MAGISTER NEGI MAGI from Hell

エヴァ編第2部

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――屍の転がる戦場跡を、2人で歩く。
 1人、先を進む金髪の少女。数歩遅れて、その後を追う小さな人形。
 人形は呟く。主人にも聞こえぬ声で、小さく呟く。
 「オ前ノ味方ハ、俺ダケダ。ドコマデ行ッテモ、俺ダケダ」
 人形は少女の後を追う。彷徨い続ける少女の後を、どこまでも追い続ける。
 少女が夢を、諦めるまで。
 誰かに受け入れてもらえるかもしれない、という、儚い希望を捨てるまで――

 ――南海の孤島に、2人で住む。
 1人、無数の「魂なき人形」たちの奉仕を受ける少女。その脇に控える小さな人形。
 人形は呟く。主人にも聞こえぬ声で、小さく呟く。
 「オ前ノ味方ハ、俺ダケダ。ドコマデ待ッテモ、俺ダケダ」
 人形は少女と共に戦い続ける。少女を討ちに来た「覚悟ある者たち」と、どこまでも戦い続ける。
 少女が待つのを、やめるまで。
 誰かが別の目的で訪れてきてくれるかもしれない、という、儚い希望を捨てるまで――

 ――はぐれた主人と合流した時、しかし、そこに居たのは主人だけではなかった。
 1人、勝手に歩く男。その後を数歩遅れて追う少女。さらにその少女を追う、小さな人形。
 人形が居ない僅かな時間のうちに、一体何があったのか。
 長き生を生きてきたはずの不死者が、まるで初恋に狂う乙女のようで。
 人形は呟く。主人にも聞こえぬ声で、小さく呟く。掠れるような声で、小さく呟く。
 「オ前ノ味方ハ、俺ダケダ。ソイツジャアナイ。俺ダケナンダ」
 人形は少女の後を追う。伝説の男を追う少女を、どこまでも追い続ける。
 少女が目を、覚ますまで。
 目の前の男が少女の味方になってくれるかもしれない、という、儚い希望を捨てるまで――



南海の孤島を模した『別荘』の中に、波の音が響く。
空には真ん丸な満月。この『別荘』の夜空には、常に満月しか昇らない。
満月の下には、巨大な塔。塔の頂上には、中央にオベリスクを抱く闘技場。
エヴァンジェリン・A・K・マグダウェルは、静かに目を閉じ、『敵』の到着を待っていた。
手を開いたり閉じたりしながら、己の身に集まる『魔力』の量を確認する。

エヴァンジェリンが扱える魔力は、4つの要素によって大きく変わってくる。
1つは呪い。1つは月齢。1つは吸血行為。そして1つが、周囲に満ちる魔力量である。

サウザンドマスターに敗れ、その身にかけられた『登校地獄』の呪い。
麻帆良学園に仕掛けられた、エヴァ1人をターゲットとした電気仕掛けの『学園結界』。
この2つの呪いによって、エヴァの魔力は2重に封じられ、押さえ込まれている。
何らかの形でこの学園都市を離れることができれば、これらの影響は即座に消えうせるのだが……。

また、魔に属する彼女は、月齢に応じて大きく魔力が変動する。『人間』の魔法使いにはない特徴だ。
満月の時が最高。新月の時が最低。月の満ち欠けに応じて、扱える魔力量が変わる。

さらに彼女は、吸血鬼として誰かの血を吸うことで、己の魔力を増幅することができる。
もっとも血を吸うためには牙が伸びてなければならず、牙を伸ばすのにもまた魔力がいる。
ある程度の魔力を扱える時期にのみ、僅かに増幅ができる程度だ。あるいは、消費した魔力を回復させるか。

そして最後に、周囲に満ちる魔力量。これはエヴァに限らず、魔法使い全てに共通するもの。
この『別荘』は、学祭期の麻帆良学園にも劣らぬ魔力の充溢を実現している。
常に昇るのは満月、というのも、魔法的異空間ならではの仕掛けである。

これらの条件、全て合わせれば……
この『別荘』内なら、エヴァは触媒薬なしでも魔法を扱うことができる。
全盛期ほどの威力もないし魔力総量もそう多くはないが、それでも『外』とは比べ物にならない。



もっとも――
エヴァが魔力を扱える、ということは、ゼロもまた自由に動けるということでもある。
こちらも全盛期には程遠いだろうが、それでも十分達人レベルの動きをすることだろう。
これが『契約』に基づく『決闘』でないのならば、エヴァの側からの魔力供給を全てカットする手もあるのだが。
残念ながら、「互いの実力を比較する」という『決闘』の趣旨もあり、それは禁じ手とされている。

「だが……それでも、私が有利なはずだ。奴もそれは分かっているハズ……」
エヴァは呟く。
互いの手を知り尽くした両者。2人の間には、下手な小細工は通用しない。
そして柔術にせよ人形繰りにせよ、ゼロの技は全てエヴァの劣化コピー。
ナイフ格闘術のように、ゼロだけが使える技もないわけではないのだが……
しかしそれら全てを合わせても、エヴァが持つ「吸血鬼としての能力」に果たして及ぶものかどうか。
それが技術的なモノならゼロも技を盗むことができるが、身体的な特性に由来するものはどうしようもない。
もし今のエヴァに不安要素があるとすれば、それは……
「やはり、茶々丸か。奴の自信もそこにあるのだろうしな……」
魔力を封じられ身の危険を感じたエヴァが、葉加瀬聡美たちのチームとの取り引きで獲得した従者。
魔法的な動力源と魔法の知識を提供する見返りに、自分が受け取ったロボット兵器の試作1号機。
確かに、魔法の使えぬ普段のエヴァにとっては、恐るべき敵だ。だが……
「この空間なら、私にとっては大した敵でもない。手の内も分かっているしな」
そう、実はあまり怖くもない。
万が一にも聡美たちが裏切った場合を考え、対茶々丸戦の思考実験も何度も繰り返している。
普段の魔力がない状態では、状況によっては逃げるしかないかもしれないが……
今のエヴァなら、あの茶々丸をも叩きのめすことができる。この『別荘』の中なら、なんとでもなる。
マントをまとい、満月の下、エヴァは待つ。従者どもの到着を、待ち続ける。

「……遅いな。まあ、外での数分の差が、こちらでは大きく伸びるからな……」



チャチャゼロは、エヴァのエゴから生まれた存在である。
エヴァ1人のエゴのみから、生まれた存在である。

普通の命は、両親の愛の行為の果てに生まれる。
あるいは愛のない性欲の果てに生まれる場合もあるかもしれない。望まぬ妊娠もあるかもしれない。
けれど少なくとも、ほとんどの場合において、両親2人の想いと行為の果てに命は生まれる。
また想いと行為さえあれば生まれるというものでもなく、いくつもの幸運と偶然が必要となる。
「授かりもの」などと言うように、人間の意志とは無縁の、運命としか呼びようのないものも関与する。
人間だけではない、動物も、怪物も、亜人間も。大抵の命はそうやって生まれてくる。

チャチャゼロは、そうした自然の摂理に反して生まれてきた存在だった。

孤独には耐え切れず、さりとて他人を血族に加えることも選べなかったエヴァ。
そんな彼女が、魔術の粋を尽くし気の遠くなるような魔法儀式の果てに、命なき人形に宿らせた命。
それが、生き人形・チャチャシリーズのゼロ番目、チャチャゼロである。

だからゼロは、エヴァを許さない。
エヴァの裏切りを、決して許さない。

子は親に似る、という。
不自然なる生を授かったゼロもまた、エヴァンジェリンの人格の一側面を反映した性格を得た。
ただし――今現在のエヴァンジェリンの人格、ではない。
ゼロを作った、その当時の想い、その反映。
あれから時が流れ、エヴァの考え方も性格も少しずつ変わってはいったが。
ゼロは、変化しない。変化できない。成長できない。
人形の体が成長しないように、その魂もまた、自然な成長は望めない。
エヴァンジェリンの後ろをついて歩きながら、ひたすら、少女の背を注視し続ける――



――『別荘』の中。
転送の『門』の中に、2つの人影が出現する。
チャチャゼロと、茶々丸。どちらもナイフや銃などで、完全武装状態。

「……デ、例ノ仕掛ケ、効果出ルマデ、アト何分カカルンダヨ?」
「予測では通常時間で1分弱、『別荘』内体感時間で22分です。±1分程度の誤差は含みおき下さい」
「ッテコトハ、奴ノ猛攻ヲ20分以上耐エナキャナンネーノカヨ。タマンネーナ」
「……申し訳ありません、姉さん。システム的な問題なものですから」
何やら囁きあいながら、橋を渡る。
橋の向こう、巨塔の上の闘技場には、腕を組んで挑戦者を待つ、エヴァンジェリンの姿。
普段のちょっと間抜けな愛すべき吸血鬼少女の雰囲気など、微塵もない。
射るようなその冷たい視線だけで、心臓の弱い者は倒れかねない、そんな緊張感。

「……遅かったな。準備はいいか?」
「アア、モウチョット時間欲シカッタンダガ……仕方ネーナ」
「では――始めよう! 勝負だ、チャチャゼロ! 茶々丸!」

エヴァンジェリンが、バサリとマントを跳ね上げる。その手が宙を掻くように動き、細い糸が煌く。
そして糸の煌きに応じるように、闘技場の外周部に次々と跳び上がってきた人影。
メイド服に身を包んだ、長身の女性たち――エヴァの『人形たち』だ。
チャチャゼロの『妹』。茶々丸の『姉』。それが、ざっと見ただけでも20体以上。
手に手に大剣や斧、槍や石弓などの武器を持ち、闘技場の上のゼロと茶々丸を、グルリと取り囲む。
圧倒的な数の差。それでも、ゼロは笑う。

「ケケケッ。15年越シノ『裏切り者』ニ、己ノ罪ヲ思イ知ラセテヤルゼェッ……!」

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