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センシティヴィティ」(2023/08/21 (月) 18:55:05) の最新版変更点

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繋いだ手は温かかった。 駅のホームでこなたと見た紺碧の空は深く、それはひとを好きだと思う気持ちにも似ていた。 私はこれまで、ひとを好きになる気持ちが、こんな様々な色をしているとは知らなかった。 それは時に、夏の空のように鮮やかで明るかった。 こなたを好きだと考えると、これからの日々に期待に胸が膨らんで、真新しいシーツに寝転ぶような楽しい気持ちになった。 しかしそれは時に、冬の日の夜のようでもあった。 その色を見ていると……喋ることが出来なくなるような気がしてくるような。 しんと自分の中が静まり返って。冷えた湖に走る波紋を見ているような。 それは決して辛い気分ではないのだけれど、そんな気分になると私はうまく喋れなくなるのだった。 付き合い始めてからのこなたは、ただ日向に転がる猫のように楽しそうにしている。 だからこの気持ちについて、言ったことはない。 だって私は気づいていた。 この気持ちは“こなたを好きな気持ち”なのだと。 『センシティヴィティ』 こなたと付き合い始めて、色々なことが私の中で変化した。 “付き合う”なんて、ただの言葉に過ぎないだと思っていたけれど、それは思った以上に私に影響してきた。 例えば移動教室の時。 つかさやみゆきと楽しそうに廊下で喋るこなたを見かけて私は思った。 屈託なく笑って、嬉しそうに身体を動かして、自分を表現しているあの子。 ――あの小さな身体をした、綺麗な深い色の瞳の女の子。 あの彼女の隣は、私なんだ。 そんなことを考えて。日下部に肩を叩かれるまで、私はこなたに釘付けになっていた。 勿論肩を叩かれた後は全身が沸騰する音を聞いたけれど。絶対脳の血管に悪いことをしている。 「柊ぃ、どうしたんだ?」 「べ、別に何も無いわよ!」 参ったな。 付き合う前からこなたを好きなのは分かっていたけれど、恥ずかしいことに私は、自分が思った以上にこなたのことが好きだったみたいだった。 “付き合う”ことを始めたとたん、鍵が外れたみたいに、こなたへの気持ちが流れ出した。 かたん、かたん、と乾いた木で出来た階段を、裸足で駆け下りていくような感じ。 私はそんな自分は知らなかった。風でふくらむスカートを抑える暇もなく、私はこなたへの気持ちに転がり落ちていく。 考えるよりも先に、感情が花開いていく。 ――だから恥ずかしくて仕方がなかった。 だって恥ずかしいじゃない。思ったより好きだった、なんて。 でもそんなことを一度だけ、こなたに伝えたことがある。 付き合い始めたばかりの頃。 ふとした瞬間にこなたが私に訊いてきたのだ。 「かがみは、付き合ってなんか変わった?」 廊下を先に歩くこなたが振り返った。 その時はキスどころか(夏休みに事故でしたのは別として)手を繋ぐこともしてなくて、実際の“付き合い”は“親友”の時と同じだった。 だから私は少し考えて答えた。 「変わるって言うか……」 持っていたノートを口元に当てる。 「なんか、恥ずかしい」 そう言うと、こなたは「恥ずかしい??」と不思議そうに瞳を丸くして聞き返してきた。 「別に何にもしてないじゃん。つかさたちにも言ってないし」 「そうだけれど……」 それを説明するのはもっと恥ずかしいことだったので、私は誤魔化すことにした。 こなたに聞き返す。 「そういうこなたはどうなのよ」 「私?」 すると、こなたは鮮やかな笑顔を浮かべて、その長い髪をひるがえして歩き始めた。 「毎日が楽しいよ」 その笑顔と同じように、その言葉も鮮やかだった。 こなたも不器用なところはあるけれど、私はもっと、わかりやすく不器用だ。 そう言われて嬉しかったのに、嬉しいと伝えることが出来なかった。 なんて素直じゃないんだろうと思う。そんな意地を張ったって何にもならないのは十八年の人生で、十分知っているのに。 それで誤解されることも少なくなかった。なのにまだ直らない。 しかしそんな私の面を、ツンデレ、なんてこなたは言って、好きなところだと言ってくれる。 “付き合うこと”を始めて、私は色々なことに気がついた。 私の傍にいてくれる人は、そんな私だって知っていて傍にいてくれてるんだってこと。 当たり前のように思っていたけれど、それはとても幸せなことなのだということ。 ――昔はそんな私を理解してくれる人なんて、つかさしかいなかったのに。 「――お姉ちゃん、最近なんかあった?」 十月の終わり。夜の居間で二人でドラマを見ていた時に、つかさがぽつりと言った。 「え?」と言って、そちらを見れば、春の空のみたいに暖かく澄んだ一対の瞳がこちらを向いていた。 こなたと付き合い始めて、一ヶ月くらいになる頃だった。 まだつかさにはこなたとのことを話していない。 一瞬ドキリとして、それから自分に、落ち着け、と言い聞かせて、 「何も無いわよ」 と出来るだけ何もないように言った。うまく言えたと思う。 つかさはその柔らかい瞳を私にじっと向けていたけれど、やがて、 「そっか」 と呟いて、テレビ画面に視線を戻した。 その時、私の胸にズキリと音がするような痛みが走った。 ――つかさに嘘をついている。 その実感が、私の胸を貫いた。 窓の外からはもう虫の声もしない。ただ静かで冷たい紺色の闇が広がっているだけ。 手にしていたお菓子の味も、もうしない。 口に入れていたチョコレートのついた菓子を、ぱきん、と割って飲み込む。 テレビの方を見ていたけれど、私の意識は隣の妹に向いていた。 ――つかさ、信じたの? きっとそうだろう。つかさは純粋な子だ。昔から私の言うことは大抵信じてしまう。 それかもしかしたら、私が言いたくないことなのだと思って、追求するのはやめたのかもしれない。 どっちだろう?  私はつかさの横顔からそれを察することが出来なかった。 『つかさの考えていることがよくわからない』というのは、最近増えてきたことだった。 小さい頃はつかさの考えることなら何でもわかる気がしたし、お父さんよりもお母さんよりもつかさのことならわかっている気がした。 それはあんまり間違いでもなくて、つかさがどこかへ飛び出していってしまった時、探し出すのは私の役目だった。 ある日、つかさは神社の大きな木の陰で泣いていた。 友達と喧嘩してしまったらしい。私とはまた違うかたちだけれど、つかさにもまた不器用なところがあった。 お父さんもお母さんもお姉ちゃんにも見つけられなかったつかさを、私は見つけることが出来た。 大きな瞳を潤ませてしゃくりあげる妹に、しょうがないわね、って言って腰に手を当てるのは私の仕事だった。 それからその手を掴んで、家につれて帰るのも私の役目だと思っていた。 その頃、私の片手は間違いなくつかさのためにあった。 それなのに最近、つかさの考えていることがわからなくなることが増えた。 それは私たちが大人になりはじめたということなのか。 それとも、私がつかさに対して隠し事をしているからなのか。 ――わからなかった。 そう考えると、胃の辺りがきゅっと痛くなる。 何だかとてもいけないことをしているような気持ちになるからだ。 私の片手をこなたが掴む。 嬉しそうな笑顔で、私の手を包み込むように握る。 恥ずかしくて、視線が合わせられない。顔が、身体が熱くなる。 その熱が、私たちが“恋人”だということを教えた。 それはとても嬉しいことだった。楽しいことだった。 でも――。 私はもう片方の手が気になって仕方がない。 掴んでいたはずの、懐かしい手は今どこにあるんだろう。 部屋で勉強していると、背後からノックの音がした。 そして控えめにドアが開けられて、つかさが顔を出した。 「お姉ちゃん、ここ分からないんだけれど……教えてもらってもいいかなぁ?」 私は椅子を回転させて、つかさの方に身体ごと向く。 「しょうがないわね」 そして手招きした。ドアの隙間から、夜の気配が忍び寄ってくる。 十一月になったばかりの、何でもない日の夜だった。 私たちは机の前で顔を寄せ合って、つかさの問題集を見た。 私がシャーペンを滑らせるのに合わせて、つかさの視線も動く。 「ここをこうして……こうすると、この方程式が使えるでしょう?」 「あ、ホントだ、すごいー」 「すごいーじゃなくて、自分でも覚えなさいよ」 私が言うと、つかさはえへへと照れ笑いを浮かべた。 そして、何かとても素敵なことを思いついた、と言うような表情をして、顔の前で手を合わせた。 「あっ、ねえ、お姉ちゃん、お茶しない? お姉ちゃんも疲れたでしょ?」 「おい勉強はー?」 「きゅ、休憩ってことで」 えへへ、とその得意の笑顔で見つめられると、私は敵わない。 「もー…、しょうがないわね」 私も少し疲れていたので、その提案に乗ることにしてノートを閉じた。すると、つかさはぱっと顔を輝かせた。 「ちょうど昨日焼いたマドレーヌがあるんだ、持って来るね。あ、お姉ちゃんは待ってていいよー」 つかさは嬉しそうに台所に踵を返した。 「昨日焼いた、って、受験生の自覚あるのかあ?」 その呟きが聞こえたのか、ドアの外から階段を踏み外して、バランスを取り直すような音が聞こえた。 本当にしょうがないんだから。 私はつかさの問題集を見る。つかさが聞いてきた問題のあたりは消しゴムの跡がたくさんついていた。 一生懸命考えに考えて、私に聞いてきたのだろう。そう考えると、つかさなりに『受験生の自覚』はあるのかもしれない。 私が問題集を見ていると、つかさがティーポットを乗せたお盆を持って、部屋に戻ってきた。 「うー、台所寒かったー、もう十一月だもんね」 そう言いながら、部屋の中央にある低い小さなテーブルにお盆を置く。 私も学習机の椅子から降りて、部屋に敷いてあるラグの上に座った。 砂時計の砂が落ちきると、つかさは手際よく私たちのカップに紅茶を注いだ。 その間何の準備も手伝えなかった私は、女の子としてちょっとつかさに負けているような気がする。 せめてもの抵抗に、注がれたカップのつかさの分をつかさの方へ置くことはしてみる。 つかさはちゃんと気がついて「ありがとう」と言って受け取った。 こういう時のつかさって何だか隙がない気がする。本当、いつもはほやっとしているのに。 姉として、なんて考えないでもないけれど、目の前にお菓子を出されたらそんなことはどうでもよくなってしまった。 「いただきまーす」 そう言って、つかさの焼いたマドレーヌを口に入れる。 洋酒が効いていて、しっとりしていておいしいかった。そのほどよい甘さが勉強で疲れた頭に染みていく。 「おいしい」 「よかった」 私がそう言うと、つかさはにっこり笑った。 「はー…」 紅茶を一口飲んでため息を吐いて、天井を見る。 こうしてみると、思った以上に自分が疲れていることに気がついた。 時計を見ると夜十時半。 お菓子を食べるにはちょっと危険な時間だけれど、今日くらいいいわよね、と誰ともなしに呟いてみる。 そして思った。 ――こなたは今頃、何してるんだろう。 いつもこれくらいの時間にいつもメールが来る。 そのことを思い出して、私はベッドの横に置いてあった通学鞄をひっぱってきて、入れっぱなしだった携帯を出した。 ぱかっと開けると想像に違わず、新着のメールがあった。 メールを開いてみる。それはやっぱりこなたからだった。 『勉強し疲れて、ネトゲにインしたけれど、黒井先生に追い返されたよー、かがみ慰めてー』 ……明らかに突っ込み待ちの文面だ。 私はそれに答える。 『勉強しろよ!! 受験近いんだから、しっかりしなさい』 するとすぐに返事が来た。 『手、手が勝手に…! ああ…狩りに誘われちゃった』 『だからインすんな!!』 かちかちとメールをしていると、それまで黙ってお茶を飲んでいたつかさが言った。 「こなちゃん?」 また、ドキリ、とする。 でも、こなたとメールするなんていつものことだ。付き合う前からしていたことだし。 何も動揺することはない。普通にしていればいい。そう思って、私は平静を装った。 「そ、そう。アイツ、まだネトゲなんてやってるって言ってるのよ」 受験も近づいてきてるのに、と言って、つかさの顔を見た。 そして、息を飲んだ。 つかさが思いがけず、真剣な顔をしていたからだ。 つかさは音のしない湖みたいな瞳を少し下に向けて、紅茶の水面を眺めている。 それは私が“読めない”つかさの表情だった。 小さな沈黙が私の部屋に零れ落ちる。 私には今、つかさが何を考えているのかわからない。 “わからない”。 小さい頃はつかさと何でも分かり合えると思っていた。 性格は違っても、話せばつかさのことは理解できると思っていたし、理解してもらえると思っていた。 それはそうではないのだと気づいたのはいつからだろう。 つかさのことがわからなくなってきたのはいつからだろう。 ――それはつかさが閉ざしているからなのか、私が閉ざしているからなのか。 つかさはすぐににっこりと笑った。 「二人とも最近、仲いいよね」 「そうかな?」 「うん、こなちゃんも、お姉ちゃんも、楽しそう…」 つかさはそう、少しさみしそうに言って、時計の方を見た。 その表情を見て思った。 もしかしたら、最近こなたのことばっかり見すぎて、私はつかさたちとの関係がおろそかになっていたのかもしれない。 それは――いけないことだ。 私は反射的に強くそう思った。 初めて出来た恋人に浮かれて、周りの人をおろそかにするなんて。周りの人がいて、私は今楽しく過ごしていけているというのに。 しかし私は結局のところ、浮かれていたのかもしれない。 初めて手に入れた恋に、私は握っていたはずの手を離してしまったのかもしれない。 胸が痛んで、そう思ったら、いても立ってもいられなくなって、私はつかさの手を掴んだ。 「あ、あのね! つかさ!」 つかさは驚いて私の顔を見た。 「え、はい!?」 その丸い瞳がリスのようにくりくりと動く。 もしも私とこなたが秘密を持つことで、つかさたちと溝を作ってしまっているのだとしたら。 それを解消したいと思った。 そして何より。 相手は、つかさなのだ。 生まれたときから一緒の、私の大切な半身なのだ。 そんな相手に――嘘までついて、とても大切なことを隠すなんて、なんてひどいことだろう。 つかさは私をいつだって信じてくれているのに。 もう打ち明けてしまおう――そう思って私は口を動かしかけた。 しかし、その瞬間私は思い出した。 ――これは、私ひとりだけの問題じゃない。 私はこなたと“恋”を始めたのだ。 “こなたと”恋を始めたのだ。 それもただの恋じゃない。 私たちがどう思っていようとやはり――私たちの関係は一般的なものではない。 つかさがどう思うか。わからなかった。 つかさなら大丈夫だとは思う。 しかし、女の子同士がどう思うか、なんて聞いたことも無い。 100%は言い切れない。 それを――私一人で決めていいのか。 二人で歩くって決めたのに。 「――……」 私は言葉を失って、つかさの手をぎゅっと握って、俯いた。 「お、お姉ちゃん?」 握った手はこなたとは全然違った。アイツの子供のような手と違って、つかさの手は私の手の形とよく似ていた。 私たちは似てない双子だ。けれど、手の形だけは似ていた。それを知っているのはお父さんとお母さんとつかさと私だけだ。 その懐かしい、感触。胸がじんわりと温かくなるような、ほっとする形。 つかさもぎゅっと私の手を握り返してきてくれた。 私はつかさの名前を呼ぶ。 「つかさ」 「何?」 「私は、つかさもみゆきも、好きよ」 顔を伏せたまま、私は言った。いつだって、つかさにだけは素直になれた。 耳元でつかさの笑う気配が聞こえた。 「うん、知ってるよ」 顔が上げられなかった。 なぜなら、私は泣きそうになっていたから。 その日、私はつかさに近いうちにこなたとのことを打ち明けようと決意した。 けれど、どう打ち明けたらいいのか分からなかった。 そのまま言えば言いのだろうか? 私、こなたと付き合うことになったの――。 「かがみん、どうしたのー?」 私の隣でにこにこと楽しそうに笑うこなたを見ていると、万華鏡のように気持ちが色々な色に変化していく。 「何でもないわよ」 「なんでもないじゃないよ」 二人になった帰り道、こなたは表情をくるくると動かして、私の顔を覗き込んだ。 「何かあるって思ったから、どうしたのって聞いたんだよー?」 そして何だか自慢げに胸をそらして腕を組んだ。 その様子がおかしくて、私は笑った。 好きだよ、かがみ。 こなたは全身でそう言ってくれていた。 四人で座る席の位置や、みんなで歩く時の位置や、教科書の貸し借りや、悪ふざけをするときや。 そのすべてに、それがあって、それが伝わってきた。 それが嬉しくて、嬉しくて、それからすこしだけ――不安にもなった。 今までどうして気づかなかったんだろう。私は今までどれだけ鈍感だったのだろう。 私はたくさんのことを見逃してきているのではないだろうか、そんな気持ちにもなった。 こなたとのことを考えると、一色で終わらない。 キャンバスは様々な色でいっぱいになる。それがどんな絵なのかわからなくなってくくらいに、色が溢れていく。 なんだかそれで私は、胸がいっぱいになってしまうのだ。 「へんなかがみ」 そう言ってこなたも笑った。 「変とはなによ」 「だって、笑い方が優しいんだもん」 そう言って、体当たりをしてきて、どさくさに手を握ってきた。 周りを見た。 けれど夕方の校舎には誰もいなかった。私たち二人しかいなかった。 だから、私はその小さな手のひらを握り返した。 こなたと初めてちゃんとキスをしたのは、その週の日曜日だった。 私たちは公園の草の陰でキスをした。 紅葉した茂みの中でイチョウの葉がひらひらと羽みたいに落ちてきて、そして――何だか恥ずかしいんだけれど。 私はきっとこのことを一生覚えているんだ、と思った。 かたん、かたん。 私の考えを置き去りして、気持ちが勝手に未来に向かって駆け下りていく。 私にも分からない世界へ、進んでいく。 そして初めてキスをしたその日の帰り道、駅のホームの屋根の隙間から広がる紺碧の空を見ながら、思い切って私はこなたに「つかさに言いたい」と言った。 どういう反応をするか少し怖かったけれど、こなたはほんの少しだけ考えて、すぐに「うん」と頷いてくれた。 そしてにこり、と私を励ますようにこなたは微笑んだ。私たちはまた手をつないだ。 ホームの電燈の向こうに広がる、冬の始まりを告げる夜空。 それを眺めて私は、それはこなたを好きだと思う気持ちにも似ている、と思った。 世界が静かになって、気持ちが澄んで行って、先のことがよく見えない。 それは少しだけ不安に揺れる感情だけれど、私にはわかっていた。 これは“こなたを好きだと思う気持ち”のひとつだ。 隣にいるこなたを見つめる。綺麗な色をした、幼いかたちの瞳がどこか遠くを見ている。 そして胸の中の湖がさらに深い色になるのを感じた。 この気持ちを伝えられたらいいんだけれど。 ごめんね、こなた。 言葉に出来ないんだ。 -[[レミニセンス]]へ続く **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - すごいー萌えたw -- 名無しさん (2010-11-18 22:38:44) - すごく丁寧で純潔で、温かい文章だと思う。 &br()本当に文章の中で、柊かがみが呼吸しているような感じだ。 -- 名無しさん (2009-09-20 08:56:13) - シリーズを一から読み直してみましたが、やっぱり凄い。 &br()ぐいぐい引き込まれていきます。続きも待ってます! -- 名無しさん (2009-03-20 00:34:29) - 確かに言葉にすることは大事な行為だと思います。 &br()ですが『百万言よりもひとつの態度』ですよかがみサン。 &br()愛しい想いを込めてこなたにだけ微笑んで、そして優しくでも想いを込めてしっかりと抱きしめてあげて下さい。 &br()それだけでこなたには伝わると思いますよ? &br()2人とも想い合ってるのだから -- こなかがは正義ッ! (2009-03-19 02:00:56) - 文面がすごく綺麗‥‥。 &br()続きが気になります!(^^) -- 名無しさん (2009-03-09 00:25:32) **投票ボタン #vote3(25)
繋いだ手は温かかった。 駅のホームでこなたと見た紺碧の空は深く、それはひとを好きだと思う気持ちにも似ていた。 私はこれまで、ひとを好きになる気持ちが、こんな様々な色をしているとは知らなかった。 それは時に、夏の空のように鮮やかで明るかった。 こなたを好きだと考えると、これからの日々に期待に胸が膨らんで、真新しいシーツに寝転ぶような楽しい気持ちになった。 しかしそれは時に、冬の日の夜のようでもあった。 その色を見ていると……喋ることが出来なくなるような気がしてくるような。 しんと自分の中が静まり返って。冷えた湖に走る波紋を見ているような。 それは決して辛い気分ではないのだけれど、そんな気分になると私はうまく喋れなくなるのだった。 付き合い始めてからのこなたは、ただ日向に転がる猫のように楽しそうにしている。 だからこの気持ちについて、言ったことはない。 だって私は気づいていた。 この気持ちは“こなたを好きな気持ち”なのだと。 『センシティヴィティ』 こなたと付き合い始めて、色々なことが私の中で変化した。 “付き合う”なんて、ただの言葉に過ぎないだと思っていたけれど、それは思った以上に私に影響してきた。 例えば移動教室の時。 つかさやみゆきと楽しそうに廊下で喋るこなたを見かけて私は思った。 屈託なく笑って、嬉しそうに身体を動かして、自分を表現しているあの子。 ――あの小さな身体をした、綺麗な深い色の瞳の女の子。 あの彼女の隣は、私なんだ。 そんなことを考えて。日下部に肩を叩かれるまで、私はこなたに釘付けになっていた。 勿論肩を叩かれた後は全身が沸騰する音を聞いたけれど。絶対脳の血管に悪いことをしている。 「柊ぃ、どうしたんだ?」 「べ、別に何も無いわよ!」 参ったな。 付き合う前からこなたを好きなのは分かっていたけれど、恥ずかしいことに私は、自分が思った以上にこなたのことが好きだったみたいだった。 “付き合う”ことを始めたとたん、鍵が外れたみたいに、こなたへの気持ちが流れ出した。 かたん、かたん、と乾いた木で出来た階段を、裸足で駆け下りていくような感じ。 私はそんな自分は知らなかった。風でふくらむスカートを抑える暇もなく、私はこなたへの気持ちに転がり落ちていく。 考えるよりも先に、感情が花開いていく。 ――だから恥ずかしくて仕方がなかった。 だって恥ずかしいじゃない。思ったより好きだった、なんて。 でもそんなことを一度だけ、こなたに伝えたことがある。 付き合い始めたばかりの頃。 ふとした瞬間にこなたが私に訊いてきたのだ。 「かがみは、付き合ってなんか変わった?」 廊下を先に歩くこなたが振り返った。 その時はキスどころか(夏休みに事故でしたのは別として)手を繋ぐこともしてなくて、実際の“付き合い”は“親友”の時と同じだった。 だから私は少し考えて答えた。 「変わるって言うか……」 持っていたノートを口元に当てる。 「なんか、恥ずかしい」 そう言うと、こなたは「恥ずかしい??」と不思議そうに瞳を丸くして聞き返してきた。 「別に何にもしてないじゃん。つかさたちにも言ってないし」 「そうだけれど……」 それを説明するのはもっと恥ずかしいことだったので、私は誤魔化すことにした。 こなたに聞き返す。 「そういうこなたはどうなのよ」 「私?」 すると、こなたは鮮やかな笑顔を浮かべて、その長い髪をひるがえして歩き始めた。 「毎日が楽しいよ」 その笑顔と同じように、その言葉も鮮やかだった。 こなたも不器用なところはあるけれど、私はもっと、わかりやすく不器用だ。 そう言われて嬉しかったのに、嬉しいと伝えることが出来なかった。 なんて素直じゃないんだろうと思う。そんな意地を張ったって何にもならないのは十八年の人生で、十分知っているのに。 それで誤解されることも少なくなかった。なのにまだ直らない。 しかしそんな私の面を、ツンデレ、なんてこなたは言って、好きなところだと言ってくれる。 “付き合うこと”を始めて、私は色々なことに気がついた。 私の傍にいてくれる人は、そんな私だって知っていて傍にいてくれてるんだってこと。 当たり前のように思っていたけれど、それはとても幸せなことなのだということ。 ――昔はそんな私を理解してくれる人なんて、つかさしかいなかったのに。 「――お姉ちゃん、最近なんかあった?」 十月の終わり。夜の居間で二人でドラマを見ていた時に、つかさがぽつりと言った。 「え?」と言って、そちらを見れば、春の空のみたいに暖かく澄んだ一対の瞳がこちらを向いていた。 こなたと付き合い始めて、一ヶ月くらいになる頃だった。 まだつかさにはこなたとのことを話していない。 一瞬ドキリとして、それから自分に、落ち着け、と言い聞かせて、 「何も無いわよ」 と出来るだけ何もないように言った。うまく言えたと思う。 つかさはその柔らかい瞳を私にじっと向けていたけれど、やがて、 「そっか」 と呟いて、テレビ画面に視線を戻した。 その時、私の胸にズキリと音がするような痛みが走った。 ――つかさに嘘をついている。 その実感が、私の胸を貫いた。 窓の外からはもう虫の声もしない。ただ静かで冷たい紺色の闇が広がっているだけ。 手にしていたお菓子の味も、もうしない。 口に入れていたチョコレートのついた菓子を、ぱきん、と割って飲み込む。 テレビの方を見ていたけれど、私の意識は隣の妹に向いていた。 ――つかさ、信じたの? きっとそうだろう。つかさは純粋な子だ。昔から私の言うことは大抵信じてしまう。 それかもしかしたら、私が言いたくないことなのだと思って、追求するのはやめたのかもしれない。 どっちだろう?  私はつかさの横顔からそれを察することが出来なかった。 『つかさの考えていることがよくわからない』というのは、最近増えてきたことだった。 小さい頃はつかさの考えることなら何でもわかる気がしたし、お父さんよりもお母さんよりもつかさのことならわかっている気がした。 それはあんまり間違いでもなくて、つかさがどこかへ飛び出していってしまった時、探し出すのは私の役目だった。 ある日、つかさは神社の大きな木の陰で泣いていた。 友達と喧嘩してしまったらしい。私とはまた違うかたちだけれど、つかさにもまた不器用なところがあった。 お父さんもお母さんもお姉ちゃんにも見つけられなかったつかさを、私は見つけることが出来た。 大きな瞳を潤ませてしゃくりあげる妹に、しょうがないわね、って言って腰に手を当てるのは私の仕事だった。 それからその手を掴んで、家につれて帰るのも私の役目だと思っていた。 その頃、私の片手は間違いなくつかさのためにあった。 それなのに最近、つかさの考えていることがわからなくなることが増えた。 それは私たちが大人になりはじめたということなのか。 それとも、私がつかさに対して隠し事をしているからなのか。 ――わからなかった。 そう考えると、胃の辺りがきゅっと痛くなる。 何だかとてもいけないことをしているような気持ちになるからだ。 私の片手をこなたが掴む。 嬉しそうな笑顔で、私の手を包み込むように握る。 恥ずかしくて、視線が合わせられない。顔が、身体が熱くなる。 その熱が、私たちが“恋人”だということを教えた。 それはとても嬉しいことだった。楽しいことだった。 でも――。 私はもう片方の手が気になって仕方がない。 掴んでいたはずの、懐かしい手は今どこにあるんだろう。 部屋で勉強していると、背後からノックの音がした。 そして控えめにドアが開けられて、つかさが顔を出した。 「お姉ちゃん、ここ分からないんだけれど……教えてもらってもいいかなぁ?」 私は椅子を回転させて、つかさの方に身体ごと向く。 「しょうがないわね」 そして手招きした。ドアの隙間から、夜の気配が忍び寄ってくる。 十一月になったばかりの、何でもない日の夜だった。 私たちは机の前で顔を寄せ合って、つかさの問題集を見た。 私がシャーペンを滑らせるのに合わせて、つかさの視線も動く。 「ここをこうして……こうすると、この方程式が使えるでしょう?」 「あ、ホントだ、すごいー」 「すごいーじゃなくて、自分でも覚えなさいよ」 私が言うと、つかさはえへへと照れ笑いを浮かべた。 そして、何かとても素敵なことを思いついた、と言うような表情をして、顔の前で手を合わせた。 「あっ、ねえ、お姉ちゃん、お茶しない? お姉ちゃんも疲れたでしょ?」 「おい勉強はー?」 「きゅ、休憩ってことで」 えへへ、とその得意の笑顔で見つめられると、私は敵わない。 「もー…、しょうがないわね」 私も少し疲れていたので、その提案に乗ることにしてノートを閉じた。すると、つかさはぱっと顔を輝かせた。 「ちょうど昨日焼いたマドレーヌがあるんだ、持って来るね。あ、お姉ちゃんは待ってていいよー」 つかさは嬉しそうに台所に踵を返した。 「昨日焼いた、って、受験生の自覚あるのかあ?」 その呟きが聞こえたのか、ドアの外から階段を踏み外して、バランスを取り直すような音が聞こえた。 本当にしょうがないんだから。 私はつかさの問題集を見る。つかさが聞いてきた問題のあたりは消しゴムの跡がたくさんついていた。 一生懸命考えに考えて、私に聞いてきたのだろう。そう考えると、つかさなりに『受験生の自覚』はあるのかもしれない。 私が問題集を見ていると、つかさがティーポットを乗せたお盆を持って、部屋に戻ってきた。 「うー、台所寒かったー、もう十一月だもんね」 そう言いながら、部屋の中央にある低い小さなテーブルにお盆を置く。 私も学習机の椅子から降りて、部屋に敷いてあるラグの上に座った。 砂時計の砂が落ちきると、つかさは手際よく私たちのカップに紅茶を注いだ。 その間何の準備も手伝えなかった私は、女の子としてちょっとつかさに負けているような気がする。 せめてもの抵抗に、注がれたカップのつかさの分をつかさの方へ置くことはしてみる。 つかさはちゃんと気がついて「ありがとう」と言って受け取った。 こういう時のつかさって何だか隙がない気がする。本当、いつもはほやっとしているのに。 姉として、なんて考えないでもないけれど、目の前にお菓子を出されたらそんなことはどうでもよくなってしまった。 「いただきまーす」 そう言って、つかさの焼いたマドレーヌを口に入れる。 洋酒が効いていて、しっとりしていておいしいかった。そのほどよい甘さが勉強で疲れた頭に染みていく。 「おいしい」 「よかった」 私がそう言うと、つかさはにっこり笑った。 「はー…」 紅茶を一口飲んでため息を吐いて、天井を見る。 こうしてみると、思った以上に自分が疲れていることに気がついた。 時計を見ると夜十時半。 お菓子を食べるにはちょっと危険な時間だけれど、今日くらいいいわよね、と誰ともなしに呟いてみる。 そして思った。 ――こなたは今頃、何してるんだろう。 いつもこれくらいの時間にいつもメールが来る。 そのことを思い出して、私はベッドの横に置いてあった通学鞄をひっぱってきて、入れっぱなしだった携帯を出した。 ぱかっと開けると想像に違わず、新着のメールがあった。 メールを開いてみる。それはやっぱりこなたからだった。 『勉強し疲れて、ネトゲにインしたけれど、黒井先生に追い返されたよー、かがみ慰めてー』 ……明らかに突っ込み待ちの文面だ。 私はそれに答える。 『勉強しろよ!! 受験近いんだから、しっかりしなさい』 するとすぐに返事が来た。 『手、手が勝手に…! ああ…狩りに誘われちゃった』 『だからインすんな!!』 かちかちとメールをしていると、それまで黙ってお茶を飲んでいたつかさが言った。 「こなちゃん?」 また、ドキリ、とする。 でも、こなたとメールするなんていつものことだ。付き合う前からしていたことだし。 何も動揺することはない。普通にしていればいい。そう思って、私は平静を装った。 「そ、そう。アイツ、まだネトゲなんてやってるって言ってるのよ」 受験も近づいてきてるのに、と言って、つかさの顔を見た。 そして、息を飲んだ。 つかさが思いがけず、真剣な顔をしていたからだ。 つかさは音のしない湖みたいな瞳を少し下に向けて、紅茶の水面を眺めている。 それは私が“読めない”つかさの表情だった。 小さな沈黙が私の部屋に零れ落ちる。 私には今、つかさが何を考えているのかわからない。 “わからない”。 小さい頃はつかさと何でも分かり合えると思っていた。 性格は違っても、話せばつかさのことは理解できると思っていたし、理解してもらえると思っていた。 それはそうではないのだと気づいたのはいつからだろう。 つかさのことがわからなくなってきたのはいつからだろう。 ――それはつかさが閉ざしているからなのか、私が閉ざしているからなのか。 つかさはすぐににっこりと笑った。 「二人とも最近、仲いいよね」 「そうかな?」 「うん、こなちゃんも、お姉ちゃんも、楽しそう…」 つかさはそう、少しさみしそうに言って、時計の方を見た。 その表情を見て思った。 もしかしたら、最近こなたのことばっかり見すぎて、私はつかさたちとの関係がおろそかになっていたのかもしれない。 それは――いけないことだ。 私は反射的に強くそう思った。 初めて出来た恋人に浮かれて、周りの人をおろそかにするなんて。周りの人がいて、私は今楽しく過ごしていけているというのに。 しかし私は結局のところ、浮かれていたのかもしれない。 初めて手に入れた恋に、私は握っていたはずの手を離してしまったのかもしれない。 胸が痛んで、そう思ったら、いても立ってもいられなくなって、私はつかさの手を掴んだ。 「あ、あのね! つかさ!」 つかさは驚いて私の顔を見た。 「え、はい!?」 その丸い瞳がリスのようにくりくりと動く。 もしも私とこなたが秘密を持つことで、つかさたちと溝を作ってしまっているのだとしたら。 それを解消したいと思った。 そして何より。 相手は、つかさなのだ。 生まれたときから一緒の、私の大切な半身なのだ。 そんな相手に――嘘までついて、とても大切なことを隠すなんて、なんてひどいことだろう。 つかさは私をいつだって信じてくれているのに。 もう打ち明けてしまおう――そう思って私は口を動かしかけた。 しかし、その瞬間私は思い出した。 ――これは、私ひとりだけの問題じゃない。 私はこなたと“恋”を始めたのだ。 “こなたと”恋を始めたのだ。 それもただの恋じゃない。 私たちがどう思っていようとやはり――私たちの関係は一般的なものではない。 つかさがどう思うか。わからなかった。 つかさなら大丈夫だとは思う。 しかし、女の子同士がどう思うか、なんて聞いたことも無い。 100%は言い切れない。 それを――私一人で決めていいのか。 二人で歩くって決めたのに。 「――……」 私は言葉を失って、つかさの手をぎゅっと握って、俯いた。 「お、お姉ちゃん?」 握った手はこなたとは全然違った。アイツの子供のような手と違って、つかさの手は私の手の形とよく似ていた。 私たちは似てない双子だ。けれど、手の形だけは似ていた。それを知っているのはお父さんとお母さんとつかさと私だけだ。 その懐かしい、感触。胸がじんわりと温かくなるような、ほっとする形。 つかさもぎゅっと私の手を握り返してきてくれた。 私はつかさの名前を呼ぶ。 「つかさ」 「何?」 「私は、つかさもみゆきも、好きよ」 顔を伏せたまま、私は言った。いつだって、つかさにだけは素直になれた。 耳元でつかさの笑う気配が聞こえた。 「うん、知ってるよ」 顔が上げられなかった。 なぜなら、私は泣きそうになっていたから。 その日、私はつかさに近いうちにこなたとのことを打ち明けようと決意した。 けれど、どう打ち明けたらいいのか分からなかった。 そのまま言えば言いのだろうか? 私、こなたと付き合うことになったの――。 「かがみん、どうしたのー?」 私の隣でにこにこと楽しそうに笑うこなたを見ていると、万華鏡のように気持ちが色々な色に変化していく。 「何でもないわよ」 「なんでもないじゃないよ」 二人になった帰り道、こなたは表情をくるくると動かして、私の顔を覗き込んだ。 「何かあるって思ったから、どうしたのって聞いたんだよー?」 そして何だか自慢げに胸をそらして腕を組んだ。 その様子がおかしくて、私は笑った。 好きだよ、かがみ。 こなたは全身でそう言ってくれていた。 四人で座る席の位置や、みんなで歩く時の位置や、教科書の貸し借りや、悪ふざけをするときや。 そのすべてに、それがあって、それが伝わってきた。 それが嬉しくて、嬉しくて、それからすこしだけ――不安にもなった。 今までどうして気づかなかったんだろう。私は今までどれだけ鈍感だったのだろう。 私はたくさんのことを見逃してきているのではないだろうか、そんな気持ちにもなった。 こなたとのことを考えると、一色で終わらない。 キャンバスは様々な色でいっぱいになる。それがどんな絵なのかわからなくなってくくらいに、色が溢れていく。 なんだかそれで私は、胸がいっぱいになってしまうのだ。 「へんなかがみ」 そう言ってこなたも笑った。 「変とはなによ」 「だって、笑い方が優しいんだもん」 そう言って、体当たりをしてきて、どさくさに手を握ってきた。 周りを見た。 けれど夕方の校舎には誰もいなかった。私たち二人しかいなかった。 だから、私はその小さな手のひらを握り返した。 こなたと初めてちゃんとキスをしたのは、その週の日曜日だった。 私たちは公園の草の陰でキスをした。 紅葉した茂みの中でイチョウの葉がひらひらと羽みたいに落ちてきて、そして――何だか恥ずかしいんだけれど。 私はきっとこのことを一生覚えているんだ、と思った。 かたん、かたん。 私の考えを置き去りして、気持ちが勝手に未来に向かって駆け下りていく。 私にも分からない世界へ、進んでいく。 そして初めてキスをしたその日の帰り道、駅のホームの屋根の隙間から広がる紺碧の空を見ながら、思い切って私はこなたに「つかさに言いたい」と言った。 どういう反応をするか少し怖かったけれど、こなたはほんの少しだけ考えて、すぐに「うん」と頷いてくれた。 そしてにこり、と私を励ますようにこなたは微笑んだ。私たちはまた手をつないだ。 ホームの電燈の向こうに広がる、冬の始まりを告げる夜空。 それを眺めて私は、それはこなたを好きだと思う気持ちにも似ている、と思った。 世界が静かになって、気持ちが澄んで行って、先のことがよく見えない。 それは少しだけ不安に揺れる感情だけれど、私にはわかっていた。 これは“こなたを好きだと思う気持ち”のひとつだ。 隣にいるこなたを見つめる。綺麗な色をした、幼いかたちの瞳がどこか遠くを見ている。 そして胸の中の湖がさらに深い色になるのを感じた。 この気持ちを伝えられたらいいんだけれど。 ごめんね、こなた。 言葉に出来ないんだ。 -[[レミニセンス]]へ続く **コメントフォーム #comment(below,size=50,nsize=20,vsize=3) - (/ _ ; )b -- 名無しさん (2023-08-21 18:55:05) - すごいー萌えたw -- 名無しさん (2010-11-18 22:38:44) - すごく丁寧で純潔で、温かい文章だと思う。 &br()本当に文章の中で、柊かがみが呼吸しているような感じだ。 -- 名無しさん (2009-09-20 08:56:13) - シリーズを一から読み直してみましたが、やっぱり凄い。 &br()ぐいぐい引き込まれていきます。続きも待ってます! -- 名無しさん (2009-03-20 00:34:29) - 確かに言葉にすることは大事な行為だと思います。 &br()ですが『百万言よりもひとつの態度』ですよかがみサン。 &br()愛しい想いを込めてこなたにだけ微笑んで、そして優しくでも想いを込めてしっかりと抱きしめてあげて下さい。 &br()それだけでこなたには伝わると思いますよ? &br()2人とも想い合ってるのだから -- こなかがは正義ッ! (2009-03-19 02:00:56) - 文面がすごく綺麗‥‥。 &br()続きが気になります!(^^) -- 名無しさん (2009-03-09 00:25:32) **投票ボタン #vote3(25)

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