私の望む幸福

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 人生とは偶然の上に成り立っているのか、それとも必然というレールの上を走っているだけなのか。
 ネットなんかで議論すれば、真っ二つに意見が分かれてとても面白い展開になるんだろうけれど、当の私自身はその哲学的な真理を考える事もないまま、この広大な世界の中でちっぽけな人生を送っている。
 ただ、今の私は過去の偶然だか必然だか分からない事象の数々によってここに存在している。その事に間違いはない。

 もしも今、誰かが私を取り巻く世界を変えたいと望むなら、この場にそんな事象を起こしてしまえばいい。
 そう。世界なんて、そんな“ふとしたこと”がきっかけで全てが変わってしまうんだ――。


    「ふとしたことで~私の望む幸福~」


 まだこんなに蒸し暑くて、油蝉がジージーと煩く啼き続けているのに、高校二年として迎えた最初で最後の夏休みは残り数時間をもってその幕を閉じる。
 私はといえば、例年通り休みの間にすっかり溜め込んでしまった夏休みの宿題を消化する作業に追われていた。

「ふぅ、宿題を片付けるのもなかなか大変だねー」
「お前は私の答えを写してるだけだろうがっ!」

 この苦労を誰かと分かち合おうと思った事を口にした途端、ツンツンとしたカミナリが私の耳に降り注ぐ。

「まあまあ、そう怒らないでよ、かがみ」

 そんなカミナリの発生源に対して、私はマイペースにそれを宥めようとする。

「いいや。人が苦労して解いた答えを、何の苦労もせずに写してるだけなのに、さも苦労してるかような言い草をされるのは凄く不愉快だ!」

 とまあ、予想通りの反応に内心満足しながら、私は再びかがみのノートに視線を落とす。
 なんだかんだ言いながらも、こうやってちゃんとノートを写させてくれる所が、かがみのツンデレたる所以だよね。
 そんな事を思っていると、私の無精っぷりが余程気になったのか、かがみが付かぬ事を切り出してきた。

「っていうか、高校生活も来月で半分が過ぎるのに、そんな感じで将来の事とかちゃんと考えてるの?」
「へぇ、ちょうど来月で半分が過ぎるんだねー」
「うわぁ……。何の計画性も無く日常を過ごしてるのが丸分かりな発言だな。それ」
「別にいいじゃん。まだ半分も残ってるんだし」
「『もう半分しか残ってない』って発想はあんたには無いわけね……」

 私のマイペースぶりに、かがみは呆れたかのように溜め息を吐いた。
 私はそんなかがみの姿を確認すると、二の句を継ぐこともせずに、集中の矛先を会話からノートに切り替えた。
 ――「もう半分しかない」なんて考えたくもなかった。

§

 私は今、恋をしている。
 しかも、その相手は、よりによって今私の目の前に居る同性の親友だ。
 いくら私が、マイペースでマイノリティな路線を突っ走る性格とはいえ、こんな属性に目覚めてしまうなんて思ってもいなかった。
 でも、現に私は、気を緩めればずっとかがみの事を考えていて、あの薄紫のツインテールが視界に入る度に胸の鼓動が高鳴って、かがみと日常の他愛無い会話をするだけで私の感情は嬉しくて堪らなくなる。
 きっかけなんて一切無かった。
 文句を言いながらも、時折見せる慈愛の籠もった立ち振る舞いに惹かれたのか、はたまた代わり映えのない、けれど何一つ代替する事の出来ない日常の中で生み出された突然変異のような化学反応が起きたのか。
 どちらにしても、気が付くと、かがみに対して友達以上の感情を抱いている自分がそこにいた。

 この想いを告げてしまったら、どうなることだろう?
 もしも、かがみが私と同じような想いを秘めていたら――。
 そんな甘美な妄想よりも先に、私はマイナス方向の未来を想像する。

 ――だって、私たち、女同士なのよ?――。

 脳内で自動生成されたかがみの台詞が、今も私の体中でリフレインする。
 もしも、こんな言葉をリアルで言われてしまったら、きっと私は何の言葉も返すことが出来ないだろう。
 そして、後に待っているのは、つかさやみゆきさんを含めた四人の関係の崩壊。
 今の私にとっては、それが何よりも恐ろしい事だと感じていた。
 かがみの事は好きだけど、それと同じくらい私は皆と一緒にいる今この時を大事にしたい。
 だから私はこの感情をこれからも隠し続ける。
 大丈夫。諦める事には慣れている。

「なんで、おかあさんがいないの?」

 幼い頃に友達から言われた、あの純粋で残酷な問い掛けから、ずっと――。

§

 沈むことを忘れてしまったかのような壮大な夕日を背景に、私は柊家を辞する。

「新学期早々遅刻なんてしないように、今日ぐらいは早く寝なさいよ。わかった?」

 これから家に帰って、徹夜でネトゲをしようと思っていた私は、かがみの言葉に苦笑する。

「しょうがないな~。まっ、寂しがり屋のかがみんの為に今日は早めに寝る事にするよ」
「誰が寂しがり屋だっ! …じゃあ、また明日ね」
「うん、またね」

 微笑み合い、お互いの姿が見えなくなるまで何度も振り返って手を振りながら、私達は別れた。
 ここから鷹宮駅までの穏やかな町並みの中を、私はいつもよりもゆっくりとした足取りで向かう。
 急いで帰ってしまえば、それだけ夏休みが早く終わってしまうような気がしてならなかった。

「…あと、半分か…」

 赤に染まった太陽を前に、堪え切れなくなった私はとうとうその言葉を零してしまう。
 どれだけ抗っても、この四人で過ごす日々は予定通りに終わりを迎える。
 そして、みんながそれぞれ違う道に進んでいって、私もかがみじゃない別の誰かの事を好きになって、結婚して、子供を産んで、幸せに暮らして――。
 いつしか、かがみの事を見る度に、この小さな胸をときめかせていた事すらも過去の思い出となってしまうのだろうか?

 人によっては、それは悲劇であると受け止めるかもしれない。
 だけど、肝心の私は決してそうだとは思っていない。
 むしろ、かがみさえ幸せでいられるのならそれでいいとさえ思っている自分がいる。
 誰からも望まれない一方的な愛情でかがみを傷つけるくらいなら、叶わぬ恋のままハッピーエンドを迎える方が良い。
 願わくば、そんな幸せな世界の中に、私はかがみの親友として存在し続けていられたらと思う。

 今までみたいにしょっちゅう長電話をして、たまに都合が付けば子供を旦那に押しつけて皆で会ったりする。
 会話の内容は、高校時代の話から子供の事、旦那の愚痴まで色んな話題で盛り上がったりして。
 そして、ある時になって、それが冗談の延長であるかのように私が言うんだ。

「実は私、昔かがみの事が好きだったんだよ。」ってね。

 それが私の選ぶべきハッピーエンド。
 それが私の望む幸福――。




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  • すっと読めて続きがきになります! -- 名無しさん (2009-02-17 20:16:54)


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