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おまじない」(2022/12/16 (金) 11:52:05) の最新版変更点

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「ねえ、お姉ちゃん。好きな人の写真を携帯の待ち受けにして、三週間隠し通せたら恋が叶うっていうおまじないの噂知ってる?」 「へえ、そんなのあるんだ。でもさ、そんなことで恋が叶うわけないのに、どうしてやろうと思うのかしら。それよりも、もっと現実味のあることをすればいいのに。仲良くするとか、告白するとか」 「お姉ちゃんは夢がないなあ。素敵な話じゃない。告白なんてする勇気がないから、待ち受けの画面にしてこっそり、恋が実りますようにってお祈りしてるんだよ」 「はいはい、私は夢がないわよ。にしても、三週間隠し通すなんて、部屋の押入れにでも入れてたら簡単なんじゃないの?」 「そんなのじゃ、恋は叶わないよ。いつものように使いながら、隠さないといけないんだよ」 「いや、だからどっちにしても叶わないって……。まあ、いいわ……」 それにしても、待ち受け画面を三週間隠せたら恋が実る、か……。 休み時間、こなたの教室の前に来た。 扉を開けようとして、しかし足が竦む。 一度深呼吸をする。胸に手を当て、緊張を和らげる。 大丈夫だ。大丈夫だ。 よし、と呟いてから扉を開けた。 「こなた、ちょっといい?」 「何? かがみ」 こなたはつかさとみゆきと話していたようだ。 移動はしないでこちらを向く。 「時間があるなら、来てくれない?」 私はこなたを屋上に連れて行った。 「それで、私に何か用?」 「え?」 落ち着け、私。昨日何度も練習したじゃない。何も恥ずかしがることはないんだ。 「あ、えー、と……。その、ちょ、ちょっと写メ撮らせてくれない?」 「え? どうして?」 どうしてだなんて、言えるわけがない。 だから、怪しまれないような言い訳も考えてきた。 「え、えと、私の友達に、こなたの話をしたら、顔を見たいって言い出して……」 これで、私は頼まれてやっているだけの人になれる。 「別に私に言ってくれれば実物を見せるんだけど。……この学校の人だよね」 まさか、ここまで聞いてくるとは思ってなかった。 でも、私だってここで嘘とばれるわけにはいかない。 嘘に嘘を重ねていく。 「い、いや、そうじゃなくて……む、昔の友達なのよ」 「ふ~ん。それで、どんなポーズになればいいの?」 「え?」 「だから、格好とか表情とか、そんなの。第一印象って大事じゃん」 そうか、こなたは疑っていないのか、私のことを。 そのでっち上げた友達に、会いたいと思ってるのか。 少し罪悪感を覚えた。こなた、ごめん。本当に、ごめん。 「か、可愛い表情がいいと思うわよ」 無意識のうちにそんなことが口から漏れていた。 何気なく大変なことを言ってしまった。 恥ずかしさに苛まれる。 いや、よく考えたら、これは私が望んでいるものではなくて、私の友達が望んでいるものだ。 私が私の意思で要求するのなら恥ずかしいけど、これは違う。あくまで私の友達の欲求だ。 「可愛い表情? う~ん、どんなだろ」 こなたは目を細めて頬に指を当て、考え始めた。 その姿に、一種の愛おしさのようなものを感じた。 私が望んだ、可愛いこなたそのものだ。 思わずカメラのシャッターを切った。 バシャッっという機会音に気づいたこなたが目を見開く。 「かがみ? 何勝手に撮ってるのさ~。まだ考えてる途中だったのに」 「ご、ごめん。じゃ、じゃあね。ありがと」 急いで屋上を飛び出した。 心臓が激しく脈打っている。走ってきたせいだ。 トイレの中で、撮った写真を確認する。 繭尻を下げて困ったように考え込むこなた。 ようやく、こなたの写真が手に入った。 胸が熱くなってくる。なんとも言えない気分になる。 待ち受け画面を変える。 あと三週間。 あの日から二日が経過した。まだまだ先は長い。 宿題をしていると、つかさが話しかけてきた。 「お姉ちゃん、明日こなちゃんが家に来るんだけど、いいよね」 どきりとした。一瞬体が動かなくなった。 「こ、こなたが? 何かあるの?」 あまりにもびっくりしたので、取り乱してしまった。恥ずかしい。 「うん。私がこなちゃんから借りてた漫画を取りに来るんだって」 「ふーん、べ、別にいいけど。わざわざその為に来るの? つかさが学校ででも渡せばいいのに」 「なんか、早く返して欲しいんだって」 そうか、こなたが家に来るのか。 こなたが。 明日。 待ち遠しいな。 「お姉ちゃんどうしたの? にやにやして」 「え? な、なんでもないわよ。気にしないで」 危なかった。表情が顔に出てしまっていた。落ち着け、私。ポーカーフェイスだ。 ベッドに入る。携帯をそっと開けた。 こなたの困った顔。 込み上げてくる何かを抑えるようにため息をつく。 忘れようと思って携帯を閉じる。 何やってるんだろうな、私は。 もやもやした思いを胸に秘めたまま、眠りに落ちた。 朝。 家の中ですることもないので、勉強を始めた。 つかさが起きてきてしばらく経ったころ、不意に携帯電話が鳴り始めた。 非通知だった。誰だろう。 「もしもし?」 「あ、かがみ。今かがみん家に行ってるんだけど、家にいるの?」 こなただった。 「な、なんだこなただったの。私はいるけど、どうしたのよ。つかさに漫画を返してもらうだけでしょ」 「いや、ちょっと確認しただけ。じゃあね」 確認しただけって、どういうことかしら。 また宿題見せてなんて言ってくるんじゃないでしょうね。 ため息を吐きつつ、携帯電話を机の上に置く。 宿題をやっているか確かめる。 昨日のうちに宿題は全て終わらしていたはずだ。 思ったとおり、全部出来ていた。 机の上に置いておく。 時計を眺める。途端に秒針の動きが鈍くなった。 こんなに一秒は遅かったのだろうか。 ピンポーン 玄関のチャイムが鳴る。秒針は四週もしていなかった。 もうこなたが来たらしい。一体どれくらいの近場から電話をしてきたのかと思いながら、急いでつかさと玄関に向かう。 「おはよー、つかさ、かがみ」 「おはよう、こなちゃん」 「こなた、おはよう」 こなたは軽めの格好だった。二学期が始まったとはいえまだまだ暑い。 それにしても、こなたはファッションというものには興味が無いのだろうか。 こんなだから彼氏も出来ないんだ。少し気を使えば顔も可愛いし、簡単に出来ると思うのに。 いや、それは困る。こなたに彼氏が出来るなんて……。 あれ、私は何を考えてるんだろう。こなたは大切な親友なんだから、恋を応援するのは当たり前だ。 「とりあえず上がって」 こなたを部屋へと先導することで思考を振り払う。 三人で勉強部屋に行く。 「はいこなちゃん、これ。ありがとう。面白かったよ」 つかさがこなたに二冊の漫画を渡した。 「いや~、布教活動の一種だからね。お礼なんていいよ」 「その割には早く返してもらいたいがるのね」 いつもの調子で、こなたにつっこむ。そう、いつも通りだ。 「ちょっと次の布教先を見つけたからね」 こなたもいつも通りさらりと受け流す。 「かがみも読みたかったら貸してあげるよ。ひよりんの後になるけど」 「いや、私はいいわよ……」 「あ、そうだ。返してもらったってひよりんに言っておかないと。ちょっと携帯の充電器貸して」 「え? そういえばあんたさっき公衆電話からかけてきてたけど、充電してなかったの?」 「全然使ってなかったからね。気づいたら充電が切れてたってことよくあるじゃない」 「普通ならないわよ」 ため息をつく。携帯電話が携帯電話としての機能を全く生かせていない。 あ、でも、普段使ってないってことは、私達以外とはあまり付き合いがないってことか。よかった。 よかった? なんで? 最近自分のことが分からなくなってくる。天井を見上げて気持ちを落ち着ける。 少し整理しよう。 「あ、ここに携帯あるじゃん。ちょっと貸して」 「え?」 こなたが私の机に目を向けている。 携帯を机の上に置いたままにしていたことを思い出した。 やばい、どうしよう……。 「ま、待って!」 「え、どうしたのかがみ。怪しいメールでもあるのかな~」 こなたは逆に興味津々といった感じで携帯を手に持った。 待って待って待って! おしまいだ。何もかも。 まだ見ていないこの後の様子が鮮明に浮かび上がる。 そしてそれは現実になった。 「どれどれ。……えっ?」 「どうしたのこなちゃん。あれ、これって、もしかして……」」 やめて、それ以上言わないで。こなたには知られたくないから。お願い。 やめてやめてやめてやめて。 テーブルの前に座ったまま体は動かない。 ただ、何も聞こえないように、必死で耳を塞いだ。 体が小刻みに震える。 「どういうこと? つかさ」 「えっと、あの……」 言葉は塞いだ手を突き破って耳に入ってくる。 「携帯の待ち受け画面をね……」 もう耐えられなかった。聞きたくない。ここにいたら、嫌でも耳に入ってしまう。 自分でやった事実だから、逃れようがない。 「好きな人の写真にしたら……」 全てを聞いてしまった。聞きたくなかったのに、知られたくなかったのに。 「やめてぇぇぇぇぇ!」 気づいたら、部屋を飛び出していた。 家を出て、走り続けた。どこまでも。現実から逃げられるまで。 でも、何処まで行っても、体は震えたままだ。 もう、終わりだな。 公園があった。 ベンチに座る。 必死に忘れようとしているのに、あの出来事が何度も蘇ってくる。 つかさは、攻められない。 あの状況なら、本当のことを言うしかない。それに、結局実践したのは私だ。 あんなこと、しなければ良かった。 何の意味もないのに。 でも、もしかしたらという淡い希望もあった。それは思い込みでしかなかったのだけど、私にはこんなことしか出来なかったんだ。 告白なんて、そんなに簡単に出来ない。だからこそ、こんな夢物語的なものを信じてしまった。いや、信じるほかなかったんだ。 だって、どうしようもないから。思いは強くても、行動には移せないから。そんな勇気無かったから。 ああ、どうしたらいいんだろう。 元々叶うわけないと分かってたはずだ。それなのに、万が一に賭けてしまった。 そのせいで、恋が叶うこともなくなった。その上友達としての関係もおかしくなってしまった。 私、こなたに嫌われたかな。 そこまで、考えて、ようやく心のもやもやが晴れた気がする。 そうか、私、こなたのことが――。 同性に好かれているなんて知ったら、いくらこなたでも引くに決まってる。 こんなのは普通じゃないから。 友達だったのに、いつからだろう。こんな風に思いだしたのは。 ベンチの背もたれに思いっきり背中を預けた。 ぼんやりと空を見つめ続けた。 雲ひとつ無い青い空。恨めしいほどに私とは全然違う。 真っ白になった頭の中、モザイクが薄れていくように何かの映像が広がっていく。 こなた……。 こなたの姿がいくつもいくつも現れては消えていく。 チョココロネを食べるこなた。 目を細めて思案するこなた。 アニメについて語るこなた。 嬉しそうに笑うこなた。 それは、心の奥底に隠した思い出の写真。 こんなにも沢山の写真を持っているのに、どうして私は携帯でこなたを撮ろうとしたんだろう。 こんな気持ちなんて、誰にも気づかれないように胸の中だけで抑えていたらよかったんだ。 こなたはいつまでも子供のように純粋だ。 自分の好きなことならどこまでも追い続け、自分の気持ちに嘘をつかないで、思ったとおりに行動する。 周りの目なんて一切気にしていない。 私にはないものを、こなたは持っている。 だからかな……。 空は何処までも突き抜けていく青。 どうしてこんなに晴れてるんだろう。雨でも降ってくれたほうがいいのに。 もう、今までの日常は帰ってこない。 これから、こなたとどう接すればいいんだろう。 そもそも、話しかけてくれないかも。 心にぽっかりと大きな穴が開いたような、そんな気がした。 空が、どんどんぼんやりとしたものに変わっていく。 自然と涙がこぼれていた。 ああ、私、泣いてるんだ。 こんな公園で、みっともないなあ。 でも、全然止まらないよ……。 パシャ 「かがみ、そんなに泣いて、かがみらしくないよ」 「え……?」 滲んでよく見えない目を凝らして、前を見る。 確かに、そこに、いる。 「こ……なた……?」 急いで服で涙を拭う。 こなたがいた。目の前に。 どうして? どうしてここにいるの? こなたは携帯をいじっていた。 「……何、してるの?」 「え? ……内緒、だよ」 こなたは私に笑いかけると、携帯をしまって隣に座った。 「……こなた、どうして、来てくれたの?」 「どうしてって、心配だからに決まってるじゃん」 「でも、あんなの見て、軽蔑したでしょ……」 「なんで? あれが、かがみの本当の気持ちなんでしょ。乙女チックで、おまじないも信じちゃうかがみんは可愛いなあ」 「な……」 顔が火照っていくのが自分でも分かる。 「かがみ、顔真っ赤だね~」 「い、いや、こ、これは……」 「私は、嬉しかったよ」 思わずこなたの方を向いた。 それを見たこなたは、小さく微笑んだ。 「かがみの気持ちが分かったから。同じだなって……」 「……え?」 同じ? それってどういう……。 「かがみ」 こなたが私の膝の上に寝そべった。 「泣いちゃってるかがみも可愛いよね。レアものだし」 そう言ってこなたは、自分の携帯を開いて見せてきた。 ああ、そうか。同じって、こういうことなんだ。 嬉しかったし、ほっとした。 私は軽蔑されても嫌われてもいなかったんだ。 心の穴が塞がっていく感じがする。 胸が熱くなってきた。 押さえ込んでいた涙がまた流れ出してくる。今度はいくら拭っても止まらなかった。 「あんたは、三週間隠し通したりしないの?」 「え~? だって、そんなに待たなくても、もう叶ってるよ、おまじない」 「こなた……」 そっと、こなたの顔に手を置く。 こなたが、その手にじゃれついてきた。 よかった。本当に、よかった。 感情がどうしようもなく溢れてくる。 これからはずっとこなたと一緒だ。絶対に。 言葉に出来ない思いに悩むことも無い。 自然と笑みがこぼれてくる。 自分の願いが叶ったことと、こなたの幸せそうな顔。 膝の上のこなたを、全身で優しく包み込んだ。 見上げると、雲ひとつない青空が広がっていた。 終 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - 泣きそう… -- 名無しさん (2021-01-07 04:12:20) - とてもロマンチックで私もこんなロマンチックな事が起こって欲しいなぁと思いました(^_^;) -- 中西久子 (2014-01-09 17:41:45) - 下のコメントの人気に嫉妬ww -- 名無しさん (2012-10-06 22:32:57) - 一番下のコメント凄い感動 -- かがみんラブ (2012-09-23 22:38:49) - いい話だった &br()あと、誠死ね -- 名無しさん (2010-08-12 18:29:02) - 一番下のコメントで泣いた &br() -- 名無しさん (2010-01-28 23:45:55) - つかさ「」 -- 名無しさん (2009-06-27 14:00:49) - むしろ、下のコメントにちょっぴり感動した。 -- 名無し (2009-06-24 11:49:52) - かがみもこなたも、お互いが心の中の待ち受けを3週間以上設定していたのかもしれませんね。 &br()これからの二人は、何も悩むことなく、きっと幸せでいれる、そう信じてます。 -- 名無しさん (2008-12-18 11:44:26)
「ねえ、お姉ちゃん。好きな人の写真を携帯の待ち受けにして、三週間隠し通せたら恋が叶うっていうおまじないの噂知ってる?」 「へえ、そんなのあるんだ。でもさ、そんなことで恋が叶うわけないのに、どうしてやろうと思うのかしら。それよりも、もっと現実味のあることをすればいいのに。仲良くするとか、告白するとか」 「お姉ちゃんは夢がないなあ。素敵な話じゃない。告白なんてする勇気がないから、待ち受けの画面にしてこっそり、恋が実りますようにってお祈りしてるんだよ」 「はいはい、私は夢がないわよ。にしても、三週間隠し通すなんて、部屋の押入れにでも入れてたら簡単なんじゃないの?」 「そんなのじゃ、恋は叶わないよ。いつものように使いながら、隠さないといけないんだよ」 「いや、だからどっちにしても叶わないって……。まあ、いいわ……」 それにしても、待ち受け画面を三週間隠せたら恋が実る、か……。 休み時間、こなたの教室の前に来た。 扉を開けようとして、しかし足が竦む。 一度深呼吸をする。胸に手を当て、緊張を和らげる。 大丈夫だ。大丈夫だ。 よし、と呟いてから扉を開けた。 「こなた、ちょっといい?」 「何? かがみ」 こなたはつかさとみゆきと話していたようだ。 移動はしないでこちらを向く。 「時間があるなら、来てくれない?」 私はこなたを屋上に連れて行った。 「それで、私に何か用?」 「え?」 落ち着け、私。昨日何度も練習したじゃない。何も恥ずかしがることはないんだ。 「あ、えー、と……。その、ちょ、ちょっと写メ撮らせてくれない?」 「え? どうして?」 どうしてだなんて、言えるわけがない。 だから、怪しまれないような言い訳も考えてきた。 「え、えと、私の友達に、こなたの話をしたら、顔を見たいって言い出して……」 これで、私は頼まれてやっているだけの人になれる。 「別に私に言ってくれれば実物を見せるんだけど。……この学校の人だよね」 まさか、ここまで聞いてくるとは思ってなかった。 でも、私だってここで嘘とばれるわけにはいかない。 嘘に嘘を重ねていく。 「い、いや、そうじゃなくて……む、昔の友達なのよ」 「ふ~ん。それで、どんなポーズになればいいの?」 「え?」 「だから、格好とか表情とか、そんなの。第一印象って大事じゃん」 そうか、こなたは疑っていないのか、私のことを。 そのでっち上げた友達に、会いたいと思ってるのか。 少し罪悪感を覚えた。こなた、ごめん。本当に、ごめん。 「か、可愛い表情がいいと思うわよ」 無意識のうちにそんなことが口から漏れていた。 何気なく大変なことを言ってしまった。 恥ずかしさに苛まれる。 いや、よく考えたら、これは私が望んでいるものではなくて、私の友達が望んでいるものだ。 私が私の意思で要求するのなら恥ずかしいけど、これは違う。あくまで私の友達の欲求だ。 「可愛い表情? う~ん、どんなだろ」 こなたは目を細めて頬に指を当て、考え始めた。 その姿に、一種の愛おしさのようなものを感じた。 私が望んだ、可愛いこなたそのものだ。 思わずカメラのシャッターを切った。 バシャッっという機会音に気づいたこなたが目を見開く。 「かがみ? 何勝手に撮ってるのさ~。まだ考えてる途中だったのに」 「ご、ごめん。じゃ、じゃあね。ありがと」 急いで屋上を飛び出した。 心臓が激しく脈打っている。走ってきたせいだ。 トイレの中で、撮った写真を確認する。 繭尻を下げて困ったように考え込むこなた。 ようやく、こなたの写真が手に入った。 胸が熱くなってくる。なんとも言えない気分になる。 待ち受け画面を変える。 あと三週間。 あの日から二日が経過した。まだまだ先は長い。 宿題をしていると、つかさが話しかけてきた。 「お姉ちゃん、明日こなちゃんが家に来るんだけど、いいよね」 どきりとした。一瞬体が動かなくなった。 「こ、こなたが? 何かあるの?」 あまりにもびっくりしたので、取り乱してしまった。恥ずかしい。 「うん。私がこなちゃんから借りてた漫画を取りに来るんだって」 「ふーん、べ、別にいいけど。わざわざその為に来るの? つかさが学校ででも渡せばいいのに」 「なんか、早く返して欲しいんだって」 そうか、こなたが家に来るのか。 こなたが。 明日。 待ち遠しいな。 「お姉ちゃんどうしたの? にやにやして」 「え? な、なんでもないわよ。気にしないで」 危なかった。表情が顔に出てしまっていた。落ち着け、私。ポーカーフェイスだ。 ベッドに入る。携帯をそっと開けた。 こなたの困った顔。 込み上げてくる何かを抑えるようにため息をつく。 忘れようと思って携帯を閉じる。 何やってるんだろうな、私は。 もやもやした思いを胸に秘めたまま、眠りに落ちた。 朝。 家の中ですることもないので、勉強を始めた。 つかさが起きてきてしばらく経ったころ、不意に携帯電話が鳴り始めた。 非通知だった。誰だろう。 「もしもし?」 「あ、かがみ。今かがみん家に行ってるんだけど、家にいるの?」 こなただった。 「な、なんだこなただったの。私はいるけど、どうしたのよ。つかさに漫画を返してもらうだけでしょ」 「いや、ちょっと確認しただけ。じゃあね」 確認しただけって、どういうことかしら。 また宿題見せてなんて言ってくるんじゃないでしょうね。 ため息を吐きつつ、携帯電話を机の上に置く。 宿題をやっているか確かめる。 昨日のうちに宿題は全て終わらしていたはずだ。 思ったとおり、全部出来ていた。 机の上に置いておく。 時計を眺める。途端に秒針の動きが鈍くなった。 こんなに一秒は遅かったのだろうか。 ピンポーン 玄関のチャイムが鳴る。秒針は四週もしていなかった。 もうこなたが来たらしい。一体どれくらいの近場から電話をしてきたのかと思いながら、急いでつかさと玄関に向かう。 「おはよー、つかさ、かがみ」 「おはよう、こなちゃん」 「こなた、おはよう」 こなたは軽めの格好だった。二学期が始まったとはいえまだまだ暑い。 それにしても、こなたはファッションというものには興味が無いのだろうか。 こんなだから彼氏も出来ないんだ。少し気を使えば顔も可愛いし、簡単に出来ると思うのに。 いや、それは困る。こなたに彼氏が出来るなんて……。 あれ、私は何を考えてるんだろう。こなたは大切な親友なんだから、恋を応援するのは当たり前だ。 「とりあえず上がって」 こなたを部屋へと先導することで思考を振り払う。 三人で勉強部屋に行く。 「はいこなちゃん、これ。ありがとう。面白かったよ」 つかさがこなたに二冊の漫画を渡した。 「いや~、布教活動の一種だからね。お礼なんていいよ」 「その割には早く返してもらいたいがるのね」 いつもの調子で、こなたにつっこむ。そう、いつも通りだ。 「ちょっと次の布教先を見つけたからね」 こなたもいつも通りさらりと受け流す。 「かがみも読みたかったら貸してあげるよ。ひよりんの後になるけど」 「いや、私はいいわよ……」 「あ、そうだ。返してもらったってひよりんに言っておかないと。ちょっと携帯の充電器貸して」 「え? そういえばあんたさっき公衆電話からかけてきてたけど、充電してなかったの?」 「全然使ってなかったからね。気づいたら充電が切れてたってことよくあるじゃない」 「普通ならないわよ」 ため息をつく。携帯電話が携帯電話としての機能を全く生かせていない。 あ、でも、普段使ってないってことは、私達以外とはあまり付き合いがないってことか。よかった。 よかった? なんで? 最近自分のことが分からなくなってくる。天井を見上げて気持ちを落ち着ける。 少し整理しよう。 「あ、ここに携帯あるじゃん。ちょっと貸して」 「え?」 こなたが私の机に目を向けている。 携帯を机の上に置いたままにしていたことを思い出した。 やばい、どうしよう……。 「ま、待って!」 「え、どうしたのかがみ。怪しいメールでもあるのかな~」 こなたは逆に興味津々といった感じで携帯を手に持った。 待って待って待って! おしまいだ。何もかも。 まだ見ていないこの後の様子が鮮明に浮かび上がる。 そしてそれは現実になった。 「どれどれ。……えっ?」 「どうしたのこなちゃん。あれ、これって、もしかして……」」 やめて、それ以上言わないで。こなたには知られたくないから。お願い。 やめてやめてやめてやめて。 テーブルの前に座ったまま体は動かない。 ただ、何も聞こえないように、必死で耳を塞いだ。 体が小刻みに震える。 「どういうこと? つかさ」 「えっと、あの……」 言葉は塞いだ手を突き破って耳に入ってくる。 「携帯の待ち受け画面をね……」 もう耐えられなかった。聞きたくない。ここにいたら、嫌でも耳に入ってしまう。 自分でやった事実だから、逃れようがない。 「好きな人の写真にしたら……」 全てを聞いてしまった。聞きたくなかったのに、知られたくなかったのに。 「やめてぇぇぇぇぇ!」 気づいたら、部屋を飛び出していた。 家を出て、走り続けた。どこまでも。現実から逃げられるまで。 でも、何処まで行っても、体は震えたままだ。 もう、終わりだな。 公園があった。 ベンチに座る。 必死に忘れようとしているのに、あの出来事が何度も蘇ってくる。 つかさは、攻められない。 あの状況なら、本当のことを言うしかない。それに、結局実践したのは私だ。 あんなこと、しなければ良かった。 何の意味もないのに。 でも、もしかしたらという淡い希望もあった。それは思い込みでしかなかったのだけど、私にはこんなことしか出来なかったんだ。 告白なんて、そんなに簡単に出来ない。だからこそ、こんな夢物語的なものを信じてしまった。いや、信じるほかなかったんだ。 だって、どうしようもないから。思いは強くても、行動には移せないから。そんな勇気無かったから。 ああ、どうしたらいいんだろう。 元々叶うわけないと分かってたはずだ。それなのに、万が一に賭けてしまった。 そのせいで、恋が叶うこともなくなった。その上友達としての関係もおかしくなってしまった。 私、こなたに嫌われたかな。 そこまで、考えて、ようやく心のもやもやが晴れた気がする。 そうか、私、こなたのことが――。 同性に好かれているなんて知ったら、いくらこなたでも引くに決まってる。 こんなのは普通じゃないから。 友達だったのに、いつからだろう。こんな風に思いだしたのは。 ベンチの背もたれに思いっきり背中を預けた。 ぼんやりと空を見つめ続けた。 雲ひとつ無い青い空。恨めしいほどに私とは全然違う。 真っ白になった頭の中、モザイクが薄れていくように何かの映像が広がっていく。 こなた……。 こなたの姿がいくつもいくつも現れては消えていく。 チョココロネを食べるこなた。 目を細めて思案するこなた。 アニメについて語るこなた。 嬉しそうに笑うこなた。 それは、心の奥底に隠した思い出の写真。 こんなにも沢山の写真を持っているのに、どうして私は携帯でこなたを撮ろうとしたんだろう。 こんな気持ちなんて、誰にも気づかれないように胸の中だけで抑えていたらよかったんだ。 こなたはいつまでも子供のように純粋だ。 自分の好きなことならどこまでも追い続け、自分の気持ちに嘘をつかないで、思ったとおりに行動する。 周りの目なんて一切気にしていない。 私にはないものを、こなたは持っている。 だからかな……。 空は何処までも突き抜けていく青。 どうしてこんなに晴れてるんだろう。雨でも降ってくれたほうがいいのに。 もう、今までの日常は帰ってこない。 これから、こなたとどう接すればいいんだろう。 そもそも、話しかけてくれないかも。 心にぽっかりと大きな穴が開いたような、そんな気がした。 空が、どんどんぼんやりとしたものに変わっていく。 自然と涙がこぼれていた。 ああ、私、泣いてるんだ。 こんな公園で、みっともないなあ。 でも、全然止まらないよ……。 パシャ 「かがみ、そんなに泣いて、かがみらしくないよ」 「え……?」 滲んでよく見えない目を凝らして、前を見る。 確かに、そこに、いる。 「こ……なた……?」 急いで服で涙を拭う。 こなたがいた。目の前に。 どうして? どうしてここにいるの? こなたは携帯をいじっていた。 「……何、してるの?」 「え? ……内緒、だよ」 こなたは私に笑いかけると、携帯をしまって隣に座った。 「……こなた、どうして、来てくれたの?」 「どうしてって、心配だからに決まってるじゃん」 「でも、あんなの見て、軽蔑したでしょ……」 「なんで? あれが、かがみの本当の気持ちなんでしょ。乙女チックで、おまじないも信じちゃうかがみんは可愛いなあ」 「な……」 顔が火照っていくのが自分でも分かる。 「かがみ、顔真っ赤だね~」 「い、いや、こ、これは……」 「私は、嬉しかったよ」 思わずこなたの方を向いた。 それを見たこなたは、小さく微笑んだ。 「かがみの気持ちが分かったから。同じだなって……」 「……え?」 同じ? それってどういう……。 「かがみ」 こなたが私の膝の上に寝そべった。 「泣いちゃってるかがみも可愛いよね。レアものだし」 そう言ってこなたは、自分の携帯を開いて見せてきた。 ああ、そうか。同じって、こういうことなんだ。 嬉しかったし、ほっとした。 私は軽蔑されても嫌われてもいなかったんだ。 心の穴が塞がっていく感じがする。 胸が熱くなってきた。 押さえ込んでいた涙がまた流れ出してくる。今度はいくら拭っても止まらなかった。 「あんたは、三週間隠し通したりしないの?」 「え~? だって、そんなに待たなくても、もう叶ってるよ、おまじない」 「こなた……」 そっと、こなたの顔に手を置く。 こなたが、その手にじゃれついてきた。 よかった。本当に、よかった。 感情がどうしようもなく溢れてくる。 これからはずっとこなたと一緒だ。絶対に。 言葉に出来ない思いに悩むことも無い。 自然と笑みがこぼれてくる。 自分の願いが叶ったことと、こなたの幸せそうな顔。 膝の上のこなたを、全身で優しく包み込んだ。 見上げると、雲ひとつない青空が広がっていた。 終 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - GJ! -- 名無しさん (2022-12-16 11:52:05) - 泣きそう… -- 名無しさん (2021-01-07 04:12:20) - とてもロマンチックで私もこんなロマンチックな事が起こって欲しいなぁと思いました(^_^;) -- 中西久子 (2014-01-09 17:41:45) - 下のコメントの人気に嫉妬ww -- 名無しさん (2012-10-06 22:32:57) - 一番下のコメント凄い感動 -- かがみんラブ (2012-09-23 22:38:49) - いい話だった &br()あと、誠死ね -- 名無しさん (2010-08-12 18:29:02) - 一番下のコメントで泣いた &br() -- 名無しさん (2010-01-28 23:45:55) - つかさ「」 -- 名無しさん (2009-06-27 14:00:49) - むしろ、下のコメントにちょっぴり感動した。 -- 名無し (2009-06-24 11:49:52) - かがみもこなたも、お互いが心の中の待ち受けを3週間以上設定していたのかもしれませんね。 &br()これからの二人は、何も悩むことなく、きっと幸せでいれる、そう信じてます。 -- 名無しさん (2008-12-18 11:44:26)

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