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「あぁ!もう!」
思わず持っていた目薬を床に叩きつけてしまった美砂。
今の彼女には総てが疎ましく思えてしかたがなかった。


「ただいま。」
床にこぼれた目薬の液を片付けている時、桜子が部屋に帰ってきた。
一晩中何していたんだろうと思っていたが、聞くことはしなかった。はっきり言ってどうでもよかったからだ。
「おかえり。どうしたの、こんな朝早くに。」
『いい、今日は部屋に帰っちゃ駄目!明日菜の部屋でも泊めてもらいな。いいから今日は絶対部屋に帰っちゃ駄目!』
「う、うん。ちょっと用事があってね。」
美砂の問いに桜子の脳裏から円の言葉が甦る。
反対に美砂は桜子の様子がおかしい事に気付きながらもたいして気にする事をしなかった。

桜子が部屋に帰ってきてから数十分が経つが、部屋には言葉ひとつ飛び交わない沈黙が続く。
美砂はベッドの上で仰向けに寝転がり、桜子は机で携帯をいじっている。
桜子はこういうしんみりした空気が嫌いだ。
それは美砂も知っていたが、今は桜子と楽しくお喋りできる気分ではなかった。
桜子は桜子で話しかけようか迷っているが、話題もなく、たいしてモチベーションも上がらなかった。



チク…チク…チク…
普段ならば学校へいっている時間。だが今日は日曜日だ。
桜子は暇すぎて死ぬと言わんばかりに机の上でダラダラと顔を伏せて寝ている。
一方美砂は仰向けで天井をじっと見つめていた。
こうして長い静寂がいつまでも続いていく。
チク…チク…チク…


「あ…あのさ。」
さきに言葉が出たのは桜子。
やはり彼女にはこの静寂には耐えられなかったようだ。
「あのさ…。」
言ってみたはいいが、これといった話題が頭に思い浮かばないのか、話という話が前に出てこない。
「(なんかないかなー。話になるような…。)」
芸能、ショッピング、ファッション、飲食物、コミニケーション、etc…
頭で話題になるような物を探してみたが、特にピンと来る物もない。
ただ無駄に時間だけが過ぎていく…
チク…チク…チク…

チク
「彼氏とどうなったの?」
桜子自身もなんでこんなことを聞いてしまったのか分からない。
ただ口から出てきた言葉がたまたまそれだったのだ。

『残念。遊ばれてたね。』
美砂の脳裏に夢のあの言葉が甦る。

「別れたよ。昨日。」
―え…?
空気が凍り、桜子の頭から全てが消えた。



「へ、へぇ。そうなんだ。」
桜子は自分の愚かさを初めて呪った。


こうしてまた静寂が続く。

「あ、あのさ。」
先ほどと同じく静寂を破ったのは桜子であった。
「私…、コンビニ…コンビニ行ってくるね。」
分かりやすく動揺した桜子は逃げるように部屋から出ていった。
『今日は絶対部屋に帰っちゃ駄目!』
何故昨日、円があんなことを言ったのかやっと理解し、そして自分の愚かさに泣いた桜子であった。
そして桜子は最後まで気がつく事はできなかった。
美砂が右手の拳を握りすぎて、出血していた事には…


正直美砂もあそこまで直球で聞かれたので、どう対応すれば良いのか分からなくなってしまったのだ。
そのまま無視することも出来た。あんなことを笑いながら平然と聞いてきた桜子を思いっきり殴り飛ばすことも出来た。
しかし実際は何も出来ず、本当の事…、美砂にとっては信じたくもなかった事をいつの間にか言ってしまう。
美砂は自分自身、本当はなにがしたかったのか頭で考えることができなかった。
『残念。遊ばれてたね。』
また頭のなかであの言葉がよぎる。
美砂にとってこの言葉は、いい加減うざったかった。
気がつけば自分の右手は堅く握られ、中から血が垂れている。



…美砂は自分がわからなくなっていた。

『美砂…。フラれちゃったね…。』
たしかあの夜からだ。美砂が狂ったのは。
『残念。遊ばれてたね。』
ちょっとした出来事にもすぐ反応し、カッとなる。
『気にする事ないって!次ガンバロ!』
そして、それはやがて罵声と暴力に変わる。
『お前、飽きた』
美砂の変貌は異常であった。
まるで『柿崎美砂』であって『柿崎美砂』ではないというか…。
もっと言えば、内の美砂が『何か』に支配されてしまったかのような…

月曜日、この日も美砂は独りで朝食をとっていた。
右手の掌には所々に絆創膏が貼られている。
何故、同居人である円と桜子がいないのだろうか…。
実はあの後の事だ。
桜子はしばらくあの部屋にいることは出来ないだろうと思い、しばらく明日菜の部屋に泊めてもらうことになった。
ネギは美砂のことを心配して反対したが、事情を説明し快く承諾してくれたのだ。
一方の円は、桜子から
『美砂怒らせちゃった…
今日も部屋には帰らないほうが…』
というメールが届いた。
明日は学校なのに勝手なことをしてくれる…。と呆れながらも、とばっちりをくらいたくないので、大人しく桜子に従って鳴滝姉妹の部屋に泊めてもらうことにした。