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貴女と私の世界」(2014/07/23 (水) 02:24:54) の最新版変更点

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世界には、白と青しかなかったのだという。  世界には、白と青しかなかったのだという。  白い雲に砂浜、青い海に青い空だけが存在していた。そこには何も無くて、そこには何でもあった。  次第に世界は白と青以外の色で染まっていった。  世界と人の心は少し似ていると思う。人の数だけ色があって、人の数だけ交じり合っていく。  そして、人の数だけ守るべき暗黙のルールが生まれたという。  ルールを破った人は人の数だけ世界から外された。  この外された世界には、たった二つの影しか無かった。  その世界を外した世界には、沢山の影があった。  そして、二つしか影の無い世界で、二つの影は互いに背を向けなければならなかった。向かい合えば、外されてなお干渉してくる世界の沢山の影達に後ろ指を、罵倒を、軽蔑を無理矢理に与えられなければならなかったからだ。  二つの影は、お互い気づいてはいなかったけれど、本当は、世界から切り離される前からずっと向き合いたくて堪らなかった。  しかし、向かい合いたいと気がついた後ですら、元の世界から切り離された狭い世界の中で、向き合うことを許されなかった。  全ては、世界が認めなかったから……たったその一言で終わってしまうんだ  ―ただ、それだけの事なんだよね  何だか、わけのわからない夢を見た。きっと、昨日わけのわからない頭の壊れた人が書いたとしか思えない本を読んだからだと思うんだけど、変な夢の所為で目覚めがすこぶる悪い。  寝返りを打ち、もう一度まどろみに身を任せようと思ったら何かやわらかくていいにおいがする。安心するいい匂い、大好きな匂いだ。 「……なんで、私の部屋にかがみがいるんだっけ?」 眠気が飛んで意識がはっきりしてくると、ここが私の部屋ではない事、どうしてかがみがいるのかとか色々な考えが頭の中を駆け巡った。  あぁ、そういえば、二人で旅行に来たんだっけ。支払いはほとんど私持ち、場所は私が決めた。つかさやみゆきさんも誘ったんだけど、二人には遠慮されてしまった。最も、かがみと私が“恋人”なんてある種、世間のルールから外れた関係だから遠慮されてしまったのかもしれない……なーんて事を考えるのは二人に失礼だよね。  二人にはちゃんと相談したからね。最初、みゆきさんは反対だったけどさ、それでも、私やかがみにつかさの三人で目一杯説得して、最終的に折れたのはみゆきさんの方。本当なら説得なんか聞かないで避ければいいのに、ちゃんと考えてくれた優しい親友だよ。反対したのだって、私やかがみの事を思えばこそだって、今ならわかる気がするしネ。  つかさは、多分まだ良くわかっていないのか、どこか達観してるのか良くわかんないけどあっさりと受け入れてくれたんだ。  “二人がお互いに好きで、それなら変には思わないって” あのほやほやとした笑顔が悩みで軋んだ私達の心を優しく包み込んで癒してくれるように。その一言にどれだけ私達が救われたのかなんて、言葉ではとても言い尽くせないヨ。 「ん、こなた……」 かがみの声に、体を起こして天井を見上げていた私は彼女の方を向いた。起きたわけではないらしい、いわゆるタダの寝言。  目覚めはあまり良くないけど……でも、かがみの寝言というか、寝顔を見れただけでもわけのわからない夢を見て早起きする損はチャラになったと考えても間違いは無いね。  朝食までは、まだ時間がある。何をして時間を潰そうカナ?  そんな事を考えていると不意に背中から抱きしめられた。甘くて大好きな匂いが漂ってきて、背中に心地の良い温もりが伝わってくる。 「こなた……すぅ」 どうやら、かがみが寝ぼけて抱きついてきただけのようだった。  ここに来てふと思う事がある。私達は今、束の間の幸せの中にいるのではないだろうかって。理由は、私とかがみが同性なのに、互いに想いあい、そして恋というぬるま湯に浸かってしまった事。 ―最も、ぬるま湯なんて表現が正しいとは限らない、実は気持ちのいいぬるま湯に浸かっているつもりで泥沼に嵌っている事に気がついていないだけなのかもしれないのだから。  ううん、いずれは世間という茨の道を歩き、時には泥をすするような惨めな目にあうかもしれない。  実際、この旅行だって……本当はただ、逃げ出してきただけに過ぎないのだしネ。  私とかがみの事を打ち明けた時、お父さんは反対しなかった。ゆーちゃんは、どう反応していいのかわからないみたいだった。お父さんは、確かに反対しなかったけど、認めてもくれなかった。  それで居場所がなくなってしまったのだ。かがみの家も認めてくれたのはつかさだけだったしネ。恐らくは何となく感覚で気づいていたであろう、みゆきさんに認めてもらうのだって随分と時間がかかったんだ。  元より親友だったみゆきさんならまだしも、自らの娘がそういう想いを持ってしまうなんて思っても見なかった親からすれば受け入れるのは当然難しいはずだろう。    こうして、かがみと幸せな時間を過ごしているのに……胸がチクリと痛むのはどうしてだろうネ? 「ん、うわ!私は何をしてるんだ……」 背中から寝ぼけて私を優しく抱きしめてくれていた恋人が目を覚まして、自分の無意識の行動に驚いてる、思わず声を出して笑うと、 「な、わ、笑うこと無いじゃない」 そうやって慌ててる時は顔が真っ赤で可愛いんだよね、かがみってさ。その表情が見えないのが少し残念だネ。 「ごめんごめん、かがみ?」 「ん?なに、こなた」 “おはよう”と告げて、振り向きざまにキスをする。こうして、二人ぼっちの現実逃避な一日が、再び幕を開けた。 ◆  空は青一色で、浜辺は人気も無く白と青でのグラデーションが広がっていた。  朝食をとった後は、特にすることも無く人気の無い海岸をこなたと二人で歩くのがここへ来てからの日課になりつつある。 「去年は、黒井先生やゆいさんも巻き込んでここに来たんだったわね~」 そんな事を呟くと、前を歩くこなたがこちらを向いて、いつものニマニマとした表情とは違って、遠い思い出を懐かしむような笑顔を浮かべていた。 「そうだねー。着くのに時間がかかっちゃって初日は、今泊まってる旅館に一泊したんだよね。いやー後ろから見てても、やっぱりゆい姉さんの運転は凄いものがあったねぇ。かがみとつかさには人柱になってもらうつもりが、黒井先生も地図見るの苦手だから迷っちゃってどっちもハズレだったよねぇ、懐かしい思い出だヨ」 感慨深げに呟くこなたに私は曖昧な笑顔で頷いた。人柱って何だよ!って突っ込みたくもあったけど、どこか遠くを見ている貴女にそういう言葉は無粋な気がしたから、やめた。 「あれ?“人柱って何だよ!”とか、突っ込んでくれないの~?かがみ」 突っ込まなかったのが不満なのか、茶化して無理にニマニマとした表情を浮かべなおしてる。その言葉にも、曖昧な微笑を返すことしかできなかった。  私達は現実から少し逃げている。それは、こなたにもわかっている……だからこそ茶化してしまうしかないんだろう。  こうやって人気の無い浜辺を二人で散歩しているのは、とても幸せな気持ちに慣れるはずなのに、どこか空虚で寂しかった。  つかさがいれば、みゆきがいれば……そんな事を思ったりもするけれど、でも、それだけじゃないんだ。  こなたのおじさんも私達の事についてはイエスと言えなかった。たった一人娘が未来へ紡げない恋をしてしまったと知ったとき、どんな気持ちだったんだろう。  私の家は、つかさだけが認めてくれて、後は全員が反対だった。それでも、世間体という言葉を両親は使わなかった。それは、まつり姉さんやいのり姉さんも同じだった。  皆、私の先の事を心配してくれていた。同性愛者という烙印を押されて、ただ二人で生きていくのは難しいと言われた。茨の道を歩く事も、泥をすすってる事もそんな事は、私とこなたが付き合う前につかさも交えて散々話し合ったことだし、反対されるのは、はじめからわかっていた。  人は、ううん……世界は、異端する者を認めてはくれない。昔ほどではないにしろ、今だってそれは変わらない。  こうして、離れた場所で早四日。私の貯金とこなたのグッズを買うためのお金もつきかけているし、そろそろ連休にズル休みを加えても……現実を考えれば帰らなければ行けないんだ。  空をあげて歩いていると不意に手を引かれて、砂浜に転がった。運よく仰向けだったから良かったけど、うつ伏せに転がっていたらさぞかし口の中がジャリジャリになったに違いない。 「いきなり何するのよ、全く」 「だって、かがみが陰鬱な表情してるからさ、空でも眺めて、波の音でも聞けば、少しは穏やかな気持ちに慣れるんじゃないかって思ってさ~」 「そんなに暗い表情してた、私?」 「いや、ほら、何ていうか私と同じで心がさ」 「そうかもしれないわね……でも、私は、こなたの事―好きになったのは後悔してないわよ?」 こなたの方を向いて、微笑みながら言うと、彼女の顔は真っ赤になって、目があえばすぐに逸らした。それがとても可笑しくて、吹き出してしまった私を見てふくれっ面をしていたけれど、いつの間にか二人で笑いあっていた。  そして笑い飽きると、何時も通りに私はこなたにからかわれる。それは決して不快ではなかった 「もう、いきなりデレ期に突入されちゃたまんないよ、防御不可だよ……私もかがみの事を好きになったのは後悔してないケドさ」 “思っていたより、受け入れられないものだね。そこだけ、少し残念だヨ”  こなたらしくない弱気な発言だと思った。だけど、私も同じ気持ちだった、こんなにも受け入れられない想いだとは……考えの甘さを痛感する。  頭を真っ白にして、引っ張られた後、絡めた指をしっかりと繋ぎ直して目を閉じる。波の音が心地よかった。波の音に飽きたら空を見上げて、空を眺めるのに飽きたら、また波の音を聞く。  私達はどうして、逃げているのだろう。ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。少なくともみゆきに反対された時、私達は逃げずに彼女を説き伏せた。  それなら、私達の親も同じように説き伏せる事ができるのかもしれない。先に繋がらない恋をしたのがそんなに行けないことなのだろうか。 「ねぇ、こなた」 「なに?かがみ」 「そろそろ、旅館にもどろっか。少し冷えてきたし、何だか飴も振りそうだから」 「そだね。戻ったら、色々話をしようか、お互い目を逸らして逃げてきちゃったことからさ」 「そうね。そろそろ、目を逸らして逃げるのをやめないといけないわよね」 ギュッとこなたの手を握ると、こなたもギュッと握り返してくれた。ただ、それだけの事がとても幸せだった。 ◆  昼食をとってから、私とかがみは背中合わせにお互いがお互いにもたれかかる様にして座っていた。体躯の差があるけど、かがみがその辺りを調節してくれているようで、上手くバランスがとれてる。 「こうしてると、かがみが傍にいるんだなって思えて、なんだか気持ちがいいね」 「私も同じ事を思ったわ。こなたがすぐ傍にいるんだって感じられて気持ちがいいわね」 何だか、話をする気分に慣れなかったから、あえて私からは口を開かなかった。しばらくはかがみもそんな私の心情を察してかな?話しかけてはこなかったけど、ずっとこのままじゃいけないんだって、かがみはわかってるから、沈黙を破ったのは彼女だった。 「後ここに滞在できて三日くらいかしら。それ以上は、金銭的にも学校の出席日数にも差し支えてくるわよ?それに、逃げてるだけじゃ何も変わらない。こうやって二人ぼっちでぬるま湯に浸かっているだけじゃ、きっとだめなのよ」 かがみの声はとても優しかった。“逃げてるだけじゃ何も変わらない”か。 「でも、帰っても居場所は無いヨ?お父さんもかがみの家族だって、反対なんだし」 「そうね……でも、私達にはつかさやみゆきがいるわ。力強い親友が、二人もいる。ここでこうやって二人ぼっちで燻っているより、時間はかかってもみゆきを説き伏せて認めてもらったように切り開いていかないといけないと思うのよ。確かに、こうして、あんたと一緒に過ごしてる時間は凄く幸せだわ。でも、このままずっと現実から逃げても仕方が無いと思うし……それに」 かがみが、何を言いたいのかわかってる。ここに来て、二人きりになって初めて見えた事。ううん、思い出した事があるんだヨ、だから、もうこうやって現実から目を背けちゃ行けないんだってのはわかってるんだ。 「うん、わかってるヨ。お互い好きで恋人になったんだもんね。約束は忘れたわけじゃないんだ……茨の道を歩くことになっても、泥をすする事になってもいいんだって、そう決めたんだよネ」 「そうよ、私達はそれを忘れてた。だから、そろそろここにいるのも終わりにしなくちゃいけないのよ」 かがみの言葉に返事を返そうと思ったとき、不意に個室の扉が開いて、 「そうだよ!お姉ちゃん、こなちゃん」 聞きなれた声だった。顔を向けるとつかさが立っていた、どうして?なんて事を思う。 「そうですよ、泉さん、かがみさん。私が反対した時はあんなに一生懸命、どれだけ自分達の気持ちが本気なのか、教えてくださったじゃありませんか」 みゆきさんまで、どうして? 「私が、昨日呼んだのよ。二人が来てくれたら……もっと前に進める気がして、ね」 かがみが体の向きを変えて、私のことを抱きしめてくれた。  誰かが認めてくれなければ、いけないわけじゃない。変な夢を何度も見たからそんな風に思ってしまっただけかもしれない。  誰かに認めてもらうことで、二人ぼっちの世界が広がっていくなら、認めてもらえるように努力していけばいいだけだった。  私には、かがみがいる。そして、つかさやみゆきさんもいる。  二人ぼっちでは何もできないと思ってた。  でも、最初からそれは違ったんだ。初めからつかさがいた、そして今はみゆきさんもいる。  現実から逃げる必要なんて無かったんだ。 「かがみは、初めから現実から逃げる必要が無いってわかってたの?」 「ううん、考える時間があってこそよ。さぁ、帰るわよ?」 「そうだね、私達にはつかさもみゆきさんもいる。二人ぼっちではどうにもならなくなって、四人ならなんとかなるかもしれないよネ?」 私の言葉に、つかさとみゆきさんが私達を抱きしめてくれた。  影は二つじゃなかったし、世界から外れたわけじゃなかった。  私もかがみも気がついてなかっただけ、こんなにも心強い味方がいる事に。  確かに二人ぼっちじゃなにもできないかもしれない。  それに、未来へと紡いでいけない恋かもしれない。  でも、四人なら、世界から烙印者とされても何とかなるかもしれない。  それが、未来へと紡いでいけない事だとしても、私達の想いが本気ならいつかきっと、お父さんやかがみの家族だって認めてくれる。  だから、帰ろう。    辛くても、苦しくても、前に進むために  道を切り開くために、私達の想いは本物なのだから。 「きっと大丈夫だよ、お姉ちゃん、こなちゃん」 「私も微力ならがんばります」  “ありがとう” 今は、ただその一言しか言えないけれど、いつかきっと、私達は本当の幸せを得られる。そんな気がした。 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - 世間の風なんかに負けないで愛を貫き通してほしいものですね -- こなかがは正義ッ! (2009-05-27 14:14:42) **投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください) #vote3(10)
世界には、白と青しかなかったのだという。  世界には、白と青しかなかったのだという。  白い雲に砂浜、青い海に青い空だけが存在していた。そこには何も無くて、そこには何でもあった。  次第に世界は白と青以外の色で染まっていった。  世界と人の心は少し似ていると思う。人の数だけ色があって、人の数だけ交じり合っていく。  そして、人の数だけ守るべき暗黙のルールが生まれたという。  ルールを破った人は人の数だけ世界から外された。  この外された世界には、たった二つの影しか無かった。  その世界を外した世界には、沢山の影があった。  そして、二つしか影の無い世界で、二つの影は互いに背を向けなければならなかった。向かい合えば、外されてなお干渉してくる世界の沢山の影達に後ろ指を、罵倒を、軽蔑を無理矢理に与えられなければならなかったからだ。  二つの影は、お互い気づいてはいなかったけれど、本当は、世界から切り離される前からずっと向き合いたくて堪らなかった。  しかし、向かい合いたいと気がついた後ですら、元の世界から切り離された狭い世界の中で、向き合うことを許されなかった。  全ては、世界が認めなかったから……たったその一言で終わってしまうんだ  ―ただ、それだけの事なんだよね  何だか、わけのわからない夢を見た。きっと、昨日わけのわからない頭の壊れた人が書いたとしか思えない本を読んだからだと思うんだけど、変な夢の所為で目覚めがすこぶる悪い。  寝返りを打ち、もう一度まどろみに身を任せようと思ったら何かやわらかくていいにおいがする。安心するいい匂い、大好きな匂いだ。 「……なんで、私の部屋にかがみがいるんだっけ?」 眠気が飛んで意識がはっきりしてくると、ここが私の部屋ではない事、どうしてかがみがいるのかとか色々な考えが頭の中を駆け巡った。  あぁ、そういえば、二人で旅行に来たんだっけ。支払いはほとんど私持ち、場所は私が決めた。つかさやみゆきさんも誘ったんだけど、二人には遠慮されてしまった。最も、かがみと私が“恋人”なんてある種、世間のルールから外れた関係だから遠慮されてしまったのかもしれない……なーんて事を考えるのは二人に失礼だよね。  二人にはちゃんと相談したからね。最初、みゆきさんは反対だったけどさ、それでも、私やかがみにつかさの三人で目一杯説得して、最終的に折れたのはみゆきさんの方。本当なら説得なんか聞かないで避ければいいのに、ちゃんと考えてくれた優しい親友だよ。反対したのだって、私やかがみの事を思えばこそだって、今ならわかる気がするしネ。  つかさは、多分まだ良くわかっていないのか、どこか達観してるのか良くわかんないけどあっさりと受け入れてくれたんだ。  “二人がお互いに好きで、それなら変には思わないって” あのほやほやとした笑顔が悩みで軋んだ私達の心を優しく包み込んで癒してくれるように。その一言にどれだけ私達が救われたのかなんて、言葉ではとても言い尽くせないヨ。 「ん、こなた……」 かがみの声に、体を起こして天井を見上げていた私は彼女の方を向いた。起きたわけではないらしい、いわゆるタダの寝言。  目覚めはあまり良くないけど……でも、かがみの寝言というか、寝顔を見れただけでもわけのわからない夢を見て早起きする損はチャラになったと考えても間違いは無いね。  朝食までは、まだ時間がある。何をして時間を潰そうカナ?  そんな事を考えていると不意に背中から抱きしめられた。甘くて大好きな匂いが漂ってきて、背中に心地の良い温もりが伝わってくる。 「こなた……すぅ」 どうやら、かがみが寝ぼけて抱きついてきただけのようだった。  ここに来てふと思う事がある。私達は今、束の間の幸せの中にいるのではないだろうかって。理由は、私とかがみが同性なのに、互いに想いあい、そして恋というぬるま湯に浸かってしまった事。 ―最も、ぬるま湯なんて表現が正しいとは限らない、実は気持ちのいいぬるま湯に浸かっているつもりで泥沼に嵌っている事に気がついていないだけなのかもしれないのだから。  ううん、いずれは世間という茨の道を歩き、時には泥をすするような惨めな目にあうかもしれない。  実際、この旅行だって……本当はただ、逃げ出してきただけに過ぎないのだしネ。  私とかがみの事を打ち明けた時、お父さんは反対しなかった。ゆーちゃんは、どう反応していいのかわからないみたいだった。お父さんは、確かに反対しなかったけど、認めてもくれなかった。  それで居場所がなくなってしまったのだ。かがみの家も認めてくれたのはつかさだけだったしネ。恐らくは何となく感覚で気づいていたであろう、みゆきさんに認めてもらうのだって随分と時間がかかったんだ。  元より親友だったみゆきさんならまだしも、自らの娘がそういう想いを持ってしまうなんて思っても見なかった親からすれば受け入れるのは当然難しいはずだろう。    こうして、かがみと幸せな時間を過ごしているのに……胸がチクリと痛むのはどうしてだろうネ? 「ん、うわ!私は何をしてるんだ……」 背中から寝ぼけて私を優しく抱きしめてくれていた恋人が目を覚まして、自分の無意識の行動に驚いてる、思わず声を出して笑うと、 「な、わ、笑うこと無いじゃない」 そうやって慌ててる時は顔が真っ赤で可愛いんだよね、かがみってさ。その表情が見えないのが少し残念だネ。 「ごめんごめん、かがみ?」 「ん?なに、こなた」 “おはよう”と告げて、振り向きざまにキスをする。こうして、二人ぼっちの現実逃避な一日が、再び幕を開けた。 ◆  空は青一色で、浜辺は人気も無く白と青でのグラデーションが広がっていた。  朝食をとった後は、特にすることも無く人気の無い海岸をこなたと二人で歩くのがここへ来てからの日課になりつつある。 「去年は、黒井先生やゆいさんも巻き込んでここに来たんだったわね~」 そんな事を呟くと、前を歩くこなたがこちらを向いて、いつものニマニマとした表情とは違って、遠い思い出を懐かしむような笑顔を浮かべていた。 「そうだねー。着くのに時間がかかっちゃって初日は、今泊まってる旅館に一泊したんだよね。いやー後ろから見てても、やっぱりゆい姉さんの運転は凄いものがあったねぇ。かがみとつかさには人柱になってもらうつもりが、黒井先生も地図見るの苦手だから迷っちゃってどっちもハズレだったよねぇ、懐かしい思い出だヨ」 感慨深げに呟くこなたに私は曖昧な笑顔で頷いた。人柱って何だよ!って突っ込みたくもあったけど、どこか遠くを見ている貴女にそういう言葉は無粋な気がしたから、やめた。 「あれ?“人柱って何だよ!”とか、突っ込んでくれないの~?かがみ」 突っ込まなかったのが不満なのか、茶化して無理にニマニマとした表情を浮かべなおしてる。その言葉にも、曖昧な微笑を返すことしかできなかった。  私達は現実から少し逃げている。それは、こなたにもわかっている……だからこそ茶化してしまうしかないんだろう。  こうやって人気の無い浜辺を二人で散歩しているのは、とても幸せな気持ちに慣れるはずなのに、どこか空虚で寂しかった。  つかさがいれば、みゆきがいれば……そんな事を思ったりもするけれど、でも、それだけじゃないんだ。  こなたのおじさんも私達の事についてはイエスと言えなかった。たった一人娘が未来へ紡げない恋をしてしまったと知ったとき、どんな気持ちだったんだろう。  私の家は、つかさだけが認めてくれて、後は全員が反対だった。それでも、世間体という言葉を両親は使わなかった。それは、まつり姉さんやいのり姉さんも同じだった。  皆、私の先の事を心配してくれていた。同性愛者という烙印を押されて、ただ二人で生きていくのは難しいと言われた。茨の道を歩く事も、泥をすすってる事もそんな事は、私とこなたが付き合う前につかさも交えて散々話し合ったことだし、反対されるのは、はじめからわかっていた。  人は、ううん……世界は、異端する者を認めてはくれない。昔ほどではないにしろ、今だってそれは変わらない。  こうして、離れた場所で早四日。私の貯金とこなたのグッズを買うためのお金もつきかけているし、そろそろ連休にズル休みを加えても……現実を考えれば帰らなければ行けないんだ。  空をあげて歩いていると不意に手を引かれて、砂浜に転がった。運よく仰向けだったから良かったけど、うつ伏せに転がっていたらさぞかし口の中がジャリジャリになったに違いない。 「いきなり何するのよ、全く」 「だって、かがみが陰鬱な表情してるからさ、空でも眺めて、波の音でも聞けば、少しは穏やかな気持ちに慣れるんじゃないかって思ってさ~」 「そんなに暗い表情してた、私?」 「いや、ほら、何ていうか私と同じで心がさ」 「そうかもしれないわね……でも、私は、こなたの事―好きになったのは後悔してないわよ?」 こなたの方を向いて、微笑みながら言うと、彼女の顔は真っ赤になって、目があえばすぐに逸らした。それがとても可笑しくて、吹き出してしまった私を見てふくれっ面をしていたけれど、いつの間にか二人で笑いあっていた。  そして笑い飽きると、何時も通りに私はこなたにからかわれる。それは決して不快ではなかった 「もう、いきなりデレ期に突入されちゃたまんないよ、防御不可だよ……私もかがみの事を好きになったのは後悔してないケドさ」 “思っていたより、受け入れられないものだね。そこだけ、少し残念だヨ”  こなたらしくない弱気な発言だと思った。だけど、私も同じ気持ちだった、こんなにも受け入れられない想いだとは……考えの甘さを痛感する。  頭を真っ白にして、引っ張られた後、絡めた指をしっかりと繋ぎ直して目を閉じる。波の音が心地よかった。波の音に飽きたら空を見上げて、空を眺めるのに飽きたら、また波の音を聞く。  私達はどうして、逃げているのだろう。ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。少なくともみゆきに反対された時、私達は逃げずに彼女を説き伏せた。  それなら、私達の親も同じように説き伏せる事ができるのかもしれない。先に繋がらない恋をしたのがそんなに行けないことなのだろうか。 「ねぇ、こなた」 「なに?かがみ」 「そろそろ、旅館にもどろっか。少し冷えてきたし、何だか飴も振りそうだから」 「そだね。戻ったら、色々話をしようか、お互い目を逸らして逃げてきちゃったことからさ」 「そうね。そろそろ、目を逸らして逃げるのをやめないといけないわよね」 ギュッとこなたの手を握ると、こなたもギュッと握り返してくれた。ただ、それだけの事がとても幸せだった。 ◆  昼食をとってから、私とかがみは背中合わせにお互いがお互いにもたれかかる様にして座っていた。体躯の差があるけど、かがみがその辺りを調節してくれているようで、上手くバランスがとれてる。 「こうしてると、かがみが傍にいるんだなって思えて、なんだか気持ちがいいね」 「私も同じ事を思ったわ。こなたがすぐ傍にいるんだって感じられて気持ちがいいわね」 何だか、話をする気分に慣れなかったから、あえて私からは口を開かなかった。しばらくはかがみもそんな私の心情を察してかな?話しかけてはこなかったけど、ずっとこのままじゃいけないんだって、かがみはわかってるから、沈黙を破ったのは彼女だった。 「後ここに滞在できて三日くらいかしら。それ以上は、金銭的にも学校の出席日数にも差し支えてくるわよ?それに、逃げてるだけじゃ何も変わらない。こうやって二人ぼっちでぬるま湯に浸かっているだけじゃ、きっとだめなのよ」 かがみの声はとても優しかった。“逃げてるだけじゃ何も変わらない”か。 「でも、帰っても居場所は無いヨ?お父さんもかがみの家族だって、反対なんだし」 「そうね……でも、私達にはつかさやみゆきがいるわ。力強い親友が、二人もいる。ここでこうやって二人ぼっちで燻っているより、時間はかかってもみゆきを説き伏せて認めてもらったように切り開いていかないといけないと思うのよ。確かに、こうして、あんたと一緒に過ごしてる時間は凄く幸せだわ。でも、このままずっと現実から逃げても仕方が無いと思うし……それに」 かがみが、何を言いたいのかわかってる。ここに来て、二人きりになって初めて見えた事。ううん、思い出した事があるんだヨ、だから、もうこうやって現実から目を背けちゃ行けないんだってのはわかってるんだ。 「うん、わかってるヨ。お互い好きで恋人になったんだもんね。約束は忘れたわけじゃないんだ……茨の道を歩くことになっても、泥をすする事になってもいいんだって、そう決めたんだよネ」 「そうよ、私達はそれを忘れてた。だから、そろそろここにいるのも終わりにしなくちゃいけないのよ」 かがみの言葉に返事を返そうと思ったとき、不意に個室の扉が開いて、 「そうだよ!お姉ちゃん、こなちゃん」 聞きなれた声だった。顔を向けるとつかさが立っていた、どうして?なんて事を思う。 「そうですよ、泉さん、かがみさん。私が反対した時はあんなに一生懸命、どれだけ自分達の気持ちが本気なのか、教えてくださったじゃありませんか」 みゆきさんまで、どうして? 「私が、昨日呼んだのよ。二人が来てくれたら……もっと前に進める気がして、ね」 かがみが体の向きを変えて、私のことを抱きしめてくれた。  誰かが認めてくれなければ、いけないわけじゃない。変な夢を何度も見たからそんな風に思ってしまっただけかもしれない。  誰かに認めてもらうことで、二人ぼっちの世界が広がっていくなら、認めてもらえるように努力していけばいいだけだった。  私には、かがみがいる。そして、つかさやみゆきさんもいる。  二人ぼっちでは何もできないと思ってた。  でも、最初からそれは違ったんだ。初めからつかさがいた、そして今はみゆきさんもいる。  現実から逃げる必要なんて無かったんだ。 「かがみは、初めから現実から逃げる必要が無いってわかってたの?」 「ううん、考える時間があってこそよ。さぁ、帰るわよ?」 「そうだね、私達にはつかさもみゆきさんもいる。二人ぼっちではどうにもならなくなって、四人ならなんとかなるかもしれないよネ?」 私の言葉に、つかさとみゆきさんが私達を抱きしめてくれた。  影は二つじゃなかったし、世界から外れたわけじゃなかった。  私もかがみも気がついてなかっただけ、こんなにも心強い味方がいる事に。  確かに二人ぼっちじゃなにもできないかもしれない。  それに、未来へと紡いでいけない恋かもしれない。  でも、四人なら、世界から烙印者とされても何とかなるかもしれない。  それが、未来へと紡いでいけない事だとしても、私達の想いが本気ならいつかきっと、お父さんやかがみの家族だって認めてくれる。  だから、帰ろう。    辛くても、苦しくても、前に進むために  道を切り開くために、私達の想いは本物なのだから。 「きっと大丈夫だよ、お姉ちゃん、こなちゃん」 「私も微力ならがんばります」  “ありがとう” 今は、ただその一言しか言えないけれど、いつかきっと、私達は本当の幸せを得られる。そんな気がした。 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - 世間の風なんかに負けないで愛を貫き通してほしいものですね -- こなかがは正義ッ! 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