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『彼方へと続く未来』 第二章 (後編)」(2023/01/04 (水) 12:33:01) の最新版変更点

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『え~と、ここをこうやって……と。ふうっ、結構難しいわねぇ』 『お姉ちゃん。ここはこうするとうまく通ると思うよ』 『そっかぁ。サンキュー、つかさ』 『……頑張ってね、お姉ちゃん。私、応援してるから』  贈り物をする時、私はとても暖かい気持ちになる。  特に好きな人に送るとき、その想いは断然強くなる。  それを私に気付かせてくれるきっかけを与えてくれたのは、 黒井先生、つかさにみゆき。そして……お母さんだった。         『彼方へと続く未来』 第二章 (後編)  冷えきっていた体の中に、暖かな黒い液体が注がれていく。  ――あれから、十分近く私はお母さんの胸の中で、 パジャマと顔がグシャグシャになるまで泣いた。  お母さんは、そんな私をただ黙って抱き締めてくれた。  そして、今私はキッチンのテーブルでお母さんが注いでくれた コーヒーを飲んでいる。平日ならみんなで談笑しているこの場所も、 今日は土曜日ということもあって、まだ静けさを保っていた。 「どう? お母さんが入れたコーヒー。うまく出来たかしら」 「うん。凄くおいしい」 「そう……よかったわ、かがみに喜んでもらえて」  お母さんはそう言うと、自分の分のコーヒーが入ったカップを 手にとって軽く一口。ゆらゆらと揺れる白い湯気が周りに立ちこめる。   「あのね、お母さん。私……」  ようやく体が温まってきた所で、本題に入ろうと口を開く。  しかし、その様子を見ていたお母さんは首を横に振った。 「無理して話さなくてもいいのよ、かがみ。  誰にだって、自分の中にだけしまっておきたい気持ちがあるもの」  向かい側に座っているお母さんが、諭すように呟く。  その声を聞いて、今度は私が首を横に振る。  「ううん、もう大丈夫。全部話せる」 「本当に?」 「うん、本当に」  短い会話が続いた後、一旦静寂が訪れた。  窓を叩く風の音と、ポットがお湯を沸かす音だけが響く。  私は、顔を上げられないままその静けさに一石を投じる。 「――私、こなたにひどいことをした」  初めてこなたに会った三年前のことを思い出す。  泉さん、柊さん。互いにそう呼び合っていた時のことを。   「遠くの大学に進学するっていう話しを、ちゃんと聞いてあげられなかった」  最初はつかさ経由の知り合いに過ぎなかった。   だけど、いつの間にか名前で呼び合う友達になって。 「一方的に怒って、間に入ってくれたつかさ達まで傷つけて……」  渋々だけど、宿題の面倒を見るようになった。  気付いたら怪しいグッズの買い物に付き合っていた。  あきれて、何十回もツッコミを入れた。  「逃げてばかりいた。現実からも、こなたからもっ!  純粋で、他人の気持ちを理解できる奴なのに。こんな私の側に、  ずっと居続けてくれていたのに。だけど、私は……」  そんな何気もない日常が、ずっと続くと思っていた。  だけど、私は逃げた。昨日のあの瞬間、全てを壊してしまった。 「――ねぇ、かがみ。一つだけ聞いてもいいかしら」  不意に、お母さんの声。思わず顔を上げる。 「今の話しを聞いていて、気になったことがあるの」 「気になったこと?」 「そうよ。かがみは、こなたちゃんのことをどう想っているのかなって」  「!! そ、それは……」  カップの取っ手を握る手に、力がこもった。  体が傾き、再び顔が沈みかけるのを必死で抑える。 「えーと、ね。こなたのことは、好きよ。大切な親友だし」 「……それじゃあ、つかさのことは?」 「もちろん、つかさのことも好きよ。大事な妹だもの」 「そう。でも、その二つの“好き”は、同じ意味なのかしら」 「えっ……?」  直球で、それでいて私を悩ませる質問だった。  つかさに対する“好き”と、こなたに対する“好き”は違うってこと?  前者は、ライクという意味での好き。答えはすぐに見つかった。  でも、問題は後者。こなたに対する、好きという言葉の意味。  ――ラブという意味での“好き”?  ……いやいや、ありえない! あっちゃいけない!   仮にそうだったとしても、こなたは女の子で、私も女だし。  それに、一応ノンケだって言ってたし……って、 なんでその言葉の意味を知ってるのよ、私はっ。    一人であたふたしている所で、お母さんと目があった。  お母さんは、何も言わずに立ち上がると、私の座っている 椅子の後ろ側に回り、ふわっと上から抱き締めてくれた。 「かがみは、きっと恋してるのね。こなたちゃんに」 「そう……なのかも。まだ気持ちの整理はつかないけど」 「女の子同士だから?」 「あっ……うん。それもあるけど」 「だけど、こなたちゃんのことが好きなのに変わりはないんでしょ」 「うん。それはわかってる。けどね……」    口から出始めた本音。しかし、それと一緒に別の不安もわき出る。 「私、怖いの。今更好きだなんて言っても、こなたが迷惑するんじゃないかって」 「いいえ、そんなことないわ。自分で考えて出した答えなんでしょ」 「お母さん……」 「大丈夫。かがみなら……かがみならきっと自分の想いを伝えられるわ」  自分で出した答え。けれどゴールはまだ見えない。  まだ、この気持ちをこなたに伝える準備は出来てない。だけど――。 「……ありがとう、お母さん。私、こなたに謝ってくる」  こなたと仲直りしたい。残っている時間は少ないかもしれないけど、 最後まで一緒にいたい。そして、いつか私の本当の気持ちを伝えたい。   「そう……頑張ってね、かがみ。お母さんは、いつでもかがみの味方よ」 「うんっ!」  お母さんが、にこりと微笑みながら私に回していた手を離す。  同時に私は椅子から立ち上がって、お母さんにもう一度お礼を 言ってキッチンを出た。心の中の闇が消え、霧が晴れていく。  ――しかし、階段を上がる途中で、私は二つの言葉に引っかかりを覚えていた。 『……誰にだって、自分の中にだけしまっておきたい気持ちがあるもの』  それは、ただの思い過ごしかもしれない。勘違いかもしれない。  けれど、そう考えずにはいられなかった。ううん、ずっと考えていた。 『大丈夫。“かがみなら……かがみならきっと”自分の想いを伝えられるわ』  もしかして……お母さんにもいたのかな。  誰よりも愛して止まなくて、ずっと側にいたかったのに、 最後は離れ離れになってしまった……女の子が。  ***  ――こなたの奴、もう……いや、まだ起きてるかなぁ。  こなたの朝事情を考えながら、部屋へと戻る。  机の上には、充電済みの携帯電話。それを手に取り、深呼吸。 (素直になれ、柊かがみ。毎週繰り返してたことじゃないの)  呼吸を整え、素早い手つきでリダイヤルのリストを表示。  同時に出現した、大量の『泉 こなた』という文字。その中の一つに 狙いを定め、発信。耳の中に聞き慣れた呼び出し音が響く。  いつも通りなら、緊張と期待を平等に分け与えてくれるハズの 電話の呼び出し音。だけど、今の私には緊張しか感じ取れない。  一回、二回と鳴り続く電子音と、胸の鼓動がシンクロする。  そして、七回目の呼び出し音が鳴り終わったのとほぼ同時に、 「もっ、もしもし、かがみ?」    こなたが私の電話に出てくれていた。丸一日振りに聞いたこなたの声は、 この突然の出来事に戸惑っているらしく、抑揚が不安定だった。  対する私も、声をうわずらせながら半ば手探りの状態で本題に入る。 「あっ……こなた? 実は、昨日のことなんだけど――」 「昨日のこと? それって……」 「待って! こなた、私の話を聞いて」  何か言いかけたこなたに、先手を打って自分の意志を伝える。  左頬と携帯が面している部分、そこがじわりと汗を含んでいく。 「え……と、私ね。昨日は気が動転してたというか何て言うか……。  こなたの気持ちをろくに理解しないで、勝手にキレちゃったし、その……」  ああっ、もう! どうして私ってこうなのかしら。   素直になろうって決めたばかりなのに、どうして言い訳になっちゃうのよ。  でも、頑張らなくちゃ。多分、最初で最後のチャンスだと思うから。 「だからっ。昨日は、大人げなかったわ……ごめん。  私が馬鹿だった。遠くに行っちゃっても、こなたは、こなたなのに」  遠くに行っちゃっても。そう思っていたハズだった。  それなのに、全然素直になれなかった、貴女を傷つけた。 ごめんね、こなた。私は……。 「――かがみ」  こなたが、私の名前を呼んだ。冗談を言う時や、 私をからかう時とはまるで違うイントネーションで。 「私の方こそ、ごめんね。もっと早く話してたら、  かがみは傷つかずに済んだのに」 「ううん。きっと去年の内でも、昨日でも一緒だったと思う。  私、寂しがりやだから……」  右手で、目から出てきた暖かい液体を拭う。  光に反射して輝くそれは、今度は私に希望をくれた。 「やっぱり、かがみはウサちゃんだね。もしかして、目も真っ赤?」 「なっ! そういうアンタはどうなのよ」 「ふふん。今ここで答えてもいいけど、信用しちゃあダメだよ。  なにせ狐は、嘘をつくのがうまいからねぇ」  と言って携帯の向こう側で笑い出すこなた。  ニヤニヤという擬音が電話の回線越しに伝わってくる。 「相変わらずこういう所は誤魔化すのな。ま、こなたらしくていいけどね」 「ぷっ。一日振りに話しただけでもうデレるなんて、どんだけ~」 「茶化すな! それに、つかさっぽい声でそのセリフを言うな~!」  いつの間にか、私たちはいつもの調子に戻っていた。  さんざん喋り尽くした後、私たちは月曜日の予定を確認して 電話を切った。これで明後日から、何もかも元通りになる。  ――だけど、本当にこのままでいいのかな。  確かにこなたとは仲直りできた。でも、それだけでいいの?  好きなのに。やっと自分の本当の想いに気付けたのに。    ふと、立てかけてあるカレンダーに目を通す。  明日は日曜日。そうよ、答えを見つける為の時間はまだあるじゃない。  探しだそう。私にしか出来ない、私だけの方法で。  タタンタタン、タタンタタン、タタン……。  軽快なリズムをたてながら発車していく電車を横目に、 私は休日の午後で賑わう商店街の中を一人で歩いていた。  耳に入ってくるのは、名前も知らない人達の楽しそうな声。  その雑踏が、今の私には時計の針の音の様にくっきりと聞こえていた。  ――昨日、あれから私はつかさとみゆきに全てを話した。  つかさには、直接部屋に行って今までの事を謝ってから、 改めて事情を説明した。最初は驚いていた様子だったけれど、 すぐにいつもの笑顔になって、『よかったね、お姉ちゃん』 と言って抱き締めてくれた。その時のつかさが、ほんの少しだけ 大人っぽく見えたのは私だけの秘密だ。  その後、つかさの部屋から出て、廊下に出た所で再び携帯の出番……。  と思っていた所で今度はこちら側の携帯に着信。相手は、みゆきだった。  向こうから、また電話をかけてきてくれた事には少し驚いたけど、 嬉しかった。加えて、みゆきの方は事前につかさからある程度事情を 聞いていたおかげで、すんなりと内容を飲み込んでくれた。  『これで、また四人一緒ですね』という言葉が、今でも耳に残っている。 (ありがとう。つかさ、みゆき……)  青空に向かって二人にお礼を言いながら、私は歩くスピードをあげた。  ――どうして、こんな所を歩いているのか。正直よくわからない。  だけど、こうしていれば何かの答えがみつかるような気がする。  昨日の朝にそう感じたからこそ、私は今ここにいる。だけど……。 (やっぱり、何のアテもなく来たのは、失敗だったかな……)  苦笑いを浮かべながら、商店街をひたすら歩く。  しばらく淡々と歩いていた時、とある店の看板が目に止まった。  ……それは、小さなアクセサリーショップだった。  普段なら少し気にとめる程度で素通りするハズなのに、何故か今日は 不思議とその店の雰囲気が気になって仕方がない。そして、ふと気が付くと、 私はお店のドアを開けていつのまにか中に入っていた。   お店の中は、シンと静まりかえっていた。  誰もいないのかなと首を傾げていると、 「いらっしゃいませー」  レジの奧の方から女性の声。どうやらもぬけの殻ではないらしい。  誰かがいるということに安心しつつ、周囲を見渡してみる。  すると、棚の上やガラスケースの中は溢れんばかりに綺麗な光を放つ緑や黒で キラキラと輝いていた。もう少し、詳しく見てみようかなぁ。  そう思って近くの棚まで歩こうとした時、とある装飾品に手が触れた。 「わぁ、綺麗な色」  その装飾品を覆っていたのは、菫がかった青い色の石。  私の、好きな色だった――この石の名前を知りたい。  透き通るような感情に誘われて、商品を解説しているプレートを見てみると、 そこには、小さな文字で『菫青石』と書かれていた。  一体、なんて読むんだろう。こういう時、みゆきがいてくれれば……。 「――それはね、菫青石(きんせいせき)って読むのよ。かわいいお嬢さん」  ハッとして振り返ると、そこに一人の女性が立っていた。  端正な顔立ちに、長く整えられた綺麗な髪。  しかし、肝心のネームプレートはその長い髪で隠れてしまっていたので、 その人の名前を知ることは出来なかった。 「綺麗な色でしょ。特にその菫がかった色とか」 「はい……凄く綺麗です」  その店員さんの言葉通り、私はその石の色にしばらく心を奪われていた。  何度見ても華やかで魅力的な色――そうだ、これを使ってアイツに……。 「あの、これって自分で手作りすることも出来るんですか?」 「もちろん出来るわよ。その代わり、適した材料が必要になるけどね」 「それじゃあその材料を買いたいんですけど」 「いいわよ。ちょっと待っててね」  軽い足音を鳴らしながら、その店員さんはレジの奧へと入っていった。  ……にしても、あの店員さん。誰かに雰囲気が似ているような気が。  こなたに似てる? そう、確かにそんな印象も受けるけど、 もっと似ている人を知っている……様な気がするんだけど、多分気のせいよね。  いわゆる、他人の空似って奴よ。きっと……ね。  その後、ただ待っているというのも何なので再び店内の装飾品を 見て回ってみた。普段から、この類の物には普通の女の子並に興味は あったけど、こうやってまじまじと見るのは今日が初めてのような気がする。  しばらくの間、その光景にしばし見とれていると、いつの間にか店員さんが 戻ってきていた。左手には、材料が入った紙袋が一つ。 「お待たせしてごめんなさいね、これで材料は全部よ。  作り方は、この袋の中に説明書が入ってるから、それを参考にして頂戴」 「はい、ありがとうございます」  ペコリと頭を下げた後、私は紙袋を受け取った。  中身をチラリと確認しつつ、そのまま店員さんと一緒に正面のレジへ。  会計を済ませ、レシートとお釣りを貰って財布にしまいこんだ時、 店員さんがいかにも興味ありげといった感じで話しかけてきていた。 「ねぇ。それって、誰かに贈る為に作るのかしら? それとも自分用?」 「えっ! ええっと、大切な人に贈るため……です」 「ふ~ん。もしかして、恋人?」 「あっ、いえ~、そのぉ。まだ本当の気持ちを伝えられてないんで、恋人では……」 「あらあら、そうだったの。おばさん、びっくり」  一体、何がびっくりなんだろうか。どこかマイペースな店員さんのノリに、 巻き込まれ気味な私。ていうか、これ以上ここにいると、この店員さんに 全部話しちゃいそうだわ。それだけは避けなければ。 「あの~。それじゃあ私、そろそろ……」  必殺、お客という立場を利用して、自然に店を出る作戦。  黙って出て行ってしまえばそれでいいんだろうけど、それはやっては いけないことだという認識があったのでやめた。  店員さんも、この流れには慣れきっているらしく、 レジスターを動かす手を止めて、顔を上げていた。 「ごめんなさいね。余計に引き留めちゃって」 「とんでもないです。楽しかったですよ」 「それならよかったわ。……ねぇ、それじゃあ最後におばさんの独り言、  聞いてくれないかしら」 「えっ? ええ、いいですけど」  突然どうしちゃったんだろう。もしかして何かのネタなのか?  問いかけようにも、店員さんは既に私を背景扱いしているらしく、 窓際の方にある棚に手をかけながら、ふう~っと息を吐いた。 「さっきこの店にきた女の子、凄く幸せそうに見えたわよねぇ。だって――」  店員さんの唇が、微かに動いた。だけど、そこから紡がれた言葉は、 はっきりと私の耳にも届いていた。たったいま聞いた声も、その後に 聞こえてきたものも、全部。 *** 「あちゃー、いつのまにか夕方かぁ」  さっきまで真上にあったハズの太陽は、既に私の目線と同じ高さにまで 落ちてきていた。見慣れているハズの町並みと、一昨日の内にほんの少しだけ 降り積もっていた雪が綺麗な橙に染まっていて、より一層魅力的に見えた。  そして、もちろん私自身も橙色に染まっていた。なんだか無性にはしゃぎたい 気分になり、年甲斐もなく商店街を小走りで駆け抜ける。    ふと、そんなことをしている私の頭の中に、さっきの店員さんの独り言が 蘇ってきていた。それは鮮明に、そして強烈に私の心の中に刻まれていた。 『だって、あの装飾品を見ていた時のあの子。凄く優しい顔をしていたんだから』  そんな表情してたんだよね、私……。  きっと、あの石の持つイメージとこなたのイメージが重なって見えたんだろうなぁ。 (だからこそ、ちゃんとコレを仕上げなくちゃ。そして、それまでは――)  足早に、私は傾きかけた夕日を背に、少し重たくなったバッグをぶら下げながら 家路についた。大好きな人に想いを伝える為の、とっておきの材料をかかえて。 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - あ、自分もかなたさんかと思った(^。^) -- 名無しさん (2010-08-18 19:32:56) - かなたさんじゃあないッスよね? -- 名無しさん (2010-08-13 22:54:06) - 店員さん案外、かなたさんだったりw -- 名無しさん (2009-09-05 21:15:47) - 反則ですよ〜 ちょっと涙が出ちゃったじゃないですか〜…これは相当きます これからもがんばってください! -- 名無しさん (2009-05-04 05:55:18)
『え~と、ここをこうやって……と。ふうっ、結構難しいわねぇ』 『お姉ちゃん。ここはこうするとうまく通ると思うよ』 『そっかぁ。サンキュー、つかさ』 『……頑張ってね、お姉ちゃん。私、応援してるから』  贈り物をする時、私はとても暖かい気持ちになる。  特に好きな人に送るとき、その想いは断然強くなる。  それを私に気付かせてくれるきっかけを与えてくれたのは、 黒井先生、つかさにみゆき。そして……お母さんだった。         『彼方へと続く未来』 第二章 (後編)  冷えきっていた体の中に、暖かな黒い液体が注がれていく。  ――あれから、十分近く私はお母さんの胸の中で、 パジャマと顔がグシャグシャになるまで泣いた。  お母さんは、そんな私をただ黙って抱き締めてくれた。  そして、今私はキッチンのテーブルでお母さんが注いでくれた コーヒーを飲んでいる。平日ならみんなで談笑しているこの場所も、 今日は土曜日ということもあって、まだ静けさを保っていた。 「どう? お母さんが入れたコーヒー。うまく出来たかしら」 「うん。凄くおいしい」 「そう……よかったわ、かがみに喜んでもらえて」  お母さんはそう言うと、自分の分のコーヒーが入ったカップを 手にとって軽く一口。ゆらゆらと揺れる白い湯気が周りに立ちこめる。   「あのね、お母さん。私……」  ようやく体が温まってきた所で、本題に入ろうと口を開く。  しかし、その様子を見ていたお母さんは首を横に振った。 「無理して話さなくてもいいのよ、かがみ。  誰にだって、自分の中にだけしまっておきたい気持ちがあるもの」  向かい側に座っているお母さんが、諭すように呟く。  その声を聞いて、今度は私が首を横に振る。  「ううん、もう大丈夫。全部話せる」 「本当に?」 「うん、本当に」  短い会話が続いた後、一旦静寂が訪れた。  窓を叩く風の音と、ポットがお湯を沸かす音だけが響く。  私は、顔を上げられないままその静けさに一石を投じる。 「――私、こなたにひどいことをした」  初めてこなたに会った三年前のことを思い出す。  泉さん、柊さん。互いにそう呼び合っていた時のことを。   「遠くの大学に進学するっていう話しを、ちゃんと聞いてあげられなかった」  最初はつかさ経由の知り合いに過ぎなかった。   だけど、いつの間にか名前で呼び合う友達になって。 「一方的に怒って、間に入ってくれたつかさ達まで傷つけて……」  渋々だけど、宿題の面倒を見るようになった。  気付いたら怪しいグッズの買い物に付き合っていた。  あきれて、何十回もツッコミを入れた。  「逃げてばかりいた。現実からも、こなたからもっ!  純粋で、他人の気持ちを理解できる奴なのに。こんな私の側に、  ずっと居続けてくれていたのに。だけど、私は……」  そんな何気もない日常が、ずっと続くと思っていた。  だけど、私は逃げた。昨日のあの瞬間、全てを壊してしまった。 「――ねぇ、かがみ。一つだけ聞いてもいいかしら」  不意に、お母さんの声。思わず顔を上げる。 「今の話しを聞いていて、気になったことがあるの」 「気になったこと?」 「そうよ。かがみは、こなたちゃんのことをどう想っているのかなって」  「!! そ、それは……」  カップの取っ手を握る手に、力がこもった。  体が傾き、再び顔が沈みかけるのを必死で抑える。 「えーと、ね。こなたのことは、好きよ。大切な親友だし」 「……それじゃあ、つかさのことは?」 「もちろん、つかさのことも好きよ。大事な妹だもの」 「そう。でも、その二つの“好き”は、同じ意味なのかしら」 「えっ……?」  直球で、それでいて私を悩ませる質問だった。  つかさに対する“好き”と、こなたに対する“好き”は違うってこと?  前者は、ライクという意味での好き。答えはすぐに見つかった。  でも、問題は後者。こなたに対する、好きという言葉の意味。  ――ラブという意味での“好き”?  ……いやいや、ありえない! あっちゃいけない!   仮にそうだったとしても、こなたは女の子で、私も女だし。  それに、一応ノンケだって言ってたし……って、 なんでその言葉の意味を知ってるのよ、私はっ。    一人であたふたしている所で、お母さんと目があった。  お母さんは、何も言わずに立ち上がると、私の座っている 椅子の後ろ側に回り、ふわっと上から抱き締めてくれた。 「かがみは、きっと恋してるのね。こなたちゃんに」 「そう……なのかも。まだ気持ちの整理はつかないけど」 「女の子同士だから?」 「あっ……うん。それもあるけど」 「だけど、こなたちゃんのことが好きなのに変わりはないんでしょ」 「うん。それはわかってる。けどね……」    口から出始めた本音。しかし、それと一緒に別の不安もわき出る。 「私、怖いの。今更好きだなんて言っても、こなたが迷惑するんじゃないかって」 「いいえ、そんなことないわ。自分で考えて出した答えなんでしょ」 「お母さん……」 「大丈夫。かがみなら……かがみならきっと自分の想いを伝えられるわ」  自分で出した答え。けれどゴールはまだ見えない。  まだ、この気持ちをこなたに伝える準備は出来てない。だけど――。 「……ありがとう、お母さん。私、こなたに謝ってくる」  こなたと仲直りしたい。残っている時間は少ないかもしれないけど、 最後まで一緒にいたい。そして、いつか私の本当の気持ちを伝えたい。   「そう……頑張ってね、かがみ。お母さんは、いつでもかがみの味方よ」 「うんっ!」  お母さんが、にこりと微笑みながら私に回していた手を離す。  同時に私は椅子から立ち上がって、お母さんにもう一度お礼を 言ってキッチンを出た。心の中の闇が消え、霧が晴れていく。  ――しかし、階段を上がる途中で、私は二つの言葉に引っかかりを覚えていた。 『……誰にだって、自分の中にだけしまっておきたい気持ちがあるもの』  それは、ただの思い過ごしかもしれない。勘違いかもしれない。  けれど、そう考えずにはいられなかった。ううん、ずっと考えていた。 『大丈夫。“かがみなら……かがみならきっと”自分の想いを伝えられるわ』  もしかして……お母さんにもいたのかな。  誰よりも愛して止まなくて、ずっと側にいたかったのに、 最後は離れ離れになってしまった……女の子が。  ***  ――こなたの奴、もう……いや、まだ起きてるかなぁ。  こなたの朝事情を考えながら、部屋へと戻る。  机の上には、充電済みの携帯電話。それを手に取り、深呼吸。 (素直になれ、柊かがみ。毎週繰り返してたことじゃないの)  呼吸を整え、素早い手つきでリダイヤルのリストを表示。  同時に出現した、大量の『泉 こなた』という文字。その中の一つに 狙いを定め、発信。耳の中に聞き慣れた呼び出し音が響く。  いつも通りなら、緊張と期待を平等に分け与えてくれるハズの 電話の呼び出し音。だけど、今の私には緊張しか感じ取れない。  一回、二回と鳴り続く電子音と、胸の鼓動がシンクロする。  そして、七回目の呼び出し音が鳴り終わったのとほぼ同時に、 「もっ、もしもし、かがみ?」    こなたが私の電話に出てくれていた。丸一日振りに聞いたこなたの声は、 この突然の出来事に戸惑っているらしく、抑揚が不安定だった。  対する私も、声をうわずらせながら半ば手探りの状態で本題に入る。 「あっ……こなた? 実は、昨日のことなんだけど――」 「昨日のこと? それって……」 「待って! こなた、私の話を聞いて」  何か言いかけたこなたに、先手を打って自分の意志を伝える。  左頬と携帯が面している部分、そこがじわりと汗を含んでいく。 「え……と、私ね。昨日は気が動転してたというか何て言うか……。  こなたの気持ちをろくに理解しないで、勝手にキレちゃったし、その……」  ああっ、もう! どうして私ってこうなのかしら。   素直になろうって決めたばかりなのに、どうして言い訳になっちゃうのよ。  でも、頑張らなくちゃ。多分、最初で最後のチャンスだと思うから。 「だからっ。昨日は、大人げなかったわ……ごめん。  私が馬鹿だった。遠くに行っちゃっても、こなたは、こなたなのに」  遠くに行っちゃっても。そう思っていたハズだった。  それなのに、全然素直になれなかった、貴女を傷つけた。 ごめんね、こなた。私は……。 「――かがみ」  こなたが、私の名前を呼んだ。冗談を言う時や、 私をからかう時とはまるで違うイントネーションで。 「私の方こそ、ごめんね。もっと早く話してたら、  かがみは傷つかずに済んだのに」 「ううん。きっと去年の内でも、昨日でも一緒だったと思う。  私、寂しがりやだから……」  右手で、目から出てきた暖かい液体を拭う。  光に反射して輝くそれは、今度は私に希望をくれた。 「やっぱり、かがみはウサちゃんだね。もしかして、目も真っ赤?」 「なっ! そういうアンタはどうなのよ」 「ふふん。今ここで答えてもいいけど、信用しちゃあダメだよ。  なにせ狐は、嘘をつくのがうまいからねぇ」  と言って携帯の向こう側で笑い出すこなた。  ニヤニヤという擬音が電話の回線越しに伝わってくる。 「相変わらずこういう所は誤魔化すのな。ま、こなたらしくていいけどね」 「ぷっ。一日振りに話しただけでもうデレるなんて、どんだけ~」 「茶化すな! それに、つかさっぽい声でそのセリフを言うな~!」  いつの間にか、私たちはいつもの調子に戻っていた。  さんざん喋り尽くした後、私たちは月曜日の予定を確認して 電話を切った。これで明後日から、何もかも元通りになる。  ――だけど、本当にこのままでいいのかな。  確かにこなたとは仲直りできた。でも、それだけでいいの?  好きなのに。やっと自分の本当の想いに気付けたのに。    ふと、立てかけてあるカレンダーに目を通す。  明日は日曜日。そうよ、答えを見つける為の時間はまだあるじゃない。  探しだそう。私にしか出来ない、私だけの方法で。  タタンタタン、タタンタタン、タタン……。  軽快なリズムをたてながら発車していく電車を横目に、 私は休日の午後で賑わう商店街の中を一人で歩いていた。  耳に入ってくるのは、名前も知らない人達の楽しそうな声。  その雑踏が、今の私には時計の針の音の様にくっきりと聞こえていた。  ――昨日、あれから私はつかさとみゆきに全てを話した。  つかさには、直接部屋に行って今までの事を謝ってから、 改めて事情を説明した。最初は驚いていた様子だったけれど、 すぐにいつもの笑顔になって、『よかったね、お姉ちゃん』 と言って抱き締めてくれた。その時のつかさが、ほんの少しだけ 大人っぽく見えたのは私だけの秘密だ。  その後、つかさの部屋から出て、廊下に出た所で再び携帯の出番……。  と思っていた所で今度はこちら側の携帯に着信。相手は、みゆきだった。  向こうから、また電話をかけてきてくれた事には少し驚いたけど、 嬉しかった。加えて、みゆきの方は事前につかさからある程度事情を 聞いていたおかげで、すんなりと内容を飲み込んでくれた。  『これで、また四人一緒ですね』という言葉が、今でも耳に残っている。 (ありがとう。つかさ、みゆき……)  青空に向かって二人にお礼を言いながら、私は歩くスピードをあげた。  ――どうして、こんな所を歩いているのか。正直よくわからない。  だけど、こうしていれば何かの答えがみつかるような気がする。  昨日の朝にそう感じたからこそ、私は今ここにいる。だけど……。 (やっぱり、何のアテもなく来たのは、失敗だったかな……)  苦笑いを浮かべながら、商店街をひたすら歩く。  しばらく淡々と歩いていた時、とある店の看板が目に止まった。  ……それは、小さなアクセサリーショップだった。  普段なら少し気にとめる程度で素通りするハズなのに、何故か今日は 不思議とその店の雰囲気が気になって仕方がない。そして、ふと気が付くと、 私はお店のドアを開けていつのまにか中に入っていた。   お店の中は、シンと静まりかえっていた。  誰もいないのかなと首を傾げていると、 「いらっしゃいませー」  レジの奧の方から女性の声。どうやらもぬけの殻ではないらしい。  誰かがいるということに安心しつつ、周囲を見渡してみる。  すると、棚の上やガラスケースの中は溢れんばかりに綺麗な光を放つ緑や黒で キラキラと輝いていた。もう少し、詳しく見てみようかなぁ。  そう思って近くの棚まで歩こうとした時、とある装飾品に手が触れた。 「わぁ、綺麗な色」  その装飾品を覆っていたのは、菫がかった青い色の石。  私の、好きな色だった――この石の名前を知りたい。  透き通るような感情に誘われて、商品を解説しているプレートを見てみると、 そこには、小さな文字で『菫青石』と書かれていた。  一体、なんて読むんだろう。こういう時、みゆきがいてくれれば……。 「――それはね、菫青石(きんせいせき)って読むのよ。かわいいお嬢さん」  ハッとして振り返ると、そこに一人の女性が立っていた。  端正な顔立ちに、長く整えられた綺麗な髪。  しかし、肝心のネームプレートはその長い髪で隠れてしまっていたので、 その人の名前を知ることは出来なかった。 「綺麗な色でしょ。特にその菫がかった色とか」 「はい……凄く綺麗です」  その店員さんの言葉通り、私はその石の色にしばらく心を奪われていた。  何度見ても華やかで魅力的な色――そうだ、これを使ってアイツに……。 「あの、これって自分で手作りすることも出来るんですか?」 「もちろん出来るわよ。その代わり、適した材料が必要になるけどね」 「それじゃあその材料を買いたいんですけど」 「いいわよ。ちょっと待っててね」  軽い足音を鳴らしながら、その店員さんはレジの奧へと入っていった。  ……にしても、あの店員さん。誰かに雰囲気が似ているような気が。  こなたに似てる? そう、確かにそんな印象も受けるけど、 もっと似ている人を知っている……様な気がするんだけど、多分気のせいよね。  いわゆる、他人の空似って奴よ。きっと……ね。  その後、ただ待っているというのも何なので再び店内の装飾品を 見て回ってみた。普段から、この類の物には普通の女の子並に興味は あったけど、こうやってまじまじと見るのは今日が初めてのような気がする。  しばらくの間、その光景にしばし見とれていると、いつの間にか店員さんが 戻ってきていた。左手には、材料が入った紙袋が一つ。 「お待たせしてごめんなさいね、これで材料は全部よ。  作り方は、この袋の中に説明書が入ってるから、それを参考にして頂戴」 「はい、ありがとうございます」  ペコリと頭を下げた後、私は紙袋を受け取った。  中身をチラリと確認しつつ、そのまま店員さんと一緒に正面のレジへ。  会計を済ませ、レシートとお釣りを貰って財布にしまいこんだ時、 店員さんがいかにも興味ありげといった感じで話しかけてきていた。 「ねぇ。それって、誰かに贈る為に作るのかしら? それとも自分用?」 「えっ! ええっと、大切な人に贈るため……です」 「ふ~ん。もしかして、恋人?」 「あっ、いえ~、そのぉ。まだ本当の気持ちを伝えられてないんで、恋人では……」 「あらあら、そうだったの。おばさん、びっくり」  一体、何がびっくりなんだろうか。どこかマイペースな店員さんのノリに、 巻き込まれ気味な私。ていうか、これ以上ここにいると、この店員さんに 全部話しちゃいそうだわ。それだけは避けなければ。 「あの~。それじゃあ私、そろそろ……」  必殺、お客という立場を利用して、自然に店を出る作戦。  黙って出て行ってしまえばそれでいいんだろうけど、それはやっては いけないことだという認識があったのでやめた。  店員さんも、この流れには慣れきっているらしく、 レジスターを動かす手を止めて、顔を上げていた。 「ごめんなさいね。余計に引き留めちゃって」 「とんでもないです。楽しかったですよ」 「それならよかったわ。……ねぇ、それじゃあ最後におばさんの独り言、  聞いてくれないかしら」 「えっ? ええ、いいですけど」  突然どうしちゃったんだろう。もしかして何かのネタなのか?  問いかけようにも、店員さんは既に私を背景扱いしているらしく、 窓際の方にある棚に手をかけながら、ふう~っと息を吐いた。 「さっきこの店にきた女の子、凄く幸せそうに見えたわよねぇ。だって――」  店員さんの唇が、微かに動いた。だけど、そこから紡がれた言葉は、 はっきりと私の耳にも届いていた。たったいま聞いた声も、その後に 聞こえてきたものも、全部。 *** 「あちゃー、いつのまにか夕方かぁ」  さっきまで真上にあったハズの太陽は、既に私の目線と同じ高さにまで 落ちてきていた。見慣れているハズの町並みと、一昨日の内にほんの少しだけ 降り積もっていた雪が綺麗な橙に染まっていて、より一層魅力的に見えた。  そして、もちろん私自身も橙色に染まっていた。なんだか無性にはしゃぎたい 気分になり、年甲斐もなく商店街を小走りで駆け抜ける。    ふと、そんなことをしている私の頭の中に、さっきの店員さんの独り言が 蘇ってきていた。それは鮮明に、そして強烈に私の心の中に刻まれていた。 『だって、あの装飾品を見ていた時のあの子。凄く優しい顔をしていたんだから』  そんな表情してたんだよね、私……。  きっと、あの石の持つイメージとこなたのイメージが重なって見えたんだろうなぁ。 (だからこそ、ちゃんとコレを仕上げなくちゃ。そして、それまでは――)  足早に、私は傾きかけた夕日を背に、少し重たくなったバッグをぶら下げながら 家路についた。大好きな人に想いを伝える為の、とっておきの材料をかかえて。 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - (/ _ ; )b &br()↓かなたさん説ありかも笑 -- 名無しさん (2023-01-04 12:33:01) - あ、自分もかなたさんかと思った(^。^) -- 名無しさん (2010-08-18 19:32:56) - かなたさんじゃあないッスよね? -- 名無しさん (2010-08-13 22:54:06) - 店員さん案外、かなたさんだったりw -- 名無しさん (2009-09-05 21:15:47) - 反則ですよ〜 ちょっと涙が出ちゃったじゃないですか〜…これは相当きます これからもがんばってください! -- 名無しさん (2009-05-04 05:55:18)

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