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 きっかけは、大体わかっていた。  生活の不摂生、ネトゲのやり過ぎ、徹夜でゲーム。  そこで生じたひずみが、一気に私に襲いかかっていた。  それは、『たちの悪いカゼ』とい名のモンスターとなって、 週末、そして休日の昼間を過ごす私を苦しめていた。 「う~、やっぱだるいな~。 漫画とか読む気にもならないよ」  そんな文句を言いながら、私は布団を被ったまま寝返りをうった。  しかし、うつぶせの状態から寝返ってしまったので、 パジャマと布団がはだけて、畳の上に散乱してしまった。  私は、しんどい体に鞭を打って布団を必死にたぐり寄せた。 「……熱でも測ってみよっかな」  手元にあったデジタル式の体温計を手に取り、わきに挟む。  しばしの沈黙の後、甲高い電子音が部屋に響いた。  そして、体温計には『37.8℃』という数字が表示されていた。 「う~ん、少しは下がってきたけど、 まだ動くにはしんどいかなぁ……」  ……いっそのこと39度位まで上がってくれた方が、 かえって動けるよう気がするのは私だけだろうか。  ふと、目の前にあるテレビのスイッチを入れてみる。  画面には、最近まで開催されていた陸上の世界大会の 総集編が、延々と流れ続けていた。 「あ~あ、これのせいで何本アニメが潰れた事か……」  頭に来たので、ぶっきらぼうにテレビの電源を切ってやった。  そんな事をしていた矢先、ドアを叩く音が聞こえてきた。 「こなた、起きてる?」 「え? かがみ? うん、起きてるよ~」   そういえば今日はかがみ達がお見舞いにきてくれるんだった。  私は、肝心な事を今の今まで忘れてしまっていた。  このまま外で待たせていても悪いので、 ひとまず中に入ってもらうことにした。 「入っても大丈夫?」 「うん、大丈夫だよ。 少しは落ち着いてきたとこだから。  それに、鍵とかかかってないし」 「そう? それじゃあ入るわよ」  そう言って、静かにかがみが部屋に入ってきた。  私は、ぐっと上半身を起こしてかがみを出迎えた。 「お~っす、色々大変だったみたいね~」 「そうそう、ここ数日は酷い目にあったよ~」 「ふふ、思ってたより元気そうじゃない。  それじゃあ、お見舞いの花でも添えますか」  そういうとかがみは、おもむろに花束を持ち出した。  ……綺麗なバラだった。 赤いバラに白いバラが添えられていて、 その本数は、パット見じゃ数え切れない程だった。 「かがみが!? 私に、お見舞いのバラっ!?」 「言っとくけど、たまたま思い出したから買っただけだからな~。  ……それじゃあ、ここの棚の上に飾っとくわね」」  しかし、そういうかがみの声は、完全にうわずっていた。  やっぱり生粋のツンデレなんだろうねぇ。 さっすがかがみん!  と、そんな考えを巡らせている間に、私はある事に気が付いた。 「あれ? ねぇねぇ、今日はかがみだけでここに来たの?」  そういえば、いつも一緒にいるはずのつかさがいなかった。  ちなみに、みゆきさんは明日お見舞いに来てくれると、 事前に連絡があったのを思い出した。 「うん、私だけよ。 つかさも一緒に来たかったみたいなんだけど、 あの子、先生に提出しなきゃいけない物が多いらしくてね。  だから、日をずらしてお見舞いに行くってさ」 「ふ~ん、そうだったんだ」 「それにしても、大分参ってたみたいね。  髪の毛とか大変なことになってるわよ」  そういうとかがみは、手ぐしで私の髪を整え始めた。  私の髪の毛にかがみの手が均等に絡み、 よれよれになっていた髪が、少しずつ真っ直ぐになっていく。  そんな中、私はかがみの手に『違和感』がある事に気づいた。 「あれ? かがみ、どうしたのその手……」 「え? ああ、この右手のこと?」  よくみると、かがみの右手の指の人差し指や中指に、 丁寧に絆創膏が巻かれていた。  そして、絆創膏をしているかがみの指が、 やたらと痛々しくみえた。 「どったのかがみ? ケガでもしたの?」 「まっ、まあね。 さっきのバラのトゲがちくってきただけよ。  そんなことよりも…… はい、休んでたぶんのプリント。  つかさから預かってきたわよ」  次の瞬間、何枚もあるプリントが私の目の前に現れていた。  だけど、今こんなもの見たらますます熱が出ちゃうじゃないか~。  ……という風に突っ込みたくなったけど、寸前で思いとどまった。 「あっ、ありがと」 「お礼なら、つかさに言った方がいいんじゃないか?  ……それより聞いてよ、つかさがね~」 「えっ、なになに。 どんな話なの?」  その後、私は熱のことなんかそっちのけにして、 かがみと、とりとめのない話をし続けた。  家の事、生活の事、趣味の事。 とても楽しい時間だった。  そして、数十分の時が過ぎて―― 「またあれが臭くってさ~」 「だよね~。 ……ふ、ふわ~あ」 「こなた? もしかして眠いの?」  かがみの言うとおり、私の頭の中は眠気という勢力によって、 制圧されかけていた。 熱も下がりつつあるみたいだったから、 今の内にぐぅ~っと寝て、一気に体力全快だぁ!  という風な事を、私は寝ぼけた頭で考えていた。 「う、うん。 なんだかすっごく眠いんだよね。  だから、少し寝ることにするよ」 「そっか。 じゃあ私は一旦外に出てよっと。  それじゃあ、お休み~」  「うん。 お休み~」  私の言葉を聞き届けたかがみが、 そっ~と部屋から出て行き、再び私の部屋は静かになった。  その直後、静寂と眠気の挟み撃ちにあった私は、 いつも以上に深い眠りについた。  ……  …  ――どのくらいの時間が経ったんだろう。  私は、まどろみの中でそんな事を考えていた。  ふと気づくと、まぶたの裏側が眩しい程の赤色の光に染められて、 幅広く全体を包み込んでいた。 どうやらもう夕方らしい。 (もうそろそろ起きなきゃね…… お腹もすいたし)  私は、閉じたままの眼を開けようとまぶたを動かした。  そして、開けてきた視界の中に、誰かの顔の輪郭が浮かんできた。  その『顔』は、とても優しそうな表情をしながら、私を見つめていた。  なんだか、とても懐かしい感じがした。 そう、それはまるで私の―― 「お、お母さ……」 「あっ! ごめん、起こしちゃった?」  目の前にいたのは、かがみだった。  布団の脇から、見下ろすように私をのぞき込んでいる。 「わっ、かがみ? てか、顔近いよ」 「ごめんごめん。 寝顔が面白かったから、つい……」  そういうとかがみは、ほっぺたを赤らめて顔をそらした。  横を向いたままのかがみが、ちょっと可愛くみえた。  そんなやりとりをした直後、忘れた頃になる目覚ましのように、 私のお腹が『ぐ~』という大きな音を出していた。 「あっ……」 「ふふっ。 こなた、お腹空いちゃってるのね。  ちょっと待っててくれる?  今、いいもの作ってきてあげるわよ」 「えっ? ん~、それじゃあ頼んじゃおっかな」 「りょ~かい。 すぐ戻ってくるからね」  足取りも軽やかに、かがみが部屋から出て行った。  そんなかがみを見送った私の頭の中に、  突然大きなハテナマークが出現した。 「あれ? いいものを『作る』って言ってたけでど、  かがみって確か料理が……」  得意じゃなかった様な気がする。  そんな疑問が、私の中にわき上がっていた。 「おまたせ~」  十数分後、かがみが小さな鍋とレンゲを持って戻ってきた。  鍋からは、白い湯気が立ちこめ、美味しそうないい匂いがした。  そして私は、その鍋の中身を確認して、思わず声をあげた。 「え? これって、雑炊…… なの?」 「なに言ってんのよ、アンタは。  これが雑炊以外の何に見えるってわけ?」  かがみが言った通り、それは間違いなく雑炊だった。  だいこんやにんじん、ほうれん草が綺麗に添えられ、 小鍋いっぱいに敷き詰められていた。 「だって、かがみって料理が……」  そう私が言いかけた所で、かがみの動きが止まった。  そして、小さな沈黙が続いた後、かがみが口を開いた。   「そう言ってくるだろうと思って、ちゃんと事前に練習したのよ。  ま、ここまで人並みに作れるようになるまで、  大分苦労しちゃったけどね」  その直後、かがみは右手に貼った絆創膏を、じっと見つめていた。 それを見た私は、ようやく絆創膏の意味を理解した。  あれは、バラのトゲのせいなんかじゃなかったんだ。  私に、これを作る練習をした時に…… 「……」 「どうしたの? 急に黙っちゃったりして」  かがみが、怪訝そうな表情をして私を見つめている。  私は、一つの決意をした上で、小さく言葉を紡いだ。 「あれさ、ずっと前にかがみがカゼひいてさ、 私がお見舞いに行った事あったよね」 「うん、そういえばそんな事あったわね」 「でもさ、私って全然ダメダメだったよね。  あれじゃあ、ただ遊びに行っただけじゃん」  それは、一種の自己嫌悪。 かがみがあんなに苦しんでいたのに、 何もお見舞いらしい事もしないで、ただしゃべってばかりいた。  結局、『こういう時でも好きな物はよく入るものよね~』 といってアイスを頬張るかがみを見ているだけだった。  そんな私を見ていたかがみが、一瞬クスリと笑った。  ふと、かがみは持っていたレンゲを鍋の中へ置き、 小さく息を吐いた後、おもむろに口を開いた。 「バカッ、何言ってんのよ。 こなたらしくないじゃない。  私を心配してくれてたから、お見舞いに来てくれたんでしょ?」 「かがみ……」 「それに、そんなこと言う暇があったら、いっぱい食べて、  たくさん寝て、早く元気になりなさいよ。  でなきゃ、張り合いがないじゃない」  そう言っているかがみの顔は、とても嬉しそうだった。  そんなかがみを見ていたら、急に視界がぼやけてきた。  大粒の涙が、ほっぺたを伝って流れだし、 私の中にある色々な想いが全て混ざり合っていく。 「うっ、ぐすっ…… ありがとね、かがみぃ」 「なに改まっちゃってるのよ。   それよりほら、早く食べよ。 少し冷ましてあげるから」  かがみは、再びレンゲを手にとると、ゆっくりと鍋の中身をすくった。  そして、レンゲに息を吹きかけてから、ゆっくりと私の口に運んでくれた。  その時食べた雑炊の味は、かがみの想いと私の涙が溶け合って、 とても美味しかった――  ……  … 「……そんな事があったって訳よ」 「へぇ~。 私がレポートとか書いてる間に、  そんな事があったんだぁ」 「全く…… 包み隠さずしゃべっちゃうなんて、、 アンタも口が軽いのね~」  残暑も厳しい晴れ空の下に、私たちの声が反射する。  ――あれから数日後、私のカゼはすっかり良くなっていた。  そして、久しぶりに『大学』のキャンパスを一緒に歩くつかさ達に、 あの日の出来事のの詳細を話したのだった。 「いや~、全部話したらスッキリしたよ。  これにて完全回復! って感じだね」  「アンタも気楽よね~。 単位落としても知らないわよ?」  私たちは今、晴れて大学二年生。  高校三年生の時に、つかさやかがみ達と一緒に猛勉強したおかげで、 都内にあるそこそこのレベルの大学に、三人とも合格することが出来た。  私とつかさは同じ学部、そしてかがみは法学部にそれぞれ進学した。  そして今は、大学の近くのアパートで一人暮らしをしている。  ……そんな事を考えている内に、一つの謎が浮かんできていた。 「ねぇ、かがみ。 ちょっとばかし質問が」 「えっ? 何か言いたいことでもあんの?」 「かがみってさぁ。 確か他の大学にもたくさん合格してたハズなのに、  何でここの大学に進学したのかな~。 ……ってな疑問が」  「ええっ!? あ、いや。 それは、その……」  私の発言に完全に動揺したかがみが、 髪を乱しながら手をブンブンとふって顔をそむけた。  そんな感じであたふたするかがみを見るのも久しぶりだった。  すると、私の中にいつものキレが戻ってきていた。 「おやおや~、顔が赤いよかがみん。  熱でもあるのかな~?  それとも、影の努力の結晶である『右手』の傷が……」 「う、うるさ~い! そんなんじゃないってば!」 「お、お姉ちゃん。 落ち着いて~」  あ、なんか懐かしいなぁ、この反応。  やっぱり、普段の私たちはこうでなくちゃ、 『張り合い』がないもんね~。 「こ~な~た~!」 「わっ、かがみが怒った~」 「こらぁ! 待ちなさ~い!」  ちなみに、その後のかがみいわく、この時顔が赤かったのは、 本当に熱が出ていたせいだったらしい。  そして数日後、私はかがみのお見舞いをする事にした。  赤と白のバラと、ありったけのアイスを抱えて―― 『お見舞い(2009年版)』    完 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - ふふっ &br() &br()前のをちょっと変えてたのですね。 &br() &br()でも、良かったですよ! -- uu (2010-01-14 22:10:56)
 きっかけは、大体わかっていた。  生活の不摂生、ネトゲのやり過ぎ、徹夜でゲーム。  そこで生じたひずみが、一気に私に襲いかかっていた。  それは、『たちの悪いカゼ』とい名のモンスターとなって、 週末、そして休日の昼間を過ごす私を苦しめていた。 「う~、やっぱだるいな~。 漫画とか読む気にもならないよ」  そんな文句を言いながら、私は布団を被ったまま寝返りをうった。  しかし、うつぶせの状態から寝返ってしまったので、 パジャマと布団がはだけて、畳の上に散乱してしまった。  私は、しんどい体に鞭を打って布団を必死にたぐり寄せた。 「……熱でも測ってみよっかな」  手元にあったデジタル式の体温計を手に取り、わきに挟む。  しばしの沈黙の後、甲高い電子音が部屋に響いた。  そして、体温計には『37.8℃』という数字が表示されていた。 「う~ん、少しは下がってきたけど、 まだ動くにはしんどいかなぁ……」  ……いっそのこと39度位まで上がってくれた方が、 かえって動けるよう気がするのは私だけだろうか。  ふと、目の前にあるテレビのスイッチを入れてみる。  画面には、最近まで開催されていた陸上の世界大会の 総集編が、延々と流れ続けていた。 「あ~あ、これのせいで何本アニメが潰れた事か……」  頭に来たので、ぶっきらぼうにテレビの電源を切ってやった。  そんな事をしていた矢先、ドアを叩く音が聞こえてきた。 「こなた、起きてる?」 「え? かがみ? うん、起きてるよ~」   そういえば今日はかがみ達がお見舞いにきてくれるんだった。  私は、肝心な事を今の今まで忘れてしまっていた。  このまま外で待たせていても悪いので、 ひとまず中に入ってもらうことにした。 「入っても大丈夫?」 「うん、大丈夫だよ。 少しは落ち着いてきたとこだから。  それに、鍵とかかかってないし」 「そう? それじゃあ入るわよ」  そう言って、静かにかがみが部屋に入ってきた。  私は、ぐっと上半身を起こしてかがみを出迎えた。 「お~っす、色々大変だったみたいね~」 「そうそう、ここ数日は酷い目にあったよ~」 「ふふ、思ってたより元気そうじゃない。  それじゃあ、お見舞いの花でも添えますか」  そういうとかがみは、おもむろに花束を持ち出した。  ……綺麗なバラだった。 赤いバラに白いバラが添えられていて、 その本数は、パット見じゃ数え切れない程だった。 「かがみが!? 私に、お見舞いのバラっ!?」 「言っとくけど、たまたま思い出したから買っただけだからな~。  ……それじゃあ、ここの棚の上に飾っとくわね」」  しかし、そういうかがみの声は、完全にうわずっていた。  やっぱり生粋のツンデレなんだろうねぇ。 さっすがかがみん!  と、そんな考えを巡らせている間に、私はある事に気が付いた。 「あれ? ねぇねぇ、今日はかがみだけでここに来たの?」  そういえば、いつも一緒にいるはずのつかさがいなかった。  ちなみに、みゆきさんは明日お見舞いに来てくれると、 事前に連絡があったのを思い出した。 「うん、私だけよ。 つかさも一緒に来たかったみたいなんだけど、 あの子、先生に提出しなきゃいけない物が多いらしくてね。  だから、日をずらしてお見舞いに行くってさ」 「ふ~ん、そうだったんだ」 「それにしても、大分参ってたみたいね。  髪の毛とか大変なことになってるわよ」  そういうとかがみは、手ぐしで私の髪を整え始めた。  私の髪の毛にかがみの手が均等に絡み、 よれよれになっていた髪が、少しずつ真っ直ぐになっていく。  そんな中、私はかがみの手に『違和感』がある事に気づいた。 「あれ? かがみ、どうしたのその手……」 「え? ああ、この右手のこと?」  よくみると、かがみの右手の指の人差し指や中指に、 丁寧に絆創膏が巻かれていた。  そして、絆創膏をしているかがみの指が、 やたらと痛々しくみえた。 「どったのかがみ? ケガでもしたの?」 「まっ、まあね。 さっきのバラのトゲがちくってきただけよ。  そんなことよりも…… はい、休んでたぶんのプリント。  つかさから預かってきたわよ」  次の瞬間、何枚もあるプリントが私の目の前に現れていた。  だけど、今こんなもの見たらますます熱が出ちゃうじゃないか~。  ……という風に突っ込みたくなったけど、寸前で思いとどまった。 「あっ、ありがと」 「お礼なら、つかさに言った方がいいんじゃないか?  ……それより聞いてよ、つかさがね~」 「えっ、なになに。 どんな話なの?」  その後、私は熱のことなんかそっちのけにして、 かがみと、とりとめのない話をし続けた。  家の事、生活の事、趣味の事。 とても楽しい時間だった。  そして、数十分の時が過ぎて―― 「またあれが臭くってさ~」 「だよね~。 ……ふ、ふわ~あ」 「こなた? もしかして眠いの?」  かがみの言うとおり、私の頭の中は眠気という勢力によって、 制圧されかけていた。 熱も下がりつつあるみたいだったから、 今の内にぐぅ~っと寝て、一気に体力全快だぁ!  という風な事を、私は寝ぼけた頭で考えていた。 「う、うん。 なんだかすっごく眠いんだよね。  だから、少し寝ることにするよ」 「そっか。 じゃあ私は一旦外に出てよっと。  それじゃあ、お休み~」  「うん。 お休み~」  私の言葉を聞き届けたかがみが、 そっ~と部屋から出て行き、再び私の部屋は静かになった。  その直後、静寂と眠気の挟み撃ちにあった私は、 いつも以上に深い眠りについた。  ……  …  ――どのくらいの時間が経ったんだろう。  私は、まどろみの中でそんな事を考えていた。  ふと気づくと、まぶたの裏側が眩しい程の赤色の光に染められて、 幅広く全体を包み込んでいた。 どうやらもう夕方らしい。 (もうそろそろ起きなきゃね…… お腹もすいたし)  私は、閉じたままの眼を開けようとまぶたを動かした。  そして、開けてきた視界の中に、誰かの顔の輪郭が浮かんできた。  その『顔』は、とても優しそうな表情をしながら、私を見つめていた。  なんだか、とても懐かしい感じがした。 そう、それはまるで私の―― 「お、お母さ……」 「あっ! ごめん、起こしちゃった?」  目の前にいたのは、かがみだった。  布団の脇から、見下ろすように私をのぞき込んでいる。 「わっ、かがみ? てか、顔近いよ」 「ごめんごめん。 寝顔が面白かったから、つい……」  そういうとかがみは、ほっぺたを赤らめて顔をそらした。  横を向いたままのかがみが、ちょっと可愛くみえた。  そんなやりとりをした直後、忘れた頃になる目覚ましのように、 私のお腹が『ぐ~』という大きな音を出していた。 「あっ……」 「ふふっ。 こなた、お腹空いちゃってるのね。  ちょっと待っててくれる?  今、いいもの作ってきてあげるわよ」 「えっ? ん~、それじゃあ頼んじゃおっかな」 「りょ~かい。 すぐ戻ってくるからね」  足取りも軽やかに、かがみが部屋から出て行った。  そんなかがみを見送った私の頭の中に、  突然大きなハテナマークが出現した。 「あれ? いいものを『作る』って言ってたけでど、  かがみって確か料理が……」  得意じゃなかった様な気がする。  そんな疑問が、私の中にわき上がっていた。 「おまたせ~」  十数分後、かがみが小さな鍋とレンゲを持って戻ってきた。  鍋からは、白い湯気が立ちこめ、美味しそうないい匂いがした。  そして私は、その鍋の中身を確認して、思わず声をあげた。 「え? これって、雑炊…… なの?」 「なに言ってんのよ、アンタは。  これが雑炊以外の何に見えるってわけ?」  かがみが言った通り、それは間違いなく雑炊だった。  だいこんやにんじん、ほうれん草が綺麗に添えられ、 小鍋いっぱいに敷き詰められていた。 「だって、かがみって料理が……」  そう私が言いかけた所で、かがみの動きが止まった。  そして、小さな沈黙が続いた後、かがみが口を開いた。   「そう言ってくるだろうと思って、ちゃんと事前に練習したのよ。  ま、ここまで人並みに作れるようになるまで、  大分苦労しちゃったけどね」  その直後、かがみは右手に貼った絆創膏を、じっと見つめていた。 それを見た私は、ようやく絆創膏の意味を理解した。  あれは、バラのトゲのせいなんかじゃなかったんだ。  私に、これを作る練習をした時に…… 「……」 「どうしたの? 急に黙っちゃったりして」  かがみが、怪訝そうな表情をして私を見つめている。  私は、一つの決意をした上で、小さく言葉を紡いだ。 「あれさ、ずっと前にかがみがカゼひいてさ、 私がお見舞いに行った事あったよね」 「うん、そういえばそんな事あったわね」 「でもさ、私って全然ダメダメだったよね。  あれじゃあ、ただ遊びに行っただけじゃん」  それは、一種の自己嫌悪。 かがみがあんなに苦しんでいたのに、 何もお見舞いらしい事もしないで、ただしゃべってばかりいた。  結局、『こういう時でも好きな物はよく入るものよね~』 といってアイスを頬張るかがみを見ているだけだった。  そんな私を見ていたかがみが、一瞬クスリと笑った。  ふと、かがみは持っていたレンゲを鍋の中へ置き、 小さく息を吐いた後、おもむろに口を開いた。 「バカッ、何言ってんのよ。 こなたらしくないじゃない。  私を心配してくれてたから、お見舞いに来てくれたんでしょ?」 「かがみ……」 「それに、そんなこと言う暇があったら、いっぱい食べて、  たくさん寝て、早く元気になりなさいよ。  でなきゃ、張り合いがないじゃない」  そう言っているかがみの顔は、とても嬉しそうだった。  そんなかがみを見ていたら、急に視界がぼやけてきた。  大粒の涙が、ほっぺたを伝って流れだし、 私の中にある色々な想いが全て混ざり合っていく。 「うっ、ぐすっ…… ありがとね、かがみぃ」 「なに改まっちゃってるのよ。   それよりほら、早く食べよ。 少し冷ましてあげるから」  かがみは、再びレンゲを手にとると、ゆっくりと鍋の中身をすくった。  そして、レンゲに息を吹きかけてから、ゆっくりと私の口に運んでくれた。  その時食べた雑炊の味は、かがみの想いと私の涙が溶け合って、 とても美味しかった――  ……  … 「……そんな事があったって訳よ」 「へぇ~。 私がレポートとか書いてる間に、  そんな事があったんだぁ」 「全く…… 包み隠さずしゃべっちゃうなんて、、 アンタも口が軽いのね~」  残暑も厳しい晴れ空の下に、私たちの声が反射する。  ――あれから数日後、私のカゼはすっかり良くなっていた。  そして、久しぶりに『大学』のキャンパスを一緒に歩くつかさ達に、 あの日の出来事のの詳細を話したのだった。 「いや~、全部話したらスッキリしたよ。  これにて完全回復! って感じだね」  「アンタも気楽よね~。 単位落としても知らないわよ?」  私たちは今、晴れて大学二年生。  高校三年生の時に、つかさやかがみ達と一緒に猛勉強したおかげで、 都内にあるそこそこのレベルの大学に、三人とも合格することが出来た。  私とつかさは同じ学部、そしてかがみは法学部にそれぞれ進学した。  そして今は、大学の近くのアパートで一人暮らしをしている。  ……そんな事を考えている内に、一つの謎が浮かんできていた。 「ねぇ、かがみ。 ちょっとばかし質問が」 「えっ? 何か言いたいことでもあんの?」 「かがみってさぁ。 確か他の大学にもたくさん合格してたハズなのに、  何でここの大学に進学したのかな~。 ……ってな疑問が」  「ええっ!? あ、いや。 それは、その……」  私の発言に完全に動揺したかがみが、 髪を乱しながら手をブンブンとふって顔をそむけた。  そんな感じであたふたするかがみを見るのも久しぶりだった。  すると、私の中にいつものキレが戻ってきていた。 「おやおや~、顔が赤いよかがみん。  熱でもあるのかな~?  それとも、影の努力の結晶である『右手』の傷が……」 「う、うるさ~い! そんなんじゃないってば!」 「お、お姉ちゃん。 落ち着いて~」  あ、なんか懐かしいなぁ、この反応。  やっぱり、普段の私たちはこうでなくちゃ、 『張り合い』がないもんね~。 「こ~な~た~!」 「わっ、かがみが怒った~」 「こらぁ! 待ちなさ~い!」  ちなみに、その後のかがみいわく、この時顔が赤かったのは、 本当に熱が出ていたせいだったらしい。  そして数日後、私はかがみのお見舞いをする事にした。  赤と白のバラと、ありったけのアイスを抱えて―― 『お見舞い(2009年版)』    完 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - GJ! -- 名無しさん (2022-12-16 02:45:11) - ふふっ &br() &br()前のをちょっと変えてたのですね。 &br() &br()でも、良かったですよ! -- uu (2010-01-14 22:10:56)

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