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第1章 親密性と公共性 (浜日出夫)
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  • 社会は目に見えない、しかし社会はたしかにある―
→鳥の目、虫の目、心の目をつかって観察・思考・実感・想像せよ。




*1

○ジンメルのおしえ
ジンメル≪多くの諸個人が相互作用に入るとき、そこに社会は存在する≫(Simmel 1908=1994『社会学』上:15)
⇒【相互作用】
  • 「社会とは、現われては着ていく無数の糸によって織られた、たえず形も模様も変えている織物のようなもの」(19)
→社会を見ようとするのならば、まず“糸”=“人と人との間”を見よ
 ☆「人間」という言葉!
→wiki ジンメル


○デュルケームのおしえ
  • ではどんなときに“間”を見ることができるのか?
→「私たちが社会の存在に気がつくのは、適切な行為がなされているときではなく、不適切な行為がなされたときなのである」(21)

  • 不適切な行為とはなにか?
≪われわれは、それを犯罪だから非難するのではなくて、われわれがそれを非難するから犯罪なのである≫(Durkheim[1893]1960=1971『社会分業論』:82)
→“聖人君子からなる社会”の喩え
「社会にはつねに適切な行為と不適切な行為を区別する基準、つまり規則が存在しており、この規則に照らして不適切とされる行為(の一部)が犯罪とされるのである。」(20)


○ウェーバーの教え
「対象が何であるかを認識する事実認識と、何であるべきかという観点から対象を評価する価値判断を区別するよに求めて、これを価値自由と呼んだ(Weber」』[1904]1922=1998『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性)」(21)
⇒【価値自由】


「たとえ私たち自身が避難の感情を抱いたとしても、社会学の仕事は、人びとといっしょになって対象を非難することではない。人びとがある対象を非難しているという事実を観察し、人びとがその対象を非難する背後にある規則を探り、そのような規則に従って成り立っている社会の仕組みを明らかにすることが社会学の課題である。」(21-22)
→wiki マックス・ヴェーバー


*2

○公共空間

  • 公共空間とプロセミクス
公共空間=誰でも自由に出入りができ、その結果互いに見知らぬ人同士が一緒に居合わせる空間
⇒【公共空間】
⇒【プロセミクス】(E.ホール)=密接距離、個体距離、社会距離、公衆距離

  • なぜ電車(公共空間)のなかにおいて、見知らぬ人が個体距離に入り込んでも平気なのか?
「それはあたかも、物理的に失われた距離を心理的距離によって埋め合わせているかのようである」(27)
⇒【儀礼的無関心】(E.ゴフマン)
≪そこで行われることは、相手をちらっと見ることは見るが、その時の表情は相手の存在を認識したことを表す程度にとどめるのが普通である。そして、次の瞬間にすぐ視線をそらし、相手に対して特別の好奇心や特別の糸がないことを示す≫(Goffman 1963=1980『集りの構造――新しい日常行動論を求めて』:94)

「公共空間で見知らぬ他人にあからさまに関心を向けることは不適切とされるが、他方で、他人に対してまったく無関心であることもまた不適切とされる。儀礼的無関心はあくまで無関心であることを装う一種の演技であり、本当に無関心であることとは異なるのである」(28)

  • 電車内での化粧はなぜ避難されるのか?
→儀礼的無関心の欠如=≪離脱≫(Goffman 1963=1980:77)
「「何か無視されてる感じ」をもつのである」(28)
☆疑問。そうなのか?→ほかの理由は検討できないか?

  • 集団的離脱
カップル、騒ぐ学生グループetc


○親密空間
  • 公共空間とは逆に、そこに入るための資格が厳しく制限されていて、結果としてお互いによく知っている人たちからなる空間
ex,家族
⇒【親密空間】

  • H.ガーフィンケル、「下宿人実験」(Garfinkel[1964]1967=1989「日常活動の基盤」『日常生の解剖学』:35,49)

  • 公共空間=ゲゼルシャフト的空間
  • 親密空間=ゲマインシャフト的空間


*3

○ゲマインシャフトとゲゼルシャフト

テンニース
  • ゲマインシャフト
≪信頼に満ちた親密な水いらずの共同生活≫(Tonnies[1887]1935=1957『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』上:35)
≪互いに愛しあい、互いに慣れ親しみやすく、しばしば喜んでお互いについて相互に共に語りともに考えあう(前、61)

  • ゲゼルシャフト
「親密空間において伝統的に見出される相互作用とは質的に異なる、公共空間に特有の相互作用を概念化したもの」(37)
≪人々はそれぞれ一人ぽっちであって、自分以外のすべての人々に対しては緊張状態にある。かれらの活動範囲や勢力範囲は相互に厳格に区切られており、その結果、各人は他人が自己の領分に触れたり立ち入ったりするのを拒絶する。すなわち、これらの行為は敵対行為と同様なものと考えられるのである≫(前、91)

  • 対比
≪人々は、ゲマインシャフトではあらゆる分離にもかかわらず結合しつづけているが、ゲゼルシャフトではあらゆる結合にもかかわらず依然として分離しつづける≫(前、91)
≪ゲマインシャフトは持続的な真実の共同生活であり、ゲゼルシャフトは一時的な外見上の共同生活にすぎない」(前、37)

ジンメル
  • テンニースに対してジンメルは、「大都市に出現した新しいタイプの相互作用を最初に積極的に評価」(38)
≪空間的に近くにいる人びとにたいする無関心は、端的に保護装置であり、これなくしては人びとは大都市において心的にすりつぶされ、こなごなにされてしまう≫(Simmel 1908=1994下:246)
「テンニースがゲマインシャフトの解体ととらえたところに、ジンメルは新しい相互作用の可能性を見出すのである」(39)

  • ゴフマンの儀礼的無関心論は、ジンメルの延長線上


*4

○公共空間の変容

  • 携帯電話は、公共空間と親密空間の区分をたやすく越境する。
→「電車という公共空間に身体的に属しつつ、同時に携帯電話を通じて親密空間にも属する」(43)

  • 「公共性」という言葉
→小林よしのりの「公共性」つかいかた(に対する社会学的批判)
 →不適切とされる行為(援助交際、賄賂etc)が観察されるということは、社会から公共性が喪失したということではなく、それとは正反対に公共性が健全に維持していることを意味する。(規則が正常に作用している)


  • 原典にせまる
E.ゴフマン『集りの構造――新しい日常行動論を求めて』
J.ハーバーマス『公共性の構造転換――市民社会の一カテゴリーについての探究(第2版)』
R.セネット『公共性の喪失』

  • 理解を深める
斎藤純一『公共性』
藤田弘夫『路上の国柄――ゆらぐ「官尊民卑」』

  • 視野を広げる
江原由美子「座席取りの社会学」『日常生活と社会理論』所収
今和次郎『考現学入門』
柳田國男『明治大正史 世相編』(新装版)
●小津安二郎監督『生まれてはみたけれど』