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時計はすでに七時を指そうとしている。
カーテンは閉められ、部屋が蛍光灯で明るくなる。
その下で二人は静かに時を過ごしていた。
あやかはベットの上で起き上がり、本を読んでいる。
その横でパイプイスに座っている小太郎はなにか考え事をしながら下を向いていた。
「なぁ…、あやか姉ちゃん…。」
小太郎の声にしては覇気がない。
「なんですの?」
「…良い知らせと…、悪い知らせと…、すっごい悪い知らせがあんねやけど…どっちから聞きたい…?」
小太郎の様子から本当に悪い知らせだと察したあやか。
本をテーブルに置き、真剣に小太郎を見据えて言う。
「悪い順に聞きましょう。」

小太郎にとってみれば意外だった。
普通ならば良いほうから聞くところだが…もうすでに覚悟が決まっているようだ。
あやかの目の色が違う。
「分かった…。まず、すっごい悪い知らせは…クラスメート全員が死んだ…。」
「え?」
「ちづ姉も…夏美姉ちゃんも…全員…。」
小太郎の目から涙が零れる。
「…あ、明日菜さんは…。」
あやかの声は弱く、微かだが震えている。
「三日前に…睡眠薬を大量に飲んで…。」
小太郎の拳が堅く握られる。
小太郎はネギを疑った。
自分の大事な生徒達が大変な時に奴は…



そう思うとネギを過大評価していた自分が急に憎たらしくなってきた。
正確には全員死亡ではないのだが、おそらくここは小太郎の聴き違いだろう。
「…明日菜さん。」
あやかはベットの横に置かれている写真に目を通す。
そこには笑顔で笑う幼い日のあやかと明日菜。
悩みなどないと言わんばかりに太陽のような満面の笑みである。
涙は不思議と流れてこなかった。
理由はわからない。
ただ泣こうとしても涙は外へは出てはくれない。

「嫌な事は?」
泣きもせず、聞いてくるあやかに女性の強さというものを知る小太郎。
それは小太郎が今まで生きてきて初めて知る強さであった。
「あやか姉ちゃん…。」
何故泣くべきはずのあやかが泣かず、自分が泣いているのか。
あやかにとってあのクラスはどうでもいい物だったのか…
それは違う。少なくとも友達が死んで泣かないような冷酷な心をこの女性は持ち合わせていない。
…簡単な事だ。自分の心が弱く、彼女の心が強いのだ。
楓やクウネルに負けた理由が少し分かったような気がした。

「ネギが行方不明になった…。」
「…。」
今度は驚くような事はせず、ただ黙って小太郎を見つめるあやか。



「俺訳分からんわ。担任のネギは消えてまうし…。ちづ姉や夏美姉も死んでしまうし…。」
小太郎は布団に顔をうずめて、声を殺して泣いた。
声を出さなかったのは小太郎なりの男の意地だろう。
そんな小太郎の頭を優しく撫でてやるあやか。
愛犬を可愛がるように優しく…暖かく…
「きっとネギ先生にも色々と事情がおありなんでしょう…。でも、きっと帰ってきます。きっと…だから、それまで涙はとっておきましょう。それまで…」
聖母のような暖かく優しい目が小太郎を包み込む。
小太郎は頭を上げ、あやかの手を振り払い涙を垂らしながら
「あ、アホか!なんで俺がネギに涙見せなあかんねや!」
と、顔を赤らめて言った。
顔は涙でグシャグシャになっているが、いい色をしている。
声も泣いたせいか少し汚くなっていたが、覇気が籠っている。
「決めた!俺はもう泣かん。絶対や。」
袖で涙を拭いながら小太郎は力の籠った声でこう言った。
その言葉を聞いた途端、気がつくとあやかも自然と笑っていた。
何故かはわからない。
小太郎が子供じみた事を言ったからか、それとも久しぶりに生き生きとした小太郎に逢えたからか。それはあやか本人にしかわからない。



「あ!なに笑ってんねん!俺は本気やで!」
「ふふ…、はいはい。」
「『笑うなー!』」

一瞬、小太郎の声と明日菜の声がダブって聞こえてきた。

「…コタローさんって明日菜さんにそっくりですわね。」
「え?」
風が吹く。
部屋のガラスがガタガタと音を鳴らし始める。
「ふふ…明日菜さん、あっちでも暴れてなければよろしいですが…。」
「あやか姉…ちゃん…。」
ここで初めてあやかは頬を濡らした。
雫は頬を伝い、あやかの手に落ちていく。
「あら…、せっかく…コタローさんが泣かない…っておっしゃったのに…年上の私が泣いていては…もともこうもありませんわ…。」
言葉とは反対に涙はどんどんと流れていく。

小太郎は自分の家族が目の前で泣いているのに何もする事が出来なかった。
抱き締めてあげる。頭で分かっていても自分の意地がそれをさせてくれない。
「(くそっ…俺は無力だ)」
自分の無力さを心のなかで噛み締める小太郎。


『それは逃げでござるよ。コタロー殿。』
『え?』
自分の中にいつの間にか楓が立っていた。
『女性だから本気が出せない。どうすればいいか分からないから、女性が泣いているのに只黙って見ている。それは逃げではござらぬか?』

『な、なんやと『ネギ坊主は刹那と戦い、多少の手加減はあったものの、ネギ坊主は本気で戦い勝利したでござる。たいしておぬしは修学旅行の時、拙者に情けをかけ案の定負けた。』
『ぐっ…』
小太郎が一番思い出したくない記憶が甦る。
『甘ったれるな!拙者は情けをかけられるほど弱くはないし、お主も情けをかけていいほど強くはない。』
楓の言っていることは全て的を得ている。
結局は勝てば官軍負ければ賊軍。今の小太郎に反論など出来ない。
『今の時代、女性も男性も関係ない。強いものが生き、弱いものは死ぬ。下手に情けをかければ自分だけでなく、大切な物まで失ってしまうでござるよ。』『大切な…物?』
『少しは理性を捨て、本能で生きることも大事な事でござるよ。コタロー殿。』
楓はそれだけ言うと目の前から消えてしまった。
小太郎のなかでなにかが切れた。

「コタロー…さん?」
小太郎はあやかを抱き締めていた。
優しく包み込むように…。
「…葬式、明後日やて…。一緒に行こう…。」
あやかは最初は驚き気が動転しながらも、黙って頷き、それを受け入れた。
こうして静かに夜は過ぎていく。


上巻―完―