MAGISTER NEGI MAGI from Hell

―あやか編第一話―

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薔薇の棘は鋭くとも……


「……けど、アレは有り得ないよね~」
「なになに? 何の話??」
――その事を最初に言い出したのは、チアリーダーグループの1人、柿崎美砂だった。
最初の事件から2日目。すなわち、裕奈が初めて手首に包帯を巻いて来た日の、休み時間。
彼女の言わんとするところが分からず、円はキョトンと目を丸くし、桜子は喰いつく。
「いや、昨日の亜子のお見舞いの話。
 みんな、変なプレゼント山ほど積み上げちゃってさ……。あれって、かえって迷惑じゃない?」
「う~ん、でもみんな悪気があってのことじゃないし……。
 本屋ちゃんたちが持ってきた大量の本も、入院中なら逆に有難いんじゃないかな?」
美砂の言いたいことを察した円は、さりげなくフォローを入れる。
面と向かっては毒舌で乱暴な言葉遣いにもなる円だが、こういう陰口は言うのも聞くのも好きではない。
だが円のやんわりとした拒絶にも関わらず、美砂の勢いは止まらない。
「甘いよクギミー! 善意があれば何でも許されるわけじゃないって!」
「どさくさ紛れにクギミーとか言うな」
「そりゃ、本とかはまだいいけどさ。貰っても邪魔なだけのモノ沢山あったじゃん」
「ひょっとして私の猫砂もダメだった?」
「うん。桜子のアレもマズかったと思う。病院じゃ猫飼えないし。当然邪魔」
「ガーン!」
「そーゆーことは、もっと早く言ってやれよ……」
「でね、邪魔なだけならまだいいんだけど」
円のツッコミも桜子のショックも無視して、美砂は本題を切り出す。
「一番問題なのは、いいんちょのあの銅像だと思うんだ」
「いいんちょの? ……まあ、確かに一番ジャマそうだったけど」
「大きさだけじゃなくて」
美砂は言葉を切ると、友人2人の顔を覗きこむ。彼女には珍しい、真剣な表情。
「どうやっても傷痕残っちゃう亜子に、綺麗だった頃をモデルにした銅像をプレゼントって……
 それって、逆に残酷じゃない? 傷口に塩塗ってない? 無神経過ぎない??」


「あ……!」
「そりゃ、私もいいんちょにそんなつもりがあったなんて思わないよ? でもさぁ……」
「ちょ、ちょっと、美砂!」
美砂の言葉に、驚きの表情を浮かべる2人。その2人の視線が、美砂の背後に向けられる。
円の制止を受け、美砂は何の気なしに振り返って……そして、見た。
俯いて、固く握った拳を振るわせる1人の人物。
聞くつもりもなしに3人の話を聞いてしまった、クラス委員長雪広あやか本人だった。
「あ……いや、これはね、いいんちょ」
「……そうでしたわね。わたくしとしたことが、無神経でしたわね。
 失礼に当たるかもしれませんが、あの銅像は改めてわたくしの方で引き取らせて頂きましょう」
「あ……う……」
あやかは暗い口調で、美砂たちと視線すら合わせずに呟くと、その場を立ち去る。
謝罪すら許さない、いや謝罪すら受ける余裕がない、そんな態度。しおれた背中。
流石の美砂も、これには顔色を失う。こんな反応されるくらいなら、まだ怒られた方がマシだ。
「ううっ……ど、どーしよー……」
「後でちゃんと謝っておきなよー。私らもついてってあげるからさー」
「なんかいいんちょ、元気なかったねー。あれって、私たちの話のせいだけなのかなぁ……」
あやかの背中を見送る3人。確かにあやかのその後姿には、いつもの元気は見られなかった。
いつもの根拠なき自信と、華やかな表情と、演出過剰な優雅さが喪われていた。

「……またダメですの!? お金は幾らでも出すと……え? お金の問題ではない?!
 もういいですわ。他の病院を当たってみて下さいな。形成外科医はいくらでも居るでしょう?!
 雪広グループの総力を結集し、世界中の名医を探し出して……!」
その日の夕方。女子寮の一室で。
あやかは、電話越しに怒鳴り続けていた。授業から帰ってきてから、ずっとである。
彼女が実家の大財閥の力を利用し、探しているのは……医者だった。
亜子の全身につけられた醜い傷、それを治せる医者と病院を。お金はいくら掛かっても構わない――
けれど、2003年現在の医療技術では。
どんな名医でも、傷痕は完全には消せない。皮膚移植などの技術にも限界がある。
現代医学は、「魔法」ではないのだ。

「…………ふぅ」
電話を終えたあやかは、溜息をつく。4人で住んでいる寮の3人部屋。その居間スペースに、座り込む。
「……上手く行かないみたいね、あやか」
「ちづるさん……」
優しい声をかけたのは、同室の千鶴。同じく同室の夏美も、心配そうに千鶴の背から顔を覗かせる。
例の銅像は、亜子の具合が詳しく分かる前に発注してしまったものだが……
しかし昨日のお見舞いで亜子の状況を把握して以来。昨日からずっと、こうしてあやかは医者を探している。
探しているの、だが。
実際には、「あやかが探している」というより、「雪広家の関係者に探させている」という状況。
彼女自身には、何もできない。
事件にショックを受け、自殺未遂までする生徒が出ているのに、クラス委員長としてできることが何もない。

雪広あやかは、その高いプライドの影に、常に1つの怯えを持っていた。
「自分には、自分自身で何かをする能力が無いのではないか」
「生まれ以外に誇るべきモノを持たないのではないか」
大富豪の家に生まれ、何一つ不自由ない中で育った彼女ではあったが……
学校などで様々な人と触れれば、自然と社会を知る。
執事やメイドに囲まれていても、実のところ彼らは彼女の父に仕えているに過ぎないとも分かる。
あるいは彼女が十分に賢くなければ、それらのことに気付かずにも居られたのかもしれないが。

自信が、必要だった。力が、必要だった。
不安を払拭するために、勉強を重ねた。その甲斐あって学年でもトップ5から落ちぬ優秀な成績。
自信を得るため、武道にも手を出した。この年齢で合気柔術の免許皆伝は、実は尋常ではない。
乗馬も。華道も。クラスメイトをまとめるリーダーシップも。全ては彼女の努力の賜物。
決して流した汗を誇ったりはしないが、しかし地道な努力を忘れぬ秀才、それが雪広あやかだった。

だが、大切なクラスメイトが理不尽にも陥った、この悲劇――
あやか自身にできることは、何も無かった。
ただ実家の力に頼る以外、何もできなかった。そして、その雪広家の力をもってしても。


「なんや、あやか姉ちゃんが落ち込んどると、らしくないなぁ」
「小太郎君、そりゃいいんちょだって、いつも元気ってわけには行かないよー」
不満そうな声を上げたのは、居候の小太郎。彼はこういう煮え切らない態度を見るのが嫌いなのだ。
そんな彼を宥めたのは、あやかの前では「姉」ということになっている、夏美である。
「フン。ココでしょぼくれとったって、ソイツの傷が治るわけやないやろ。
 ……それより夏美姉ちゃん、今日は晩メシいらんわ。ちょいと出てくる」
「あれ? 何かあるの?」
小太郎の唐突な外出に、目を丸くする夏美。外はもう暗い、こんな時間に何の用だというのか。
「いやな、この前、ネギのクラスの奴襲った、変態だか暴漢だかがな。まだ正体分かっとらんのや。
 で、念のため、学園長に頼まれて夜のパトロール」
「そ、そんな、大丈夫なの小太郎君? 小太郎君も襲われたりしたら……」
「俺1人やないしな。たつみー姉ちゃんやら刹那やら、腕の立つモンが他にも何人か出るようやし。
 上手く行けば、犯人捕まえることもできるかもしれんで!」
力瘤を作って見せる小太郎の表情には、全く恐怖心はない。
――そう、学園を守る魔法先生たちも、あの一件を無視してはいい。犯人逮捕に向け、動きだしていたのだ。
もっとも魔法使いの人数はあまりに少なく、学園はあまりに広いため、まだまだ隙だらけではあったが……
「千鶴姉ちゃんも夏美姉ちゃんも、気ィつけんとな。暗くなってからは、あんま出歩かんといて」
「あら小太郎くん、あやかの事はどうでもいいの?」
「あやか姉ちゃんはいっぺん襲われてみたらええんちゃうん? きっとおしとやかになるで」
「まぁッ、この大草原の小猿さんはッ! わたくしのどこがおしとやかでないと!?」
小太郎の軽口に、あやかはキッとなって睨みつけたが。
ようやく普段の調子を取り戻した彼女に、小太郎は軽く爽やかに笑う。
「なんや、元気になったやん。じゃ、行ってくるで~♪」
出て行く小太郎。バタンと閉じた扉。あやかはようやくにして、小太郎の気遣いを理解して。
同時に――別のことにも思い至った。思い至ってしまった。
あやか自身にも、できること。家の力ではなく、あやか自身の力でできるかもしれないこと。

麻帆良学園の夜の闇は、深く、広い。
日の出ている間は学生たちで賑わう学園だが、夜ともなるとあちこちに無人のエリアができる。
ましてや、先日の和泉亜子襲撃事件の記憶も生々しい今。
誰も居ない道、街灯の少ない道をあえて歩く生徒は、ほとんど居ない。
ほとんど居ない、のだが。

1人の女生徒が、暗がりの道を選ぶようにして歩いていた。
誰も見ていないのにドレス姿で優雅に歩く、それは雪広あやか。
まるで襲ってくれと言わんばかりの姿。襲ってくれと言わんばかりの存在感。
けれども、一見すると動きづらそうなドレスは、腕や足の動きを妨げないもので。
地面につきそうなほど長いスカートは、合気道における袴のように足の動きを隠してくれる。
靴もハイヒールではなく、動き易い踵の低いサンダル。つまりは雪広あやかの、戦闘態勢。

「……キャハ。イカニモ『襲ッテクレ』ッテ感ジダナァ。下手ナ釣リダゼ」
それは、唐突に。
暗がりから、悪意ある笑い声が響く。小さな人影。あやかは厳しい表情で闇の中を睨みつける。
「そういう貴方は、どなたです? 何の御用ですの?」
「今夜ハ諦メテ帰ロウカト思ッタンダガナ。面倒ナ連中ガ巡回シテヤガルシ。
 デモ、コンナ美味シイ餌ヲ前ニシテ、何モシナイ訳ニハイカネーヨナァ……!」
闇の中の耳障りな声は、あやかの問いに答えず、1人笑う。
あやかの背に、冷たい汗が流れる。間違いない。コイツが「犯人」だ。
黒いローブを纏いフードを深く被った「犯人」の姿。闇の中に紛れ、距離感さえ曖昧だ。
けれど小柄だということは分かる。おそらく小太郎よりも小さい。まるきり子供、あるいはそれ以下の体格。
想像してた犯人像とは全く違っていたが、しかしあやかは毅然としてソイツを睨みつける。
「――雪広流合気柔術免許皆伝、雪広あやか。貴方を拘束させて頂きますわ。覚悟なさい」
「ケケケッ、合気ノ使イ手? ソレハ面白イ。チョット遊ンデヤルカ――!」

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