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【第9話 新しい治療法】
カンファレンスルーム───
「残念ながら……」
医者は血液データを見せながら言った。
「こなたさんは寛解にはいたりませんでした」
かがみとそうじろうは真っ白に燃え尽きた状態になり、なにもしゃべらず、動かなかった。
「白血病細胞は減りましたが、顕微鏡で見るとまだ5割も残っています。本当は見えてはならないのです。1兆個の白血病細胞が抗がん剤をかわして全身で増殖していると考えられます」
何度もこういう話をすることは経験しているのだろう。医者は慣れた口調でつづけた。
「今までの当院での治療成績からみて、骨髄移植をしても失敗するでしょう。残念ながら余命は……」
余命宣告が出る。
かがみにはそれはまるで毎日聞く駅のアナウンスのように乾いて聞こえた。
「もって年末まででしょう」
年末───冬コミがある時期だった。
その時そうじろうはスイッチが入ったかのように動き出した。
「もう退院させます……ありがとう、ございました……」
そうじろうはプルプルと手を震わせながら
「もう有明は冬コミ以外にきません……お世話になりました……」
深く医者に頭を下げる。
かがみはその頭を下げた姿を見て、ようやく体が動き出した
「ちょっと、こなたのところ……行ってくる」
ふらっと立ち上がった。
涙は、出なかった。
「ちょっとでも、一緒にいないと……はやく……こなたが……かわいそう」
出口のドアの方へ、焦点の合わない目で
「こなた、寂しがってる……泣いてる場合じゃない、私がいないと……はやく、はやく……」
「お待ちください。当院では実験的な治療も行っています。新しい治療法を試してみたいとおもいます」
「新しい治療法?」
ドアノブに手をかけたかがみと、やつれきったそうじろうが同時に呟いた。
「『複数臍帯血移植』という、近年アメリカで実験的に行われた最新の治療法です。赤ちゃんのへその緒の血の中には、骨髄にあるのと同じものがたくさん入っています。骨髄の代わりに、二人ぶんのへその緒の血(臍帯血)を娘さんに移植してみようと思います。」
要するに医者の説明によると、なんとドナーが合う合わないの心配をしなくてもいい、年齢制限もない、いつでもできるという夢のような治療法だった。
「一人ぶんのへその緒の血を移植する『臍帯血移植』という治療法は今までも行われてきましたが、量が少ないので小さな子供の患者しか成功できませんでした。二人ぶんの臍帯血を使って量を増やすことで成人で難しいタイプの白血病でも成功しうるかもしれないという研究結果が出ています」
かがみは何度も思った医学の進歩を否定する考えを大急ぎで取り消した
「これで、これでこなたが助かるかもしれない……」
そうじろうはまたわっと泣き出した。
今度は、かがみも思い切り何もかもかなぐりすてて泣き声をあげた。
成功率は20パーセント……という声は聞こえなかった。
足の裏と、手のひらにできた豆がジクッと疼いた。
消えていくこなたの指先だけをそっと捕まえた気がした。
「これって……モルモットだよね」
弱弱しくなった手で、新しい治療の同意書にこなたはサインしようとして手を止めた。
「わたし、さいきん毎日毎日、明らかに普通のお医者さんじゃない人に取り囲まれてるの知ってるよね」
こなたの言うとおり、最近妙に身の周りが忙しかった。
珍しいタイプなせいだろうか、こなたを見ながら大学教授や学生らしき人が来てノーパソ打ったり、ノートとか必死にとってるし。
変な注射も打たれたり、ときどきビデオカメラまで回されて……
「もっと増えるのかな……」
こなたは弱弱しくため息をついた。
「その代わり、あんたは最新の治療法を最優先で受けられるんじゃない。助かるのよ」
そのかがみの励ましの言葉に、こなたはすこしムッとした視線で答えた。
「……」
しかしかがみはそれを無視した。
「外出たいなー……」
「なにいってんのよ。治すのがさきでしょ」
「……そうだね……」
青空の下でビッグサイトの屋根が光るのが見える。
今日も何かのイベントをやっているのだろう。東西間を結ぶ連絡通路が人ごみであふれてるのが見える。(おそらく普通の堅気イベント)
「窓から聖地が呼んでるね……」こなたは小さくつぶやく。
「あれを見てると、今にもアナウンスとか男波の怒声とか痛車のエンジン音が聞こえてきそう……」
無菌ビニールテントと分厚い防音窓越しに見える逆三角はゆがんで見えているだろう。
「……心配しなくても、ビッグサイトは逃げないわよ。いまはゆっくり寝てなさい」
「私が逃げそうだよ……」
こなたはかなしげな目でうつむいた。が、新しい治療法という道がある今、かがみはいつもどおり強気で出る。
「どこへ逃げるって言うのよ。ほら、サインしたらさっさと寝る!」
「ねえかがみん、ほら、足見て」
こなたが布団の下から足を出してかがみに差し出した。
「細いでしょーふふ」
病的という言葉以外思いつかないほど枯れ枝のようで青白い足だった。
「私2週間で8キロやせたんだよ。うらやましいでしょー。かがみんだったら千年かかるだろうね。いやーどんなダイエットもかなわないねー、ねえかがみん」
「……」
こなたは糸目とω口の顔をかがみに向ける。
が、すぐにだるそうな表情に戻り、目を閉じる。
「ねえかがみん……」
「……なによ」
「外に出よっか」
「ち、ちょっと、何言ってるのよ!」
「歩けなくなる前に外に出たいんだ……」
「な、何言ってんのよ。治すのが先でしょ。ダメに決まってんじゃない。」
「やだーでたいでたいー、今のうち、さ、ちょっとだけ。ね☆」
かがみは目を伏せていた。
今のこなたは外気に触れたらおしまいだ。
免疫も弱まりこのビニールテントの中の世界でしか生きられない命なのだ。
「かがみーん♪」
こなたは甘えてかがみの顔にビニールテント越しに手を当てる。
……ダメよ、そんなに甘えた声を出してもダメ。そんなに抱きついてきてもダメ!!
お願いだから、まだまだ、もっと私のもとにいて……。
「ねえ、かが…みん…」
こなたの手がズルリとかがみの頬を滑り落ちる。
「こなた!」
ベッドの上にぐったりと仰向けになり、ハア、ハアとだるそうに肩で息をしている。
消えそうなまなざしでかがみを見上げる。
「ねえ、かがみん…外へ出よ…早くしないと…」
その眼差しは、思わず全てを肯定してしまうほどの力を持っていた。
「……ダメ」
しかし、かがみは小さくつぶやいた。
「……そんな身体で、外へ出れるわけないじゃない……息をするのも苦労してるのに」
こなたに目を合わせないようにして立ち上がる。
「とにかく、外出なんてありえないから。お医者さんに怒られるわよ。あんたにはその最新の治療法という武器があるんだから」
かがみはあえて冷たく突き放した。
「治ってから、好きなだけビッグサイトなり都産貿なりサンシャインなりインテなり行きなさい。……じゃ、私はそこらでご飯食べてくるから」
かがみはくるりとこなたに背中を向け、早足でドアに向かう。
「……いやだ」
その声にかがみの足が止まる。
「いやだ、出たい、出たい!!」
こなたはビニールテントをボンボン叩いた。
「すぐそこに見えるのに行けないなんて地獄だよ!今すぐ行きたい!!」
「な、なにわがまま言ってるのよ!!子供じゃあるまいし!!」
「だってかがみん言ったじゃん。『いい?今度から、痛いときには痛い、苦しいときには苦しい、怖いときなら怖い、悲しいときには悲しいってちゃんということ!!わかったわね!!』って。私は悲しいんだよ!!」
「そ、そうは言っても、あんた今外出たら死んじゃうのよ!!」
「……わかった……」
こなたは元通りに横になり、布団をかぶる。
「私今から寝るから。ご飯でも何でも食べて行っていいよ」
そのままこなたは寝息を立てはじめる。
かがみは少しそれを確認した後、静かにドアを開け、昼飯を食べに出ていった。
「あ・い・つ……」
ビニールテントのチャックが全開だった。
昼食から帰ってきたかがみは震えていた。
カラッポの部屋。
抗がん剤の点滴が抜かれて、こなたの鎖骨下から胸の大血管に刺さっていたはずの長い針の先から布団の上に液がこぼれ、オレンジのしみを作っている。
……そして、その周りには血だまり。
赤い血痕をたどると、廊下の奥の非常階段のドアが開いていた。
-[[第10話:余命○ヶ月の花嫁>http://www13.atwiki.jp/oyatu1/pages/778.html]]へ続く
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#comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3)
- 次々と予想のつかない内容に、毎回ハラハラ・ドキドキしながら読んでます!! &br()めっさ続きが気になります(>_<) -- チハヤ (2008-09-27 22:08:27)
【第9話 新しい治療法】
カンファレンスルーム───
「残念ながら……」
医者は血液データを見せながら言った。
「こなたさんは寛解にはいたりませんでした」
かがみとそうじろうは真っ白に燃え尽きた状態になり、なにもしゃべらず、動かなかった。
「白血病細胞は減りましたが、顕微鏡で見るとまだ5割も残っています。本当は見えてはならないのです。1兆個の白血病細胞が抗がん剤をかわして全身で増殖していると考えられます」
何度もこういう話をすることは経験しているのだろう。医者は慣れた口調でつづけた。
「今までの当院での治療成績からみて、骨髄移植をしても失敗するでしょう。残念ながら余命は……」
余命宣告が出る。
かがみにはそれはまるで毎日聞く駅のアナウンスのように乾いて聞こえた。
「もって年末まででしょう」
年末───冬コミがある時期だった。
その時そうじろうはスイッチが入ったかのように動き出した。
「もう退院させます……ありがとう、ございました……」
そうじろうはプルプルと手を震わせながら
「もう有明は冬コミ以外にきません……お世話になりました……」
深く医者に頭を下げる。
かがみはその頭を下げた姿を見て、ようやく体が動き出した
「ちょっと、こなたのところ……行ってくる」
ふらっと立ち上がった。
涙は、出なかった。
「ちょっとでも、一緒にいないと……はやく……こなたが……かわいそう」
出口のドアの方へ、焦点の合わない目で
「こなた、寂しがってる……泣いてる場合じゃない、私がいないと……はやく、はやく……」
「お待ちください。当院では実験的な治療も行っています。新しい治療法を試してみたいとおもいます」
「新しい治療法?」
ドアノブに手をかけたかがみと、やつれきったそうじろうが同時に呟いた。
「『複数臍帯血移植』という、近年アメリカで実験的に行われた最新の治療法です。赤ちゃんのへその緒の血の中には、骨髄にあるのと同じものがたくさん入っています。骨髄の代わりに、二人ぶんのへその緒の血(臍帯血)を娘さんに移植してみようと思います。」
要するに医者の説明によると、なんとドナーが合う合わないの心配をしなくてもいい、年齢制限もない、いつでもできるという夢のような治療法だった。
「一人ぶんのへその緒の血を移植する『臍帯血移植』という治療法は今までも行われてきましたが、量が少ないので小さな子供の患者しか成功できませんでした。二人ぶんの臍帯血を使って量を増やすことで成人で難しいタイプの白血病でも成功しうるかもしれないという研究結果が出ています」
かがみは何度も思った医学の進歩を否定する考えを大急ぎで取り消した
「これで、これでこなたが助かるかもしれない……」
そうじろうはまたわっと泣き出した。
今度は、かがみも思い切り何もかもかなぐりすてて泣き声をあげた。
成功率は20パーセント……という声は聞こえなかった。
足の裏と、手のひらにできた豆がジクッと疼いた。
消えていくこなたの指先だけをそっと捕まえた気がした。
「これって……モルモットだよね」
弱弱しくなった手で、新しい治療の同意書にこなたはサインしようとして手を止めた。
「わたし、さいきん毎日毎日、明らかに普通のお医者さんじゃない人に取り囲まれてるの知ってるよね」
こなたの言うとおり、最近妙に身の周りが忙しかった。
珍しいタイプなせいだろうか、こなたを見ながら大学教授や学生らしき人が来てノーパソ打ったり、ノートとか必死にとってるし。
変な注射も打たれたり、ときどきビデオカメラまで回されて……
「もっと増えるのかな……」
こなたは弱弱しくため息をついた。
「その代わり、あんたは最新の治療法を最優先で受けられるんじゃない。助かるのよ」
そのかがみの励ましの言葉に、こなたはすこしムッとした視線で答えた。
「……」
しかしかがみはそれを無視した。
「外出たいなー……」
「なにいってんのよ。治すのがさきでしょ」
「……そうだね……」
青空の下でビッグサイトの屋根が光るのが見える。
今日も何かのイベントをやっているのだろう。東西間を結ぶ連絡通路が人ごみであふれてるのが見える。(おそらく普通の堅気イベント)
「窓から聖地が呼んでるね……」こなたは小さくつぶやく。
「あれを見てると、今にもアナウンスとか男波の怒声とか痛車のエンジン音が聞こえてきそう……」
無菌ビニールテントと分厚い防音窓越しに見える逆三角はゆがんで見えているだろう。
「……心配しなくても、ビッグサイトは逃げないわよ。いまはゆっくり寝てなさい」
「私が逃げそうだよ……」
こなたはかなしげな目でうつむいた。が、新しい治療法という道がある今、かがみはいつもどおり強気で出る。
「どこへ逃げるって言うのよ。ほら、サインしたらさっさと寝る!」
「ねえかがみん、ほら、足見て」
こなたが布団の下から足を出してかがみに差し出した。
「細いでしょーふふ」
病的という言葉以外思いつかないほど枯れ枝のようで青白い足だった。
「私2週間で8キロやせたんだよ。うらやましいでしょー。かがみんだったら千年かかるだろうね。いやーどんなダイエットもかなわないねー、ねえかがみん」
「……」
こなたは糸目とω口の顔をかがみに向ける。
が、すぐにだるそうな表情に戻り、目を閉じる。
「ねえかがみん……」
「……なによ」
「外に出よっか」
「ち、ちょっと、何言ってるのよ!」
「歩けなくなる前に外に出たいんだ……」
「な、何言ってんのよ。治すのが先でしょ。ダメに決まってんじゃない。」
「やだーでたいでたいー、今のうち、さ、ちょっとだけ。ね☆」
かがみは目を伏せていた。
今のこなたは外気に触れたらおしまいだ。
免疫も弱まりこのビニールテントの中の世界でしか生きられない命なのだ。
「かがみーん♪」
こなたは甘えてかがみの顔にビニールテント越しに手を当てる。
……ダメよ、そんなに甘えた声を出してもダメ。そんなに抱きついてきてもダメ!!
お願いだから、まだまだ、もっと私のもとにいて……。
「ねえ、かが…みん…」
こなたの手がズルリとかがみの頬を滑り落ちる。
「こなた!」
ベッドの上にぐったりと仰向けになり、ハア、ハアとだるそうに肩で息をしている。
消えそうなまなざしでかがみを見上げる。
「ねえ、かがみん…外へ出よ…早くしないと…」
その眼差しは、思わず全てを肯定してしまうほどの力を持っていた。
「……ダメ」
しかし、かがみは小さくつぶやいた。
「……そんな身体で、外へ出れるわけないじゃない……息をするのも苦労してるのに」
こなたに目を合わせないようにして立ち上がる。
「とにかく、外出なんてありえないから。お医者さんに怒られるわよ。あんたにはその最新の治療法という武器があるんだから」
かがみはあえて冷たく突き放した。
「治ってから、好きなだけビッグサイトなり都産貿なりサンシャインなりインテなり行きなさい。……じゃ、私はそこらでご飯食べてくるから」
かがみはくるりとこなたに背中を向け、早足でドアに向かう。
「……いやだ」
その声にかがみの足が止まる。
「いやだ、出たい、出たい!!」
こなたはビニールテントをボンボン叩いた。
「すぐそこに見えるのに行けないなんて地獄だよ!今すぐ行きたい!!」
「な、なにわがまま言ってるのよ!!子供じゃあるまいし!!」
「だってかがみん言ったじゃん。『いい?今度から、痛いときには痛い、苦しいときには苦しい、怖いときなら怖い、悲しいときには悲しいってちゃんということ!!わかったわね!!』って。私は悲しいんだよ!!」
「そ、そうは言っても、あんた今外出たら死んじゃうのよ!!」
「……わかった……」
こなたは元通りに横になり、布団をかぶる。
「私今から寝るから。ご飯でも何でも食べて行っていいよ」
そのままこなたは寝息を立てはじめる。
かがみは少しそれを確認した後、静かにドアを開け、昼飯を食べに出ていった。
「あ・い・つ……」
ビニールテントのチャックが全開だった。
昼食から帰ってきたかがみは震えていた。
カラッポの部屋。
抗がん剤の点滴が抜かれて、こなたの鎖骨下から胸の大血管に刺さっていたはずの長い針の先から布団の上に液がこぼれ、オレンジのしみを作っている。
……そして、その周りには血だまり。
赤い血痕をたどると、廊下の奥の非常階段のドアが開いていた。
-[[第10話:余命○ヶ月の花嫁>http://www13.atwiki.jp/oyatu1/pages/778.html]]へ続く
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- え…こなたやばいんじゃ… -- 名無しさん (2021-01-15 01:50:07)
- 次々と予想のつかない内容に、毎回ハラハラ・ドキドキしながら読んでます!! &br()めっさ続きが気になります(>_<) -- チハヤ (2008-09-27 22:08:27)
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