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「You Know You're Right -Cherry Brandy Mix-(3)」(2009/07/19 (日) 07:42:11) の最新版変更点
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――
どうやら、勝負はついたらしい。 私の圧勝だった。 そして、ある意味では、完敗だった。
… だったら、何なんだろう。 何か、目に見える変化があったか? 普段の掛け合いより、有意義なものを見出せたか?
たかが意思疎通の為だけに、命を張るとは。 私もまだまだ青い。
― あとは、席を立つだけ。 弄んでいた灰皿を、持ち帰るだけ。
――
利己主義っていうのは、言ってみれば、一神教(的傾向)、又はその文化圏の権威の下、万世に公認されたもの。
熟成したのは、大西洋の向こう側。 “自由”とかいう妄想を民草に植え付けた連中が築き上げた、ヒエラルキー理論の根本…
それは、『唯一絶対』、という概念の存在そのものだ。
だったら。
「… その言葉。」
この、相互の感情に、終止符を打つのはたやすい。
なにしろ。
「そっくり、そのまま、返す。」
『神への道を引き返す』。 それだけで、いいのだから。
… この子を。 同性で、一心同体の筈のこの子を、今、胸に抱きしめているのは、その証明の、端緒。
「― 臆病者が。 怖気づいたな。 今更。」
最後まで手元に残った、錫の塊を懐にしまい、空いた利き手を額の蔓に伸ばす。
そしてそれを棘ごと鷲掴み、皮膚の上から引っぺがす。 ― もう流血なんぞに構ってられるか。
「誰が何と言おうが― あんた自身に否定されようが。 私を、生かしてくれているのは、あんただ。」
逆手で、額から流れ落ち視界を塞ぐ、夥しい鮮血を逐一拭い去り、勲章として、環状に穿たれた穴傷に沿って包帯を巻き。
「… それと、同じように。」
正面の、自分が架かる筈だった十字架を引き抜き、傍らの、二人の罪人の架かった別の十字架を叩き折って。
「あんたを生かすのは、私だ。」
― 野薔薇の冠を、かなぐり捨てた。
「私の脳髄から何かを吸い上げてるって自覚があんなら、どうせなら吸い切ってみせろ。 私が、干乾びるまで。」
自分の地位や立場等に固執できる程、法曹は暇じゃない。 その要求に、この意志を上回るものがあるなら、見せてみろ。
「そんなもので… 他人に創って貰ったこの身体なんかで、支払い切れるならな。
― この、“あんたと結び付いた” “あんたの人生を背負った”っていう『責任』を。」
ヲタ道を捨て切れず、時代遅れな【論理性の皮を被った感情論】を量産しながら、
仙人みたいな境地に至った『つもり』の親父さんに、愛想が尽きたんだろう? 奥さんの亡骸に、意図せず唾を吐いてるような。
彼から離れ自律する、その『覚悟』に惹かれたからこそ、私はあんたを受け容れ、あんたの『責任』の担い手を買って出た。
「私は、あんたの望むままの人格をずるずる引き摺って、結果、ここまでで、あんたの人生を台無しにしている。
― 世に望まれない界隈の住人にした。 それも半ば強引に、ね。」
先刻の『その気にした』は、あんたの謙遜みたいなものだな。 そっちから投げ掛けられた『責任』を、受け取ったのは、私だ。
「その、罪滅ぼしをしなきゃならない。 これも、自分の為に、だ。 気の済むようにしたいから。」
そのまま足元に捨て去れば、何の問題も起こらなかった。 かき抱いたのは、私の意志。 私の欲望。
「一方で私は、あんたの領域の下で、あんたの根っこにしっかり抱き留められている。 『あんたに、必要とされてる』。
私の何が役に立つか知らないが、でも、その代償に、あんたは資金面の援助と、それ以上の情熱を、私に向けてくれる。
こういうのを『濫救』っていうのか、それは判らないけど。」
そして、私の手に渡った『責任』を、後になって分け合う事を申し出てきたのは、この通り、あんたの方だ。
自分の荷が軽くなった事への罪悪感か、はたまた、新たな運び役の私を気遣ってくれているのか。 ―そんな事はどうでもいい。
「他人の為だけに生きられる。 ―そんな妄想、西洋とか中東とか、web上でよく見る、【絶対】信奉者共の傲慢だろうが。
私達は、汚れて生きて行くしかない。 その為に、わざわざ『責任』をおっ被って、尤もらしい名目を立ててる。
“一人では生きられない”んだから、それは当然だ。 そして、そんな“自己”を誇るなんてのもどうかしてる。」
これで、“お互い様”になった訳だ。 同じ責任を、等量… とはいかなくとも、分割して、二人三脚で運び行く仲に。
誇りも、可能性も、今や「二人で一つ」。 ― こうして『おっ被る』事は、最早偽善でも何でもない。 言うなれば、食事と同じだ。
「だけど、そういう生き物なんだから、それでいいだろうが。 ―あんたもヲタから卒業したんなら判っててもいい筈だ。
自分の理想に完璧に合致する人間になんざ、何の付加価値もない、って。 ただ退屈なだけの存在だ、って。」
生き甲斐、というものは、不完全性の元に生じる。 … 近年の新三無主義者達― 効率・数理の奴隷共などには判るまい。
私の即興演説に、こなたは目を細め耳を傾けてくれている。 学生時代には、寝入っていてもいいような次元の講釈を。
変化は、この通りあるがままだ。 私達は、かつて身に付けていたものを、今日を乗り越える為の犠牲にしながら生きている。
「私は、あんたの欠点が好きだ。 自分勝手で横暴で、妄想気質で偏見に浸かってて、中途半端で快楽主義者で、扁平で。」
でも、そんな中で― 二人を繋ぐ足紐として。
その肉体と引き換えにしてでも、守り徹せる錫の塊― “人間性の証”として。
「そういうもの、全部含めて。 私は、あんたを愛してる。
… 収入云々より何より、私の人生に、そういう生き甲斐をくれた、あんたを。」
変わりゆく部分を、選んでくれていて、ありがとう。
「変えてはならないもの」を、しっかり握ってくれていて、ありがとう。
「そちらが、例えばこんな売れっ子作家になるような運命辿らなかろうが、それは同じ。
高校までの調子だったらさ… 一緒に、『自分探し』なんぞにかまけてても、それはそれで良かったと思う。」
空疎な人生に、「生き甲斐」という言葉を吹き込んでくれて、ありがとう。
『常識』の首輪から、『字義通り』の足枷から、『真理』の鉄格子から、解き放ってくれて、ありがとう。
「私の感性に、ぴったり一致する。 一挙手一投足の総てが、私の人生を、快感に導いてくれる。
言ってみりゃ、360度、旋回させられた気分。 一周して、自分の全価値観を見直させられた。 ガッツ石松って、やっぱ深い。」
丈夫な幹でいてくれて、地盤を固める大役を買って出てくれて、ありがとう。
生きる力をくれて、大輪の花を付けてくれて、ありがとう。
「兎も角も。」
そして。
「あの時代から、既に私の中で、あんたは『私』の一部だった。
… “自分勝手で横暴で、妄想気質で偏見に満ち充ちた”価値観の下では、取り敢えず今の処、こういう結論が出てる。 けど?」
― 心を許してくれて、ありがとう。 ―
吹き抜ける、一陣の風。
綻びるにはまだ早い、薄桃色の花弁を横抱きにして、こなたの碧い外套と私の侍頭を巻き上げながら、爺婆の原宿を疾駆する。
人攫いにとって、この吸い込まれるような無人の闇中には、さぞ潜み易い事だろう。 … 駆け落ちなら、尚の事だ。
風の巻き上げた塵芥のせいか、一瞬、腕の中のこなたの陰に、シルクで織ったワンピースと、レースの広鍔帽が重なって見えた。
その、何かを見失った戸惑いと安堵を同時に覚えたようなキョドり面の裏にも、寂寥を湛えた、蔑むような笑顔が垣間見える。
… 心配、ですか。 望まない方向、ですか。 ― 汚らわしい、ですか。
先程、そこの桜の下に― 私に見える位置に、わざわざいらっしゃったのも、『牽制』の為ですか。
だが、残念。 あなたは既に、過去の方です。
「― もう。」
「ん?」
そして、次に聞こえた声の響きには、私の活力源である若干の甘味が添えられた、綺麗に潰れた丸文字読みの特徴が現れていた。
言うなれば、この子の指紋のようなものか。 例え平野綾でも、コッペパンの人でも、この声音は決して真似できないと明言できる。
「一生、負け続けでいいや。 かがみには、どんな事したって敵いっこない。 私、競う相手とか、間違えてた。」
発言内容も、そこから読み取れる性質も人格も、全てが、私の良く知る、この腕の温もりそのものだ。
― 女々しい亡霊などと、見紛う筈がない。
「何の話? あんたはとっくに私を打ち負かしてる。
― 事実、ここにいる私は、骨抜きなんだから。
勿論、ご自分の職業上の成功で、収入面にも言える事だけど、
私のこの身体が生きてる限り、あんたは永久に勝ち組よ。」
そして、こなたの左耳朶で、ここぞとばかりに輝く、約束のサファイア。
恋人の証は、私の右耳でも、最近は四六時中同じ光を湛えている。
何者にも、“こっち”の領域への侵入を許さない、私達二人の、城砦。
「そっか… うん、そっか。」
頷く顎の動きには、最早一片の迷いも、戸惑いも感じられない。
― そう。 直感の位相で交信できる存在など、私には、こなた以外にあり得ないのだ。
「だから、もう泣くな。 今は、泣いてる時じゃない。」
その証として。 声も上げずに泣き続ける、最愛のパートナーの肩をやにわに掴み、濁った瞳で、真直ぐにその翡翠色を射抜く。
こなたは瞼を上げ、驚いた様子でいる。 けれど、緊張のない、完全に無防備なその仕草は、私を信頼してくれている事の証。
「動けるだけ。動く時だ。 ―社会に『流される』か。社会から色々学習して『流れて行く』か。 私達は、その岐路に居る。」
神谷明じゃないけど、『ハート優しく腐るだけ』、か。 生物に限らず、自発的に動かないものは大概そのまま劣化する。
川の流れは変わらない。だから、『流され方』に出来る限りの工夫を凝らす事。 それが、意志を持った、人としての生き方だ。
「“自分達の為に、世界を変える”んじゃない。 “世界の変化をどう受け入れて、どう応用して、何を生み出して行けるか”だ。
それだけで― 心構えの変化だけで、自分の中の『生きる』っていう言葉の重みは大分変わってくる。
私達が、その一例みたいなものを― 同性カップルのものとして世に残せれば、それが、新しい価値になるかも知れない。」
『Change the World』というが、あの歌の本意は「自分の変わり方」だ。 Mr.スローハンドをファンタジストと舐めちゃいけない。
… 等と、さっきから持ち前の講釈好きな性質が見事に発動している。 これ以上、一人で先走る態勢にはなりたくないのだが…
とはいえ、こなたの視線が(お約束通り)先を促すので、ここで半端に話を打ち切るのは私の主義に反する。 …では失礼して。
「“自由”っていうのは「利他行」だ、って、誰かが言ってた。 ジャニスの遺言通りに、何も持たないなりに助け合う事だ、って。
幸い、最近は携帯サイトとかでシェアリングが一般化し出してるけど、この辺からじゃないかな。 ヒント捜すのは。
「他人の為」は、無駄じゃない、っていう、意識。 利潤の追求以上に、人間には、優先すべき事柄がある。」
他人の影響を受けない人間は居ない。 昨日の夕食の素材だって、誰かが作ってくれたもの。
リーマンショックに始まったアメリカ経済の崩壊に併せて、世界中が不況のどん底に墜落し出した辺りが、それを象徴している。
自分ひとりで生きている― こういう妄想を一般の厨工房や不適合者達は抱きたがるものだが、思い上がりもいい処だ。
「オランダがオランダ病から脱して、今、世界を俯瞰できるようになったのは、国民レベルで、ここに気付けたから。
勤労時間に併せて収入も減るけど、現場の賃金格差は無いし、補償も完備してる。 何よりその分、自由時間が増える。
自分の幸せも追求できて、同時に、自分を支えてくれる他人の幸せも維持できる。 要は「譲り合い」の精神。方法論。
その上それが切欠で、誰かの桜が咲けば、毎年花が咲くようになれば、それに越した事はない。」
生きる為には、蝟集することが大前提。 人間は、弱者だ。 『我執』等という、手製の不定形に惑わかされている場合ではない。
―この精神が生業にまで及んだのが、ワーク・シェアリング。 取り敢えず制度は広まったが、後はどう応用して行くか、だな。
日本には一神教(の観念)がないし、それに基く『絶対』の第三者性も根付き難い。 問題は、既に幾つも生じてきている。
西欧的価値観へのコンプレックスからか、失敗を恐れ、楽観論を取り立てて否定するような風潮が支配的だが、
「やってみなければ判らない」というのもまた一つの真理だ。 事後補償さえ徹底すれば、失敗は恐るるに足らない。
何故なら、社会、否、世界の全ての要素の根底には、先程までの二人が体現したように、『感情』が幅を利かせているから。
当事者が満足、でなくとも、ある程度受容可能な所謂及第点を法から探すのが、裁判(主に民事)の本位であることがその証だ。
その為検事も弁護士も、各々の理論のベクトルの根元にある人々を守るべく、法の一字一句の転応用or粗探しに躍起になるのだ。
マスコミが知る権利を盾に暴走し、野次馬根性を正当化し利己主義を煽り立てている現在、周知には中々骨が折れそうだが。
こなたが、何事かに気付いたよう、固めていた瞳孔を大きく開く。
そう、3年前、一緒になった頃から、私が口にしている事の大意は、何も変わらない。 ― 私は、あんたが「欲しい」だけだ。
「そういう規模の話と比べれば、私達は、こうやって常日頃何の気兼ねもなく感情ぶつけ合えるくらいの距離に居る。
だから、全部開いてくれていい。 私も、全部開くから。 ―もっと、感情とか感覚の上でも、シェアリングしても良いだろ?」
全てを… 文字通り、全てを分け合う覚悟は出来ている。
あんたの喜びも、悲しみも、不安も、苛立ちも、神経症も、殺意も、独占欲も、慈悲心も。 あんたの、真心が望むように。
かつてあんたが教えてくれた、「そういうもんだ」と全てを赦し受け容れる、処世の奥義。 それが、漸く役に立ちそうだ。
「どんなに職業次元に距離があろうが、あんたの傍からは、離れない。 いつかも言ったように、効率よく利用してくれていい。」
作家の孤独は、私には判らない。 いつかも聞いたように、公式の文章は自分自身との対話から導き出すしかない、のなら。
これからは、仕事で嵩むストレスや価値観の齟齬等から、すれ違いや喧嘩も避けられなくなるだろう。
これは、対話の不足や信頼の揺らぎから生じる、人間関係に宿命的な現象なのだそうだ。 ―犯罪心理学の知識だが。
「私はまだまだ、あんたについては、何も知らないから。」
だから、知りたい。 あんたの、総てを。
どうせ避けられない壁なら、何かのCMみたいな、突き破るような荒療治でなく― 遠回りでもいい、登り切ろう。
変わるのは、深めるのは、歩きながらでいい。
「 ― かがみ。 」
漸く、こなたの目尻が垂れる。
その瞼にかかる前髪をそっとかき分け、現れた、『おでこ』という名詞が何よりしっくり来る額に、時間を掛けて、口づける。
跪くのは安易だし、仰々しい。 手の甲へのそれは、どうにも時代錯誤だし、何より身分差を前面に押し出す構図だ。
ト ワ
― 今の私達には、これ位が丁度良い。 【友情】という名の、『久遠の慕情』位が。 (欲を言えば、もう少し瞼側に寄りたいが。)
この子の頭蓋骨には、丁度唇が収まり易い位置― 眉間の真上辺りに、浅い窪みがある。 グロス跡でも残したくなるような。
散る桜に、人の世の儚さを重ねて憂愁に浸るロマンチストなど、首の据わらない赤ん坊と同じ。
利己主義、効率主義とは、そういう時勢だ。
そんな中で、新たな光明が見え掛けてきている。 不況が再生産する形となった、「共有」「共生」という価値観。
釈迦、イエス、老子… 解悟者達の説いた理想状態が、カネに基く先述の各絶対主義の崩壊と共に、世界各地に根を張り出した。
「… あんたのペースになら、もう慣れたけど。」
無比の愛、ひいては、人類愛、神の愛… ひいては、世界平和の為に、今、何をしたらいいのか。
言葉の神に呪われた、当の新三無主義者達からの質問に対して、マザーは、「足元に目を向けろ」と返していた。
『帰って、家族を大切にしてあげて下さい。』、と。
… 至近距離で交錯する、その二つの視線の端で、季節外れの桔梗の影が、桜に混じって、ひっそりと風に舞って行った。
――――
A.M 01:24。 時折道路を行き交う車以外に、生物の気配はない。 宵闇とは、悉皆に眠りの安息を与える為に存在する。
― しかし私といえば、この子の影響もあってか、こんな時間でも目が冴えてやがる。 ―お蔭で徹夜が得意にはなったがね。
「… デレてるデレてる。」
「よかったな。」
無人となった駅前のアーケードを、自宅に向けて並び行く。 …こういう瞬間は、この子との共生の中でも、指折りの心地よさ。
何がそんなに琴線に触れたのか、珍しい事に、こなたは頬を林檎相応の真紅に染めて、尚負け惜しみのように軽口を叩く。
― 相変わらず、照れ隠しの下手な奴だ。 昔の私程じゃないがね。
「意地張っちゃって。 腰の筋が張ってんのは何でかなー?」
「ご想像にお任せします。」
主導権とか優位劣位とか、どうして私達市井のレベルは、こういう観念から自由になれないんだろう。
この子に、改めて気付かされた。 多分それは、皆自分が可愛いから。 ヒトという生物は、悉皆が少なからずナルシストだから。
フィジカルな位相の価値を失い老人ホームに押し込まれる際、その身中に残るのは、快不快の判断基準である、この領域だけだ。
だったら、そう認めるしかない。 私達は感情の生物なのだと。 無益な自己犠牲をこそ、嫌悪し忌避するのものなのだと。
「おぅ、本気かね。 … 『今宵は攻めてくれるかな?』」
「『いいですとも!』、ってか。 丁度明日空きなんだよね。 …首洗って待ってやがれ。」
さっきみたいなマイナス感情も、永久に引き摺って行かなければならない。 “生かされていること”の代償として。
それを、どう受け止めるか。 ―その全容と付随概念をどう認識して咀嚼するか。 … 多分、総てはそこからだ。
― 片手で指の間接を鳴らすと、肩を竦めて怯えた様子を演じてみせるこなた。
では、望み通り、明日一日は腰が立たない程度にノしてやるとしますか。
蒼穹のルーサリーの頂で悪戯っぽく揺れる馬鹿毛を、挑発の意を込め横から指で弾く。
そして、手を伸ばしたついでに。
コンビニの灯を受け、歩く度にチラチラと光沢を帯びる、その張りのある頬に聖痕として残された涙の跡を、親指で拭ってやる。
反射的に綻ぶ、竜胆の蕊。 風にそよぐ、碧色の花弁。
先刻、桜の根元に… そして、この子と同じ位置に突っ立っていた、桔梗色の翳 ― 『泉こなたの憧憬の影』女氏に捧ぐ。
お蔭様で、あなたの一人娘は、この通り、遅ればせながら、ですが、親離れを果たしました。
父親の頚木を引き抜き、母親の轡をもぎ取り、畳んだ翼を、粛々と広げて。
あなたの望んだ形ではなかろうと。
『子にとって、親は、いつまでも親であり続ける』。 それは疑いない事実。
しかし、その字画が示すよう、あなたにとって、この子が最大の信頼の対象であるなら。
今こそあなたは、この子を呪いとして未だに束縛し続けている、その醜い自己愛から解放し、永遠の恋人の元へ、お帰り下さい。
あなたの本位を丁度見失っている、この子の父親の元へ。 薄紅の、秋桜を携えて。
この子の中で、あなたの名が、穢れてしまわないうちに。
あなたが、“英雄”であるうちに。
こっちに、あなたの居場所はないから。
こっちは、人の間の… 悩める者、たゆとう者達の界隈だから。
『散るからこそ美しい』、そんな感傷は非効率。
確実性に基かないショウなど、存在価値もない。 ― ですよね?
端から、頼れるご縁にはありませんから。 その、『親心』という名の言い訳の対象も、同じ立場にあるようですけれど。
他の誰でもない。 花を付けだしたばかりの桜を、 ― この子を護るのは、私だ。 ―
Reference Music : 薔薇の冠/coba , You Know You're Right/Nirvana , Gold/Prince
Where Dragons Rule/Dragonforce , The Show must Go on/Queen
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#comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3)
- そうじろうはかなたが存命の時に所得した情報や物質では(食べ物や感情などの事)小説家として成功せず &br()かなたの死後所得したものでは成功したのは事実 &br()駆け落ち(だっけ?)後そうじろうはかなたにムリをさせたのは事実 &br()かなたの死因は知らないですけどネ &br() &br()もしかして作者さん男嫌いですか? &br() &br() &br() &br()……そこの神さま、あんたが手を出すと大変な事になりかねないから &br()手を出すな、そもそもかがみとこなたはもうくっついてるんだから &br()アンタの手は必要ないだろ &br()あといい加減かなたに体返せ &br() -- 名無しさん (2009-03-31 18:14:43)
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どうやら、勝負はついたらしい。 私の圧勝だった。 そして、ある意味では、完敗だった。
… だったら、何なんだろう。 何か、目に見える変化があったか? 普段の掛け合いより、有意義なものを見出せたか?
たかが意思疎通の為だけに、命を張るとは。 私もまだまだ青い。
― あとは、席を立つだけ。 弄んでいた灰皿を、持ち帰るだけ。
――
利己主義っていうのは、言ってみれば、一神教(的傾向)、又はその文化圏の権威の下、万世に公認されたもの。
熟成したのは、大西洋の向こう側。 “自由”とかいう妄想を民草に植え付けた連中が築き上げた、ヒエラルキー理論の根本…
それは、『唯一絶対』、という概念の存在そのものだ。
だったら。
「… その言葉。」
この、相互の感情に、終止符を打つのはたやすい。
なにしろ。
「そっくり、そのまま、返す。」
『神への道を引き返す』。 それだけで、いいのだから。
… この子を。 同性で、一心同体の筈のこの子を、今、胸に抱きしめているのは、その証明の、端緒。
「― 臆病者が。 怖気づいたな。 今更。」
最後まで手元に残った、錫の塊を懐にしまい、空いた利き手を額の蔓に伸ばす。
そしてそれを棘ごと鷲掴み、皮膚の上から引っぺがす。 ― もう流血なんぞに構ってられるか。
「誰が何と言おうが― あんた自身に否定されようが。 私を、生かしてくれているのは、あんただ。」
逆手で、額から流れ落ち視界を塞ぐ、夥しい鮮血を逐一拭い去り、勲章として、環状に穿たれた穴傷に沿って包帯を巻き。
「… それと、同じように。」
正面の、自分が架かる筈だった十字架を引き抜き、傍らの、二人の罪人の架かった別の十字架を叩き折って。
「あんたを生かすのは、私だ。」
― 野薔薇の冠を、かなぐり捨てた。
「私の脳髄から何かを吸い上げてるって自覚があんなら、どうせなら吸い切ってみせろ。 私が、干乾びるまで。」
自分の地位や立場等に固執できる程、法曹は暇じゃない。 その要求に、この意志を上回るものがあるなら、見せてみろ。
「そんなもので… 他人に創って貰ったこの身体なんかで、支払い切れるならな。
― この、“あんたと結び付いた” “あんたの人生を背負った”っていう『責任』を。」
ヲタ道を捨て切れず、時代遅れな【論理性の皮を被った感情論】を量産しながら、
仙人みたいな境地に至った『つもり』の親父さんに、愛想が尽きたんだろう? 奥さんの亡骸に、意図せず唾を吐いてるような。
彼から離れ自律する、その『覚悟』に惹かれたからこそ、私はあんたを受け容れ、あんたの『責任』の担い手を買って出た。
「私は、あんたの望むままの人格をずるずる引き摺って、結果、ここまでで、あんたの人生を台無しにしている。
― 世に望まれない界隈の住人にした。 それも半ば強引に、ね。」
先刻の『その気にした』は、あんたの謙遜みたいなものだな。 そっちから投げ掛けられた『責任』を、受け取ったのは、私だ。
「その、罪滅ぼしをしなきゃならない。 これも、自分の為に、だ。 気の済むようにしたいから。」
そのまま足元に捨て去れば、何の問題も起こらなかった。 かき抱いたのは、私の意志。 私の欲望。
「一方で私は、あんたの領域の下で、あんたの根っこにしっかり抱き留められている。 『あんたに、必要とされてる』。
私の何が役に立つか知らないが、でも、その代償に、あんたは資金面の援助と、それ以上の情熱を、私に向けてくれる。
こういうのを『濫救』っていうのか、それは判らないけど。」
そして、私の手に渡った『責任』を、後になって分け合う事を申し出てきたのは、この通り、あんたの方だ。
自分の荷が軽くなった事への罪悪感か、はたまた、新たな運び役の私を気遣ってくれているのか。 ―そんな事はどうでもいい。
「他人の為だけに生きられる。 ―そんな妄想、西洋とか中東とか、web上でよく見る、【絶対】信奉者共の傲慢だろうが。
私達は、汚れて生きて行くしかない。 その為に、わざわざ『責任』をおっ被って、尤もらしい名目を立ててる。
“一人では生きられない”んだから、それは当然だ。 そして、そんな“自己”を誇るなんてのもどうかしてる。」
これで、“お互い様”になった訳だ。 同じ責任を、等量… とはいかなくとも、分割して、二人三脚で運び行く仲に。
誇りも、可能性も、今や「二人で一つ」。 ― こうして『おっ被る』事は、最早偽善でも何でもない。 言うなれば、食事と同じだ。
「だけど、そういう生き物なんだから、それでいいだろうが。 ―あんたもヲタから卒業したんなら判っててもいい筈だ。
自分の理想に完璧に合致する人間になんざ、何の付加価値もない、って。 ただ退屈なだけの存在だ、って。」
生き甲斐、というものは、不完全性の元に生じる。 … 近年の新三無主義者達― 効率・数理の奴隷共などには判るまい。
私の即興演説に、こなたは目を細め耳を傾けてくれている。 学生時代には、寝入っていてもいいような次元の講釈を。
変化は、この通りあるがままだ。 私達は、かつて身に付けていたものを、今日を乗り越える為の犠牲にしながら生きている。
「私は、あんたの欠点が好きだ。 自分勝手で横暴で、妄想気質で偏見に浸かってて、中途半端で快楽主義者で、扁平で。」
でも、そんな中で― 二人を繋ぐ足紐として。
その肉体と引き換えにしてでも、守り徹せる錫の塊― “人間性の証”として。
「そういうもの、全部含めて。 私は、あんたを愛してる。
… 収入云々より何より、私の人生に、そういう生き甲斐をくれた、あんたを。」
変わりゆく部分を、選んでくれていて、ありがとう。
「変えてはならないもの」を、しっかり握ってくれていて、ありがとう。
「そちらが、例えばこんな売れっ子作家になるような運命辿らなかろうが、それは同じ。
高校までの調子だったらさ… 一緒に、『自分探し』なんぞにかまけてても、それはそれで良かったと思う。」
空疎な人生に、「生き甲斐」という言葉を吹き込んでくれて、ありがとう。
『常識』の首輪から、『字義通り』の足枷から、『真理』の鉄格子から、解き放ってくれて、ありがとう。
「私の感性に、ぴったり一致する。 一挙手一投足の総てが、私の人生を、快感に導いてくれる。
言ってみりゃ、360度、旋回させられた気分。 一周して、自分の全価値観を見直させられた。 ガッツ石松って、やっぱ深い。」
丈夫な幹でいてくれて、地盤を固める大役を買って出てくれて、ありがとう。
生きる力をくれて、大輪の花を付けてくれて、ありがとう。
「兎も角も。」
そして。
「あの時代から、既に私の中で、あんたは『私』の一部だった。
… “自分勝手で横暴で、妄想気質で偏見に満ち充ちた”価値観の下では、取り敢えず今の処、こういう結論が出てる。 けど?」
― 心を許してくれて、ありがとう。 ―
吹き抜ける、一陣の風。
綻びるにはまだ早い、薄桃色の花弁を横抱きにして、こなたの碧い外套と私の侍頭を巻き上げながら、爺婆の原宿を疾駆する。
人攫いにとって、この吸い込まれるような無人の闇中には、さぞ潜み易い事だろう。 … 駆け落ちなら、尚の事だ。
風の巻き上げた塵芥のせいか、一瞬、腕の中のこなたの陰に、シルクで織ったワンピースと、レースの広鍔帽が重なって見えた。
その、何かを見失った戸惑いと安堵を同時に覚えたようなキョドり面の裏にも、寂寥を湛えた、蔑むような笑顔が垣間見える。
… 心配、ですか。 望まない方向、ですか。 ― 汚らわしい、ですか。
先程、そこの桜の下に― 私に見える位置に、わざわざいらっしゃったのも、『牽制』の為ですか。
だが、残念。 あなたは既に、過去の方です。
「― もう。」
「ん?」
そして、次に聞こえた声の響きには、私の活力源である若干の甘味が添えられた、綺麗に潰れた丸文字読みの特徴が現れていた。
言うなれば、この子の指紋のようなものか。 例え平野綾でも、コッペパンの人でも、この声音は決して真似できないと明言できる。
「一生、負け続けでいいや。 かがみには、どんな事したって敵いっこない。 私、競う相手とか、間違えてた。」
発言内容も、そこから読み取れる性質も人格も、全てが、私の良く知る、この腕の温もりそのものだ。
― 女々しい亡霊などと、見紛う筈がない。
「何の話? あんたはとっくに私を打ち負かしてる。
― 事実、ここにいる私は、骨抜きなんだから。
勿論、ご自分の職業上の成功で、収入面にも言える事だけど、
私のこの身体が生きてる限り、あんたは永久に勝ち組よ。」
そして、こなたの左耳朶で、ここぞとばかりに輝く、約束のサファイア。
恋人の証は、私の右耳でも、最近は四六時中同じ光を湛えている。
何者にも、“こっち”の領域への侵入を許さない、私達二人の、城砦。
「そっか… うん、そっか。」
頷く顎の動きには、最早一片の迷いも、戸惑いも感じられない。
― そう。 直感の位相で交信できる存在など、私には、こなた以外にあり得ないのだ。
「だから、もう泣くな。 今は、泣いてる時じゃない。」
その証として。 声も上げずに泣き続ける、最愛のパートナーの肩をやにわに掴み、濁った瞳で、真直ぐにその翡翠色を射抜く。
こなたは瞼を上げ、驚いた様子でいる。 けれど、緊張のない、完全に無防備なその仕草は、私を信頼してくれている事の証。
「動けるだけ。動く時だ。 ―社会に『流される』か。社会から色々学習して『流れて行く』か。 私達は、その岐路に居る。」
神谷明じゃないけど、『ハート優しく腐るだけ』、か。 生物に限らず、自発的に動かないものは大概そのまま劣化する。
川の流れは変わらない。だから、『流され方』に出来る限りの工夫を凝らす事。 それが、意志を持った、人としての生き方だ。
「“自分達の為に、世界を変える”んじゃない。 “世界の変化をどう受け入れて、どう応用して、何を生み出して行けるか”だ。
それだけで― 心構えの変化だけで、自分の中の『生きる』っていう言葉の重みは大分変わってくる。
私達が、その一例みたいなものを― 同性カップルのものとして世に残せれば、それが、新しい価値になるかも知れない。」
『Change the World』というが、あの歌の本意は「自分の変わり方」だ。 Mr.スローハンドをファンタジストと舐めちゃいけない。
… 等と、さっきから持ち前の講釈好きな性質が見事に発動している。 これ以上、一人で先走る態勢にはなりたくないのだが…
とはいえ、こなたの視線が(お約束通り)先を促すので、ここで半端に話を打ち切るのは私の主義に反する。 …では失礼して。
「“自由”っていうのは「利他行」だ、って、誰かが言ってた。 ジャニスの遺言通りに、何も持たないなりに助け合う事だ、って。
幸い、最近は携帯サイトとかでシェアリングが一般化し出してるけど、この辺からじゃないかな。 ヒント捜すのは。
「他人の為」は、無駄じゃない、っていう、意識。 利潤の追求以上に、人間には、優先すべき事柄がある。」
他人の影響を受けない人間は居ない。 昨日の夕食の素材だって、誰かが作ってくれたもの。
リーマンショックに始まったアメリカ経済の崩壊に併せて、世界中が不況のどん底に墜落し出した辺りが、それを象徴している。
自分ひとりで生きている― こういう妄想を一般の厨工房や不適合者達は抱きたがるものだが、思い上がりもいい処だ。
「オランダがオランダ病から脱して、今、世界を俯瞰できるようになったのは、国民レベルで、ここに気付けたから。
勤労時間に併せて収入も減るけど、現場の賃金格差は無いし、補償も完備してる。 何よりその分、自由時間が増える。
自分の幸せも追求できて、同時に、自分を支えてくれる他人の幸せも維持できる。 要は「譲り合い」の精神。方法論。
その上それが切欠で、誰かの桜が咲けば、毎年花が咲くようになれば、それに越した事はない。」
生きる為には、蝟集することが大前提。 人間は、弱者だ。 『我執』等という、手製の不定形に惑わかされている場合ではない。
―この精神が生業にまで及んだのが、ワーク・シェアリング。 取り敢えず制度は広まったが、後はどう応用して行くか、だな。
日本には一神教(の観念)がないし、それに基く『絶対』の第三者性も根付き難い。 問題は、既に幾つも生じてきている。
西欧的価値観へのコンプレックスからか、失敗を恐れ、楽観論を取り立てて否定するような風潮が支配的だが、
「やってみなければ判らない」というのもまた一つの真理だ。 事後補償さえ徹底すれば、失敗は恐るるに足らない。
何故なら、社会、否、世界の全ての要素の根底には、先程までの二人が体現したように、『感情』が幅を利かせているから。
当事者が満足、でなくとも、ある程度受容可能な所謂及第点を法から探すのが、裁判(主に民事)の本位であることがその証だ。
その為検事も弁護士も、各々の理論のベクトルの根元にある人々を守るべく、法の一字一句の転応用or粗探しに躍起になるのだ。
マスコミが知る権利を盾に暴走し、野次馬根性を正当化し利己主義を煽り立てている現在、周知には中々骨が折れそうだが。
こなたが、何事かに気付いたよう、固めていた瞳孔を大きく開く。
そう、3年前、一緒になった頃から、私が口にしている事の大意は、何も変わらない。 ― 私は、あんたが「欲しい」だけだ。
「そういう規模の話と比べれば、私達は、こうやって常日頃何の気兼ねもなく感情ぶつけ合えるくらいの距離に居る。
だから、全部開いてくれていい。 私も、全部開くから。 ―もっと、感情とか感覚の上でも、シェアリングしても良いだろ?」
全てを… 文字通り、全てを分け合う覚悟は出来ている。
あんたの喜びも、悲しみも、不安も、苛立ちも、神経症も、殺意も、独占欲も、慈悲心も。 あんたの、真心が望むように。
かつてあんたが教えてくれた、「そういうもんだ」と全てを赦し受け容れる、処世の奥義。 それが、漸く役に立ちそうだ。
「どんなに職業次元に距離があろうが、あんたの傍からは、離れない。 いつかも言ったように、効率よく利用してくれていい。」
作家の孤独は、私には判らない。 いつかも聞いたように、公式の文章は自分自身との対話から導き出すしかない、のなら。
これからは、仕事で嵩むストレスや価値観の齟齬等から、すれ違いや喧嘩も避けられなくなるだろう。
これは、対話の不足や信頼の揺らぎから生じる、人間関係に宿命的な現象なのだそうだ。 ―犯罪心理学の知識だが。
「私はまだまだ、あんたについては、何も知らないから。」
だから、知りたい。 あんたの、総てを。
どうせ避けられない壁なら、何かのCMみたいな、突き破るような荒療治でなく― 遠回りでもいい、登り切ろう。
変わるのは、深めるのは、歩きながらでいい。
「 ― かがみ。 」
漸く、こなたの目尻が垂れる。
その瞼にかかる前髪をそっとかき分け、現れた、『おでこ』という名詞が何よりしっくり来る額に、時間を掛けて、口づける。
跪くのは安易だし、仰々しい。 手の甲へのそれは、どうにも時代錯誤だし、何より身分差を前面に押し出す構図だ。
ト ワ
― 今の私達には、これ位が丁度良い。 【友情】という名の、『久遠の慕情』位が。 (欲を言えば、もう少し瞼側に寄りたいが。)
この子の頭蓋骨には、丁度唇が収まり易い位置― 眉間の真上辺りに、浅い窪みがある。 グロス跡でも残したくなるような。
散る桜に、人の世の儚さを重ねて憂愁に浸るロマンチストなど、首の据わらない赤ん坊と同じ。
利己主義、効率主義とは、そういう時勢だ。
そんな中で、新たな光明が見え掛けてきている。 不況が再生産する形となった、「共有」「共生」という価値観。
釈迦、イエス、老子… 解悟者達の説いた理想状態が、カネに基く先述の各絶対主義の崩壊と共に、世界各地に根を張り出した。
「… あんたのペースになら、もう慣れたけど。」
無比の愛、ひいては、人類愛、神の愛… ひいては、世界平和の為に、今、何をしたらいいのか。
言葉の神に呪われた、当の新三無主義者達からの質問に対して、マザーは、「足元に目を向けろ」と返していた。
『帰って、家族を大切にしてあげて下さい。』、と。
… 至近距離で交錯する、その二つの視線の端で、季節外れの桔梗の影が、桜に混じって、ひっそりと風に舞って行った。
――――
A.M 01:24。 時折道路を行き交う車以外に、生物の気配はない。 宵闇とは、悉皆に眠りの安息を与える為に存在する。
― しかし私といえば、この子の影響もあってか、こんな時間でも目が冴えてやがる。 ―お蔭で徹夜が得意にはなったがね。
「… デレてるデレてる。」
「よかったな。」
無人となった駅前のアーケードを、自宅に向けて並び行く。 …こういう瞬間は、この子との共生の中でも、指折りの心地よさ。
何がそんなに琴線に触れたのか、珍しい事に、こなたは頬を林檎相応の真紅に染めて、尚負け惜しみのように軽口を叩く。
― 相変わらず、照れ隠しの下手な奴だ。 昔の私程じゃないがね。
「意地張っちゃって。 腰の筋が張ってんのは何でかなー?」
「ご想像にお任せします。」
主導権とか優位劣位とか、どうして私達市井のレベルは、こういう観念から自由になれないんだろう。
この子に、改めて気付かされた。 多分それは、皆自分が可愛いから。 ヒトという生物は、悉皆が少なからずナルシストだから。
フィジカルな位相の価値を失い老人ホームに押し込まれる際、その身中に残るのは、快不快の判断基準である、この領域だけだ。
だったら、そう認めるしかない。 私達は感情の生物なのだと。 無益な自己犠牲をこそ、嫌悪し忌避するのものなのだと。
「おぅ、本気かね。 … 『今宵は攻めてくれるかな?』」
「『いいですとも!』、ってか。 丁度明日空きなんだよね。 …首洗って待ってやがれ。」
さっきみたいなマイナス感情も、永久に引き摺って行かなければならない。 “生かされていること”の代償として。
それを、どう受け止めるか。 ―その全容と付随概念をどう認識して咀嚼するか。 … 多分、総てはそこからだ。
― 片手で指の間接を鳴らすと、肩を竦めて怯えた様子を演じてみせるこなた。
では、望み通り、明日一日は腰が立たない程度にノしてやるとしますか。
蒼穹のルーサリーの頂で悪戯っぽく揺れる馬鹿毛を、挑発の意を込め横から指で弾く。
そして、手を伸ばしたついでに。
コンビニの灯を受け、歩く度にチラチラと光沢を帯びる、その張りのある頬に聖痕として残された涙の跡を、親指で拭ってやる。
反射的に綻ぶ、竜胆の蕊。 風にそよぐ、碧色の花弁。
先刻、桜の根元に… そして、この子と同じ位置に突っ立っていた、桔梗色の翳 ― 『泉こなたの憧憬の影』女氏に捧ぐ。
お蔭様で、あなたの一人娘は、この通り、遅ればせながら、ですが、親離れを果たしました。
父親の頚木を引き抜き、母親の轡をもぎ取り、畳んだ翼を、粛々と広げて。
あなたの望んだ形ではなかろうと。
『子にとって、親は、いつまでも親であり続ける』。 それは疑いない事実。
しかし、その字画が示すよう、あなたにとって、この子が最大の信頼の対象であるなら。
今こそあなたは、この子を呪いとして未だに束縛し続けている、その醜い自己愛から解放し、永遠の恋人の元へ、お帰り下さい。
あなたの本位を丁度見失っている、この子の父親の元へ。 薄紅の、秋桜を携えて。
この子の中で、あなたの名が、穢れてしまわないうちに。
あなたが、“英雄”であるうちに。
こっちに、あなたの居場所はないから。
こっちは、人の間の… 悩める者、たゆとう者達の界隈だから。
『散るからこそ美しい』、そんな感傷は非効率。
確実性に基かないショウなど、存在価値もない。 ― ですよね?
端から、頼れるご縁にはありませんから。 その、『親心』という名の言い訳の対象も、同じ立場にあるようですけれど。
他の誰でもない。 花を付けだしたばかりの桜を、 ― この子を護るのは、私だ。 ―
Reference Music : 薔薇の冠/coba , You Know You're Right/Nirvana , Gold/Prince
Where Dragons Rule/Dragonforce , The Show must Go on/Queen
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- そうじろうはかなたが存命の時に所得した情報や物質では(食べ物や感情などの事)小説家として成功せず &br()かなたの死後所得したものでは成功したのは事実 &br()駆け落ち(だっけ?)後そうじろうはかなたにムリをさせたのは事実 &br()かなたの死因は知らないですけどネ &br() &br()もしかして作者さん男嫌いですか? &br() &br() &br() &br()……そこの神さま、あんたが手を出すと大変な事になりかねないから &br()手を出すな、そもそもかがみとこなたはもうくっついてるんだから &br()アンタの手は必要ないだろ &br()あといい加減かなたに体返せ &br() -- 名無しさん (2009-03-31 18:14:43)
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