「ふとしたことで~告白~」


 あの後、風邪を拗らせて本格的に熱を出した私は、土日の連休を挟んで、一週間近くも学校を休む事になってしまった。
 …でも、私にとってはそっちの方が良かったのかもしれない。

 ――あんたとはもう絶交よ――。

 こんな事を言われた以上、私はかがみに合わす顔が見つからなかった。
 ちゃんと謝れば許してくれるかもしれない…。
 そんな考えも、あの時のかがみを見ていれば、あの事を本気で怒っていて、簡単にそれを水に流してくれるとは思えないのは分かっている。
 何より、仮にかがみが私の謝罪を受け入れてくれたとして、私達はそれまでのような友情関係に戻れるのだろうか?

 …ありえない。

 どれだけ関係の修復に奔走したとしても、私がかがみのファーストキスを奪ってしまったという事実は一生消えない。
 その上、もう私があんな暴走をしないなんて保障はどこにもない。
 もしも、また同じような過ちを繰り返してしまえば、今度こそ私達の関係は終わる。完全に断絶してしまうだろう。

 いっその事、このまま私のこの想いをかがみに伝えてしまおうかとさえ考える。
 …でも、それも出来ない。
 彼という存在が居る以上、私の恋が成就する可能性はゼロに違いない。
 挙句の果てには、私が同性愛者だという事を知ったかがみや周りの人達が、好奇や侮蔑の視線で私を見るようになるかもしれない…。

 …じゃあ、私はどうしたら良いんだよ…。
 これじゃあ、何をしたってバッドエンド一直線じゃないか…。
 そうなって当然の間違いを犯したのだから、自業自得でしかないのに…。
 覆水盆に返らず。
 そんなことわざの意味を改めて噛み締めても、私の後悔は消えてくれはしなかった。

§

 月曜日。
 風邪もすっかり完治してしまった私は、いよいよ学校に行く事になる。
 でも、まだ私はかがみに会いたくない。
 会ってしまえば、その瞬間に何もかもが終わってしまう気がして仕方が無かったのだ。
 だから、いつも通りの時間に家を出たのにも関わらず、私は乗る電車をわざと一本遅らせた。
 そして、朝のHRが終わる寸前に教室の中へ駆け込んで、私が遅刻した事に対する黒井先生の軽いお説教に平謝りしながら、無事に自分の席に着いたのだった。

 HRが終わると、つかさが私の席に近づいて来た。
 自然と自分の表情が強張っていくのが分かる。

「こなちゃん、風邪の方は治ったの?」
「え…。あ、うん。もう完全復活だよ」
「そうなんだ、ちゃんと治って良かったね~。土日にお見舞いに行こうかと思ってたんだけど、お姉ちゃんはデートだったし、私は金曜日に英語の宿題がどっさりと出ちゃって、それをやるだけで連休が終わっちゃって、行く事が出来なかったんだよ~。だから、ごめんね」
「う、うん。ま、まぁ、その頃にはほぼ完治してたから、お見舞いに来て貰う程でも無かったんだけどね…」

 このつかさの様子を見ると、どうやらかがみはあの事を誰にも告げていないようだ…。
 私はそれに気付いて、少し安堵する。
 …って、英語の宿題!?

「つ、つかさ、英語の宿題って何が出たの?」
「えっ? いつも出てくる、次の授業で出てくる英単語の語訳と、その単語をそれぞれ10回ずつ書いて練習するプリントを貰ったんだけど…。机の中に入ってない?」

 慌てて机の中を穿り出すと、それらしきプリントが出てきた。
 そして、その提出日は今日の二時間目…。
 一時間目は先生の目を誤魔化しながら、単語10回ずつを光速の勢いで書けば、ギリギリいけそうだけど、英単語の訳は誰かに見せてもらわないと明らかにマニア移送(←敢えて誤変換)にない。
 あの先生、提出物に物凄く煩くて、一枚でも提出が遅れると無茶苦茶評点を下げられるんだよね…。

「うわぁ~、どうしよ~」

 思わず、頭を抱え込む私。

「あっ、それならお姉ちゃんのを見せて貰えば良いよ。お姉ちゃんも同じ宿題が出て今日が提出だけど、お姉ちゃんのクラスは英語の授業が午後からだし、今回は事情が事情だし、ちゃんと貸してくれる筈だよ~?」

 確かに、風邪で休んでたという大義名分があるから、普段のかがみなら、「もう、仕方ないわね…」と愚痴を言いながらもプリントを貸してくれる事だろう。
 ……でも、今は――。

「つかさ…。悪いんだけど、つかさのプリントを見せてくれないかな…?」
「へっ?」

 私がそう言うと、つかさはとても驚いた表情を見せた。

「私のは多分間違いが多いと思うから、お姉ちゃんのを借りた方が…」
「い、いや、あの……もう授業も始まっちゃうし、わざわざ隣のクラスに行ってかがみに事情を説明する時間も今は勿体無いというか、なんというか…」
「そっか…。じゃあ、私のプリントを持ってくるね」
「う、うん。ありがとう…」

 一旦自分の席に戻っていくつかさの姿を見て、私はホッと胸を撫で下ろした。
 …ただ、こうやって、つかさが事情を知らない事に付け込んで、私とかがみの関係に亀裂が入った事を時間稼ぎのように誤魔化そうとしている私自身が、この上なく情けなかった。

 ……その後も私は何かと理由を付けて、かがみとの接触を拒み続けた。
 朝は遅刻ギリギリの時間に教室に駆け込み、休み時間はかがみがやって来そうな気配がするとトイレに逃げ込んで授業が始まるまで時間を稼ぐ。放課後は用事があるからと告げて急いで帰る。
 かがみの方も、きっと私に会いたくないのだろう。
 昼休みは自分のクラスで食事をするようになったし、つかさに用事があれば、わざわざメールをして呼び出すようになった。
 そんなルーチン・ワークで一日をやり過ごし、学校を出ると、今日も何とか誤魔化し切れた事に安堵する。
 …自分でも最低な人間だと思う。
 だけど、こうでもしないと、私は一瞬にしてこの大好きだった日常を失ってしまうのだ。
 いくら誤魔化しても、もうこの日常にかがみは戻って来ないのに。
 そして、その日常も、崩壊は最早時間の問題でしかないのに――。

§

 その日の放課後も、私はつかさに一緒に帰れないという断りを入れて、急いで学校を離れようとしていた。

「ごめん、つかさ! 私、今日もちょっと急用があって一緒に帰れな――」
「待って、こなちゃん」

 その日、私は初めてつかさに呼び止められた。

「…な、なにかな?」
「…話したい事があるんだけど、良いかな?」
「で、でも、私、もう時間が――」
「かがみさんなら、今日はここに来ませんよ」
「っ!?」

 私の背後にはみゆきさんの姿があった。

「…ここじゃ話せないから、屋上までついて来てもらって良いかな?」
「……」

 これで全てが終わっちゃうんだな……。
 観念した私は、静かにそれに頷いた。

§

 ゲームやアニメでは良く出てくる風景だけれど、このご時世に屋上を自由に出入り出来る学校は、ウチの学校を除いては早々無いと思う。
 そんな場所で、私はこれまでに無いほど真剣な面持ちの二人の少女と対峙していた。

「…で、話ってなに?」
「うん。話っていうのはね、こなちゃんとお姉ちゃんの事なんだ」

 この瞬間、私の中にあった、もしかしたら予想とは全く違う話題を振ってくるかも…という淡い期待すらも消えてなくなった。

「ここ最近、お姉ちゃんもこなちゃんもお互いの事を避けてるみたいだったから、喧嘩でもしちゃったのかなって思って、お姉ちゃんにこなちゃんと何があったのか聞いたの」
「……」
「…最初は、何も話してくれなかったけど、何度も聞いてる内にやっと昨日になって、お姉ちゃんが事情を全部を話してくれたんだ」
「…そう、だったんだ…」

 淡々と話すつかさに、私は掠れた声でそう返答する事しか出来なかった。

「お姉ちゃんね、ファーストキスは好きな人とロマンチックに交わしたいってずっと前から願ってたんだ。…恥ずかしがりやさんだから、ハッキリとその事を口にはしていなかったけど、私には分かるんだよ」

 双子の姉妹だからだろうか、つかさの言葉には、その事実に間違いは無いという自信が感じられた。

「お姉ちゃん、キスされた事に凄くショックを受けてた。私にその時の事を話してくれた時も、ずっと悲しそうな表情をして最後まで話してくれたんだ」
「……」

 私があの日から知る事の出来なかったかがみの様子をつかさの口から聞かされる。
 キスした事に対する罪悪感と、明らかに私が拒絶されている事に対する悲しさとで、胸が張り裂けそうになる。

「……私ね、お姉ちゃんの事が大好きなんだ。双子の妹として生まれてきた事を誇りに思ってる。だから――」

 ニュアンスは違うとはいえ、つかさの「好き」という言葉に私の心臓はビクリと跳ね上がった。

「――だから、お姉ちゃんの事を傷つける人は、例え友達でも許す事が出来ないんだよ」

 普段は温和な性格のつかさだからこそ、その放たれた言葉がどんな鋭利な刃物よりも私の心に深く突き刺さる。

「…ホントは、こなちゃんとお姉ちゃんの事だから、どんな喧嘩をしても、すぐに仲直りしてくれるって信じてた。でも、一週間以上経ってもこなちゃんはお姉ちゃんに謝りもしない。どうして謝ろうとしないの?」

 つかさの表情からは、端から見れば表立った感情は感じ取れない。
 だけど、私には――あの時、外国人に道を聞かれ、当惑していたつかさを勘違いで救い出して以降ずっと友達を続けてきた私には、それが手に取るように良く分かる。
 私に向けられた感情が、私がかがみを傷つけた事に対する憎しみと、私がつかさの信頼を裏切った事への悲しみだけしかないという事を……。
 私の瞳から、抑えきれなくなった感情が流れ出しそうになる。
 ここで泣いたら卑怯じゃないか。
 悪い事をしたのは私の方なのに……。

「……黙ってても、何も分からないよ」

 何も答えられない私に対して、つかさの語気が徐々に強まっていく。
 でも、私は自分の意思を伝える事が出来ずに居た。
 この抑え切れない感情を、なんとか抑え付けるのに精一杯で――。
 皆と一緒に居る事が出来た幸せを失いたくなくて――。

「こなちゃん!」
「好きなんだよっ! かがみの事が!!」

 つかさの怒りが臨界点を超えたその瞬間、私はとうとう崩壊のスイッチを押してしまった。

「…へっ?」
「…こなたさん?」

 二人とも、私の口からそんな答えが返ってくるとは考えてもいなかったのだろう、心の底から驚いた表情を私に見せている。
 …でも、私が今までずっと溜め込んできた想いは、もう止まらなかった。

「…ずっと、ずっと前から好きだった。何度もかがみに告白したいって思って、その度に諦めてた……私達は女同士だから。それに、私がその想いを告げる事で、今の関係――かがみや、つかさやみゆきさんと一緒に過ごす関係が壊れてしまうんじゃないかと思って、そうなるのが怖くて、ずっと気持ちを隠してた。その内に、私は親友としてかがみの傍に居られればそれで良いって思うようになった。…でも、そんな時にあの人が私達の前に現れて、あっという間にかがみを奪っていって、私達と過ごす時間がどんどん減っていって……。それが本当に悔しくて、悔しくて…。それでも必死に耐えようとした。でも、無理だったんだよ! 好きな人が自分の目の前で他の誰かに奪われて行く様子なんて、見たくなんか無かったんだよっ!!」

 私の瞳からたくさんの涙が落ちていく。
 人前で涙を見せるのは、何年ぶりだろう。
 それでも私は溢れ出す感情を、言葉にして紡ぎ続ける。

「今日までずっと後悔してたんだよ。かがみを不幸にしてしまった自分自身に。私がかがみに恋愛感情なんか抱いちゃったから…私がこんなキモイ感情を持っちゃったからっ!! こんな感情、持たなければ良かったのに…。私なんか、存在しなければ良かったのに…!!」

 立ってる事も出来なくなって、私はその場に崩れ落ちた。
 そこから先は、もう喋る事も出来なくなって、私の嗚咽だけが屋上に響き渡る。
 つかさ達の様子を確認する気力すら、最早残っていなかった。
 ……でも、もういいや。
 何もかもが終わってしまった。
 永遠に続くと思っていた関係なのに、ふとしたことで全てが壊れてなくなってしまった。
 そして、その原因を作ったのは、全て私のせいだ……。

§

 どのくらいそうして居ただろうか。
 暴走した感情が、再び抑制出来る程に落ち着きを取り戻すと同時に、私は再び立ち上がる。
 その間も二人はずっと、私の目の前に佇んでいる。
 私は二人の顔が見るのが――拒絶され、軽蔑の目で見られる事が怖くて、顔を灰色のコンクリートに伏せたまま目を瞑った。
 過ちを犯した事に対する罰を受けなければならない。
 私はその体勢のままで、二人の言葉を待った。

「…こなちゃん、ごめん…」

 私の耳に最初に飛び込んできたのは、私に対する罵声でも拒絶の声でもなく、つかさの涙の交じった謝罪の言葉だった。

「えっ?」

 驚いた私は、目を開いて視線をつかさに向ける。
 つかさは、涙を零しながら、私に謝っていた。

「…私、ずっと勘違いしてた…。お姉ちゃんとけんちゃんが付き合い始める事で、みんなが幸せになれると思ってた…。不幸になる人なんて誰もいないって思ってた……。でも、私は、私の大切な友達を苦しめてた…。ごめん、こなちゃん。本当に…ごめん…なさい……」

 そのつかさの様子を見て、今度は私が狼狽する。

「な、なんでつかさが私に謝ってんの? 悪い事をしたのは私なのに。女なのに同じ女の人を好きになっちゃった私が悪いのに…」
「…確かに、こなたさんがかがみさんにキスした事自体は、許される事ではないかもしれません」

 泣いたままで、喋れなくなってしまったつかさに代わって、ようやくみゆきさんが口を開き始める。

「…ですが、こなたさんがかがみさんに恋愛感情を抱くという事に関しては、私自身は決して悪いとは思いません。同性愛に偏見を持っている人は確かに少なくはありません。しかし、実際に同性の人を愛してしまう人は存在するのですから、周囲の偏見だけでその人達の権利を蔑ろにするのは私は間違っていると思います。そして、それ以上に――」

 そこまで言って、みゆきさんは意図したかのように一度言葉を止める。

「…それ以上に?」

 私がみゆきさんの方を向いて、続きを促すと、みゆきさんは穏やかな微笑みを向けて私にこう告げた。

「――友達じゃないですか。私達は。誰かが幸せを感じれば、それを皆で分かち合い、誰かが悩みを抱えれば、それを皆で分かち合い、解決出来るように惜しみのない支援を送る…。それが友達という関係なんだと、私は思っていますよ」

 みゆきさんの言葉に続けて、つかさも涙を堪えながら口を開く。

「…私も、こなちゃんの願いを叶える事はもう出来ないかもしれない…。でも、これからもずっとこなちゃん達と一緒に居たいよ……」
「…あ…あ…」

 私の瞳からまた涙が溢れ出して来る。
 だけど、今度は嬉し泣きだ。

「みんな…ありがとう…ありがとう…」

 既に薄暗くなった屋上で、私は泣きじゃくりながらも、精一杯の声でずっと二人にそう伝え続けた。



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  • 信じられねぇ…優しいな。
    いい友達じゃねえか -- 名無しさん (2009-06-01 02:14:03)


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