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身体の発育の良さとは裏腹に、どこか幼さの残る天真爛漫なムードメーカー、椎名桜子。
背伸びもしたいお年頃、色々と経験も豊富なグループのまとめ役、柿崎美砂。
暴走しがちな2人に溜息をつきつつ、それでも後からついてくフォロー担当、釘宮円。
3人はなかなかにバランスの取れたグループなのだった。
時には他のクラスメイトも集団に加わったが、しかしこの3人がバラけることはまずない。
授業も。休み時間も。トイレに行くのも。部活も。寮も。休日も。何をするにも、3人一緒。

それだけに――
3人はそれぞれに、溜め込んでいるモノがあった。我慢しているモノがあった。
いくら仲が良くとも、小さな不満はある。小さなストレスはある。
それらが、日々のちょっとしたケンカで解消されていけば、問題はないのだが……
しかし、1つでも歯車が狂ってしまえば。仲が良かった分、その反動は……!

――女子寮が、夕陽に染め上げられる。
血のように赤い光に満たされた寮の裏庭。膝をついて震える桜子、立ち尽くす円と美砂。
3人の目の前には、見覚えのある2つの首輪と、無惨な肉片。
そして大地に突き立てられた、巨大なナイフ。
「ねえ、2人とも。これって、いくら何でも、あんまりじゃない……?」
桜子の声が震える。
目の前の惨劇に、美砂は吐き気を堪えるように口元を押さえ、円も視線を逸らす。
ふと円が目を留めたのは、血に濡れた凶器。ナイフと言うより、鉈に近い大振りな刃物。
包丁のような形の刀身に、文字が刻まれている。英語? いや英語では意味が通らない。
円は目を細め、横倒しのアルファベットを拾っていく。MINISTERUM MAGI CH……?
だが、円が書かれた文字の全てを読みきるよりも、早く。
「……あんまりじゃないかって言ってんだよ、ええっ!?」
巨大なナイフが、大地から引き抜かれる。桜子が大声を上げる。
円の目の前に突きつけられる、凶悪な煌き。



「……え?」
円は、一瞬今の状況が分からなかった。呆けたような表情で、目の前の凶刃を見つめる。
般若のように歪んだ桜子の顔。焦点の合ってない瞳。別人のような荒い口調。
円はようやくにして、理解する。
ひょっとして桜子は、2匹の猫を殺した犯人が、円と美砂だと思い込んでいる――!?
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私たちは……」
『五月蝿イッ! 言い訳すンなッ!』
抗弁しようとする円、しかしその態度が桜子の逆鱗に触れたのか。
叫びと共に、振り回される巨大な刃。飛び散る鮮血。
円は小さな悲鳴と共に、顔を押さえてうずくまる。右顔面に一直線に熱さが走る。
『前からアンタには言いたかったンだ! いつもいつも、醒めた態度取っちゃってサ。
 あたしらを内心、馬鹿にしてたんダろ? 気付かれてないとでも思ってたのカよ!?』
「さ、桜子……あんたッ……!?」
うずくまる円に、唾を吐きかける桜子。豹変した親友の姿に、美砂は言葉を失う。
今度はそんな美砂に、桜子の視線が向けられる。ガラス玉のような非人間的な目。
――まるで、悪霊か何かに憑りつかれているかのような雰囲気。
『美砂……アンタもよ。いっつもいっつも勝手に仕切って。リーダーぶりやガって。
 ムカツクったらありゃしナい……! その上、こんな真似しやガって……!』
「ちょ、桜子、ちが」
『クッキとビッケの……かたきダッ!』
ブンッ。横薙ぎに払われる大鉈。巨大な質量の大きな動きに、風が巻き起こる。
そのあまりの重さに桜子の身体は泳ぎ、首を刎ねんとしていた刃は頬を掠めるに留まる。
それでもカミソリのような刃は髪を切り払い、美砂の左頬を、そして左耳を切り裂いて。
「ひッ……!」
その場に尻餅をつく美砂。頬の傷からうっすらと血が滲み、はらはらと切られた髪が舞う。
咄嗟に自分の耳を触る美砂。綺麗な形の耳たぶが、真ん中で真っ二つに裂けていて。
赤い血に濡れた左手。震える手を見つめる美砂は、頭上に差した影にはッと顔を上げる。
腰を抜かした美砂の頭上で、桜子は狂気を剥き出しに、ナイフを高々と振り上げて――

「い、いい加減にしろッ!」
今まさに刃が振り下ろされんとした、その時。
顔の半分を鮮血で染めた円が、背後から桜子を羽交い絞めにする。
円の傷は右目をまたいでいたが、幸いまぶたの上を浅く切られただけ。眼球と視力は無事だ。
邪魔者を振り払おうと、信じられないパワーで暴れる桜子。円の血が、2人の服を汚す。
「美砂! ボーッとしてないで手伝って! このバカから、武器取り上げてッ!」
「……あ、う、うんッ!」
円の言葉にようやく我に返った美砂が、ガクガクと笑う膝を押さえて立ち上がる。
前から美砂、後ろから円。2人がかりで暴れる桜子に組み付いて――

「はぁ、はぁ……もう、馬鹿力なんだからッ。手間とらせてくれちゃって……」
「…………あ、あれ? 私、いったい……?!」
ようやく、桜子が持っていたナイフを、美砂が取り上げて。
円と桜子は、地べたにへたりこんで荒い息をついていた。
正気を取り戻した桜子は、ようやく自分のやってしまったことを理解し、震えだす。
「わ、私、何しちゃったの……!? 血! 血ィ出てるよ! 早く医務室行かないと……!」
「……よかった、いつもの桜子だ。いつもの桜子に戻ってくれたね」
顔の右半分を血に染めた円。今さらながら慌てだす桜子に、それでもニッコリ微笑んで。
「大丈夫。大丈夫だから。こんなの、唾つけとけば治るから。心配すんなって」
「くぎみー……! ごめんね、2人とも、ごめんね……!
 私どうにかしてた、2人を疑うなんて……! ヒック、うぇ、うぇぇぇ~ん……!」
「だから、くぎみー言うなって。もういいけどさ」
地面に腰を下ろしたまま、円は泣き出した桜子の頭を優しく撫でる。
そう、桜子はきっと、どうにかしていたのだ。猫を失ったショックで、どうにかしてたのだ。
刃物を振り回しての傷害事件、表沙汰になれば桜子の停学は免れないが……
しかし円と美砂が沈黙すれば、それで全て収まる話。円は立ったままの美砂を見上げる。
「ねぇ美砂。許してあげようよ。桜子も、反省してるようだし、さ……」


『……誰が許すカ、このボケガキッ!!』
円の言葉に、しかし返ってきたのは激怒の叫びと鋭い蹴り。
無防備なみぞおちにつま先が叩き込まれ、円は悶絶してのたうち回る。
見上げれば斜めに射す夕陽の中、影になった美砂の顔の、両目だけが真っ赤に燃えて。
まるでさっきまでの桜子と、同じ目の色。同じ狂気。同じ表情。
腰まで届くロングヘア、それの左側だけ斬られ左右非対称となった髪を振り乱し。
唖然とする桜子のお下げを2本まとめてむんずと掴むと、恐るべき怪力で引きずり起こす。
「い、痛いッ、痛いよ美砂ッ! 髪がッ、髪がぁッ!」
『このッ、自慢の髪を切りやガって! 『アイツ』に嫌われたらどうしてくれるンだ、ああッ!?
 アイツは長い髪が好きなンだよ! いつも面倒見てやってる恩を、仇で返しやガって!』
左手1本で吊り上げて、噛み付かんばかりに怒鳴る美砂。泣くしかない桜子。
美砂はナイフをしっかりと握りなおす。狂気に満ちた笑みに唇を吊り上げる。
『……お礼に、お前の髪もカットしてヤるよ! 前から変だと思ってたンだ、この髪型はヨ!』
「ちょッ、美砂、待って、ま……あがががががッ!?」
桜子の声にならない叫び。ナイフがゾリゾリと桜子の後頭部を剃り上げてゆく。
否、これは剃るなんて生易しいものではない。髪ではなく、頭の皮膚に肉に食い込む刃。
飛び散る血と共に、桜子が崩れ落ちる。
美砂の左手に残された桜子の三つ編み。その先端には、血の滴る肉片が繋がったまま。
桜子の後頭部に残された大きな傷の部分は、おそらく癒えても禿げたままだろう。
美砂はそのまま、残るもう1本のお下げにも、手を伸ばし――

「やり過ぎだよ、バカッ!」
パチィン。遅まきながら蹴りのダメージから回復した円が、美砂の頬を引っぱたく
そのまま美砂の手元から例の大型ナイフをひったくる。美砂の瞳に、焦点が戻る。
正気に戻った美砂は、握ったままだった桜子の三つ編・肉片付きに、小さく悲鳴を上げて。
「え……ちょっ、待って、あ、あたし、こんなことする気は……!」
『……そんなつもり無かった、だと?! 今さら何言ってやガる、この馬鹿どもがッ!!』
――今度は、円が怒りにとりつかれる番だった。円が凶刃を握る番だった。
震える2人を見下ろし、怒鳴りつける。
『アイツアイツって、美砂にとって彼氏なんてどーでもいいくせにッ! 何が髪だッ!』
「そ、そんなこと、ないって……!」
『じゃあ何で、彼氏居るのにいつもイイ男を目で探してるンだよッ!? バレバレなんだよ!
 今までも散々取っ替えひっかえだったのに、『アイツに嫌われる』だと? 笑わせるなッ!』
「ちょッ、それ、いくら何でもあんまりじゃ……!」
『桜子もッ! 誰が殺ったかしらねーけど、あのクソ猫どもが殺されてせいせいしたよッ! 
 迷惑だったんだよ、あの猫ども、勝手に人のシルバーアクセ弄ったりしてさッ!』
「え……! ちょっ、ひど」
『酷くねぇッ! ヘッ、本当に酷いってのはな――こういうコトを言うンだよ!
 馬鹿は死ななきゃ治らねぇって言うしナ。てめぇもあのクソ猫どもの後を追いやがれッ!』
「あ――!」
ニヤリと邪悪な笑みを浮かべ、円は巨大な刃を振り上げる。
今度は残る2人ともが、地面に座り込んだ姿勢のまま。止めようにも間に合わない。
円は、避けられない桜子の頭上に、重たい刃物を、全身の勢いを乗せて振り下ろし――

――女子寮が、ゆっくりと夕闇に包まれていく。太陽が地平線に消えていく。
騒ぎの起きていた裏庭には、魂の抜けたような表情で座り込む少女が3人。
右顔面を鮮血に染めた円。裂けた左耳をすっぱり切られた髪から覗かせる美砂。
そして、肉片のついたままの自分の三つ編みをぼんやり見つめる、桜子。

最後、円が振り下ろそうとした巨大なナイフは、円の手の中からすっぽ抜けて――
円は誰も傷つけることなく、正気に戻った。
手にした者を狂気に誘う呪いのナイフ。それは庭の植え込みに飛び込み、見えなくなって。
3人は、呆然と座り込んだまま、しばらく動けなかった。口も利けなかった。
3人3様、頭や顔や耳の傷が、ジンジンと傷む。じくじくと血が滲む。
その痛みが、3人に思い知らせる。それぞれに思い知らせる。
自分たちは、取り返しのつかないことをしてしまったのだと。
自分たちは、取り返しのつかないことを言ってしまったのだと。
もう、この3人の仲は、どうやっても修復不可能なのだと――!

「……ケケケッ。ナカナカ面白イ見世物ダッタゼ」
ナイフが飛びこんだ植え込みの影。小さな人形が、悪意ある含み笑いを漏らす。
それはもちろん、呪いの人形・チャチャゼロ。猫殺しの犯人。
ゼロは全てのお膳立てを揃え、その上で全てを陰から観察していたのだった。
猫の死体を目の前にしたあの極度のストレス下、一般人に過ぎない3人の娘。
チャチャゼロの呪いのナイフに触れて、正気で居られるハズがない。
最後にすっぽ抜けたナイフだけは人形繰り用の極細糸で回収したが、後はほぼノータッチ。
呪われたアーティファクトが、それを手にした者の「歪み」を増幅しただけ。
「本当ハ、誰カガ死ヌマデ放ッテオキタカッタンダガナ……!」
しかしまだ御主人の命令には逆らえない。ゼロは軽くボヤくと、その場を後にする――。

翌日。登校してきたチアの3人の姿を見たクラスメイトたちは、思わずザワめいた。
美砂はあの長髪をばっさり切ってきた。左の頬には絆創膏、左の耳はガーゼで覆われて。
桜子にもあの特徴的な三つ編みがない。縛っていた髪も下ろし、後頭部の傷を隠している。
そして円は顔の右半分を、頭の後ろから持ってきた髪で覆い隠して。
3人同時のヘアスタイルの変更。そして3人それぞれバラけての、不機嫌な沈黙――
結局、3人は誰にも何も喋らなかった。それぞれに救急箱で手当てをして、それっきり。
表沙汰になることもなく、また医務室の世話になることもなく……
3人とも、これ以上この件に触れることを拒んでいた。触れられることを、拒んでいた。

「ねぇねぇ、3人揃ってイメチェンなの?! ひょっとして、チアの新しい方針だとか!?」
「……朝倉は黙ってて。あとお願いだからあの2人と一括りにしないで。胸糞悪い」
「……何があったかは知らないけど、そりゃちょっとあんまりな反応でない? ねぇ?」
和美が向けたマイクにも、美砂は不機嫌なまま。3人の豹変ぶりに、和美は首を傾げる。
「何があったんだ? くぎみ~なんて、昔の本屋ちゃんみたいな髪型しちゃって――あれ?」
和美は周囲を見回して、ふと気付く。入院中の2人とサボりのエヴァを除いて、もう1人。
教室に居てしかるべき人間が、今日は朝から姿を見せていない……!? まさか――!?

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