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和楽の夜・後半」(2023/01/05 (木) 14:53:08) の最新版変更点

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こなたと二人。 二人きり。 二人で一緒に並んで、 夜でも賑やかで明るい参道を歩いていく。 さっきから胸がドキドキしている。 高鳴りが自分の耳にまで聞こえてきた。 こなたが、隣にいる。私の、すぐ横に。 それだけで身体が熱を持ち、頭が真っ白になっていく。 「かがみ、あっち行ってみない?」 「え……」 そう言って、こなたはまた参道の反対側へと向かった。 通行人も軽々と避けて奥に進み、すぐに視界から消えそうになる。 「あ、待ってよ!」 追いかけようとして、 突然横から来た人とぶつかった。 バランスを崩して身体がよろける。 倒れないように体勢を整えて、 そして見上げた視界に、こなたはいなかった。 雑踏の中で、こなたを見失ってしまった。 「……こなた?」 小さく名前を呼ぶけど、すぐにそれはざわめきでかき消される。 何処を見ても、人。知らない人。背の高い人。こなたの姿は何処にもない。 更に混雑してきた参道は、こなたを完全に隠してしまった。 「こなたー」 声を上げても、それは周囲の音と混ざり合って霧散していく。 こなたは具体的に何処に行くとも言ってないし、この人ごみの中じゃ、反対側に出ることも、身動きをとることすら出来ない。 ……もう、自分勝手なんだから。 折角二人きりになれたのに、何処かにいちゃって……。 離れ離れになったら、意味ないじゃない。 「こなたー!」 急に不安が襲ってきて、思わず叫ぶ。 でも、返事は返ってこなかった。 このまま、はぐれたままになっちゃうんじゃないか。 そう思うと、急にお腹が冷たくなってきた。焦燥感が生まれる。 ただでさえ人が多いんだから、一回はぐれたらそれっきりになる可能性だってある。 ……何とかして、探し出さなきゃ。 人を避けて、押しのけて、掻い潜って、走って、 ようやく、反対側の屋台の前に出た。 そして急いで左右を見回し、 「かがみ?」 不意に、後ろから声がした。 振り向くと、何事もなかったかのように立っているこなた。 ……人が、人が心配して探してたっていうのに、どうしてそんな平然としてられるのよ。 こなたが見えなくなって、不安だったのに、心細かったのに……。 「……あんたねぇ、一人で突っ走るんじゃないわよ。迷子になるところだったのよ?」 「え、いや~、てっきりついてきてるんだと思ってて……」 「私はあんたみたいに機敏に動けないのよ! ちゃんと、私のことも考えてよ。 ……怖かったんだから。こなたとはぐれちゃうんじゃないかと思って」 「ご、ごめん。……じゃあさ、」 瞬間、電撃が走ったかのように全身が痺れる。 左手に、ふわっとした柔らかい感触。 ぎゅっと、握り締められ、包まれる。 こなたの手に。 金縛りにあったみたいに、身体が硬直した。 動かない身体に、ただほのかな温もりが伝わってくる。 「ほら、こうすればもうはぐれないよ」 しっかりと結ばれた手。繋がった身体。 強く握られた手に、くすぐったさみたいな感じが生まれた。 手を見て、なんだか恥ずかしくなって、つい顔を背ける。 嬉しさが表情に出るのを隠すために。 この手を離したくないし、どこまでも一緒に、繋がっていたい。 叫びたい気持ちを抑えながら、そう、思った。 「……これであんたが迷子になることもなくなるわね」 「むー、小さいからってまたそんなこと言って! むしろ迷子になってたのはかがみの方じゃない」 「あんたが飛び出して何処かに行っちゃうのがいけないんでしょ」 ……ありがとう、こなた。 その思いを伝えるために、こなたの手を、もっと強く包み込んだ。 こなたの体温を感じる。私たちが繋がっている証。 まだまだ小さいけど、いつかはもっと深く大きくなるだろうか。 「うぅ……。でも、やっぱりかがみ、人押しのけてたね。私の言ったとおりだったよ」 「な、あ、あれは仕方ないじゃない。あんた探すのに必死だったんだから」 「かがみ、そんなに私のこと心配してくれてたんだー。嬉しいなぁ」 「そ、それより、今度からは気をつけなさいよ!」 「はいはい、分かってるって」 「……で、あんた何処に行こうとしてたのよ」 尋ねると、こなたは急に目を大きく見開いて、 「あ、そうだった。あっちにクレープ屋さんがあるんだよ」 「クレープって、別にその辺にもいっぱいあるじゃない。何も反対側までこなくても……」 「ちっちっ、分かってないなぁ、かがみは。とにかく、見れば分かるよ。行ってみよ」 私の手を引いて、駆け出す。 屋台の屋根の下、あまり人が通らない場所を、二人で走っていく。 速く、久しぶりに風を感じた。 人を避けながら、白熱灯の光を浴びながら、冬の逆風を切って辿り着いた先。 「え……」 「ほら、屋台とは違うのだよ、屋台とは」 参道から逸れた脇道。 カーブで外側が膨れたその道の上に止まっている、大きな移動販売の車。 そこには、長い行列が出来ていた。 「あれって、何売ってるの?」 「クレープだよ。ここのお店のはおいしくて人気があるんだって」 「この行列がそれを物語ってるわね」 参道の溢れんばかりの人を見た後だから少なく思えるけど、それでも寂れた脇道には十人ばかりの人が並んでいる。 その先端にある車には、クレープのメニューが書かれた看板が貼り付けられていた。 チョコレート、チョコバナナ、ストロベリー、ブルーベリー、アップル、キウイ……。 種類を見るたびに、それが包まれたクレープが頭に浮かんできて、口の中に想像の甘さが広がる。 「かがみ、どれにする?」 「えーと、ここはベタにチョコバナナにしようかしら。ソースだけじゃなくて、何かが入ってたほうが食べ応えがあるし。  あんたはどうするの?」 「私は……、じゃあ、イチゴにしよ」 「あんたイチゴ好きだっけ? てっきりチョコ系かと思ってたけど」 「私イチゴ好きだけど? それに凄く甘いものが食べたくなってね」 二人で列の最後尾に並ぶ。 参道から離れていても、その音ははっきりと聞こえてくる。 まだここは、祭りの中のようだ。 子供とそのお父さんが、袋に入ったクレープをかじりながら参道に戻っていくのと擦れ違った。 「……おいしそうねぇ」 「でしょ。ここはそこらへんの作り置きしてる屋台とは違って、その場で生地を焼いてくれるから、温かいままで食べれるんだよ」 脇道は緩やかな下り坂になっていて、ここからでも車内の様子が見える。 円い鉄板の上で薄く伸ばした円い生地が焼かれ、その上にトッピングが乗せられていた。 とにかく、おいしそうだ。 やがて私たちの順番が来て、宣言したとおりのクレープを買った。 クレープが作られる瞬間を見るのは初めてで、完成までの時間はそう長く感じなかった。 お金を払ってお礼を言い、参道に戻りつつそれを頬張る。 チョコの甘さとバナナのどろりとした甘味が……って、この味は何処かで……。 「よく考えたらこれ、チョコバナナと被ってるじゃない。なんだか同じもの食べてる感じだわ……」 「ドジだなーかがみは。私はちゃんとそれを考えてイチゴを選んだんだよ」 こなたはクレープを両手で持って少しずつ、それこそ小動物のように食べている。 愛くるしさが身体全体から溢れだしているようだ。 繋いでいた手を離したのは残念だけど、片手じゃ食べづらいから、仕方がない。 しばらくぼーっと見つめていると、不意にこなたが顔を上げて、こっちを見てきた。 また何か言われるのかなと身構える。 すると急に、目の前にイチゴのクレープが突き出された。 「はいかがみ、あーん」 「誰がするか! 誰かに見られてたらどうするのよ」 「こんな所誰も見てないって。それに、他の種類のクレープを食べてみたいんでしょ」 「そ、それは……」 「恥ずかしがらなくてもいいって。ほら、あーん」 「……あ、あーん」 イチゴの酸味と甘味、生クリームのとろけるような柔らかさ、生地の温かさ。 そしてこれは……こなたとの間接キス、ってこと……。 もちろん私が食べたクレープをこなたも食べるんだから、こなたも私と間接キスしたわけで……。 そう思うなり、突然胸がうずうずしてきた。何ともいえない、不思議な気持ち。 これが何なのかは分かってる。でも、 こんなことでひそかに悦に浸っている自分が、情けなく思えてきた。 何やってるんだろうな、私。 手を繋いでたのだって、こなたとはぐれないようにする為。 いわば保護者みたいな感じだ。 結局、何も進展していない。 自分のクレープを一口、かじる。 「ねぇ、かがみ」 「ぇ、何?」 不意に声をかけられて、思わず生返事をする。 こなたは胸の前でクレープを掴んで、私を見上げていた。 少しだけ微笑んだ表情で、 「おいしい?」 「……ええ。とっても」 「そう。良かったぁ」 こなたが安堵の吐息を吐いたのが、空に消え行く白で分かる。 こなたは私をここまで連れてきてくれた。それは多分、私に食べて欲しかったから。 やっぱり提案した側としては、こういうことしたくなるのかしらね。 だから、気の利いた言葉が浮かばないけど、 「こなた……ありがと」 「……うん」 こなたの表情は、逆光になってよく見えなかった。 その代わりに目にはいった参道は、端から見るとそれこそ川の水が全て人になったような感じだ。 今まであの中にいたのかと思うと、ぞっとしてくる。 かといって、ここにじっとしているのも時間が惜しい気がする。 「じゃ、戻りましょ」 言って、流れに加わろうとしたその時、 「待って!」 いきなり左手を掴まれた。 こなたが凄い力で私の手を握って、引きとめていた。 「手繋ぐの、忘れてるよ。またはぐれたらどうするの?」 「あ、ごめん。……これでいい?」 痺れる手に力を込めて握り返す。 表面の冷たさと、芯の温かさが伝わってくる。 こなたの小さな手を、今度は私が包み込んだ。 すっかり冷えた肌を温めるように。 夢でも幻想でもない、リアルな感覚。 まだ繋がっていられる。肌を感じていられる。 それがとてつもなく嬉しかった。 いつまでもこうして、こなたと歩いていきたい。 どこまでも続いていくような参道の先を見つめながら、そんな希望を、胸に抱いた。 ● 境内までの道を往復するのは、あっという間だった。 闇の中に続いている参道の終わりまで辿り着くのに、時間はかからなかった。 そこにあるのは現実の閑散とした暗さだけ。 夢のような祭りの光と、現の闇の境界線。 外の人々は名残惜しそうに、足取り重く帰路についていた。 それを見送り、振り返って、元来た道を戻った。 もう、後はお参りするだけ。それだけで、こなたと二人きりの夢のような時間も終わりだ。 後十五分もあるだろうか。 もう私たちには、ほんの僅かな時間しか残されていなかった。 ……このまま、幻のまま、終わらせていいんだろうか。 きっと今日が終われば、もうこなたと手を繋ぐなんてこともないだろう。 夢幻の世界だからこそ叶えられた夢。 今じゃないと出来ないことがあると思う。 いつもと違う空気。いつもと違う光。いつもと違う音。いつもと違う雰囲気。 今を逃せば、もうチャンスは巡ってこないだろう。 この気持ちもいつもとは違うから、いつもに戻ったらきっと言い出せない。 多分、これが終わったら今の気持ちがいつもになる。こなたが好きだっていう気持ちだけが残る。 だから……、でも……。 「かがみ、何やってるの? 早く行こう」 「……え、ええ」 こなたに引っ張られるようにして、巨大な鳥居をくぐり、手水舎の横をすり抜け、門をまたいで奥に進んでいく。 拝殿までの通路は広く取られていたが、そこを埋め尽くすほどの人が、そこにいた。 携帯の液晶を見ると、もう十時前だった。 今日はいつになく時の流れが速い。 どうして、楽しい時間は早く過ぎ去ってしまうんだろう。 自分の感覚が恨めしい。 さすがに夜も遅くなってきたせいか、さっき見たときに比べると、幾分か参拝客は減っていた。 人と人の間にも、僅かな間隔が生まれている。 多少スペースが取れるようになっただけで、大して変わってないけどね。 終点である拝殿前の階段は、それでも人でいっぱいだった。 鈴の数が少なくて、それが混雑の原因になっている。 賽銭箱に次々と投げられるお金が、強力な白色の電灯に反射してきらりと光った。 「フード付きのコートでも着て前の方に立ってたら、すごい金額が手に入るんじゃないかな」 「あんた罰当たるわよ!」 「冗談だって。かがみはお賽銭何円入れるの?」 「え? まぁ、十円くらいかしらね」 「うわ、ケチだねかがみ」 「な、何よ、普通これくらいでしょ。あんたはいくら入れるのよ?」 「五円」 「少なっ! 私の半分じゃない」 「だってお賽銭なんて、何の得にもならないじゃん。これくらいで十分だよ」 「あんた言ってることがさっきと違うぞ」 「臨機応変といって欲しいね」 ほとんど身動きも取れないまま、前進していく。 いつの間にか、前後左右は背の高い大人に囲まれていた。 自分の位置もろくに把握できず、ただ背後からの圧力で身体が押し潰されそうだ。 「わっ、か、かがみっ」 不意に後ろ向きの波が生まれ、こなたがそれに揉まれて私と離れそうになる。 「こなたっ!」 急いで手に力を込めて、私の隣に引き寄せた。 こんなところで一度離れ離れになったら、そのままどんどん引き離されてしまうことだろう。 「大丈夫?」 「うん。ありがと、かがみ。助かったよ」 「こ、ここは特に人が多いんだから、はぐれちゃったら小さいあんたじゃ、すぐもみくちゃにされるわよ」 何言ってるんだろうな。 素直に受け止めたらいいのに、どうしてもそれが出来ない。 「わ、また私が気にしてることを! ……でも、かがみが守ってくれるから平気だよね」 「だ、誰があんたなんか……」 「照れちゃって~、かがみはやっぱり可愛いねー」 「う、うるさい!」 図星でも、それを認めるのが恥ずかしいから、否定する。 そうやって、いつも本当の自分を隠してきたのかもしれない。 でも、こなたには、そんな私の人に見せない気持ちも見透かされていた。 本当の私を理解してくれている人。 だから……。 前が開けて、鈴を鳴らす太い縄と、大きな賽銭箱が目に入る。 繋いだ手を外して、十円を投げ入れ、鈴を鳴らし、二拍手して拝んだ。 隣のこなたもそれに習う。 この神社に何のご利益があるかは分からないけど、願うことは一つだけ。 ――こなたと……。 きっと、この気持ちは抑えられない。 だから、もやもやした想いが残るくらいなら……。 ――私に、自分の気持ちを伝える勇気をください。 ● 「かがみは何お願いした?」 「え、まぁ……色々よ。あんたは?」 「私? 私も……色々だね」 「何よそれ」 階段を下りて、敷石の上を歩いていく。 手は、離したまま。こなたが求めなかったから。 ……人も少なくなってきたし、もう必要ないわよね。 今まで温もっていた左手が、風に晒されて冷たい。 指を動かしてあの感触を求めても、掴み取るのは虚空だけ。 隣にいるのに。 「あ、私ちょっとトイレ行ってくるね」 こなたは言うが早いか走り出し、人ごみの中に溶け込んでいった。 追いかける間もなく、一人取り残される。 こなたは、あっという間に私の元から離れていってしまった。 またすぐに戻ってくるのに、なんだかそれが酷く寂しい。 溜め息をついて、肩の力を抜いた。 久しぶりに一人になって、今日の出来事が走馬灯のように蘇ってくる。 こなたと話したこと、歩いたこと、手を繋いだこと……。 どれも鮮やかに刻まれている、大事な記憶。 これを糧にすれば、またしばらくは頑張れるかな。 ……そういえば。 遡るように思い出していって、ふと、気づいたことがある。 この祭りは何を祈願してるんだっけ。 さっきは結局うやむやになってしまって、みゆきから聞きそびれてしまっていた。 気づかなかったけど、よく考えたら、あの時のこなたは様子がおかしかった。 まるで何かを隠しているような……。 二人で楽しんでいるのに水を差すことになるかもしれないけど、どうしても気になって、みゆきに携帯で電話してみた。 数回のダイヤル音。 「……もしもし」 「あ、みゆき? 今電話、大丈夫?」 「かがみさんですか? ええ、構いませんよ」 みゆきの声には、周囲のノイズとともに、聞き取れないけどつかさの声も混じっていた。 一呼吸置いて、 「このお祭りって、何を祈願してるの?」 「さっきも仰っていた質問ですね。 このお祭りでは、無病息災、五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、それに縁結びと諸願成就を祈願しているんですよ」 「……そう、ありがと。じゃ、邪魔しちゃ悪いからもう切るわね」 「はい。頑張ってください、かがみさん」 後ろの方で、お姉ちゃん頑張れーというつかさの声が聞こえた。 その残響を耳に残しながら、携帯をしまう。 こなたは何でここの祭りに私たちを誘ったんだろう。 本当に、ネットのニュースで見たから? 分からないけど、でも。 ……決めた。 「お待たせ。いやぁ~凄い行列でさぁ」 小走りで駆けてくるこなた。その顔に浮かんでいる微笑。 きっとこのまま何もしなければ、私たちの関係はずっと続いていく。 友達として、多分、いつまでも。 楽しく、ふざけながら笑い合えると思う。 でも、それで私は満足できるの? 今じゃないと出来ないこと。それはたった一つ。一つだけ。 「こなた」 「え、何?」 「……来て」 ● 人で溢れた境内とは裏腹に、奥の林は静まり返っていた。 背の高い木々の枝は垂れ、狭い空間をより狭く見せている。 薄闇の中には外灯もなく、ぼんやりと近くが見える程度。 祭りの光も届かない。 たださざめきが、遠くから小さく聞こえていた。 そんな、不思議な場所。 でも。 隣にいるのにこなたは、何も喋らない。 私もなんとなく話しづらくて、何も言わない。 会話のないまま、ただ並んで立っている。 途切れることのない外の微かな喧騒を聞き、誰もいない世界にいるような錯覚を得た。 だから、注意は外面ではなく内面へと向かう。 真っ白になった意識が研ぎ澄まされていく。 こなたはここにいる。 手を伸ばせば届くし、抱きしめることも出来る距離。 向き合えば息がかかる距離。 十センチにも満たない距離。 そんな、ほんの僅かな隔たりの先に。 でも。 こんなに近くにいるのに、心は重ならない。 自分が動かないといけないのに、口の中が乾いて声が作れない。 何か言わなきゃ、そう思えば思うほど、何も出てこない。 ただ時間だけが過ぎていく。 遠くの祭りが徐々に終極に向かっていく感じがする。 「見て」 静かな闇の中に、声が響いた。 それは小さくてもはっきりと耳に聞こえ、すぐに風に乗って消えていく。 ここまで歩いてくる時も、ここに来てからも、聞けなかったこなたの声。 「星が、綺麗だよ」 横を見ると、こなたは顔を上げて上を眺めていた。 釣られるように、木々の開けた向こうにある空を見上げる。 暗い夜空の天辺には、小さな光がいくつも輝いていた。 端っこには、小さく欠けた月。 「……そうね」 そして目に入るのは、二つの光。 ここから見れば二つの星はくっつきそうだけど、本当はその間には何十光年もの距離がある。 遠い、気の遠くなりそうな道のり。 そしてどちらも動かず、近づくことはない。 私も、この距離を、隙間を埋めれない。もう少しなのに、これ以上近づけない。 抱きしめることも、向き合うことも出来ない。自分から手を繋ぐことすら出来ない。 私が、後一歩を踏み込めないから。 前に乗り出す勇気がないから。 私は、いつもそうだ。 自分の気持ちを、知らないうちに抑え込んでる。 それは、相手に拒まれるのが怖いから? 本当の自分を見せるのが恥ずかしいから? そんなのじゃ駄目だ。 もう、逃げるわけには行かない。 神様にもお願いしたんだ。勇気をくださいって。 だから、大丈夫。 しなかった後悔より、した後悔の方がきっといいはずだ。 多分、これが最初で最後のチャンス。 日常に戻ったら、二度とやってこない。 こんな夢のような世界だからこそ、実現できる願い。 今じゃないと出来ないこと。 今、出来ること。 こなたに、自分の気持ちを……伝えよう。 「あ、あのさ……」 「……何?」 振り向けなくて、ずっと見つめるのは遠くの空。 夜の風は立ち止まったままの肌に冷たく、木々の枝葉が大きく揺れた。 胸がドキドキと、凄い速さで脈打っている。 言おう、と思う。……言おう。 「わ、私! ……私ね」 こなたのことが、好き。 大好き。 ……今日まで気がつかなかったけど、ようやく、分かったの。 私にはこなたが必要なんだって。 こなたといると、いつも楽しかった。 もちろん、今日だって。 頭に浮かぶ、こなたの顔。 同時にこみ上げてくる、熱いもの。 可愛くて可愛くて、それでいて誰よりも私のことを分かってくれてる。 確証はないけど、そう思う。 だから、こなたといると安心出来た。心のよりどころだった。 思い切りつっこめたのも、こなただから。 こなたなら、笑ってくれる、分かってくれる。 そうやって、いつの間にか私は、こなたを求めてた。 ずっと一緒にいたいと思った。 私を受け止めて包んでくれる、こなたと……。 こなたとなら、そのままの私でいられるから。 何て言えばいいんだろう。 思いは溢れてくるのに、言葉にならない。 でも、溢れる思いは止まらない。 ほんの少し。 顔だけを横に向けて、こなたを見る。 目が合った。 思わず逸らそうとするけど、それに気づいたこなたは、 小さく笑った。 月の光に照らされたその笑顔は、とても怪しくて、 落ち葉を踏みしめて、向き合う。 そして一歩前に出て、 抱きしめた。 精一杯の力で。 包み込むというより、すがりつくように。 冷たくなった身体を、温めるように。 「……ずっと、気づかなかったの。好きな人がいるってことに。  すぐ近くにいたのに。いつも傍にいたのに。  ……でもね、今日、ようやく分かった。お祭りが、教えてくれた」 それは今しか、この雰囲気の中でしか言えないから。 「大好きだよ……こなた」 ……言えた。 この先どうなるのかは、もう分からない。 でも、どうなっても悔いはないと思う。 これが、私の精一杯だから。 ……こなた。 「!」 不意にこなたが、抱きしめていた腕を解いた。 そして、私と少し距離をとる。 それは、どういう……。 「かがみ」 私の名が呼ばれる。 だから、その声に、耳をすませた。 「……私も」 落ち葉を踏む、心地の良い音。 それが、一回、二回……。 「私もかがみが大好きっ!」 飛び込んで、 抱きついて、 しがみついてきた。 私を見上げてくるこなたは、いつものにやにやした笑いとは違う、はにかんだような笑みを見せた。 私も、釣られて笑う。 星と月に見守られた薄明るい林の中で、ずっと、そうしていた。 ● 「かがみ、このお祭りが、何を祈願してるか知ってる?」 「……知ってるわよ」 「そっか……」 「じゃぁ、私が神様に何をお願いしたか分かる?」 「分かるよ。かがみの考えそうなことだもの。……私のは?」 「分かるわよ。こなたが考えそうなことでしょ」 「……私ね、ここ、下見に来てたんだよ。どういうお祭りかも調べて、参道も歩いてみて、近くのお店も見て回って……。  お祭りの夜を、かがみと一緒に過ごしたかったから……」 「ええ……こなたのおかげよね。……ありがとう、こなた」 「ううん。こっちこそ、ありがとうね、かがみ」 境内に戻ると、まだ祭りは続いていた。 音も、光も、活気も、未だ衰えていない。 人は幾分疎らになってたけど、それでも十分多かった。 また、祭りの中に加わる。 提灯、外灯、遠くの屋台。 話し声。歩く音。鈴の響き。 それらが出迎えてくれて、周りは急に騒がしくなった。 どちらが先かは分からないけど、 手を差し出して、お互いの指を繋ぎあう。 感覚の研ぎ澄まされた指先が、こなたの指先に触れて、ぴりっと痺れた。 身体は凄く熱くて、でも、とても気持ちが良かった。 嬉しくて、夜中の風すら、心地よいと思えた。 「これが夢で、今日が終わったら現実に戻ったりなんて、しないわよね」 「そんなわけないじゃん。かがみは心配性だねぇ」 「でも、不安になるのよね。……こんなに幸せでいられると」 「かがみのおかげなんだから、そんなに謙虚にならなくていいんだよ」 それに、とこなたは言って、 「これで終わりじゃないんだよ。これから、作っていくんだから。  たくさんの、夢みたいで楽しい時間を」 今いるのは、夢のような、不思議な雰囲気の世界。 隣には、こなた。 これが、最初の二人の時間。 きっと、これからも、こなたは私のそばにいる。私はこなたの傍にいる。 この特別な日が終わっても、ずっと。 だから、徐々に終極に向かいつつも、まだまだ終わらない祭りの中を歩いていく。 祭りの喧騒の一員として。 祭りの調べの一翼として。 こなたと一緒に、 奏でていく。 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - 全身雷に打たれました -- 名無しさん (2009-08-18 00:30:02) - 凄く、凄くいいです。 &br()私、感動しました(ノ_・。) -- 無垢無垢 (2008-11-30 23:13:38)
こなたと二人。 二人きり。 二人で一緒に並んで、 夜でも賑やかで明るい参道を歩いていく。 さっきから胸がドキドキしている。 高鳴りが自分の耳にまで聞こえてきた。 こなたが、隣にいる。私の、すぐ横に。 それだけで身体が熱を持ち、頭が真っ白になっていく。 「かがみ、あっち行ってみない?」 「え……」 そう言って、こなたはまた参道の反対側へと向かった。 通行人も軽々と避けて奥に進み、すぐに視界から消えそうになる。 「あ、待ってよ!」 追いかけようとして、 突然横から来た人とぶつかった。 バランスを崩して身体がよろける。 倒れないように体勢を整えて、 そして見上げた視界に、こなたはいなかった。 雑踏の中で、こなたを見失ってしまった。 「……こなた?」 小さく名前を呼ぶけど、すぐにそれはざわめきでかき消される。 何処を見ても、人。知らない人。背の高い人。こなたの姿は何処にもない。 更に混雑してきた参道は、こなたを完全に隠してしまった。 「こなたー」 声を上げても、それは周囲の音と混ざり合って霧散していく。 こなたは具体的に何処に行くとも言ってないし、この人ごみの中じゃ、反対側に出ることも、身動きをとることすら出来ない。 ……もう、自分勝手なんだから。 折角二人きりになれたのに、何処かにいちゃって……。 離れ離れになったら、意味ないじゃない。 「こなたー!」 急に不安が襲ってきて、思わず叫ぶ。 でも、返事は返ってこなかった。 このまま、はぐれたままになっちゃうんじゃないか。 そう思うと、急にお腹が冷たくなってきた。焦燥感が生まれる。 ただでさえ人が多いんだから、一回はぐれたらそれっきりになる可能性だってある。 ……何とかして、探し出さなきゃ。 人を避けて、押しのけて、掻い潜って、走って、 ようやく、反対側の屋台の前に出た。 そして急いで左右を見回し、 「かがみ?」 不意に、後ろから声がした。 振り向くと、何事もなかったかのように立っているこなた。 ……人が、人が心配して探してたっていうのに、どうしてそんな平然としてられるのよ。 こなたが見えなくなって、不安だったのに、心細かったのに……。 「……あんたねぇ、一人で突っ走るんじゃないわよ。迷子になるところだったのよ?」 「え、いや~、てっきりついてきてるんだと思ってて……」 「私はあんたみたいに機敏に動けないのよ! ちゃんと、私のことも考えてよ。 ……怖かったんだから。こなたとはぐれちゃうんじゃないかと思って」 「ご、ごめん。……じゃあさ、」 瞬間、電撃が走ったかのように全身が痺れる。 左手に、ふわっとした柔らかい感触。 ぎゅっと、握り締められ、包まれる。 こなたの手に。 金縛りにあったみたいに、身体が硬直した。 動かない身体に、ただほのかな温もりが伝わってくる。 「ほら、こうすればもうはぐれないよ」 しっかりと結ばれた手。繋がった身体。 強く握られた手に、くすぐったさみたいな感じが生まれた。 手を見て、なんだか恥ずかしくなって、つい顔を背ける。 嬉しさが表情に出るのを隠すために。 この手を離したくないし、どこまでも一緒に、繋がっていたい。 叫びたい気持ちを抑えながら、そう、思った。 「……これであんたが迷子になることもなくなるわね」 「むー、小さいからってまたそんなこと言って! むしろ迷子になってたのはかがみの方じゃない」 「あんたが飛び出して何処かに行っちゃうのがいけないんでしょ」 ……ありがとう、こなた。 その思いを伝えるために、こなたの手を、もっと強く包み込んだ。 こなたの体温を感じる。私たちが繋がっている証。 まだまだ小さいけど、いつかはもっと深く大きくなるだろうか。 「うぅ……。でも、やっぱりかがみ、人押しのけてたね。私の言ったとおりだったよ」 「な、あ、あれは仕方ないじゃない。あんた探すのに必死だったんだから」 「かがみ、そんなに私のこと心配してくれてたんだー。嬉しいなぁ」 「そ、それより、今度からは気をつけなさいよ!」 「はいはい、分かってるって」 「……で、あんた何処に行こうとしてたのよ」 尋ねると、こなたは急に目を大きく見開いて、 「あ、そうだった。あっちにクレープ屋さんがあるんだよ」 「クレープって、別にその辺にもいっぱいあるじゃない。何も反対側までこなくても……」 「ちっちっ、分かってないなぁ、かがみは。とにかく、見れば分かるよ。行ってみよ」 私の手を引いて、駆け出す。 屋台の屋根の下、あまり人が通らない場所を、二人で走っていく。 速く、久しぶりに風を感じた。 人を避けながら、白熱灯の光を浴びながら、冬の逆風を切って辿り着いた先。 「え……」 「ほら、屋台とは違うのだよ、屋台とは」 参道から逸れた脇道。 カーブで外側が膨れたその道の上に止まっている、大きな移動販売の車。 そこには、長い行列が出来ていた。 「あれって、何売ってるの?」 「クレープだよ。ここのお店のはおいしくて人気があるんだって」 「この行列がそれを物語ってるわね」 参道の溢れんばかりの人を見た後だから少なく思えるけど、それでも寂れた脇道には十人ばかりの人が並んでいる。 その先端にある車には、クレープのメニューが書かれた看板が貼り付けられていた。 チョコレート、チョコバナナ、ストロベリー、ブルーベリー、アップル、キウイ……。 種類を見るたびに、それが包まれたクレープが頭に浮かんできて、口の中に想像の甘さが広がる。 「かがみ、どれにする?」 「えーと、ここはベタにチョコバナナにしようかしら。ソースだけじゃなくて、何かが入ってたほうが食べ応えがあるし。  あんたはどうするの?」 「私は……、じゃあ、イチゴにしよ」 「あんたイチゴ好きだっけ? てっきりチョコ系かと思ってたけど」 「私イチゴ好きだけど? それに凄く甘いものが食べたくなってね」 二人で列の最後尾に並ぶ。 参道から離れていても、その音ははっきりと聞こえてくる。 まだここは、祭りの中のようだ。 子供とそのお父さんが、袋に入ったクレープをかじりながら参道に戻っていくのと擦れ違った。 「……おいしそうねぇ」 「でしょ。ここはそこらへんの作り置きしてる屋台とは違って、その場で生地を焼いてくれるから、温かいままで食べれるんだよ」 脇道は緩やかな下り坂になっていて、ここからでも車内の様子が見える。 円い鉄板の上で薄く伸ばした円い生地が焼かれ、その上にトッピングが乗せられていた。 とにかく、おいしそうだ。 やがて私たちの順番が来て、宣言したとおりのクレープを買った。 クレープが作られる瞬間を見るのは初めてで、完成までの時間はそう長く感じなかった。 お金を払ってお礼を言い、参道に戻りつつそれを頬張る。 チョコの甘さとバナナのどろりとした甘味が……って、この味は何処かで……。 「よく考えたらこれ、チョコバナナと被ってるじゃない。なんだか同じもの食べてる感じだわ……」 「ドジだなーかがみは。私はちゃんとそれを考えてイチゴを選んだんだよ」 こなたはクレープを両手で持って少しずつ、それこそ小動物のように食べている。 愛くるしさが身体全体から溢れだしているようだ。 繋いでいた手を離したのは残念だけど、片手じゃ食べづらいから、仕方がない。 しばらくぼーっと見つめていると、不意にこなたが顔を上げて、こっちを見てきた。 また何か言われるのかなと身構える。 すると急に、目の前にイチゴのクレープが突き出された。 「はいかがみ、あーん」 「誰がするか! 誰かに見られてたらどうするのよ」 「こんな所誰も見てないって。それに、他の種類のクレープを食べてみたいんでしょ」 「そ、それは……」 「恥ずかしがらなくてもいいって。ほら、あーん」 「……あ、あーん」 イチゴの酸味と甘味、生クリームのとろけるような柔らかさ、生地の温かさ。 そしてこれは……こなたとの間接キス、ってこと……。 もちろん私が食べたクレープをこなたも食べるんだから、こなたも私と間接キスしたわけで……。 そう思うなり、突然胸がうずうずしてきた。何ともいえない、不思議な気持ち。 これが何なのかは分かってる。でも、 こんなことでひそかに悦に浸っている自分が、情けなく思えてきた。 何やってるんだろうな、私。 手を繋いでたのだって、こなたとはぐれないようにする為。 いわば保護者みたいな感じだ。 結局、何も進展していない。 自分のクレープを一口、かじる。 「ねぇ、かがみ」 「ぇ、何?」 不意に声をかけられて、思わず生返事をする。 こなたは胸の前でクレープを掴んで、私を見上げていた。 少しだけ微笑んだ表情で、 「おいしい?」 「……ええ。とっても」 「そう。良かったぁ」 こなたが安堵の吐息を吐いたのが、空に消え行く白で分かる。 こなたは私をここまで連れてきてくれた。それは多分、私に食べて欲しかったから。 やっぱり提案した側としては、こういうことしたくなるのかしらね。 だから、気の利いた言葉が浮かばないけど、 「こなた……ありがと」 「……うん」 こなたの表情は、逆光になってよく見えなかった。 その代わりに目にはいった参道は、端から見るとそれこそ川の水が全て人になったような感じだ。 今まであの中にいたのかと思うと、ぞっとしてくる。 かといって、ここにじっとしているのも時間が惜しい気がする。 「じゃ、戻りましょ」 言って、流れに加わろうとしたその時、 「待って!」 いきなり左手を掴まれた。 こなたが凄い力で私の手を握って、引きとめていた。 「手繋ぐの、忘れてるよ。またはぐれたらどうするの?」 「あ、ごめん。……これでいい?」 痺れる手に力を込めて握り返す。 表面の冷たさと、芯の温かさが伝わってくる。 こなたの小さな手を、今度は私が包み込んだ。 すっかり冷えた肌を温めるように。 夢でも幻想でもない、リアルな感覚。 まだ繋がっていられる。肌を感じていられる。 それがとてつもなく嬉しかった。 いつまでもこうして、こなたと歩いていきたい。 どこまでも続いていくような参道の先を見つめながら、そんな希望を、胸に抱いた。 ● 境内までの道を往復するのは、あっという間だった。 闇の中に続いている参道の終わりまで辿り着くのに、時間はかからなかった。 そこにあるのは現実の閑散とした暗さだけ。 夢のような祭りの光と、現の闇の境界線。 外の人々は名残惜しそうに、足取り重く帰路についていた。 それを見送り、振り返って、元来た道を戻った。 もう、後はお参りするだけ。それだけで、こなたと二人きりの夢のような時間も終わりだ。 後十五分もあるだろうか。 もう私たちには、ほんの僅かな時間しか残されていなかった。 ……このまま、幻のまま、終わらせていいんだろうか。 きっと今日が終われば、もうこなたと手を繋ぐなんてこともないだろう。 夢幻の世界だからこそ叶えられた夢。 今じゃないと出来ないことがあると思う。 いつもと違う空気。いつもと違う光。いつもと違う音。いつもと違う雰囲気。 今を逃せば、もうチャンスは巡ってこないだろう。 この気持ちもいつもとは違うから、いつもに戻ったらきっと言い出せない。 多分、これが終わったら今の気持ちがいつもになる。こなたが好きだっていう気持ちだけが残る。 だから……、でも……。 「かがみ、何やってるの? 早く行こう」 「……え、ええ」 こなたに引っ張られるようにして、巨大な鳥居をくぐり、手水舎の横をすり抜け、門をまたいで奥に進んでいく。 拝殿までの通路は広く取られていたが、そこを埋め尽くすほどの人が、そこにいた。 携帯の液晶を見ると、もう十時前だった。 今日はいつになく時の流れが速い。 どうして、楽しい時間は早く過ぎ去ってしまうんだろう。 自分の感覚が恨めしい。 さすがに夜も遅くなってきたせいか、さっき見たときに比べると、幾分か参拝客は減っていた。 人と人の間にも、僅かな間隔が生まれている。 多少スペースが取れるようになっただけで、大して変わってないけどね。 終点である拝殿前の階段は、それでも人でいっぱいだった。 鈴の数が少なくて、それが混雑の原因になっている。 賽銭箱に次々と投げられるお金が、強力な白色の電灯に反射してきらりと光った。 「フード付きのコートでも着て前の方に立ってたら、すごい金額が手に入るんじゃないかな」 「あんた罰当たるわよ!」 「冗談だって。かがみはお賽銭何円入れるの?」 「え? まぁ、十円くらいかしらね」 「うわ、ケチだねかがみ」 「な、何よ、普通これくらいでしょ。あんたはいくら入れるのよ?」 「五円」 「少なっ! 私の半分じゃない」 「だってお賽銭なんて、何の得にもならないじゃん。これくらいで十分だよ」 「あんた言ってることがさっきと違うぞ」 「臨機応変といって欲しいね」 ほとんど身動きも取れないまま、前進していく。 いつの間にか、前後左右は背の高い大人に囲まれていた。 自分の位置もろくに把握できず、ただ背後からの圧力で身体が押し潰されそうだ。 「わっ、か、かがみっ」 不意に後ろ向きの波が生まれ、こなたがそれに揉まれて私と離れそうになる。 「こなたっ!」 急いで手に力を込めて、私の隣に引き寄せた。 こんなところで一度離れ離れになったら、そのままどんどん引き離されてしまうことだろう。 「大丈夫?」 「うん。ありがと、かがみ。助かったよ」 「こ、ここは特に人が多いんだから、はぐれちゃったら小さいあんたじゃ、すぐもみくちゃにされるわよ」 何言ってるんだろうな。 素直に受け止めたらいいのに、どうしてもそれが出来ない。 「わ、また私が気にしてることを! ……でも、かがみが守ってくれるから平気だよね」 「だ、誰があんたなんか……」 「照れちゃって~、かがみはやっぱり可愛いねー」 「う、うるさい!」 図星でも、それを認めるのが恥ずかしいから、否定する。 そうやって、いつも本当の自分を隠してきたのかもしれない。 でも、こなたには、そんな私の人に見せない気持ちも見透かされていた。 本当の私を理解してくれている人。 だから……。 前が開けて、鈴を鳴らす太い縄と、大きな賽銭箱が目に入る。 繋いだ手を外して、十円を投げ入れ、鈴を鳴らし、二拍手して拝んだ。 隣のこなたもそれに習う。 この神社に何のご利益があるかは分からないけど、願うことは一つだけ。 ――こなたと……。 きっと、この気持ちは抑えられない。 だから、もやもやした想いが残るくらいなら……。 ――私に、自分の気持ちを伝える勇気をください。 ● 「かがみは何お願いした?」 「え、まぁ……色々よ。あんたは?」 「私? 私も……色々だね」 「何よそれ」 階段を下りて、敷石の上を歩いていく。 手は、離したまま。こなたが求めなかったから。 ……人も少なくなってきたし、もう必要ないわよね。 今まで温もっていた左手が、風に晒されて冷たい。 指を動かしてあの感触を求めても、掴み取るのは虚空だけ。 隣にいるのに。 「あ、私ちょっとトイレ行ってくるね」 こなたは言うが早いか走り出し、人ごみの中に溶け込んでいった。 追いかける間もなく、一人取り残される。 こなたは、あっという間に私の元から離れていってしまった。 またすぐに戻ってくるのに、なんだかそれが酷く寂しい。 溜め息をついて、肩の力を抜いた。 久しぶりに一人になって、今日の出来事が走馬灯のように蘇ってくる。 こなたと話したこと、歩いたこと、手を繋いだこと……。 どれも鮮やかに刻まれている、大事な記憶。 これを糧にすれば、またしばらくは頑張れるかな。 ……そういえば。 遡るように思い出していって、ふと、気づいたことがある。 この祭りは何を祈願してるんだっけ。 さっきは結局うやむやになってしまって、みゆきから聞きそびれてしまっていた。 気づかなかったけど、よく考えたら、あの時のこなたは様子がおかしかった。 まるで何かを隠しているような……。 二人で楽しんでいるのに水を差すことになるかもしれないけど、どうしても気になって、みゆきに携帯で電話してみた。 数回のダイヤル音。 「……もしもし」 「あ、みゆき? 今電話、大丈夫?」 「かがみさんですか? ええ、構いませんよ」 みゆきの声には、周囲のノイズとともに、聞き取れないけどつかさの声も混じっていた。 一呼吸置いて、 「このお祭りって、何を祈願してるの?」 「さっきも仰っていた質問ですね。 このお祭りでは、無病息災、五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、それに縁結びと諸願成就を祈願しているんですよ」 「……そう、ありがと。じゃ、邪魔しちゃ悪いからもう切るわね」 「はい。頑張ってください、かがみさん」 後ろの方で、お姉ちゃん頑張れーというつかさの声が聞こえた。 その残響を耳に残しながら、携帯をしまう。 こなたは何でここの祭りに私たちを誘ったんだろう。 本当に、ネットのニュースで見たから? 分からないけど、でも。 ……決めた。 「お待たせ。いやぁ~凄い行列でさぁ」 小走りで駆けてくるこなた。その顔に浮かんでいる微笑。 きっとこのまま何もしなければ、私たちの関係はずっと続いていく。 友達として、多分、いつまでも。 楽しく、ふざけながら笑い合えると思う。 でも、それで私は満足できるの? 今じゃないと出来ないこと。それはたった一つ。一つだけ。 「こなた」 「え、何?」 「……来て」 ● 人で溢れた境内とは裏腹に、奥の林は静まり返っていた。 背の高い木々の枝は垂れ、狭い空間をより狭く見せている。 薄闇の中には外灯もなく、ぼんやりと近くが見える程度。 祭りの光も届かない。 たださざめきが、遠くから小さく聞こえていた。 そんな、不思議な場所。 でも。 隣にいるのにこなたは、何も喋らない。 私もなんとなく話しづらくて、何も言わない。 会話のないまま、ただ並んで立っている。 途切れることのない外の微かな喧騒を聞き、誰もいない世界にいるような錯覚を得た。 だから、注意は外面ではなく内面へと向かう。 真っ白になった意識が研ぎ澄まされていく。 こなたはここにいる。 手を伸ばせば届くし、抱きしめることも出来る距離。 向き合えば息がかかる距離。 十センチにも満たない距離。 そんな、ほんの僅かな隔たりの先に。 でも。 こんなに近くにいるのに、心は重ならない。 自分が動かないといけないのに、口の中が乾いて声が作れない。 何か言わなきゃ、そう思えば思うほど、何も出てこない。 ただ時間だけが過ぎていく。 遠くの祭りが徐々に終極に向かっていく感じがする。 「見て」 静かな闇の中に、声が響いた。 それは小さくてもはっきりと耳に聞こえ、すぐに風に乗って消えていく。 ここまで歩いてくる時も、ここに来てからも、聞けなかったこなたの声。 「星が、綺麗だよ」 横を見ると、こなたは顔を上げて上を眺めていた。 釣られるように、木々の開けた向こうにある空を見上げる。 暗い夜空の天辺には、小さな光がいくつも輝いていた。 端っこには、小さく欠けた月。 「……そうね」 そして目に入るのは、二つの光。 ここから見れば二つの星はくっつきそうだけど、本当はその間には何十光年もの距離がある。 遠い、気の遠くなりそうな道のり。 そしてどちらも動かず、近づくことはない。 私も、この距離を、隙間を埋めれない。もう少しなのに、これ以上近づけない。 抱きしめることも、向き合うことも出来ない。自分から手を繋ぐことすら出来ない。 私が、後一歩を踏み込めないから。 前に乗り出す勇気がないから。 私は、いつもそうだ。 自分の気持ちを、知らないうちに抑え込んでる。 それは、相手に拒まれるのが怖いから? 本当の自分を見せるのが恥ずかしいから? そんなのじゃ駄目だ。 もう、逃げるわけには行かない。 神様にもお願いしたんだ。勇気をくださいって。 だから、大丈夫。 しなかった後悔より、した後悔の方がきっといいはずだ。 多分、これが最初で最後のチャンス。 日常に戻ったら、二度とやってこない。 こんな夢のような世界だからこそ、実現できる願い。 今じゃないと出来ないこと。 今、出来ること。 こなたに、自分の気持ちを……伝えよう。 「あ、あのさ……」 「……何?」 振り向けなくて、ずっと見つめるのは遠くの空。 夜の風は立ち止まったままの肌に冷たく、木々の枝葉が大きく揺れた。 胸がドキドキと、凄い速さで脈打っている。 言おう、と思う。……言おう。 「わ、私! ……私ね」 こなたのことが、好き。 大好き。 ……今日まで気がつかなかったけど、ようやく、分かったの。 私にはこなたが必要なんだって。 こなたといると、いつも楽しかった。 もちろん、今日だって。 頭に浮かぶ、こなたの顔。 同時にこみ上げてくる、熱いもの。 可愛くて可愛くて、それでいて誰よりも私のことを分かってくれてる。 確証はないけど、そう思う。 だから、こなたといると安心出来た。心のよりどころだった。 思い切りつっこめたのも、こなただから。 こなたなら、笑ってくれる、分かってくれる。 そうやって、いつの間にか私は、こなたを求めてた。 ずっと一緒にいたいと思った。 私を受け止めて包んでくれる、こなたと……。 こなたとなら、そのままの私でいられるから。 何て言えばいいんだろう。 思いは溢れてくるのに、言葉にならない。 でも、溢れる思いは止まらない。 ほんの少し。 顔だけを横に向けて、こなたを見る。 目が合った。 思わず逸らそうとするけど、それに気づいたこなたは、 小さく笑った。 月の光に照らされたその笑顔は、とても怪しくて、 落ち葉を踏みしめて、向き合う。 そして一歩前に出て、 抱きしめた。 精一杯の力で。 包み込むというより、すがりつくように。 冷たくなった身体を、温めるように。 「……ずっと、気づかなかったの。好きな人がいるってことに。  すぐ近くにいたのに。いつも傍にいたのに。  ……でもね、今日、ようやく分かった。お祭りが、教えてくれた」 それは今しか、この雰囲気の中でしか言えないから。 「大好きだよ……こなた」 ……言えた。 この先どうなるのかは、もう分からない。 でも、どうなっても悔いはないと思う。 これが、私の精一杯だから。 ……こなた。 「!」 不意にこなたが、抱きしめていた腕を解いた。 そして、私と少し距離をとる。 それは、どういう……。 「かがみ」 私の名が呼ばれる。 だから、その声に、耳をすませた。 「……私も」 落ち葉を踏む、心地の良い音。 それが、一回、二回……。 「私もかがみが大好きっ!」 飛び込んで、 抱きついて、 しがみついてきた。 私を見上げてくるこなたは、いつものにやにやした笑いとは違う、はにかんだような笑みを見せた。 私も、釣られて笑う。 星と月に見守られた薄明るい林の中で、ずっと、そうしていた。 ● 「かがみ、このお祭りが、何を祈願してるか知ってる?」 「……知ってるわよ」 「そっか……」 「じゃぁ、私が神様に何をお願いしたか分かる?」 「分かるよ。かがみの考えそうなことだもの。……私のは?」 「分かるわよ。こなたが考えそうなことでしょ」 「……私ね、ここ、下見に来てたんだよ。どういうお祭りかも調べて、参道も歩いてみて、近くのお店も見て回って……。  お祭りの夜を、かがみと一緒に過ごしたかったから……」 「ええ……こなたのおかげよね。……ありがとう、こなた」 「ううん。こっちこそ、ありがとうね、かがみ」 境内に戻ると、まだ祭りは続いていた。 音も、光も、活気も、未だ衰えていない。 人は幾分疎らになってたけど、それでも十分多かった。 また、祭りの中に加わる。 提灯、外灯、遠くの屋台。 話し声。歩く音。鈴の響き。 それらが出迎えてくれて、周りは急に騒がしくなった。 どちらが先かは分からないけど、 手を差し出して、お互いの指を繋ぎあう。 感覚の研ぎ澄まされた指先が、こなたの指先に触れて、ぴりっと痺れた。 身体は凄く熱くて、でも、とても気持ちが良かった。 嬉しくて、夜中の風すら、心地よいと思えた。 「これが夢で、今日が終わったら現実に戻ったりなんて、しないわよね」 「そんなわけないじゃん。かがみは心配性だねぇ」 「でも、不安になるのよね。……こんなに幸せでいられると」 「かがみのおかげなんだから、そんなに謙虚にならなくていいんだよ」 それに、とこなたは言って、 「これで終わりじゃないんだよ。これから、作っていくんだから。  たくさんの、夢みたいで楽しい時間を」 今いるのは、夢のような、不思議な雰囲気の世界。 隣には、こなた。 これが、最初の二人の時間。 きっと、これからも、こなたは私のそばにいる。私はこなたの傍にいる。 この特別な日が終わっても、ずっと。 だから、徐々に終極に向かいつつも、まだまだ終わらない祭りの中を歩いていく。 祭りの喧騒の一員として。 祭りの調べの一翼として。 こなたと一緒に、 奏でていく。 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - GJ!!(≧∀≦)b -- 名無しさん (2023-01-05 14:53:08) - 全身雷に打たれました -- 名無しさん (2009-08-18 00:30:02) - 凄く、凄くいいです。 &br()私、感動しました(ノ_・。) -- 無垢無垢 (2008-11-30 23:13:38)

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