こなたのいない日常

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 あの後、私は事の全てをけんたに話した。

「…そうか、そんな事があったのか」

 それを聞いたけんたは、私を怒るでも無く、神妙な面持ちで話を聞き入っていた。

「怒らないの?」
「怒ってどうするんだよ…。別に、かがみがその子とキスしたくてした訳じゃないんだろ?」
「それは…そうだけど…」
「なら、俺はそれで構わないよ。逆に、それで変に負い目を感じて、さっきみたいな事をして来た方が俺には辛いよ」
「うん。ごめん…」
「…あとさ、一応、その子とも仲直りしといた方が良いんじゃないかな?」
「別に…。あいつの事なんか、どうでも良いわよ……」

 私がそう言うと、けんたは困ったような微笑みを浮かべて、「後悔だけはするなよ」と呟いた。


    「ふとしたことで~こなたのいない日常~」


 それから1ヶ月近い間、私がこなたと会う事は一度も無かった。
 毎日の登下校でも会わなくなったし、私も学校で、同じクラスのつかさやみゆきに用事がある場合は、携帯電話を使って呼び出したりするようになっていた。
 二人共、今回の事情を知っているから、私の行動に対して、特に何かを言ってくるような事も無かった。
 最初の頃はそれで良かったのだ。
 私の方も、まだ気持ちの整理も付いてなかったし、悪いのはこなたの方だと思っていたから、時間が経てばあいつの方から謝ってくると思っていた。
 そして、こなたが謝ってきたら、それで全てを水に流して、また今まで通りの関係に戻ろうと心に決めていたのだ。
 しかし、一週間経っても、二週間経っても、こなたは私の前に姿を現そうとはしなかった。

「そーいや、最近の柊はずっとこっちの教室に居るけどさ、なんで隣の教室に行かねーんだ?」

 ある日の昼休み、いい加減私の行動に疑問を感じたのか、大好物のミートボールを口に頬張りながら、日下部がそんな事を私に聞いてきた。

「い、いや、私も、あまり自分のクラスの友達を蔑ろにするのは良くないと思うようになって、というか…」
「そりゃ嘘だな。今頃になってそう思ったとしても、一度も隣の教室に足を踏み入れないなんてありえねーよ」
「そっ、それは…」
「どーせ、あのちびっ子とケンカでもしたんだろー? 柊がウチのクラスに残るようになってから、一度も会ってるとこ見てねーもん」
「うっ……」

 そこまで言われると、誤魔化す隙も見当たらない。

「まっ、あたし的には柊がこのままこの教室に残ってくれた方が、全然良いんだけどなっ!」
「みさちゃん、柊ちゃんだって悩んでるんだから、軽々しくそういう事を言っちゃだめよ」
「ぶーぅ」

 峰岸に注意され、頬を膨らまして不満の声を上げる日下部の姿を見て、「子供かお前は!」と突っ込もうかとも思ったが、肝心の私の気持ちにギアが入らない。

「…でも、柊ちゃんもそろそろ仲直りした方が良いんじゃないかな? 私達と話をしてる間も、時々寂しそうな顔をする時があるから…」
「うん……」
「心配しなくても大丈夫だって、柊。あたしも昔、あやのが大のお気に入りだったぬいぐるみにコーヒー牛乳ぶちまけちゃって、マジで大ゲンカした事があったけど、割と真剣に謝ったらすんなりと許してくれたしな。ケンカしても友達ならそんな程度で許してくれるってば!」
「みさちゃん…。それは確かに許しはしたけれど、私は未だにあの事で傷ついてるんだよ…?」
「げっ!?」

 峰岸の出す怒りのオーラに、本気でたじろぐ日下部の姿を見ながら、私は峰岸に言われた言葉を反芻していた。
 正直言うと、今この段階で、最初の頃に築き上げられていた私のあの強硬姿勢は、こなたに会えない寂しさと、いつまで経っても謝りに来ないという不安の感情で既に瓦解し切っていた。

 ――かがみんは、寂しがり屋のツンデレキャラだよね――。

 私達が仲良くなって間も無い頃、こなたにそう指摘された事を思い出す。
 その時は、ムキになってそれを否定していたけれど、今になって思えば、そんな早い時期から私の本質を見抜いていたこなたの洞察力には敬服せざるを得ない。
 だからこそ、一刻も早く私の元に謝り来て欲しい。
 私は、仲直りしたくても、なかなか自分から素直に言い出せない人間なのだから――。

§

 その日、職員室に用事があった私は、職員室前の廊下でこなたと遭遇した。
 約一ヶ月ぶりに見たこなたの姿に、私の心臓は大きく跳ね上がる。
 どうやらこなたは私の存在にまだ気づいていないようで、束になったプリントの一枚を読みながら、こっちへと歩いてきていた。
 こなたの姿を見た瞬間、私の中にあったくだらないプライドは、どこかへ飛んでいってしまった。
 こなたと仲直りがしたい。そのきっかけが私からでも良いじゃないか。
 そう決意した私は、ゆっくりと、しかし確実にこなたへと近づいていく。
 張り詰める緊張感と、高まる期待。
 こなたはずっとプリントを見つめたままで、私に気づく素振りを全く見せない。

 このままじゃ、そのまま何事も無くすれ違っちゃうだけじゃない!

 痺れを切らした私は、こなたとすれ違う寸前、こなたの目の前で立ち止まった。
 第一声はなんて声を掛けよう?
 私の頭に一瞬だけ過ぎったそんな考えは、次の瞬間、私を振り払うかのように走り出したこなたによって、無意味な物へと変容した。

「あっ……」

 私の口から咄嗟に出たのは、そんな間抜けな一言だけ。
 その一言すらも、見る見る内に走り去っていってしまったこなたの耳には聞こえていなかったに違いない。
 しかし、そんな事すらも今の私にとってはどうでも良いことだった。

 こなたが私を避けた……。
 なんで? どうして?
 私が今でも怒ってると思っているから? 私が絶交だって言ったのを本気で受け止めてるから?
 そこまで考えて、ようやく私は最悪の可能性がある事に気付かされた。

 ひょっとして、こなたはもう私と仲直りする事を望んでいないんじゃないか…と。

 今までの人生の中でも、経験した事の無いレベルの悪寒が私の体を駆け巡った。
 私はその考えを必死に振り払おうとした。
 …でも、否定しようとすればするほどに、それを証明出来るだけの理由は、どこを探しても見つからなかった。

§

「…お姉ちゃん、大丈夫? さっきからずっと問題も解いてないみたいだし…」

 その言葉によって、ようやく私は思考の波から抜け出した。
 今まで虚空を見つめていた私の瞳に映ったのは、白紙のままの問題用紙と動かないシャープペンシル、そして、心配そうに私を見つめる妹のつかさの顔だった。

「えっ…? あっ、ごめん。どうも今日は勉強に身が入らなくて…」

 テスト直前という事で、こうして家でつかさと一緒に勉強をしているのにも関わらず、私の頭は今日のこなたの事で全ての容量を使われてしまっている。

「ん~、まだ日にちもあるんだし、出来ない時はあまり無理をしない方が良いんじゃないかな?」
「そうね…。今日の所はそうするわ…」

 私がそう言って、教科書とノートを閉じると、つかさの方も同じように勉強道具を片付け始めた。

「あんたも今日は終わりにするの? まぁ、良いけど…」
「えへへへ…。じゃあ、私、部屋に戻るね」
「あ、待って、つかさ」

 そうはにかんで、自室に戻ろうとするつかさを私は呼び止めた。

「どうしたの? お姉ちゃん」
「あのさ…、最近のクラスの様子はどう?」
「…こなちゃんの様子が気になるんだね?」
「……うん」

 珍しく勘の良いつかさに、私は白旗を揚げてそう頷くと、つかさの表情がそれまでの穏やかな物から、強い決意の篭ったものへと変化した。

「…お姉ちゃん。いい加減にこなちゃんと仲直りしようよ」
「……」
「…このままじゃ、こなちゃんも、お姉ちゃんもずっと不幸な気持ちのままになっちゃう」
「そんな事…言われても…」

 私だって本当は今でもそうしたいと思ってる。
 でも、もしも、あの時私の頭に過ぎった最悪の可能性がこなたの本心なんだとしたら、その選択肢を取る事が果たしてお互いの為なのだろうか?

「お姉ちゃんが、うんって言ってくれたら、私はいつでも二人っきりで話が出来る機会を作るから、ねっ?」

 釈然としない私の受け答えに、つかさの口調が段々強くなっていくのが分かる。
 つかさが思っている程、この問題は簡単に解決出来る物なんかじゃないのに…。

「お姉ちゃん。黙ってちゃ、私どうしたら良いのか分からないよ…」

 思い通りにならない日常、そして、強引に私達の仲を取り持とうとする妹の姿を目の当たりにして、私の中でつかさに対する反感が蓄積されていく…。

「ねぇ、お姉ちゃ――」
「うるさいっ!!」

 それでも食い下がろうとするつかさの言葉を私は大声で遮った。
 突然の大声に、ビクリとするつかさを尻目に、理性の箍が外れてしまった私は、自分の感情をオブラートにも包もうとせずに一気に捲くし立てる。

「…人の気持ちも知らないで、自分の都合でどうこうしようなんて思わないでよっ! 別にあんたにとっては私とあいつがどうなろうが関係無いじゃない! そう勝手に自分の都合で仲直りしようなんて決められても、ハッキリ言って迷惑なだけなのよっ!!」

 言い切ってからしまったと思った。
 ……でも、もう遅かった。

「……ぐずっ…ひっく…」

 そこには、既に私に怒鳴られて涙を流すつかさの姿があった。
 脳天まで上っていた血の気が、さあっと引いていくのが自分でも良く分かる。

「……あ、あの、つか――」
「お姉ちゃんの馬鹿っ!」

 なんとか、その場を取り繕うと声を掛けようとした私に返って来たのは、つかさの罵倒と、走って居間を出て行く大きな足音だけだった。
 つかさにとって、私とこなたの事が無関係な訳が無いのに……。
 妹の出してくれた助け舟を私は無下にしてしまった。

「…姉失格だな。私……」

 そんな私の後悔の呟きが、つかさの耳に届くことは無かった。

§

「…つかさから聞いたよ。あの娘の事で喧嘩したんだってな」
「うん……」

 携帯電話越しから聞こえるけんたの声は、「ほら見ろ、言わんこっちゃない」とでも言いたげなニュアンスだった。

「結局、まだ仲直りも出来てないんだろ?」
「うん。でも、今はそうしなかった事を心の底から後悔してる…」

 私が変な意地を張り続けたことで、こなただけじゃなく、つかさにも迷惑を掛けたのだから、本当に自分自身が情けなくて仕方がない。

「まぁ、かがみが素直になれないのは今に始まった事じゃないからな」
「ねぇ、けんた。覚えてる? あんたが転校する少し前に私達が大喧嘩したこと」
「ああ。良く覚えてるよ。というか、それは俺のトラウマだ」
「私もよ。……あの時、ほんの些細な事で喧嘩になって、怒った私が最後に『あんたなんか居なくなっちゃえば良いんだ!』って言って家に帰ったんだよね」
「ちょうど、夏休みが始まってすぐの話だったよな。お互い学校なんかで会う機会も無かったから、あの時の喧嘩はかなり長引いたんだよな」
「うん。本当は私、すぐにでもけんたと仲直りがしたかった。でも、自分からそれを切り出すのが妙に恥ずかしくて、結局夏休みが終わるまでそれが続いたの」
「…それで、学校に来てみれば、俺が急な引越しで転校してた訳だ」
「ショックだったわよ。居なくなっちゃえば良いって確かに言ったけど、本当に居なくなるなんて思ってなかったから…」
「悪かった。俺も、変に対抗意識を燃やして、結局最後まで言わずじまいだったからな…」
「けんたが向こうに行って随分経ってからも、『なんで私はあんな事言っちゃったんだろう』ってずっと後悔してた。だから、もうこんな思いは二度としないようにしようってずっと心に決めてた。それなのに……」

 私の目からポロポロと涙が零れ落ちていく。

「ごめんね…。私のせいでこんな暗い話になっちゃって」
「いや、気にしないでくれ。多分、俺にも原因がある事だからな…」
「そんな…けんたは悪く無いわよ」
「いや、俺にも悪い所はあるよ。…だから、罪滅ぼしをさせて欲しいんだ。イヴの日に」
「えっ?」
「ランドの24日のパスポートを取ったんだ。……ベタなチョイスだけど、付き合ってくれるかな?」
「うん。分かった」

 正直、今の私は全くと言って良いほどそういう気分にはなれないのだけど、ずっと沈んだ気持ちままで居る訳にもいかないし、けんたも私の事を考えてそういう話を振ってくれたのは良くわかるから、私は素直にそれを了承した。

 クリスマス・イヴまであと3週間。
 もしも、サンタクロースが実在して、私の願いを叶えてくれるとしたら…。
 私は一体、何を望めば良いのだろうか――?




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