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レミニセンス」(2024/03/06 (水) 23:44:13) の最新版変更点

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どうしてあんなことを言っちゃったんだろう。 私はお姉ちゃんの背中を探して、夜の鷹宮町を走っていた。 暗くて、寒くて。 よく知ってる町なのに別の世界みたいに思える。 びゅうびゅうと冷たい風が顔に当たる。 その風で耳が痛くて――でもきっと私よりお姉ちゃんの方が痛い。 涙が溢れてくる。 流れ落ちるとすぐにそれは冷たくなって、顎に落ちてく。 夜の闇の中で。 私はお姉ちゃんの名前を呼んだ。 「お姉ちゃん…お姉ちゃん………お姉ちゃん!」 +レミニセンス+ ずっと昔の話。 私はきらきらする木漏れ日の下で、ひざを抱えて泣いてた。 忘れっぽい私だけれど、その日のことはよく覚えてるよ。 小学四年生の時。季節は五月の終わりで、だんだん空気が夏に向けて暑くなってきてて。 木の隙間から見える空が、すごく青かった。 でもそのきれいな青い色も、その時の私には……かなしくて。 私の頭の中には、ついさっき友達に言われた言葉が頭の中に鳴り響いてた。 『つかさちゃんなんて、知らない』 引っ込み思案ではっきりしない私に、その時仲良くしていた子が言った言葉だった。 置いてけぼりされて、私は家の神社の木の下に隠れてひとりで泣いてた。 泣くともっとうまくいかなくなっちゃうのはわかってたんだけれど、全然止まらなかった。 目の中にいっぱいになった涙と、こぼれおちてくる日の光で、私の気持ちと反対に見える景色はきらきらしてた。 「………つかさ?」 草を踏む音がして。 それから、すごくよく知ってる声がした。 私を探しにきた、お姉ちゃんの声だった。 今だから言えるんだけれど。 私って小さい頃はすごく泣き虫で、いつも泣いてばかりいたんだ。 道で転んだら泣いて、アイス落としたら泣いて、お母さんが買ってきたお洋服がお姉ちゃんと違うからって泣いた。 近所のおばさんには「柊さんちの泣き虫ちゃん」と呼ばれてたんだよ。 恥ずかしいね。 い、今はそんなことないよ? もう高校三年生だもん。 この間、こなちゃんに借りた漫画では泣いちゃったけれど… それとこれとは別だよね? 昔の話。 まだいのりお姉ちゃんの胸くらいしか背がなかった頃。 小学校の高学年くらいのとき。 私は今より少しだけ気が弱くて、思ったことがうまく言えなくなった時期があったんだ。 思ったことを言おうとすると、気持ちが胸の中でいっぱいになっちゃって………言葉にできなくなっちゃって、それで黙っちゃう。 お父さんとお母さんも急にそんな風になった私のことをちょっと心配していた。 おかしいね。 どうしてそんなになっちゃったか、今はよく思い出せないの。 でも、胸がいっぱいになって、言葉が出なくて、だんだん話してる人が怒ってく。 その時の焦ってく気持ちとかはよく覚えてるんだ。 どうしよう、どうしようって。 その頃の私はそんなんだったから、それで友達とうまくいかなくなっちゃうこともあった。 その日もそんなふうになっちゃって、私はひとりで泣いていた。 そんなところにお姉ちゃんが来た。 「こんなところにいたの?」 草を踏む音が近づいてくる。 私は顔を上げた。 私の泣きべそ顔を見て、お姉ちゃんがため息を吐く。 「どうしたの?」 お姉ちゃんが私の前に立って、しょうがないなっていう感じに言う。 その髪にはきらきらとした木漏れ日が落ちていた。 「――ちゃんが怒っちゃった」 私は泣きながら答える。 どうしてかな? そんな頃でも、お姉ちゃんにだけは思ったことが言えた。 私はしゃくりあげながら、お姉ちゃんにどうしてケンカになったのか話した。 お姉ちゃんはひととおり聞くと、またため息を吐いて、私の前にしゃがんで視線を合わせた。 「つかさはさ、ちょっと人に気を使いすぎだよ」 「ひっく…そうなのかなぁ……でも…」 そこで大きなしゃっくりが出て、言葉はとぎれた。 お姉ちゃんはちょっと笑う。うう、恥ずかしいよう。 風が吹いて、さわさわと木々が音を立てる。私はお姉ちゃんを見た。 「あ、明日からどうしよう……」 言いながら、また泣きたくなってくる。 この頃の私にとって、いつも仲良くしてる子とケンカすることは、世界の終わりみたいなことだった。 大きくなった今だと、小さなことだなってわかるんだけれど。 この頃はそれが世界の全部みたいな気がしていたんだよ。 私が途方に暮れていると、それにお姉ちゃんはあっさりと言った。 「別にいいじゃない。聞いてる限りつかさばっかりが悪いわけじゃないと思うもの。堂々としてればいいのよ」 お姉ちゃんはいつも思ったことをはっきり言える人だった。 だから私も思ってることが言えたのかもしれない。 「そんなことできないよう……」 出てきたのは弱音だったけれど。 私は顔を伏せて、また涙をこぼした。 その頃はこんなことばっかりだった。 教科書を読むときにもうまく読めなくて恥ずかしい思いをしたり、喋れないのをからかわれたり。 そして、仲のいい友達ともちゃんと仲良く出来ない。 そんな私は、これから先ずっとひとりぼっちになっちゃうんじゃないかと思った。 誰とも仲良く出来ない私は、大人になってくこれから先、どんどんひとりぼっちになっていってしまうんじゃないかって。 私はとぎれとぎれにお姉ちゃんにそう話した。 するとお姉ちゃんはすっと眉をひそめた。 「つかさは一人にならないわよ」 私が顔を上げると、お姉ちゃんは私の腕を解いて、引っ張って立たせた。 向き合ったお姉ちゃんは、私とほとんど変わらない身長だった。 お姉ちゃんは私の目をまっすぐ見て言った。 「私がいるもの。おおきくなったって、どんなふうになったって、私たちはずっと一緒でしょ?」 つながれた手は、とても温かかった。 「お姉ちゃん……」 暗闇の中でも、街灯の光が私の吐く息が白いんだよって教えてくれる。 コートも着ないで出て行ったお姉ちゃんはきっともっと寒い。 切れた息を整えると、私はまたお姉ちゃんを探して走り出した。 お姉ちゃんが変わったのは、十月に入った頃だった。 高校三年生の秋。 ある日、お姉ちゃんに「先に帰って」って言われて、こなちゃんとお姉ちゃんを残して、私とゆきちゃんは帰った。 ――どうしたのかな? 並んでバスの席に座りながら、私はゆきちゃんに言ってみた。 ゆきちゃんは頬に手を当てて、困ったように言った。 ――わかりませんね。 でも心配することはありませんよ、とゆきちゃんはにっこり笑った。 ――かがみさんと泉さんが一緒なら、大丈夫です。 本当にそうなのかな? 大丈夫なのかな? こなちゃんにはお姉ちゃんがいれば、いいのかな? お姉ちゃんにはこなちゃんが――。 私たちはいなくても、平気なのかな? そう思ったけれど。 なぜか胸がつまって、言葉に出来なかった。 お姉ちゃんはすっかり日が沈んでから帰ってきた。 ――おかえり、お姉ちゃん。 静かに家に入ってきたお姉ちゃんに声をかけると、お姉ちゃんはなぜかとても驚いたように肩をふるわせた。 ――あ、ああ、つかさ。ただいま。 その時に、私は何かを感じた。 それは、こなちゃんがヘンになっちゃった時と同じ感じ。 お姉ちゃんは普段より硬い笑顔で私に笑いかけた。 それに、何でかわからないけれど、えへへ、って笑い返した。 何でか笑わないといけない気がしたから。 言葉が胸に詰まって、うまく声に出せない感じ。 私は、久しぶりにその感じを思い出していた。 お姉ちゃんとこなちゃんは本当に仲がいい。 会ってすぐに、二人はうちとけて、仲がよくなって。 お姉ちゃんは怒ってばかりで、こなちゃんはからかってばかりだったっけれど。 二人は本当に楽しそうで。 こなちゃんがいないとお姉ちゃんはさみしそうで。 お姉ちゃんがいないとこなちゃんはものたりなそうで。 私ともゆきちゃんとも違うリズム。 お姉ちゃんとこなちゃんが、二人だけのリズムで歩きはじめたのはいつからだろう。 私が最初にこなちゃんと友達になったのにな。 私はお姉ちゃんの妹なのにな。 こなちゃんとはもちろん親友で仲良しで、お姉ちゃんは相変わらず私に優しかったけれど、それでも私は――。 ちょっとさみしかった。 そんなことを思うのは、いけないことなのかな? 私は悪い子なのかなぁ。 そう考えると、また涙が出てきちゃうよ。 でもお姉ちゃんの前でも、こなちゃんの前でも、泣いたら駄目だって、なんだかわかってた。 “感じること”が先に走っていって、私の“気持ち”を置いてけぼりにしている気がした。 くるくる、くるくる。 私の心と頭は一緒にならなくて、メリーゴーランドみたいにくるくる回っていた。 何度かお姉ちゃんにそのことを伝えようとしたんだけれど、お姉ちゃんはいつも違う方向を向いてた。 ねえ、お姉ちゃん、覚えてる? ――私がいるもの。おおきくなったって、どんなふうになったって、私たちはずっと一緒でしょ? そう言ってくれたこと、覚えてる? 私、上手く言えなかったんだけれど。 すごく嬉しかったんだよ。 「つかさ」 十一月が終わりに差し掛かった頃、お風呂に行こうとした私をお姉ちゃんが呼び止めた。 お姉ちゃんは学校から帰ってきたままの、制服姿だった。 「は、話があるの」 その声はこわばっていて、なんだかとても緊張した音だった。 そんなふうなお姉ちゃんを見るのはすごく久しぶりのことで、私はとても驚いた。 まるで、小さい頃、お父さんお母さんに叱られる前に、自分のした悪いことをしゃべる時みたいで。 私相手にそんなふうに喋るなんて、初めてのことで。 私はなんだか、すごく怖くなった。 「う、うん…」 でも、話があるっていうんだから、聞かなくちゃ。 「えっと、ここで?」 たぶんダメだろうと思いながら言ったら、やっぱりお姉ちゃんは首を振った。 居間からはテレビの音が聞こえてくる。お父さんやまつりお姉ちゃんがきっとそこにいるんだろう。 「じゃあ、私の部屋でいい、かな?」 そう言うとお姉ちゃんはうなづいた。 お姉ちゃんは結局、私の部屋のテーブルの前に座るまで、最初に声をかけてきた時の一回しか声を出さなかった。 一体どうしたんだろう。 お姉ちゃんの緊張が空気を伝わってくるようで、私の心臓までドキドキしてきて、息が出来なくなりそうだった。 それを変えたくて、「お茶いれてくる?」って聞いたんだけれど、お姉ちゃんは黙って首を振った。 向かい合って座って、五分くらいして、お姉ちゃんはやっと声を出した。 「……あ、あのね、こなたのこと、なんだけれど……」 消え入りそうな声だった。 こなちゃん? 何で急にこなちゃんの名前が出てくるんだろう。 それで最近感じていた不安を思い出して、胸が、つきり、と痛んだ。 でもとにかく聞かなくちゃと思って、「うん」って言って、話の続きを聞こうとした。 そしたら、お姉ちゃんは大きく息を吸い込んだ。 それから、ふぅっと小さく息を吐き出して、小さな声で言った。 「私たち、付き合ってるの」 言っている意味がわからなかった。 だから、「え?」って聞き返した。 「付き合ってるって、誰と?」 「だから、私と………こなたが」 お姉ちゃんの声は小さくて、堂々としている普段とぜんぜん違って、別の人の声みたいで。 あんまりにもびっくりしすぎて、目の前にいる、見えているはずのお姉ちゃんの顔も見えなくなっていた。 だから私はそんなことを言っちゃったんだと思う。 「え? 女の子同士でしょ?」 お姉ちゃんが今にも逃げ出したいような顔をしていたのに気がついたのは、ずっと後になってからだった。 「そう…だけれど……」 いつも堂々としているお姉ちゃん。 凛々しくて、言いたいことがはっきり言えるお姉ちゃん。 そんなお姉ちゃんが、いじめられている小さな子みたいになっていくのが、私にはどうしてかわからなかった。 そして、ずっと感じていた不安。 お姉ちゃんはこなちゃんがいて、こなちゃんはお姉ちゃんがいればいいの? ――これは、そういうことなの? そう思ったら、私は何だかすごく冷たい場所にいるような気持ちになった。 あの日の約束も、今まで四人で過ごした時間も、全部置き去りにされてしまったような気がして。 涙が溢れた。 私が泣き出したことに、お姉ちゃんはすぐに気がついた。 そして、凍りついたような目をした。 私はあわてて涙をぬぐった。 「あ、ご、ごめん…」 けれど、ぬぐってもぬぐっても、後から後から、溢れてくる。 「つ、つかさ……」 お姉ちゃんの顔が涙で見えない。 名前を呼ばれているのに返事が出来ない。 お姉ちゃんは私の側まできて、顔を覗き込んだ。 そして、すごく悲しそうな声で、 「つかさ――ごめん、ごめんね」 と言った。 その『ごめん』は、まるで、さよならを言われているような気がして。 お姉ちゃんだけじゃなくて、こなちゃんまでいなくなるような気がして。 私の涙はさらに溢れた。 こなちゃん。お姉ちゃん。 お姉ちゃん。 お姉ちゃん。 置いていかないでよ。 「お姉ちゃん」 だから、私は、 「どうしても、こなちゃんじゃないといけないの?」 自分が言っていることが、お姉ちゃんにどう伝わるのか。 わからなくなっていた。 お姉ちゃんはしばらく黙って俯いていたかと思うと、また「ごめん」と言って、私の部屋から出て行った。 取り残された私が、今がどう言う状況なのか気がついたのは、しばらくしてからだった。 涙が収まってきたころだった。 お姉ちゃんの気持ちにまで、私の心が届いたのは。 お姉ちゃんは、女の子――しかも、こなちゃんと付き合ってるってことを勇気を出して、告白した。 それがどういうことなのか。 そして、自分はどうしたのか。 その意味に気がついて、私は血の気が引く音を聞いた。 「お姉ちゃん!」 お姉ちゃんは家のどこにもいなかった。 私はコートを引っ張ってくると、家の外に飛び出した。 夜の鷹宮町は真っ暗で、街灯の光だけがぽつりぽつりと丸い輪であたりを照らしている。 まずは神社の境内に行った。けれどそこにはお姉ちゃんはいなかった。 それから近くのコンビニに行った。けれどそこにもお姉ちゃんはいなかった。 そこで携帯を思い出して、いちおうポケットに手を突っ込んだけれど、やっぱり置き忘れてきたみたいで無かった。 だから一回家に戻ることにした。 もしかしたら帰ってきてるかもしれないお姉ちゃんのことを考えて。 けれど、やっぱりどの部屋にもお姉ちゃんはいなかった。 コートを着たままどたばたしている私をお父さんが呼び止めた。 「つかさ、どうしたんだい?」 「お父さ…」 思わずお姉ちゃんがいないことをお父さんに言おうとしたけれど、私は言葉を飲み込んだ。 お姉ちゃんはあんなに勇気を出して、震える声で私に言った。 お姉ちゃんのことをよく知る『妹』の私が声を上げる。 『お父さんには言っちゃダメ!』 私は「アハハ、何でもないよ」と笑って、「ちょっとコンビニ行って来るから」と言って、家を出た。 今度は自転車に跨って。 考えて。考えて。 お姉ちゃんならどこへ行く? そうだ、こなちゃん。 こなちゃんのところへ行ったかもしれない。 けれどお姉ちゃんの自転車は玄関脇に止めてあったままだった。 ――歩いて? 自転車で三十分くらいかかる距離を歩いたら、何時間くらいかかるだろう。 けれど、他に思いつかない。 私は近くの公園に入ると、さっき持ってきた携帯で、こなちゃんへ電話した。 四コール目でこなちゃんが出た。 『やふー、どしたのー?』 「こなちゃん!」 『ふぉ!? ど、どしたの!?』 何だか私はそのこなちゃんの声にすごくほっとした。 「こなちゃあん……」 誰にも言わないでお姉ちゃんを探していたから、やっと話せる相手を見つけて、私はまた泣き出してしまった。 『ちょ、つかさ、何泣いてるの?』 電話越しでこなちゃんが慌てるのが見えた気がした。 そうだよね。電話して、いきなり泣いちゃったら、びっくりするよね。 「ふぇっ…えっ、お姉ちゃんがいないの」 『え? かがみが何?』 「お姉ちゃんが、ひっく、いなくなっちゃったの……。こなちゃんのとこ、行ってない?」 『いや、来てないけれど……』 もしかしたら、向かっている最中かもしれない、と私は言った。 『何があったの?』 「ふぇ……こなちゃ……」 『あーもうっ! 泣いてても電話じゃ頭撫でるのもなんにも出来ないよ! とにかくっ! 何があったか言ってみて!』 こなちゃんはいつものこなちゃんだった。 私の友達のこなちゃんだった。 また涙が出てくる。 「う、うん……」 けれど、ちゃんと言わないと。 「お姉ちゃんと、こなちゃんのこと……聞いた」 そう言うと、息をのむ音が聞こえて、こなちゃんはちょっと黙った。 『…そっか』 「それで……私が泣いちゃって……」 しゃっくりが出ちゃって、途切れ途切れだったけれど、私は何があったかこなちゃんに説明した。 こなちゃんは『うん、うん』って言って、黙って最後まで聞いてくれた。 『そっか』 とこなちゃんは言った。それから少しだけ間を置いて訊いてきた。 『つかさは私とかがみが付き合うの反対?』 「反対って」 反対っていうのとは、違う気がした。 私は、ただ二人がいなくなっちゃう気がして、泣いちゃったんだ。 だからそう言った。 『そっか……』 こなちゃんは少し悲しそうに言った。まるでさっきのお姉ちゃんみたいだ、と思った。 『ごめんね、つかさ』 その言葉まで、お姉ちゃんと同じで、私はまた胸が痛んだ。 でもこなちゃんは力強く続けた。 『ちゃんと三人で話し合おう。私もかがみ探すから。あーでも、入れ違いになったら…あ、ゆーちゃんに言っておけばいいか』 こなちゃんはずっとしっかりとした口調だった。 それで、私の名前を呼んだ。 『つかさ』 「うん」 『つかさが一番かがみを見つけられると思うから。見つけたら教えて。私も行くから。それからもっかい言うけれど』 「うん」 『かがみを好きになって、ごめんね。けれどつかさのことだって負けないくらい好きだよ』 こなちゃんは優しい声だった。 その言葉を、最近どこかで聞いた気がする。 ――私は、つかさもみゆきも好きよ。 そうだ、私はちゃんと聞いていた。 知っていたはずなのに。 お姉ちゃん。 「うん、ありがとう」 電話を切った。 冬の風がかさかさと、公園の木のこずえを鳴らしてる。 こんな寒い中で一人のお姉ちゃんはどんな気持ちだろう。 私はもう一度自転車にまたがって、お姉ちゃんを探して、夜の鷹宮町を走り出した。 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - (/ _ ; )b -- 名無しさん (2023-08-22 10:00:17) - 続きが気になるっす! -- 名無しさん (2010-11-16 02:32:31) - 情景描写や心理描写といった表現全体がすごく綺麗で &br()すごく好きなシリーズです。 &br() &br() &br()あらためて、一作目から読んでしまいました。 &br() &br() &br()続き楽しみにしています。 -- 『泣き所』に当たれば『泣き虫』さん (2010-04-29 23:46:05) - 続きが気になります! &br()あなたのSSは最高です。 -- 名無しさん (2009-11-23 00:20:34) - らき☆でい -- 名無しさん (2009-11-21 12:37:44) - GJ!! &br()続きが楽しみです &br()がんばってください &br() -- 名無しさん (2009-06-17 21:15:45) - だから応援したくなるのだ -- 名無しさん (2009-05-22 18:05:20) - 甘いのもいいけど現実的なのもいいよね &br()幸せは不幸の上にあるってのは悲しいが現実だもんな -- 名無しさん (2009-05-22 17:51:50) - なんかこう読むと胸が切なくなりますねぇ… &br()つかさだからこその心情表現がすごく良いです -- こなかがは正義ッ! (2009-05-22 14:15:43) - 凄い…雰囲気に飲まれてしまう。 -- 名無しさん (2009-05-21 21:18:41) **投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください) #vote3(50)
どうしてあんなことを言っちゃったんだろう。 私はお姉ちゃんの背中を探して、夜の鷹宮町を走っていた。 暗くて、寒くて。 よく知ってる町なのに別の世界みたいに思える。 びゅうびゅうと冷たい風が顔に当たる。 その風で耳が痛くて――でもきっと私よりお姉ちゃんの方が痛い。 涙が溢れてくる。 流れ落ちるとすぐにそれは冷たくなって、顎に落ちてく。 夜の闇の中で。 私はお姉ちゃんの名前を呼んだ。 「お姉ちゃん…お姉ちゃん………お姉ちゃん!」 +レミニセンス+ ずっと昔の話。 私はきらきらする木漏れ日の下で、ひざを抱えて泣いてた。 忘れっぽい私だけれど、その日のことはよく覚えてるよ。 小学四年生の時。季節は五月の終わりで、だんだん空気が夏に向けて暑くなってきてて。 木の隙間から見える空が、すごく青かった。 でもそのきれいな青い色も、その時の私には……かなしくて。 私の頭の中には、ついさっき友達に言われた言葉が頭の中に鳴り響いてた。 『つかさちゃんなんて、知らない』 引っ込み思案ではっきりしない私に、その時仲良くしていた子が言った言葉だった。 置いてけぼりされて、私は家の神社の木の下に隠れてひとりで泣いてた。 泣くともっとうまくいかなくなっちゃうのはわかってたんだけれど、全然止まらなかった。 目の中にいっぱいになった涙と、こぼれおちてくる日の光で、私の気持ちと反対に見える景色はきらきらしてた。 「………つかさ?」 草を踏む音がして。 それから、すごくよく知ってる声がした。 私を探しにきた、お姉ちゃんの声だった。 今だから言えるんだけれど。 私って小さい頃はすごく泣き虫で、いつも泣いてばかりいたんだ。 道で転んだら泣いて、アイス落としたら泣いて、お母さんが買ってきたお洋服がお姉ちゃんと違うからって泣いた。 近所のおばさんには「柊さんちの泣き虫ちゃん」と呼ばれてたんだよ。 恥ずかしいね。 い、今はそんなことないよ? もう高校三年生だもん。 この間、こなちゃんに借りた漫画では泣いちゃったけれど… それとこれとは別だよね? 昔の話。 まだいのりお姉ちゃんの胸くらいしか背がなかった頃。 小学校の高学年くらいのとき。 私は今より少しだけ気が弱くて、思ったことがうまく言えなくなった時期があったんだ。 思ったことを言おうとすると、気持ちが胸の中でいっぱいになっちゃって………言葉にできなくなっちゃって、それで黙っちゃう。 お父さんとお母さんも急にそんな風になった私のことをちょっと心配していた。 おかしいね。 どうしてそんなになっちゃったか、今はよく思い出せないの。 でも、胸がいっぱいになって、言葉が出なくて、だんだん話してる人が怒ってく。 その時の焦ってく気持ちとかはよく覚えてるんだ。 どうしよう、どうしようって。 その頃の私はそんなんだったから、それで友達とうまくいかなくなっちゃうこともあった。 その日もそんなふうになっちゃって、私はひとりで泣いていた。 そんなところにお姉ちゃんが来た。 「こんなところにいたの?」 草を踏む音が近づいてくる。 私は顔を上げた。 私の泣きべそ顔を見て、お姉ちゃんがため息を吐く。 「どうしたの?」 お姉ちゃんが私の前に立って、しょうがないなっていう感じに言う。 その髪にはきらきらとした木漏れ日が落ちていた。 「――ちゃんが怒っちゃった」 私は泣きながら答える。 どうしてかな? そんな頃でも、お姉ちゃんにだけは思ったことが言えた。 私はしゃくりあげながら、お姉ちゃんにどうしてケンカになったのか話した。 お姉ちゃんはひととおり聞くと、またため息を吐いて、私の前にしゃがんで視線を合わせた。 「つかさはさ、ちょっと人に気を使いすぎだよ」 「ひっく…そうなのかなぁ……でも…」 そこで大きなしゃっくりが出て、言葉はとぎれた。 お姉ちゃんはちょっと笑う。うう、恥ずかしいよう。 風が吹いて、さわさわと木々が音を立てる。私はお姉ちゃんを見た。 「あ、明日からどうしよう……」 言いながら、また泣きたくなってくる。 この頃の私にとって、いつも仲良くしてる子とケンカすることは、世界の終わりみたいなことだった。 大きくなった今だと、小さなことだなってわかるんだけれど。 この頃はそれが世界の全部みたいな気がしていたんだよ。 私が途方に暮れていると、それにお姉ちゃんはあっさりと言った。 「別にいいじゃない。聞いてる限りつかさばっかりが悪いわけじゃないと思うもの。堂々としてればいいのよ」 お姉ちゃんはいつも思ったことをはっきり言える人だった。 だから私も思ってることが言えたのかもしれない。 「そんなことできないよう……」 出てきたのは弱音だったけれど。 私は顔を伏せて、また涙をこぼした。 その頃はこんなことばっかりだった。 教科書を読むときにもうまく読めなくて恥ずかしい思いをしたり、喋れないのをからかわれたり。 そして、仲のいい友達ともちゃんと仲良く出来ない。 そんな私は、これから先ずっとひとりぼっちになっちゃうんじゃないかと思った。 誰とも仲良く出来ない私は、大人になってくこれから先、どんどんひとりぼっちになっていってしまうんじゃないかって。 私はとぎれとぎれにお姉ちゃんにそう話した。 するとお姉ちゃんはすっと眉をひそめた。 「つかさは一人にならないわよ」 私が顔を上げると、お姉ちゃんは私の腕を解いて、引っ張って立たせた。 向き合ったお姉ちゃんは、私とほとんど変わらない身長だった。 お姉ちゃんは私の目をまっすぐ見て言った。 「私がいるもの。おおきくなったって、どんなふうになったって、私たちはずっと一緒でしょ?」 つながれた手は、とても温かかった。 「お姉ちゃん……」 暗闇の中でも、街灯の光が私の吐く息が白いんだよって教えてくれる。 コートも着ないで出て行ったお姉ちゃんはきっともっと寒い。 切れた息を整えると、私はまたお姉ちゃんを探して走り出した。 お姉ちゃんが変わったのは、十月に入った頃だった。 高校三年生の秋。 ある日、お姉ちゃんに「先に帰って」って言われて、こなちゃんとお姉ちゃんを残して、私とゆきちゃんは帰った。 ――どうしたのかな? 並んでバスの席に座りながら、私はゆきちゃんに言ってみた。 ゆきちゃんは頬に手を当てて、困ったように言った。 ――わかりませんね。 でも心配することはありませんよ、とゆきちゃんはにっこり笑った。 ――かがみさんと泉さんが一緒なら、大丈夫です。 本当にそうなのかな? 大丈夫なのかな? こなちゃんにはお姉ちゃんがいれば、いいのかな? お姉ちゃんにはこなちゃんが――。 私たちはいなくても、平気なのかな? そう思ったけれど。 なぜか胸がつまって、言葉に出来なかった。 お姉ちゃんはすっかり日が沈んでから帰ってきた。 ――おかえり、お姉ちゃん。 静かに家に入ってきたお姉ちゃんに声をかけると、お姉ちゃんはなぜかとても驚いたように肩をふるわせた。 ――あ、ああ、つかさ。ただいま。 その時に、私は何かを感じた。 それは、こなちゃんがヘンになっちゃった時と同じ感じ。 お姉ちゃんは普段より硬い笑顔で私に笑いかけた。 それに、何でかわからないけれど、えへへ、って笑い返した。 何でか笑わないといけない気がしたから。 言葉が胸に詰まって、うまく声に出せない感じ。 私は、久しぶりにその感じを思い出していた。 お姉ちゃんとこなちゃんは本当に仲がいい。 会ってすぐに、二人はうちとけて、仲がよくなって。 お姉ちゃんは怒ってばかりで、こなちゃんはからかってばかりだったっけれど。 二人は本当に楽しそうで。 こなちゃんがいないとお姉ちゃんはさみしそうで。 お姉ちゃんがいないとこなちゃんはものたりなそうで。 私ともゆきちゃんとも違うリズム。 お姉ちゃんとこなちゃんが、二人だけのリズムで歩きはじめたのはいつからだろう。 私が最初にこなちゃんと友達になったのにな。 私はお姉ちゃんの妹なのにな。 こなちゃんとはもちろん親友で仲良しで、お姉ちゃんは相変わらず私に優しかったけれど、それでも私は――。 ちょっとさみしかった。 そんなことを思うのは、いけないことなのかな? 私は悪い子なのかなぁ。 そう考えると、また涙が出てきちゃうよ。 でもお姉ちゃんの前でも、こなちゃんの前でも、泣いたら駄目だって、なんだかわかってた。 “感じること”が先に走っていって、私の“気持ち”を置いてけぼりにしている気がした。 くるくる、くるくる。 私の心と頭は一緒にならなくて、メリーゴーランドみたいにくるくる回っていた。 何度かお姉ちゃんにそのことを伝えようとしたんだけれど、お姉ちゃんはいつも違う方向を向いてた。 ねえ、お姉ちゃん、覚えてる? ――私がいるもの。おおきくなったって、どんなふうになったって、私たちはずっと一緒でしょ? そう言ってくれたこと、覚えてる? 私、上手く言えなかったんだけれど。 すごく嬉しかったんだよ。 「つかさ」 十一月が終わりに差し掛かった頃、お風呂に行こうとした私をお姉ちゃんが呼び止めた。 お姉ちゃんは学校から帰ってきたままの、制服姿だった。 「は、話があるの」 その声はこわばっていて、なんだかとても緊張した音だった。 そんなふうなお姉ちゃんを見るのはすごく久しぶりのことで、私はとても驚いた。 まるで、小さい頃、お父さんお母さんに叱られる前に、自分のした悪いことをしゃべる時みたいで。 私相手にそんなふうに喋るなんて、初めてのことで。 私はなんだか、すごく怖くなった。 「う、うん…」 でも、話があるっていうんだから、聞かなくちゃ。 「えっと、ここで?」 たぶんダメだろうと思いながら言ったら、やっぱりお姉ちゃんは首を振った。 居間からはテレビの音が聞こえてくる。お父さんやまつりお姉ちゃんがきっとそこにいるんだろう。 「じゃあ、私の部屋でいい、かな?」 そう言うとお姉ちゃんはうなづいた。 お姉ちゃんは結局、私の部屋のテーブルの前に座るまで、最初に声をかけてきた時の一回しか声を出さなかった。 一体どうしたんだろう。 お姉ちゃんの緊張が空気を伝わってくるようで、私の心臓までドキドキしてきて、息が出来なくなりそうだった。 それを変えたくて、「お茶いれてくる?」って聞いたんだけれど、お姉ちゃんは黙って首を振った。 向かい合って座って、五分くらいして、お姉ちゃんはやっと声を出した。 「……あ、あのね、こなたのこと、なんだけれど……」 消え入りそうな声だった。 こなちゃん? 何で急にこなちゃんの名前が出てくるんだろう。 それで最近感じていた不安を思い出して、胸が、つきり、と痛んだ。 でもとにかく聞かなくちゃと思って、「うん」って言って、話の続きを聞こうとした。 そしたら、お姉ちゃんは大きく息を吸い込んだ。 それから、ふぅっと小さく息を吐き出して、小さな声で言った。 「私たち、付き合ってるの」 言っている意味がわからなかった。 だから、「え?」って聞き返した。 「付き合ってるって、誰と?」 「だから、私と………こなたが」 お姉ちゃんの声は小さくて、堂々としている普段とぜんぜん違って、別の人の声みたいで。 あんまりにもびっくりしすぎて、目の前にいる、見えているはずのお姉ちゃんの顔も見えなくなっていた。 だから私はそんなことを言っちゃったんだと思う。 「え? 女の子同士でしょ?」 お姉ちゃんが今にも逃げ出したいような顔をしていたのに気がついたのは、ずっと後になってからだった。 「そう…だけれど……」 いつも堂々としているお姉ちゃん。 凛々しくて、言いたいことがはっきり言えるお姉ちゃん。 そんなお姉ちゃんが、いじめられている小さな子みたいになっていくのが、私にはどうしてかわからなかった。 そして、ずっと感じていた不安。 お姉ちゃんはこなちゃんがいて、こなちゃんはお姉ちゃんがいればいいの? ――これは、そういうことなの? そう思ったら、私は何だかすごく冷たい場所にいるような気持ちになった。 あの日の約束も、今まで四人で過ごした時間も、全部置き去りにされてしまったような気がして。 涙が溢れた。 私が泣き出したことに、お姉ちゃんはすぐに気がついた。 そして、凍りついたような目をした。 私はあわてて涙をぬぐった。 「あ、ご、ごめん…」 けれど、ぬぐってもぬぐっても、後から後から、溢れてくる。 「つ、つかさ……」 お姉ちゃんの顔が涙で見えない。 名前を呼ばれているのに返事が出来ない。 お姉ちゃんは私の側まできて、顔を覗き込んだ。 そして、すごく悲しそうな声で、 「つかさ――ごめん、ごめんね」 と言った。 その『ごめん』は、まるで、さよならを言われているような気がして。 お姉ちゃんだけじゃなくて、こなちゃんまでいなくなるような気がして。 私の涙はさらに溢れた。 こなちゃん。お姉ちゃん。 お姉ちゃん。 お姉ちゃん。 置いていかないでよ。 「お姉ちゃん」 だから、私は、 「どうしても、こなちゃんじゃないといけないの?」 自分が言っていることが、お姉ちゃんにどう伝わるのか。 わからなくなっていた。 お姉ちゃんはしばらく黙って俯いていたかと思うと、また「ごめん」と言って、私の部屋から出て行った。 取り残された私が、今がどう言う状況なのか気がついたのは、しばらくしてからだった。 涙が収まってきたころだった。 お姉ちゃんの気持ちにまで、私の心が届いたのは。 お姉ちゃんは、女の子――しかも、こなちゃんと付き合ってるってことを勇気を出して、告白した。 それがどういうことなのか。 そして、自分はどうしたのか。 その意味に気がついて、私は血の気が引く音を聞いた。 「お姉ちゃん!」 お姉ちゃんは家のどこにもいなかった。 私はコートを引っ張ってくると、家の外に飛び出した。 夜の鷹宮町は真っ暗で、街灯の光だけがぽつりぽつりと丸い輪であたりを照らしている。 まずは神社の境内に行った。けれどそこにはお姉ちゃんはいなかった。 それから近くのコンビニに行った。けれどそこにもお姉ちゃんはいなかった。 そこで携帯を思い出して、いちおうポケットに手を突っ込んだけれど、やっぱり置き忘れてきたみたいで無かった。 だから一回家に戻ることにした。 もしかしたら帰ってきてるかもしれないお姉ちゃんのことを考えて。 けれど、やっぱりどの部屋にもお姉ちゃんはいなかった。 コートを着たままどたばたしている私をお父さんが呼び止めた。 「つかさ、どうしたんだい?」 「お父さ…」 思わずお姉ちゃんがいないことをお父さんに言おうとしたけれど、私は言葉を飲み込んだ。 お姉ちゃんはあんなに勇気を出して、震える声で私に言った。 お姉ちゃんのことをよく知る『妹』の私が声を上げる。 『お父さんには言っちゃダメ!』 私は「アハハ、何でもないよ」と笑って、「ちょっとコンビニ行って来るから」と言って、家を出た。 今度は自転車に跨って。 考えて。考えて。 お姉ちゃんならどこへ行く? そうだ、こなちゃん。 こなちゃんのところへ行ったかもしれない。 けれどお姉ちゃんの自転車は玄関脇に止めてあったままだった。 ――歩いて? 自転車で三十分くらいかかる距離を歩いたら、何時間くらいかかるだろう。 けれど、他に思いつかない。 私は近くの公園に入ると、さっき持ってきた携帯で、こなちゃんへ電話した。 四コール目でこなちゃんが出た。 『やふー、どしたのー?』 「こなちゃん!」 『ふぉ!? ど、どしたの!?』 何だか私はそのこなちゃんの声にすごくほっとした。 「こなちゃあん……」 誰にも言わないでお姉ちゃんを探していたから、やっと話せる相手を見つけて、私はまた泣き出してしまった。 『ちょ、つかさ、何泣いてるの?』 電話越しでこなちゃんが慌てるのが見えた気がした。 そうだよね。電話して、いきなり泣いちゃったら、びっくりするよね。 「ふぇっ…えっ、お姉ちゃんがいないの」 『え? かがみが何?』 「お姉ちゃんが、ひっく、いなくなっちゃったの……。こなちゃんのとこ、行ってない?」 『いや、来てないけれど……』 もしかしたら、向かっている最中かもしれない、と私は言った。 『何があったの?』 「ふぇ……こなちゃ……」 『あーもうっ! 泣いてても電話じゃ頭撫でるのもなんにも出来ないよ! とにかくっ! 何があったか言ってみて!』 こなちゃんはいつものこなちゃんだった。 私の友達のこなちゃんだった。 また涙が出てくる。 「う、うん……」 けれど、ちゃんと言わないと。 「お姉ちゃんと、こなちゃんのこと……聞いた」 そう言うと、息をのむ音が聞こえて、こなちゃんはちょっと黙った。 『…そっか』 「それで……私が泣いちゃって……」 しゃっくりが出ちゃって、途切れ途切れだったけれど、私は何があったかこなちゃんに説明した。 こなちゃんは『うん、うん』って言って、黙って最後まで聞いてくれた。 『そっか』 とこなちゃんは言った。それから少しだけ間を置いて訊いてきた。 『つかさは私とかがみが付き合うの反対?』 「反対って」 反対っていうのとは、違う気がした。 私は、ただ二人がいなくなっちゃう気がして、泣いちゃったんだ。 だからそう言った。 『そっか……』 こなちゃんは少し悲しそうに言った。まるでさっきのお姉ちゃんみたいだ、と思った。 『ごめんね、つかさ』 その言葉まで、お姉ちゃんと同じで、私はまた胸が痛んだ。 でもこなちゃんは力強く続けた。 『ちゃんと三人で話し合おう。私もかがみ探すから。あーでも、入れ違いになったら…あ、ゆーちゃんに言っておけばいいか』 こなちゃんはずっとしっかりとした口調だった。 それで、私の名前を呼んだ。 『つかさ』 「うん」 『つかさが一番かがみを見つけられると思うから。見つけたら教えて。私も行くから。それからもっかい言うけれど』 「うん」 『かがみを好きになって、ごめんね。けれどつかさのことだって負けないくらい好きだよ』 こなちゃんは優しい声だった。 その言葉を、最近どこかで聞いた気がする。 ――私は、つかさもみゆきも好きよ。 そうだ、私はちゃんと聞いていた。 知っていたはずなのに。 お姉ちゃん。 「うん、ありがとう」 電話を切った。 冬の風がかさかさと、公園の木のこずえを鳴らしてる。 こんな寒い中で一人のお姉ちゃんはどんな気持ちだろう。 私はもう一度自転車にまたがって、お姉ちゃんを探して、夜の鷹宮町を走り出した。 **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - (/ _ ; )b -- 名無しさん (2023-08-22 10:00:17) - 続きが気になるっす! -- 名無しさん (2010-11-16 02:32:31) - 情景描写や心理描写といった表現全体がすごく綺麗で &br()すごく好きなシリーズです。 &br() &br() &br()あらためて、一作目から読んでしまいました。 &br() &br() &br()続き楽しみにしています。 -- 『泣き所』に当たれば『泣き虫』さん (2010-04-29 23:46:05) - 続きが気になります! &br()あなたのSSは最高です。 -- 名無しさん (2009-11-23 00:20:34) - らき☆でい -- 名無しさん (2009-11-21 12:37:44) - GJ!! &br()続きが楽しみです &br()がんばってください &br() -- 名無しさん (2009-06-17 21:15:45) - だから応援したくなるのだ -- 名無しさん (2009-05-22 18:05:20) - 甘いのもいいけど現実的なのもいいよね &br()幸せは不幸の上にあるってのは悲しいが現実だもんな -- 名無しさん (2009-05-22 17:51:50) - なんかこう読むと胸が切なくなりますねぇ… &br()つかさだからこその心情表現がすごく良いです -- こなかがは正義ッ! (2009-05-22 14:15:43) - 凄い…雰囲気に飲まれてしまう。 -- 名無しさん (2009-05-21 21:18:41) **投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください) #vote3(51)

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