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黒猫と黒ぬこ(携帯閲覧用)

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匿名ユーザー

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「か、かがみ...」

「...こなた」

雨音が五月蠅い。
アスファルトに叩きつけられた不規則な水音が、やけに耳の奥にこびり付いて。
頭に直接響くような、そんな空間に俺は立っていた。



―――――黒猫と黒ぬこ―――――



どのくらいの時間が流れたのだろう。
段差に伸ばしかけていた俺の足が震える。
それが果たして重力のせいなのか、はたまた寒さのせいなのか。
俺が知るよしもない。
ただ目の前に立っているのは、その深い緑色の瞳を広げた青空色の少女。
きつく両手を握りしめた彼女は何かに耐えるように下唇を噛んだまま、ピクリとも動かない。
しかし視線は俺の少し上を射抜いていて、その瞳には綺麗な薄紫色が映し出されていた。
俺の位置からは紫陽花色の少女の表情は伺うことはできないが、果たしてどのような顔をしているのだろう。
無機質に響く雨音と背筋を伝う冷気を感じながら、俺はトンと前足を段差へと付けた。

「――― っ」

その瞬間。
それが合図だったかのように短く息を吐いた青空の少女はその長い髪を翻し、
元来た段差を脱兎の如く駆け下りていった。


―――カンッ、カンッ、カンッ


姿は見えなくとも、聞こえてくる足音は明らかに先ほどとは違う。
不規則で、それでいて何故が壊れてしまいそうな脆さを感じさせる足音が雨音に吸い込まれてゆく。

「.........」

そして段差を一気に飛び降りたであろう鈍い音が聞こえた後。
残ったのは打ち付ける水音以外、音を発しないこの空間。
一体何がどうなっているのだろう。
何故あの少女は逃げるようにこの場から走り去ったのか...
驚愕やら疑問が俺の小さな脳みそに滝の如く押し寄せてくる。


―――トンッ


疑問と困惑に動けない俺の背後から聞こえたのは、何かが滑り落ちるような微かな音。
硬直している首をなんとか動かし、音の根元を辿るとそこには床に座り込んだ紫陽花色の少女がいた。
左目に手のひらを押しつけ、開いている右目は床...いや、床ではない、どこかもっと下の方を眺めて
いる。
その表情はこの数日間、この少女からは見たこともないような絶望に打ちひしがれた瞳だった。
なにか大事なものをなくしてしまったような、触れてはいけないものに触ってしまったような、そんな瞳。
その瞳に停止していた頭を何とか働かせる。
グッと体全体に力を込めるように前足を動すと思った以上に体が蹌踉けた。
今の状況を猫である俺が把握できるはずがない。
出来るはずがないが、だからといってこの少女達を放っておくことなど出来るだろうか。
それこそ不可能なことだ。


「そ、か...」

180°身を傾け、紫陽花色の少女の方に近づくと、少女は吐き捨てるようにそう言った。
俺を見るわけでもなく、ただ視線は床を貫いたまま。

「やっぱ、こうなっちゃう...か」

フッとどこか自分を嘲るように彼女は肩を揺らして笑った。
笑っているくせに酷く苦しそうで、先ほどより強く握りしめられているだろう前髪がクシャリと音を立てる。
ザー、ザーと無遠慮に地面を打ち付ける雨音が五月蠅い。
過敏にでもなっているんだろうか。
それとも雨足が強まったのだろうか。
...もしくは昨日噛まれた傷のせいか。
ピリピリと焼けるように熱い耳からは痛みに似たなにかがジワジワと迫っていて。
喉が焼けるように熱い。
唾を飲み込もうとするが、その水分さえも口の中で奪われていてますます喉の痛みが増していく。

「―― っは」

短く息を吐いた後。
ホント馬鹿みたい、とそう紡がれた少女が左目から手のひらを離した。
スッ、と温かい感触が俺の頭を掠める。
なんだろうかなどと考える暇もなく...優しく、恐いほど優しく俺を撫でる紫陽花色の少女が俺を見つめていた。
その蒼い瞳が俺を映す。
青空の少女とは違う、深い深い蒼が揺れる。

「本当はね、私...こなたがアンタの所に行ってること、知ってたの」

撫でている手が毛並みに沿って背中へと伸びていく。
「こなた」と呼んだ紫陽花色の少女。
「こなた」と呼ばれた青空色の少女。
先ほどのやりとりからするに、あの青空の少女こそ、この紫陽花色の想い人である「こなた」で間違いはない。
しかし...
俺自身が気づく前にこの少女は気づいていたというのだろうか。
俺が青空色の少女、「こなた」と会っていたことに。

「弁当のパンの量を増やしたり、粉ミルクを持って屋上に向かっているアイツを見れば嫌でも分かるわよ」

自分もそうだったから、と何処か辛そうに彼女は笑った。
では何故。
何故そのことを青空の少女に言わないのだ。
わざと一日ずつズラしてこんな野良猫に会いに来る義理もなければ理由もないだろう。
ましてやこの少女は青空の少女のことを誰よりも大切に想っているはずだ。
なのに、何故...

「アンタが...普通の猫じゃないから」

何を...
何を言っているのだこの少女は。
俺はただの猫だ。
自分勝手で気分屋なただの放浪でしかない。
普通の猫、という概念が俺には分からんが少なくても俺のような猫は世の中には100万といるだろう。
それは人間も同じことだ。個々の差など異種からすれば興味もなく、ましてや違いなど理解しえない。

「こんなお節介な猫、世界中探してもアンタくらいよ」

そう言って少女は俺の腕の付け根を両手で持ち上げ、胸に抱いた。
噛まれた箇所が痛んだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
きつく、だが温かい体温が俺の体温に伝ってくる。

「あんたには、もう...分かってるんでしょ」

私の気持ちも、こなたの気持ちも。
震える声で、何かを必死で堪えているかのような細い声でそう呟く。

「だから、避けられたのよね...私」

俺の肩に何かが触れた。
冷たくもなく、熱くもない。
空に降り注いでいる雨粒でもない水滴が俺の肩を濡らしていく。
まだだ...
俺は、
まだなにも分かっちゃいない。
そしてこの紫陽花色の少女も、青空の少女もだ。
人間のことなど何一つ興味がない。
しかし本当にそうだろうか。
じゃあ何故俺はここにきた...?
この少女たちのためなど生半可な使命感などない。
そこにあるのは...

「っ......黒、ねこ?」

だから俺は、この紫陽花色の少女の腕から抜け出した。
俺は何のためにここに来た?
何でこの街に居座り続けているのだ?
そんなこと、もうどうでもいい。
俺はただ見たいだけだ、この二人の少女の笑顔を。
苦しそうでも、我慢に満ちた笑みなんかではなくて、心からの笑顔を。
自己満足と笑いたければ笑えばいい。
俺は猫だ。
自由気ままと人間に羨望される猫でしかない。
足に力を入れると無意識に爪が隙間をぬって現れた。
そのまま一気に後ろ足に体重を乗せ、床を蹴る。
まだ俺の体を纏っている温かさを噛み締めるように俺は段差を駆け下りた。
数分前この段差を駆け下りた青空色の少女を追うために。
紫陽花色の道しるべになるために。
そしてなにより、俺自身の為に。

「ま、待っ......」

後ろから聞こえる足音を聞きながら、俺は全力で床を蹴った。
流れ込む思考や雨音など、もう気にならなかった。









―――冷たい。

どれほど走っていたのかも分からないほど、俺の体には無数の水滴がこびり付いていた。
不快だ。
不快以外のなにものでもない。
雨粒が瞳にしみる。
目を細めているせいかいつもより霞んでいる視界で必死に青空色の少女を探す。
こんな広い敷地を猫一匹で探せるはずがない。
しかし、探すしかなかった。
建物の隙間。
木々の間。
排水溝。
俺が知っているところ全てを回ったが、そこには青空の少女だけではなく、他の人間さえ見あたらない。
もうこの場所にはいないのだろうか。
先ほどまで俺の跡を追っていた紫陽花色の少女も見あたらない。
上がっている呼吸を整えようと足を止め、空を仰ぐ。
相変わらずの灰色の空が一面を覆っている。
歯を噛み締めるとガリッと奥歯から嫌な音がした。
一体何処にいるのだ。
容赦なく当たる水滴を振り払うように顔を振ると、視界の端に見知った色が映った。
見間違いではない。
見間違うはずもない、透き通った青色が。
大きな木の下に蹲る小さな影に近づく。

「...ッ」

擦れて破れたのだろうか、先ほどまでは気にもしていなかった足の裏から見覚えのある赤い液体が流れていた。
透明な雨水に滲む朱色を見つめ、そして前を向く。
地面に付ける度、痛む足を引きずりながら少女の元へ向かう。
長く綺麗に伸びた髪が雨で濡れて、どこか重々しい雰囲気が少女を纏っていた。
ピョンといつもはねている髪の毛でさえも、どこか萎れているようだ。

「ぁ......かが、み?」

一歩一歩近づく俺の足音に気づいたのだろう。
腕に埋めていた顔を少し上げてこちらを見上げる青空の少女と目があった。
と、同時にクシャリと笑う少女。

「そんなわけ、ないよね...」

ハハッと声を出して笑っているくせに、紫陽花色の少女のようにどこか辛そうに笑う。
この少女も。
自分の気持ちに自信を持てないでいるのだ。
こんなに互いのことを想っているのに、何故届かない。
どうして、伝わらないのだ。

「自分から逃げといて...少しでも、ほんの少しでも、かがみが来てくれるかもって期待してたんだ...」

そんなのありえないのにね、と俺の体が宙に浮く。
冷たい、雨の温度が俺を包んだ。
小さな腕が、まるで縋るかのように俺の体を締め付けてゆく。
「かがみ」を好きだと言った唇。
「離れたくない」と告げた瞳。
この少女も紫陽花色の少女と同じ気持ちだというのに。
そんなに強い力で押しつけられるわけでもないのに、顔を埋めてくる背中が痛い。
きっと痛むのは背中ではないのだろう。
たった一言。
一言だけでいいのだ。
雨で濡れるこの少女の気持ちまでも流してしまう前に。
俺等猫にはない、言葉という伝達手段が人間にはあるはずだ。




「こなたっ!!!」




雨音が止んだ。
いや、頬を濡らす感触もまとわりつく水滴の感覚も確かにある。
しかし聴覚が鋭いと言われている猫である俺の耳でも、確かに雨音は消えていた。
聞こえるのは、息を切らした紫陽花色の少女と一瞬息を飲んだ青空の少女の吐息だけだ。

「なにやってんのよ、この馬鹿...っ」
「バカは、かがみの方...だよ」

息を整えながらも紫陽花色の少女が叫ぶように言葉を綴った。
それに比例するようにギュウと俺を抱きしめる青空色の少女の腕の力が強まる。
紫陽花色の少女の眉間が何かを我慢するように、ギュッと寄せられた。
それにビクッと反応した震えが体ごと俺に伝わってくる。
俺たちの方に近づこうとしていた紫陽花色の少女の左足が一瞬止まり、そのまま元の場所に落ちた。
くっ、と何かに耐えるように歯を食いしばりながら俺を見つめる紫陽花色の少女。
いや、正しくは青空色の少女を見ているのだろう。
しかし、青空色の少女は再度俺の背中に顔を埋め拒絶の態度を見せた。
これでは、だめなのだ。
何も変わらない。
いままでと同じになってしまう。
何も気づかないまま、何も知らないまま。
この少女達はずっとこんな辛そうな顔を続けなくてはいけないのだろうか。
違う。
そんなこと絶対にあるはずがない。


ニャア、と普段は出すことも億劫な鳴き声を上げた。
振り絞ったわりには掠れてしまったが、それはいい。
一瞬揺るんだ腕の隙をついて、俺は少女達の間へと立った。
俺の動きを追っていた視線が重なる。
俺からは紫陽花色の少女の表情しか見ることができないが。
彼女は一瞬目を見開いたあと、俺を見つめた。
想いは言わなければ伝わらない。
そう教えてくれたのはこの少女達本人だ。
だから、伝えなければならない。
俺はもう知ってしまったのだ。
紫陽花色の少女の気持ちも、青空色の少女の気持ちも。

一度地面に落とした視線を再度上げ、俺を見据えた。
今まで散々見てきた瞳。
しかし揺れも、逸らしもしない真っ直ぐな瞳だった。
それはあたかも俺に何かを決心したような強い瞳で。




「わたし...アンタが、......こなたが好き」




何度も何度も聞いたはずの言葉が空を裂いた。
青空を映す海のように揺るがない瞳は真っ直ぐ前を向いており、その視線の先には青空の少女。

「.........か、かがみぃ」

暫しの空白の後、そう言って青空の少女は俺を追い越し紫陽花色の少女の元へと駆け寄った。
そしてそのまま自分自身を押しつけるように、紫陽花色の少女の胸に飛び込みきつく抱きしめる。
目尻についていた液体は紛れもなく数日前舐めたものと同じなはずなのに、何故今はこんなに綺麗に見えるのだろう。

「わたし、も...かがみが、好き」

そう叫ぶように告げた青空の少女の言葉に唖然と立ち尽くす紫陽花色の少女。
本当に気づいていなかったのか。
お互いが同じ気持ちだったということに。
やっと状況を理解できたのか、紫陽花色の少女は自分の胸の中にいる小さい少女に気づき慌てた後、
スゥと息を吸い込みその体を抱きしめて笑った。
それにつられるように青空の少女も幸せそうに笑い返す。
目尻に水滴を浮かべながら、しかしとても綺麗な表情で。
そうだ。
俺はこれを見たかったのだ。
いつも不安そうに笑っていたこの少女たちの本当の笑顔を。
俺に向けていた苦しそうな笑顔ではなく、幸せそうな表情を。

フと瞳に入り込んできた光に目を細めると、いつの間にか空にはいつの通りの色が戻っていた。
雨粒に濡れた木々が反射して煌めいている。
そのまま空を見上げるように首を動かすと、そこには灰色の雲の隙間から見える青空が広がっていた。
そうだな。
もう俺がここに居座る理由もない。
チラッと少女たちの方を見て俺は身を翻した。
あの笑顔があればきっと大丈夫だ。
理由も根拠もない、けれどそんな気がした。
ぬかるんだ地面を足先で確かめながら踏み出す。
自然と傷ついた足の痛みは消えていて、耳を覆っていたピリピリとした痛みも無くなっていた。
急いでいるわけでもなく、迷っているわけでもない。
しかしどうしてこんなに足取りが遅くなってしまうのか。
きっとこの泥のせいだ。
だからこんなにも思うように前に進めないのだ。
そんな自分の思考に苦笑して、後ろ脚に力を入れた。
そのまま加速するように二度とくぐらないであろう校門を抜ける。
たった数日通った場所なのに、ひどく長い間いたようなそんな既視感さえ感じるこの風景を横目にただ足を動かしていた。
と、その時。



「黒ぬこっ!!!」
「黒猫...っ!!!」




どこからか聞こえてきた言葉に一瞬耳が反応した。
聞き慣れ、呼ばれ慣れた言葉と声に思わず足が止まる。

俺は猫である。
親、兄弟など知らぬ...ましてや名前などない野良猫である。
風の赴くまま放浪し、自分勝手に生きていくしがねぇ一匹の猫である。
未練などあるはずもなく、認めることすらおかしなことだ。
だが...
黒ぬこと呼んだ青空のように透き通った髪の少女。
黒猫と呼んだ紫陽花のように綺麗な紙の少女。
この二人の人間のことを、俺は一生忘れないだろう。
そしてこの二人と共に過ごした数日間を、俺は決して忘れはしない。


そう呟きながら視界の端に捕らえた青空に揺れる紫陽花から、俺はゆっくりと視線を外した。



文:H3-81氏 挿絵:ラハル氏


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  • おお!! えと二回、三回云々いってたものです ちゃんと全部見れました ありがとうございます! やはりイイ話です GJッス>< -- 名無しさん (2009-02-09 02:05:04)

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