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考えない、という罪


「よーし、じゃあここはパーッと、『亜子を元気づける会』でも開こーよ!」
亜子の一件が伝えられた、その日の休み時間――
授業が終った途端に大声を上げたのは、裕奈だった。
そのあまりに能天気な叫び声に、クラスが一瞬静まり返った後、ザワついた。
「ちょっと、ゆーな。流石にそれは……」
「元気づけてはあげたいけど、今は『パーッと騒ぐ』ような状況じゃないよね……」
「ノリだけで物を言うのはやめるです。もっと考えて発言しないと」
いくら普段は能天気な3-Aの面々でも、流石に騒いで良い時・悪い時くらいは分かっている。
呆れるような、責めるような周囲の声に、裕奈は拳を振り上げた姿勢のまま、固まってしまう。
「え? あ、そうか、えーっと……」
「クラスで何かしよう、というアイデアには賛成ですわ、明石さん」
そんな裕奈に助け船を出したのは、クラス委員長である雪広あやかだった。
いささか演技じみた哀しみの表情を浮かべ、クラスの全員に向けて提案をする。
「和泉さんが元気を取り戻されたその時には、是非盛大に退院記念パーティを開きましょう。
 けれども、今の和泉さんはまだ入院中。病院に全員で押しかけても迷惑でしょうし……
 数人ずつ、時間をズラしてお見舞いに行くというのはいかがでしょう?」
「そうね。あとは、クラスのみんなで千羽鶴を折るというのはどうかしら」
「お見舞いといったらお花ですー!」
「お見舞いといったらフルーツ盛り合わせー!」
「みんなで色紙に寄せ書きでもしようよ。ホラ私、ちょうど似顔絵書くために持ってるからさ♪」
あやかの提案に応え、千鶴が、鳴滝姉妹が、ハルナが、それぞれお見舞いのプランを口にする。
とりあえずの行動方針が出来たことで、一気に騒がしくなる教室内。
そんな中――完全に空振りした格好の裕奈は、振り上げたままだった拳を、ゆっくりと下ろして。
静かに、下唇を噛んだ。

……友人の不幸を、ワイワイ騒ぐ口実にしようとしたわけではない。
とにかく明るく振舞えばそれで良いのだ、と思っているわけでもない。
ただ、知らないだけだ。
明石裕奈は、他のやり方を知らないだけだ。
知らないから、思わずいつも、悪ノリして暴走してしまう。
こういう、明るいだけではどうしようもないようなとき、彼女は、無力だった。
状況を弁えない悪ノリ。誰かに止めてもらうまで、どこまでも暴走する自分。
そして明石裕奈は、本当はそんな自分が少しだけ、ほんの少しだけ、嫌いだったが……
でもその感情をどうすれば良いのか、彼女には分からなかった。それでもなお笑う他、何もできなかった。
暗い話、シリアスな話は、苦手だった。だからいつも、それ以上は考えるのを止めていた。

……放課後。
バスケ部の練習を終えた裕奈は、夕陽に染まる亜子の病室を訪れていた。
ベッドの上には安らかな寝息を立てる、包帯でグルグル巻きの少女。その髪の色で辛うじて亜子だと分かる。
なんでも先程、また自分の傷を見て半狂乱になったので、今は鎮静剤を打って眠らせているのだとか……。
「亜子……」
裕奈が呼びかけても、彼女は応えない。
今は包帯の下に隠れ、傷痕は見えない。けれど全身に巻かれた包帯が、傷の数と大きさを物語っている。
裕奈は思い出す。亜子の背中の傷痕と、それに対する彼女のコンプレックス。
この傷をつけたという「変質者」は、そのことを知っていたのだろうか? 知らなかったのだろうか?
どっちにしても……残酷な話だ。裕奈は眠り続ける亜子の顔を見ていられなくなり、視線を逸らす。
「……みんな、もう来てたんだ」
ベッドの傍には、花やらフルーツの盛り合わせやら、千羽鶴などといったプレゼントの数々。
たまたま部活の無かった級友たちが、裕奈よりも早く見舞いに来ていたのだろう。
プレゼントの中には、図書館組が持ってきたらしい本の山やら、正体不明のぬいぐるみやら。
亜子をモデルにした巨大な胸像は、間違いなくいいんちょが用意した品だ。
貰っても逆に困るだろう、というモノが少なからず含まれていて、裕奈は思わずクスッと笑ってしまった。

「あれ……? あの人形って……エヴァさまの?」
プレゼントの山を眺めていた裕奈は、ふと、気がついた。
今まで存在にすら気がつかなかった自分にちょっと驚き、声に出してみてから自分の発言にも驚く。
「……あれ? 「さま」? なんでエヴァちゃんのこと、様づけで……??」
思わずこめかみに指を当て、記憶を探る裕奈。しかし考えても分かるはずもない。
封印された記憶の欠片を振り払い、彼女は再びその「人形」に目をやる。

球体関節が剥き出しの、操り人形。デフォルメの利いた3頭身ほどの体格。
見開かれた目と四角く開いた口はが作る表情からは、どこか不気味な、不穏な印象を受ける。
ゴスロリ風の、黒く可愛らしい服。背中に生えた黒い翼。頭にはメイドのような髪飾り。
間違いない。茶々丸やエヴァンジェリンが時折頭に載せていた、あの着せ替え人形だ。
これも、病床の亜子へのお見舞いの品なのだろうか?
「うーん、価値あるモノなんだろうけど……怪我人へのプレゼントとしちゃ、悪趣味だねー」
裕奈は苦笑する。
エヴァか、それともその代理としての茶々丸か。どちらだとしても、確かに意図が分からない。
裕奈は悪戯っぽい笑みを浮かべると、その「悪趣味な」人形の額を軽く小突いた。

「……じゃ、また来るからね、亜子!」
いつしか外は暗くなり、そろそろ寮に戻らないといけない時間。
眠り続ける友人に、裕奈は別れを告げて病室を出て行こうとする。
病室の出口で、一瞬だけ振り返った裕奈は……「それ」と目が合い、凍りついた。
――さっき小突いた時は、出口の方を向いてはいなかったはず。自分も動かした覚えはない。
なのに、何故……? 人形が勝手に動いた?! まさか、そんなはずは。
黒い服着た人形の、ガラス玉のような眼球が、振り返った裕奈としっかり目を合わせて……!!

 2nd TARGET  →  出席番号02番 明石裕奈
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