「マッスグナキモチヲ」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

マッスグナキモチヲ」(2023/01/07 (土) 16:16:11) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

『つかさ~、次の授業で使うから辞書返してくれる?』 『あ、ごめんね、お姉ちゃん。えと……はいっ』 『ありがと』 『……あなたがつかさの双子のお姉さんですか……?』 『はい、そうですけど……』 『お姉ちゃん、この人が前に話したこなちゃんだよ~』 『あ……どうも、いつもつかさがお世話になってます』 『いえいえ、私の方こそ』 それが最初だった。 掴みどころのない、無表情な仮面をつけた感じ。 そんな第一印象。 でも、不思議と気になった。 『泉さんは……何が好きなんですか?』 『マンガとかゲームとか……ですね』 『どんなのを読んだりするんですか?』 『ん~……らき☆すたとかですかね……』 『……き、聞いたことないです』 だんだんと話すようになっていった。 お互い探るような、そんな距離。 だけど、少しずつ距離が近づいているのが感じられた。 『泉さんのこと、名前で呼んでもいいですか?』 『それなら、私も名前で呼んでもいいですか?』 『もちろんですよ』 『なら私もです』 『そっか、じゃぁ……改めてよろしくね、こなた』 『う、うん、よろしく、その……かがみ』 敬語で話す距離じゃなくなった。 苗字の付き合いじゃなくなった。 『昨日のドラマ、あの場面で実は小さいほうが兄だったってのは、ビックリしたわよね~』 『そう?なんとなくそうっぽい雰囲気あったからねぇ』 『ウソ……。全然気付かなかった……』 『にひひ、かがみは鈍感さんだね~?』 『う、うるさいわね!どこにあったっていうのよ!』 『他のキャラが兄の方とか言ったりはする割に、名前言わなかったりしたあたりとか』 『そ、そういえば……って、そんなのでわかるわけないじゃないーーっ!!』 『いやいや、わかるでしょ~?』 こなたのニヤニヤとした顔が【いつも】になった。 こなたと話してるときが、一番楽しかった。幸せだった。 『父子揃ってそんな感じで、お母さんなんとも思わないの?』 『うち、お母さんいないから』 『『えっ…………』』 つかさと私の声が重なった。 まるで魔法にかかったかのように、私は何も考えられなかった。 『私がすごい小さい頃に死んじゃったんだよね』 全然知らなかった。 考えたこともなかった。 いつもの明るいこなたからは、想像出来なかった。 今まで私は、何も気にしないで何度かお母さんの話をしていた。 知らず知らずのうちに、絶対傷付けてた。 それなのに、こなたは別に変わることなくいつもみたいに対応してくれていた。 だから、余計に辛かった。 いっそのこと、罵倒して欲しかった。 罵詈雑言を浴びさせられたほうがまだ良かった。 でも、こなたは私たちに何も言わなかった。 いつも通りのあの顔をしていてくれた。 『ん~~ん~~っ!!』 ライブの時。 必死に背伸びしてるこなたは、結局がっかりしたようにそれをやめて、恨めしそうに前の人を見ていた。 もう、言ってくれればいいのに……。 『……ほらっ』 『ぁっ………』 こなたの肩を持って、自分とこなたの場所を入れ換える。 『わぁ……』 その時のこなたの眼にはいつものニヤニヤしたものはなく、まるで子供みたいな輝きを見せていた。 ライブチケットのくじは私たちに引かせたくせに、なんで当日に頼ってくれないのよ。 アンタが一番見たかったんだから、そのアンタが見れないと意味ないじゃない……。 『お姉ちゃん、ちょっといい?』 『お~お~、どうかしたかね、ゆーちゃん』 『ちょっとインターネットのことで聞きたいんだけど……』 『任せたまへ。で、どうしたの?』 『えっとね――――』 へぇ、こなたってゆたかちゃんにはちゃんとお姉ちゃんやってるのね。 ……でも。 …………でもね。 もしかしたら、余計に―――――――。 『お姉ちゃん、残念だったね……。最後くらい、同じクラスがよかったね』 『何言ってんのよ。家に帰れば一緒じゃない。学校くらい別々のクラスでも、どうってこと無いでしょ?』 『でも、こなちゃんとゆきちゃんは……』 『今まで通り毎日会いに行くわよ』 『………ごめんね、お姉ちゃん……。私がずっと2人と同じクラスになっちゃって……』 『つかさと私、もしどっちかが別のクラスになるなら、私でいいわよ』 『………私、クラス替えのときだけお姉ちゃんの妹、辞めたいよ……』 『な~に言ってんの、つかさはいつでも私の大事な妹よ』 三年のクラス替え。 何時間も神様に祈った。 黒井先生にもさり気なくだけど、アプローチしたりもした。 色んなおまじないも試した。 二年の時は文系クラスを選ぶことしかしなくて、後悔したけど……。 今年はその何倍も努力した……。 ……でも、結局私はまたみんなと同じクラスになれなかった。 辛いけど、悲しいけど、これが運命なんだろう……。 あるいは私の努力と意志の強さが足りなかったか……。 でも嘆いたところで、何か改善されるわけじゃないんだし。 もし嘆いたら過去に戻れるっていうならば、私はいくらでも嘆くわ。 そして今まで以上の努力をしてみせる。 でも、現実はそう甘くない。 過去には戻れないし、今が改善されることもない。 だから仕方ないって思って諦めよう。 諦めるのには慣れてる。 我慢するのには慣れてる。 隣を歩く妹を羨ましいって思ったことはある。 でも、恨めしいって思ったことは一度もない。 私はお姉ちゃんだから。 それに、どうせ今までだってそうだったんだし、それがまた1年続くだけ。 授業中のアイツの顔を見れないのがちょっと残念だけど……ね。 頬を伝う一筋のそれを、つかさに気づかれないように拭いながら、私はそう思うように努めた。 『かがみぃ~』 『どうしたのよ、こなた?』 『帰り、寄ってかな~い?』 『またかい……まあいいけどね』 思えば、いつからだったんだろう? こなたへの感情が、普通の、いわゆる友達や親友へ対しての気持ちと違うって気づいたのは。 私なんかよりずっと強いこなた。時々見せる弱さ。そして優しさ。 だんだんと惹かれていって……。 いつのまにか、気持ちはすっごく大きなものになっていた。 そう、こなたはまるで私の太陽のような存在だった。 でも、そうなればそうなるほど……。 多分、よっぽど注意しなきゃ気づかなかったと思う。 それこそ………私のような感情がないと……。 ――こなたを愛おしく感じる程、こなたが私に遠慮しているのを感じるのが辛かった。 だから、買い物の帰り道、私は横を歩くこなたに思わず言ってしまった。 『こなた……もっと私を頼ってよ。甘えてよ。遠慮なんかしないで……ね?』 『か、かがみ………どうしたのさ、急に』 『……こなたは強いわ。私なんかよりずっと』 『うん。ゲームなら、かがみに負けないよ』 『茶化さないで』 『えっ………』 『こなた……私にだけでいいから、もっと頼ってくれて……いいわよ』 『かがみ……』 『私はお母さんにはなれない……。でもお姉ちゃんになら、きっとなれるから……』 『うん……ありがと……』 おじさんは、こなたが寂しくないようにっていつも明るく接してあげていたらしい。 それもあって、こなたはあまり母親がいないことを気に留めずにすんでいるみたい……。 だけど、やっぱり父親と母親は違う。 どんなにおじさんがこなたのために尽くしてあげても、補ってあげられないところがある。 母親としてそれを補うことは誰にもできない。 でも、姉として少しでも補ってあげられるなら――。 私はすすんで、やってあげたい。 誰でもない、こなたのために。そして――――。 『約束よ?』 『うん、約束……』 私たちは小指を差し出しあって、離れないようにしっかりと結び合った。 机の上にある写真立てに飾ってある写真。 そこには一番会いたい顔。 「こなた……私、お姉ちゃんになれてなかったわね……。ごめん……」 冗談で言ったことに怒鳴り声で返してしまった。 裏切ってしまった。 もう私を頼ってくれることはきっとない。 でも、その顔に向かって謝る。 罪滅ぼしって言われたらそうかもしれない。 でも、謝らずにはいられなかった。 「ごめん………ね………」 ☆ 「ほら、ギョピ、ご飯だよ~」 太り気味の愛魚に、膝を折ってエサをあげる。 魚は良いわよね……。こんな悩み抱えることなんて、ないんだろうな……。 って何考えてるのよ、私は。 「はぁ……ごめんねギョピ……。魚にも辛いこと、いっぱいあるわよね……」 愛魚に謝罪してから、なんとなく天を仰ぐ。 灰色に染まった空には、昨日には確かにそこ存在していた幻想の面影は少しもなかった。 「お日様…………どこにいっちゃったんだろう………」 どこまでも続くモノクロを眺めながら、私は呟いていた。 「あ、お姉ちゃん、ここにいたんだ」 聞きなれた声が聞こえて、顔だけ後ろへ向けると、予想通りの顔があった。 「どうしたの、つかさ?」 「もうすぐお昼ご飯だってさ~」 「そっか、そんな時間だったわね。今いくわ」 私は立ち上がりながら、今度はちゃんと振り返った。 「ねぇ、お姉ちゃん」 「何?」 「変なこと聞いてもいい?」 つかさは少し遠慮がちに聞いてきた。 「変なこと?悪いけど、体重とかはやめてよね……」 「そ、そんなことじゃないよぉ~」 わたわたと慌てるつかさ。 「それじゃ、いったい何よ?」 私の問いに、つかさは少し悩んだようにしてから、口を開いた。 「お姉ちゃんとこなちゃんって……お姉ちゃんから告白したんだよね?」 ほ、ホントに変なことね……。 昨日といい、つかさは何を考えているのよ? 「ま、まぁ……そうよ」 結局私は、正直に答えた。 「何で告白したの?」 「……はぁ……?」 本当にこの子は何が言いたいの……? 「告白した理由、あるんだよね?」 「それはそうだけど……」 そうじゃなきゃ、あれだけ悩んでまで出来ないわよ……。 「その理由って何?」 「な、何でそんなこと聞くのよ」 「聞きたいんだ。お姉ちゃんの本当の気持ち」 つかさの顔は真面目だった。 何でだろ?わからない。 だけど、その顔に嘘をついちゃいけない気がした。 「……こ、こなたのことが好きで……その……友達より、親友より……さらに深い関係になりたくて……」 紡がれる言葉。 それは私の思い。 嘘偽りない正直な気持ち。 「…………もっと一緒にいたかったのよ……」 私の言葉を聞いたつかさは何も言わず、今度はただにこにこと笑っていた。 ああもう、つかさはなんで私にこんな恥ずかしいこと言わせてるのよ……。 恥ずかしさに襲われて、思わず顔を附せた。 次につかさの口から出た言葉は、予想外のものだった。 「お姉ちゃんがわがままになるなんて、珍しいよね」 「わがまま……?私が……?」 なんで……?なんで……私が……? 「だって、こなちゃんともっと一緒にいたかったんでしょ?それってわがままじゃないの?」 「…………そんな、わがままなんて……」 そんなはず、ない……。 だって……だって……。 「でも、お姉ちゃんがわがままになるのって珍しいよね」 「えっ……?」 「いっつも強くて、しっかりしてて、私を守ってくれて………私の憧れだったんだ。そんな人が私のお姉ちゃんだってこと、こっそり誇りに思ってたんだよ」 ―――つかさの言葉は過去形だった。 「そんなお姉ちゃんにも、やっぱりわがままになるところがあるんだなって」 私はその言葉に思わずハッとなる。 思い出された、遥か昔の思い出。 なんでかは忘れちゃったけど、つかさはその時、私と少し離れたところで遊んでいた。 そのつかさが泣きながら来たからビックリしたのは、よく覚えてるんだけどね……。 『おねえちゃぁん………ぐすっ…』 『つ、つかさ、どうしたの?』 『うう……』 『だ、だれかにいじめられたの?』 『…………』 つかさは黙ったままだったけど、来た方向に男の子たち3人がいた。 『こらっあんたたちっ!』 私はつかさを後ろにかばうようにしながら、その子たちに向かって怒鳴る。 『なんだよ、うるせーなぁー』 『わたしのかわいいいもうとを、いじめるなんていいどきょうね!!』 『しらねーよ、そんなの!ここはおれたちのあそびばなんだよ』 『こうえんはみんなのばしょよ!あんたたちだけのものじゃないのよ!』 『おんながいちいちくちだすな!』 そう言って私に向かって、一番大柄な子が腕を振り上げた。 次の一撃を私は上手くかわし、お返しといわんばかりに頬を思いっきり叩いた。 ぱちんっという小気味の良い音の直後、男の子の泣き声が響き始める。 『うぇーん、おかあさ~~ん』 そう言って一目散に逃げて行く男の子に続いて、他の二人の子も逃げ出した。 今思うと、昔の私はなかなか過激だったわね……。 子供のうちだから、まだ力の差がないからこそ出来たこととは言え……。 『つかさ、もうだいじょうぶよ』 『ひっく……ぁ、ありがとう、おねえちゃん』 『ほぉら、ないちゃだめよ』 私はつかさを宥めるように言う。 『う、うん……ぐすっ……』 『つかさがないてるとわたしもなきたくなっちゃうの。だから、なきやんで。おねがい』 子供のときってなんでかわからないけど、よくわからない感情になるわよね……。 今になっても理由わからないけど、当時は本当にそうだった。 『わ、わかったぁ……お、おねえちゃん、ごめんね』 私の言葉に、つかさは必死に泣き止もうと頑張ってくれた。 『ううん、いいのよ。わたしはおねえちゃんだから!』 『でも、もしかしたら、またないちゃうかも……。ごめんねぇ……』 『だいじょうぶ!おねえちゃんだから、わたしがつかさをずっとまもってあげるわ!』 『わぁ、おねえちゃん、ありがとう!』 ―――小さな決意。 小さな胸の中に秘めたそれは、私の身体と一緒に大きくなっていって。 お姉ちゃんなんだから、妹を守ってあげなくちゃいけない。 どんなことでも我慢しなきゃいけない。 私はかがみ。 だから、【立派なお姉ちゃんの鑑】でなくちゃいけない。 その鑑を心の中にも外にも映す鏡になっていなくちゃいけない。 ―――そう思うようになっていった。 そしてそう思うあまりに、わがままになる勇気がなかった。 もし甘えてしまったら、私の鏡が粉々に砕け散る。 そうなることを、恐れていた。 だから、私は――――。 ふと、昨日の帰り道でのつかさの言葉が思い出された。 『誰かに甘えられた………のかな……』 つかさのその疑問に、私はこう返した。 『こなたは……私だけには甘えてくれてた………と思う』 あのとき、私たちは約束した。 でも……甘えててくれたのかな……。 私はちゃんと甘えさせてあげられたのかな……。 せめて一昨日までは履行出来ていたらなら……。 『そう………なんだ』 『ねえ、お姉ちゃんは甘えたこと、ある?』 つかさの問。 『………どうかしらね』 私は曖昧に濁しただけで、否定しなかった。 心のどこかでつかさの言葉を否定できない自分がいたから。 でも、それを認めるわけにはいかない。 ワタシガワレテシマウカラ。 だから、私はその後のつかさの言葉を遮った。 ずっと我慢していた。 私は自分が甘えるというのがわからなかった。 だから自分が甘えているっていう意識がなかった。認めていなかった。 ―――でも、私はこなたに甘えてたんだ。 こなたによく言われる、デレの時。 その時だってそうだった。 こなたがボケて突っ込む時も、そう。 かなり酷いことも、こなたなら冗談だって受け取ってくれるっていう勝手に考えて言ってた。 『私はそんな都合の良い人間じゃないわよ!!』 もしかしたら、あの言葉も甘えていたのかもしれない。 こなたなら冗談だって受け取ってくれるって、心のどこかで思っていたのかもしれない。 「私って、わがままね……」 私は俯きながら、ぽつりと言葉をもらした。 肯定。 それは鏡を自分で割るのと同じ。 それは自己同一性の喪失と同じ。 ナラワタシハダレ? ―――私は柊かがみ。 お姉ちゃんじゃない。 ワタシハワタシ。 なら、私って何――――? 「やっぱりお姉ちゃんもこなちゃんも似た者同士だね」 「えっ……?」 ぐちゃぐちゃになった頭の中に唯一残っていたアイツの名前が聞こえて、私は顔をあげた。 「二人とも甘えるのがとっても下手。もっと素直に甘えたらいいのに、恥ずかしがって遠回しな甘え方ばっかりしてるよ」 遠回し………? その単語がトリガーとなり、ふと、一昨日の言葉が木霊する。 『かがみは私の専属メイドさんだね♪』 ………こなた………もしかして……。 あの言葉もそうだったの……? 私はこの言葉を文字通りに受け取ってしまった。 メイドと主人の間にある関係は、【主従】。 そこには、【愛】はない。 だから、こなたにとっての私は【都合の良い自分に服従する便利な人】。 私はそう思った。 だから、大声をあげてしまった。 でも、すぐにこなたのいつもの冗談だってことに気付いた。 もしかしたら……これも、こなたの甘えだったのかも……。 そうだったなら……こなたは私に甘えてくれてたんだ……。 メイドと主人はいつも一緒にいる。 だから、遠回しにいつまでも一緒だよって言ってくれてたのかも………。 私ならわかってくれるって思っててくれたのかも………。 流石に考えすぎ……? ……でも、こなたなら……。 「言葉って………複雑ね」 「そうだよね。でも、すっごい力ももってるよ」 「うん………。わかってる」 言葉には力がある。 人を幸せにも不幸にも出来る。 幸せにしようと思って、不幸にしちゃうことだってきっとある。 「言葉はすごい力があるよ。でも、使うのが難しいよね……」 つかさは直前の言葉をもう一度言って強調した。 「だから……ちゃんと本当の気持ちを本当の言葉にしないと、伝わらないよ」 ――鏡に、ヒビが入る。 水の入ったコップのように、ヒビから中身が零れ始めた。 でも、コップはそれを必死に抑えようとする。 「でも……でも……私……言えないよ……。頼ってって……甘えてって言っちゃったし…それに……」 「お姉ちゃん……。どんな【お姉さん】にだって………王子様は必要だよ?」 「ッ………」 ヒビの入った鏡が、音をたてて粉々に砕け散った。 護られていた、抑えられていた【本当】が晒される。 とってもわがままで、寂しがりやで、甘えん坊で。 ――――そんな、【本当】の私が。 このままこなたに会わなかったら……。 そしたら多分、何年もしないうちにこなたは私のことを忘れる。 そうすれば、自ずと私の言葉も忘れる。 それはつまり、リセット。 「つかさ……あのさ……」 リセットボタンは、私の目の前にある。 ただ、それは私とこなたの今までの関係までもリセットするボタン。 それは、時間が戻るんじゃない。 それは、時間がなかったことになる。 ――――そのボタンを押しても良いの? 「……何、お姉ちゃん?」 そんなわけないじゃない……! こなたへの感情に気づいて。 あんなに悩んだ。あんなに苦しんだ。 手を伸ばしたら届くかもしれない。 もう一生届かないところにいってしまうかもしれない。 もし……もし、後者なら。 そうなるくらいなら……今のほうがいい。 諦めるのには慣れていた。我慢するのには慣れていた。 100%満足なんて、絶対ないって分かってた。 でも、どうしても……どうしても、諦められなかった。我慢できなかった。 満足したかった。 100%………ううん、違う。 10000%。 アンタなら、きっと私を100倍……ううん、もっともっと、満足させてくれる。 迷惑かもしれない。 でも……ごめん、許して。 私、我慢したくない……。 だから……だから、さ……。 アンタと、ずっと一緒にいたい………。 『かがみ……ありがとう……』 『えっ……い、いいの、こなた……?』 『うん……。私もずっと同じだったんだよ……。でも、私には勇気がなくて……』 『こなた……』 『でも、私、色々迷惑かけちゃうかもしれないよ……?』 『遠慮なく迷惑かけてよね。前にも言ったけど、私を頼ってくれていいんだから』 『……かがみは凄いね。私が出来ないことを、いっぱいできちゃうんだもん』 『それは……こなただって、同じよ……』 『ありがと、かがみ……。私、今すごい幸せだよ』 『私も……。これから……ずっと一緒よ』 諦めるのには慣れてる。 でも、諦められない。諦めたくない。 それは、わがままになったから。 ううん、わがままになれたから。 【本当】の私は、とってもわがままで、寂しがりやで、甘えん坊なの。 だから、受け止めたくないのよ。 アンタが一緒にいてくれない未来なんて、ね。 それに、信じたい。いや……信じてる。 ―――誰よりも、アンタを。 私がアンタの隣にいられて、アンタが私の隣にいてくれて。 そこが、私の心のありか。 それが、私が何かの答えでありたい。 「ごめん、お姉ちゃんじゃなくなっても……いい?」 私はつかさと向き合って、しっかりと見つめながら聞く。 「ううん、だめ」 つかさはその首を横に振った。 けどその後すぐ、にっこりと微笑んだ。 「お姉ちゃんはいつでも私の大事なお姉ちゃんだよ」 「………つかさ………ありがとう」 こみ上げてくる熱いそれを必死にこらえる。 「お姉ちゃんが悲しいと……私も悲しいんだ。だからね――」 つかさは莞爾として笑った。 それは私なんかよりもずっとお姉ちゃんのものだった。 「いつもみたいな笑顔で、ずっといてね」 「うん……うん……」 ただただ、私は頷いた。涙を零しながら。 「ごめ……涙……止まらな……」 「お姉ちゃん、泣くにはまだ早いよ。もっと幸せなときまでとっておかなきゃ」 つかさの言う【もっと幸せなとき】。 それは―――。 「そう……ね……。私、行ってくるね………」 「うん、いってらっしゃい、お姉ちゃん」 私は急いで部屋に戻ってから携帯を開く。 やっぱりアイツからの連絡はなにもない。 でも、いい。私はこなたを信じてるから。 こなた………私から、アンタに伝えるわ。 ―――真っ直ぐな気持ちを。 作り終えたメールの文面を見て、可笑しくて噴出す。 ふふ、何で敬語なんだろ? でも、文字にしたとき喋り言葉よりも敬語のほうが意志の強さを感じれる気がする。 わがままな私には、ピッタリ……ね。 私は、そのまますぐ走り出した。 ――――こなた。 ―――迷惑かもしれません。でも、待っています――。 -[[ホントウノオモイヲ>http://www13.atwiki.jp/oyatu1/pages/570.html]]へ続く **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - あり、そうですね、全然気づきませんでした。 &br()ご指摘、ありがとうございますー。 &br()カカッと直しちゃいますw -- 10-45 (2008-08-12 01:21:15) - 野暮な突込みですが【立派なお姉ちゃんの鏡】という場合は &br()鏡ではなく鑑では? -- 名無しさん (2008-08-04 22:24:20)
『つかさ~、次の授業で使うから辞書返してくれる?』 『あ、ごめんね、お姉ちゃん。えと……はいっ』 『ありがと』 『……あなたがつかさの双子のお姉さんですか……?』 『はい、そうですけど……』 『お姉ちゃん、この人が前に話したこなちゃんだよ~』 『あ……どうも、いつもつかさがお世話になってます』 『いえいえ、私の方こそ』 それが最初だった。 掴みどころのない、無表情な仮面をつけた感じ。 そんな第一印象。 でも、不思議と気になった。 『泉さんは……何が好きなんですか?』 『マンガとかゲームとか……ですね』 『どんなのを読んだりするんですか?』 『ん~……らき☆すたとかですかね……』 『……き、聞いたことないです』 だんだんと話すようになっていった。 お互い探るような、そんな距離。 だけど、少しずつ距離が近づいているのが感じられた。 『泉さんのこと、名前で呼んでもいいですか?』 『それなら、私も名前で呼んでもいいですか?』 『もちろんですよ』 『なら私もです』 『そっか、じゃぁ……改めてよろしくね、こなた』 『う、うん、よろしく、その……かがみ』 敬語で話す距離じゃなくなった。 苗字の付き合いじゃなくなった。 『昨日のドラマ、あの場面で実は小さいほうが兄だったってのは、ビックリしたわよね~』 『そう?なんとなくそうっぽい雰囲気あったからねぇ』 『ウソ……。全然気付かなかった……』 『にひひ、かがみは鈍感さんだね~?』 『う、うるさいわね!どこにあったっていうのよ!』 『他のキャラが兄の方とか言ったりはする割に、名前言わなかったりしたあたりとか』 『そ、そういえば……って、そんなのでわかるわけないじゃないーーっ!!』 『いやいや、わかるでしょ~?』 こなたのニヤニヤとした顔が【いつも】になった。 こなたと話してるときが、一番楽しかった。幸せだった。 『父子揃ってそんな感じで、お母さんなんとも思わないの?』 『うち、お母さんいないから』 『『えっ…………』』 つかさと私の声が重なった。 まるで魔法にかかったかのように、私は何も考えられなかった。 『私がすごい小さい頃に死んじゃったんだよね』 全然知らなかった。 考えたこともなかった。 いつもの明るいこなたからは、想像出来なかった。 今まで私は、何も気にしないで何度かお母さんの話をしていた。 知らず知らずのうちに、絶対傷付けてた。 それなのに、こなたは別に変わることなくいつもみたいに対応してくれていた。 だから、余計に辛かった。 いっそのこと、罵倒して欲しかった。 罵詈雑言を浴びさせられたほうがまだ良かった。 でも、こなたは私たちに何も言わなかった。 いつも通りのあの顔をしていてくれた。 『ん~~ん~~っ!!』 ライブの時。 必死に背伸びしてるこなたは、結局がっかりしたようにそれをやめて、恨めしそうに前の人を見ていた。 もう、言ってくれればいいのに……。 『……ほらっ』 『ぁっ………』 こなたの肩を持って、自分とこなたの場所を入れ換える。 『わぁ……』 その時のこなたの眼にはいつものニヤニヤしたものはなく、まるで子供みたいな輝きを見せていた。 ライブチケットのくじは私たちに引かせたくせに、なんで当日に頼ってくれないのよ。 アンタが一番見たかったんだから、そのアンタが見れないと意味ないじゃない……。 『お姉ちゃん、ちょっといい?』 『お~お~、どうかしたかね、ゆーちゃん』 『ちょっとインターネットのことで聞きたいんだけど……』 『任せたまへ。で、どうしたの?』 『えっとね――――』 へぇ、こなたってゆたかちゃんにはちゃんとお姉ちゃんやってるのね。 ……でも。 …………でもね。 もしかしたら、余計に―――――――。 『お姉ちゃん、残念だったね……。最後くらい、同じクラスがよかったね』 『何言ってんのよ。家に帰れば一緒じゃない。学校くらい別々のクラスでも、どうってこと無いでしょ?』 『でも、こなちゃんとゆきちゃんは……』 『今まで通り毎日会いに行くわよ』 『………ごめんね、お姉ちゃん……。私がずっと2人と同じクラスになっちゃって……』 『つかさと私、もしどっちかが別のクラスになるなら、私でいいわよ』 『………私、クラス替えのときだけお姉ちゃんの妹、辞めたいよ……』 『な~に言ってんの、つかさはいつでも私の大事な妹よ』 三年のクラス替え。 何時間も神様に祈った。 黒井先生にもさり気なくだけど、アプローチしたりもした。 色んなおまじないも試した。 二年の時は文系クラスを選ぶことしかしなくて、後悔したけど……。 今年はその何倍も努力した……。 ……でも、結局私はまたみんなと同じクラスになれなかった。 辛いけど、悲しいけど、これが運命なんだろう……。 あるいは私の努力と意志の強さが足りなかったか……。 でも嘆いたところで、何か改善されるわけじゃないんだし。 もし嘆いたら過去に戻れるっていうならば、私はいくらでも嘆くわ。 そして今まで以上の努力をしてみせる。 でも、現実はそう甘くない。 過去には戻れないし、今が改善されることもない。 だから仕方ないって思って諦めよう。 諦めるのには慣れてる。 我慢するのには慣れてる。 隣を歩く妹を羨ましいって思ったことはある。 でも、恨めしいって思ったことは一度もない。 私はお姉ちゃんだから。 それに、どうせ今までだってそうだったんだし、それがまた1年続くだけ。 授業中のアイツの顔を見れないのがちょっと残念だけど……ね。 頬を伝う一筋のそれを、つかさに気づかれないように拭いながら、私はそう思うように努めた。 『かがみぃ~』 『どうしたのよ、こなた?』 『帰り、寄ってかな~い?』 『またかい……まあいいけどね』 思えば、いつからだったんだろう? こなたへの感情が、普通の、いわゆる友達や親友へ対しての気持ちと違うって気づいたのは。 私なんかよりずっと強いこなた。時々見せる弱さ。そして優しさ。 だんだんと惹かれていって……。 いつのまにか、気持ちはすっごく大きなものになっていた。 そう、こなたはまるで私の太陽のような存在だった。 でも、そうなればそうなるほど……。 多分、よっぽど注意しなきゃ気づかなかったと思う。 それこそ………私のような感情がないと……。 ――こなたを愛おしく感じる程、こなたが私に遠慮しているのを感じるのが辛かった。 だから、買い物の帰り道、私は横を歩くこなたに思わず言ってしまった。 『こなた……もっと私を頼ってよ。甘えてよ。遠慮なんかしないで……ね?』 『か、かがみ………どうしたのさ、急に』 『……こなたは強いわ。私なんかよりずっと』 『うん。ゲームなら、かがみに負けないよ』 『茶化さないで』 『えっ………』 『こなた……私にだけでいいから、もっと頼ってくれて……いいわよ』 『かがみ……』 『私はお母さんにはなれない……。でもお姉ちゃんになら、きっとなれるから……』 『うん……ありがと……』 おじさんは、こなたが寂しくないようにっていつも明るく接してあげていたらしい。 それもあって、こなたはあまり母親がいないことを気に留めずにすんでいるみたい……。 だけど、やっぱり父親と母親は違う。 どんなにおじさんがこなたのために尽くしてあげても、補ってあげられないところがある。 母親としてそれを補うことは誰にもできない。 でも、姉として少しでも補ってあげられるなら――。 私はすすんで、やってあげたい。 誰でもない、こなたのために。そして――――。 『約束よ?』 『うん、約束……』 私たちは小指を差し出しあって、離れないようにしっかりと結び合った。 机の上にある写真立てに飾ってある写真。 そこには一番会いたい顔。 「こなた……私、お姉ちゃんになれてなかったわね……。ごめん……」 冗談で言ったことに怒鳴り声で返してしまった。 裏切ってしまった。 もう私を頼ってくれることはきっとない。 でも、その顔に向かって謝る。 罪滅ぼしって言われたらそうかもしれない。 でも、謝らずにはいられなかった。 「ごめん………ね………」 ☆ 「ほら、ギョピ、ご飯だよ~」 太り気味の愛魚に、膝を折ってエサをあげる。 魚は良いわよね……。こんな悩み抱えることなんて、ないんだろうな……。 って何考えてるのよ、私は。 「はぁ……ごめんねギョピ……。魚にも辛いこと、いっぱいあるわよね……」 愛魚に謝罪してから、なんとなく天を仰ぐ。 灰色に染まった空には、昨日には確かにそこ存在していた幻想の面影は少しもなかった。 「お日様…………どこにいっちゃったんだろう………」 どこまでも続くモノクロを眺めながら、私は呟いていた。 「あ、お姉ちゃん、ここにいたんだ」 聞きなれた声が聞こえて、顔だけ後ろへ向けると、予想通りの顔があった。 「どうしたの、つかさ?」 「もうすぐお昼ご飯だってさ~」 「そっか、そんな時間だったわね。今いくわ」 私は立ち上がりながら、今度はちゃんと振り返った。 「ねぇ、お姉ちゃん」 「何?」 「変なこと聞いてもいい?」 つかさは少し遠慮がちに聞いてきた。 「変なこと?悪いけど、体重とかはやめてよね……」 「そ、そんなことじゃないよぉ~」 わたわたと慌てるつかさ。 「それじゃ、いったい何よ?」 私の問いに、つかさは少し悩んだようにしてから、口を開いた。 「お姉ちゃんとこなちゃんって……お姉ちゃんから告白したんだよね?」 ほ、ホントに変なことね……。 昨日といい、つかさは何を考えているのよ? 「ま、まぁ……そうよ」 結局私は、正直に答えた。 「何で告白したの?」 「……はぁ……?」 本当にこの子は何が言いたいの……? 「告白した理由、あるんだよね?」 「それはそうだけど……」 そうじゃなきゃ、あれだけ悩んでまで出来ないわよ……。 「その理由って何?」 「な、何でそんなこと聞くのよ」 「聞きたいんだ。お姉ちゃんの本当の気持ち」 つかさの顔は真面目だった。 何でだろ?わからない。 だけど、その顔に嘘をついちゃいけない気がした。 「……こ、こなたのことが好きで……その……友達より、親友より……さらに深い関係になりたくて……」 紡がれる言葉。 それは私の思い。 嘘偽りない正直な気持ち。 「…………もっと一緒にいたかったのよ……」 私の言葉を聞いたつかさは何も言わず、今度はただにこにこと笑っていた。 ああもう、つかさはなんで私にこんな恥ずかしいこと言わせてるのよ……。 恥ずかしさに襲われて、思わず顔を附せた。 次につかさの口から出た言葉は、予想外のものだった。 「お姉ちゃんがわがままになるなんて、珍しいよね」 「わがまま……?私が……?」 なんで……?なんで……私が……? 「だって、こなちゃんともっと一緒にいたかったんでしょ?それってわがままじゃないの?」 「…………そんな、わがままなんて……」 そんなはず、ない……。 だって……だって……。 「でも、お姉ちゃんがわがままになるのって珍しいよね」 「えっ……?」 「いっつも強くて、しっかりしてて、私を守ってくれて………私の憧れだったんだ。そんな人が私のお姉ちゃんだってこと、こっそり誇りに思ってたんだよ」 ―――つかさの言葉は過去形だった。 「そんなお姉ちゃんにも、やっぱりわがままになるところがあるんだなって」 私はその言葉に思わずハッとなる。 思い出された、遥か昔の思い出。 なんでかは忘れちゃったけど、つかさはその時、私と少し離れたところで遊んでいた。 そのつかさが泣きながら来たからビックリしたのは、よく覚えてるんだけどね……。 『おねえちゃぁん………ぐすっ…』 『つ、つかさ、どうしたの?』 『うう……』 『だ、だれかにいじめられたの?』 『…………』 つかさは黙ったままだったけど、来た方向に男の子たち3人がいた。 『こらっあんたたちっ!』 私はつかさを後ろにかばうようにしながら、その子たちに向かって怒鳴る。 『なんだよ、うるせーなぁー』 『わたしのかわいいいもうとを、いじめるなんていいどきょうね!!』 『しらねーよ、そんなの!ここはおれたちのあそびばなんだよ』 『こうえんはみんなのばしょよ!あんたたちだけのものじゃないのよ!』 『おんながいちいちくちだすな!』 そう言って私に向かって、一番大柄な子が腕を振り上げた。 次の一撃を私は上手くかわし、お返しといわんばかりに頬を思いっきり叩いた。 ぱちんっという小気味の良い音の直後、男の子の泣き声が響き始める。 『うぇーん、おかあさ~~ん』 そう言って一目散に逃げて行く男の子に続いて、他の二人の子も逃げ出した。 今思うと、昔の私はなかなか過激だったわね……。 子供のうちだから、まだ力の差がないからこそ出来たこととは言え……。 『つかさ、もうだいじょうぶよ』 『ひっく……ぁ、ありがとう、おねえちゃん』 『ほぉら、ないちゃだめよ』 私はつかさを宥めるように言う。 『う、うん……ぐすっ……』 『つかさがないてるとわたしもなきたくなっちゃうの。だから、なきやんで。おねがい』 子供のときってなんでかわからないけど、よくわからない感情になるわよね……。 今になっても理由わからないけど、当時は本当にそうだった。 『わ、わかったぁ……お、おねえちゃん、ごめんね』 私の言葉に、つかさは必死に泣き止もうと頑張ってくれた。 『ううん、いいのよ。わたしはおねえちゃんだから!』 『でも、もしかしたら、またないちゃうかも……。ごめんねぇ……』 『だいじょうぶ!おねえちゃんだから、わたしがつかさをずっとまもってあげるわ!』 『わぁ、おねえちゃん、ありがとう!』 ―――小さな決意。 小さな胸の中に秘めたそれは、私の身体と一緒に大きくなっていって。 お姉ちゃんなんだから、妹を守ってあげなくちゃいけない。 どんなことでも我慢しなきゃいけない。 私はかがみ。 だから、【立派なお姉ちゃんの鑑】でなくちゃいけない。 その鑑を心の中にも外にも映す鏡になっていなくちゃいけない。 ―――そう思うようになっていった。 そしてそう思うあまりに、わがままになる勇気がなかった。 もし甘えてしまったら、私の鏡が粉々に砕け散る。 そうなることを、恐れていた。 だから、私は――――。 ふと、昨日の帰り道でのつかさの言葉が思い出された。 『誰かに甘えられた………のかな……』 つかさのその疑問に、私はこう返した。 『こなたは……私だけには甘えてくれてた………と思う』 あのとき、私たちは約束した。 でも……甘えててくれたのかな……。 私はちゃんと甘えさせてあげられたのかな……。 せめて一昨日までは履行出来ていたらなら……。 『そう………なんだ』 『ねえ、お姉ちゃんは甘えたこと、ある?』 つかさの問。 『………どうかしらね』 私は曖昧に濁しただけで、否定しなかった。 心のどこかでつかさの言葉を否定できない自分がいたから。 でも、それを認めるわけにはいかない。 ワタシガワレテシマウカラ。 だから、私はその後のつかさの言葉を遮った。 ずっと我慢していた。 私は自分が甘えるというのがわからなかった。 だから自分が甘えているっていう意識がなかった。認めていなかった。 ―――でも、私はこなたに甘えてたんだ。 こなたによく言われる、デレの時。 その時だってそうだった。 こなたがボケて突っ込む時も、そう。 かなり酷いことも、こなたなら冗談だって受け取ってくれるっていう勝手に考えて言ってた。 『私はそんな都合の良い人間じゃないわよ!!』 もしかしたら、あの言葉も甘えていたのかもしれない。 こなたなら冗談だって受け取ってくれるって、心のどこかで思っていたのかもしれない。 「私って、わがままね……」 私は俯きながら、ぽつりと言葉をもらした。 肯定。 それは鏡を自分で割るのと同じ。 それは自己同一性の喪失と同じ。 ナラワタシハダレ? ―――私は柊かがみ。 お姉ちゃんじゃない。 ワタシハワタシ。 なら、私って何――――? 「やっぱりお姉ちゃんもこなちゃんも似た者同士だね」 「えっ……?」 ぐちゃぐちゃになった頭の中に唯一残っていたアイツの名前が聞こえて、私は顔をあげた。 「二人とも甘えるのがとっても下手。もっと素直に甘えたらいいのに、恥ずかしがって遠回しな甘え方ばっかりしてるよ」 遠回し………? その単語がトリガーとなり、ふと、一昨日の言葉が木霊する。 『かがみは私の専属メイドさんだね♪』 ………こなた………もしかして……。 あの言葉もそうだったの……? 私はこの言葉を文字通りに受け取ってしまった。 メイドと主人の間にある関係は、【主従】。 そこには、【愛】はない。 だから、こなたにとっての私は【都合の良い自分に服従する便利な人】。 私はそう思った。 だから、大声をあげてしまった。 でも、すぐにこなたのいつもの冗談だってことに気付いた。 もしかしたら……これも、こなたの甘えだったのかも……。 そうだったなら……こなたは私に甘えてくれてたんだ……。 メイドと主人はいつも一緒にいる。 だから、遠回しにいつまでも一緒だよって言ってくれてたのかも………。 私ならわかってくれるって思っててくれたのかも………。 流石に考えすぎ……? ……でも、こなたなら……。 「言葉って………複雑ね」 「そうだよね。でも、すっごい力ももってるよ」 「うん………。わかってる」 言葉には力がある。 人を幸せにも不幸にも出来る。 幸せにしようと思って、不幸にしちゃうことだってきっとある。 「言葉はすごい力があるよ。でも、使うのが難しいよね……」 つかさは直前の言葉をもう一度言って強調した。 「だから……ちゃんと本当の気持ちを本当の言葉にしないと、伝わらないよ」 ――鏡に、ヒビが入る。 水の入ったコップのように、ヒビから中身が零れ始めた。 でも、コップはそれを必死に抑えようとする。 「でも……でも……私……言えないよ……。頼ってって……甘えてって言っちゃったし…それに……」 「お姉ちゃん……。どんな【お姉さん】にだって………王子様は必要だよ?」 「ッ………」 ヒビの入った鏡が、音をたてて粉々に砕け散った。 護られていた、抑えられていた【本当】が晒される。 とってもわがままで、寂しがりやで、甘えん坊で。 ――――そんな、【本当】の私が。 このままこなたに会わなかったら……。 そしたら多分、何年もしないうちにこなたは私のことを忘れる。 そうすれば、自ずと私の言葉も忘れる。 それはつまり、リセット。 「つかさ……あのさ……」 リセットボタンは、私の目の前にある。 ただ、それは私とこなたの今までの関係までもリセットするボタン。 それは、時間が戻るんじゃない。 それは、時間がなかったことになる。 ――――そのボタンを押しても良いの? 「……何、お姉ちゃん?」 そんなわけないじゃない……! こなたへの感情に気づいて。 あんなに悩んだ。あんなに苦しんだ。 手を伸ばしたら届くかもしれない。 もう一生届かないところにいってしまうかもしれない。 もし……もし、後者なら。 そうなるくらいなら……今のほうがいい。 諦めるのには慣れていた。我慢するのには慣れていた。 100%満足なんて、絶対ないって分かってた。 でも、どうしても……どうしても、諦められなかった。我慢できなかった。 満足したかった。 100%………ううん、違う。 10000%。 アンタなら、きっと私を100倍……ううん、もっともっと、満足させてくれる。 迷惑かもしれない。 でも……ごめん、許して。 私、我慢したくない……。 だから……だから、さ……。 アンタと、ずっと一緒にいたい………。 『かがみ……ありがとう……』 『えっ……い、いいの、こなた……?』 『うん……。私もずっと同じだったんだよ……。でも、私には勇気がなくて……』 『こなた……』 『でも、私、色々迷惑かけちゃうかもしれないよ……?』 『遠慮なく迷惑かけてよね。前にも言ったけど、私を頼ってくれていいんだから』 『……かがみは凄いね。私が出来ないことを、いっぱいできちゃうんだもん』 『それは……こなただって、同じよ……』 『ありがと、かがみ……。私、今すごい幸せだよ』 『私も……。これから……ずっと一緒よ』 諦めるのには慣れてる。 でも、諦められない。諦めたくない。 それは、わがままになったから。 ううん、わがままになれたから。 【本当】の私は、とってもわがままで、寂しがりやで、甘えん坊なの。 だから、受け止めたくないのよ。 アンタが一緒にいてくれない未来なんて、ね。 それに、信じたい。いや……信じてる。 ―――誰よりも、アンタを。 私がアンタの隣にいられて、アンタが私の隣にいてくれて。 そこが、私の心のありか。 それが、私が何かの答えでありたい。 「ごめん、お姉ちゃんじゃなくなっても……いい?」 私はつかさと向き合って、しっかりと見つめながら聞く。 「ううん、だめ」 つかさはその首を横に振った。 けどその後すぐ、にっこりと微笑んだ。 「お姉ちゃんはいつでも私の大事なお姉ちゃんだよ」 「………つかさ………ありがとう」 こみ上げてくる熱いそれを必死にこらえる。 「お姉ちゃんが悲しいと……私も悲しいんだ。だからね――」 つかさは莞爾として笑った。 それは私なんかよりもずっとお姉ちゃんのものだった。 「いつもみたいな笑顔で、ずっといてね」 「うん……うん……」 ただただ、私は頷いた。涙を零しながら。 「ごめ……涙……止まらな……」 「お姉ちゃん、泣くにはまだ早いよ。もっと幸せなときまでとっておかなきゃ」 つかさの言う【もっと幸せなとき】。 それは―――。 「そう……ね……。私、行ってくるね………」 「うん、いってらっしゃい、お姉ちゃん」 私は急いで部屋に戻ってから携帯を開く。 やっぱりアイツからの連絡はなにもない。 でも、いい。私はこなたを信じてるから。 こなた………私から、アンタに伝えるわ。 ―――真っ直ぐな気持ちを。 作り終えたメールの文面を見て、可笑しくて噴出す。 ふふ、何で敬語なんだろ? でも、文字にしたとき喋り言葉よりも敬語のほうが意志の強さを感じれる気がする。 わがままな私には、ピッタリ……ね。 私は、そのまますぐ走り出した。 ――――こなた。 ―――迷惑かもしれません。でも、待っています――。 -[[ホントウノオモイヲ>http://www13.atwiki.jp/oyatu1/pages/570.html]]へ続く **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - ( ̄ v  ̄)b -- 名無しさん (2023-01-07 16:16:11) - あり、そうですね、全然気づきませんでした。 &br()ご指摘、ありがとうございますー。 &br()カカッと直しちゃいますw -- 10-45 (2008-08-12 01:21:15) - 野暮な突込みですが【立派なお姉ちゃんの鏡】という場合は &br()鏡ではなく鑑では? -- 名無しさん (2008-08-04 22:24:20)

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
記事メニュー
目安箱バナー