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「みゆきさんを着せ替え隊・後編」(2009/01/22 (木) 19:36:13) の最新版変更点
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――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『みゆきさんを着せ替え隊・後編』
──着せ替え隊よ永遠に──
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どんよりとした曇り空だった。湿り気を含んだ弱い風が、あたりを吹きぬけていく。道行く人々は、その気配にほのかに雨の到来を感じとっていた。
かすかな車の走行音がどこからともなく響いてくる。それをかき消すかのように、スズメの短い鳴き声や、カラスの間延びした鳴き声が奇妙なハーモニーを奏でていた。地上には、広大でよく手入れされた庭をそなえる一軒家が、これでもかとばかりに立ち並んでいる。もっとも狭い車道でも六メートルの幅が確保されていて、普通乗用車であれば余裕ですれ違うことができた。そして歩道には等間隔で街路樹が整備され、植え込みには色とりどりの秋の花が賑わいを見せている。
そんな閑静な高級住宅街の一角に、その小学校はあった。
狭いグラウンドは、鮮やかすぎる碧色の人工芝で塗り固められている。それを三方から囲むように、くすんだ灰色の鉄筋コンクリート四階建ての校舎と、度重なる耐震補強工事で無残な姿をさらす体育館と、水を抜かれた役立たずのプールとが、コの字型に配置されていた。築三十年ほどのそれらの建物たちには、いたるところにひびやほころびを見つけることができる。ある種の人間には歴史を感じさせ、あるいはここから巣立った子ども達に思いをはせるかも知れない。
かすかにすえた臭いの漂う児童玄関に『学芸会』と大書された看板が設置されている。
いつもと少し異なる空気を感じる児童たちが。
似合わないスーツを身にまとう先生たちが。
撮影場所を巡り争う保護者たちが。
それら全てが、あたかも偽りの宴に集う愚者たちの群れのように見えた。
その体育館の中で。
黙々とほうきを動かす係たち。
教室に椅子に戻す一般児童たち。
次々と無意味な指示を飛ばす教師たち。
暗幕や舞台装置、装飾品が、次々と取り外されていく。
お祭り騒ぎの時間は終わったのだ。
その片隅で、安物のくたびれたパイプ椅子に腰かけ、しょんぼりと肩を落す一人の少女。
慰めの言葉も尽き果て、その脇で立ちすくむ母親。
約束した。
約束した、必ず来ると。
約束した、今日こそは必ず来ると。
今年六年生になった少女にとって、それは最後の学芸会だった。
今度こそ父親が見に来てくれるから。
そう信じたから。
だから。
普段引っ込みがちだった少女は、その勇気の全てを振り絞って主役に応募した。
クラスメイトが、教師が、母親が、見物客たちが、少女の演技を絶賛した。
なのに。
父親が。
父親だけが。
父親だけが、その輪の中に存在していなかった。
約束したのに。
約束したのに、必ず来ると。
約束したのに、今日こそは必ず来ると。
やがて顔を上げた少女は、輝くような笑顔を浮かべ、ようやく口を開いた。
「私、もっと勉強する。もっともっと勉強する。もっともっともーっといい子になる」
次第に気分が高揚してきたのであろうか。少女はなおも続ける。
「そうすれば、きっとお父さんも、見に来てくれるよね?」
「そうね、きっとそうね」
目頭を抑えながら母親はそう答えた。
いつのまにか霧雨が降りはじめていた。それはあたかも天使の白いベールがこの世を覆い尽くし、全ての痛みを包み隠そうとしているかのようだった。この醜くも美しい悪しき世界のどこかに存在しているであろう、たった十人の善き人々に対して、全能の神の祝福を授けるために。
◇
ふたたび。
泉邸。
こなたの部屋。
「で、なんなのよ。その見るからに恥ずかしそうな服は」
「んふ。『超昇天使エス○レイヤー』だよ」
かがみの疑問に、いつの間にか黒焦げ状態から復帰したこなたが答える。
「はいはい。どうせゲームか深夜アニメのキャラなんでしょ?」
「ま、否定はしないけど。せっかくだから元ネタもチェックしとく?」
そう言いながら、こなたはスタンバイさせていたPCを叩き起こす。
「とりあえず、オリジナルなビデオとアニメーションとか」
「いらんわっ」
再生開始。
五分経過。
十分経過。
「うわ……エロ……」
思わずかがみがうめく。
「女の子同士で、あんなことしてる」
興味津々という感じで、つかさが画面に釘付けになっている。耳まで真っ赤になっているみゆきですら、視線だけはずしていない。
「ささっ、かがみ。さっそく実践だよ」
と、そこでこなたがツッコンでくる。
「そ、そんなこと、で、できるわけないでしょ!」
すかざず否定するかがみ。だが頬が朱に染まっている事までは隠しようがない。と、そのときである。
「ンー、やはりニホンのアニメには萌えがありますネ~」
妖しげな日本語が部屋に響き渡る。かがみがぎょっとしてその方向に目をやると、いったいどこから現われたのか、あのブクロ系米国人の姿があった。
「パトリシアさん。どうしてここに?」
「コナタにコスプレを手伝って欲しい、言われましタ。もちろん、ワタシだけではないですが」
「え……?」
嫌な予感を覚え、かがみは部屋の入り口の方を振り返る。すると──
「はぅ!」
「……ゆ、ゆたか……!」
ちょうど過激なエッチ動画にショックを受けて卒倒するゆたかを、背後からみなみが抱きとめるところだった。
「……あ、さっきかがみが部屋の鍵を壊しちゃったから、みんな入ってきちゃったんだね」
一人こなただけが納得の表情を浮かべている。ちなみに新たな訪問客たち──あやの、みさお、ひより──も、どうやらPCの映像に興味津々のようだった。
「へぇ、柊ちゃんもこういうのに興味あるんだ。ちょっと意外かな」
「待て峰岸。激しく誤解だから、それ」
「まあひーらぎだって若くて健康な肉体の持ち主だもんな。仕方ねーZE」
「だから話を聞け。頼むからそういう納得をしないでくれ」
「若くて、健康な、肉体っスか?」
「ほらそこ、発言のごく一部だけに変なフォーカスあてんなっ」
さすがのかがみも息が上がりかけている。これだけの大人数相手にいちいちツッコムのは大変なようだった。
◇
一通りみゆきをいじり倒したあと、全員で仮装をすることになった。
:
:
:
:
「ちょっと待て。この流れって、なんかおかしくないか?」
「んー、何かな?」
「だって、肝心のみゆきのコスプレはどうしたのよ」
「それはだね、いろいろとオトナの事情があるのだよ、かがみん」
「って、それじゃあまりにも看板倒れだろ」
「もちろん救済策はちゃんと用意してあるよ」
「へえ、どうするのよ」
「いちおう三択にしておくので、好きなのを選んでくれたまヘー」
①pixivに行って『コスプレみゆきさん』のタグを検索する
②作者のブログで『みゆきさんを着せ替え隊・れびゅー編』を読む
③ひたすら脳内妄想する
「なんかこう、ずいぶんと投げやりだな」
「いいんじゃないの。もともとはpixivの企画を支援するために作られた話だから」
「ったく、しょうがないわね。というわけですので、こちらの方はこのまま続けさせていただきます」
「作者の中の人もAAAでPADな胸を痛めておりますので、どうかお許しいただければと」
「ちょ、おま。そこまで中の人を貶めんなよ」
「いやだって事実だし……」
「たとえ事実でも、そこは生暖かくスルーしてあげるのが礼儀ってもんでしょうが」
「否定はしないんだ」
「……気を取り直しまして、『みゆきさんを着せ替え隊・後編』を続行いたします」
「あ、逃げた」
「うるっさい」
◇
一通りみゆきをいじり倒したあと、全員で仮装をすることになった。
「ここはやっぱりお約束でしょう」
「そういうもんなのか?」
「そそ。じゃあ、いっつ、しょーうたいむっ!」
おのおのが着替えた後、パーティの準備が整えられている泉家のリビングに移動した。
「おー、意外とひよりんのマーズがいい感じじゃん? これなら充分バイトでイケルよ」
「え、そ、そうスっかね」
ジュピターこなたのお世辞にテレながらも、姿見の前でくるりとターンを決めてみたりするあたり、マーズひよりもまんざらではないらしい。ピタリとポーズを取ると、誰もが知っている決め台詞を吐いてみる。
「火星に代わって折檻よっ!」
たちまち拍手と歓声が巻き起こった。
「その調子デス。もーっと自信持ってくだサイ、ヒヨリン。貴女はカワイイ、カワイイのですヨ」
そう言うパティはヴィーナスの仮装である。今にも胸元が破裂しそうになっていることは、あえて誰も指摘しない。
ところでロングヘアなかがみは、なぜかショートカットのマーキュリーのコスプレである。正直、めちゃくちゃ無理があると全員が思っていたが、ジュピターこなたのたっての希望で押し切られた。
「亜美xまこ、またはまこx亜美はガチなのだよ、かがみん」
「百歩譲ってそれが正しいとして、なんで私がそれに巻き込まれなくちゃなんないのよ」
「言ってほしいの。ねえ、言ってほしいの」
「……いや、いい。いろいろと」
深く追求すると墓穴を掘りそうな予感に震えるマーキュリーかがみだった。
「えーっと、私のこれは……なんだっけ?」
「日下部のはセーラーサターンよ」
疑問符まみれのサターンみさおに、そんな感じでマーキュリーかがみがフォローする。
「このキャラはね、出番自体は少ないんだけど、当時はセーラーマーキュリーに次ぐ人気を誇ってたんだヨ。『土萌ほたる』って名前だったから『萌え』の語源になった、という説もあるくらいだし」
さらにジュピターこなたが詳細な説明を加えていく。
「そっかそっか。これで私も萌え~キャラの仲間ってわけだな」
「いやいや。みさきちのバカキャラって位置づけは不変だから」
「バ、バカキャラって言うな~!」
「まあまあ、みさちゃん」
困ったような微笑を浮かべつつ、サターンみさおをなだめているのはプルートあやのだ。これはまずまずのキャスティングだとみんな思っている。
「それにしても、みゆきがちびムーンだなんて。かなり無理があるんじゃ」
「うーん。髪の毛の色つながりにしたつもりだったんだけど。せっかくのボインが50%減(当社比)になっちゃったような気がする」
「じゃあ、なんでつかさはムーンなのよ?」
「いやー、なかなかいい配役が思いつかなくて」
「……さては、段々めんどくさくなってきたな」
だが金髪のウィッグを装着したつかさは、意外にもノリノリであった。
「ムーン・ティアラ・アクショーン!」
すっかり気に入ってしまったのか、ムーンつかさが硬質ゴム製のティアラを所かまわず投げつけている。これはこれで、いろいろと危険かもしれない。
「ゆ、ゆたか……似合ってるよ」
「みなみちゃんも、可愛いよ」
そんなカオスな状況で二人だけの世界を構築しているのが、ウラヌスみなみとネプチューンゆたか。はまり過ぎててちょっと怖いな、とマーキュリーかがみは思う。
「おおおおっ、すばらしい!」
そんな中、興奮に打ち震えながらカメラのシャッターを切っているのはそうじろうである。今回のパーティのカメラマンとして採用されていた。
「いっそのこと、お父さんもタキシード仮面のコスプレでもしちゃおうかな」
「お父さん、自重」
そう言い放つジュピターこなたの温度は、普段より二~三度くらい低いかもしれない。カメラを取り上げられると、サターンみさおとウラヌスみなみに引きずられ、あっさりと退場処分となった。
「──こなたぁ。お父さん、まだなんにもしてな~い──」
「泉さんとお父様は本当に仲がよろしいのですね。うらやましいです」
「えー、そかなー。いつもあんな調子だし。それにぺったぺた引っ付いてきて困ることもあるんだけどね」
「それでも、ですよ」
「……みゆき?」
ある種の羨望の色がみゆきの瞳に浮かんでいることに、かがみだけが気づいていた。
◇
さてここで、恒例の誕生プレゼント贈呈である。
「お誕生日おめでとう、ゆきちゃん」
「まあ、これは可愛らしいネックレスですね。ありがとうございます」
「はい、私はこれよ」
「こ、これは……幻の名作の呼び名も高い、佐藤○輔の『○かなる星』の初版本ではありませんか。よく手に入りましたね」
「そそ。その佐○大輔の『遥かなる○』の初版本よ。まあ、たまたま手に入ったから」
「わかったよお姉ちゃん。これを探すために、最近神某町に通ってたんだね」
「こら、あんたはまた余計なことを」
「えへへ、ごめん。でもてっきり私はこなちゃんとデートしてるんだとばっかり思ってたから」
「ち、ちが……!」
図星を差されたかがみがなんとか反論しようとするが、朱に染まった頬が全てを物語っている。そこにこなたがさらなる追い討ちをかけた。
「おーや、かがみんや。嘘はよくないよ、嘘は」
「う、うう、うるさいぃ!」
「まあまあ、二人は本当に仲良しさんですね」
「ほんとだよね~。いいなぁ」
つかさとみゆきは、そんな婦婦漫才を繰り広げる二人のことを微笑ましげに見つめていた。
そんな調子で、訪問客がおのおののプレゼントをみゆきに差し出していた頃、こなたの様子がにわかにおかしくなった。まるでくのいちのように、かがみの背後にそっと忍び寄る。
「おっとこんなところにXXが」
何かにつまずいたようなふりをして、こなたがガムシロ入りのアイスティをかがみに向かってぶちまける。反射的にかがみはその場で屈みこみ、紙一重でその攻撃を回避。
「ちっ」
「おい、今『ちっ』って言ったか、『ちっ』って」
舌打ちしたこなたのことを見咎め、追及しようとするかがみ。だがそれよりも速く、今度はひよりがまったく同じパターンで仕掛けてきた。
「おっとこんなところにXXがあったッス!」
声と同時にかがみは反応。右足を軸にくるりと身体を半回転させ、間一髪でその一撃をかわす。しかしさらにひよりの背後からパティが襲い掛かってきた。
「おっとコンナところにXXがあるなんテェ!」
かがみ、突発的に十六Gをかけて仮想ミサイル群を……じゃなくて、突発的にひよりの背中に飛び乗り、さらにパティの後頭部に両手をかけて跳び箱の要領で跳躍する。その上で、もつれるように倒れこむひよりとパティを尻目に、両足をきちんとそろえて着地を決めた。オリンピックの跳馬競技であれば幻の十点満点がもらえそうである。
「あた、あたしを踏み台にしたっ!」
驚愕の表情を浮かべるひより。しかし、どこかに嬉しそうな雰囲気をまとっているのは決して気のせいではない。握り締められた左手の親指だけが『グッ!』と天井めがけて突き立てられていた。
「いや、ひよりん。そういうお約束はいいから」
敵味方の区別も忘れ、思わずこなたがツッコミを入れる。
「こなたといい……お前ら、いったい何を狙ってるのかな?」
あまりのわかり易さに、いい加減かがみも切れそうになってきたところだった。
「きゃあああっ!」
その声よりも速く、かがみの頭上に結構な量の液体が降り注いできた。
「ああ、あの、す、すいませんっ!」
真っ青になったゆたかがぺこぺこと頭を下げる。
「あちゃー。さすがのかがみも、ゆーちゃんの天然攻撃までは防げなかったか」
「お ま え な ぁ~」
ついにブチ切れたかがみは、こなたの胸ぐらをつかんでつるし上げにかかろうとする。
「まあともかく、そんな格好じゃ風邪引いちゃうよ。お風呂も用意してあるから、とりあえずあったまろ? それにオレンジジュースだから、髪だって洗わないとべとべとになるし」
「なんでそんなに準備万端なんだ……とか聞いちゃ負けなんだろうなぁ」
「かがみもずいぶんと慣れてきたね」
「まるでギャルゲー世界の住人になったような気分だわ」
がっくりと肩を落としたかがみは、売られていく仔牛のような風情でこなたに手を引かれ、風呂場へと向かっていく。もちろんBGMは『ドナドナ』だった。
◇
それからしばらく後。
(†1)
「ところでお姉ちゃん達、ちょっと遅いね」
姉の身に何かあったのではないかと、つかさが当然の疑念を口にする。しかしパティには別のひらめきがあったらしい。
「Hey、ヒヨリン。カメラの用意ですネ」
「えっと、いまいち話が見えないんだけど。どゆこと?」
「わかりませんカ? これだけ遅いということはデスネ、コナタたちはきっと今頃、お風呂でイケない行為に走っているに違いないのデス!」
「おおっ!」
このパティの爆弾発言に、とたんに部屋の空気が色めく。
「しーっ。静かにしないと気づかれるッス」
デジカメのメモリの残量を再確認したひよりが、今にもパティと行動を開始しようとする。
「いやでも、さすがに盗撮はまずいんじゃ、ないかな……」
「そ、そうだよパティちゃん。お邪魔虫さんは馬に蹴られて死んじゃうんだよ」
妹ズがなんとか阻止しようと口々に声を上げる。しかしその彼女たちも『こなたとかがみがイケない行為に走っている可能性』自体を否定しようとはしなかった。
(†2)
「盛り上がってるとこ悪いけど、あんた達が期待してるようなことなんて全然ないから」
そう言いながら現れたかがみは、これ以上ないという不快さを示す表情を浮かべていた。
「あー、可愛いっ!」
こなたとかがみの着替えはお揃いのヴォーカロイド。ご丁寧にこなたは髪の毛をツインテールに結い直している。そして両手のネギを振り回して決めポーズ。
「らっきらきにしてやんよっ!」
「おおおおおーっ!」
再び歓声に包まれる室内。しかしただひとり、この雰囲気に飲まれていない人間がいた。
「こなたっ! 私はもう自分の服に着替えるわよっ」
「えー、いいじゃん別に。せっかくペアルックになったことだし、ここはひとつ記念撮影でも……」
「やらん。もう帰るっ!」
「その格好で?」
「アホかっ。こんな格好で帰れるわけないじゃない!」
「じゃあ泊まっていけば?」
「そんなマネできるか。明日は学校あんのよ。だいたい制服だって……」
「大丈夫だよお姉ちゃん。ちゃーんと学校の制服も用意してあるよ」
のらりくらりと微妙にはぐらかすこなた。その態度に苛立つかがみに、つかさがダメなフォローを入れる。
「ちょ……なんだよお前ら、最初から『計画通り』なのか? そうなのか? え?」
「うー、めんご。ほんとはこなちゃんの指示で」
「やっぱりお前の仕業か」
「誤解だよ、かがみ。半分くらいは不可抗力だって」
「半分かよ!」
完璧にだまし討ちを食らった形のかがみは、どうにも怒りが収まらない。そこで、こなたは素早く間合いを詰めると、かがみの耳元でそっと囁いた。
「みんなが帰ったら、エス○レイヤーの続き、見よ」
「えっ……あ、うん」
一瞬虚を衝かれたかがみは、頬を赤らめながらコクリとうなずく。その反応を見て、こなたはしてやったりとばかりに無言でニヨニヨと笑う。この機転で、もはや服装のことなどどーでもよくなっていた。
◇
「医者をめざした理由、ですか?」
「なんとなく今まで聞きそびれちゃったけど、みゆきのことだから何か深い理由でもあるのかな、と思って」
宴もたけなわ。その片隅では、セーラーちびムーンとヴォーカロイドとの対話という、かなり超現実的な光景が展開されていた。
「お恥ずかしい話なのですが、笑いませんか?」
「うん、約束する」
「痛いのが……イヤなんですよね」
苦い笑みを浮かべながらみゆきが答える。
「あー、そういえばみゆきって、歯医者とか苦手だったっけ」
「今までさんざん痛い思いや、いろいろとイヤな経験をしてきましたから。ですので、一人でもそういう方を減らせたら、と思いまして」
「ああ、なんかみゆきらしいかもね」
「後は……ひょっとしたら、父のことを追いかけたかったから、かも知れません」
「お父さん?」
予想の斜め上の展開について行けず、かがみは小首を傾げてしまう。
「父が医者だということは、お話したことありませんでしたよね」
「うん、初耳だわ」
「昔から本当に家庭を顧みない人で。たまに帰ってきても電話一本ですぐ病院にとんぼ返り。母もずいぶんと寂しい思いをしていたようです。そして私も」
「そう。大変なんだ、いろいろと」
「あれは確か小学校六年の時でしたか。めずらしく学芸会の主役に立候補したことがありました。最後の学芸会でしたから、何か一つくらい挑戦してみたかったんです。そして……」
「ひょっとしたら、お父さんが見に来てくれるかも?」
「はい。両親はまるで我が事のように喜んでくれて。父も『必ず見に行くから』と約束してくれました。でも……」
「来て──くれなかったんだ」
「仕方がないんです。わかってはいたんです。この世には、父の手でなければ救えない人が何人もいて、そのためには私たちが我慢するのは当然なのだと」
不意に、高校二年のころに交わした何気ないやりとりが、かがみの脳裏に甦った。
『みゆきは何か、夏休みの定番ってある?』
『そうですね。今年もいちおう、海外に行く予定がありますね』
それを聞いたとき、かがみは内心とても羨んだものだった。だがその言葉の裏に、そんなドラマが隠されていたとは。
「私が医者を目指したのは、父を見返してやりたかったから。ちゃんと仕事をしながら、でも家庭も両立できる。それを証明することで父に復讐したかったから。そう思っていました」
普段と何一つ変わらないみゆきの微笑み。だが、そんな彼女の瞳の奥底に潜む深い哀しみの色を、かがみは確かに見た。
「でも最近、だんだんわからなくなってきてしまって。本当は復讐なんかじゃなくて、父に少しでも近づきたいから、父の見ている世界を見てみたいから、父に振り返ってもらいたいから、父に認めてもらいたいから、なんだかそんな気もするんです」
大嫌い。
でも大好き。
届かない想い。
父親を愛してみたい。
恨んでも恨みきれない。
憎んでいてもなお求めてしまう。
そんなみゆきの複雑な心根を、かがみは垣間見たような気がした。
「すいません、こんな話をしてしまって。今日はなんだかおかしいですね」
「ううん、そんなことない。私には何の力にもなれないけど、こうやって話を聞くくらいならいつでも。ね?」
「はい、ありがとうございます」
「ねえみゆき。お父さんと過ごしたことって、何か思い出せない?」
「父と過ごした記憶……ですか?」
わずかに首を傾げたみゆきだったが、すぐに何かを思い出す。
「……ああ、そうですね。幼稚園の年長組の時に家で開いた、ハロウィンパーティだったような気がします」
「それで、今日のパーティが楽しみだって言ってたのか」
「あるいは、そうかもしれません。今まですっかり忘れていたのですが、無意識の領域で反応していたのでしょうか」
わずかに宙を舞う、みゆきの視線。あるいはその時の思い出がよぎったのだろうか。
「ねえみゆき。お父さんと過ごしたことって、何か思い出せない?」
「父と過ごした記憶……ですか?」
わずかに首を傾げたみゆきだったが、すぐに何かを思い出す。
「……ああ、そうですね。幼稚園の年長組の時に家で開いた、ハロウィンパーティだったような気がします」
「それで、今日のパーティが楽しみだって言ってたのか」
「あるいは、そうかもしれません。今まですっかり忘れていたのですが、無意識の領域で反応していたのでしょうか」
わずかに宙を舞う、みゆきの視線。あるいはその時の思い出がよぎったのだろうか。
「そういえば最近は、お医者さんも患者に訴えられたりとかで、けっこう大変なんだってね」
「そうですね。たとえば産婦人科や小児科の場合ですと、医師一人あたり一件以上の訴訟を抱えている計算になる、と聞いたことがあります」
「もしみゆきがそんなことになったら私に任せて。どんな手を使ってでも必ず勝訴に持ち込めるように頑張るから」
(うーん。いくらなんでも、ちょっとお子様すぎたかな)
暗くなってしまった雰囲気を払拭しようとしたつもりが、実際に口にしてみるとあまりにも軽すぎる発言に思えて、かがみは少し落ち込んでしまう。
「ええ。万が一の時には、この世の誰よりも頼りにさせていただきます」
だがみゆきは満面の笑みでかがみの言葉に答えた。彼女はそれも含めて、ちゃんとかがみのメッセージを受け取っているようだった。
そんな二人のやりとりを、こなたがいつものニヨニヨ顔で眺めていた。
「あんた、みゆきの事情、知ってたの?」
「うんにゃ」
首を軽く左右に振りながら、こなたは答える。
「じゃあ、どうして」
「大した意味じゃないんだよ。みゆきさんにはいつも心の底から笑っていてほしいな、と思っただけ」
「そ、か」
こいつには敵わないな、と改めて思うかがみだった。
◇
「ねえ、来年もやろうよ。コスプレハロウィン誕生パーティ」
「……もう少し穏当なネーミングはないのか」
呆れ声でかがみがこなたにツッコむ。
「いいですね。私は大賛成です」
「そ、そうなんだ。ひょっとして、楽しかったとか?」
うふふ、と微妙な笑顔で答えるみゆき。
「まあ、みゆきがそういうなら、私は別に反対しないけど」
「じゃあ来年の今頃、またみんなに声かけるヨ。次回はコスプレ衣装ももっと用意するし」
「やる気満々だな。このエネルギーをもう少し勉強にも向けてくれれば……」
「かがみには乙女の夢が理解できないんだね。可愛そうに」
「だからそんな乙女の夢はいらんと言っとるだろ」
先ほどこなたの事を見直したのは、やはり一時の気の迷いだったのだろうか、とかがみは深い深いため息をついた。
◇
翌日。
月曜日。
「お姉ちゃ~ん、宿題見せて~!」
……つかさだけが宿題を忘れた。
(Fin)
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- 何このカオスwww -- 名無しさん (2008-11-18 15:49:54)
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『みゆきさんを着せ替え隊・後編』
──着せ替え隊よ永遠に──
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どんよりとした曇り空だった。湿り気を含んだ弱い風が、あたりを吹きぬけていく。道行く人々は、その気配にほのかに雨の到来を感じとっていた。
かすかな車の走行音がどこからともなく響いてくる。それをかき消すかのように、スズメの短い鳴き声や、カラスの間延びした鳴き声が奇妙なハーモニーを奏でていた。地上には、広大でよく手入れされた庭をそなえる一軒家が、これでもかとばかりに立ち並んでいる。もっとも狭い車道でも六メートルの幅が確保されていて、普通乗用車であれば余裕ですれ違うことができた。そして歩道には等間隔で街路樹が整備され、植え込みには色とりどりの秋の花が賑わいを見せている。
そんな閑静な高級住宅街の一角に、その小学校はあった。
狭いグラウンドは、鮮やかすぎる碧色の人工芝で塗り固められている。それを三方から囲むように、くすんだ灰色の鉄筋コンクリート四階建ての校舎と、度重なる耐震補強工事で無残な姿をさらす体育館と、水を抜かれた役立たずのプールとが、コの字型に配置されていた。築三十年ほどのそれらの建物たちには、いたるところにひびやほころびを見つけることができる。ある種の人間には歴史を感じさせ、あるいはここから巣立った子ども達に思いをはせるかも知れない。
かすかにすえた臭いの漂う児童玄関に『学芸会』と大書された看板が設置されている。
いつもと少し異なる空気を感じる児童たちが。
似合わないスーツを身にまとう先生たちが。
撮影場所を巡り争う保護者たちが。
それら全てが、あたかも偽りの宴に集う愚者たちの群れのように見えた。
その体育館の中で。
黙々とほうきを動かす係たち。
教室に椅子に戻す一般児童たち。
次々と無意味な指示を飛ばす教師たち。
暗幕や舞台装置、装飾品が、次々と取り外されていく。
お祭り騒ぎの時間は終わったのだ。
その片隅で、安物のくたびれたパイプ椅子に腰かけ、しょんぼりと肩を落す一人の少女。
慰めの言葉も尽き果て、その脇で立ちすくむ母親。
約束した。
約束した、必ず来ると。
約束した、今日こそは必ず来ると。
今年六年生になった少女にとって、それは最後の学芸会だった。
今度こそ父親が見に来てくれるから。
そう信じたから。
だから。
普段引っ込みがちだった少女は、その勇気の全てを振り絞って主役に応募した。
クラスメイトが、教師が、母親が、見物客たちが、少女の演技を絶賛した。
なのに。
父親が。
父親だけが。
父親だけが、その輪の中に存在していなかった。
約束したのに。
約束したのに、必ず来ると。
約束したのに、今日こそは必ず来ると。
やがて顔を上げた少女は、輝くような笑顔を浮かべ、ようやく口を開いた。
「私、もっと勉強する。もっともっと勉強する。もっともっともーっといい子になる」
次第に気分が高揚してきたのであろうか。少女はなおも続ける。
「そうすれば、きっとお父さんも、見に来てくれるよね?」
「そうね、きっとそうね」
目頭を抑えながら母親はそう答えた。
いつのまにか霧雨が降りはじめていた。それはあたかも天使の白いベールがこの世を覆い尽くし、全ての痛みを包み隠そうとしているかのようだった。この醜くも美しい悪しき世界のどこかに存在しているであろう、たった十人の善き人々に対して、全能の神の祝福を授けるために。
◇
ふたたび。
泉邸。
こなたの部屋。
「で、なんなのよ。その見るからに恥ずかしそうな服は」
「んふ。『超昇天使エス○レイヤー』だよ」
かがみの疑問に、いつの間にか黒焦げ状態から復帰したこなたが答える。
「はいはい。どうせゲームか深夜アニメのキャラなんでしょ?」
「ま、否定はしないけど。せっかくだから元ネタもチェックしとく?」
そう言いながら、こなたはスタンバイさせていたPCを叩き起こす。
「とりあえず、オリジナルなビデオとアニメーションとか」
「いらんわっ」
再生開始。
五分経過。
十分経過。
「うわ……エロ……」
思わずかがみがうめく。
「女の子同士で、あんなことしてる」
興味津々という感じで、つかさが画面に釘付けになっている。耳まで真っ赤になっているみゆきですら、視線だけはずしていない。
「ささっ、かがみ。さっそく実践だよ」
と、そこでこなたがツッコンでくる。
「そ、そんなこと、で、できるわけないでしょ!」
すかざず否定するかがみ。だが頬が朱に染まっている事までは隠しようがない。と、そのときである。
「ンー、やはりニホンのアニメには萌えがありますネ~」
妖しげな日本語が部屋に響き渡る。かがみがぎょっとしてその方向に目をやると、いったいどこから現われたのか、あのブクロ系米国人の姿があった。
「パトリシアさん。どうしてここに?」
「コナタにコスプレを手伝って欲しい、言われましタ。もちろん、ワタシだけではないですが」
「え……?」
嫌な予感を覚え、かがみは部屋の入り口の方を振り返る。すると──
「はぅ!」
「……ゆ、ゆたか……!」
ちょうど過激なエッチ動画にショックを受けて卒倒するゆたかを、背後からみなみが抱きとめるところだった。
「……あ、さっきかがみが部屋の鍵を壊しちゃったから、みんな入ってきちゃったんだね」
一人こなただけが納得の表情を浮かべている。ちなみに新たな訪問客たち──あやの、みさお、ひより──も、どうやらPCの映像に興味津々のようだった。
「へぇ、柊ちゃんもこういうのに興味あるんだ。ちょっと意外かな」
「待て峰岸。激しく誤解だから、それ」
「まあひーらぎだって若くて健康な肉体の持ち主だもんな。仕方ねーZE」
「だから話を聞け。頼むからそういう納得をしないでくれ」
「若くて、健康な、肉体っスか?」
「ほらそこ、発言のごく一部だけに変なフォーカスあてんなっ」
さすがのかがみも息が上がりかけている。これだけの大人数相手にいちいちツッコムのは大変なようだった。
◇
一通りみゆきをいじり倒したあと、全員で仮装をすることになった。
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「ちょっと待て。この流れって、なんかおかしくないか?」
「んー、何かな?」
「だって、肝心のみゆきのコスプレはどうしたのよ」
「それはだね、いろいろとオトナの事情があるのだよ、かがみん」
「って、それじゃあまりにも看板倒れだろ」
「もちろん救済策はちゃんと用意してあるよ」
「へえ、どうするのよ」
「いちおう三択にしておくので、好きなのを選んでくれたまヘー」
①pixivに行って『コスプレみゆきさん』のタグを検索する
②作者のブログで『みゆきさんを着せ替え隊・れびゅー編』を読む
③ひたすら脳内妄想する
「なんかこう、ずいぶんと投げやりだな」
「いいんじゃないの。もともとはpixivの企画を支援するために作られた話だから」
「ったく、しょうがないわね。というわけですので、こちらの方はこのまま続けさせていただきます」
「作者の中の人もAAAでPADな胸を痛めておりますので、どうかお許しいただければと」
「ちょ、おま。そこまで中の人を貶めんなよ」
「いやだって事実だし……」
「たとえ事実でも、そこは生暖かくスルーしてあげるのが礼儀ってもんでしょうが」
「否定はしないんだ」
「……気を取り直しまして、『みゆきさんを着せ替え隊・後編』を続行いたします」
「あ、逃げた」
「うるっさい」
◇
一通りみゆきをいじり倒したあと、全員で仮装をすることになった。
「ここはやっぱりお約束でしょう」
「そういうもんなのか?」
「そそ。じゃあ、いっつ、しょーうたいむっ!」
おのおのが着替えた後、パーティの準備が整えられている泉家のリビングに移動した。
「おー、意外とひよりんのマーズがいい感じじゃん? これなら充分バイトでイケルよ」
「え、そ、そうスっかね」
ジュピターこなたのお世辞にテレながらも、姿見の前でくるりとターンを決めてみたりするあたり、マーズひよりもまんざらではないらしい。ピタリとポーズを取ると、誰もが知っている決め台詞を吐いてみる。
「火星に代わって折檻よっ!」
たちまち拍手と歓声が巻き起こった。
「その調子デス。もーっと自信持ってくだサイ、ヒヨリン。貴女はカワイイ、カワイイのですヨ」
そう言うパティはヴィーナスの仮装である。今にも胸元が破裂しそうになっていることは、あえて誰も指摘しない。
ところでロングヘアなかがみは、なぜかショートカットのマーキュリーのコスプレである。正直、めちゃくちゃ無理があると全員が思っていたが、ジュピターこなたのたっての希望で押し切られた。
「亜美xまこ、またはまこx亜美はガチなのだよ、かがみん」
「百歩譲ってそれが正しいとして、なんで私がそれに巻き込まれなくちゃなんないのよ」
「言ってほしいの。ねえ、言ってほしいの」
「……いや、いい。いろいろと」
深く追求すると墓穴を掘りそうな予感に震えるマーキュリーかがみだった。
「えーっと、私のこれは……なんだっけ?」
「日下部のはセーラーサターンよ」
疑問符まみれのサターンみさおに、そんな感じでマーキュリーかがみがフォローする。
「このキャラはね、出番自体は少ないんだけど、当時はセーラーマーキュリーに次ぐ人気を誇ってたんだヨ。『土萌ほたる』って名前だったから『萌え』の語源になった、という説もあるくらいだし」
さらにジュピターこなたが詳細な説明を加えていく。
「そっかそっか。これで私も萌え~キャラの仲間ってわけだな」
「いやいや。みさきちのバカキャラって位置づけは不変だから」
「バ、バカキャラって言うな~!」
「まあまあ、みさちゃん」
困ったような微笑を浮かべつつ、サターンみさおをなだめているのはプルートあやのだ。これはまずまずのキャスティングだとみんな思っている。
「それにしても、みゆきがちびムーンだなんて。かなり無理があるんじゃ」
「うーん。髪の毛の色つながりにしたつもりだったんだけど。せっかくのボインが50%減(当社比)になっちゃったような気がする」
「じゃあ、なんでつかさはムーンなのよ?」
「いやー、なかなかいい配役が思いつかなくて」
「……さては、段々めんどくさくなってきたな」
だが金髪のウィッグを装着したつかさは、意外にもノリノリであった。
「ムーン・ティアラ・アクショーン!」
すっかり気に入ってしまったのか、ムーンつかさが硬質ゴム製のティアラを所かまわず投げつけている。これはこれで、いろいろと危険かもしれない。
「ゆ、ゆたか……似合ってるよ」
「みなみちゃんも、可愛いよ」
そんなカオスな状況で二人だけの世界を構築しているのが、ウラヌスみなみとネプチューンゆたか。はまり過ぎててちょっと怖いな、とマーキュリーかがみは思う。
「おおおおっ、すばらしい!」
そんな中、興奮に打ち震えながらカメラのシャッターを切っているのはそうじろうである。今回のパーティのカメラマンとして採用されていた。
「いっそのこと、お父さんもタキシード仮面のコスプレでもしちゃおうかな」
「お父さん、自重」
そう言い放つジュピターこなたの温度は、普段より二~三度くらい低いかもしれない。カメラを取り上げられると、サターンみさおとウラヌスみなみに引きずられ、あっさりと退場処分となった。
「──こなたぁ。お父さん、まだなんにもしてな~い──」
「泉さんとお父様は本当に仲がよろしいのですね。うらやましいです」
「えー、そかなー。いつもあんな調子だし。それにぺったぺた引っ付いてきて困ることもあるんだけどね」
「それでも、ですよ」
「……みゆき?」
ある種の羨望の色がみゆきの瞳に浮かんでいることに、かがみだけが気づいていた。
◇
さてここで、恒例の誕生プレゼント贈呈である。
「お誕生日おめでとう、ゆきちゃん」
「まあ、これは可愛らしいネックレスですね。ありがとうございます」
「はい、私はこれよ」
「こ、これは……幻の名作の呼び名も高い、佐藤○輔の『○かなる星』の初版本ではありませんか。よく手に入りましたね」
「そそ。その佐○大輔の『遥かなる○』の初版本よ。まあ、たまたま手に入ったから」
「わかったよお姉ちゃん。これを探すために、最近神某町に通ってたんだね」
「こら、あんたはまた余計なことを」
「えへへ、ごめん。でもてっきり私はこなちゃんとデートしてるんだとばっかり思ってたから」
「ち、ちが……!」
図星を差されたかがみがなんとか反論しようとするが、朱に染まった頬が全てを物語っている。そこにこなたがさらなる追い討ちをかけた。
「おーや、かがみんや。嘘はよくないよ、嘘は」
「う、うう、うるさいぃ!」
「まあまあ、二人は本当に仲良しさんですね」
「ほんとだよね~。いいなぁ」
つかさとみゆきは、そんな婦婦漫才を繰り広げる二人のことを微笑ましげに見つめていた。
そんな調子で、訪問客がおのおののプレゼントをみゆきに差し出していた頃、こなたの様子がにわかにおかしくなった。まるでくのいちのように、かがみの背後にそっと忍び寄る。
「おっとこんなところにXXが」
何かにつまずいたようなふりをして、こなたがガムシロ入りのアイスティをかがみに向かってぶちまける。反射的にかがみはその場で屈みこみ、紙一重でその攻撃を回避。
「ちっ」
「おい、今『ちっ』って言ったか、『ちっ』って」
舌打ちしたこなたのことを見咎め、追及しようとするかがみ。だがそれよりも速く、今度はひよりがまったく同じパターンで仕掛けてきた。
「おっとこんなところにXXがあったッス!」
声と同時にかがみは反応。右足を軸にくるりと身体を半回転させ、間一髪でその一撃をかわす。しかしさらにひよりの背後からパティが襲い掛かってきた。
「おっとコンナところにXXがあるなんテェ!」
かがみ、突発的に十六Gをかけて仮想ミサイル群を……じゃなくて、突発的にひよりの背中に飛び乗り、さらにパティの後頭部に両手をかけて跳び箱の要領で跳躍する。その上で、もつれるように倒れこむひよりとパティを尻目に、両足をきちんとそろえて着地を決めた。オリンピックの跳馬競技であれば幻の十点満点がもらえそうである。
「あた、あたしを踏み台にしたっ!」
驚愕の表情を浮かべるひより。しかし、どこかに嬉しそうな雰囲気をまとっているのは決して気のせいではない。握り締められた左手の親指だけが『グッ!』と天井めがけて突き立てられていた。
「いや、ひよりん。そういうお約束はいいから」
敵味方の区別も忘れ、思わずこなたがツッコミを入れる。
「こなたといい……お前ら、いったい何を狙ってるのかな?」
あまりのわかり易さに、いい加減かがみも切れそうになってきたところだった。
「きゃあああっ!」
その声よりも速く、かがみの頭上に結構な量の液体が降り注いできた。
「ああ、あの、す、すいませんっ!」
真っ青になったゆたかがぺこぺこと頭を下げる。
「あちゃー。さすがのかがみも、ゆーちゃんの天然攻撃までは防げなかったか」
「お ま え な ぁ~」
ついにブチ切れたかがみは、こなたの胸ぐらをつかんでつるし上げにかかろうとする。
「まあともかく、そんな格好じゃ風邪引いちゃうよ。お風呂も用意してあるから、とりあえずあったまろ? それにオレンジジュースだから、髪だって洗わないとべとべとになるし」
「なんでそんなに準備万端なんだ……とか聞いちゃ負けなんだろうなぁ」
「かがみもずいぶんと慣れてきたね」
「まるでギャルゲー世界の住人になったような気分だわ」
がっくりと肩を落としたかがみは、売られていく仔牛のような風情でこなたに手を引かれ、風呂場へと向かっていく。もちろんBGMは『ドナドナ』だった。
◇
それからしばらく後。
(†1)
「ところでお姉ちゃん達、ちょっと遅いね」
姉の身に何かあったのではないかと、つかさが当然の疑念を口にする。しかしパティには別のひらめきがあったらしい。
「Hey、ヒヨリン。カメラの用意ですネ」
「えっと、いまいち話が見えないんだけど。どゆこと?」
「わかりませんカ? これだけ遅いということはデスネ、コナタたちはきっと今頃、お風呂でイケない行為に走っているに違いないのデス!」
「おおっ!」
このパティの爆弾発言に、とたんに部屋の空気が色めく。
「しーっ。静かにしないと気づかれるッス」
デジカメのメモリの残量を再確認したひよりが、今にもパティと行動を開始しようとする。
「いやでも、さすがに盗撮はまずいんじゃ、ないかな……」
「そ、そうだよパティちゃん。お邪魔虫さんは馬に蹴られて死んじゃうんだよ」
妹ズがなんとか阻止しようと口々に声を上げる。しかしその彼女たちも『こなたとかがみがイケない行為に走っている可能性』自体を否定しようとはしなかった。
(†2)
「盛り上がってるとこ悪いけど、あんた達が期待してるようなことなんて全然ないから」
そう言いながら現れたかがみは、これ以上ないという不快さを示す表情を浮かべていた。
「あー、可愛いっ!」
こなたとかがみの着替えはお揃いのヴォーカロイド。ご丁寧にこなたは髪の毛をツインテールに結い直している。そして両手のネギを振り回して決めポーズ。
「らっきらきにしてやんよっ!」
「おおおおおーっ!」
再び歓声に包まれる室内。しかしただひとり、この雰囲気に飲まれていない人間がいた。
「こなたっ! 私はもう自分の服に着替えるわよっ」
「えー、いいじゃん別に。せっかくペアルックになったことだし、ここはひとつ記念撮影でも……」
「やらん。もう帰るっ!」
「その格好で?」
「アホかっ。こんな格好で帰れるわけないじゃない!」
「じゃあ泊まっていけば?」
「そんなマネできるか。明日は学校あんのよ。だいたい制服だって……」
「大丈夫だよお姉ちゃん。ちゃーんと学校の制服も用意してあるよ」
のらりくらりと微妙にはぐらかすこなた。その態度に苛立つかがみに、つかさがダメなフォローを入れる。
「ちょ……なんだよお前ら、最初から『計画通り』なのか? そうなのか? え?」
「うー、めんご。ほんとはこなちゃんの指示で」
「やっぱりお前の仕業か」
「誤解だよ、かがみ。半分くらいは不可抗力だって」
「半分かよ!」
完璧にだまし討ちを食らった形のかがみは、どうにも怒りが収まらない。そこで、こなたは素早く間合いを詰めると、かがみの耳元でそっと囁いた。
「みんなが帰ったら、エス○レイヤーの続き、見よ」
「えっ……あ、うん」
一瞬虚を衝かれたかがみは、頬を赤らめながらコクリとうなずく。その反応を見て、こなたはしてやったりとばかりに無言でニヨニヨと笑う。この機転で、もはや服装のことなどどーでもよくなっていた。
◇
「医者をめざした理由、ですか?」
「なんとなく今まで聞きそびれちゃったけど、みゆきのことだから何か深い理由でもあるのかな、と思って」
宴もたけなわ。その片隅では、セーラーちびムーンとヴォーカロイドとの対話という、かなり超現実的な光景が展開されていた。
「お恥ずかしい話なのですが、笑いませんか?」
「うん、約束する」
「痛いのが……イヤなんですよね」
苦い笑みを浮かべながらみゆきが答える。
「あー、そういえばみゆきって、歯医者とか苦手だったっけ」
「今までさんざん痛い思いや、いろいろとイヤな経験をしてきましたから。ですので、一人でもそういう方を減らせたら、と思いまして」
「ああ、なんかみゆきらしいかもね」
「後は……ひょっとしたら、父のことを追いかけたかったから、かも知れません」
「お父さん?」
予想の斜め上の展開について行けず、かがみは小首を傾げてしまう。
「父が医者だということは、お話したことありませんでしたよね」
「うん、初耳だわ」
「昔から本当に家庭を顧みない人で。たまに帰ってきても電話一本ですぐ病院にとんぼ返り。母もずいぶんと寂しい思いをしていたようです。そして私も」
「そう。大変なんだ、いろいろと」
「あれは確か小学校六年の時でしたか。めずらしく学芸会の主役に立候補したことがありました。最後の学芸会でしたから、何か一つくらい挑戦してみたかったんです。そして……」
「ひょっとしたら、お父さんが見に来てくれるかも?」
「はい。両親はまるで我が事のように喜んでくれて。父も『必ず見に行くから』と約束してくれました。でも……」
「来て──くれなかったんだ」
「仕方がないんです。わかってはいたんです。この世には、父の手でなければ救えない人が何人もいて、そのためには私たちが我慢するのは当然なのだと」
不意に、高校二年のころに交わした何気ないやりとりが、かがみの脳裏に甦った。
『みゆきは何か、夏休みの定番ってある?』
『そうですね。今年もいちおう、海外に行く予定がありますね』
それを聞いたとき、かがみは内心とても羨んだものだった。だがその言葉の裏に、そんなドラマが隠されていたとは。
「私が医者を目指したのは、父を見返してやりたかったから。ちゃんと仕事をしながら、でも家庭も両立できる。それを証明することで父に復讐したかったから。そう思っていました」
普段と何一つ変わらないみゆきの微笑み。だが、そんな彼女の瞳の奥底に潜む深い哀しみの色を、かがみは確かに見た。
「でも最近、だんだんわからなくなってきてしまって。本当は復讐なんかじゃなくて、父に少しでも近づきたいから、父の見ている世界を見てみたいから、父に振り返ってもらいたいから、父に認めてもらいたいから、なんだかそんな気もするんです」
大嫌い。
でも大好き。
届かない想い。
父親を愛してみたい。
恨んでも恨みきれない。
憎んでいてもなお求めてしまう。
そんなみゆきの複雑な心根を、かがみは垣間見たような気がした。
「すいません、こんな話をしてしまって。今日はなんだかおかしいですね」
「ううん、そんなことない。私には何の力にもなれないけど、こうやって話を聞くくらいならいつでも。ね?」
「はい、ありがとうございます」
「ねえみゆき。お父さんと過ごしたことって、何か思い出せない?」
「父と過ごした記憶……ですか?」
わずかに首を傾げたみゆきだったが、すぐに何かを思い出す。
「……ああ、そうですね。幼稚園の年長組の時に家で開いた、ハロウィンパーティだったような気がします」
「それで、今日のパーティが楽しみだって言ってたのか」
「あるいは、そうかもしれません。今まですっかり忘れていたのですが、無意識の領域で反応していたのでしょうか」
わずかに宙を舞う、みゆきの視線。あるいはその時の思い出がよぎったのだろうか。
「ねえみゆき。お父さんと過ごしたことって、何か思い出せない?」
「父と過ごした記憶……ですか?」
わずかに首を傾げたみゆきだったが、すぐに何かを思い出す。
「……ああ、そうですね。幼稚園の年長組の時に家で開いた、ハロウィンパーティだったような気がします」
「それで、今日のパーティが楽しみだって言ってたのか」
「あるいは、そうかもしれません。今まですっかり忘れていたのですが、無意識の領域で反応していたのでしょうか」
わずかに宙を舞う、みゆきの視線。あるいはその時の思い出がよぎったのだろうか。
「そういえば最近は、お医者さんも患者に訴えられたりとかで、けっこう大変なんだってね」
「そうですね。たとえば産婦人科や小児科の場合ですと、医師一人あたり一件以上の訴訟を抱えている計算になる、と聞いたことがあります」
「もしみゆきがそんなことになったら私に任せて。どんな手を使ってでも必ず勝訴に持ち込めるように頑張るから」
(うーん。いくらなんでも、ちょっとお子様すぎたかな)
暗くなってしまった雰囲気を払拭しようとしたつもりが、実際に口にしてみるとあまりにも軽すぎる発言に思えて、かがみは少し落ち込んでしまう。
「ええ。万が一の時には、この世の誰よりも頼りにさせていただきます」
だがみゆきは満面の笑みでかがみの言葉に答えた。彼女はそれも含めて、ちゃんとかがみのメッセージを受け取っているようだった。
そんな二人のやりとりを、こなたがいつものニヨニヨ顔で眺めていた。
「あんた、みゆきの事情、知ってたの?」
「うんにゃ」
首を軽く左右に振りながら、こなたは答える。
「じゃあ、どうして」
「大した意味じゃないんだよ。みゆきさんにはいつも心の底から笑っていてほしいな、と思っただけ」
「そ、か」
こいつには敵わないな、と改めて思うかがみだった。
◇
「ねえ、来年もやろうよ。コスプレハロウィン誕生パーティ」
「……もう少し穏当なネーミングはないのか」
呆れ声でかがみがこなたにツッコむ。
「いいですね。私は大賛成です」
「そ、そうなんだ。ひょっとして、楽しかったとか?」
うふふ、と微妙な笑顔で答えるみゆき。
「まあ、みゆきがそういうなら、私は別に反対しないけど」
「じゃあ来年の今頃、またみんなに声かけるヨ。次回はコスプレ衣装ももっと用意するし」
「やる気満々だな。このエネルギーをもう少し勉強にも向けてくれれば……」
「かがみには乙女の夢が理解できないんだね。可愛そうに」
「だからそんな乙女の夢はいらんと言っとるだろ」
先ほどこなたの事を見直したのは、やはり一時の気の迷いだったのだろうか、とかがみは深い深いため息をついた。
◇
翌日。
月曜日。
「お姉ちゃ~ん、宿題見せて~!」
……つかさだけが宿題を忘れた。
(Fin)
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- 佐藤大輔が出てくるとは思わなかったなw -- 名無しさん (2009-01-22 19:36:13)
- 何このカオスwww -- 名無しさん (2008-11-18 15:49:54)
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