MAGISTER NEGI MAGI from Hell

エヴァンジェリン編―第一部―

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過去からの呼び声


 ――それは、いつのことだったか。
 エヴァもチャチャゼロもまだまだ今ほどの力のない頃だから、相当昔だったことは確かだ。
 おそらくはゼロが生まれて間もない頃。エヴァが百年生きたかどうかといった頃。

 「……お前は、私を裏切らないよな?」

 降りしきる雨の中。夜の森の中。
 屍の山を前に、エヴァは背中を見せたまま呟く。
 まだ弱かったエヴァが、必死の想いで倒した敵。つい先日まで、彼女の仲間だったはずの人間たち。
 エヴァの身を染めるのは、返り血だけではない。『再生』の追いつかない傷からの血も混じる。
 夜の闇に包まれた中、エヴァの表情はよく見えない。

 人々が吸血鬼を恐れる気持ちは分かる。悪の魔法使いを恐れる気持ちは分かる。
 しかしどうしてここまで裏切られ続けるのか。誰も彼女を受け入れてくれないのか。
 人間など信用できない。魔法使いたちも信用できない。自分以外の誰もが信用できない。
 ……その絶望が、彼女をして「人形使い」の道に進ませた。
 吸血鬼の真祖たる彼女なら、いくらでも簡単に血族を増やし部下とすることもできたはずだが……
 望まずして吸血鬼になった彼女自身の過去と、人間たちへの嫌悪と不信が、それを拒ませた。
 自ら人形を作り、下僕とする術。目の前の屍たちと違って、決して裏切らない下僕を得る術。

 そしてその人形作りのスキルを最大に注ぎ込んだ、「己の意志」を持つ稀有なる人形は。
 エヴァの絞り出すような問いかけに、小さく短く、こう答えた。
 エヴァの背後、主人の弱々しい背中に向かって、嘲るようにこう答えた。

 「……オマエモナー」



命ある人形・チャチャゼロは、エヴァンジェリンに『作られた』存在である。
だからエヴァの『命令』には逆らえない。そしてエヴァに対して明確な『嘘』はつけない。
――これは、ゼロの普段の様子を知る者にとっては、少し意外な事実かもしれない。

エヴァの『参謀役』たることを期待されているゼロは、自由に意見することが許されていた。
1人では見落としてしまうものもある。多角的な視点が有効な局面もある。
そのため、主人から独立した視点を持ち独立した判断力を持つ存在として望まれたのが、ゼロという人形。

その延長として、ゼロには独自の判断で行動を起こす自由もある。
何らかの命令がない限り、勝手気ままに時間を過ごす自由がある。
知ること全てを報告せずとも良い自由すらある。
実際、過去のいくつかの危機において、ゼロの判断が生死を分けたこともあったのだ。
普段の軽口や不忠な態度も、それらの成果があればこそ大目に見られてきたのだ。

ただし――
それでもゼロは、根本的なところではエヴァには逆らえない。
「ゼロがそうと信じる限りにおいて」エヴァに決定的に不利な行動はできない。
「ゼロがそうと信じる限りにおいて」エヴァ本人のためになると思われることしかできない。
エヴァンジェリン本人の意見と対立することは、日常茶飯事でさえあったが。
根本的なところでは、ゼロはエヴァを裏切れない――

――裏切れない、はずであった。

だからこそ、エヴァンジェリンは怒る。
この10日ほどの、チャチャゼロの好き放題な暴れぶりに怒る。
エヴァンジェリンの信頼を裏切り、勝手にクラスメイトを襲ったゼロに怒る。



「……確かに私は半月ほど前、貴様の問いにこう答えた。
 『あの能天気な連中の1人や2人、欠けたところでどうでもいい』と。
 だがこうも言ったはずだぞ? 『しばらくは自重しろ』と。
 クラスから死人を出さなければそれでいい、というものではないのだ」
エヴァは溜息をつく。
目の前の従者2人は、片方は完全に無表情、片方は張り付いたような歪んだ笑み。
どちらも表情の変化に乏しいから、説教を真面目に聞いているかどうか、イマイチ分かりづらい。
エヴァは手ごたえのなさを感じつつ、言葉を重ねる。
「一言で言えば――貴様らは、やり過ぎた。
 本当に1人や2人で済ませておけば、私だって大目にみたものを。
 半分以上を傷つけて、魔法生徒どもを殺害し、無用に魔法使いどもを挑発して……
 とうとう、ぼーやは隔離されて、修行どころではなくなってしまった。
 適度で抑えておけば、ぼーやのやる気を出すの役にも立ったろうに。
 ゼロ、貴様はやり過ぎだ。いくらなんでも、調子に乗りすぎだ」
「ケケケッ。要スルニ、アノガキ取リ上ゲラレテ怒ッテルノカヨ」
魂さえ凍りつくようなエヴァの怒りの声に、ゼロはしかし不敵にも笑ってみせる。
夜の闇よりなお暗い、虚ろな穴のような両の目でエヴァを見下ろす。
茶々丸の頭上に乗ったまま、自らの主人を上から見下ろす。

「御主人ノ本音ガ ソウイウコトナラ、俺ニモ考エガアルゼ――茶々丸」
「はい、姉さん」
ゼロの合図を受け、茶々丸が手袋を脱ぐ。ロボットの手の関節を隠すための薄手の白手袋。
脱いだソレを、茶々丸はエヴァンジェリンに向けて投げつけて――

「決闘ダ、御主人。支配権ヲ賭ケテノ、『契約』ニ基ヅイタ決闘ダ。
 御主人ニハ――貴様ニハ、コレヲ断ル権利ハ ナイハズダゼ?」



――『契約』。そして『決闘』。
これは実は、先に述べた「ゼロはエヴァから独立しつつも裏切れない」という呪縛とも関連している。

「絶対の忠誠を誓う代わりに、主人が『それに相応しくない存在』に堕した時、逆の立場となる」――
これは、高度な霊的存在と契約を結ぶ際などによく使われる条件である。
召喚した高位の悪魔などを隷属させる代わりに、主人が悪魔より劣る存在となった時、立場が逆転する。
悪魔を使役する者が、悪魔に使役される者と化す。
より強い方が主人。優れた者が主となる。優れていると思うからこそ忠誠も誓える。
この緊張感が主人・部下ともにより高い能力を発揮することに繋がる。
そしてまた、契約がひっくり返らずにいる限り、裏切りなどの心配をする必要もない。
独自の判断や思考をさせ、参謀役として使役することも可能になる。

チャチャゼロの場合、エヴァンジェリンに作られた存在ではあったが。
その期待された役割と高い霊格から、この条件が与えられていた。
『エヴァンジェリンがチャチャゼロの主人として相応しくない存在となった場合、主従が逆転する』
……ただし、『相応しくない存在』という条件は、実に曖昧なものだ。どうとでも取れる単語である。
何かしら線引きをしておかないと収拾がつかない。

そこでゼロには、下克上を賭けた『決闘』を申し出る権利が与えられていた。
互いの全存在を賭けた、真っ向からの勝負。これに勝てばゼロが新たなる主人。
ただし負ければ、ゼロの精神から「反抗しよう」という意志が大幅に削り取られることになる。
そして申し出る権利があるのはゼロだが、条件を設定するのはエヴァの側の権利。
場所から時間から勝利条件から、全ては「今現在の主人」であるエヴァが優先的に決めることができる。
何かしら強大な外敵が居る場合には、延期を申し出ることも許されていた。

数百年共に歩んだ人生の中、ゼロがエヴァにこうして『決闘』を挑んだのは過去に3度。
いずれもエヴァの側の、辛勝であった。
最強のはずのエヴァが柔術や魔術などの鍛錬を欠かさないのも、常に身近に『強敵』が居たからだ。



――そして、『決闘』を申し込まれたエヴァの方は。
「……ふ。ふふふ。ふふふふふ」
俯いたまま、エヴァは笑う。
茶々丸から投げつけられた手袋を握り締め、壮絶に笑う。
そしてガバッと上げたその顔には、燃え上がるような怒り。
つい先ほどまでの冷たい怒りとはまた異質な、激しい、焼けるような怒りの表情。

「いい度胸だ、チャチャゼロ。私の叱責に弁解するどころか、『決闘』を持ち出すとは――
 確かに前の『決闘』から百余年。そろそろ『契約』の効力も弱まってきていたか?
 ――良かろう。貴様の性根、我が手でもって叩き直してやる。従者の務め、思い出させてやる」
「ケケケッ。今度コソ、貴様ノ負ケサ。ドッチガ主人ニ相応シイノカ、思イ知ラセテヤルヨ」
エヴァのログハウスの前に、緊張が走る。睨み合う主従。
エヴァはそして、壮絶な笑みを浮かべたまま、2人に背を向ける。
「――時間は1時間後。場所は『別荘』の中。塔の上の闘技場で、どちらかが敗北を認めるまで、だ。
 ゼロ、貴様が茶々丸を『使う』のもいいだろう。好きにしろ。
 その代わりこちらも『人形たち』を使わせてもらうぞ」
「ケケケッ。好キニシナ」

バタン、と戸を閉じてログハウスの中に消えるエヴァ。
1時間の準備時間があれば、「魔法使い」としてのエヴァは用意万端整えることができるだろう。
魔力に満ち、常に満月の昇る『別荘』という環境なら、エヴァの能力も最大限に発揮される。
また現在では事実上『別荘』内でしか使えないエヴァの『人形たち』も、実は相当な強敵でもある。
片方が敗北を認めるまで、という条件では、不意打ちやトラップで手っ取り早く倒すこともできない。
ゼロたちにとって、かなり絶望的な条件の中。しかしゼロは、不敵に笑った。

「ケケケッ。計算通リダナ。場所モ条件モ、コッチノ予想通リ。
 今度コソ下克上、キメサセテモラウゼ――!」


 17th TARGET  →  出席番号26番 Evangeline.A.K.McDowell

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