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まえかがみ・ぱにっく! TFK」(2022/12/20 (火) 17:08:55) の最新版変更点

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 むー、と私はかがみを見て思わず唸った。  もちろん、このかがみはミラーの方で私の友達じゃない。でも私の頭の中では その鏡面に必死で笑いを堪える友人のイメージが見えた。  あ!耐え切れずにふきだしたなー!! くそう、ツンデレのくせにー! …って 何一人でやってるんだろ。  自分の妄想に向けられた理不尽な怒りを振り払うように首を左右に振ると、その動きに 少し遅れて私の髪も左右に揺れた。  いつもと同じ――お母さんと同じ、私の自慢の長い髪。  …前髪だけはいつもと同じじゃないけど。  さんざん長いモノローグを続けてきたが、冒頭の唸り声の理由はこのいつもより短い 前髪であり、私の不機嫌さの原因もこの前髪である。  以下回想。  今朝方、珍しく早く起きた私はこれまた珍しく余裕のある登校準備の最中に 急に前髪を整えようと思い立った。 (はい、オチが見えたって人はお口にチャック!)  フルメタTSRのOPを口ずさみながら鏡に向かい、慎重に前髪にハサミをあてて毛先をそろえる。 (そういえばアニメにも髪を切るシーンがあったっけ…)  自然と私の脳裏にはTSRの本編映像が浮かんだ。  あーごめん、以下シーン紹介するから未見の人は気をつけてね。  主人公のソウスケの伸びた黒髪をヒロインのかなめが切るという、ヤマカン演出が 冴えまくりなTSR屈指の名シーン。  手短に解説すると、傭兵として戦火を生きて来たソウスケは身動きの出来ない状態で 刃物を持った相手が傍にいることに耐えられない。だから美容室でカットなんて出来ないので 髪は伸び伸び。  けれども不思議とかなめに髪を切られるのは平気で、しまいにはカットの最中に眠ってしまう。 歴戦の傭兵が警戒心を解くということ。そこにはかなめへの信頼とソウスケ自身も 気付いていない想いがある。  かなめはその事実に気付いているのかいないのか、無防備なソウスケの表情に そっと唇を近づける…ってシーン。 (いやーあの時キスしてればね~)  と残念に思いながら、あの場面を思い返す度に考えることを私はやっぱり考えた。 (まあ先のことがわかっていたとしてもきっとしなかったんだろうけどさ)  なぜならかなめにものすごく感情移入していた私には、あの時のかなめの気持ちがよくわかるからだ。 (ファーストキスだもん、やっぱりお互いの気持ちが通じ合った時にしたいよね…)  そしてやっぱり少し気恥ずかしくなる。そんなことを考える自分に違和感アリアリの アリーヴェデルチだ。 (でも…)  と私は想像の中のかなめに再び自分を重ねる。好きな人が傍にいて、その人と 二人きりで――そしてその人が自分が傍にいることに安らぎを感じてくれていると分かったら どれほど嬉しく感じるだろうか。  あどけない寝顔を見ながら前髪にハサミをあてて切る。無防備な唇に目を奪われるが、 そこはぐっと我慢だ。 (でも…おでこにキスぐらいならいいよね?)  と薄紫色の前髪をかきあげ唇を近付けて――って、薄紫色?!?!?  ジョキ。 「あ」  ぱらり。  私の目の前を落ちていく髪の毛は黒でも薄紫でもなく―― 「ああああああああああ????!!!!」  というのが今朝の出来事である。  それから私の大声に驚いて飛び込んで来たお父さんに笑われて私の機嫌は最悪なものとなった。 (ふん、もう当分口聞いてあげないもんね!)  あの後応急処置でなんとか恰好はつけたし、ゆーちゃんは「大丈夫、すぐ伸びるよ」って なぐさめてくれたけど(ゆーちゃんは良い子、可愛い良い子)やっぱり鏡で見ると短い。  私はもう今朝から何度目かわからない溜息をついた。  朝からこうやって何度も鏡を見ては溜息をついている。鏡の中のかがみは間抜けに短い 私の前髪――それとも間抜けな私?――を見て笑っている。それが余計に私を苛立たせ、 憂鬱にさせるのだ。 (あー、もう学校休んじゃおうかな…)  チラリと横目で時計を見ると、そろそろ家を出ないと遅刻確定な時間になっていた。 (でも待ち合わせすっぽかしたらかがみ怒るよね)  前一度ネトゲのやりすぎで寝坊したらすごい怒られたことがある。 (ここで凹んでてもしかたないか…かがみはともかく、つかさを待たせちゃ悪いもんね)  と、最後にもう一度溜息をついて私は重い気分のまま腰を上げた。 「遅い!!今何時だと思ってるのよ!!」  春日部駅の西口を出た瞬間、かがみの怒った声が飛んで来た。  うぅ…ごめんよかがみ。そんなどこかの団長みたいに言ってもらっても 今のテンションじゃ何も返せないんだって。  いつもだったら「待たせたな瞬!!」くらい返せるんだけど。あー、一応 フォローしておくとアンドロメダね。 「…ごめん」  やっぱり口から出たのはそんな言葉だった。  それを受けてかがみの顔にクエスチョンマークが浮かぶ。別に気にしてくれなくてもいいのに。  …ギリギリまで待っててくれたことについてはものすごく嬉しいんだけどさ。 「こなちゃん、おはよ」  つかさは今日も元気そうだね。リボンもぴんぴんしてるし。 「おはよ、つかさ…あとかがみ。待たせてごめんね、さ行こ」  軽く挨拶を返し、二人視線を避けるように先に立って歩きだす。  さいわい何も言わずとも二人は私の後ろをついてきてくれた。今の所は前髪の異変に 気付かれてはいなさそうだ。  停留所にはバスがちょうど来たところで、しかも朝のこの時間にしては珍しく 後部座席の6人掛けが空いていた。これはひょっとして朝からブルーな私に対しての ささやかなプレゼントなのかな?  そんな風に考えたら少し気持ちが軽くなった。 「こなた、あんたどうかしたの?今日なんだか変よ」  …と思ったらこう来たか。  いつも座席に座る時は進行方向向かって右からつかさ→かがみ→私。だから私が つかさの位置に座れば私→つかさ→かがみの順になると予想したのに、かがみは さも当然だと言うように私の隣に腰を下ろしてこっちを見てくる。  ううぅ、せっかく窓の外見ながら寝たフリしてれば学校まではやり過ごせると思ったのに…。 「うるさいなー、眠いんだからほっといてよ」  ちょっと不機嫌にそう返すと後頭部にかがみの視線がぶすりと刺さった。  あ~これは怒らせちゃったな。  そちらを見なくてもかがみが今どんな顔をしているか分かる。そのくらいはナガモンの感情を 読むより簡単。この後何を言えばかがみの機嫌が直ったり、かがみが許してくれるかも 分かるけど、今は言いたくなかった。 「こなちゃん、おねえちゃん怒ってるように見えるけど本当に心配してるんだよ?」  座席二つ分向こうから、つかさのひそひそ声が聞こえる。  いやそのフォローはかがみにも丸聞こえだって。  …それに分かってるよ、それくらい。私だって伊達にかがみと四六時中一緒にいるわけじゃ ないんだもん。学校と家を除けば家族以外でかがみと一緒にいた時間は高校三年間で一番多いと 自負してるし。 「そういう時には『オネエサマのことを想っていたら眠れませんでしたの』って言わなきゃ」  ぶっ、と私とかがみが同時にふきだした。 「つ、つかさ!!わたしのマリ見てまた勝手に読んだわね!!」 「っていうかその発言危険すぎるよ!?」  と(周りの乗客さんたちには聞こえないように)焦りまくる私とかがみに つかさはニッコリ微笑んだ。 「えへへ、こなちゃんやっとこっち向いてくれたね」  ……くそぅ、つかさめ。いつの間にかそんな孔明レベルになりおって。  そんな風に負け惜しみを心の中で言いながら、私は記憶の中の『かがみの所持している ラノベリスト』にマリ見てを追加しておいた。 「でもおねえちゃんが心配してるのは本当だよ。こなちゃんが落ち込んでる上に 前髪が短くなってて――」  ううっ…やっぱり気付かれてたか。  私が思わず前髪に手をあてて隠して下を向くと、かがみが不思議な顔になった。  あれ?想像(イメージ)と違うな。  鏡の中のかがみはニヤニヤしていたけど、ホンモノは色々な感情が混じった 複雑な表情をしている。寂しいのと怒ってるのと…あとは何だろう? どこかで 見たことがあるけど思いだせない。  そんな私の思考はつかさの次の台詞で宇宙の彼方に吹き飛んだ。 「――失恋でもしたんじゃないかって」  私があんぐり口を開けたのとかがみが焦ったようにつかさにツッコんだのは同時だった。 「つ、つかさ!またあんたは余計なことを!!」  ふっふ~ん? これはハッキリ言って前髪のことをごまかすチャンスですね。  ジャーン! ジャーン! ジャーン!という脳内のドラの音とともに、私は ここぞとばかりに真っ赤になったかがみをいじりたおす。 「かがみん、心配かけてごめんね。ねえねえ、どうしたの? お顔が真っ赤だよ? うわっ、お耳も真っ赤だ。かがみ病気なの?」 「……うるさい」  あ、しまった。  ちょっとやりすぎたのか、かがみは下を向いてしまった。これはこじらせると 後を引くパターンだとわかっているので、私は素直に謝ることにする。 「いや、本当に心配かけてごめんね。珍しく朝早く起きたんで前髪揃えてたら失敗しちゃってさ。 それでずっとブルーだったんだ」 「そっかぁ~、わたしも心配しちゃったよ。あ、さっきの失恋っていうのは冗談だからね」  つかさもかがみの扱いは心得ているのかすぐにフォローしてくれた。 「ほらほら、かがみ、顔上げて、機嫌直してくれないと…学校着いちゃうよ?」 「わ、わかったわよ…何よ二人して…」  ぶつぶつ言いながらもかがみは顔を上げてくれた。  うんうん、素直でよろしい! かがみは良い子、素直な良い子。 「でも結構自分で前髪揃えるのって難しいよね」  その良い流れのままつかさが話題を振ってくれた。  つかさ、どうしたんだろ? 今日はみゆきさんみたいにえらく気が利くなぁ。いや さすがにこれは失礼か(苦笑) 「そうだね、人にやってもらえば簡単なんだけど…お父さんにやってもらう訳にはいかないし、 ゆーちゃんだとちょっと照れ臭くてさ」 「わたしおねえちゃんたちに時々やってもらってるんだ~。でもおねえちゃんが一番上手かも」 「そ、そんなことないってば」  おうおう、また赤くなっちゃって。かがみは可愛いなぁ。  照れるかがみを見ていると私の中の何かが刺激されて、ついからかいたくなってしまう。 「それじゃあ、今度前髪を切るときはかがみに頼もうかな?」とニヤニヤしながら言ってみた。 「べ、別にいいけど…」  そうそう、まあ普通は面倒だし断るよね… 「って、ええっ??」  予想外の返事に今度は私の顔が熱くなる。 「何驚いてるのよ、言っておくけど料理みたいに下手っぴって訳じゃないんだからね」 「う、うん…じゃあ次の時にはかがみに頼むよ」 「よし!決まり!ちゃんと切ってほしい時はわたしに言うのよ?」  そう言ってかがみは笑った。  あう…その笑顔はなんだか反則だよ。  かがみの反則技に私の中のレフェリーも混乱したのか、思ってもみないような言葉が 口から飛び出した。 「あ、あのデスね! 言っておくけど髪を切るだけダカラ! 私が髪を切る間に寝ちゃっても キスとかしちゃダメダヨ?」  うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 何言ってるのボブ!!  そんなジャッジじゃモレノもびっくりだよ!!  ほ、ほらつかさもポカーンとしてるし!! かがみだって……あれ?かがみ?  かがみは何を想像したのか茹でダコのようになっている。うわー私も これくらい赤いんだろうなぁ…熱湯風呂コマーシャルに挑戦した竜ちゃんみたいに真っ赤だよ。  あれ?あれは熱湯じゃないのかな? いやそんなの関係ねぇ!!  ともかく私とかがみはハロゲンヒーターより高い熱をお互いに放射しあっていた。 「す、する訳無いでしょ!!」  たっぷり一分間ほど固まってかがみはようやく小さな声を絞り出す。  ゴメン、忘れて…お願い…  私もなんとかそれだけ絞り出そうとしたが口がパクパクと動くだけで言葉にならない。 「それに…」 という一言に続くかがみの唇の微かな動きに私の息は止まりそうになった。 (ファ、ファー…………だもん、やっぱり……………持ちが………った時に……)  読唇術を身につけていなかったことをこれほど後悔したことはない。  いや、単に目の錯覚に過ぎなかったのだろう。どうせ私の希望が入り込みすぎ――って もうだめ! 頭に血が昇りすぎて自分でも何を考えているのか分からなくなってきた。  そんな私たちをおかしそうに見ていたつかさの発した一言でついに私の頭は爆発した。 「セカンドレイドだったっけ?あのシーンって」 ゴトン! 私とかがみが爆発すると同時にバスが大きく揺れて私の頭とかがみの頭がキスをした。 終 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - かがみこなた真っ赤! -- かがみんラブ (2012-09-25 23:25:26)
 むー、と私はかがみを見て思わず唸った。  もちろん、このかがみはミラーの方で私の友達じゃない。でも私の頭の中では その鏡面に必死で笑いを堪える友人のイメージが見えた。  あ!耐え切れずにふきだしたなー!! くそう、ツンデレのくせにー! …って 何一人でやってるんだろ。  自分の妄想に向けられた理不尽な怒りを振り払うように首を左右に振ると、その動きに 少し遅れて私の髪も左右に揺れた。  いつもと同じ――お母さんと同じ、私の自慢の長い髪。  …前髪だけはいつもと同じじゃないけど。  さんざん長いモノローグを続けてきたが、冒頭の唸り声の理由はこのいつもより短い 前髪であり、私の不機嫌さの原因もこの前髪である。  以下回想。  今朝方、珍しく早く起きた私はこれまた珍しく余裕のある登校準備の最中に 急に前髪を整えようと思い立った。 (はい、オチが見えたって人はお口にチャック!)  フルメタTSRのOPを口ずさみながら鏡に向かい、慎重に前髪にハサミをあてて毛先をそろえる。 (そういえばアニメにも髪を切るシーンがあったっけ…)  自然と私の脳裏にはTSRの本編映像が浮かんだ。  あーごめん、以下シーン紹介するから未見の人は気をつけてね。  主人公のソウスケの伸びた黒髪をヒロインのかなめが切るという、ヤマカン演出が 冴えまくりなTSR屈指の名シーン。  手短に解説すると、傭兵として戦火を生きて来たソウスケは身動きの出来ない状態で 刃物を持った相手が傍にいることに耐えられない。だから美容室でカットなんて出来ないので 髪は伸び伸び。  けれども不思議とかなめに髪を切られるのは平気で、しまいにはカットの最中に眠ってしまう。 歴戦の傭兵が警戒心を解くということ。そこにはかなめへの信頼とソウスケ自身も 気付いていない想いがある。  かなめはその事実に気付いているのかいないのか、無防備なソウスケの表情に そっと唇を近づける…ってシーン。 (いやーあの時キスしてればね~)  と残念に思いながら、あの場面を思い返す度に考えることを私はやっぱり考えた。 (まあ先のことがわかっていたとしてもきっとしなかったんだろうけどさ)  なぜならかなめにものすごく感情移入していた私には、あの時のかなめの気持ちがよくわかるからだ。 (ファーストキスだもん、やっぱりお互いの気持ちが通じ合った時にしたいよね…)  そしてやっぱり少し気恥ずかしくなる。そんなことを考える自分に違和感アリアリの アリーヴェデルチだ。 (でも…)  と私は想像の中のかなめに再び自分を重ねる。好きな人が傍にいて、その人と 二人きりで――そしてその人が自分が傍にいることに安らぎを感じてくれていると分かったら どれほど嬉しく感じるだろうか。  あどけない寝顔を見ながら前髪にハサミをあてて切る。無防備な唇に目を奪われるが、 そこはぐっと我慢だ。 (でも…おでこにキスぐらいならいいよね?)  と薄紫色の前髪をかきあげ唇を近付けて――って、薄紫色?!?!?  ジョキ。 「あ」  ぱらり。  私の目の前を落ちていく髪の毛は黒でも薄紫でもなく―― 「ああああああああああ????!!!!」  というのが今朝の出来事である。  それから私の大声に驚いて飛び込んで来たお父さんに笑われて私の機嫌は最悪なものとなった。 (ふん、もう当分口聞いてあげないもんね!)  あの後応急処置でなんとか恰好はつけたし、ゆーちゃんは「大丈夫、すぐ伸びるよ」って なぐさめてくれたけど(ゆーちゃんは良い子、可愛い良い子)やっぱり鏡で見ると短い。  私はもう今朝から何度目かわからない溜息をついた。  朝からこうやって何度も鏡を見ては溜息をついている。鏡の中のかがみは間抜けに短い 私の前髪――それとも間抜けな私?――を見て笑っている。それが余計に私を苛立たせ、 憂鬱にさせるのだ。 (あー、もう学校休んじゃおうかな…)  チラリと横目で時計を見ると、そろそろ家を出ないと遅刻確定な時間になっていた。 (でも待ち合わせすっぽかしたらかがみ怒るよね)  前一度ネトゲのやりすぎで寝坊したらすごい怒られたことがある。 (ここで凹んでてもしかたないか…かがみはともかく、つかさを待たせちゃ悪いもんね)  と、最後にもう一度溜息をついて私は重い気分のまま腰を上げた。 「遅い!!今何時だと思ってるのよ!!」  春日部駅の西口を出た瞬間、かがみの怒った声が飛んで来た。  うぅ…ごめんよかがみ。そんなどこかの団長みたいに言ってもらっても 今のテンションじゃ何も返せないんだって。  いつもだったら「待たせたな瞬!!」くらい返せるんだけど。あー、一応 フォローしておくとアンドロメダね。 「…ごめん」  やっぱり口から出たのはそんな言葉だった。  それを受けてかがみの顔にクエスチョンマークが浮かぶ。別に気にしてくれなくてもいいのに。  …ギリギリまで待っててくれたことについてはものすごく嬉しいんだけどさ。 「こなちゃん、おはよ」  つかさは今日も元気そうだね。リボンもぴんぴんしてるし。 「おはよ、つかさ…あとかがみ。待たせてごめんね、さ行こ」  軽く挨拶を返し、二人視線を避けるように先に立って歩きだす。  さいわい何も言わずとも二人は私の後ろをついてきてくれた。今の所は前髪の異変に 気付かれてはいなさそうだ。  停留所にはバスがちょうど来たところで、しかも朝のこの時間にしては珍しく 後部座席の6人掛けが空いていた。これはひょっとして朝からブルーな私に対しての ささやかなプレゼントなのかな?  そんな風に考えたら少し気持ちが軽くなった。 「こなた、あんたどうかしたの?今日なんだか変よ」  …と思ったらこう来たか。  いつも座席に座る時は進行方向向かって右からつかさ→かがみ→私。だから私が つかさの位置に座れば私→つかさ→かがみの順になると予想したのに、かがみは さも当然だと言うように私の隣に腰を下ろしてこっちを見てくる。  ううぅ、せっかく窓の外見ながら寝たフリしてれば学校まではやり過ごせると思ったのに…。 「うるさいなー、眠いんだからほっといてよ」  ちょっと不機嫌にそう返すと後頭部にかがみの視線がぶすりと刺さった。  あ~これは怒らせちゃったな。  そちらを見なくてもかがみが今どんな顔をしているか分かる。そのくらいはナガモンの感情を 読むより簡単。この後何を言えばかがみの機嫌が直ったり、かがみが許してくれるかも 分かるけど、今は言いたくなかった。 「こなちゃん、おねえちゃん怒ってるように見えるけど本当に心配してるんだよ?」  座席二つ分向こうから、つかさのひそひそ声が聞こえる。  いやそのフォローはかがみにも丸聞こえだって。  …それに分かってるよ、それくらい。私だって伊達にかがみと四六時中一緒にいるわけじゃ ないんだもん。学校と家を除けば家族以外でかがみと一緒にいた時間は高校三年間で一番多いと 自負してるし。 「そういう時には『オネエサマのことを想っていたら眠れませんでしたの』って言わなきゃ」  ぶっ、と私とかがみが同時にふきだした。 「つ、つかさ!!わたしのマリ見てまた勝手に読んだわね!!」 「っていうかその発言危険すぎるよ!?」  と(周りの乗客さんたちには聞こえないように)焦りまくる私とかがみに つかさはニッコリ微笑んだ。 「えへへ、こなちゃんやっとこっち向いてくれたね」  ……くそぅ、つかさめ。いつの間にかそんな孔明レベルになりおって。  そんな風に負け惜しみを心の中で言いながら、私は記憶の中の『かがみの所持している ラノベリスト』にマリ見てを追加しておいた。 「でもおねえちゃんが心配してるのは本当だよ。こなちゃんが落ち込んでる上に 前髪が短くなってて――」  ううっ…やっぱり気付かれてたか。  私が思わず前髪に手をあてて隠して下を向くと、かがみが不思議な顔になった。  あれ?想像(イメージ)と違うな。  鏡の中のかがみはニヤニヤしていたけど、ホンモノは色々な感情が混じった 複雑な表情をしている。寂しいのと怒ってるのと…あとは何だろう? どこかで 見たことがあるけど思いだせない。  そんな私の思考はつかさの次の台詞で宇宙の彼方に吹き飛んだ。 「――失恋でもしたんじゃないかって」  私があんぐり口を開けたのとかがみが焦ったようにつかさにツッコんだのは同時だった。 「つ、つかさ!またあんたは余計なことを!!」  ふっふ~ん? これはハッキリ言って前髪のことをごまかすチャンスですね。  ジャーン! ジャーン! ジャーン!という脳内のドラの音とともに、私は ここぞとばかりに真っ赤になったかがみをいじりたおす。 「かがみん、心配かけてごめんね。ねえねえ、どうしたの? お顔が真っ赤だよ? うわっ、お耳も真っ赤だ。かがみ病気なの?」 「……うるさい」  あ、しまった。  ちょっとやりすぎたのか、かがみは下を向いてしまった。これはこじらせると 後を引くパターンだとわかっているので、私は素直に謝ることにする。 「いや、本当に心配かけてごめんね。珍しく朝早く起きたんで前髪揃えてたら失敗しちゃってさ。 それでずっとブルーだったんだ」 「そっかぁ~、わたしも心配しちゃったよ。あ、さっきの失恋っていうのは冗談だからね」  つかさもかがみの扱いは心得ているのかすぐにフォローしてくれた。 「ほらほら、かがみ、顔上げて、機嫌直してくれないと…学校着いちゃうよ?」 「わ、わかったわよ…何よ二人して…」  ぶつぶつ言いながらもかがみは顔を上げてくれた。  うんうん、素直でよろしい! かがみは良い子、素直な良い子。 「でも結構自分で前髪揃えるのって難しいよね」  その良い流れのままつかさが話題を振ってくれた。  つかさ、どうしたんだろ? 今日はみゆきさんみたいにえらく気が利くなぁ。いや さすがにこれは失礼か(苦笑) 「そうだね、人にやってもらえば簡単なんだけど…お父さんにやってもらう訳にはいかないし、 ゆーちゃんだとちょっと照れ臭くてさ」 「わたしおねえちゃんたちに時々やってもらってるんだ~。でもおねえちゃんが一番上手かも」 「そ、そんなことないってば」  おうおう、また赤くなっちゃって。かがみは可愛いなぁ。  照れるかがみを見ていると私の中の何かが刺激されて、ついからかいたくなってしまう。 「それじゃあ、今度前髪を切るときはかがみに頼もうかな?」とニヤニヤしながら言ってみた。 「べ、別にいいけど…」  そうそう、まあ普通は面倒だし断るよね… 「って、ええっ??」  予想外の返事に今度は私の顔が熱くなる。 「何驚いてるのよ、言っておくけど料理みたいに下手っぴって訳じゃないんだからね」 「う、うん…じゃあ次の時にはかがみに頼むよ」 「よし!決まり!ちゃんと切ってほしい時はわたしに言うのよ?」  そう言ってかがみは笑った。  あう…その笑顔はなんだか反則だよ。  かがみの反則技に私の中のレフェリーも混乱したのか、思ってもみないような言葉が 口から飛び出した。 「あ、あのデスね! 言っておくけど髪を切るだけダカラ! 私が髪を切る間に寝ちゃっても キスとかしちゃダメダヨ?」  うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 何言ってるのボブ!!  そんなジャッジじゃモレノもびっくりだよ!!  ほ、ほらつかさもポカーンとしてるし!! かがみだって……あれ?かがみ?  かがみは何を想像したのか茹でダコのようになっている。うわー私も これくらい赤いんだろうなぁ…熱湯風呂コマーシャルに挑戦した竜ちゃんみたいに真っ赤だよ。  あれ?あれは熱湯じゃないのかな? いやそんなの関係ねぇ!!  ともかく私とかがみはハロゲンヒーターより高い熱をお互いに放射しあっていた。 「す、する訳無いでしょ!!」  たっぷり一分間ほど固まってかがみはようやく小さな声を絞り出す。  ゴメン、忘れて…お願い…  私もなんとかそれだけ絞り出そうとしたが口がパクパクと動くだけで言葉にならない。 「それに…」 という一言に続くかがみの唇の微かな動きに私の息は止まりそうになった。 (ファ、ファー…………だもん、やっぱり……………持ちが………った時に……)  読唇術を身につけていなかったことをこれほど後悔したことはない。  いや、単に目の錯覚に過ぎなかったのだろう。どうせ私の希望が入り込みすぎ――って もうだめ! 頭に血が昇りすぎて自分でも何を考えているのか分からなくなってきた。  そんな私たちをおかしそうに見ていたつかさの発した一言でついに私の頭は爆発した。 「セカンドレイドだったっけ?あのシーンって」 ゴトン! 私とかがみが爆発すると同時にバスが大きく揺れて私の頭とかがみの頭がキスをした。 終 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - GJ! -- 名無しさん (2022-12-20 17:08:55) - かがみこなた真っ赤! -- かがみんラブ (2012-09-25 23:25:26)

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