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釘宮 円
纏まったと思った自分の思考が、徐々にバラバラになり始めている。本当にあれでよかったのだろうかと、
そんな堂々巡りでずっと頭が回りっぱなしだった。やはり人は、そう簡単には心の中まで覆せない。
不安感ばかりが頭の中に詰まってくる。謝ってしまえば、本当はその方が遙かに気が楽なのではないか。
大体どうして、私達がやったという噂が広がると言い切れるのか。宮崎のどかなら、黙っていてくれるかも知れない
のに。
朝食の食器を洗いながら、テレビを見てげらげらと笑い声を上げている美砂に内心苛々を募らせながらも、
やはり謝るべきだった、と後悔していた。
「ホラ、もう時間だよ。ワイドショーの何がそんなに面白いのよ」
テレビの主電源を切り、支度が済んだ事を知らせると、いつも通り三人で寮を出た。
二人のお喋りに適当に相槌をうちながらも、円はのどかに謝ろう決めていた。結局悩むぐらいなら、噂が立った
方がマシだ。何度か答えを行き来させながらも、その答えに落ち着いた。
教室に入ると、宮崎のどかはもう登校していた。委員の仕事の関係で、登校は朝早いのかもしれない。
しばらく視線をのどかの方へ向けていたが、やっぱり噂になるのは嫌で、後でどこかに呼び出す事にした。
どこで誰が聞き耳を立てているとも知れない。
始業チャイムが鳴る。一斉に教科書を出す音と、静寂。
一瞬、何が起きたのか解らなかった。
誰かが「嘘」という声を上げなければ、そのまま気付かない振りをして授業を進めていたかもしれない。

昨日とは明らかに量の違う、そして昨日よりもハードな内容の写真が、円の足下に散らばっていた。

一斉にクラス中からの視線が注がれる。何か言おうとしたが、言葉が出てこない。
円「ち、ちが……」  
それだけ絞り出しても、説明するには足りない。昨日の写真はそうだけど、今足下に散らばっているのは違う。
どう考えても、ただの言い訳と捉えられる内容だ。迷っている内に、最初に声を掛けてきたのは、あやかだった。
「釘宮さん、まさか、あなたが、昨日の写真を……?」
「え……?」  頭の中がパニックを起こしている。日本語だと解るまでに、時間が掛かった。
隣の席にいた刹那は、頬を紅潮させながら、写真を横目でちらちら見ていた。後ろの那波からは、痛い視線が
飛んでくる。前の二人は唖然としてただお互いに顔を見合わせ、時たまその視線をこちらに移していた。
「違いますわよね?あなたも悪戯されたんでしょう?」
否定できないし、肯定もできない。迷っている内に、自分に対する疑いの色は、どんどん濃さを増していく。
すぐに否定できないということは、何か疚しさを抱えているということだ。
重くなっていく空気の音が聞こえてくるようだった。
「あ、あの……私じゃ、ない……」
やっと口が開いたと思ったら、ますます怪しい言動になってしまった。嘘でもいいから、さっさと否定しておくん
だった。しかし、そう気付いた時には、もう遅い。
「いいから、さっさと片づけてきなさい」
一時間目担当の教師がそう促して、円はふらふらと立ち上がり、写真を回収し始めた。

裁縫針に全身を刺されているようだった。それぐらいに、視線が重さを持っている。誰かと目を合わせるのが辛い。
そんな痛い視線を避けるようにして美砂の方を見ると、丁度目が合った。しかし、すぐに逸らされてしまう。
よからぬ疑問が沸き上がる。もしこの線が繋がってしまうと、大変にマズい事になる。昨日の優しかった美砂も、
納得させられた自分も、全て美砂の思惑通りだった、という答えが出来上がってしまう。
「ウソ……だよね」
両手一杯に抱え込んだ卑猥な写真をゴミ箱の中に落とした。このまま一緒に自分の罪も捨ててしまえたら。
昨日の出来事を一気に捨ててしまいたい。
美砂に仕組まれたのだろうか。全て、私に罪を擦り付けるために。信じたくない。
震えだした足を押さえつけるように、椅子に座り込んだ。心が外側に露出した気分だった。晒し者にされている。
違う、私じゃない。みんなが考えている事は間違っている。そう言いたいのに、それが出来ない。事情を説明でき
ない。説明したら私は裏切り者。恐らく誰からも信じてもらえない上に、美砂にはきっとハブられる。

誰にも顔を見られたくなくて、両手で頭を抱え込んだ。お願い、私を見ないで。死にたくなるから。
近くを誰かが通り過ぎる。お願い、速く行って。
下を向いた円に、誰の物か、分厚い本が見えた。洋書のようだ。何が書いてあるのかまでは解らない。
妙にゆっくりした動きだった。まるで私の顔を探ろうとしているように。
しばらくして、ようやく立ち去ったその人物の姿を確認しようと、少しだけ顔を上げた。
円の二つ隣の席、宮崎のどかだった。