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ラストサマー・ホリデー(夏の終わり)」(2022/12/15 (木) 18:03:41) の最新版変更点

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(柊家・かがみの部屋) 「夏ももう終わりか…」 窓から吹き込む夕暮れの風に頬をなでられ、わたしは小さく呟いた。 (へっ?!) 自分の口から無意識のうちに出た言葉に驚いて、思わず周りを見回すが、 誰にも聞かれてはいなかったようだ。 こなたは相変わらずベッドで仰向けになりながらわたしの薦めたラノベを読んでいるし、 つかさはその横―ベッドの隅で子犬のように丸くなって寝ている。 ほっと胸を撫で下ろして再びベッドに寄りかかり、勉強机の方の窓を見ると既に日は落ちていた。 開け放たれた窓から見える空には藍色の帳が下りており、徐々にその色を深めている。 青から藍、そして黒へ。 耳をすますと、それを喜ぶかのような虫の音が聞こえきた。 (そっか、やっぱり夏も終わりなんだ) そばにあったぼん太くん人形をなんとはなしに引き寄せ膝に乗せると、 軽く―ほんの少しだけため息をつく。 するとまるでそれが合図だったかのように、こなたが本を顔の上で開いた姿勢のまま上体を起こした。 「そうそう、夏休みも終わりだね」 そしてにんまり笑う。 「きっ、聞いてたの?!」 なぜだか無性に気恥ずかしくなり慌てるわたしを見て、こなたは目を細めた。 「もちろん。ちゃ~んと聞いてたよ。 いや~過ぎゆく夏を思ってセンチメンタルなかがみん、 実にナイスなしちゅえーしょんですなぁ」 「うるさいっ、わ、わたしだってそんな気分の時くらいあるわよ!」 こんな気分になったのは、さっきみんなで一緒に行ったコンビニで流れていた有線の曲が、 ずっとわたしの頭の中で繰り返し流れているせいなのかもしれない。 「確かにあの曲、今頃よく流れてるね」 「でしょ、タイトルもそのまんまだしさ」 こなたがJPOPを知っているとはめずらしい。 てっきりアニソンしか聞いてないのかと思ってた、とさっきの仕返しにからかうと、 心外だと言わんばかりにこなたはむくれた。 「なんかあの曲聞くと夏も終わるって感じがするのよね。 そういえばあんたは何か『これを聞くと夏も終わり』って曲ある?」 「う~ん、曲じゃないけど、コミケの終了アナウンスを聞くと、 毎年毎年『あぁ、これで今年の夏も終わったなぁ』ってしみじみ思うよ」 「あんたに聞いたあたしが馬鹿だったわ…」 頭をかかえるわたしに、こなたは少しだけ慌てて付け加える。 「いやいや、ちゃんと夏の終わりを感じる曲もあるから」 「何よ、まさかアニソンじゃないわよね?」 そう言ったあと、少しだけ後悔する。 別にこなたの趣味を否定するつもりはまったくないのに。 「違うよ~、もんのすごい有名な曲。 きっとアーティスト名を聞けばかがみもすぐ分かると思うよ」 そんなのには慣れっこなのか、(いや、やっぱり気をつけなくちゃダメよね…うん) さして気にした様子もなくこなたは胸を張って応えた。 「拓郎と陽水」 「ちょっ、井上陽水はわかるけど、拓郎ってあんた… 吉田拓郎のことを親しげに名前で呼ぶ女子高生ってどうなのよ」 「いやぁ、お父さんがこの時期になると毎年へびーろーてーしょんでレコードかけるからさ。 それ聞くといつも夏休みの終わりが間近に迫ってるのに気づいて焦るんだよね。 『しゅ、宿題が~』って」 毎年夏の終わりごろ焦ったようにかかってくるこなたからの電話を思い出して苦笑する。 そんなわたしに、こなたは少しだけ頬(ほお)をかきながらこう続けた。 「まあ今年はずっとかがみが一緒に勉強付き合ってくれたから、いつもより焦りはしないけど。 って、『今年も』か。 結局毎年宿題手伝ってもらったもんね」 てへへ、と照れたように笑うこなたの表情がたまらなく嬉しく感じる。 「いつものことじゃない、もう慣れっこよ」 ゆるみそうになる口許をおさえつつ、わたしは照れ隠しに少し気になったことをたずねた。 「ところで井上陽水の『少年時代』はわかるけど、吉田拓郎の方はなんて曲なの」 「うん、『夏休み』っていうんだけど…かがみ、隣来て」 何かを思いついた表情でぽんぽんとベッドを叩く。 「な、何よ充分そばにいるじゃない」 「いいから、いいから」 腰をあげ、こなたが示した通りの場所―こなたのすぐ隣に座る。 わたしとこなたの間にはこぶし一つ分ほどしか隙間がない。 ベッドが少しだけきしんで、窓の方を向いて寝息を立てていたつかさの頭が少しだけ動いた。 何も考えられず下を向くわたしに、こなたは「つかさを起こしちゃ悪いから」と笑い、 「こういう曲だよ」 と小さく息を吸った。 麦わら帽子はもう消えた 田んぼのかえるはもう消えた それでも待ってる夏休み こなたが小さく口ずさむメロディはどこか懐かしく、どこか悲しい。 もし―もしも『この夏』がもう一度やってくるのなら、わたしはいつまでもそれを待ち望むだろう。 でもそんなことはあり得ない。 『終わらない八月』なんて小説以外にはあり得ないのだ。 曲中で何度も繰り返される『それでも待ってる』というフレーズに胸をぎゅっと掴まれて、 わたしは顔を上げることができなかった。 窓から吹き込む風とこなたの歌声が柔らかく混ざりあい、そして――消える。 「ね、結構いい曲でしょ。 おとうさんこれ聞くと泣いちゃうんだ。 なんか昔のことを思い出すんだって」 歌い終わったこなたが笑いかけてくれたが、わたしはうつむいたままだ。 何か返答を、と思うのだが胸がいっぱいで言葉にならない。 なんとか笑顔だけでも返したくて顔を上げようとすると、わたしの膝に何かが落ちた。 「かがみ…どうしたの?」 「…何がよ。」 「何がって…かがみ泣い―」 「―てないわよ。何でもないから」 顔を手で覆って滴(しずく)を受ける。 自分でもどうしてこんなにも涙が出るのか分からない。 堰をきったように溢れ出した感情は、その源(もと)となる理由も分からないのに止められるはずがなかった。 あきれてしまったのかこなたは押し黙ったままだ。 それはそうだろう、自分が歌をうたい終わったら隣の友… ―ううん、隣にいた人がいきなり泣き出したら誰だって嫌な気分になるに違いない。 ぎしり。 ベッドとともにわたしの心臓も軋みをたてる。 こなたが立ち上がったのだ。 その瞬間、自分が泣いてしまった理由の輪郭がおぼろげにわかった。 これは喪失への恐怖だ。 何を失うことにここまで―泣くほど恐ろしいのかはわからない 。 夏の終わりとともに『何か』が失われてしまう―そんな気がして『わたし』は怖いのだ。 行かないで。 何に、いや誰にそう呼びかけたのかは分からない。 嗚咽がこみ上げるため、声に出してもいない。 でも― 「かがみ」 すっとこなたがわたしの前に立った。 思わず顔をあげる。 視線が頭の動きにあわせてこなたの腰から胸へと上っていき―それよりは上は見れなかった。 こわれものを扱うかのようにやさしく抱きしめられたからだ。 「私は、ここにいるよ」 その言葉に、涙の理由や理屈など全てをひっくるめてどうでもよくなる。 本当は、おぼろげだった輪郭が一つの像を結んだのだが、それもすぐにかき消えた。 わたしは今の自分の中に溢れる安堵感をもっとしっかり確かめたくて、ためらいながらも腕をのばした。 こなたの背中に手が触れたとき、こなたの背中が少し固まった。 そして腕の力がほんの少しだけ抜ける。 それもほんのわずか一瞬のことで、こなたの腕は前よりしっかりとわたしの頭を抱え込む。 今こなたがどんな顔をしているのか知りたかった。 でもそれはトクトクと少しだけ早いリズムを刻むこなたの心臓の音を聞きながら、頭をなでてもらうことに比べたら些細なことにすぎなかった。 どれだけそうしていたのだろうか。 一瞬だと言われればそうだったかもしれないし、数時間であったようにも思えた。 ただもうわたしの涙は乾いていた。 コンコン。 ノックの音に驚いて体を離す。 「かがみぃ~、入るよ。」 まつりお姉ちゃんだ。 離れたこなたの顔を初めて見る。 こなたは秘密を抱える共犯者の顔で笑っていた。 お姉ちゃんはドアを開けると、わたしとこなたを見て怪訝な顔をする。 「どうしたのかがみ、そんな嬉しそうな顔して。 こなたちゃんも突っ立ってどうしたのよ」 「べ、別になんでもないけど、ま、まつりお姉ちゃんこそ何か用でもあるの?」 言葉が出ないままかと思ったが、普通にしゃべることが出来た。 「うん、ちょっとゼミの友達に呼ばれたから出かけるね。 遅くなるかもしれないから先にご飯食べちゃって」 それだけ言ってドアを閉じる。 いつの間にかこちらに寝返りをうったまま、まだ寝息を立てているつかさを見て、こなたを見た。 こなたもわたしの視線に気づいたのか、つかさをみてからこちらを向いた。 「「まだ寝てるね」」 同時に話し出した言葉はまったく同じだった。 やっぱり2人して同時に吹き出す。 「どうする?食べてく?」 笑ったせいか、楽にこなたと話すことが出来る。 「ううん、つかさを起こしちゃ悪いし、明日学校だから帰るよ」 「そっか、残念」 確かに少し残念だったが、それでもわたしは明るく答えられた。 まだ胸に残る暖かさのおかげだ。 「でさ…」 めずらしくこなたが口ごもる。 「何よ、なんでもいいなさいよ。 今のわたしはどんなことでも聞いてあげられる心境だから」 頬をかきながら言うわたしに、こなたは何か別のことを思いついたようにちょっとだけ迷った後、嬉しそうにこういった。 「送ってってよ。『鷲宮駅』まで。」 外へ出ると辺りは暗く、門の横に立っている電信柱の灯りがわたしたちの影を伸ばした。 風が吹いていたせいか見上げる空には星が良く見える。 いつも登校するときと同じ道を通って駅へ向かおうと、右へ向かって歩き出しながらこなたに話しかけた。 「東京のほうじゃ星も見えないっていうけど、こっちは星空見えるね。」 返事を待っても返ってこないので不思議に思って横を見るとこなたがいない。 「おーい、かがみー」 と後ろの方、家の門の前でこなたが手を振っている。 「なにか忘れ物?」 と家の前まで戻るとこなたが頭をかきながら照れくさそうに言った。 「いや、私の言う『鷲宮』の駅はこっちの方が近いかな~って」 「はっ?『わしのみや駅』はこっちだけど…そっちは― って、あんたまさか『東鷲宮』まで送ってけっていったの?」 「だめ?」 東鷲宮駅から家(うち)まではタクシーで6分くらいだが、それ以外なら自転車でも少しかかる。 しかし、少しだけ残念そうに言うこなたの頼みを断ることはわたしには出来なかった。 大体、さっきこなたがわたしにしてくれたことを思えばこれくらいなんともない。 でもやっぱりどこか素直になれなくて、少しだけ口調はぶっきらぼうなものになってしまった。 「しょうがないわね、じゃあ自転車持ってくるから待ってなさいよ」 「やたー!」 こなたの歓声を背に門を開ける。 自然に顔がほころぶ。 なぜって?それはもう少しだけこなたとの夏休みが続くからだ。 自転車をおして、たわいもない話をしながらこなたと歩く。 みゆきやつかさ、ゆたかちゃんたちのこと、学校のこと、そして少しだけ将来の話もした。 「来年はわたしもあんたも大学生か」 「まあかがみは間違いなく大学生だね。 私は落ちなければだけど」 少しだけ肩を落とすこなたをわたしは励ます。 「だいじょうぶよ、これから一生懸命勉強すれば。 安心しなさい、しっかり勉強見てあげるから…も、もちろん、みゆきやつかさと一緒によ」 慌ててみゆきたちの名前を付け加える。 「かがみ」 ぽつりとこなたが小さく呟く。 少しだけ沈黙が流れたあと、 「ありがとう、かがみがいてくれて本当によかったよ。 これからもよろしくね」 と顔を少しだけ赤くしながら、それでもしっかりと言った。 思わず足が止まり、また涙が出そうになる。 でもそれは悲しいからじゃない。 「わ、わたしの方こそ…こなたがいてくれて、いてくれて…」 ああ、もう!しっかり言わなきゃわたし! 肺の中の空気を搾り出して、前にいるこなたに向けて言葉を紡ぐ。 「…こなたありがとう。」 やっとそれだけ言えた。 「じゃあかがみにお返しとして一つだけなんでもお願い聞いちゃうよ」 「えっ、悪いわよ」(お礼したくてもしきれないのはわたしの方だし…) 「いやいや、さっきも私のワガママ聞いてもらったし。 どーんと、遠慮しないで」 悪戯っ子の表情で微笑むこなたに、わたしは一つの提案をした。 夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれに さまよう 青空に 残された 私の心は 夏模様 2人乗りの自転車をこぎながら、こなたの歌を聴く。 (いくら小さい声でも、さすがに歩きながらは恥ずかしいそうだ) わたしは今までこの曲を聴くと、なぜだかとても悲しくなった。 だから良い曲だけどあまり聴くことはなかった―とっても好きな曲なのに。 でもこれからはこの曲を聴いた時、悲しさよりも楽しかった思い出が浮かぶようにたくさん思い出を作ろうと思う。 来年の夏も、その次の夏も、ずっとずっと先の夏も。 ――と一緒に。 「かがみやっぱり恥ずかしいよぅ」 一番をうたい終わったこなたが、しがみついた背中をつつくので自転車を止めた。 こなたが自転車の荷台からおりる。 「何よ、何でもお願い聞いてくれるって言ったじゃない」 振り向いていうとこなたは頬をふくらませた。 「かがみばっかり聴いててずるい。 私もかがみの歌聴きたいもん」 「えっ?!」 「かがみが二番から歌ってくれるなら私も歌うよ」 ……しかたがない。 「いい、せーので一緒に歌うのよ。 一人で歌わせたら承知しないんだからね」 自転車の横を歩くこなたに念を押す。 わかった、とこなたが笑う。 せーの、で二人一緒に息を吸う。 夏まつり 宵かがり 胸の高鳴りに 合わせて 八月は 夢花火 わたしの心は 夏模様 ハミングを続けるこなたにわたしは声をかける。 「こなた…そのまま聞いてね」 目が覚めて 夢のあと 長い影が 夜にのびて 星屑の空へ こなたは素直に歌いながら聞いてくれる。 「…これからもよろしくね」 夢はつまり 想い出のあとさき そこまで歌ってこなたの息が止まる。 「せーの!」 わたしの合図で二人一緒に息を吸う。 夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれに さまよう 青空に 残された 私の心は 夏模様 終 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - こんにちは、またブログ覗かせていただきました。また、遊びに来ま〜す。よろしくお願いします バーバリー ブラックレーベル http://burberry.onasake.com/ -- バーバリー ブラックレーベル (2013-03-13 08:19:52) - じーんと来ます… -- 名無しさん (2013-01-01 19:19:09) - 進学は寂しいですね? -- かがみんラブ (2012-09-19 23:12:23) - 自分あとひと月半で卒業かぁ…って思うと切なくなった -- 名無しさん (2011-01-16 20:32:54) - 少年時代wwwww &br() -- 名無しさん (2010-08-11 20:23:39) - 何だか学生の頃の夏を思い出してじんわりしました。 -- 名無しさん (2008-03-11 05:42:24)
(柊家・かがみの部屋) 「夏ももう終わりか…」 窓から吹き込む夕暮れの風に頬をなでられ、わたしは小さく呟いた。 (へっ?!) 自分の口から無意識のうちに出た言葉に驚いて、思わず周りを見回すが、 誰にも聞かれてはいなかったようだ。 こなたは相変わらずベッドで仰向けになりながらわたしの薦めたラノベを読んでいるし、 つかさはその横―ベッドの隅で子犬のように丸くなって寝ている。 ほっと胸を撫で下ろして再びベッドに寄りかかり、勉強机の方の窓を見ると既に日は落ちていた。 開け放たれた窓から見える空には藍色の帳が下りており、徐々にその色を深めている。 青から藍、そして黒へ。 耳をすますと、それを喜ぶかのような虫の音が聞こえきた。 (そっか、やっぱり夏も終わりなんだ) そばにあったぼん太くん人形をなんとはなしに引き寄せ膝に乗せると、 軽く―ほんの少しだけため息をつく。 するとまるでそれが合図だったかのように、こなたが本を顔の上で開いた姿勢のまま上体を起こした。 「そうそう、夏休みも終わりだね」 そしてにんまり笑う。 「きっ、聞いてたの?!」 なぜだか無性に気恥ずかしくなり慌てるわたしを見て、こなたは目を細めた。 「もちろん。ちゃ~んと聞いてたよ。 いや~過ぎゆく夏を思ってセンチメンタルなかがみん、 実にナイスなしちゅえーしょんですなぁ」 「うるさいっ、わ、わたしだってそんな気分の時くらいあるわよ!」 こんな気分になったのは、さっきみんなで一緒に行ったコンビニで流れていた有線の曲が、 ずっとわたしの頭の中で繰り返し流れているせいなのかもしれない。 「確かにあの曲、今頃よく流れてるね」 「でしょ、タイトルもそのまんまだしさ」 こなたがJPOPを知っているとはめずらしい。 てっきりアニソンしか聞いてないのかと思ってた、とさっきの仕返しにからかうと、 心外だと言わんばかりにこなたはむくれた。 「なんかあの曲聞くと夏も終わるって感じがするのよね。 そういえばあんたは何か『これを聞くと夏も終わり』って曲ある?」 「う~ん、曲じゃないけど、コミケの終了アナウンスを聞くと、 毎年毎年『あぁ、これで今年の夏も終わったなぁ』ってしみじみ思うよ」 「あんたに聞いたあたしが馬鹿だったわ…」 頭をかかえるわたしに、こなたは少しだけ慌てて付け加える。 「いやいや、ちゃんと夏の終わりを感じる曲もあるから」 「何よ、まさかアニソンじゃないわよね?」 そう言ったあと、少しだけ後悔する。 別にこなたの趣味を否定するつもりはまったくないのに。 「違うよ~、もんのすごい有名な曲。 きっとアーティスト名を聞けばかがみもすぐ分かると思うよ」 そんなのには慣れっこなのか、(いや、やっぱり気をつけなくちゃダメよね…うん) さして気にした様子もなくこなたは胸を張って応えた。 「拓郎と陽水」 「ちょっ、井上陽水はわかるけど、拓郎ってあんた… 吉田拓郎のことを親しげに名前で呼ぶ女子高生ってどうなのよ」 「いやぁ、お父さんがこの時期になると毎年へびーろーてーしょんでレコードかけるからさ。 それ聞くといつも夏休みの終わりが間近に迫ってるのに気づいて焦るんだよね。 『しゅ、宿題が~』って」 毎年夏の終わりごろ焦ったようにかかってくるこなたからの電話を思い出して苦笑する。 そんなわたしに、こなたは少しだけ頬(ほお)をかきながらこう続けた。 「まあ今年はずっとかがみが一緒に勉強付き合ってくれたから、いつもより焦りはしないけど。 って、『今年も』か。 結局毎年宿題手伝ってもらったもんね」 てへへ、と照れたように笑うこなたの表情がたまらなく嬉しく感じる。 「いつものことじゃない、もう慣れっこよ」 ゆるみそうになる口許をおさえつつ、わたしは照れ隠しに少し気になったことをたずねた。 「ところで井上陽水の『少年時代』はわかるけど、吉田拓郎の方はなんて曲なの」 「うん、『夏休み』っていうんだけど…かがみ、隣来て」 何かを思いついた表情でぽんぽんとベッドを叩く。 「な、何よ充分そばにいるじゃない」 「いいから、いいから」 腰をあげ、こなたが示した通りの場所―こなたのすぐ隣に座る。 わたしとこなたの間にはこぶし一つ分ほどしか隙間がない。 ベッドが少しだけきしんで、窓の方を向いて寝息を立てていたつかさの頭が少しだけ動いた。 何も考えられず下を向くわたしに、こなたは「つかさを起こしちゃ悪いから」と笑い、 「こういう曲だよ」 と小さく息を吸った。 麦わら帽子はもう消えた 田んぼのかえるはもう消えた それでも待ってる夏休み こなたが小さく口ずさむメロディはどこか懐かしく、どこか悲しい。 もし―もしも『この夏』がもう一度やってくるのなら、わたしはいつまでもそれを待ち望むだろう。 でもそんなことはあり得ない。 『終わらない八月』なんて小説以外にはあり得ないのだ。 曲中で何度も繰り返される『それでも待ってる』というフレーズに胸をぎゅっと掴まれて、 わたしは顔を上げることができなかった。 窓から吹き込む風とこなたの歌声が柔らかく混ざりあい、そして――消える。 「ね、結構いい曲でしょ。 おとうさんこれ聞くと泣いちゃうんだ。 なんか昔のことを思い出すんだって」 歌い終わったこなたが笑いかけてくれたが、わたしはうつむいたままだ。 何か返答を、と思うのだが胸がいっぱいで言葉にならない。 なんとか笑顔だけでも返したくて顔を上げようとすると、わたしの膝に何かが落ちた。 「かがみ…どうしたの?」 「…何がよ。」 「何がって…かがみ泣い―」 「―てないわよ。何でもないから」 顔を手で覆って滴(しずく)を受ける。 自分でもどうしてこんなにも涙が出るのか分からない。 堰をきったように溢れ出した感情は、その源(もと)となる理由も分からないのに止められるはずがなかった。 あきれてしまったのかこなたは押し黙ったままだ。 それはそうだろう、自分が歌をうたい終わったら隣の友… ―ううん、隣にいた人がいきなり泣き出したら誰だって嫌な気分になるに違いない。 ぎしり。 ベッドとともにわたしの心臓も軋みをたてる。 こなたが立ち上がったのだ。 その瞬間、自分が泣いてしまった理由の輪郭がおぼろげにわかった。 これは喪失への恐怖だ。 何を失うことにここまで―泣くほど恐ろしいのかはわからない 。 夏の終わりとともに『何か』が失われてしまう―そんな気がして『わたし』は怖いのだ。 行かないで。 何に、いや誰にそう呼びかけたのかは分からない。 嗚咽がこみ上げるため、声に出してもいない。 でも― 「かがみ」 すっとこなたがわたしの前に立った。 思わず顔をあげる。 視線が頭の動きにあわせてこなたの腰から胸へと上っていき―それよりは上は見れなかった。 こわれものを扱うかのようにやさしく抱きしめられたからだ。 「私は、ここにいるよ」 その言葉に、涙の理由や理屈など全てをひっくるめてどうでもよくなる。 本当は、おぼろげだった輪郭が一つの像を結んだのだが、それもすぐにかき消えた。 わたしは今の自分の中に溢れる安堵感をもっとしっかり確かめたくて、ためらいながらも腕をのばした。 こなたの背中に手が触れたとき、こなたの背中が少し固まった。 そして腕の力がほんの少しだけ抜ける。 それもほんのわずか一瞬のことで、こなたの腕は前よりしっかりとわたしの頭を抱え込む。 今こなたがどんな顔をしているのか知りたかった。 でもそれはトクトクと少しだけ早いリズムを刻むこなたの心臓の音を聞きながら、頭をなでてもらうことに比べたら些細なことにすぎなかった。 どれだけそうしていたのだろうか。 一瞬だと言われればそうだったかもしれないし、数時間であったようにも思えた。 ただもうわたしの涙は乾いていた。 コンコン。 ノックの音に驚いて体を離す。 「かがみぃ~、入るよ。」 まつりお姉ちゃんだ。 離れたこなたの顔を初めて見る。 こなたは秘密を抱える共犯者の顔で笑っていた。 お姉ちゃんはドアを開けると、わたしとこなたを見て怪訝な顔をする。 「どうしたのかがみ、そんな嬉しそうな顔して。 こなたちゃんも突っ立ってどうしたのよ」 「べ、別になんでもないけど、ま、まつりお姉ちゃんこそ何か用でもあるの?」 言葉が出ないままかと思ったが、普通にしゃべることが出来た。 「うん、ちょっとゼミの友達に呼ばれたから出かけるね。 遅くなるかもしれないから先にご飯食べちゃって」 それだけ言ってドアを閉じる。 いつの間にかこちらに寝返りをうったまま、まだ寝息を立てているつかさを見て、こなたを見た。 こなたもわたしの視線に気づいたのか、つかさをみてからこちらを向いた。 「「まだ寝てるね」」 同時に話し出した言葉はまったく同じだった。 やっぱり2人して同時に吹き出す。 「どうする?食べてく?」 笑ったせいか、楽にこなたと話すことが出来る。 「ううん、つかさを起こしちゃ悪いし、明日学校だから帰るよ」 「そっか、残念」 確かに少し残念だったが、それでもわたしは明るく答えられた。 まだ胸に残る暖かさのおかげだ。 「でさ…」 めずらしくこなたが口ごもる。 「何よ、なんでもいいなさいよ。 今のわたしはどんなことでも聞いてあげられる心境だから」 頬をかきながら言うわたしに、こなたは何か別のことを思いついたようにちょっとだけ迷った後、嬉しそうにこういった。 「送ってってよ。『鷲宮駅』まで。」 外へ出ると辺りは暗く、門の横に立っている電信柱の灯りがわたしたちの影を伸ばした。 風が吹いていたせいか見上げる空には星が良く見える。 いつも登校するときと同じ道を通って駅へ向かおうと、右へ向かって歩き出しながらこなたに話しかけた。 「東京のほうじゃ星も見えないっていうけど、こっちは星空見えるね。」 返事を待っても返ってこないので不思議に思って横を見るとこなたがいない。 「おーい、かがみー」 と後ろの方、家の門の前でこなたが手を振っている。 「なにか忘れ物?」 と家の前まで戻るとこなたが頭をかきながら照れくさそうに言った。 「いや、私の言う『鷲宮』の駅はこっちの方が近いかな~って」 「はっ?『わしのみや駅』はこっちだけど…そっちは― って、あんたまさか『東鷲宮』まで送ってけっていったの?」 「だめ?」 東鷲宮駅から家(うち)まではタクシーで6分くらいだが、それ以外なら自転車でも少しかかる。 しかし、少しだけ残念そうに言うこなたの頼みを断ることはわたしには出来なかった。 大体、さっきこなたがわたしにしてくれたことを思えばこれくらいなんともない。 でもやっぱりどこか素直になれなくて、少しだけ口調はぶっきらぼうなものになってしまった。 「しょうがないわね、じゃあ自転車持ってくるから待ってなさいよ」 「やたー!」 こなたの歓声を背に門を開ける。 自然に顔がほころぶ。 なぜって?それはもう少しだけこなたとの夏休みが続くからだ。 自転車をおして、たわいもない話をしながらこなたと歩く。 みゆきやつかさ、ゆたかちゃんたちのこと、学校のこと、そして少しだけ将来の話もした。 「来年はわたしもあんたも大学生か」 「まあかがみは間違いなく大学生だね。 私は落ちなければだけど」 少しだけ肩を落とすこなたをわたしは励ます。 「だいじょうぶよ、これから一生懸命勉強すれば。 安心しなさい、しっかり勉強見てあげるから…も、もちろん、みゆきやつかさと一緒によ」 慌ててみゆきたちの名前を付け加える。 「かがみ」 ぽつりとこなたが小さく呟く。 少しだけ沈黙が流れたあと、 「ありがとう、かがみがいてくれて本当によかったよ。 これからもよろしくね」 と顔を少しだけ赤くしながら、それでもしっかりと言った。 思わず足が止まり、また涙が出そうになる。 でもそれは悲しいからじゃない。 「わ、わたしの方こそ…こなたがいてくれて、いてくれて…」 ああ、もう!しっかり言わなきゃわたし! 肺の中の空気を搾り出して、前にいるこなたに向けて言葉を紡ぐ。 「…こなたありがとう。」 やっとそれだけ言えた。 「じゃあかがみにお返しとして一つだけなんでもお願い聞いちゃうよ」 「えっ、悪いわよ」(お礼したくてもしきれないのはわたしの方だし…) 「いやいや、さっきも私のワガママ聞いてもらったし。 どーんと、遠慮しないで」 悪戯っ子の表情で微笑むこなたに、わたしは一つの提案をした。 夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれに さまよう 青空に 残された 私の心は 夏模様 2人乗りの自転車をこぎながら、こなたの歌を聴く。 (いくら小さい声でも、さすがに歩きながらは恥ずかしいそうだ) わたしは今までこの曲を聴くと、なぜだかとても悲しくなった。 だから良い曲だけどあまり聴くことはなかった―とっても好きな曲なのに。 でもこれからはこの曲を聴いた時、悲しさよりも楽しかった思い出が浮かぶようにたくさん思い出を作ろうと思う。 来年の夏も、その次の夏も、ずっとずっと先の夏も。 ――と一緒に。 「かがみやっぱり恥ずかしいよぅ」 一番をうたい終わったこなたが、しがみついた背中をつつくので自転車を止めた。 こなたが自転車の荷台からおりる。 「何よ、何でもお願い聞いてくれるって言ったじゃない」 振り向いていうとこなたは頬をふくらませた。 「かがみばっかり聴いててずるい。 私もかがみの歌聴きたいもん」 「えっ?!」 「かがみが二番から歌ってくれるなら私も歌うよ」 ……しかたがない。 「いい、せーので一緒に歌うのよ。 一人で歌わせたら承知しないんだからね」 自転車の横を歩くこなたに念を押す。 わかった、とこなたが笑う。 せーの、で二人一緒に息を吸う。 夏まつり 宵かがり 胸の高鳴りに 合わせて 八月は 夢花火 わたしの心は 夏模様 ハミングを続けるこなたにわたしは声をかける。 「こなた…そのまま聞いてね」 目が覚めて 夢のあと 長い影が 夜にのびて 星屑の空へ こなたは素直に歌いながら聞いてくれる。 「…これからもよろしくね」 夢はつまり 想い出のあとさき そこまで歌ってこなたの息が止まる。 「せーの!」 わたしの合図で二人一緒に息を吸う。 夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれに さまよう 青空に 残された 私の心は 夏模様 終 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - GJ! -- 名無しさん (2022-12-15 18:03:41) - こんにちは、またブログ覗かせていただきました。また、遊びに来ま〜す。よろしくお願いします バーバリー ブラックレーベル http://burberry.onasake.com/ -- バーバリー ブラックレーベル (2013-03-13 08:19:52) - じーんと来ます… -- 名無しさん (2013-01-01 19:19:09) - 進学は寂しいですね? -- かがみんラブ (2012-09-19 23:12:23) - 自分あとひと月半で卒業かぁ…って思うと切なくなった -- 名無しさん (2011-01-16 20:32:54) - 少年時代wwwww &br() -- 名無しさん (2010-08-11 20:23:39) - 何だか学生の頃の夏を思い出してじんわりしました。 -- 名無しさん (2008-03-11 05:42:24)

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