は何だろう、わかんないや。
 泣き疲れたからなのかな、ゆきちゃんに迷惑掛けちゃう。でももう瞼が開かなくて。
 ごめんね、ゆきちゃん。私、ゆきちゃんの傍にいると安心し来ちゃって、もう・・・。


「おーし、片付いた。柊、助かった、帰っていいぞ」
「い、いえ。でも、普段からもう少し片付けたほうがいいと思います・・・」
「あー、ふゆきにもいつも言われているんだが、何だかんだでやってくれるから、ついな。しかし、本当に助かったぞ、私一人だったら、投げてたな」
というか、どうやったら生物準備室をあんな惨状になるまで放置できるのだろう。少しは、片付けようとは思わないのかしら。
「あぁ、ふゆきにも言われたが、私は別に気にならないからな」
「へっ!?」
「いや、ふゆきと同じ顔をしていたから、同じような事を考えているんじゃないかと思ってな。雨も激しくなってるし、そろそろ戻ったほうがいいぞ。それに、ふゆきに続いて担当の生徒にまで説教はくらいたくないしな」
雨は、桜庭先生が言うように酷くなっていた。
「それでは、失礼します・・・」
「あぁ、気をつけてな。またふゆきに投げられたら頼むぞ」
遠慮したい言葉を聞きながら、ぐったりと肩を落として、生物準備室のドアを開けて廊下に出た。鞄は教室に置いている、取りに行くのも面倒なくらい、疲れた・・・。
 廊下は暗く、いったい今何時なのだろう、携帯をポケットから出して開くとメールが一件、みゆきからだった。
“五月二十八日は何の日だったか覚えていらっしゃいますか?”
それだけ書いてあった。今は、六月の中旬間近といった所だろうか。五月二十八日・・・。考えるまでも無かった。
 こなたの誕生日だ。今年はあの時丁度、私が距離を置いていたから祝ってない。だからどうしろっていうのよ、みゆき。五月二十八日はとっくに過ぎちゃってるのよ?今更、時間移動でも出来ないと無理じゃない。
 C組みに行く前にB組みの前を通るのは必然的なのだが、六時を回って、真っ暗な教室に青い塊が見えた。青い塊なんてそういるもんじゃない、こなただ。
「・・・何でまだ帰ってないのよ」
私は、ひとまず鞄を持ってきてからこなたの傍に近づいた。電気をつけて教室に入ったのに、あいつはピクリとも反応しない、寝てるんじゃないだろうな。
 正面に回りこむと、熟睡していた。うつ伏せでは寝苦しいらしく、窓の方に顔を向けて、ぐっすりと。・・・こいつも寝顔は可愛いのに。
「こな・・・」
起こそうとして、私が目を奪われたのは・・・その無防備に晒された艶やかな唇。肩に手を置いて揺さぶる事も無く固まってしまっていた。
 夢の中で、こなたが私にした口付けは酷く悲しい想いが含まれていた。だからだろうか、私の体自然に、こなたへ口付けをした。ほんの短い、一瞬だけ重なった口付け。
 何をやってるんだ、私は!?どこへ行っていたのか、理性が急に戻ってきて唇を離した。こなたを見る限り、起きている様子は無い。気づかれてはいけない想い。でも、いつかは伝えなければいけない想い。
 また、目を奪われる。ダメだ、私が望んでいるのはそういうんじゃない。こなたと気持ちの通じ合った口付けのはずだ。ただ欲望のままに、胸の高鳴りのままに行うものとは違うはずだ。
「こなた。こーなーたー?起きなさい」
「あーうー?」
「風邪引くわよ、そのまま寝てたら」
何時からこいつはここで寝ていたんだろう。頬を軽く叩くと少し冷たい。
「起―きーろー」
肩を掴んで容赦なく揺さぶった。いや、違うのよ?最初はちゃんと、軽く揺さぶったんだから、それで起きなかったこいつが悪い。
「んー・・・・?うひょぉぉ、寒いーってかがみ?どしたの、顔真っ赤で、こんな時間に・・・うーん、まだ眠い・・・くぅ」
それはこっちの台詞だって。いや、私の香って今そんなに赤いのか?
それより、何でこんな時間にあんたがいるのよ。そう言おうと思ってやめた。そういや、朝から何だか私達は、何時も通りになれてないのだ。ならいっそ、起きぬけのこいつを驚かせてしまうのもいいかもしれない。
「こなたー、明日は土曜日で学校休みだけど、空いてるー?」
「ふぇ?んー、バイトは入ってないかなぁ・・・ふぁ~」
ということは暇ととってもいいのかしら?
「じゃぁ、明日はあんたの誕生日を祝いに行くわよ?聞いてる」
「私の誕生日を、かがみが、祝う?」
まだ起きてない頭をどうにかして動かして言葉の意味を理解しようと唸ってる。ちょっと可愛い・・・と、そんな事を考えるとダメだ。気持ちが暴走してしまって、ここで言ってしまいそうだわ。もう、胸にしまっておくにしては大きすぎる想いだから。
「ひょえぇ!?かがみが私の誕生日を祝ってくれるの?・・・というか私の誕生日、先月何だけど・・・」
「でも、私はあんたの誕生日。祝ってないから、遊びに行くついでに祝うってのはダメかしら?みゆきやつかさも誘ってさ」
どうして二人でと言えないのだろう。勇気が無い自分が情けない。
「おーということは、かがみが私に明日は何かくれるの?というか、かがみらしくない発想だよね、さては・・・みゆきさんの差し金で実はドッキリ?」
「いや、そんなに疑うなら、やめたほうがいいのかしら。無理強いするのもね」
私は、こなたに背を向けた。そこまで疑うこと無いじゃない。そりゃ、ヒントをくれたのはみゆきだけどさ。考えたのは私なんだし。
「おぉ、ツンだ。デレの次にツンがでた。なんか久々にツンデレかがみ様を拝めましたヨ。いやーありがたや、ありがたや」
私はツンデレじゃないっての!
「拝むな!嫌なの?行くの?」
思わず怒鳴ってしまった。そんな言い方をしたかったわけじゃないのに、私って、本当に素直じゃないな。
「そ、そりゃぁ、断る理由なんてありませんとも、かがみんや。明日は皆でもう一回祝って貰いますぅ」
へへーっと大げさにお辞儀をするような動作を椅子に座ったままするこなた。なんか釈然としないわね。
「さ、帰るわよ。明日は十時集合で、場所は何時も遊びに行くときに待ち合わせしてるあそこが一番わかりやすいかしらね」
「了解です、かがみ様。この泉こなた命に代えましても」
「ハイハイ、茶化し合いしてる間に帰らないと、傘を差してもびしょびしょになりそうだわ」
「てか、かがみんや。今日こんな天気で明日は、晴れるのカナ?」
「天気予報じゃ晴れるって言ってたわ。まぁ、雨が降ったら別の機会にしましょ」
できれば、晴れて欲しい、明日がいいな。
「誕生日かー」
こなたが昇降口で傘を差しながら呟く。
「嘘じゃないよね?」
「嘘じゃないわよ」
「そっか」
「そうよ」
小柄な癖に、私より前を歩くこなた。その足取りは何処か軽くて、その背中は、何処か楽しげに見えるのは自惚れなのだろうか。

 明日が雨でも、この想いはもう流れることも溶けることも無い
 明日が雨でも、この想いはもう行き先を決めている。
 この雨がどこからやって来たものであろうとも、私の想いの所為でこなたの心が、何処かへ行ってしまったとしても。
 もう、引き下げることは、恐らく出来ない。だから近いうちに伝えよう。だから近いうちに言葉にしよう、何より素直になろう。
 傘を打ち付けるリズミカルな雨音を聞きながら私は、徐々に決意を固め始めていた。


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