「黒ぬことパン」(2008/11/05 (水) 00:26:35) の最新版変更点
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『黒ぬことパン』
我輩は猫である。
名前はまだない。
――いや、そのつもりだった。
俺は野良猫である。
どこで産まれ、どこから来たかなんて考えたこともないし、これからも考えることはないだろう。
だからこの街に辿りついたのもただの偶然で、ただの気紛れでしかなかったのだ。
「黒ぬこーーーー!!!」
我々猫は人間に比べると聴覚がすこぶる鋭いらしい。
他の動物達はどうか知らないが、視覚が悪い分聴覚と嗅覚が鋭く進化したという。
そんな聴覚を壊すような高音が俺の両耳を襲った。
『黒ぬこ』という言葉の意味は分からんが、先日...というか3日も前から俺を見てこの言葉を発するんだから名前と受け取っていいのだろう。
声の主である人間が俺向けて走ってくる。
そりゃ知らない人間どもに追いかけられたら俺も逃げるなり威嚇するなりするが...
「お待たへー。はい、今日の分だよ~」
何故だか知らんがこの人間は俺と始めて出合った時から今までこうして食事を与えてくれるのだ。
俺は飼い猫になる気はさらさらない。
さらさらないが、ただで飯をくれるとなられば話は別だ。
それにこの人間はいくら俺が逃げないからといって、勝手家に連れていったりしない。
俺が子供のころ、よく人間は俺を見つけては手を差し延べてきた。
食いもんを恵んで、ミルクを与えてくれたり。
そして最後には抱き抱えて家へと連れて行くのだ。
「あれ?今日は食べないの?」
ジッと差し出されたパンを見ていながら瞑想に耽っていたようだ。
格別腹が減っていたわけじゃないが、二、三回鼻を近付け匂いをかぐと甘い匂いが嗅覚を襲う。
そのまま口に咥え、そのまま飲み込む。
「おいしい?」
人間の多くは勘違いしてるらしいのだが、俺達動物には基本的に味覚はない。
いや、ないと言えば語弊になるな。
皆無に等しい、というべきか。
甘い、辛い、苦い、これくらいの感覚はあるが人間達の言う「おいしい」という感覚はよく分からない。
それは甘いのか、辛いのか、苦いのか...はたまた人間にしか分からない味覚なんだろうか。
腹に入れば空腹は収まるし、死ぬことはない。
そう考えてしまうのは俺が猫だからだろうか。
パンを地面に置いて見上げると新緑色の瞳が俺を見つめていた。
草や葉とは違う、深い深い緑色だ。
「そっか、おいしーか」
何を納得したのか、うんうんとうなずきながら俺の頭に手を置いた。
人間の体温は温かい。
俺の体温の方が低いせいだろうか。
頭から背中へと温かい手が毛並みにそって移動してくる。
撫でられるのは嫌いではない。
じゃあ好きかと言われると言葉につまってしまうが。
「今日さ、またかがみを怒らせちゃったよ」
深呼吸をした後、俺から手を離し、立ち上がる。
――かがみ。
俺の知ってる言葉の意味は自分の姿が見える魔法の壁、というものだったが。
この3日間、この人間片時もこの言葉を言わなかったことがない。
ということは、名前なんだろう。
『またかがみを怒らせちゃったよ』
誰かを怒らせる。
縄張り争いみたいなもんだろうか、それとも餌の取り合いか。
「素直じゃないんだよ、かがみんは」
かがみん?
なんかまた変な言葉が出てきたが、人間がよく使う「ちゃん」とか「くん」みたいなもんなんだろうか。
はぁと溜め息をついた後、そのまま俺の方を振り返る。
空の色と同じ髪が風になびく。
「でもさ」
両口角を上げて、まるで俺ら猫のような唇で俺に囁く。
「一番素直じゃないのは...私だよね」
そう言って瞳から水滴を零すこの『少女』に、俺はなんて答えていいのか分からず、ただその新緑の瞳から目を離せなかった。
-[[黒猫とクッキー>http://www13.atwiki.jp/oyatu1/pages/840.html]]へ続く
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#comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3)
- 斬新ながらも文章の丁寧さが素晴らしい。 &br()GJです! -- 名無しさん (2008-11-04 12:36:20)
- ぬこ視点がGJですね!!! -- 名無しさん (2008-11-04 01:20:57)
『黒ぬことパン』
我輩は猫である。
名前はまだない。
――いや、そのつもりだった。
俺は野良猫である。
どこで産まれ、どこから来たかなんて考えたこともないし、これからも考えることはないだろう。
だからこの街に辿りついたのもただの偶然で、ただの気紛れでしかなかったのだ。
「黒ぬこーーーー!!!」
我々猫は人間に比べると聴覚がすこぶる鋭いらしい。
他の動物達はどうか知らないが、視覚が悪い分聴覚と嗅覚が鋭く進化したという。
そんな聴覚を壊すような高音が俺の両耳を襲った。
『黒ぬこ』という言葉の意味は分からんが、先日...というか3日も前から俺を見てこの言葉を発するんだから名前と受け取っていいのだろう。
声の主である人間が俺向けて走ってくる。
そりゃ知らない人間どもに追いかけられたら俺も逃げるなり威嚇するなりするが...
「お待たへー。はい、今日の分だよ~」
何故だか知らんがこの人間は俺と始めて出合った時から今までこうして食事を与えてくれるのだ。
俺は飼い猫になる気はさらさらない。
さらさらないが、ただで飯をくれるとなられば話は別だ。
それにこの人間はいくら俺が逃げないからといって、勝手家に連れていったりしない。
俺が子供のころ、よく人間は俺を見つけては手を差し延べてきた。
食いもんを恵んで、ミルクを与えてくれたり。
そして最後には抱き抱えて家へと連れて行くのだ。
「あれ?今日は食べないの?」
ジッと差し出されたパンを見ていながら瞑想に耽っていたようだ。
格別腹が減っていたわけじゃないが、二、三回鼻を近付け匂いをかぐと甘い匂いが嗅覚を襲う。
そのまま口に咥え、そのまま飲み込む。
「おいしい?」
人間の多くは勘違いしてるらしいのだが、俺達動物には基本的に味覚はない。
いや、ないと言えば語弊になるな。
皆無に等しい、というべきか。
甘い、辛い、苦い、これくらいの感覚はあるが人間達の言う「おいしい」という感覚はよく分からない。
それは甘いのか、辛いのか、苦いのか...はたまた人間にしか分からない味覚なんだろうか。
腹に入れば空腹は収まるし、死ぬことはない。
そう考えてしまうのは俺が猫だからだろうか。
パンを地面に置いて見上げると新緑色の瞳が俺を見つめていた。
草や葉とは違う、深い深い緑色だ。
「そっか、おいしーか」
何を納得したのか、うんうんとうなずきながら俺の頭に手を置いた。
人間の体温は温かい。
俺の体温の方が低いせいだろうか。
頭から背中へと温かい手が毛並みにそって移動してくる。
撫でられるのは嫌いではない。
じゃあ好きかと言われると言葉につまってしまうが。
「今日さ、またかがみを怒らせちゃったよ」
深呼吸をした後、俺から手を離し、立ち上がる。
――かがみ。
俺の知ってる言葉の意味は自分の姿が見える魔法の壁、というものだったが。
この3日間、この人間片時もこの言葉を言わなかったことがない。
ということは、名前なんだろう。
『またかがみを怒らせちゃったよ』
誰かを怒らせる。
縄張り争いみたいなもんだろうか、それとも餌の取り合いか。
「素直じゃないんだよ、かがみんは」
かがみん?
なんかまた変な言葉が出てきたが、人間がよく使う「ちゃん」とか「くん」みたいなもんなんだろうか。
はぁと溜め息をついた後、そのまま俺の方を振り返る。
空の色と同じ髪が風になびく。
「でもさ」
両口角を上げて、まるで俺ら猫のような唇で俺に囁く。
「一番素直じゃないのは...私だよね」
そう言って瞳から水滴を零すこの『少女』に、俺はなんて答えていいのか分からず、ただその新緑の瞳から目を離せなかった。
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- 斬新ながらも文章の丁寧さが素晴らしい。 &br()GJです! -- 名無しさん (2008-11-04 12:36:20)
- ぬこ視点がGJですね!!! -- 名無しさん (2008-11-04 01:20:57)
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