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泊まった日」(2008/01/30 (水) 20:59:54) の最新版変更点

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ピーンポーン やっと来たか~。 そう思って、急いで玄関の扉を開ける。 扉の先には、見知った面々。 かがみとつかさとみゆきさん。 今日は私の家にみんなで泊まる予定だ。 といっても、言い出したのは私だけど。 お父さんは用事でいないし、ゆーちゃんはみなみちゃんの家にお泊りだ。 久しぶりに、独りで過ごす夜になった。 それが寂しかったからか、チャンスだったからかはわからないけど、ともかく私は三人を誘ってみた。 明日家に誰にもいなくなるから、うちに泊まらない? って。 みんな賛成してくれて、金曜の放課後来てくれることになった。 今がその、金曜の放課後。 「いらっしゃい。待ってたよ~。さ、入って入って」 「おじゃましまーす。いやー、それにしても、こなたの家に泊まるのも久しぶりね」 「そうだね~。一年ぶりくらいかな~」 「私は初めてですので、ちょっとドキドキしてます」 「あ~、みゆきさんは友達の家に泊まるって感じじゃないからね~」 「ええ、実際その通りでして」 そんな会話の花を咲かせながら、とりあえず自室に向かう。 誰もいないんだから、どこでも自由に使えるけど、やっぱりここが一番落ち着く。 時計を見ると、六時近くになっていた。 そろそろ晩御飯の時間だ。 今日は四人で集まってから何かを作る予定だったから、まだ何も出来ていない。 「じゃあ、早速だけど、晩御飯作ろうか」 「うん。私、バルサミコ酢持ってきたんだ~」 「私も色々と食材を持ってきました」 かがみを見る。 どことなく、居辛そうな感じがする。もじもじと、何かを言いたそうにしてる。 みんな料理がうまいのに、かがみだけ下手だからな~。劣等感になってるのかな。 そんなの気にしなくていいのに。 それも立派なステータスだよ、かがみ。 ぼんやりそんなことを考えていると、当のかがみが口を開いた。 少しもごもご動かした後、 「わ、私も何か手伝おうか?」 それを聞いた瞬間、口元が微妙に釣り上がるのがわかった。 「いいよいいよ。私たちだけで十分だから」 「え、で、でも……」 残念そうに俯く顔。かがみは反応が分かりやすくてかわいいなあ。 そんなに悲しそうな顔してるの見たら、もっといじりたくなっちゃうよ。 あ~、もう我慢できない。 ちょっと背伸びして、俯いてるかがみの頭を優しく撫でてあげる。 「な、ちょ、やめてよ。恥ずかしいじゃない」 「かがみは試食役だよ。食べてくれる人がいたほうが、作り甲斐があるからね~」 「え……?」 「かがみのために頑張って作るよ~。だから、楽しみにしててね」 「う、うん……」 かがみの顔が赤くなっているのがわかる。 照れてるのかなー。嬉しかったのかな~。 「じゃ、つかさにみゆきさん。行こうか」 「ええ」 かがみにはそれ以上何も言わないで、部屋を後にした。 これでかがみは部屋で独りだ。 かがみはうさちゃんだから、寂しがるかな? 独り取り残されたかがみを想像する。 本当に、かがみはかわいいなあ。 そこで、ふと思った。 私にとって、かがみは何なんだろう。 何で、ああいうことを言ったんだろう。 かがみの反応を見るのが楽しいから? それだけなのかな……。 ……まあ、いいか。これから晩御飯を作るんだし。 ● まずは何を作ろうかという話になった。 何を作るかっていうのも、全然決めてなかった。その場で決めようってことになったから。 みんなが持ってきた食材を集めると、何でも作れそうな気がした。 だからこそ、決めるのが難しい。 あ、そうだ。 私は一つの妙案を思いついた。 「どうせならさ、かがみが喜ぶようなもの作ろうよ。かがみは私たちの料理をお召し上がりになるお客様なんだから」 「そうですね。かがみさんの好きな料理を作りましょうか」 「でも、かがみって甘いもの以外で何が好きなんだろ……」 考えてみる。 ケーキ……チョコレート、クッキー。 ……あれ? 甘いものしか思いつかない。 小さくため息をつく。 かがみのことなら結構知ってるつもりだったのにな……。 こんな簡単なことも、私は知らなかったのか……。 「つかさ、かがみの好物って何か知ってる? 甘いもの以外で」 「え? う~ん、なんだろ。……嫌いなものじゃなかったら何でも食べるんじゃないかな~」 あ~、そういうイメージ確かにあるなー。 でもそれじゃ、何作ればいいかわかんないよ。 もうこうなったら直接かがみに聞くしかないかな。 何作るかバレるかもしれないけど、好きな物の方がかがみも嬉しいはずだ。 そうなったら、私も嬉しい。 「お客様のオーダーを取ってくるよ。ちょっと待っててね」 とっても大切なお客様に、喜んでもらえるように。 ●●● こなたたちは夕食を作りに台所に行ってしまった。 私一人が、部屋に取り残されている。 なんとなく手持ち無沙汰で、時計を眺めながらじっと座っていた。 やっぱり料理が出来ないと駄目なんだろうか。 今まで何度も練習したけど、みんなのようにうまくはなれなかった。 多少は向上したかもしれないけど、それは昔に比べたら、という意味合いでしかない。 干されてるな、と思う。 緊張気味に座っているのも馬鹿らしくなって、カーペットに寝転がった。 することもなく、ただぼんやりと天井を眺める。 私だって、こなたたちと一緒に料理を作りたかった。 そりゃ、味付けや、煮たり炒めたりの重要なことは出来ないけど、御飯を炊いたり、皮を剥いたりなら出来るのに。 それだけでもいいから、役割が欲しかった。 今から台所に行こうかとも思うけど、さすがにそれは恥ずかしい。 それに、やっぱり行っても同じように手持ち無沙汰になるだけかな。 何かしたいと思う一方で、何も出来ないとも思う。 どうせ手伝うことになっても、みんなの手際のよさについていけなくなる。 不適材不適所かな。 さっきのこなたの台詞が浮かんでくる。 私の頭を撫でながら、言ってくれた言葉。 今でもはっきりと覚えている。台詞も、独特の抑揚も、あの手の感触も。 ――かがみのために頑張って作るよ~。だから、楽しみにしててね。 全てが脳裏に蘇ってきた。 気恥ずかしさに耐え切れなくなる。考えるだけで、頬が熱くなってくる。 うつ伏せになって、目を瞑って、体をくねらせながら、それでも何度も思い起こす。 ああ言われたんだから、こなたを信じて待つしかない。 こなたのことだ。きっと私を驚かせようとするに違いない。 期待が膨らんでいく……。 それに、嬉しかった。 あの時は、自分がどうすればいいか分からなかったから。居場所を見失いそうになってたから。 そこにこなたが手を差し伸べてくれた。いや、乗せてきたって言うべきか。 この部屋で待ってるのが私の役割なんだろう。 ……あれ? 確かここは、こなたの部屋……。 その中に、私は独りきり……。 立ち上がる。 今からやろうとしてることが、パンドラの箱を開けるのと同じだというのは分かってる。 もし見つかりでもしたら、私はずっとこなたに軽蔑されることだろう。 でも、好奇心や興味が、そんな僅かな恐れを感じなくさせた。 何より……こなたのことをもっと知りたかった。 本棚のガラス戸をそっと開ける。 なんというか、こなたらしい漫画でいっぱいだ。 適当に手にとって読んでみる。 ……これが、こなたが好きな漫画か……。 こういうのも共有できたらいいけど、やっぱり私にはよく分からない。 今度買ってみようか。読んでいれば慣れて、分かるようになるかな。 順番が変わらないように注意しながら、漫画を戻す。 多分ここには漫画しかないだろうと、ガラス戸を閉めた。 壁際のベッドが目に入る。 こなたがいつも寝ている場所だ。 こなたはここで、どんな格好をしているのだろう。 ふらふらと近づいて、ベッドの上に横たわった。 枕に顔をうずめる。 ……ああ、こなたの匂いがする……。 それはこなたにぐっと接近したときに漂ってくるのと同じ。 何のシャンプーかなんて分からないけど、関係ない。 これは、こなたの匂い。それだけは分かってる。 なんだか気持ちがいいな……。 この匂いを嗅ぐと、不思議と気分が安らぐ。安心できるっていうことかな。 こなたに包まれているような気分になって、しばらくそのままベッドに突っ伏していた。 ……駄目だ。こんなことをしてる場合じゃない。 僅かな眠気を振り払い、立ち上がる。 こんなところを見られたら、と思うだけで恥ずかしくなる。 ベッドの隣には、机。 机には、引き出しがあった。 これこそ、大抵の人が大切なものを隠している場所だと思う。 一呼吸を置いて、 ゆっくりと、引き出しを開けていく。 「あ……」 携帯が、ぽつんと置かれていた。 何が入ってるんだろう。誰とメールしてるんだろう。誰と電話してるんだろう。 震える手で、携帯を掴む。 誰もいないのは分かりきってるのに、左右を見回す。ドアが閉まっているのを確認する。 その場にへたり込むように正座して、深呼吸。一回。二回。三回。 躊躇いを捨てて、一気に開いた。 何かのアニメの待ち受け画面が表示される。 それに不思議と安堵を覚えた。 やっぱりこなただ。 メール画面を開く。受信ボックスにカーソルを合わせる。 携帯を握った左手の親指で、何度もボタンを撫でた。 これを押せば。これを押せば。 ……私の知らないこなたが。 罪悪感がゆっくりと、お腹の底から湧き上がってくる。 友人の携帯を勝手に覗くなんて最低だ。 私は、最悪の人間だな。こなたに見つかったら、間違いなく拒絶されるだろう。 私を、醜悪な人間だと思うだろう。 でも、どうしても、止められなかった。 ……気になるから。怖いから。 ……何が? 何が気になるの? 何が怖いの? こなたが誰とメールしてても、それは私には関係ないことじゃない。 それなのに……。 一つ溜め息をつく。肩の力を抜く。 いつまでたっても、現実に向き合えないから、 ……せめて自分自身には、正直にならないと。 分かってる。 こなたに男がいるかが気になって、いるかもしれないから怖いんだ。 最近、こなたの様子がおかしい時がある。 時々、虚ろな目でどこか遠くを眺めていたり、私が話しかけても、上の空だったり。 だからこそ、確かめたい。 心の中でこなたに謝る。今度ケーキでもおごってあげるから、と。 そう呟いて、親指に力を込めた。 受信ボックス。 そこにあるのは、見知った名前の羅列。 かがみ、かがみ、かがみ、かがみ、みゆきさん、みゆきさん、つかさ、みゆきさん……。 スクロールしていく。 「かがみー、入るよー」 ノックをする音。 明らかにこなたの声。 手の中には、こなたの携帯。 開けっ放しの机の引き出し。 早く携帯を引き出しに戻して閉めないといけない。 だが体は言うことを聞かず、金縛りのように全く動かなかった。 背筋が冷たくなる、嫌な汗が一瞬で全身から噴き出してくる。 どうにかしないといけないのに、どうにもならない。 ヤバいヤバいヤバい……。 ●●● ドアを開けて中に入る。 ……あれ? 何故かかがみが、机にもたれて立っていた。 「どうしたの、かがみ? 一人で突っ立って」 「……え、いや、これは……。な、なんでもないわよ」 あ~、何か隠してるな。 かがみがしどろもどろな答え方をするときは、大体何かがある。 それくらいは分かってる。 でも、何をしてたかまでは分かんないな。 机の近くに何かあったっけ……。 机の上のパソコンが目に入った。 ……多分これだな。 画面消してただけだし、かがみもすることがなかっただろうし。 「もしかして、パソコン使ってた?」 「え…………そ、そうよ」 かがみは一瞬口篭った。 僅かに頬を紅潮させている。 別に隠さなくてもいいのにな。 かがみになら、Dドライブの中を見られてもいいと思う。 「遠慮しないで、使ってていいんだよ」 「う、うん。ありがと……」 焦っていたように見えたかがみも、落ち着きを取り戻してきたようだ。 でも、さっきのかがみの様子……。 もしかして、パソコン使ってたっていうのは嘘なのかな。 かがみは変に正直だから、嘘をつくときも表情に出てしまう。 いや、あれは動揺してただけなんだろう。きっとそうだ。 「ところで、私に何か用でもあるの?」 そこでようやく、自分の目的を思い出した。 「あ、忘れてたよ。かがみは何か食べたいものある?」 「え? 何でそんなこと聞くのよ」 「かがみはお客様だからね。お客様の食べたいものを作るのが我々の仕事なのだよ」 かがみは急に黙り込んでしまった。 どうしたんだろう。何か変なことでも言っちゃったのかな。 「な、なんでもいいわよ」 うわ、一番困る返事が来たよ……。 せめて大まかな種類だけでも聞きたいのに。 「なんでもいいじゃわかんないよ~。もっと詳しく教えて」 「だから、なんでもいいのよ」 あ~、困ったな~。 かがみの好きなものを作りたいのに、全然わかんないよ。 本当に何でも食べるのかもしれないけど、それでも一番好きなものを食べてもらいたい。 どうしたらいいんだろ……。これ以上しつこく聞くのもあれだし。 「…………なら……」 そんなことを考えてたから、かがみが何か言ってたのを聞き逃してしまった。 「かがみ? 何か言った?」 「だ、だから、こなたがつ、作ったものなら、なんでもいい、って……」  ……あれ? これは、どういうことだろう。 私の作ったものなら、何でもいいって? どうして、そんなこと言うんだろう。 何でもいいから、作れってことなのかな。 それとも……。 よく分かんないけど、なんだか嬉しくなってきた。 「うん。わかったよ。じゃあ、ちょっと待っててね」 はりきって作るから。とっておきの料理を、かがみの為に。 それから、 「ありがとう、かがみ……」 かがみの反応を見ないように、すぐに振り返って、部屋を後にした。 かがみは、何でもいいって言ってくれたけど。 作るのなら、やっぱりかがみの一番を。 材料はあるかな。 道具はあるかな。 うまく作れるかな。 でも、やってみよう。 晩御飯とは少し違うかもしれないけど、何を作るかは、決めた。 かがみの為に。かがみの為だけに。 かがみの抜群の笑顔を頭に思い浮かべて、 台所へ。 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3)
ピーンポーン やっと来たか~。 そう思って、急いで玄関の扉を開ける。 扉の先には、見知った面々。 かがみとつかさとみゆきさん。 今日は私の家にみんなで泊まる予定だ。 といっても、言い出したのは私だけど。 お父さんは用事でいないし、ゆーちゃんはみなみちゃんの家にお泊りだ。 久しぶりに、独りで過ごす夜になった。 それが寂しかったからか、チャンスだったからかはわからないけど、ともかく私は三人を誘ってみた。 明日家に誰にもいなくなるから、うちに泊まらない? って。 みんな賛成してくれて、金曜の放課後来てくれることになった。 今がその、金曜の放課後。 「いらっしゃい。待ってたよ~。さ、入って入って」 「おじゃましまーす。いやー、それにしても、こなたの家に泊まるのも久しぶりね」 「そうだね~。一年ぶりくらいかな~」 「私は初めてですので、ちょっとドキドキしてます」 「あ~、みゆきさんは友達の家に泊まるって感じじゃないからね~」 「ええ、実際その通りでして」 そんな会話の花を咲かせながら、とりあえず自室に向かう。 誰もいないんだから、どこでも自由に使えるけど、やっぱりここが一番落ち着く。 時計を見ると、六時近くになっていた。 そろそろ晩御飯の時間だ。 今日は四人で集まってから何かを作る予定だったから、まだ何も出来ていない。 「じゃあ、早速だけど、晩御飯作ろうか」 「うん。私、バルサミコ酢持ってきたんだ~」 「私も色々と食材を持ってきました」 かがみを見る。 どことなく、居辛そうな感じがする。もじもじと、何かを言いたそうにしてる。 みんな料理がうまいのに、かがみだけ下手だからな~。劣等感になってるのかな。 そんなの気にしなくていいのに。 それも立派なステータスだよ、かがみ。 ぼんやりそんなことを考えていると、当のかがみが口を開いた。 少しもごもご動かした後、 「わ、私も何か手伝おうか?」 それを聞いた瞬間、口元が微妙に釣り上がるのがわかった。 「いいよいいよ。私たちだけで十分だから」 「え、で、でも……」 残念そうに俯く顔。かがみは反応が分かりやすくてかわいいなあ。 そんなに悲しそうな顔してるの見たら、もっといじりたくなっちゃうよ。 あ~、もう我慢できない。 ちょっと背伸びして、俯いてるかがみの頭を優しく撫でてあげる。 「な、ちょ、やめてよ。恥ずかしいじゃない」 「かがみは試食役だよ。食べてくれる人がいたほうが、作り甲斐があるからね~」 「え……?」 「かがみのために頑張って作るよ~。だから、楽しみにしててね」 「う、うん……」 かがみの顔が赤くなっているのがわかる。 照れてるのかなー。嬉しかったのかな~。 「じゃ、つかさにみゆきさん。行こうか」 「ええ」 かがみにはそれ以上何も言わないで、部屋を後にした。 これでかがみは部屋で独りだ。 かがみはうさちゃんだから、寂しがるかな? 独り取り残されたかがみを想像する。 本当に、かがみはかわいいなあ。 そこで、ふと思った。 私にとって、かがみは何なんだろう。 何で、ああいうことを言ったんだろう。 かがみの反応を見るのが楽しいから? それだけなのかな……。 ……まあ、いいか。これから晩御飯を作るんだし。 ● まずは何を作ろうかという話になった。 何を作るかっていうのも、全然決めてなかった。その場で決めようってことになったから。 みんなが持ってきた食材を集めると、何でも作れそうな気がした。 だからこそ、決めるのが難しい。 あ、そうだ。 私は一つの妙案を思いついた。 「どうせならさ、かがみが喜ぶようなもの作ろうよ。かがみは私たちの料理をお召し上がりになるお客様なんだから」 「そうですね。かがみさんの好きな料理を作りましょうか」 「でも、かがみって甘いもの以外で何が好きなんだろ……」 考えてみる。 ケーキ……チョコレート、クッキー。 ……あれ? 甘いものしか思いつかない。 小さくため息をつく。 かがみのことなら結構知ってるつもりだったのにな……。 こんな簡単なことも、私は知らなかったのか……。 「つかさ、かがみの好物って何か知ってる? 甘いもの以外で」 「え? う~ん、なんだろ。……嫌いなものじゃなかったら何でも食べるんじゃないかな~」 あ~、そういうイメージ確かにあるなー。 でもそれじゃ、何作ればいいかわかんないよ。 もうこうなったら直接かがみに聞くしかないかな。 何作るかバレるかもしれないけど、好きな物の方がかがみも嬉しいはずだ。 そうなったら、私も嬉しい。 「お客様のオーダーを取ってくるよ。ちょっと待っててね」 とっても大切なお客様に、喜んでもらえるように。 ●●● こなたたちは夕食を作りに台所に行ってしまった。 私一人が、部屋に取り残されている。 なんとなく手持ち無沙汰で、時計を眺めながらじっと座っていた。 やっぱり料理が出来ないと駄目なんだろうか。 今まで何度も練習したけど、みんなのようにうまくはなれなかった。 多少は向上したかもしれないけど、それは昔に比べたら、という意味合いでしかない。 干されてるな、と思う。 緊張気味に座っているのも馬鹿らしくなって、カーペットに寝転がった。 することもなく、ただぼんやりと天井を眺める。 私だって、こなたたちと一緒に料理を作りたかった。 そりゃ、味付けや、煮たり炒めたりの重要なことは出来ないけど、御飯を炊いたり、皮を剥いたりなら出来るのに。 それだけでもいいから、役割が欲しかった。 今から台所に行こうかとも思うけど、さすがにそれは恥ずかしい。 それに、やっぱり行っても同じように手持ち無沙汰になるだけかな。 何かしたいと思う一方で、何も出来ないとも思う。 どうせ手伝うことになっても、みんなの手際のよさについていけなくなる。 不適材不適所かな。 さっきのこなたの台詞が浮かんでくる。 私の頭を撫でながら、言ってくれた言葉。 今でもはっきりと覚えている。台詞も、独特の抑揚も、あの手の感触も。 ――かがみのために頑張って作るよ~。だから、楽しみにしててね。 全てが脳裏に蘇ってきた。 気恥ずかしさに耐え切れなくなる。考えるだけで、頬が熱くなってくる。 うつ伏せになって、目を瞑って、体をくねらせながら、それでも何度も思い起こす。 ああ言われたんだから、こなたを信じて待つしかない。 こなたのことだ。きっと私を驚かせようとするに違いない。 期待が膨らんでいく……。 それに、嬉しかった。 あの時は、自分がどうすればいいか分からなかったから。居場所を見失いそうになってたから。 そこにこなたが手を差し伸べてくれた。いや、乗せてきたって言うべきか。 この部屋で待ってるのが私の役割なんだろう。 ……あれ? 確かここは、こなたの部屋……。 その中に、私は独りきり……。 立ち上がる。 今からやろうとしてることが、パンドラの箱を開けるのと同じだというのは分かってる。 もし見つかりでもしたら、私はずっとこなたに軽蔑されることだろう。 でも、好奇心や興味が、そんな僅かな恐れを感じなくさせた。 何より……こなたのことをもっと知りたかった。 本棚のガラス戸をそっと開ける。 なんというか、こなたらしい漫画でいっぱいだ。 適当に手にとって読んでみる。 ……これが、こなたが好きな漫画か……。 こういうのも共有できたらいいけど、やっぱり私にはよく分からない。 今度買ってみようか。読んでいれば慣れて、分かるようになるかな。 順番が変わらないように注意しながら、漫画を戻す。 多分ここには漫画しかないだろうと、ガラス戸を閉めた。 壁際のベッドが目に入る。 こなたがいつも寝ている場所だ。 こなたはここで、どんな格好をしているのだろう。 ふらふらと近づいて、ベッドの上に横たわった。 枕に顔をうずめる。 ……ああ、こなたの匂いがする……。 それはこなたにぐっと接近したときに漂ってくるのと同じ。 何のシャンプーかなんて分からないけど、関係ない。 これは、こなたの匂い。それだけは分かってる。 なんだか気持ちがいいな……。 この匂いを嗅ぐと、不思議と気分が安らぐ。安心できるっていうことかな。 こなたに包まれているような気分になって、しばらくそのままベッドに突っ伏していた。 ……駄目だ。こんなことをしてる場合じゃない。 僅かな眠気を振り払い、立ち上がる。 こんなところを見られたら、と思うだけで恥ずかしくなる。 ベッドの隣には、机。 机には、引き出しがあった。 これこそ、大抵の人が大切なものを隠している場所だと思う。 一呼吸を置いて、 ゆっくりと、引き出しを開けていく。 「あ……」 携帯が、ぽつんと置かれていた。 何が入ってるんだろう。誰とメールしてるんだろう。誰と電話してるんだろう。 震える手で、携帯を掴む。 誰もいないのは分かりきってるのに、左右を見回す。ドアが閉まっているのを確認する。 その場にへたり込むように正座して、深呼吸。一回。二回。三回。 躊躇いを捨てて、一気に開いた。 何かのアニメの待ち受け画面が表示される。 それに不思議と安堵を覚えた。 やっぱりこなただ。 メール画面を開く。受信ボックスにカーソルを合わせる。 携帯を握った左手の親指で、何度もボタンを撫でた。 これを押せば。これを押せば。 ……私の知らないこなたが。 罪悪感がゆっくりと、お腹の底から湧き上がってくる。 友人の携帯を勝手に覗くなんて最低だ。 私は、最悪の人間だな。こなたに見つかったら、間違いなく拒絶されるだろう。 私を、醜悪な人間だと思うだろう。 でも、どうしても、止められなかった。 ……気になるから。怖いから。 ……何が? 何が気になるの? 何が怖いの? こなたが誰とメールしてても、それは私には関係ないことじゃない。 それなのに……。 一つ溜め息をつく。肩の力を抜く。 いつまでたっても、現実に向き合えないから、 ……せめて自分自身には、正直にならないと。 分かってる。 こなたに男がいるかが気になって、いるかもしれないから怖いんだ。 最近、こなたの様子がおかしい時がある。 時々、虚ろな目でどこか遠くを眺めていたり、私が話しかけても、上の空だったり。 だからこそ、確かめたい。 心の中でこなたに謝る。今度ケーキでもおごってあげるから、と。 そう呟いて、親指に力を込めた。 受信ボックス。 そこにあるのは、見知った名前の羅列。 かがみ、かがみ、かがみ、かがみ、みゆきさん、みゆきさん、つかさ、みゆきさん……。 スクロールしていく。 「かがみー、入るよー」 ノックをする音。 明らかにこなたの声。 手の中には、こなたの携帯。 開けっ放しの机の引き出し。 早く携帯を引き出しに戻して閉めないといけない。 だが体は言うことを聞かず、金縛りのように全く動かなかった。 背筋が冷たくなる、嫌な汗が一瞬で全身から噴き出してくる。 どうにかしないといけないのに、どうにもならない。 ヤバいヤバいヤバい……。 ●●● ドアを開けて中に入る。 ……あれ? 何故かかがみが、机にもたれて立っていた。 「どうしたの、かがみ? 一人で突っ立って」 「……え、いや、これは……。な、なんでもないわよ」 あ~、何か隠してるな。 かがみがしどろもどろな答え方をするときは、大体何かがある。 それくらいは分かってる。 でも、何をしてたかまでは分かんないな。 机の近くに何かあったっけ……。 机の上のパソコンが目に入った。 ……多分これだな。 画面消してただけだし、かがみもすることがなかっただろうし。 「もしかして、パソコン使ってた?」 「え…………そ、そうよ」 かがみは一瞬口篭った。 僅かに頬を紅潮させている。 別に隠さなくてもいいのにな。 かがみになら、Dドライブの中を見られてもいいと思う。 「遠慮しないで、使ってていいんだよ」 「う、うん。ありがと……」 焦っていたように見えたかがみも、落ち着きを取り戻してきたようだ。 でも、さっきのかがみの様子……。 もしかして、パソコン使ってたっていうのは嘘なのかな。 かがみは変に正直だから、嘘をつくときも表情に出てしまう。 いや、あれは動揺してただけなんだろう。きっとそうだ。 「ところで、私に何か用でもあるの?」 そこでようやく、自分の目的を思い出した。 「あ、忘れてたよ。かがみは何か食べたいものある?」 「え? 何でそんなこと聞くのよ」 「かがみはお客様だからね。お客様の食べたいものを作るのが我々の仕事なのだよ」 かがみは急に黙り込んでしまった。 どうしたんだろう。何か変なことでも言っちゃったのかな。 「な、なんでもいいわよ」 うわ、一番困る返事が来たよ……。 せめて大まかな種類だけでも聞きたいのに。 「なんでもいいじゃわかんないよ~。もっと詳しく教えて」 「だから、なんでもいいのよ」 あ~、困ったな~。 かがみの好きなものを作りたいのに、全然わかんないよ。 本当に何でも食べるのかもしれないけど、それでも一番好きなものを食べてもらいたい。 どうしたらいいんだろ……。これ以上しつこく聞くのもあれだし。 「…………なら……」 そんなことを考えてたから、かがみが何か言ってたのを聞き逃してしまった。 「かがみ? 何か言った?」 「だ、だから、こなたがつ、作ったものなら、なんでもいい、って……」  ……あれ? これは、どういうことだろう。 私の作ったものなら、何でもいいって? どうして、そんなこと言うんだろう。 何でもいいから、作れってことなのかな。 それとも……。 よく分かんないけど、なんだか嬉しくなってきた。 「うん。わかったよ。じゃあ、ちょっと待っててね」 はりきって作るから。とっておきの料理を、かがみの為に。 それから、 「ありがとう、かがみ……」 かがみの反応を見ないように、すぐに振り返って、部屋を後にした。 かがみは、何でもいいって言ってくれたけど。 作るのなら、やっぱりかがみの一番を。 材料はあるかな。 道具はあるかな。 うまく作れるかな。 でも、やってみよう。 晩御飯とは少し違うかもしれないけど、何を作るかは、決めた。 かがみの為に。かがみの為だけに。 かがみの抜群の笑顔を頭に思い浮かべて、 台所へ。 -[[泊まった日・夜>http://www13.atwiki.jp/oyatu1/pages/200.html]]へ続く **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3)

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