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もっと速く」(2022/12/20 (火) 23:45:18) の最新版変更点

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傾き始めた太陽の光が、部屋に差し込む。 十二月ももう中ごろで、日差しには夏場のような力強さが感じられず、どこか弱々しかった。 目の前にはこなたがいて、私の漫画をわき目も振らずに読み続けていた。 そして私も同じ漫画を読んでいる。 会話はない。 徐々に部屋は暗くなっていくけど、電気をつけてもいない。 一時間ほど前に突然家に遊びに来てから、ずっとこんな感じだ。 どことなく、変な雰囲気だった。いつもなら、こなたが色々話しかけてくるんだけど、今日はそれがない。 私が何か言っても、うんとかそうなんだとか生返事をするばかり。そんなに漫画に集中してるのかしら。 そう思うと、なんとなく私も声をかけづらくて、部屋には静寂が下りてきてしまった。 薄暗闇の中、ただページをめくる音だけが耳に届く。 こなた、どうしちゃったのかしら。ただ読書に没頭してるだけなのか、それとも他に何か理由があるのか。 気になって、目はもう漫画を見ないで、ちらちらとこなたを観察していた。 こなたは虚ろな目で、漫画を読むというよりはぼんやりと眺めているように思える。 そして時たま、何かに焦ったようにページを何枚も高速でめくっていた。 どことなく、落ち着きがないように見える。どうしたんだろう。何か悩み事でもあるんだろうか。 それなら、相談してくれればいいのに。私なら、いつでもこなたの支えになってあげるんだから。 そんなことを考えながら眺めていると、こなたは膝の上あたりで掴んでいた漫画を、自分の顔の前へと持っていった。 こなたの顔が隠れ、代わりに漫画の表紙が目に入る。 そして表紙は少し前に傾いて、 「!」 本の谷型の隙間から、こっちを覗き込むこなたと、目が合った。 こなたは慌てて漫画で顔を隠す。 「ちょっとこなた、どうしたのよ」 「……え?」 反射的に声をかけていた。こなたは面食らったような表情で、漫画を下ろしてこちらを見つめてくる。 全ての動きが一瞬止まる。無言の中、冬の肌寒さだけが体に纏わりつく。 もう、思っていたことを全部言ってしまおう。 固まったままのこなたを、真っ直ぐに見据えて、続ける。 「さっきから何か変よ。普段色々話しかけてくれるのに、今日は全然喋んないし、漫画も読んでるのか読んでないのか分かんないし、 落ち着きがないし、こそこそこっちを見てくるし」 ざっと観察結果を並べて、自分なりの結論を出す。 「何か、悩みでもあるの?」 「それは……」 こなたは俯き加減で呟いて、でもその後の言葉は続かなかった。 やっぱり、思ったとおりだ。 「困ったことがあるんなら、私を頼ってくれていいのよ。私に出来ることがあれば、力になってあげるから」 我ながらありふれた言葉だと思う。でも、本当のこと。 こなたに悩みがあるなら、それを取り除いてあげたいって思う。 ずっとこなたと一緒にいるんだし、この子は何があっても全部自分で抱え込むような性格だし。 ほっとけないんだろうな、こなたのことが。 「うん……ありがと。でも、なんでもないよ」 「ほんと?」 こなたは顔を少しだけ上げて、力ない笑みで答えた。その声は弱々しくて、何か隠してる気がしてくる。 深く突っ込まない方がいいのかもしれないけど、それだとずっと抱え込んだままになるかもしれないから、 「ちゃんと話してくれないと、心配するじゃない。何かあったの?」 こなたはまた俯いて、黙ったままだったけれど、しばらくして意を決したように大きく顔を上げて、 「あのね……。かがみは、その……ク、クリスマスに何か予定ある?」 「え?」 突然話を逸らされた。それとも、これがこなたの悩み? いや、そんなわけないか。 「別に……ないけど?」 彼氏もいないしね。多分クリスマスの街は恋人たちでいっぱいなんだろうな。なんだか今から寂しくなってきた。 「でも、それがどうかしたの?」 「え、えっと、ね……」 こなたは目線を色んなところに向けて、しばらく時間を置いてから、 「クリスマス、一緒に過ごさない?」 私の方を見ないで、少し下のほうを見つめながら、今にも消えそうなか細い声で。 それを聞いて、私は安堵の気持ちで鼻から息を抜いた。 いきなり何を言い出すのかと思ったら……。 「いいけど、何で?」 「それは……」 こなたはまた言葉に詰まる。どうしてここで躊躇うのか分からないけど、私は待つことにした。 こなたが自分から言いだすまで。 言いたくなかったら言ってくれなくてもいいし、追求するつもりもない。それはこなたが決めることだから。 でも、本当に、今日のこなたは元気がないというか、何かが変だ。 また、長い沈黙がやってくる。 ぼんやりとオレンジ色に染まった薄暗い部屋の空気。 その向こう側にいるこなたは、俯いたまま横から差し込む光に照らされ、逆半身に影を作っている。 こんな、思いつめたような表情のこなたを見るのは初めてだった。 ……言いづらいのかな。 それなら、きっかけを作ってあげようか。 「恋人がいない同士で楽しもうってこと?」 「……違う!」 間髪いれずに否定された。こなたは勢いよく顔を上げて、 「そんなんじゃないよ、かがみ……」 声は竜頭蛇尾に小さくなっていった。 どういうことなんだろう。他に理由、それもあんなに強く否定するほどの大事な理由なんて……。 「それな……」 「か、かがみと一緒にいたいんだよ。恋人同士が一緒に過ごす、聖夜の日だから……」 え……。 「私ね、かがみのことが、大好きなんだよ。……女同士だけど、でも、友達って意味じゃなくて、本当に、愛してるんだよ」 それって、一体……。 私のことを、好き? 友達って意味じゃなくて……ええ!? 頭がパンクしそうで、でもこなたの声は鮮明に耳に入ってくる。 「ずっと言えなかったんだけど……、気づいたら、かがみのことばっかり考えるようになってたんだ。  かがみと話していたい、かがみと一緒にいたい、かがみに構ってもらいたいって」 ……こなたが、ずっとそんなことを考えてたなんて。 それなら、私をからかってきたのも、色々弄ってきたのも、全部……。 「かがみはツンデレで可愛いし、すぐに怒るけど、本当は周りに気配りが出来る優しい人だし」 もう何がなんだか全然わかんないのに、私の心は、驚くほど冷静だった。 全ての感情は、変わる状況の速さに置いていかれて、でも一つだけ、疑問が生まれる。 ……私は、どうなんだろう。 こなたのことをどう思ってるんだろう。 「最初はこの気持ちが何なのか自分でも分かんなかったんだけど、段々、ちょっとずつだけど、分かってきたんだよ」 ……私も、自分のことが分からない。こなたに抱いている気持ちが何なのかも。 「ああ、私はかがみのことが好きなんだなって。 それで、自覚するようになってからは、毎日が輝いてて、学校に行くのも楽しかった」 自覚。自分の気持ちを正直に見つめて、理解するってこと。 私は今、それが出来ているんだろうか。 「今日はかがみとどんな話をしようかな、どうやってからかおうかな、どんな反応をするのかなって、毎日わくわくしてたんだ」 多分私は何も自覚できてない。でも、 こなたは今、自分の心を理解して、私に気持ちをぶつけてきているんだから、 せめて自分自身とは、分かりあわないと。 「だから、ね。迷惑だっていうのは、分かってるけど、私は……私は……」 最後の方は、声になってなかった。 ただ、声にならない声が聞こえてくる。 俯いた顔から、何かが零れ落ちたのが見えた。それは淡い夕日を浴びて輝き、床に落ちて消えていった。 一つ、また一つと、光は床に落ちて溶けていく。 ……こなたはこんなにも頑張ってるのに。 好きな人に勇気を出して思いを伝えているのに。 私は、逃げてばかりなんじゃないの? こなただけを泣かせて。 力になりたかったくせに。 分かろうとしていたくせに。 今までずっと見てきたくせに。 小さな変化もすぐに感じ取っていたくせに。 気づいたら、こなたのことばかり考えていたくせに。 だったら、答えは一つじゃないの? ……好きな人を、泣かせたくない。 感情が、止まった状況に追いついてきた。 泣かないで、心の中でそう呟いて、そっとこなたの目の前まで行って、 「こなた、顔を上げて」 私に応じるように、こなたはゆっくりと私を見上げる。 目は赤くなっていて、そこから二つの光の筋が伸びていた。虚ろな感じに口を開けていた。 そこ目掛けて、 「んっ」 自分の唇を重ねる。 こなたの体がびくっと震える。それを抑えるように、首に腕を回して抱きしめた。 私達を照らしている冬の太陽のように、優しく、包み込むように。 柔らかくて、とても不思議な感じ。温かくて、熱くて、甘いような酸っぱいような……。 唇を離す。 目を開けて、至近距離のこなたを見つめる。 「か……がみ?」 こなたは困惑した表情で、ぼんやりと私を見つめ返してきた。 だから私は、大丈夫、って笑顔を作って、 「これが、私の答えよ」 こなたの目にはまだ涙が滲んでいる。 ごめんね、私が、自分の気持ちに気づかなくて。 でも、今は正直に言える。 「私も、こなたのこと、愛してるわよ」 こなたは呆けた顔になって、でも次の瞬間には、 「う、っえぇぇん、かがみぃぃ」 私の体に顔をうずめるように抱きついてきた。 よしよし。……全く、あんたも結構甘えんぼじゃない。 「……大丈夫だから、泣かないで」 そっと、頭を撫でてあげた。 ● もう随分傾いた太陽の光が、部屋に差し込む。 弱々しい日差しは、でも私たちを柔らかく照らして、夏よりもずっと温かく思えた。 隣にはこなたがいて、私と肩を寄せ合って、窓の外をぼんやりと眺めていた。 そして私も同じ窓の外を見ている。 会話はない。 やっぱり電気もつけてない。 でも、私達にはそんなもの必要なかった。 会話がなくても、私達は繋がっているし、触れ合ってる。 灯りがなくても、太陽がずっと照らしててくれる。 でも。 冬の日照時間は短い。 もうすぐ太陽は沈んで、夜がやってくる。 「ねえ、こなた。そろそろ、帰った方がいいんじゃない?」 こなたは外と、時計を交互に見て、 「……そだね。じゃ、そろそろ帰るよ」 あ~、どうしてそう、あからさまに沈んだ表情になるかなあ。 どうせまた明日会えるんだし、今日もさっきまでずっと話をしてたじゃない。 だから、そんな顔しないでよ。 こなたは立ち上がって、私を放って勝手に玄関まで歩き出した。 そして靴を履いて、哀しそうな顔で、 「それじゃ、また明日ね」 「……待ちなさいよ」 もう見かねて、こなたを呼び止めた。 「何? かがみ」 「駅まで送ってくわよ」 ● 町は全てが朱色に染まっていた。 走る道も、周りの家々も、木々も、電柱も。そして空も。 その中を、同じように橙色の光に照らされながら、自転車を漕いでいく。 ちらっと後ろを見ると、こなたが横向きに座ってこっちを見ていて、私と目が合った。 でも、今度はどちらも逸らしたりしない。 こなたが少しはにかんだ笑顔を見せたから、私も笑い返した。 冬の硬くて冷たい風が、顔に、手に刺さり、どんどん感覚が失われていく。 でも、寒いとは思わない。涼しくて、気持ちが良かった。 速度を緩めるつもりはなく、日が沈まないうちにと、ペダルを漕ぐ足に力を入れて、加速する。 軽快なスピードで、自転車は風を突き抜け、細い道を突き進んでいく。 速度が上がって、風がより強く吹きつけてくるけど、それすらも心地よかった。 「寒くない?」 「もちろん! かがみにくっついてるから、平気だよ」 「ま、町中なんだから大声で言わないでよ。恥ずかしいじゃない」 「別にいいじゃん。周りなんて」 もう……。 一度周りを見回す。 ……そろそろ駅か。 出来れば、このままずっと走っていたいけど、そうもいかないわよね。 二人っきりで、どこまでも、こんな気持ちのいい風に乗って走り続けたい。 何かに捉われることもなく、この広い世界を。 「ねえ、かがみ!」 こなたが元気よく私を呼ぶ。 「何? こなた」 「これで、どこまで行けるの?」 ……それは。――そんなの、決まってるじゃない。 冷えた風を纏いながら、ぼんやりとした温もりの夕日を浴びながら、考える間もなくすぐに答えた。 「どこまででも!」 「じゃあさ!」 こなたは、今までで一番大きい声で。 「まずは私の家まで、連れてってくれる?」 「……当たり前じゃない!」 私も、今までで一番大きな声で返す。 「速度上げるから、掴まっててよ」 「うん!」 更に加速する。 茜色の中を、一直線に駆け抜けていく。 全てのものを後ろに置いて。 もう誰にも止められる気はしない。 風を切り裂き、硬い空気をいくつも体にぶつけながら。 もう体中が冷えてきて感覚がなくなってるけど、火照った体にはちょうど良い。 それに背中だけは、こなたがいるから温かい。 「気持ちいいわね」 「うん」 こなたが両腕を私のお腹に回して、後ろからもたれかかってきた。 「かがみの背中、あったかくて気持ちいいよ」 そっちかよ。いや……嬉しいんだけどさ。 「うにゅぅぅぅ、かがみん、だーいすき」 「バ、バカ……。こんなところで言わないでよ」 町中なのに、恥ずかしいじゃない。 そして頬擦りをされてるような感覚が背中に来る。 撫でられているようで、くすぐったかった。 「えー、かがみは私のことキライ?」 「そ、そんなわけじゃないわよ」 「じゃ、町中に聞こえるくらい大きな声で伝えてよ」 「な、なんで私が……」 「ううっ、やっぱりかがみ、本当は私のこと……」 「あー、分かったわよ。い、言えばいいんでしょ言えば」 もうこうなったら、やってやる。 軽く息を吐いて、大きく空気を吸い込んで、 夕方の町に、響き渡れと、 「私も!」 あの空まで、どこまでも届けと、 「こなたのことが……大好き!」 叫ぶ。 言い終わった途端、恥ずかしさが襲ってきた。 ……私は町中で何を叫んでるんだ。 うわー。 考えれば考えるほど悴んでいた全身が熱くなっていく。 誰かに聞かれたりしてないわよね……。 「う~ん、かがみは大胆だね。ドキドキしちゃったよ」 こなたはそう言って、笑った。何の屈託もない、楽しそうな声で。 私も、つられて笑った。 時が止まったような不思議な世界。 走る道も、周りの家々も、木々も、電柱も、風すらも後ろに流して、私達は進んでいく。 ふと空を見上げると、何羽もの鳥が黒い陰となって茜色の空を飛んでいた。その後ろには、雲。 小さな雲は淡い橙色に照らされ、澄んだ空気の中をゆったりと流れている。 何かに遮られることもなく。広い大空を。 あの雲を、追いかけてみようか。いつまでも、どこまでも。 こなたを乗せて走ってるだけで、本当に楽しくて、自然と力があふれてくる。 だから、 加速した。 誰にも触れられないように。 二人だけでいられるように。 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - 2人お幸せに! -- かがみんラブ (2012-09-19 23:21:21) - 更新履歴から来ました・・・今までこの良作を見逃していたなんて一体? &br()GJですよ~作者様、これからも期待してます。 -- kk (2011-01-06 00:12:09) - GJ!! クリスマス編希望 -- 名無しさん (2011-01-05 21:41:47)
傾き始めた太陽の光が、部屋に差し込む。 十二月ももう中ごろで、日差しには夏場のような力強さが感じられず、どこか弱々しかった。 目の前にはこなたがいて、私の漫画をわき目も振らずに読み続けていた。 そして私も同じ漫画を読んでいる。 会話はない。 徐々に部屋は暗くなっていくけど、電気をつけてもいない。 一時間ほど前に突然家に遊びに来てから、ずっとこんな感じだ。 どことなく、変な雰囲気だった。いつもなら、こなたが色々話しかけてくるんだけど、今日はそれがない。 私が何か言っても、うんとかそうなんだとか生返事をするばかり。そんなに漫画に集中してるのかしら。 そう思うと、なんとなく私も声をかけづらくて、部屋には静寂が下りてきてしまった。 薄暗闇の中、ただページをめくる音だけが耳に届く。 こなた、どうしちゃったのかしら。ただ読書に没頭してるだけなのか、それとも他に何か理由があるのか。 気になって、目はもう漫画を見ないで、ちらちらとこなたを観察していた。 こなたは虚ろな目で、漫画を読むというよりはぼんやりと眺めているように思える。 そして時たま、何かに焦ったようにページを何枚も高速でめくっていた。 どことなく、落ち着きがないように見える。どうしたんだろう。何か悩み事でもあるんだろうか。 それなら、相談してくれればいいのに。私なら、いつでもこなたの支えになってあげるんだから。 そんなことを考えながら眺めていると、こなたは膝の上あたりで掴んでいた漫画を、自分の顔の前へと持っていった。 こなたの顔が隠れ、代わりに漫画の表紙が目に入る。 そして表紙は少し前に傾いて、 「!」 本の谷型の隙間から、こっちを覗き込むこなたと、目が合った。 こなたは慌てて漫画で顔を隠す。 「ちょっとこなた、どうしたのよ」 「……え?」 反射的に声をかけていた。こなたは面食らったような表情で、漫画を下ろしてこちらを見つめてくる。 全ての動きが一瞬止まる。無言の中、冬の肌寒さだけが体に纏わりつく。 もう、思っていたことを全部言ってしまおう。 固まったままのこなたを、真っ直ぐに見据えて、続ける。 「さっきから何か変よ。普段色々話しかけてくれるのに、今日は全然喋んないし、漫画も読んでるのか読んでないのか分かんないし、 落ち着きがないし、こそこそこっちを見てくるし」 ざっと観察結果を並べて、自分なりの結論を出す。 「何か、悩みでもあるの?」 「それは……」 こなたは俯き加減で呟いて、でもその後の言葉は続かなかった。 やっぱり、思ったとおりだ。 「困ったことがあるんなら、私を頼ってくれていいのよ。私に出来ることがあれば、力になってあげるから」 我ながらありふれた言葉だと思う。でも、本当のこと。 こなたに悩みがあるなら、それを取り除いてあげたいって思う。 ずっとこなたと一緒にいるんだし、この子は何があっても全部自分で抱え込むような性格だし。 ほっとけないんだろうな、こなたのことが。 「うん……ありがと。でも、なんでもないよ」 「ほんと?」 こなたは顔を少しだけ上げて、力ない笑みで答えた。その声は弱々しくて、何か隠してる気がしてくる。 深く突っ込まない方がいいのかもしれないけど、それだとずっと抱え込んだままになるかもしれないから、 「ちゃんと話してくれないと、心配するじゃない。何かあったの?」 こなたはまた俯いて、黙ったままだったけれど、しばらくして意を決したように大きく顔を上げて、 「あのね……。かがみは、その……ク、クリスマスに何か予定ある?」 「え?」 突然話を逸らされた。それとも、これがこなたの悩み? いや、そんなわけないか。 「別に……ないけど?」 彼氏もいないしね。多分クリスマスの街は恋人たちでいっぱいなんだろうな。なんだか今から寂しくなってきた。 「でも、それがどうかしたの?」 「え、えっと、ね……」 こなたは目線を色んなところに向けて、しばらく時間を置いてから、 「クリスマス、一緒に過ごさない?」 私の方を見ないで、少し下のほうを見つめながら、今にも消えそうなか細い声で。 それを聞いて、私は安堵の気持ちで鼻から息を抜いた。 いきなり何を言い出すのかと思ったら……。 「いいけど、何で?」 「それは……」 こなたはまた言葉に詰まる。どうしてここで躊躇うのか分からないけど、私は待つことにした。 こなたが自分から言いだすまで。 言いたくなかったら言ってくれなくてもいいし、追求するつもりもない。それはこなたが決めることだから。 でも、本当に、今日のこなたは元気がないというか、何かが変だ。 また、長い沈黙がやってくる。 ぼんやりとオレンジ色に染まった薄暗い部屋の空気。 その向こう側にいるこなたは、俯いたまま横から差し込む光に照らされ、逆半身に影を作っている。 こんな、思いつめたような表情のこなたを見るのは初めてだった。 ……言いづらいのかな。 それなら、きっかけを作ってあげようか。 「恋人がいない同士で楽しもうってこと?」 「……違う!」 間髪いれずに否定された。こなたは勢いよく顔を上げて、 「そんなんじゃないよ、かがみ……」 声は竜頭蛇尾に小さくなっていった。 どういうことなんだろう。他に理由、それもあんなに強く否定するほどの大事な理由なんて……。 「それな……」 「か、かがみと一緒にいたいんだよ。恋人同士が一緒に過ごす、聖夜の日だから……」 え……。 「私ね、かがみのことが、大好きなんだよ。……女同士だけど、でも、友達って意味じゃなくて、本当に、愛してるんだよ」 それって、一体……。 私のことを、好き? 友達って意味じゃなくて……ええ!? 頭がパンクしそうで、でもこなたの声は鮮明に耳に入ってくる。 「ずっと言えなかったんだけど……、気づいたら、かがみのことばっかり考えるようになってたんだ。  かがみと話していたい、かがみと一緒にいたい、かがみに構ってもらいたいって」 ……こなたが、ずっとそんなことを考えてたなんて。 それなら、私をからかってきたのも、色々弄ってきたのも、全部……。 「かがみはツンデレで可愛いし、すぐに怒るけど、本当は周りに気配りが出来る優しい人だし」 もう何がなんだか全然わかんないのに、私の心は、驚くほど冷静だった。 全ての感情は、変わる状況の速さに置いていかれて、でも一つだけ、疑問が生まれる。 ……私は、どうなんだろう。 こなたのことをどう思ってるんだろう。 「最初はこの気持ちが何なのか自分でも分かんなかったんだけど、段々、ちょっとずつだけど、分かってきたんだよ」 ……私も、自分のことが分からない。こなたに抱いている気持ちが何なのかも。 「ああ、私はかがみのことが好きなんだなって。 それで、自覚するようになってからは、毎日が輝いてて、学校に行くのも楽しかった」 自覚。自分の気持ちを正直に見つめて、理解するってこと。 私は今、それが出来ているんだろうか。 「今日はかがみとどんな話をしようかな、どうやってからかおうかな、どんな反応をするのかなって、毎日わくわくしてたんだ」 多分私は何も自覚できてない。でも、 こなたは今、自分の心を理解して、私に気持ちをぶつけてきているんだから、 せめて自分自身とは、分かりあわないと。 「だから、ね。迷惑だっていうのは、分かってるけど、私は……私は……」 最後の方は、声になってなかった。 ただ、声にならない声が聞こえてくる。 俯いた顔から、何かが零れ落ちたのが見えた。それは淡い夕日を浴びて輝き、床に落ちて消えていった。 一つ、また一つと、光は床に落ちて溶けていく。 ……こなたはこんなにも頑張ってるのに。 好きな人に勇気を出して思いを伝えているのに。 私は、逃げてばかりなんじゃないの? こなただけを泣かせて。 力になりたかったくせに。 分かろうとしていたくせに。 今までずっと見てきたくせに。 小さな変化もすぐに感じ取っていたくせに。 気づいたら、こなたのことばかり考えていたくせに。 だったら、答えは一つじゃないの? ……好きな人を、泣かせたくない。 感情が、止まった状況に追いついてきた。 泣かないで、心の中でそう呟いて、そっとこなたの目の前まで行って、 「こなた、顔を上げて」 私に応じるように、こなたはゆっくりと私を見上げる。 目は赤くなっていて、そこから二つの光の筋が伸びていた。虚ろな感じに口を開けていた。 そこ目掛けて、 「んっ」 自分の唇を重ねる。 こなたの体がびくっと震える。それを抑えるように、首に腕を回して抱きしめた。 私達を照らしている冬の太陽のように、優しく、包み込むように。 柔らかくて、とても不思議な感じ。温かくて、熱くて、甘いような酸っぱいような……。 唇を離す。 目を開けて、至近距離のこなたを見つめる。 「か……がみ?」 こなたは困惑した表情で、ぼんやりと私を見つめ返してきた。 だから私は、大丈夫、って笑顔を作って、 「これが、私の答えよ」 こなたの目にはまだ涙が滲んでいる。 ごめんね、私が、自分の気持ちに気づかなくて。 でも、今は正直に言える。 「私も、こなたのこと、愛してるわよ」 こなたは呆けた顔になって、でも次の瞬間には、 「う、っえぇぇん、かがみぃぃ」 私の体に顔をうずめるように抱きついてきた。 よしよし。……全く、あんたも結構甘えんぼじゃない。 「……大丈夫だから、泣かないで」 そっと、頭を撫でてあげた。 ● もう随分傾いた太陽の光が、部屋に差し込む。 弱々しい日差しは、でも私たちを柔らかく照らして、夏よりもずっと温かく思えた。 隣にはこなたがいて、私と肩を寄せ合って、窓の外をぼんやりと眺めていた。 そして私も同じ窓の外を見ている。 会話はない。 やっぱり電気もつけてない。 でも、私達にはそんなもの必要なかった。 会話がなくても、私達は繋がっているし、触れ合ってる。 灯りがなくても、太陽がずっと照らしててくれる。 でも。 冬の日照時間は短い。 もうすぐ太陽は沈んで、夜がやってくる。 「ねえ、こなた。そろそろ、帰った方がいいんじゃない?」 こなたは外と、時計を交互に見て、 「……そだね。じゃ、そろそろ帰るよ」 あ~、どうしてそう、あからさまに沈んだ表情になるかなあ。 どうせまた明日会えるんだし、今日もさっきまでずっと話をしてたじゃない。 だから、そんな顔しないでよ。 こなたは立ち上がって、私を放って勝手に玄関まで歩き出した。 そして靴を履いて、哀しそうな顔で、 「それじゃ、また明日ね」 「……待ちなさいよ」 もう見かねて、こなたを呼び止めた。 「何? かがみ」 「駅まで送ってくわよ」 ● 町は全てが朱色に染まっていた。 走る道も、周りの家々も、木々も、電柱も。そして空も。 その中を、同じように橙色の光に照らされながら、自転車を漕いでいく。 ちらっと後ろを見ると、こなたが横向きに座ってこっちを見ていて、私と目が合った。 でも、今度はどちらも逸らしたりしない。 こなたが少しはにかんだ笑顔を見せたから、私も笑い返した。 冬の硬くて冷たい風が、顔に、手に刺さり、どんどん感覚が失われていく。 でも、寒いとは思わない。涼しくて、気持ちが良かった。 速度を緩めるつもりはなく、日が沈まないうちにと、ペダルを漕ぐ足に力を入れて、加速する。 軽快なスピードで、自転車は風を突き抜け、細い道を突き進んでいく。 速度が上がって、風がより強く吹きつけてくるけど、それすらも心地よかった。 「寒くない?」 「もちろん! かがみにくっついてるから、平気だよ」 「ま、町中なんだから大声で言わないでよ。恥ずかしいじゃない」 「別にいいじゃん。周りなんて」 もう……。 一度周りを見回す。 ……そろそろ駅か。 出来れば、このままずっと走っていたいけど、そうもいかないわよね。 二人っきりで、どこまでも、こんな気持ちのいい風に乗って走り続けたい。 何かに捉われることもなく、この広い世界を。 「ねえ、かがみ!」 こなたが元気よく私を呼ぶ。 「何? こなた」 「これで、どこまで行けるの?」 ……それは。――そんなの、決まってるじゃない。 冷えた風を纏いながら、ぼんやりとした温もりの夕日を浴びながら、考える間もなくすぐに答えた。 「どこまででも!」 「じゃあさ!」 こなたは、今までで一番大きい声で。 「まずは私の家まで、連れてってくれる?」 「……当たり前じゃない!」 私も、今までで一番大きな声で返す。 「速度上げるから、掴まっててよ」 「うん!」 更に加速する。 茜色の中を、一直線に駆け抜けていく。 全てのものを後ろに置いて。 もう誰にも止められる気はしない。 風を切り裂き、硬い空気をいくつも体にぶつけながら。 もう体中が冷えてきて感覚がなくなってるけど、火照った体にはちょうど良い。 それに背中だけは、こなたがいるから温かい。 「気持ちいいわね」 「うん」 こなたが両腕を私のお腹に回して、後ろからもたれかかってきた。 「かがみの背中、あったかくて気持ちいいよ」 そっちかよ。いや……嬉しいんだけどさ。 「うにゅぅぅぅ、かがみん、だーいすき」 「バ、バカ……。こんなところで言わないでよ」 町中なのに、恥ずかしいじゃない。 そして頬擦りをされてるような感覚が背中に来る。 撫でられているようで、くすぐったかった。 「えー、かがみは私のことキライ?」 「そ、そんなわけじゃないわよ」 「じゃ、町中に聞こえるくらい大きな声で伝えてよ」 「な、なんで私が……」 「ううっ、やっぱりかがみ、本当は私のこと……」 「あー、分かったわよ。い、言えばいいんでしょ言えば」 もうこうなったら、やってやる。 軽く息を吐いて、大きく空気を吸い込んで、 夕方の町に、響き渡れと、 「私も!」 あの空まで、どこまでも届けと、 「こなたのことが……大好き!」 叫ぶ。 言い終わった途端、恥ずかしさが襲ってきた。 ……私は町中で何を叫んでるんだ。 うわー。 考えれば考えるほど悴んでいた全身が熱くなっていく。 誰かに聞かれたりしてないわよね……。 「う~ん、かがみは大胆だね。ドキドキしちゃったよ」 こなたはそう言って、笑った。何の屈託もない、楽しそうな声で。 私も、つられて笑った。 時が止まったような不思議な世界。 走る道も、周りの家々も、木々も、電柱も、風すらも後ろに流して、私達は進んでいく。 ふと空を見上げると、何羽もの鳥が黒い陰となって茜色の空を飛んでいた。その後ろには、雲。 小さな雲は淡い橙色に照らされ、澄んだ空気の中をゆったりと流れている。 何かに遮られることもなく。広い大空を。 あの雲を、追いかけてみようか。いつまでも、どこまでも。 こなたを乗せて走ってるだけで、本当に楽しくて、自然と力があふれてくる。 だから、 加速した。 誰にも触れられないように。 二人だけでいられるように。 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - GJ! -- 名無しさん (2022-12-20 23:45:18) - 2人お幸せに! -- かがみんラブ (2012-09-19 23:21:21) - 更新履歴から来ました・・・今までこの良作を見逃していたなんて一体? &br()GJですよ~作者様、これからも期待してます。 -- kk (2011-01-06 00:12:09) - GJ!! クリスマス編希望 -- 名無しさん (2011-01-05 21:41:47)

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